人気ブログランキング | 話題のタグを見る

No.204 死んで生きる 2005.11.27

死んで生きる

 「死んで生きる」、こういう言葉は日本人好みの人生観かもしれない。こうした言葉を簡単に言い切る人もいる。特に禅宗になじんだ人たちの中では。
 私は、先日、大分県下のキリシタン遺跡巡礼のバスツアーに参加しての帰途、この言葉の重みをしみじみ感じたのであった。特に国見町のペトロ・カスイ岐部神父の記念館を訪れた後の、帰りのバスの中で今回の遺跡巡礼を主催し、その案内を買って出てくださった篠光子先生の車中講義を聞いた時、深く感じ入った。こうした殉教の方々こそ、正に「死んで生きた」人であったと。
 神様の前に無力になりきってこそ、人は真に生きる事ができる。人は、その時、まったく主にすべてを委ねることが出来る。
              *
 私が、そのことを最初、分ったのは22歳の時であった。1944年(終戦の前年)の11月23日、当時は新嘗祭という休日であったが、その日、私は回心した。
 正確に言い直せば、聖霊に回心させられたのである。当時、私は非戦主義者として福岡刑務所の独房に入れられていた。ここまで来ては非戦主義はもう棚上げである。私は否応なしに自分自身の霊性に対面させられた。私は自分の汚れ果てた罪の性質にホトホト困惑した。内なる自分を殺すしかないのである。
 しかし、如何にがんばっても私の場合には「己れに死ぬ」と言うことは不可能である、と悟った。「死のう、死のう」と頑張っている本体が「自我」であるからである。私は自殺出来る人が羨ましかった。失恋や貧乏の程度では自殺する意志を働かせることが出来るからである。私には他のことで本気で自殺を図った経験があるので、その経緯が分かる。本気で自殺しようとする時、甘美さを感じる人さえいることを私は理解できるのである。
 その時、私は究極の罪意識からくる絶望感に陥って3日を過ごした。あんな絶望感は他に無いと思う。しかし、その3日目、イエス様の御言が私の心を射抜いた。「自我に死のう、自我に死のう」とがんばっていた、その「自我」が、主の御言によって一瞬に死んでしまったのである。この辺の心理過程を説明することは、これ以上難しいが、とにかく私は死んだのである。そして生きた、生き返った。
 キリストの福音は、イエス様の十字架の死にある。そして、その復活にある。聖霊様が、そのイエス様の死と復活を私自身のものとして体験させ、かつ私の中にキリスト意識を内在させて下さるのである。
              *
 とは言え、人間の意識は更に更に内面に深く食い込む性質があって、私の罪意識は簡単には消えないのである。私の20歳代の小論に「罪人われ」というのがある。私は確かに救われている、その信仰は確かに持っているのだが、相変わらず、私は自分の「悪しき思い」や、「悪しき言葉」、「悪しき行為」を捨てられず、困り果てるのである。
 この問題は後に私のキリスト内住体験が更に深められることがあって解決するのだが、それにしても困難な信仰の道程であった。
 こうした時、起こる祈りは「私は罪深い者です。力の無いものです。私を憐れんでください」と訴えるほかはない。讃美歌に「弱き者よ、我にすべて任せよやと主はのたもう」という讃美がありますが、これは長いあいだ私の愛唱歌でした。
 事実、私でなくても多くのクリスチャンがよく祈ります。「神様、私は無力です。この無力な者をお救いください。私は無力のどん底にいます。こんな駄目な者を支えて、お助け下さるのはあなただけです」などと。これは決して悪い祈りではない。
 確かにパウロも言っています。「神の力は弱いところに完全に現れる。だから、キリストの力が私に宿るように、むしろ喜んで自分の弱さを誇ろう。私は弱い時にこそ強いからである」(第二コリント12:9~10)と。
 私たちは全能の神様の前には、ケシつぶのような、小さい無力なものです。ですから、神様の上よりの力を求める時、私たちは謙遜に平伏して祈るのです。これは良いことです。
              *
 しかし、このような言葉を毎日のように告白していると、本当に小さな無力な者になりきって何も出来ないクリスチャンになってしまう恐れがあります。私は思います、クリスチャンが本当に無力であって良いわけはない。私たちには、たとえ小さな者であっても、尚かつ力はあるはずです。
 ヨハネ黙示録3:8では御霊はヒラデルヒヤの教会を称賛しています。「あなたには少ししか力が無かったにもかかわらず、私の言葉を守り、私の名を否まなかった」と。ヒラデルヒヤの教会は決して無力ではなかったのです。力は小さかったけれども、その力を全力使って信仰の証しを立てた。それを御霊は誉めてくださっています。これこそクリスチャンのあるべき姿でありせんか。
 「私は無力で何も出来ません」と泣きべそをかいているのがクリスチャンの標準ではありません。クリスチャンは力は小さくても、その小さい力を尽くして主に仕えるべきなのです。「喜んで自分の弱さを誇ろう」と言った、あの同じパウロは第一コリント15:58でこう言っています。
「愛する兄弟たちよ、堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはない」と。
 事実、神様を愛する点において、私たちは全力を尽くすべきです。マルコ12:30を拝読しましょう。イエス様はおっしゃっています。「第一のいましめはこれである、『イスラエルよ、聞け、主なる私たちの神は、ただひとりの神である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、主なるあなたの神を愛せよ』」と。
