No.181 北の教会の報告から―在原繁宣教師より― 2005.6.19

北の教会の報告から           ―在原繁宣教師より―

 先年、青島聖会でしたか、アルゼンチン宣教の在原先生のお話を覚えておられる方がいるでしょうか。このたび、在原先生が日本に帰って居られ、10月まで日本各地に宣教報告の旅を続けられるらしい。その北関東から福島県での日本巡回の報告を拝見したので以下に転載します。アルゼンチン宣教の報告ではなくて、北日本の地方教会活動の報告なんですよ。南日本も斯くあれ! 《く》
            *
 北関東と福島は神の川が強く流れ続け、主の約束されたリバイバルの時のために、主の群が立て上げられながら、諸教会は成熟を目指して前進中です。
 栃木県地方教会の巡回のために、拠点を提供して下さった烏山教会のM牧師は私の親友中の親友です。因習の強い村社会の町における教会は、午前4時半からの早天祈祷によって結実中です。
 那須塩原の山奥で開拓伝道に従事されるM牧師は50代前半の女性でした。
 この方も「ひざ」で戦いを進める祈りの器。交わりの中でお受けした霊的安息とキリストの香りは宣教師タイプです。アルゼンチンの女性リバイバリストに最も近いのは、このM師だと思いました。勝利確実。
 関根辰雄師は今年76歳。長年にわたり牧会されたI教会を辞職され、山奥の大沢町で開拓を始められたのが、70歳の時。美しい教会堂と質の良いクリスチャン方の姿は関根師の信仰の実です。大定年時代の言葉に縮む中年男性方よ、夢を受け取って立ちあがろう。
 茨城県の結城市の教会名はリバイバル・チャーチで、町と日本の大リバイバルを本気で信じ、老若男女の全員が輝いています。その証拠が毎日実行されている早天祈祷会で、驚くべきことに、この祈祷会に10歳の少女が参加しているのです。美しいガラス張りのこの教会の牧師も50歳代の女性で、霊的パワーは北関東ナンバーワンだと思いました。日本の男性クリスチャンはもっと燃やされて頑張りましょう、ですって、耳が痛いなあ。
 宇都宮市のM教会で開催された諸教会合同の宣教ナイトの集会。3か月に一度開かれているそうですが、宣教に燃える青年男女が多数おられました。栃木県の未来は明るい。
 福島県郡山市にある「キリスト愛の福音教会」に溢れる主の臨在とパワーは格別です。献身者15名を有するこの使徒行伝版教会は「日本」「リバイバル」「郡山」という召命ロゴスを主より受けて、超美しい。隣接する世界宣教センタービルも凄い!
 

絶えざる主との交わり

 「絶えず祈りなさい」(第一テサロニケ5:17)というみ言葉がある。これを正直に厳密に受け取ると、一日24四時間、一瞬も休まず祈りましょう、ということになる。そんなことは人間にできるだろうか。これは聖書のいわば天国的命令なんだ。人間には出来るはずもないよ、と自分で言い訳したくなります。
 ところがこの聖書の命令に完全に従えた人がいます。私が現に地上でその人の証しを聞いたことがある。それは韓国の世界最大の教会を起こされたチョウ・ヨンギ先生、さすがですね。あと、お二人おられまして、お一人は17世紀のフランスのブラザー・ローレンス。もうお一人は19世紀アメリカに生まれフィリッピンで伝道されたフランク・ラバックという宣教師の方です。
 もう一人の人物を紹介します。これは恥ずかしくて発表しにくいのですが、実はなんと、この私、釘宮です。「ヒェーッ?」という疑いの声が起こりそうですが本当です。しかし残念なことに、この経験は1、2年で終りました。その後、泣くようにして「夢よ、もう一度」と求めましたが、一向に掴めないでいます。ともあれ、まず、その私の経験を以下に書きましょう。

