No.806 《聖書のことば》死後の生命/ 聖句暗記のおすすめ(14) 2017.6.25

《聖書のことば》聖書暗記コースB~4
死後の生命

罪の刑罰「そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっているように」
(ヘブル九・27)
 
 死んだら、その先は何も無いのだ、と信じている人が多いのです。しかし、何も無い、という証拠はありません。かえって、死後の世界もまたあるのではないかという、おぼろげではありますが、そのほうの消息のほうが多いくらいであります。だれでも、口さきの理くつはともかく、生活の実際では、死後の生はあるかの如く、葬儀のこと、墓のこと、子供のこと、事業のこと等心配して死んでいきます。それのみか、善人には善の報い、悪人には悪の報いが当然あると、どこかでおびえたり満足したりしているものであります。
(1980.7.20週報「キリストの福音」より)


聖句暗記のおすすめ(14)

1.カードをつくろう。名刺用の台紙を使うと便利です。スミに穴をあけてリングを通すとポケット用につかいやすい。表に、主題と聖書の章節(例・イザヤ六三・一五)を書き、裏にはその聖句をかく。名刺用台紙は無代でさしあげます。後の棚においてあります、御利用ください。
2.聖句の意味を味わう。その文脈の中で、その聖句の前後関係から、意味をよく味わっておく。
3.練習のし始めは、静かなところで。最初の暗記訓練は静かな所、十分か二十分は時間をとれる時間帯にやるべきです。早朝か、就寝前がよいですね。
4.目で、口で、指で、体で。目で読み、口で朗唱し、指で指さし、体でリズムをとり、全精神を集中させて覚えようと意思しなさい。
5.カードを分類する。カードは、A当面記憶すべきもの一枚、B最近覚えたてのもの四枚、C大体覚えているもの十枚を色カードで区別して一つのリングにまとめ、あとは机にしまいなさい。Aを覚えてしまったらAとBを一組にして練習、大丈夫になったものをCにまわす。C組の中で確実に記憶したものは机の引出しに入れ新しいカードをAに入れて、以上をくりかえす。
 (1980.7.20週報「キリストの福音」より)



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# by hioka-wahaha | 2017-06-30 23:00 | 日岡だより

No.805 《聖書のことば》神の賜物、ただ受取るだけ/ 聖句暗記のおすすめ(13) 2017.6.18

《聖書のことば》聖書暗記コースB~3
神の賜物、ただ受取るだけ

罪の刑罰「罪の支払う報酬は死である。しかし神の賜物は、わたしたちの主キリスト・イエスにおける永遠のいのちである」
(ローマ六・23)
 
 第一次世界大戦の時、西部戦線のある小隊に多数の負傷者が出て、医療品が足りなかった。その時、小隊長は近くの町に赤十字の支部が来ているのを思い出した。さっそく駆けつけてたのんだ。
「ほうたいと、薬品と、注射と………」
 と品名をあげて
「金はいくらでも出す。売って下さい」
「小隊長さん!」
 赤十字の主任はほほえんだ。
「売ることは出来ません。ただし、ただで差し上げることはできます」。
(1980.7.13週報「キリストの福音」より)


聖句暗記のおすすめ(13)

聞くちから
 先日、ある信者さんのお宅を訪ねた時のこと。そこの小学校五年生の男の子のお子さんが
 「お母さん、今晩も本を読んでよ」
 とねだっているのを聞き、私は少しおどろきました。ところで、あとで私が聖書のお話をはじめると、そのお子さんが、一心になって私の話を聞いているのでした。聞く力があるのですね。これは大事なことだと、思いました。みなさんも、小さいお子さんには、つとめて聖書の物語や、良い読物を、よんで聞かせてあげて下さい。さて、よい聞き方とは、聞きながら、そのイメージがどんどんひろがって、全体の意味をうまく掴んでいるということです。
 「信仰は聞くことに」(ローマ一〇・一七)始まります。聖書の暗記も、自分で口で言ってみて、耳で聞く。また家の者や友人に読んでもらって、耳で聞きつつ、その内容を味わい、イメージ化する。これは記憶を早める一方法でもありますし、また前回に書いた瞑想法でもあります。
 要するに機械的に、棒暗記式に覚えないことです。信仰を養いつつ覚えるのです。
 (1980.7.13週報「キリストの福音」より)


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# by hioka-wahaha | 2017-06-29 08:40 | 日岡だより

No.804 《聖書のことば》代償者キリスト/ 聖句暗記のおすすめ(12) 2017.6.11

《聖書のことば》聖書暗記コースB~2
代償者キリスト

すべての人は罪を犯した「われわれはみな羊のように迷って、おのおの自分の道に向かって行った。主はわれわれすべての者の不義を、彼の上におかれた」
(イザヤ書五三・6)
 
 預言者イザヤは、イエス・キリストより七百年ほど前の人ですが、イエス様の苦難と死をあたかも目の前に見ているように、その様子を、予言しています。右の文はその一節です。ここには二つの主題があります。人はみな神の前に罪を負っているということ。第二には、神は人間の罪をイエス・キリストに負わせ、キリストに代償の血を要求される、ということ、この二つです。あなたも、あなたの罪を認め、それをキリストに委ねましょう。
(1980.7.6週報「キリストの福音」より)


聖句暗記のおすすめ(12)

聖句の瞑想について
 瞑想というと、日本人は無念無想のことだと思うのです。無念無想はたしかにすぐれた瞑想法の一つですが、だれにも出来ることではありません。日本人は言葉による精神集中の瞑想法を、多く知らないのです。
 先日、K君という幼年期に高熱で小児まひになって学校にも通えず、文字を覚える機会を失った青年に会いました。彼は、少年時代にきいた日曜学校の聖書物語をよく記憶していました。今でも聖句をすぐ暗記できるのです。「ぼくは、コトバを聞く時、立体的に聞くんです」と言うのです。一つの単語でも、そのコトバの中に入り、裏にくぐりぬけ、全体を見渡すというように、動的に、視覚的に、聞いているのです。彼は、おのずから瞑想的にコトバを聞いているわけです。
 言葉の一つ一つの味わいや、各語の関係を、たんねんに感じとり、それを全聖書的に、また私自身や教室や社会にあてはめて考えてみる。御言葉を中心にして、コトバを用いて思いめぐらす(ルカ二・一九)、これが精神集中です。御言葉をひねもす思う(詩一一九・九七)、これは持続的集中です。このようにして御言葉は心に深く宿る(コロサイ三・一六)のであります。
 (1980.7.6週報「キリストの福音」より)














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# by hioka-wahaha | 2017-06-21 11:25 | 日岡だより