『ねたみの神』とはどういうことか
この2月10、11日に橋本先生の大分カルバリ・チャーチで手束正昭先生を迎えてのセミナーが持たれた。その第3回目のセッションの時、「『ねたみの神』と言う言葉が聖書にあるけれども、それはどういうことか」という説明を手束先生がされた。 私はびっくりして聞いた。私はこういう説明をこれまで聞いたことがなかったし、また私には「妬みの神」ということが、よく分かっていなかった。まあ「妬むほどに、それほどに、神の子を愛するんだな」、というくらいにしか考えていなかった(ヤコブ4:5参照)のである。 神様は、神の子である私たちが神様以外のものに目を寄せることさえ我慢できないのだ。なぜなら神様は人にだけ棲み給う方だから、人が神以外の者に目を向けることに承知出来ないのだ。 クリスチャンであっても、長い習慣で道端のお地蔵さんにひょいと頭をさげ、お葬式に行って、つい仏像に合掌する。そういう態度や心に神様は嫉妬するという言い方を聖書はしているのだと先生は言われる。 だから、たとえば教会の主日礼拝に、朝ちょっとテレビの番組を見ておって、出席時刻に遅れてしまった。これはテレビを提供している世の霊に心を向けて神様を忘れていることだ。これはいけません、と先生は言われるわけだ。 今、高砂教会では礼拝30分前には信徒さんがたの半数は出席して賛美と祈りをささげ、礼拝の心の準備をして、主の臨在をお待ちしているそうだ。私どもの教会もこれを模範としたいです。《く》 クリスチャンから見た国家の品格ということ 昨年の11月だった。藤原正彦さんの「国家の品格」という本が出た。新書版だからそう厚くはない。「国家の品格」を読んでから、次に厚い本にぶっつかった。立花隆の「天皇と東大」上下2巻である。その次にまた買ったのが、これまた厚いJ・ダイアモンドの「文明崩壊」上下2巻だった。 さて、藤原正彦さんにいわせると、国家に品格を無くさせるのは理性がつよくて情緒のない国民性が、それをもたらすのだという。情緒の面で言えば、日本人は有りすぎるほうかもしれない。 とは言え、私の見るところ、日本人は文明病にかかっていやしないか。「ザンギリ頭をたたいてみれば文明開化の音がする」とひょうきんなはやり歌があった日本人はあの頃から文明開化はいいとだと思いこんだのである。 文明というのは(私はこういった面にはしろうとであるが)、狩猟時代からでも矢や槍の改良という点で生産性(?)の高揚ということがあったのだろうが、特に奴隷制度が行き渡った時、バベルの塔やピラミッドの構築等、独裁政権の威令を見せつけるための大工事が始まっているが、また煉瓦の製造、潅漑水路の建設、そうしたことから一般市民の生活も向上したに違いない。 つまり文明とはスピードがあって、カッコいい、便利なことです。材料は周辺の森から木を切ってくる。また岩石を掘り出す。そして文明の崩壊がおこるのだと、J・ダイアモンドは言っている。いい例が、ポリネシアのイースター島で、今は植物らしいものは何ひとつない荒涼たる島、ただ海に向かって何を訴えているのか、巨石像のモアイがあるだけ、かつての亜熱帯性雨林の姿はそこには無い。 日本がそうならなかった訳は、大陸から適当に離れた島であったことと、徳川幕府の政治もよかったのだとダイアモンドは言っているが、私の思うには、国民の多くが背後に里山や材木の生産林を持っている、それを財産として子孫に残そうとする意志が下意上達で庄屋から、藩主へ、そして幕府へとつながって行ったからではなかったか。そのようにして森林をまもる政治思想が出来上がったのかと思う。 * だからと言って、今の世界(そして日本)が今後の文明の崩壊から逃れることは困難だろう。奴隷制度時代から、封建制の時代、そして資本主義の時代、一時は世界を覆うに見えた共産主義も勢力をなくした。 今の時代をなんと言うべきか、資本主義が爛熟期に達した今、ホリエモン式にITを駆使して、若い力で向こう見ずでやって行けば、なんとかなる。一掴千金の夢も夢でない。カネを儲けることはいいことだ、そういう思想が蔓延しているのです。これでは品格のある人間が生まれるはずはない。 品格は辛抱する所から生まれる。藤原正彦さんは日本人の品格はサムライから生まれたと言っている。いわゆる「武士は食わねど高楊枝」だ。金持ちの商人たちに気押されもせず、意地をはったサムライの気質が日本人の品格である、と言うのだ。私はもっとこのあたり論議をつくしたいが、紙面もないので、文章の方向を変える。 * 国家の品格は国民の品格である。そこで、当面の我々クリスチャンの品格を考えてみよう。キリスト教が西洋からはいってきて、西洋かぶれの「文明開化」が明治の日本を牛耳ったことは誰でも分かる。