   それは突然やって来ました、私の経験

 私がまだ大分県立聾学校に在職中で、その末期の1955年、昭和30年の頃だったと思う。(私はその翌年退職し、独立伝道に踏み切ったのです)。前記の聾学校での午前中の授業を終わり、生徒と一緒に給食を終わって、保護者や寮の寮母さんへの毎日の連絡簿をつけていた時だった。ふと気がついた。その朝、家で起床して、今、学校で父兄連絡簿にペンを走らせている瞬間まで、ずっと私は神様を仰いで祈り続けていたという事実に。
 起床、朝食、自転車で通勤、職員会議、朝礼、午前中の授業、そして給食、こうした事の間、一瞬も絶え間なく神様を仰いで祈り続けていたという自分を顧みて私は驚嘆した。
 私はすでに聾学校教員のかたわら、六年間の無教会風の家庭集会を開いて伝道者として、多少の働きをしていた時期です。
 あのまま過ごしたら私はどんなに素晴らしい人物になっただろうと思うが、残念ながらこの経験は1年か、2年で終わった。
 その後なんとかして、この素晴らしい経験を回復しようと思って努力したけれども、こうした精神状態を自力で維持することは出来なかった。この努力をそのまま持続しようとすればするほど神経衰弱になる外はないと思って、諦めてしまったのです。
 その後、チョウ・ヨンギ先生の証しをお聞きしてビックリした。大阪での聖会だったか、先生は「いつも神様に祈りたいと思って努力した」という。そして、幾度も失敗したが、失敗するたびに、「神様、済みません。また、あなたにお祈りするのを忘れてしまいました」と、お詫びしたそうです。「これを何度も何度も繰り返している内に、やっと常に祈ることが出来はじめました」とおっしゃるのに、私は本当にびっくりしてしまいました。
 聖霊様によって与えられたとしか思えない私の恵みの経験は1、2年で消え失せ、自力の努力で獲得したとおっしゃるチョウ・ヨンギ先生の絶えざる祈りの経験のほうが永続きしているということに私は驚いた。また不審であった。神様に不足の一つも言いたかったのも正直な告白である。この問題は別の機会に研究したいです。チョウ・ヨンギ先生の話題もここまでで割愛します。