              *
 私たちが「力が無い」と言ってへりくだるのは、神様の前にある時だけです。そして私たちが神様の前にへりくだる時、神様は私たちに力を下さいます。「神は高ぶる者をしりぞけ、へりくだる者に恵みを賜う」(ヤコブ4:6)とあるとおりです。
 また「聖霊が下る時、あなたがたは力を受ける」と約束されたのはイエス様です。また、すでに旧約聖書でも言われていました。「主を喜ぶことはあなたがたの力です」(ネヘミヤ8:10)。
 だから私は言いたいのです。主を仰いで喜びましょう。主は力を下さいます。この地上の戦いでも、世の勢力に負ける必要はありません。この世の君はサタンだとも言いますが、私たちは当然サタンにも勝ち得ます。いや、それ以上に勝ち得て余りあるからです。ここに福音の勝利があります。「福音」とは喜びのおとずれです。だから「ワッハッハハ」と笑えるのです。当然、喜びは更に燃え広がります。(ここの所は先だっての高砂アシュラムで手束先生が力説したところです)。
 ここで、私の提唱する「ワッハッハハ」宣言は、実証されています。笑えば笑うほど喜びは倍加するのです。そして、力は更に増し加わり、クリスチャンは世界のどの分野に行って誰にも負けない活躍が期待できるのです。さあ、みなさんあらゆる分野に出て行って勝利を得るのです。
              *
 追加したい私の発見があります。思いきって言うと、「主にむかって、笑って祈ろう」というのです。一寸、不謹慎ですねえ、勘弁して下さい。私はこの祈り方の基礎として、次のみ言葉を挙げます。「主によって喜びをなせ。主はあなたの心の願いをかなえられる」(詩篇37:4)。
 有名なマタイ7:7の「求めよ、さらば与えられん」、口語訳では「求めよ、そうすれば与えられるであろう」ですが、「私は求めてもなかなか与えられません」と、不満を訴える方たちも多かろうと思います。求めて与えられないのは、なぜか?
 「快楽のために使おうとして悪い求めかたをするからだ」とヤコブ4:3は言うが、それだけでもない。下手な求め方をするからです。それでは上手な求め方というのがあるのか、あるのです。
 聖書には祈りの秘訣として、「信仰をもって祈ろう」とか、「イエス様の御名によって祈ろう」、あるいは「失望せず常に祈ろう」などと、記載されていますが、ちょっと気がつかないのがこの言葉です。「主によって喜びをなせ。主はあなたの心の願いをかなえられる」(詩篇37:4)。
 「主によって」を「主を仰いで」と読み替えると感じが出ると思います。また、「喜びをなせ」という訳は文語文から現口語訳への伝統ですが、すこし訳し過ぎとは思いますが、良い訳です。
 私はこう読んだのです。イエス様を見上げて、無理にでも喜びの顔と、喜びの声をあげて、イエス様に心の願いを申し上げるのです。そうすると、イエス様は必ず私の願いを聞き入れてくださるのです。
 イエス様はおっしゃいました、「あなたがたのうちで自分の子がパンを求めるのに石を与えるものがあろうか。魚を求めるのにへびを与えるものがあろうか。天にいますあなたがたの父はなおさら求めてくる者に良いものを下さらないことがあろうか」(マタイ7:9~11参照)と。
 イエス様を見上げて、喜びの声をあげてあなたの求めをイエス様に告げなさい。イエス様を見上げて喜びの声をワッハッハハとあげる時、私たちは不思議に悪い求め、快楽のための求めはしないものです。
 そして、不思議に聖なる油があなたに注がれます。聖なる光が注がれます。イエス様があなたの求めを清めてくださるからです。
              *
 ところで最後に、標題の「死んで生きる」に戻って書きたいことがあります。冒頭に書きましたペトロ・カスイ岐部神父の殉教のことです。ここには国家権力の手に捕縛され、死刑に処されて、無力そのものの姿に放置されているキリストの弟子の姿があります。この無力さを何と考えればよいのでしょうか。これこそイエス様のパッションの姿です。
 「自分を捨て、自分の十字架を負うて、わたしに従って来なさい」(マタイ16:24)とのイエス様のお言葉に従う時、ここまで来るのか、と愕然とする人もあるかもしれません。
 このお言葉は次のように続きます。「自分の命を救おうと思うものはそれを失い、わたしのために自分の命を失う者は、それを見いだすであろう。たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら何の得になろうか。人はどんな代価を払って、その命を買い戻すことが出来ようか」(マタイ16:25、26)と。
 ペトロ・カスイ岐部神父は最後には逆さ吊りどころか、ついには腹の上に薪を積み重ねられ、火をつけられて、おなかが裂けて内臓が外にあふれ出てくるような悲惨な死です。しかし、最後まで岐部神父様は信仰の言葉を吐きつつ天に召されて行きます。実に、「死んで生きる」壮絶な証しです。
 神父様は霊においてはニッコリお笑いになって天に帰られたことでしょう。これらの姿をイエス様に従う者の究極の姿と見定めて、イエス様に従って行きたいと、バスの中で私は願ったことです。篠先生のご講義に心から感謝します。次回の遺跡巡礼を期待しつつ。《く》
# by hioka-wahaha | 2005-11-27 00:00 | 日岡だより

