《聖書のことば》聖書暗記コースA~8 思いわずらう前に 祈り「何事も思い煩ってはならない。ただ、事ごとに、感謝をもって祈と願いとをささげ、あなたがたの求めるところを神に申し上げるがよい。そうすれば、人知ではとうてい測り知ることのできない神の平安が、あなたがたの心と思いとを、キリスト・イエスにあって守るであろう」 (ピリピ人への手紙四・6~7) どんな小さな事でも、世俗的なことでも、卒直に神様に祈りなさい。思いわずらう前に祈りはじめなさい。具体的に問題をぶちまけて、神様に子どものようになって訴えなさい。それでも心に平安が来なかったら、再び祈りなさい。何度でも祈りなさい。神様の前ではかみしもをぬいで遠慮せずに語りなさい。 (1980.5.25週報「キリストの福音」より) 聖句暗記のおすすめ(7) この「聖句暗記のおすすめ」も、早いものでもう七回目になってしまいました。こんなにくどく書きつづけると、これまで聖句暗記に取り組んでいなかった人々や、一度やりかけて途中で挫折した人々には、この欄が重荷になりはせぬか、やる気もなくしてしまいはせぬかと心配になり始めました。 人生、挫折する時がよくあります。一心貫徹式の人生指導書や、実践力行型の伝記類にはげまされるのはよいが、遂に気押されてしまって、「自分はあんなことはできません。あの人達は特別です。私は、平凡ないや劣等型の人間です。到底、あんな事は出来ません」と、ひらたくなってしまって、一切の努力を放棄してしまう人が多いのです。 私は元来、薄志弱行で三日坊主の熱しやすくさめやすいタイプですから、その気持がよく分ります。こんな時必要な事は、何度失敗・挫折しても、こりずに厚かましくもう一度やり始めることです。自分を責めず失敗にこりず、何度でもやりなおすのです。このコツを掴むと、万事、性格矯正が楽になります。 一度やりかけて挫折し、忘れ果てていると思っていた事を(聖句でも他の勉強や技術でも)、やり直し始めると、その時突然思い出して、あらためてしっかり身につくことを経験する人は多いはずです。 (1980.5.25週報「キリストの福音」より) 魂の泥沼・絶滅 ――私の信仰記(6)―― 釘宮義人 この連載ものの第一回目、その終りの所にちょっぴり書いた、私の獄中回心記を、もう一度振り出しにもどって、くわしく書いてみましょう。 一九四四(昭和一九)年一一月一九日(日)、その日は刑務所用語でいう免業日で、仕事が休みです。独居囚人にとっては、仕事のあるほうが余程うれしいのですが、その日ばかりは私はホッとしました。どんなかんたんな仕事でもする気はせず、出来る事なら食事も休みたいくらいでした。 その日、聖霊は私の魂に、照準をあてていたに違いありません。そして、御言葉を私の脳中めがけて発射したのでしょうか、この御言葉です。 「人の義とせらるるは……、唯キリスト・イエスを信じる信仰に由るを知りて、キリスト・イエスを信じたり」(ガラテヤ二・16) その時、この御言葉が、私を生かしも殺しもするという予感がしました。私は神に義とされたいのでした。あの荒巻君の自殺によって触発された私の罪意識は、しだいに私の魂をおおい始めていました。私は、私の罪の性質に目を開かれて苦しみました。虚勢をはる心や、性欲が最も自分を苦しめたのでした。その上、人におびえ、その恐怖心が居直ると、今度は逆に自暴自棄になって神冒涜の思いや言葉が出てくる。しまいには妙な精神障害さえおこってくる。私は魂の泥沼の中であがきもだえました。 先程の聖書の言葉、ガラテヤ二・一六の前半「人の義とせらるるは……、唯キリスト・イエスを信じる信仰に由るを知りて」の知りてという言葉が、私にとり象徴的でした。たしかに、私はキリスト教の教理を大体正確に知っていました。現在の私のもっている教理の知識の大半は、その時に得たものです。それは知性による知識収集であり、単に普遍的な真理としての承認にすぎなかったのであります。 そこで、私の問題は、それが「私の事」として信じられない、という点にあります。人様のこととしては承認できますが、いざ自分のこととしては、あてはめられない。結局「自分はこの救の真理を信じていないのだ」と自認するほかない。丸一日、汗びっしょりかいて考えぬいて、その結論を出しました。そのとたん、私の魂は地獄にころげおち、地獄の火が地面を割り獄舎の床をわって燃え上がってくるのを見ました。石原兵永の言う「絶滅」であります(同氏「回心記」八八頁を参照)。その絶望のまま四日間すぎました。 (1980.5.25週報「キリストの福音」より)
by hioka-wahaha
| 2017-04-30 23:00
| 週報記事1980年
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