   修道士ブラザー・ローレンスのこと

 もう戦前のことですが、青木澄十郎という純福音の先生が居られた。この先生の本の中で、17世紀のフランスの修道士ブラザー・ローレンスという人のことを知ったのである。この人は教育のない、何をさせても不器用な人だったらしい。彼はある時、冬枯れの木の枝に芽が芽吹いているのを見て、そこに神様の御手を感じ、信仰を抱いたという。
 この方が修道院にはいっても修道僧にはなれない、料理方の下働きになって、日々神様をあがめる生活を始めたのである。如何なる時にも、瞬時も忘れることなく主を呼びまつる修練を自分に課した。料理を失敗すれば、「ああ、神様、あなたが居られなければもっとひどい失敗をしたでしょう。あなたが助けてくださってこの程度に終わりました。感謝します」という具合です。かまどで火を燃やす時には、「主よ、地獄の火を避けさせてくださる主よ、感謝します」と心に念じるのであった。
 次第に台所に入ると誰でも主の臨在を感じるようになった。上級の修道僧たちや修道院長さんなどが、彼のもとに来てその臨在経験を聞くようになった。また当時のルイ3世もこの修道院に行啓されて、彼に面会を求めたという。
 彼は料理方であったから、ある時、船に乗って地中海岸のぶどう酒産地にぶどう酒を購入に行ったことがある。その荷を積んで帰りの航路についたとき、海が荒れてぶどう酒の樽が甲板上を転げまわる。それを追って彼も転げまわる始末。彼はびっこであったので、なんとも滑稽な姿になる。それを水夫たちがあざけり笑っていたが、そういう時にも彼の心は非常に平安であったという。それはあたかもミサ(聖餐式)に列している時と些かも心の状態が変わらなかったと、彼は追憶している。
 この方の名は早くより私の記憶に残りました。そして、私もこのような恵みに浴したいものだと願っていました。あの聾学校時代の経験を恵まれた時、即座に私はこのブラザー・ローレンスを思い出して、「ああ、これだ」と神様に感謝したものです。
 このブラザー・ローレンスの文集がある。CLC発行の「敬虔の生涯」をお読みください。カトリックのドン・ボスコ社から出ているのは「主の現存の体験」という題です。著者名はラウレンシオとなっているはず。これはローレンスのフランス語読みでしょうか(実名はニコラス・ヘルマンです)。ドン・ボスコ社の本は削除もなく訳文も正確だと思えますが、カトリック用語が多くて私たちには読みにくいのが難点です。
 ブラザー・ローレンスは1614年に生まれ、1691年に平素と変わらぬ平安と静けさに満たされて召されたとの記録があります。「敬虔の生涯」から要所、要所を以下に抜粋します。原意を損なわない限り多少字句を変更をしました。お赦し乞う。 
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 私たちは何をするにも、すべてのことを主に相談する習慣を作らねばなりません。そのために、神と絶えず語り、自分の心を神に向ける努力をしなければなりません。これは、少し努力することにより、直ちに神の愛がうちに働いて、何の困難もなくその習慣が身についてきます。
 私は自分の仕事が失敗した時には、その過失を神に申し上げて、「私一人でこのことを為すならば失敗するほかはありません。私が失敗するのを防ぎ、よくない所を正して下さるのはあなたです」と申し上げて、以後はその失敗について思い煩いませんでした。
             *
  (ある人について書かれた書簡から、多分その人の夫人にあてた手紙の一部分ですが)。
 神が彼に与えた苦難が彼にとって良い薬となり、それによって彼が自分の内なる人に目を向けるようにと私は願っています。常に彼のそばにおられる方に、彼が全幅の信頼を寄せられるよう導かれる良い機会となるはずです。できるだけ彼が神を思うことができるように、そして危険な目に会った時こそ、彼が神を思う事が出来るようになって貰いたいものです。
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 神は私たちの魂の奥底にご自身を写し出しておられるのに、私たちはそのお姿を見ようとしないのです。私たちはくだらないことにかまけて神を忘れ、いつも私たちの内におられる王なる方との会話を続ける事を軽んじているのです。
 日頃、信仰によって神が自分の内に居られると、考えるだけでなく、目に写るもの、身の回りで起こる事柄のすべてに、神の存在を感じましょう。目に見える造られた物から目を離して、直ちにそれを造られ創造主に心を向けましょう。
          *
 神への愛のためには、一本のわらを拾いあげることでも充分です。神のみ心を愛する時、自分自身の意向に関する愛着が取って変えられるものです。心を高く上げて神を仰ぐことを妨げているのは、自己愛の名残りにしか過ぎません。
 ひどい事件を聞いた時、その非道さに呆れるよりは、罪人の犯し得る悪の限度を考えると、もっと悪いことにならなかったことに却って驚くのです。


〔あとがき〕
今週は中野渡先生が九州に見えています。当教会では6月21日午後7時半からの集会です。今日は午前は佐賀関教会、夜は別府のフルゴスペル教会でメッセージされます。23日は宮崎福音教会です。各教会の集会と先生の上に聖霊様の油注ぎを祈ります。▼妻トミはリハビリを受けるため湯布院厚生年金病院にて療養中、経過は順調ですが、意識はまだまだ完全に回復していませんのでお見舞頂いても反応がにぶいと思いますので、ご寛恕ください。この上ともご加祷お願いします。(釘宮生)
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# by hioka-wahaha | 2005-06-19 00:00 | 日岡だより