No.203 アシュラムとは何か 2005.11.20

アシュラムとは何か

 今年も高砂聖霊アシュラムに参加してきました。もうこれで、4回ほど参加したのだと思います。最初の頃は11月23日を中心に日程を組んでいたかと記憶していますが、11月23日は私の回心記念日なので当教会で特別聖会をすることが多い。そのことをお知りになって手束先生が日程を現在のように少し繰り上げてくださったように思うのです。有り難いことです。その上、私を常任講師のごとく取り扱ってくださるから、私もその任に応えようとして頑張っていますが、その結果は出ていますか、どうか。そのご期待に応えていますか、どうか。心もとないです。
 さてアシュラムという言葉は聞き慣れない言葉ですが、もともとはインド語の筈です。キリスト教の世界にアシュラムという言葉を持ちこんだのはスタンレー・ジョーンズです。
 スタンレー・ジョーンズ(1844~1973)はアメリカの人、23歳の時、インド宣教に出かけますが、うまく行かず、ノイローゼになってアメリカに帰ります。この点、後輩のT・L・オズボーンに似ています。オズボーンもインドに行きましたが、一旦挫折してアメリカに帰り、改めて神様から霊的に刷新されて再びインドに行きます。そして以後の世界的なすさまじい神癒伝道に身を委ねるのです。
 インドの民衆には他国に無い深い霊的地盤があります。抜きがたい神秘的志向性です。この国でキリストの福音を伝えるのは容易ではありません。並の信仰、特に西洋文明をひけらかして語るような福音宣伝は通用しません。オズボーンも敗退し、スタンレー・ジョーンズもこれに対処できず、ノイローゼになったのでしょうか。
 特にスタンレー・ジョーンズのその後の著作を読むと、最も良い著作は「インド途上のキリスト」だと思いますが、この本で推測できるのは、彼が相当ガンジーに影響されたのだろうということです。当初、インドに行った早々にガンジーに会えたとは思えせんが、とにかく日々、インドの新聞やその他の報道によって見聞できるガンジーの言葉や行動に、スタンレー・ジョーンズは凄くショックを受けたと思います。
           *
 私はもう一度、語りたい。インドの霊性の深さ、高さ、純粋さを。私は、個人としてはサンダー・シングを、公人としてはガンジーをあげたい。いずれも歴史的に見て、最もイエス・キリスト様に似ている人である。サンダー・シングのことは、ここでは省略します。ガンジーを指して「最もキリストに似た人」、あるいは「最もキリストに近い人」という人がインド人の中にも多くいたという、この事実はまさに奇蹟である。
 ガンジーは決してクリスチャンではない。彼は確固たるヒンズー教徒である。しかも、あらゆるクリスチャンたちよりもクリスチャンらしい人物に見える。(私事を語るが、私は20歳のころ、よく夜のベランダに上がって空気を胸一杯吸いこんだ。何度も吸った。それは偏西風に乗ってインドから日本に来た空気のなかに、ガンジーが吐いた息のひとかけらが入っていはしないかと思ったからである。その一片でも私は吸いたかったのである)。
 このガンジーを見る時、純粋で熱心な宣教師スタンレー・ジョーンズ先生はノイローゼにならざるを得なかったのではなかったか、これは私の勝手な推測であるが。しかし、ともかくアメリカに帰ったスタンレー・ジョーンズ先生は信仰を回復した。それこそ、「インド途上のキリスト」です。キリスト教ではない。キリスト教会ではない。キリスト教文明ではない。彼が改めて把握し、これをこそ伝えようと自信を得たのはキリストご自身である。今もインドの街や村々を歩かれるイエス・キリストである。
