《戦時信仰日誌》 (昭和二十年二月十六日起)
四月一日 復活節である。朝、会社を一寸休んで礼拝に出る。夜、岩本氏来訪、偕に佳き夜を守る。 「なんぢの指をこゝに伸べてわが手を見よ。汝の手をのべて我が脇にさし入れよ。信ぜぬ者とならで信ずる者となれ」トマス答へて言ふ「わが主よ、我が神よ」イエス言ひ給ふ「なんぢ我を見しによりて信じたり、見ずして信ずる者は幸福なり」 此の聖句の感銘深きことよ。 あゝ我が主よ、我が神よ。此の言葉は矢張りイエスを目のあたり見なくては発する事のできない(我ら如き弱く且つ傲慢なる者にとりては)ものである。聖霊によらざればイエスを主と呼ぶこと能はずとパウロもいふ。然り悲しくも我らは神を遠く離れ逆きさりし罪人であって、主御自身手をのべ、汝の指を伸べよと仰言られる迄は、何ともすることの出来ないものである。 信ぜぬ者とならで信ずるものとなれ イエスは決して不可能を強いるのではない。懼るゝ勿れ只、信ぜよ、凡ては信仰より湧きいづるからである。 見ずして信ずるものは幸福なりと主は言ひ給ふ。然しこれは決して人に可能なることではない。然し乍らひとたび主に接し主のみことばにふれたる人は、即ちひとたび主を見て始めて信仰をあたへらるゝ時、見ずして信ずることの如何に幸福たるかを痛感するのである。 此の我を見しによりて信ずるかといふ言葉に主の深い深い歎きとあわれみとを察するのである。 四月二日 午前益田姉大連に発つ。荷物運賃二九六圓五十銭預る。大野千尋氏出征。 四月三日(神武天皇祭) 母昨日より感冒にて不快のため、会社を休む。終日家内雑事。 十一時頃、特高課より巡査が来る。正午迄話した。 中村氏が来て、岩本氏の家庭面白からざる由、聞く。午後、母に一寸岩本氏宅に行ってもらふ。然し、これは人の力でどうにもなる問題ではない。たゞ祈るのみである。 結婚生活とは忍びあひ赦しあふ生活である。そして信じあふ生活である。人間に最後に残される能力は忍耐である。そして忍耐は練達をうみ、練達は希望をうむ。希望はやがて信頼であり、愛である。忍べ忍べ、而も主にありて忍べ。 結婚に当って幸福なる生活を些かも期待してはいけない。人間的なる期待は常にみぢんに破れ苦い苦い食味を何時迄もその人の心に残し勝ちである。 信仰生活に這入っても、一向に表面に異った処はなく矢張り難み悲しみ苦しみ失望する。いさゝかも進歩がない。弱々しき生活態度は人をつまづかせ神のみ栄を傷つける。果たしてこんなことで基督の僕といへるのだらうか。 然しこれでいゝのである。僕は思ふ、僕らの救はれたのは決して僕らの業によるのではなく、たゞ主の十字架によるのである。それと同様に我らの救ひの保証も又我の業にあるのではなく、たゞ主の復活にあるのである。僕らは僕ら自身をかへり見る必要はない。神が見給ふ処は、その右に在す主イエスであって、醜き僕らの姿ではないからである。 我には我らの主イエスキリストの十字架の外に誇るところあらざれ 然り然り主よ、我らの誇りはあなたの十字架以外にはあることないのであります。 決して十字架ぬきのキリストではない。却って十字架にかゝり給はざるキリストは我らに取り怖れであり、悩みであり、恥辱である。 あゝ此の心の底よりの喜びよ 何者にも奪はるゝ事なきこの喜びよ 何者にも比ふべきなきこの喜びよ あゝ此の賜はりし我が喜びよ 不安の波はげしく疑ひの風吹き猛けるとも 如何に又苦難あり悲しみあり それに堪ゆべく如何に力弱くとも (あゝ其れに堪ゆべき力が我らの努力によるのならば我らは全く絶望する、然はあれど) 主よあなたの賜はる力と望みと信頼とにより、 あゝあなたの仰せ賜ひし如く 我ら勝ち得て餘りあり 然りあなたは既に世に克った あなたの勝利は我が勝利 あなたの喜びは我が喜び あゝ尽きざる此の喜びよ たゞ此れのみ! たゞ此れのみ! たゞ此れにて足れり めぐみよ、めぐみよ、我がめぐみの泉よ、 あゝ此の心の底よりの喜びよ 賜はりし此のめぐみよ、此の喜びよ (つづく)
by hioka-wahaha
| 2012-09-25 17:21
| 日岡だより
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