No.180 我、日本の柱とならん 2005.6.12

我、日本の柱とならん

 創価学会が出している「大白蓮華」という雑誌がある、その雑誌の7月号の広告が新聞に出ていた。その中に池田大作さんの論文であろう、その題名があった。言わく、「我、日本の柱とならん」。
 いいなあ、と私はつぶやいた。もちろん、この言葉の出所は日蓮のはずだ。日蓮さんの言いそうな言葉である。背骨の太い人物の言葉である。こういう言葉はあまりキリスト教会では聞かれない。
 日蓮さんの有名な主張は「立正安国論」である。まず正義を立てるのだ、それが国を安んじる基本だぞ、と言うわけだ。
 私が戦争中、非戦論を唱えたのは、殺人が罪であるように、戦争で他国を侵すことは悪いことだと思ったからである。戦争は神様の前に罪である。自分の愛する国に罪を犯させたくない。これが私の非戦論だったのだ。ところが、
 今の日本には、「戦争なんか嫌だよ、戦争が始まったら国外に逃げるよ」などと、そんな事を言う無責任な愛国心欠如した若者たちが幾らもいると聞いて、私はいよいよ日本人に失望を禁じ得なかった。
 私の非戦論はそんなものではない。こうである。たとえ我が国を攻撃してきた外国に対し、非戦主義のゆえに武器を取って抵抗もせず私は戦死、むざむざ国を亡ぼしてしまったとしても、天国に帰ったら神様から「お前たちはよくやった。私の教えを守って戦争に負けてしまったが、あれは栄光の敗北である。お前たちの国を、そして天皇を、政府を誉めてやるぞ」とお褒めの言葉を頂けるのなら、これこそ最高の名誉、国家の幸福であると思ったのである。
 これはまあ、なんと夢みたいな世迷言を言う奴だと、当時の警察や世間の人や、いやキリスト教会の人まで思ったであろうと思うが、私は本気で真面目だった。自分の国をそのように敗戦に至らせたとしても、その非戦論者こそ本当の愛国者である、と私は思っていたのである。
           *
 国益のために政治を取りあつかう有能な政治家は多くいることだろう。しかし、正義のため、真理のため、神様のため、信念をもって政治に挺する人こそ、本当の政治家であると思う。
 もし真理のため、正義のため、信念をもって国際政治に手を染める時、時には国を危なくするかもしれない。しかし、そういう人が政治をし、それを賛成応援する国民や国会議員諸君を擁している国は、どれほど神様から愛されることであろうか。私は日本をそういう国にしたい。(中国に気を使って国益をあげつらう諸君よりは、個人的信念を標榜する小泉さんの方に、私は好意を感じます)。
 植村正久や内村鑑三、熊本の花岡山で血判して日本をキリストの福音で救おうと決意した明治のクリスチャンたちを、私は今憶う。《く》


