「あなたは救われていますか」
私の母は、釘宮ツギ(晩年「希和」と改名した)、大分県宇佐郡の生まれ、生家はまあまあの中地主である。長兄が東京の大学に行って、休暇で帰って来た時、母に言ったそうだ。「俺はキリスト教に入った。善い教えだぞ。お前もキリストを信じろ、よいな」 長兄が頼んだのだろうか、以後、中津市の教会の牧師さんが、母の家にまで来て、聖書の教えをしてくれるようになった。 洗礼を受ける時、駅館川に架けてあった村の橋の番をしていて、他村の人から受け取る橋の渡し賃をくすねていたことを、牧師に告白したということは、かつて週報に書いたことがある。 のちに、教会の牧師さん同士の紹介だろうが、大分の教会の信徒であった釘宮太重(たじゅう)と結婚することになる。この釘宮太重さん、つまり私の父だが、その入信の様子については、よく書くが、その信仰生活については、私もあまり書いていない。本当はもっと書きたいのである。 この父の信仰については、私は生涯、頭が上がらないだろうと思う。温和で、かつ剛健なのだ。町のやくざを追い返すくらい何でもなかった。しかも商売がうまい、万事OKのようだが、体が弱かったのが玉にきず。しかし、この体の弱い父に対し、母はピッタシの良き妻であった。 母は当時としては晩婚である。母の母が早く死んだ。母は弟妹を母親代わりに世話をして、婚期を逸したのである。そして病気勝ちの父のところに嫁に来た。父方の親族はよく私に言った。 「あんたの母ちゃん、看護婦に嫁に来たようなもんじゃった」 しかし、母はいつも私に言った。「あんたの父ちゃんは世界最高の男やったね。あんな人はどこにもおらんよ。私は一緒に居る間、ずーっと尊敬していたね。死んだ今は、なおさらだよ」。 母は父にその生涯を尽くして愛し、仕えた。父の歌に言わく。 さみだれの夜をまどろみもせで我がために、 注射器にぎる妻の雄々しさ さみだれに悩みて細るわがうでを 妻はなでつつ泣き笑うなり 当時、父があまりにも夜昼問わず、医師を往診に呼ぶことが多かったので、医師もたまりかねて、多分医師法違反だと思うが、母に注射器と薬液を与えて、「奥さん、注射やってください」と頼んだというのである。(この医師こそ、後に私の自殺行為の現場に来て、私の胃から睡眠薬を嘔吐させて私の命を救い、その結果、私の自殺を未遂にさせ、刑務所に追い込むことにもなる、恩と縁の深い医師なのである)。 * こういう母だったから、父は母に満足していたかというと、さにあらず。ある時、母にこう言ったという。 「あんたは私にとり、非常に善い奥さんだから、神様に感謝しているよ。しかし、たった一つ、残念なことがある。あんたはキリストの十字架の愛が、よく分かっていないんだ」 こういう父の言葉に、母の反応はにぶかったようだ。母は父が何を言っているのか、そのことが分からなかった。心に思った。 「この人は立派な信仰を持ち過ぎているのよ、理想主義なのよ。私はイエス様を信じているし、毎週、教会に行き、献金も怠らず、婦人会の会長までしている。もっとも、たまには人の悪口も言うし、聖書にあるような立派な行いは出来ないけれど、その位のことはイエス様も許して下さると信じているわ。何事も、天国に帰れば、分かること、あまり神経質になってくよくよしても仕方ない」 父は四十五歳で天に召された。父はお百姓さん相手の小さな肥料店を開いていたが、その残した店の経営を天才的商売のうまい甥の内藤利兵衛さんが見てくれ、さらに店の実際的管理を忠実な水橋峰吉という人がやってくれた。母は表面上は女主人であり、すましこんで、それらしく振る舞っていたが、実はなにも経営のことは分からなかった。 今で言えば、ロータリー・クラブの一員になっても良いような一流の奥様ぶりであり、また教会では長老格になっていた。そこへある信仰団体から、小冊子が届いた、その小冊子が母に革命をもたらすのである。 * その小冊子は長い間、私の机の引出しの奥のほうに隠れていてボロボロになっていた。私は今朝、偶然にそれを発見して驚いたのです。あらためて、この小冊子を開いて見た。 はがき版ほどの小さな冊子、25頁の薄い本です。大きめの活字、総ふりがな付き、だれにも読めるような配慮が伺えます。題は「貴下の救」、発行者は「恩恵の泉社・小池静三」、多分、名も無き、一ボランティアの手になる信仰啓蒙書とも言うべきものです。まず、とびらにこうあります。 「貴下は、如何にして救はるるか、知りたくありませんか」 「貴下は、貴下が救はれたことを確かめたくありませんか」 原文はもっと旧仮名づかいなのですが、多少現代文になおしました。本文のほうも勿論、旧文体でして、今の人には読みづらい文章です。私はこの文章を現代文になおして、この「日岡だより」に載せたいと思ったのです。 実は今朝(8月5日朝)、私は明日の週報に添付する「日岡だより」の原稿に迷っていました。まだ、構想が湧いていなかったのです。そこへ、この「貴下の救」です。私はこの「貴下の救」の本文を「日岡だより」に転載したいと思いました。そして、ワープロに向かうと、急に母のことを書きたくなりました。こんな状況で、この号が始まっているのです。 この「貴下の救」の本文が母の信仰リバイバルのきっかけになりました。この小冊子のお陰で、母の信仰は本物になったのです。それまでの母の信仰は、先に書いたように父を嘆かせた形式的信仰の持ち主でした。その生温さを、この小冊子が打破するのです。 まず、母を戦慄させた、この「貴下の救」の本文の初めの部分を以下に載せます。文章は、私の責任で現代語訳しました。 * 「私は自分が救われていることを、どうして知ることが出来るか」。これは全世界のあらゆる人々にとっての大問題であります。しかし、この問題についての、大概の答えは、殆ど曖昧で、少しも救にふれていません。 あなたの知っている教会員の一人一人に尋ねてごらんなさい。その答えは次のようでしょう。 私は教会に属している。永年の教会員だ。日曜学校の教師をしている。聖歌隊にはいっている。キチンと礼拝に出席している。月定献金を納めている。いえ、什一献金もずっと続けている。聖書を読んでいる。祈りも毎日している。多数の伝道事業や、福祉事業に献金している。道徳的な聖書の教えに添って生活している。すべての社会的な義務、日本人同胞のために尽くすことも念頭において、さまざまな寄付金もしている。礼儀も尊び、いわゆる小さな親切にも熱心である。何はさておき、主の「黄金律」を実行し、私の生涯をとおして最善のことをつとめるつもりです。こうして最善を過ごせることは神様の祝福であります。私はかならず天国へ召されるでしょう。 以上のように、信仰生活をまじめに実行していても、実際には信仰のことがよく分かっていない人が多いのです。「すべての人は罪を犯して居るので、神の栄光を受けることは出来ない」(ローマ3:23)。このことがまず、深刻に受けとめられていないのです。「罪意識」が曖昧なのです。 そこでイエス様の十字架の血潮が私たちの罪をあがなって下さるということを教義として聞き、それを自分のあれこれの罪に当てはめて、それで「良し」とする呑気な信仰態度になります。 本当に人間の持っている、否、自分自身の持っているドロドロした、えげつない、殺人にも勝る憎しみに燃える心、こういうものを救ってくださるイエス様の愛と贖罪の事実。これが本気で受けとめられていないのです。 父なる神と同体であるはずのイエス様が、「わが神、わが神、どうして私を棄てられるのですか」と叫ばざるをえないような宇宙的悲劇を経なければ、私のこの罪は消えることはない。このことに気づく時、深い心の底から主に叫ぶでしょう。 「イエス様、私の内に来てください」。こうして主の御名を呼ぶとき、私たちの救が完成します。あなたは、このように主イエス様を求めていますか。このイエス様があなたの中に居られますか。あなたの胸をたたいて、「しかり、主よ、あなたはここに居られます」と言いきれますか。 この言葉をはっきり断言できる時、あなたの信仰は確実です。 * 母はある夏の朝でしたが、小学校5年生のころの私を掴えて言いました。「分かったよ。イエス様の救が分かったよ。イエス様の十字架を信じさえすれば良かったんだよ」。 あとで思えば、母はあの小冊子「貴下の救」を読んで、信仰のどん底に陥っていたのです。救を切に求めていたのです。毎朝、大分川の川辺に出て行って、半年も祈っていたでしょうか。 家では家事をしながら「神様、神様」と終日つぶやいている。気が狂ったのかとも思えた、そういう母の信仰を求める祈りが答えられた朝なのでした。 母は先に天に帰って行った父の信仰が分かったのです。それは人様が語る信仰の教義ではなく、自分自身の胸に宿ったイエス様の臨在でした。 実は信仰には、越えがたい難所があります。信じたくても、信じられない。「信じました」と何度言い表しても、自分の心に信仰がやってこない。そういう難所です。ある人はこれを「親知らずの難所」と呼びました。親も子に教えることができない。千人の聖人も、これを伝えることができない。聖霊様だけが、直接あなたの心の注ぎ込まれる霊の言葉があなたを変えるのです。 イエス様は言われます、「あなたがたは新しく生まれなければならないと、わたしが言ったからとて、不思議に思うには及ばない。風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞くが、それがどこから来て、どこへ行くかは知らない。霊から、生まれる者もみな、それと同じである」(ヨハネ3:7、8)。 最後に一言申し上げます。禅宗の師家が弟子に問う「公案」に似ていますが。「聖書に矛盾はない」とよく言われる。しかし、次の聖書の言葉を聞いて下さい。まずローマ人への手紙10:13、「主の名を呼び求める者は、みな救われる」、同じ御言は使徒行伝2:21にもあります。 さてここに相反するように見えるイエス様のお言葉があります。「わたしにむかって、『主よ、主よ』と言う者が、みな天国にはいるのではなく、ただ天にいますわが父の御旨を行う者だけが、はいるのである。(以下省略します)」 この2つの聖句の矛盾をあなたは、どう解きますか。私は絶対の聖であり義である神様の裁きの追及から避けることが出来ないという緊迫した問題と、イエス様の愛はどんな汚れた罪をもご自身の十字架の血潮によって赦し、清めてくださる筈という信仰の、この狭間、峻険な谷間に突き当たって転げ回って苦闘し、救を求める人生の旅人! 「主よ、憐れんで下さい」と、先に救われた皆さんも、後進の求道の方々のために、強い援祷を送って下さいね。《く》 〔あとがき〕 (釘宮牧師より)妻トミは先々週の主日午後、大分岡病院に入院していました。医師の診断は気管支肺炎です。一週間後、永藤先生が神癒聖会のため見えられましたが、その聖会に先んじて、病床にて祈ってくださいました。妻の病状は急速に軽化、先日8月2日には、退院できました。主様と永藤先生に心から感謝! 《く》
by hioka-wahaha
| 2006-08-08 11:56
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