No.187 「読み聞かせ」の極意 2005.7.31

「読み聞かせ」の極意

 志茂田景樹さんの自作童話の「読み聞かせ」活動の現場に触れて来ました。トキハ本店の地下です。時間がなかったので半分ほどで早退して、大変失礼でしたが、私は大変よい勉強をしました。
 子ども向けの童話ですけれども、大人の私たちも聞いていてジーンと心にしみます。洗練されたテキスト、その持っているメッセージ、更に話してくれるその人の人格から発散される暖かさ、そうしたものが私たちの心を打つのでしょう。
 私は教会に帰って、考えさせられました。そして発見しました。「読み聞かせ」こそ、聖書が率先してやって来たことではなかったか、と。
 グーテンベルクの印刷術の発明は聖書の大量印刷をもたらし、聖書はそれ以来毎年ベストセラーになった。これは宗教改革の成功を荷なう功績でもあった。しかし、聖書の音読の習慣をさまたげ、更に聖書の読み聞かせの重要さを忘れさせるマイナス面も生じたわけだ、と今にして思わせられるのです。
 かつて古代、聖書は写本であった。教会では牧師が聖書を朗読した。パウロは弟子のテモテに「教会で、聖書を朗読することと、勧めをすることと、教えることとに心を用いなさい」と言っている。
 旧約時代では尚更のことである。モーセは民に律法を読んで聞かせた。またネヘミヤ記8章を読むと、学者エズラが広場であけぼのから正午まで律法の書を明瞭に読んで聞かせた。その時、民は大いに喜んだとある、有名な「主を喜ぶことはあなたがたの力です」という聖句が生まれるのもこの時です。
 古代の教会は聖書の「読み聞かせ」の極意を持っていたのではないか、それを現代の教会は失っているのではないか、と思わせられたのです。《く》


救いの条件ただ一つ

 大分市の森町にある専想寺というお寺は由緒ある古いお寺だ。その初代のお坊さんがしっかりした信仰者だったと聞いている。そのお寺に、今おられる和尚さんも熱心な布教精神をお持ちのようで陰ながら尊敬している。
 この方は毎月一枚の紙に法語を書いて、あちこちに掲示板を立てて貼っている。私方の近くにも、その掲示板がある。
 仏教の方の書く、この手の標語類は日本人の心に素直に入り込む特徴があって、いつも羨ましく思うが、今回の法語はこれだ。
   「お救い」に
   ご注文無しの
   アミダサマ
 この、真宗信仰の徹底ぶりには恐れ入る。私も少々呆れたほどだ。しかし、私たちでも「委ねきる」信仰を持つ時、これに似た心境になることがある。主観的告白としては肯定できる信仰表現であろう。
 でも、正確にいうと、やはり「ご注文」はあるはず。真宗で言うなら、「親鸞におきては『ただ念仏して弥陀にたすけられまいらすべし』と、よきひとの仰せをこうむりて、信ずるほかに別に子細はなきなり」という歎異鈔記載の言葉のとおり、「念仏」だけが唯一のその「ご注文」であることが分かる。
 とは言え、やはり前述の「ご注文無しのアミダサマ」には何か教えられるところがあります。
 さて、私は若い時、前記の親鸞の歎異鈔や、法然の一枚起請文によって、真宗信仰の深さを学んだのだったが、もう一つ仏教で学んだのは禅宗だった。
 禅宗の要点は私に言わせれば「全宇宙、これ無、これ空」とまとめることができようか。般若心経で言う「色即是空、空即是色」である。
 最近、この言葉を柳澤桂子さんという生命科学者が苦しい闘病生活の中で悟ったという本が出て、その本の書評を読んだのだが、よく釈迦の宇宙観を見ていると思えた。とは言え、肝心なことは、
 思想体系として般若心経を読むのではなく、その中核を悟ることにある。「悟る」ということは禅宗体験の中心である。柳澤さんは本当に悟ったのかなと、やんちゃな詮議心も湧くのです。
 仏教では宇宙をただ「在るもの」として見るのだろうか。そしてこれも所詮「無である」「空である」と言うのでしょうか。対して、聖書は言います。
 「初めに神が天と地とを創造した」(創世記1:1)と。神は又、自ら「私は有って有るものだ」(出エジプト記3:14参照)と、自己宣言します。
 聖書では神は自ら語り行動する方です。だから作られたものも自動運動を起こします。じっとしていると見えるものも、内部では原子構造は営々として働いているように。そして運動は時間を生みます。
 「時間は運動の物差しである」と言ったのはアウグスチヌスですが、「存在と時間」は実存哲学者に待つまでもなく、太古の聖書以来の神学的課題です。
         *
 ともあれ本題に戻ります。「悟る」ということは真宗にもあります。それを「廻心(えしん)」と言っています。心が信仰に転じる時の心の動きを差しているのです。これはキリスト教で言う「回心」に似ている。
 親鸞は言う、「腹を立てたり、悪いことをした時、必ず廻心せよという人がある。そういう人はきっと廻心という言葉を断悪修善のことと思っているのだろう。(キリスト教でいう「悔い改めよ」というのに似ています)。
 しかし、親鸞は言う。「私たち信仰一筋の者にとって『廻心』はただ一回のことである。これまで信仰のことを何も知らなかった者が、弥陀から知恵を頂いて『今のままの心では極楽往生はかなうまじ』と、本心を引きかえて弥陀の本願を頼みまいらすことを『廻心』と言うのである」と書いている。(文章は現代調に書き直した)。
 この「廻心はただ一回のことである」という所が親鸞の体験と認識の凄い所である、この「廻心」とは、一人の人の前生涯と後生涯との分水嶺であってキリスト教でも同様である。
 生涯を信仰に転換させる心の動きを「悔い改め」と呼ぶのは危険なので、私は必ずこれを「回心」と呼んでいます。(この回心については石原兵永先生の「回心記」を読んでほしい)。
 マルティン・ルターが「クリスチャンの生涯は悔い改めの生涯であるべきである」というのは、この回心ではない。しかし、生涯にくりかえし、もたらされる聖霊充満の経験を回心経験と称する方々もおられるが、これは最初の回心とは区別して聖霊経験とでも名付けたほうが良いと思う。
 冒頭に戻るが、聖書に従えば、私たちの救いについて「ご注文が無い」とは決して言えない。ただ一つの注文が聖書に載せられている。それは、「主イエス様を信じる」ことである。主イエス様のお名前に頼ることである。「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」のである(ローマ10:13)。
 だから、「この人(イエス様)による以外に救いはない。わたしたちを救い得る名は、この方を別にしては、天下のだれにも与えられていないからである」(使徒行伝4:12)と聖書は言います。
 このイエス様を信じる心が起こる時、人生ただ一回の奇蹟が起こります。その時、私たちは神様の子になります。「その人は新しく造られた者」と言われます。「古きは過ぎ去り、すべては新しくなった」(第二コリント5:17)という回心の奇蹟です。
 更に引き続き、「内なる人は日毎に新しくされていく」(第二コリント4:16)ということが起こります。回心後の成長の奇蹟です。御霊の賜物と御霊の実が加えられ始めます。聖霊のバプテスマを受けて、喜びに溢れ、新しい言葉を語り、力ある信徒に成長します。信仰は日々成長するのです。《く》
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# by hioka-wahaha | 2005-07-31 00:00 | 日岡だより