 私たちの日本で言うなら、この日本列島を歩かれるイエス様、東京の街を、東北の田舎を、信州の山の中を、そしてこの大分県の町々、村々を、あなたの家の前を、あなたの会社の工場の中を歩かれるイエス様をご紹介したい。そしてこの方をあなたの胸のなかに受入れてください。こういう伝道なのである。
           *
 こうして再びインドに帰ったスタンレー・ジョーンズはしばしばガンジーを訪ねたらしく、また心おきなく会話出来たようである。その時、ガンジーのたたずまいする場所がアシュラムであったと思われる。
 アシュラムとは本来、インド教の修行者たちが修行のため隠棲する場所のことであったらしい。そしてガンジーは自分の所に来て語り合い、共に学び、共に断食し、祈る人々の居る場所をアシュラムと称した。そこにスタンレー・ジョーンズもよく来たのであろう。
 そしてスタンレー・ジョーンズは考えたのであろう。「これは良い。欧米のクリスチャンに最も足らないのは、この静かな隠棲の場所、アシュラムだ。こうした所にしばらくでも集まって、み言葉に親しみ、御声を聴き、少数メンバーで交わって、御声により得たものを分かち合いたい」と。
 私は忠実なアシュラムの人とは言えないので、以上の記事は正確を欠くし、私の誤解もあろうと思う。しかし凡そ、日本のアシュラムの起因はスタンレー・ジョーンズにあるし、アシュラムという言葉の由来、その性格はガンジーにあるのであろうという、私の推測を以上に述べてみた。
           *
 さて、日本におけるアシュラムの本流は「日本クリスチャン・アシュラム連盟」の働きであろうか。キリスト教年鑑を開いてみたら、そこにスタンレー・ジョーンズによる「アシュラムの精神」という言葉が出ていたので、参考にここに挙げる。
 1、キリストへの明け渡し。
 2、み言葉への静聴と立証。
 3、聖霊の啓導と充満。
 4、教会への奉仕と伝道。
 5、神の国の体験と献身。
 日本クリスチャン・アシュラム連盟の流れのほかに、かつて榎本保郎先生の榎本アシュラムというのがあった。榎本先生が帰天されて以後も続いているか、どうか、私は知らない。この榎本アシュラムが別府で開かれたことがあり、その時、私は参加した。榎本先生にお会いできた最後であった。
 さて、高砂アシュラムの特徴は何か。ペンテコステ信仰をはっきり打ち出しているのが高砂教会の主催アシュラムである。何よりも手束先生の教えにより、にこやかな笑いに満ちた会堂の空気そのものが、ここでのアシュラムの性格を支えてくれると思う。また、当アシュラムにおける主任牧師というべき榊原喜三郎先生の綿密な指導、特に静聴についてのご指導は貴重である。さらに、
 別格の手束先生の初著「キリスト教第三の波」による連続講義は、私たちのペンテコステ信仰を再確認させる見逃せない祝福の時間である。
 もちろん、このままで満足せず「聖霊の導き」に生きる私たちの信仰を更に強化、深化、拡大して、カリスマ的信仰の形成と充実を期待したいと思います。来年は、当教会からも多数この高砂聖霊アシュラムに参加できるよう、願っています。《く》

