不撓不屈の信仰を学ぼう
「致知」という雑誌がある。キリスト教の雑誌でも宗教の雑誌でもない。でも、この雑誌を皆さんに奨めたいと思う。 キリスト教にも、凡そ宗教なんぞにも、ほとんど興味はなくても、しかし人生とこの世界に真面目に生きようとする人々には是非奨めたい雑誌である。 この雑誌の今月号の特集は「不撓不屈」だった。私もちょうど、この「日岡だより」で、不撓不屈というテーマをあげようとしていたので、その偶然の一致に驚き、かつ喜んだのです。 つまりクリスチャンが信仰、即日常の生活において厳しい道を歩もうとし、つまり単なる霊的精神的道程にとどまらず、この世で喰い飲み生き、家庭を支え、職業を守りつつ、人生百般、苦楽哀歓のさなかで、神様を信じ、イエス様も信じ、聖霊に満たされて、矛盾もなく、大成功ではなくても、堂々と世人に伍して生きる、そういう生き方、 そこには、何ものにもくじけない、障碍となる山川を乗り越え、邁進しつづける不撓不屈の勇姿が見えてくるのですね。この夢を皆さんに捧げたい。 内村先生は言った。「人生は戦いである。しかり、クリスチャンの人生こそは、戦いである」と。 この世の王はサタンです。この世でクリスチャンとして生きることは、それ自体、サタンとの戦いです。しかし、恐れることはない。主は言われました。「あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」(ヨハネ16:33下)。 人が世にあって生きるということは、日々の生活の持続、連続!です。平凡で、当たり前のことですが、これは大事なことです。 この持続、連続が死ぬまで、一生続くわけです。 私は青年前期、この決まりきったことに驚き、人生に恐怖しました。 「人生40年、50年、どうやって生きるのか」。 しかし、学校を出て社会で働き始めると、何となく生きてゆけるので、案外な思いがしました。幾分、人生を軽んじる傾向を生んだと言えましょうか。 そこへ、私は我が親友A君の自殺にぶっつかるわけです。これは晴天の霹靂でした。 最近、ある方の「自死」の本が出ました。自らの自殺への積極的意志を維持し、その自殺せねばならぬ理由と、その人生的意義、そうしたことをきちんと述べて、実際に静然と死んで行かれたわけです。 凄い人だと思いましたが、それを既に1941年、今から60数年前です、我が友A君は決行したのでした。 彼は、人は生きて行くこと自体が悪である。その悪から逃れる事が出来ない現実に、慄然としました。 人は感覚的に快と思えることを欲し、それを選んで、そこに安住したくなる。その際には、他者の生存意志よりも、自分の生きる意欲を先行させる。そこに悪と罪が生じるのである。その結論に彼の意志はきまりました。 「自ら死ぬことにした」と、彼は遺書を私に遺してガス自殺して行きました。「今死んでも、過去の罪悪が許される訳ではないが、致し方ない。自分で自分の命を滅ぼすことをも罪であるというキリスト教的教理も尤もだが、さりとてこれ以上生きて行けない。はなはだ無意味で、無気力だが、今ここで死ぬ外はないんだよ」、という遺書の文面でした。 私はその遺書を胸に抱いて大分川のほとりで一夜泣き明かしたものです。 自殺論はこの程度にします。今回は、自殺論を書くことが本旨ではない。しかし、生きてゆくことの、彼一流の辛さというものを分かって頂きたかったのです。こうした訴えには、 現に家族を抱え、貧乏に苦しみ、必死で生きている我々にとり、何というたわけた暇人の寝言を聞くものかな、と欝憤を覚える人もあろう。 しかし、真実に生きようとして、自ら死んで行く人の悲壮さというか、そこに人生美を感じる私は異常な人間であろうか。いいえ、分かってくれる人も多いと思う。 * 以上は思わせぶりに深刻な衣装を着せた人生論議に見えたかも知れない。しかし時には、そこまで考え込んで、本当に死んでしまう人もいることを指摘したかった。