神は我らの避け所 また力なり

 今、自分たちの住んでいるこの土地に地震が起こるのではないかと異常に心配している方がいます。心配しています。その心配が異常なほどなのです。その電話に私は答えました。
 「大丈夫です。地震なんか起こりませんよ」。私は自信ありげに言っても、その言葉は疑わしいらしく(無理もありません)、しばらくすると、また「地震が起こりませんかねえ」と電話がかかってきます。私は青年時代ひどい強迫観念だったので、その強迫観念風の心配の仕方も想像できるのです。
 昔、中国の杞の国の人が「天地が崩れ落ちる。天地が崩れ落ちる」と言って心配したそうです。こうした無用の心配を「杞憂」と言うと辞典には出ています。現代流に言えば、典型的心配症、強迫観念です。しかし、聖書に従うと、終末の時代が近づく時、「天地が崩れ落ちる」という心配は決して杞憂だとは言えません。
 イエス様は「世の終り」について、かなり精密な預言を残しておられます。くわしくはマタイの福音書第24章を読んで下さい。
 「偽キリストが表われます。戦争や飢饉や地震が頻発します。クリスチャンはイエス様の名のゆえに迫害に会います。多くの人の愛が冷えます。しかし、こうした中でもキリストの福音は全世界に宣べ伝えられます。きびしい艱難の後、太陽は暗くなり、月は光を落とし、星は空から落ち、天体は揺り動かされます。そうしてイエス様は天の雲に乗って来られる」と、言うのです。
 私は少年時代、このイエス様のお言葉を伯父から聞いて身震いしたものです。さて、最近の日本列島の地震があちこちに起っているのを見る時、かつての映画「日本沈没」も、あながち架空の物語ではないと思い始めた人も多いでしょう。
 先に書いた地震恐怖症の方のような心配も、一概に笑っておれないのです。無理もない心配かもしれません。いずれにせよ、一応の地震被害対策をしておくことは大切でしょう。しかしそれ以上に心配で夜も眠れないとあれば、病的と言ってもよいのです。
 しかし、こうした「恐怖症」の尤もな点は、心配していることは理屈から言うと合理的だということです。これを「取り越し苦労だ」と笑っているほうが、却って「阿呆で、間抜け」なのです。
 旧約聖書の預言者たちの王や国民の不信仰の罪に対する糾弾や日蓮聖人の鎌倉幕府に対する北禍来の予言や、私の戦時中の非戦主義など、すべて祖国を愛するあまりの宗教的過反応、小児病的過敏さと当時の世人は言ったでしょう。しかし、いずれが本当の愛国者であったかどうか、矢内原先生がその「日蓮論」の末尾で言ったとおりです。
              *
 もう一度、精神病的強迫観念の話に戻りますと、本当は心配する方が当然という病例がたくさんあります。たとえば「紙幣不潔恐怖症」です。紙幣は日銀から発行されて、また日銀に回収されるまで、どれほどの人の手に渡るのか知りませんが、昔は特にひどい、よれよれの紙幣がありましたね。
 こうした紙幣は立派な清潔な人の手にも渡ったでしょうが、またどんな汚い人の手に渡ったかもしれない、特に異常な不潔な人の手に渡って意図的に汚物に浸された紙幣が無いとも言えない。
 こういう紙幣を恐れて、自分の手に渡ってきた紙幣をすべて消毒して自分の部屋で乾かしていた人がいたそうです。誰かが偶然それを見て偽札造りかと思って警察に通報したという笑い話もあるくらいです。
 実は、この話は笑っておれません。よくよく考えれば、紙幣不潔恐怖症の人の方が理にかなっているので、紙幣の不潔さを恐れない人の方が鈍感なのですね。紙幣不潔恐怖はもともとあって然るべき恐怖心ですよ。(本当に人々に持ってほしい過敏症は自己の罪に対する過敏症です。この罪過敏症こそルターの陥った回心の前駆症状であったのでした)。
 先だっての尼崎脱線事故でも、あの事故が起こらなかった時には、JR西日本のダイヤ過密に批判があったとしても、一笑に付されたことでしょう。内部告発だったら不満分子、不穏分子として左遷されたことでありましょう。
 ですから、昨今の日本列島地震多発の状況を見て心配をするのが当たり前です。ある人は言った、「災害は忘れた頃にやってくる」。北新潟地震から最近の熊本の地震にいたるまで、これを異常な事態だと気にしない方が不思議、安閑しすぎているというべきかもしれません。
 しかも一向に、心配しない人が多い。政府も、学者も、新聞も心配していません。一体にこういう心配を「下世話」という。こういう下世話な報道は案外、週刊誌や、一部のタウン紙や、無責任ネットや、右翼の街宣車のほうが本音を吐く傾向があります。時々品のない週刊誌も拾い(電車などで?)読みすることです。
              *
 しかし、常識人はやはり言うでしょう。それは思い過し、心配する方が、神経の使い過ごし。精神衛生上よくないよ。起こった時は起こった時、その時は不運とあきらめるさ。
 しかし、クリスチャンの対応は違うのです。最近、雑誌「ハーザー」で泉パウロ先生も触れていたが、先にも書いた聖書的見地から、今後の世界に起こるべき大地震への関心は当然あってしかるべき、ますます福音の宣教に当たるべき時代に突入しているとの認識を持つべきだと思います。
 しかし、言いたい。「過敏な不安は捨てましょう」。単にノーテンキに安閑としておれ、と言うのではない。私たちは大能の神様を信じるからであります。聖書の詩篇第四六篇を開きましょう。
  「神はわれらの避け所また力である。
  ……、たとい地は変わり、
  山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。
  たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、
  その騒ぎによって、山は震え動くとも、
  われらは恐れない。」
 本当に恐るべきものは、こうした自然災害よりも人間の狂気でなかろうか。みんな、心配しないことにしているけれども、北朝鮮の核武器など、いつ日本に襲ってくるかも分からない。
 あの金日正総書記さんが、国内にクーデターが起こったりしてヒステリーを起こし、一旦核ボタンを押しでもすれば、日本の五大都市くらいはいっぺんに崩壊です。政府の機能は停止し、日本全国行政は麻痺する。もちろん、北朝鮮もアメリカの核反撃で全土火だるまである。
 今、最大に要求されるのは、私たちクリスチャンの強力な信仰である。世界を聖霊の火だるまにする大リバイバルである。国民の精神も、教育も、経済も、産業や、政治も、大変革する、そういう国を上げての革命が起こるときが来るのである。それは我々クリスチャンの責任であり、使命である。《く》

