人気ブログランキング | 話題のタグを見る

《聖書のことば》仕える霊

《聖書のことば》聖句暗記コースD~7

仕える霊

他の人に仕える「人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである」(マルコ10:45)

 「御使たちはすべて仕える霊であって、救を受け継ぐべき人々に奉仕するため、つかわされたものではないか」(ヘブル1:14)と聖書にあります。だから、天使よりもクリスチャンたる人間の方が偉いのです、という人がある。まちがいである。母が赤ん坊に仕え、保母さんが園児に仕えるように、天使たちは人間に仕えてくれる。その仕え人の最高の方がキリストである。
 クリスチャンも又、キリストにならい、天使にならって、人に仕えよう。
【1981.2.15週報「キリストの福音」掲載】




# by hioka-wahaha | 2021-12-24 14:24 | 週報「キリストの福音」

《聖書のことば》キリストの死と復活

《聖書のことば》聖句暗記コースD~6

キリストの死と復活

ゆるがないこと「あなたがたは、弱り果てて意気そそうしないために、罪人らのこのような反抗を耐え忍んだかたのことを、思いみるべきである。」(ヘブル12:3)

 この聖句の次節には、「あなたがたは、罪と取り組んで戦う時、まだ血を流すほどの抵抗をしたことがない」とあります。
 キリストの十字架の死は、弱者の犬死でもなければ、勇者の殉教でもない。実に神の子の、悪魔との戦いである。悪魔の武器は罪と死である。そして、キリストはひとたび全人類の罪をひっかぶって十字架上で死なれ(これで罪は帳消しになる)、墓より復活して死に打ち勝った。このキリストの死と復活の上に立って、ゆるがないことです。
【1981.2.8週報「キリストの福音」掲載】






# by hioka-wahaha | 2021-12-17 14:22 | 週報「キリストの福音」

すべてのクリスチャンよ、前衛の兵士たれ

すべてのクリスチャンよ、前衛の兵士たれ

 一、「万人兵士」
 近代戦の特徴の一つ、それはお互いに国を挙げての総力戦であるという事です。前線も銃後も区別ありません。ネヘミヤ記4:17のように、「片手で工事、片手に武器」です。女も子供も、百姓も商売人も戦争協力に駆り(いや、り)たてられるのです。ルターの言う「万人祭司」になぞらえて言えば「万人兵士」です。

 二、どこにも敵がいる
 クリスチャンはすべて兵士です。どこにいても、だれに対しても、隙をうかがう敵がいるのです(第一ペテロ5:8、9)。悪魔は空気のように全世界に満ちています(エペソ2:3)。甘い新婚家庭にも(アダムとエバがそうでした)、立派な聖職者のそばにいても(イスカリオテのユダがそうでした)、悪魔の手榴弾は投げこまれるのですよ。油断できません。

 三、病床も戦場
 U市に住む、ある老婦人のことです。いつも喜んでテレホン聖書を聞いてくれています。昨年十二月に手紙がきました。冬になるとリューマチか何かでしょう筋肉や関節が痛むらしいのです。四畳半の部屋にひとり寝込んでしまって、テレホン聖書も聞けません。この手紙も寝て書いています、と言って、やっと判読できる文字です。あまりお気の毒です。返事しました。
 神様を信じて「私はいやされる、痛みは去る」と告白しつづけなさい。時間ある限り、この精神労働をつづけなさい、とおすすめしたのです。ところが、昨日その返事がきました。早速、この精神労働を始めたそうです。そして知らぬ間に痛みは去り、部屋の中を歩きまわっています。この手紙も正座して書いています。とチャンとした筆跡。
 すばらしいですね、この方は、病床を戦場として病魔に勝ったのです。

 四、恐れるな、小さき群よ
 小さなIC(集積回路)が不良になると、それを部品とするコンピューターは狂ってしまいます。このコンピューターの技師は一つの小さいICをも大切にします。この小さいICの一つ一つに全コンピューターの使命を委ねるのであります。
 同じように神様は、私たち一人一人のクリスチャンに御国の使命を委ねます。「恐れるな、小さい群れよ。御国を下さることは、あなたがたの父のみこころなのである」(ルカ12:32)と言われるとおりであります。
 この事は又、「それだから、あなたがたの天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」(マタイ5:48)と仰せられる理由でもあります。大コンピューターが完全であるように、小ICは完全であるべきであるし、それがコンピューター設計者の意図です。
 いかなる小さいクリスチャンも、それぞれの戦場で完全な兵士であってほしい、それが神様の御心です。
 
 五、あなたの天幕に戦場がある
 士師記第4章の後半をみてください。そこに天幕にひとり住む女ヤエルの物語があります。あろう事か、ある時、敗残の将シセラがあらあらしく彼女の天幕に乱入してきました。平和な女ひとりの天幕は、突然血なまぐさい戦場の男に占領されたのです。その時、ヤエルは些かも動ぜず、シセラを静かにベッドに寝せ、ぐっすり眠りこませてから、天幕の杭釘をそのこめかみに打ち込んで、一撃のもとに殺しました。血なまぐさい話です。しかし、昨年西ドイツのある婦人、子供を救うために狼をたたき殺したというニュースがありました。女性といえども、戦うべき時があります。その時、逃げてはなりません。

 六、すべてのクリスチャンよ、前衛の兵士たれ
 つまり、男、女、大人、子供の区別なく、クリスチャンは、悪魔との戦場の最前線にいるのですよ、という事です。信仰の戦いを戦いぬきましょう。(1981年1月18日主日礼拝メッセージ「良き兵士は戦場を忘れず」の大要)
【1981.1.25週報「キリストの福音」掲載】




# by hioka-wahaha | 2021-08-27 17:26 | 週報「キリストの福音」