〔先週の信徒礼拝について〕
 先週の信徒礼拝は圧巻でした。私は当日、高砂教会での「聖霊アシュラム」に参加していたのですが、帰って、当日のビデオを見ました。本当にすばらしかったです。証詞に立った諸兄姉が9名、最後にお一人のショート・メッセージ。上手というのではない、しかし、本音のすばらしい信仰、正直な表白です。私はこれまで、我が教会の信徒の皆さんの信仰がこんなに素晴らしかったと気がついていなかったことを恥ずかしく思いました。来月の4日も私が秋川集会に行きますので、また信徒礼拝です。次の立証メンバーに期待します。よろしく。《く》
# by hioka-wahaha | 2005-11-20 00:00 | 日岡だより

No.202 天にある霊者たちを偲ぶ 2005.11.13

天にある霊者たちを偲ぶ

 私の作った賛美がある。しろうとの下手な作詞作曲だから、我ながら「よくやるよ」と呆れているが、当教会でも滅多に歌わない。先だって中野渡先生がお見えになった時には、この賛美で一同輪になって歌ったが、気分が高調して先生からも誉めて頂いた。望外の誉れである。
 歌詞は「火の車に乗って天にまで上ろう。エリヤのごとくに天にまで上ろう」という歌い出しであるが、数年前、エリヤの昇天の箇所をテキストにして説教をしようとしたことがあって、聖歌や賛美歌の中にエリヤの昇天のことを歌った歌詞があるかどうかと捜したのだが、一向に無い。止むをえず、簡単すぎて不首尾な歌詞と曲だが、礼拝の前日に作ったかと思う。それはとにかく、
 先週の主日礼拝は在天者祈念礼拝であった。また午後には別府の奥にある教会墓地に出かけて墓前礼拝の予定。この日は、朝から激しい雨、ちょっと心配であった。しかし午前の礼拝に浸っていると、この気分は一掃された。先に天に帰られた諸先輩がたへの敬慕の念が鬱勃(うつぼつ)と起ってきた、私は自分を抑えきれなくなった。私たち全員、天に上りたかった。よほど前記の賛美を歌いたかったのだが、この日は聖餐式、誕生者祝福式等があって時間も足りない。我慢して説教をつづけた。No.202 天にある霊者たちを偲ぶ 2005.11.13 _d0065232_23415961.jpg
 私は何度か未信者の方の葬儀を、信徒である近親者から熱心に乞われてキリスト教式に葬儀をしてあげたことがある。そうした弟さんや甥御さん方の遺影も飾られている。その祭壇めいたものを脇に見ながら、私は火の車に乗って天国のきざはしに行って背伸びでもして、それらの方々を見上げたかったのである。
 こんなこともあった。故林正貴兄のお姉さんが召された時、林正貴兄がお姉さんの死の直前にイエス様の救いの導きをしましたというので、私はその葬儀のなかで(会葬者のいる前で)、棺を開けて「死人のためのバプテスマ」をしてあげた。私がまだ30歳前のしろうと伝道者だった頃だ。多くの教職の方々からは非難されても仕方のない仕儀であったかと思うが、私は一所懸命祈ってやったことなのである。
 これらはセカンドチャンス(未信者の死後の救い)という際どい神学論争にもなるところだが、私は神学にはうとい。ただ召された人を尊び、その人を地上から失う嘆きの中にも、彼らを天に送りたいと切に願っている遺族、信徒たちの信仰と熱意に答えたいままに、私はバプテスマを執行したのであった。
 そうしたことを走馬灯のように思い出しながら、私は講壇で説教を語ったのです。私は切に、「火の車に乗って天にまで上ろう。エリヤのごとくに天にまで上ろう」と歌いたかった。