〔あとがき〕
私事ですが、妻トミは一応治療を一段落し、今回リハビリのため湯布院厚生年金病院に転院しました。設備もスタッフも揃っていて安心していますが、それ以上に創造主なる神様の力と臨在を信じ、最高の癒しを信じて退院の日を期待しています。先生がた、信徒の皆さんのご加祷を切にお願いします。釘宮義人
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# by hioka-wahaha | 2005-06-12 00:00 | 日岡だより

No.179 私は日本人に失望した 2005.6.5

私は日本人に失望した

 先日、中国の呉儀副首相が小泉首相との会議を突然断わりもなく中止して帰国した。当時、日本政府首脳部は不快感を表明していたが、中国側に言わせれば、せっかく日本を訪問して友好的会議を開きかけている最中に、小泉首相が靖国参拝継続の意向を明らかにした。我々に対する嫌がらせであるということでしょう。
 中国の言い分が分からないではないが、何よりもこの靖国問題をいくら繰り返し取り上げても、外交問題として中国のトクにはならないことを私は中国側に忠告したいのである。これは日本人民の普遍的宗教意識に関することだからである、と私は思ったのである。
 私はクリスチャンだから私自身が靖国神社に参詣することは絶対に無い。しかしこれは日本人としてはごく少数派であろう。とは言え、私は同胞の日本人の多くが靖国神社に参拝したい気持ちはよく分かっているつもりだ。
 もし小泉さんが、中国側の牽制に従って「ハイ、承知しました」と靖国参拝をとりやめたら、日本中の総スカンを食うに違いない。日本は中国と違って独裁国家ではない。日本人民の人気を気にしながら首相の座についている小泉さんだ。簡単に靖国問題で妥協はできないことを中国は冷静に認識すべきである。
 外交とは最終的には互いの国民の同意を取り付けておかなくては、いつかは逆転の結果を生むであろう。もしこの問題を中国が執拗に言いつのるのであれば、日本人民のほとんどが中国離れする。長い将来のためには、これは中国のためにならない、と私は思っている(本当は思っていた)のである。
            *
 ところでその後(数日前のことです)、某新聞の世論調査で「小泉首相靖国参拝中止を賛成する」が53%とか出ていた。昨日あたりの別の記事では30%余ともあったようだが、私にとっては30%でも吃驚仰天である。そして本日(6月4日)の新聞では、あの右派的に見える中曽根前首相まで「小泉さんは靖国参拝を中止したほうがよい」と言っているという。私は唖然とした。
 私はここで、現代の日本人をまったく誤解していたことを悟った。私は大正人間。クリスチャンらしい顔はしていても、マインドは旧日本人。現代人を理解していなかったことに気がついた。
 靖国神社は明治の初頭に明治政府が作り上げた天皇国家造形のための装置と言えようか。戦死者を一様に祀り、そこに天皇陛下も参拝なさり、そこに祀られた人々は神武天皇でも聖徳太子でも豊臣秀吉でも東郷元帥でも乃木大将でもない、一般市民の父親や兄貴や近所のオッサンたち、明治以来のいわばご先祖さんたち、戦争に倒れた国家の恩人である。こういう靖国神社だから、日露戦争以来のニッポン・バンザイで昂揚された気分と祖先崇拝の国民感情が合成されて、私は全国民いっせいに小泉靖国参拝賛成するかと思っていたのである。たとえ10名そこそこのA級戦犯が合祀されていようと、殆どの祭神たちは身近な、この百年以降の戦争で亡くなった国民先輩たちの祀りの場所ではないか。
 中国の人たちはあの靖国神社をA級戦犯たちだけの神社と思っているのではないか。たとえ日本人たち自身にうとまれている戦犯たちだったとしても、日本人は死んだ人をすべてホトケさんだと思う民衆だ。これはクリスチャンの私としては褒めるわけにはいかないが、これが平均的日本人。日本では凶悪な殺人事件の犯人であっても彼が死体となって発見されれば、警察の刑事さんたちはホトケさんと呼んで手を合わせて拝んでいる、こうした国民感情を考慮に入れて、靖国問題は慎重に扱いなさいよ。これが中国の政治家たちに私は言いたかったことです。
 ところが以上のような世論調査の結果です。私は日本人に失望したと言ってよい。もう日本人擁護論はやめようと思った。過激に言えば、こんな腰抜け日本人、クリスチャンに改宗させて叩きなおしてやりたい。いや待て待て、いくら叩き直しても日本人は骨太なクリスチャンにはなるまいなあ。「この国には失望した」とか、たしか内村先生だったか、藤井先生だったか、言ってたなあ、「先生、私も全く同感です。」とうなずいているのです。《く》