No.186 意志すれば、笑えるよ! 2005.7.24

意志すれば、笑えるよ!

 トロントやアルゼンチンで聖霊による笑いの賜物が始まったのは、もう20年も前のことだったか。
 当時、その噂を聞くだけの私たちは、どんなことかなのかと不思議にも思い、羨ましくも思った。後に私は永野先生に連れだって頂いてトロントに行き、実際に体験したのだったが、それにしてもいつも笑っておれる訳ではない。
 そうした頃、松岡欣也先生を教会に招いたことがある。松岡先生は大胆で愉快な方だから、説教でも途方もないことを言う。その時、こんなことを言われた。
「みなさーん、聖霊様によって笑う。それは善いことです。しかし、いくら待っても聖霊様が来ない時、特に笑いの聖霊が来ない、そんな時、みなさーん、どうします。簡単です。自分で笑いましょう。ワッハッハハ」
 この松岡先生の言葉に私は開明した。そうか、聖霊様によらなくても、自分で笑ってみよう。そうだ、自分で腹をきめて笑おう。そして「ワッハッハッハ」と始めたのです。
 私のワッハッハハ運動はここから始まったのです。そして分かった。大事なことは意志である。「笑おう」と心で意志すれば、人は笑える。
 落語や漫才や喜劇、あるいは愉快な人物の言動や、無邪気な子どもの可愛い仕草にも思わず笑う、そういう受動的な笑いも、他の動物にはない人間だけの高度な精神機能だと思うが、それ以上に「自分で笑おうと思えば笑える」、これは人間の著しい脳の機能であると私は気がついた。
 これは意志の力であり、人間特有の能力である。そして意志の道具は言葉であると認識しよう。《く》