              *
 私はいかなる説教の時も「十字架の上で死に給い、陰府に下って、3日に復活されたイエス様」のことを語らずにはいられない。これはキリスト信仰の土台です。聖潔も聖霊充満も後回しでよい、まず十字架と復活の真理を語りたい。この信仰さえしっかりしておけば、その後の信仰は順調に成長します。
 それはともかく、イエス様は一旦陰府に下った時、そこで「福音を宣べられた」とある。第一ペテロ3:19、20と同4:6のみ言葉を参照して下さい。そしてエペソ4:8~10を読みますと。陰府に居た霊たちのなかでイエス様の福音を聞いて救われた人たちがイエス様に連れられて天に上ったらしいことが分かります。このイエス様の福音の言葉は今も陰府のなかで余韻のごとく残り、あるいは天使級に成長された信徒諸兄姉の伝道により、多くの霊者たちが救われているに違いないと私は信じているのです。
 実は、死んで陰府に行っているはずの不信仰者のために祈ることは、欧米の教会では禁じられているようですが、私はその欧米流信条は承知できません。死者のために取り成しの祈りをすることは善いことであると信じて居ます。
 なお、十字架上で、隣りの十字架にかけられていた犯罪人から「イエス様、あなたが御国の権威をもってお出でになる時には、私を思いだして下さい」と乞われた時、イエス様は答えました。「よく言っておく。あなたは今日、私といっしょにパラダイスにいるであろう。」
 私の推測ですが、イエス様が十字架の上で死なれた時、一緒に死んだ隣りのこの犯罪人たる男をお連れして行ったのであろう、行った先は陰府である。その陰府で先に述べたように主は福音を語られた。そして救われた人々のなかに、この連れられてきた犯罪人も居たはずである。そして彼らを引き連れてアブラハムの居る陰府「慰めの場所」(ルカ16:25参照)におもむかれた筈だ。そこから、先に引用したエペソ4:8~10にあるとおりアブラハムをはじめ旧約の聖徒たち、また今イエス様により救われたばかりの新入りたちを引き連れて、天に帰って行かれたと私は信じるのです。そこが天のパラダイス、のちにパウロも上ったところです(第二コリント12:4参照)。
              *
 こうした多くの先生方からは危ぶまれそうな説教をした礼拝のあと午後、別府後背地の山辺にある別府霊園をたずねます。実は朝からの激しい雨、そして途中の山間部にはいってからは10メートル先が見えないような濃霧、そのなかを用心しつつ車を走らせながら、目的地に着き、私たちの教会の墓のあるところに行きますと、突然雨が止み、雲が晴れ、太陽の光が墓にそそぎ始めたのです。一同歓呼の声をあげましたね。
No.202 天にある霊者たちを偲ぶ 2005.11.13 _d0065232_23431969.jpg

 そこで私たちは賛美歌を斉唱、そして私の墓前説教が始まるのです。テキストは第一テサロニケ4:13~18です。そこでパウロは「死んでいる人々について無知でいてもらいたくない。無用に悲しまないように」と言い、そして主イエス様が再臨なさるときの情景を目に見えるように語ってくれます。「主は天から下ってこられる。先に天に召されていた人々が先に最初によみがえり、次に私たち地上に残っていた者たちが共に雲につつまれてイエス様のもとに引き上げられるのだよ」と言うのです。