信仰の心理学(一)

 私は旧制の商業学校の卒業生。この出身学校を懐かしく思ったことなど一度も無い。当時の戦時色一色の画一教育で、しかもソロバンはじいて利息計算ばかりさせられた教育にはなじむはずもなかった。卒業と同時に戦時国民教育におさらば、一生独学者として終わったと言えば聞こえがよいが、所詮は、しろうとです。
 私は心理学者でも神学者でもない。公式の資格で言えば、伝道者ですらない。一時は「もぐり伝道者」と自称していたが、これは万代先生に「あんまりだ」と言って止められた。今は永井先生が「名誉牧師」の名称を下さった。これはたいへんな栄誉である。こうした言い方はもう今後、一切書かないつもりです。
 さて、信仰の心理学とは何か、しろうとなりに考えてみたい。まず入信の心理、回心の心理です。私の小冊子に「信仰の確かさ」という本がある。内村先生の弟子の石原兵永先生の「回心記」が一番よい参考本ですが、私の父のように、光を見たりする。ぶっ倒れたり、ペンテコステ派でいう異言を伴う事もあるが、単に心の内側だけで起こる鋭角的転換であることが普通だ。
 ともあれ確実なことは心が明確にグルリと回転する聖霊充満の経験である。私は若い伝道者の時代、この経験がなければ洗礼を承知しなかった。
 Y兄など、年末から正月にかけての5日間、私の作っていた印刷会社の工場のインクと油の匂いのこめる真中で座りづくめの特訓のなかで回心した。彼は私の家の玄関の踊り場に踊り上がって喜びの声を上げ、笑って、笑っていたものだ。
 これが本当の「悔い改め」だ、と一部の人は言う。もともと「悔い改め」という言葉はギリシャ語の「メタノイア」で、マルコ1:15のイエス様のお言葉です。直訳すると「心の転回」です。これはヘブル語の「シューブ」(立ち帰れ)のギリシャ語訳だとも言われる。「メタノイア」を「悔い改め」と訳したのは、誤訳と言ってもよい。めそめそと懺悔し悔い改めるのではない。心の底から転回する聖霊経験なのです。
 ところが、現実の伝道の現場では言葉で「悔い改める」だけで、信仰が起こることがある。次の項をお読み下さい。
             *
 前述した「心がグルリと回転する」経験、これはまさしく聖霊による内面の奇蹟です。心理学的にいうと(私のしろうと心理学だが)、潜在意識のその底にある深層意識、ユングの共通無意識といってもよい(私は更に深い神層意識などと言っていますが)、そこで「グルリと転回する」のです。だから人間の心の真の底から変えられるという感じです。(エペソ4:24の「心の深みまで新たにされ」は正確に訳すと「心の霊において新しくされ」です。深層意識の場を言い表わしているかと思います。このエペソの手紙の場合は、既に義認信仰を得ている人の、その後の信仰の成長、一段と高い信仰への形成は如何にして行われるか、それを語っているのだと私は思っています。)
 初歩的信仰から次第に霊的に成長する信仰の経過は、前項で書いた瞬間的鋭角的奇蹟的入信と違って、徐々に信仰が固まって行くタイプです。先に書いたとおり、こうした漸進的信仰を私はかつて信用しませんでした。ですから伝道用トラクトで言葉巧みに求道者を信仰に誘い込む方法を嫌いました。しかし、実績的に、その方法で信者さんがどんどん出来てゆくのを見て、私は驚いたのです。そこで、それこそ私は悔い改めて、その伝道法を取り入れました。その優秀な小道具がトラクトの「四つの法則」ですし、また西田国雄先生の「太陽と闇」です。
 ここからが、大事な文章です。よく読んで下さい。テキストはローマ10:9、10です。
 まず9節、「すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる」という言葉を学びましょう。