「文化」には多少とも精神性の香りがあって、品格を醸しだす可能性があるが、文明にはその可能性は全然無いと言ってよいだろう。 ところで、明治のクリスチャンたちで西洋人をも感服させ、また日本人をも傾倒させたクリスチャンとは誰たちか、名をあげれば誰でも納得する、内村鑑三、新渡戸稲造、賀川豊彦などだろうか。美質はそのサムライ性にある。特に内村鑑三や新渡戸稲造は下級武士のせがれである。武士というものが背筋を伸ばして、アメリカに渡った最初の特使たち、その姿を詩人ホイットマンは驚嘆している。 新渡戸稲造の書いた「武士道」は当時の大統領ルーズベルトを感動させ20冊だったか、買い求めて親しい人たちにくばったという。 ローマ人への手紙、10章13節以下に、野生のオリブから切り取られた枝が、良いオリブにつながれて良いオリブの実を結ぶ、という「つぎ木」の理論をパウロは語っているが、まさしく明治の西洋かぶれしないクリスチャンたちはサムライの木から切りとられ、福音の木につぎ木されて、ふくいくたる福音の香おりを周囲に放つ特異なクリスチャンとしての品格を持って再生したのである。 * 日本の戦時の思想界はたった一人のフロントランナーによって掻き回されたという感がつよい。近衛さんも東條さんもだ。これを書いてあるのが立花隆さんの「天皇と東大」である。じっくり紹介する余裕がないが、天皇一人を唯一神論的にかつぎあげて戦争熱を鼓吹して、朝鮮では朝鮮神社、台湾では台湾神社、シンガポールでは昭南神社という風で神道を強制した。今の靖国問題は日本精神=神道の精神に通じると見るからであろう。無理もないと思う。 小泉さんは「心の問題」だという、日本人はそれで納得する。ところが中国や韓国では小泉さんの心とは神道精神ではないのか、この疑心を一掃しなければ靖国問題は収まらないのである。靖国問題は神道問題だということに気づかなければ、本当の中国や韓国の琴線にふれないであろう。 ともあれ、ここで言いたいのは戦争中の日本の精神構造は神がかり的天皇中心主義で、これにだまされて、また浮かれて、日本人は品位など無くしてしまっていた。一部の特攻隊などで出撃する青年軍人たちの純情さは私も理解できるが、その背後の軍人幹部や政府要人たちの惰弱ぶり豪頑さは調べれば調べるほど、くしゃみが出てくるほどである。 * 「憲法改正を阻止しよう」という声がある、しかし、私は今の憲法をホンマに改正することを提唱しようと思う。今の憲法は詐欺憲法だからである。 その理由は前文がインチキなんだということだ。それでも幾分もっともな前文であるが、それに背いて現に自衛隊をイラクに送っている現政府は、今の憲法を踏みにじっている、そういう意味でも詐欺もいいとこだが、もっと原則的に問題がある。 大欠陥はこの平和前文です。「我らは世界の諸国の良識と善意に信頼して如何なる戦争の用意も持たない」というようなことを書いてあるけれども、これは噴飯物です。本当は占領国アメリカの核の傘を信頼しての甘えの言葉です。だから一旦朝鮮戦争が始まるとマッカーサーにせつかれて自衛隊を作った。大きな詐欺です。日本の憲法は以後、詐欺憲法というか偽装憲法になってしまった 世界の諸国の善意や良識など、どうして信頼できましょうか。特に現時点での世界の諸国のどの国に非戦平和のサポートを期待し得る国がありますか。 まあまあ、一旦日本の国が敵国に侵されそうになったら、その国(実はアメリカ一国)の軍備で助けてもらおうというだけのことです。これは平和憲法という立場から言ったら、まったく趣旨の取り違えもいいとこです。 もっとも、世界でたった一国だけ、中米の小国、コスタリカ、面積は九州程度、人口は大分県よりやや多い、1948年に軍隊を解散させた。隣国のニカラグアと紛争がないわけではないが、平和を維持しています。こうした国があるということは小国なりといえども、我が国に取ってありがたい励みである。 ところで、憲法に戻ります。その前文はこう言うべきだと思います。「創造者なる神の御心と全能の力を信じて日本国は絶対無軍備を持たない」、このように憲法前文を改正すべく、私は提唱したいのです。 憲法こそ国家の背骨です。この骨格が強くなければ強い国家の品格を造ることはできません。真の我が日本国の品格を守る一線は、この憲法に強固な気品を与えることにあります。今のままの憲法を守ったところでどうにもなりません。まず、手っ取り早い簡単な方法は今の前文を破棄し、第9条を確守させることだと思います。《く》 (拡大宣教学院機関誌「マグニファイ」2006年2月号掲載)
by hioka-wahaha
| 2006-02-12 00:00
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