 この主のご再臨のことを拝読しながら、私は世の終わりを想像せずにはおられませんでした。そして、私は思わず次頁に掲げた「機械文明の暴発」の恐れについて語りはじめたのです。もともと、文明というものは善い事のように考えられてきました。西洋においても、明治以来の日本においては特に。しかし文明というものは人間に便利さを満たすだけで、それ以上のものではありません。その点、文化はいささか価値があります。文明は人間の基本価値のためには何の役にもたちません。却って文明は人間の特性をむしばむことが多いのです。
 最近のIT産業による情報革命は情報爆発を起して、ホリエモンさんなどによる経済混乱はともかく、もっとひどい特に若年層の精神構造の破綻を来たらしめ、社会暴発を起すのではないかと、私はかねて心配していました。
 そこへ次頁に紹介した立花隆さんの「サイボーグ技術が人類を変える」です。こうしたことに関連して私は「フォトンベルトの危機」というニューエイジの人たちが言い出していた2012年の地球の危機が必ずくる、天文学上それがきちんと計算され、予告されているという問題も思い出したのです。いわゆるニューエイジの人たちが言いだした妄言だよと、聞き捨てにしてはおけない危機感を受けるのです。しかし、
 「主は近い!」、私たちクリスチャンは何をも恐れない。「主が来られる!」、賛美し、歓呼をあげて主を迎えましょう。地球が崩壊しても、神の国は私たちを待って下さっている。愛と喜びと平安と希望と主への熱情で如何なる心配をも乗り越え、主の日を迎える事が出来るのです。《く》


機械文明暴発の悪夢

 先々週土曜日、11月5日の夜のNHKテレビ総合番組9時からのNHKスペシャルは大変な内容だった。恐るべき接近未来を映し出していたと思う。
 立花隆氏の最前線の新科学の研究成果をあげていたのだが、題して「サイボーグ技術が人類を変える」、神経工学の先端だという。脳細胞に電極をつけるというような手術のお陰で、心で思うだけで手や足が的確に動いてくれるというのである。それどころか、見えなかった目が見えだした、聞こえなかった耳も聞こえだしたというような報告もあったと思う。
 「あったと思う」というような曖昧な文章を書いた所以は、私はびっくりしてしまって、この番組を見たあと、いささか動転して心が整理できなかったのである。
 兵隊にこの装置をつけると、強力な装備をつけた人間ロボットが出来る。命令のままにどんな危険な場所にも飛んで行ける。もっと進歩すると、これは私の空想なのだが、指令官が指揮命令を心に起すだけで、前線の軍事装置が働くことも出来よう。こういう兵器が出来てくると黙示録に預言されている終末的様相が出現しそうで、私は身の毛もよだったのである。かつてのヒットラーが聞いたら狂喜するような軍事装備が生まれてくるに違いない。
 その上、脳の快感部門に電極をつければ「愉快でたまらぬ」人間を作ることもできそうである。私の「ワッハッハ理論」は吹っ飛んでしまう。この最新の神経工学の作った機械はまさに機械文明暴発、人類自殺の装置になりはしないか。そんな悪夢を見たように思えた。《く》

〔あとがき〕
前々号200号の第1頁に書いた「日本が独立国と想うのは仮想現実である」の一文を早速、証明してくれる記事が堂々と新聞に出た。産経新聞11月8日号、石原慎太郎氏の「内政への干渉を排せ」という論文である。そのネタは関岡英之氏の「拒否できない日本」、文春新書で出ている。▼読むと驚いてしまうのは日本に対するアメリカの支配意図。日本政府に対して毎年送られてくる「年次改革要望書」というものが有るそうだが、これによって、日本の経済力を圧縮し、アメリカの利益を増やそうとするわけだが、これについて日本政府は全く口を閉ざしている。▼ひるがえって私たちの魂を見よう。私たちは如何にサタンから私たちの霊的財産、当然神様から受けるべき財産を奪われていることか、イエス様の福音力によって、このサタンに奪われたものを奪還しよう。▼心のむなしさ、不安、肉体の病い、家族の不一致、人間関係、財政的貧しさ、そうした様々な面で、しばしばクリスチャンが悩んでいるが、すべてサタンに奪われているのだ。イエス様の御力によって、これをサタンに投げ返そう。《く》
# by hioka-wahaha | 2005-11-13 00:00 | 日岡だより