 まず「自分の口」で、信仰の言葉をはっきりと「告白する」ことが肝要です。この「告白する」という動詞は原語では、一回限りというか、きっぱりと、断固として、口を開いて言うという感じの言葉の文法で書かれています。その口ではっきり言った口の言葉のお蔭で、信仰が「心」の中で決然として(一回限りの生起文法)起こると、言うのです。口で言う(告白する)と、それが信仰に変わるという原則があるというのです。
 つまり信仰の言葉を口で決然と言い表しなさい、すると、心の中に信仰もピッタシ生まれるよと言っているのです。事実、前述の「四つの法則」や「太陽と闇」の伝道トラクトで初めての方をお導きするとき、最後の信仰を決心にする場で、しっかりと口で「はい、イエス様を信じます」と言ってもらう、そこがコツなのですね。
 次の10節は口と心の順が反対になります。「人は心に信じて義とされ、口に告白して救われる」とあります。これは初めに心で信じた人のことです。この人は「イエス様を信じます、イエス様を信じます」と何度も心の中で思うけれども、どうしても信仰が湧かない。こういう人も、諦めないで何度も、繰り返し「イエス様を信じる、イエス様を信じる」と繰り返し心の中で思い、あるいは、もっとくわしく「このキリスト教の信仰こそ正しい。この信仰を得たい」と期待して、少々の躊躇逡巡が起こっても、口で何度も「イエス様を信じます、神様はイエス様を死人の中からよみがえさせられた方です。この方のおかげで私の罪は赦されます」と繰り返し言うのです。そうすると、次第に心に信仰がはっきりしてくるのです。
 この個所での「信じる」という言葉は文法的に何度も繰り返す言葉です。同じく「告白する」という言葉も何度も何度も口で言い表わすという文法です。つまり、心の内で信仰をなんども繰り返しているうち、イエス様によって「義とされた」ということがしっかり悟れる、そして「義とされたという信仰」を更に口での告白を何度も繰り返していると、本当に人生の生活ぶりも完全に救われ、永遠の救いの信仰もしっかりしてきて、遂に救いが完成するのです。
 パウロ先生の「救い」という言葉には、(1)キリストの血潮によって神の前に義人と認められるという救いと、(2)天的な完全な救い、霊の完全な体を着せられて、天国人として栄光の体に化せられることを指す場合とあるのです(ローマ8:23参照)。
 心理的に言うと、(1)最初心の底から聖霊により回心させられる場合と、(2)初めは口で告白し続け、信仰が心のうちに発酵して、全き信仰に成長する場合と2つあるのです。(信仰を成長させる心理的過程を次回に書きたいと思います)。《く》

〔あとがき〕
先週のこの欄の終わりの個所で妻の病気の事を書きました。「釘宮トミ、少々脳梗塞を生じたらしく入院中です。障碍は軽微……」などと書きましたが、その後、梗塞の影響が広がったらしいので少々心配な兆候でした。今やっと落ちつきかけています。話しかけるとニッコリしたり、そばで賛美を歌うと手で拍子をとったりするようになりました。医師の意見では、「ぼつぼつリハビリの段階です。専門のリハビリ病院に転院しましょう」とのことで、今週10日、湯布院厚生年金病院に転院することになりました。言語意識はまだ微弱ですし、体も右半身不随ですが、全能の主を信じています。先生方、諸兄姉のご加祷をお願い致します。《く》
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# by hioka-wahaha | 2005-06-05 23:00 | 日岡だより