そして、そこまで厳しく考えながらも、なお且つ生きて行こうとする人生があろう、それこそ不撓不屈の人生というべきであろう。 ある意味で、レベルを降ろして言えば、みんなそうなんだよと言うこともできよう。明るい話を持って来よう。ちょっと前述したように今月号の「致知」だが、特集「不撓不屈」と掲げた編集記事の中に美内すずえさんの対談があった。そもそも美内すずえさんとは何者? 今月第一週の本紙に書いた「クリスチャン・マンガ作家待望論」に書いた「ガラスの仮面」の作者である。私はあんなことを書きながら、この「ガラスの仮面」が今も尚、継続、連載中であることを知って、本当に驚いた。しかも尚、 この対談の相手はなんと、「サムシング・グレート」の村上和雄教授である(私は村上教授の所論を尊敬しながらも、やや不満。いつも「いや、僕の信じるのはグレート・ワンです」と言っているが)。 実は、ここで「ガラスの仮面」の作者、美内すずえさんを出したのが、私の狙いなんです。不撓不屈です。不撓不屈と言えば、何だか苦難艱難、乗り越えて悪戦苦闘する人物を連想する。もちろん悪戦苦闘かも知れないが、あの少女マンガ「ガラスの仮面」を生涯の大作として書き続けている、さぞや楽しいことだろうなあと、しろうとの私は想像する。 楽しいだろうなあなどと言うのは、全く創作家の苦労を知らないミーハー族か(こんな言葉、今あるのかなあ)、オッチャン、オバチャンたちだろうが、しかし美内すずえさんは楽しく、あの「ガラスの仮面を書いているだろう」と想像するのは、甘い認識かも知れない。 エジソンの白熱電灯発明の経過にしてもそうで、あのブランブランしている発光体、今はタングステン線だが、最初の材料は、やっと捜しあてた京都の竹を使ったのだそうだが、そういう苦労を重ねるのも、苦労とは言えば苦労、しかしやり甲斐のある苦労であろう。そこに楽しみもある。実は、 結論として言いたいのは、不撓不屈の精神、それは信仰と祈祷の世界にこそ必要である、ということです。 信仰とは祈りであります。もちろん、神への賛美、従順、伝道、等々いろいろ挙げることはできようが、まず祈りです。祈りが無ければ、何も始まりません。 神様は何でもできる神様ですが、地上における神の国建設にあたっては、神様もクリスチャンの祈りを助け手として必要としています。 祈りの最も大切な点は、祈りが神様に祝福され、その祈りが聞かれ、遂に成就する。その時まで祈りを怠らない。休まない。止めない。継続する。具体的な物や行事的な計画の成就であっても、霊的信仰面の達成であっても、神様から与えられるまで、諦めないで継続しましょう。そこに不撓不屈の祈祷があります。 不撓不屈という言葉の最もふさわしい使用の場所は祈りです。祈りましょう。有名な事例はジョージ・ミューラーです。彼は「祈りは応(こた)えが来るまで諦めないことです」と言っています。彼はつけ加えて証言します。 「私はある人の救われるため63年間も祈り続けたが、まだ救われていない。それでもまだ祈り続けます」と語ったことがあります。最後に、遂にミューラーは天に召されました。その亡骸の葬られる日、その墓の前で、その友人が心を神様に捧げるのです。ハレルヤ! ミューラーの祈りは正に聞かれたのです。《く》 〔あとがき〕 雨が多いですね。ノアの時には40日40夜降りつづいて世界が水に覆われました。今の時代もノアの時代に比べて、それほど良い時代とは思えません。旧約の時代だったら、やはり40日40夜の大雨かも知れませんが、幸いイエス様の御救いの時代です。平穏に過ごせていますことを感謝しましょう。諸先生がた、信徒諸兄姉の上に更に豊かなご祝福を祈ります。また、日本と世界の上に御恵みを祈りつつ、《く》
by hioka-wahaha
| 2008-06-24 18:13
| 日岡だより
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