  
永藤裕幸先生に見ならえ

 先の主日の夜は、当教会で永藤裕幸先生を招いての神癒聖会だったが、その直前になって、私は「あっ、しまった」と思った。事前の宣伝を殆どしていなかったのである。週報に予定行事として挙げてはあるが、それ以上、熱心に信徒諸君に奨めもしなかったし、まして他教会の先生がたに何一つ案内していなかった。
 その上、信徒諸君の中には、これという病気の人がいない。私の妻は重病だが、病院に入ってしまっていて、教会には来れそうもない。(妻は湯布院の厚生年金病院に入院しているので、大分までの外泊許可をとって連れ帰り、会衆の前で奇蹟的癒しを現わしてほしかったのだが、病院の医療プログラムの中では妻を外泊させて教会の神癒聖会に出席させるのは無理だった)。
 当夜、先生に講壇に立って頂いて説教を終わり、いよいよ「お癒しの時間です。皆さん、お癒しを求める方、前に出てください」と言った時、ひとりも前に出なかったらどうしよう。これが私の心配であった。
 ところで、後から分かったことであるが、先生のご説教の最中に、すでにN君などは腰の痛いのが癒されていた。午前の礼拝の時から、私は上記のような心配があるにも関わらず、気を取り直して大胆に「今晩の聖会に奇蹟を期待しましょう」と叫んでいたのが良かったのか。
 先生の説教はどちらかと言うと、地味である。少なくとも、アナコンディアやベニー・ヒンのような華やかさはない。にもかかわらず、癒しの希望者を募ると、なんと皆さんが前に出てきて待っている。
 実は、私もそうだが、多くの先生がたも神癒会では一人一人に大して時間をかけない。和歌山の山本先生のごときは、サァーッと駆けるように手で会衆の頭を撫でるようにして按手してゆく、すると会衆はバタバタと倒れる。
 しかし、永藤先生はそうではない。一人一人にじっくりと祈る。当夜は、たった28人の会衆だった。前述のとおり、宣伝が足りなかったからである。しかし、その28人が恵みの座にひしめきあって座って待っている。ついに先生の癒しの祈りが終わるのに11時半までかかってしまった。
 28人の少数でこそ、良かった。これ以上会衆が多かったら翌日の朝までかかったであろう。実際、先生を宿泊のホテルまでお連れしたとき、夜半の12時になっていた。
 ところで、その恵みの座だが、一人一人確実に癒されてゆく。私の知って居るはずの信徒の皆さんだが、私が気づいていない病気が多々あるらしい、その病気が次々癒されて行く。みなさんは跳びあがるようにして「癒されました」と叫び、手を振り、足を踏みならし、体をゆすって証しをする。後ろの人たちが喜んで拍手したものです。私の心配はどこかへ吹き飛んでしまった。
            *
 翌日の朝、私はホテルで先生と落ち合い、湯布院まで車でご一緒に行くことにする。先生は佐世保が次の奉仕地なので、湯布院からJRの久大線でお送りすれば良いわけである。湯布院で私の妻のため祈って頂きたかったのである。
 車の運転席で運転のせつこ(二女)が説教テープを入れた。どなたの説教か私には分からない、ところが永藤先生にはすぐ分かったらしい。「あっ、モーリス・セルロ先生ですね」と言われる。私にも記憶がよみがえった。「あぁ、そうです。川口のリリアでの聖会のテープです」。私は川口駅から妻と一緒に通路を通ってリリアのホールに入った記憶をなつかしんだ。
 ここから、永藤先生のすばらしい車中講義が始まったのである。昨夜の神癒聖会の恵みにまさる牧師冥利につきる時間であった。永藤先生はこのモーリス・セルロ先生のミニストリー聖書学校に在学したのだという。その前にも、CFN聖書学校を卒業しているという。先生、実は英語はベラベラらしい。
 そこから始まって、私の神癒伝道の隠れた恩人であるT・L・オズボーンが20代にインド伝道で挫折して一度、アメリカに帰り、ウイリアム・ブラハムという人だったか、その人の指導を受けて再献身、再びインドに渡って、数万人の神癒伝道に成功した話。そういう「血湧き肉踊る」といえば下品だが、そういう秘話をいくつも聞いた。
 前世紀初頭のイギリスのウイグルワースから始まって、オーラル・ロバートや、マックス・ホワイト、カルロス・アナコンディやベニー・ヒン等、前記のウイリアム・ブラハムやT・L・オズボーンを含めて知らない人や、聞きかじっている神癒関係の諸先輩の先生がたの秘話が続出する。
 「先生はそんな知識はどこで得たのですか」と問うと、永藤先生言わく、「いやあ、聖書学校の図書館に行って随分勉強しました」とおっしゃる。私はこの神癒伝道者列伝は大変感動した。それぞれの神癒ご奉仕の特異技が目に見えるような感じで、前世紀からの聖霊様のお働きの歴史が見渡せる感じだったのである。
 つまり、神癒のタイプの分別ができるのである。そして後続する私たちのために、良い参考になる個人向け講義録を開いているような気がしたのである。
            *
 あらためて、私は先生にお聞きした。「先生の癒しを受けた人たちは、今後、また病気や痛みを受けたとき、今回先生から祈っていただいた祈りの言葉、語調、雰囲気(霊調と言うべきか)を思い出して、先生の真似をして、自分自身に祈ってみる。あたかも自分を他人のごとく思って自分に対して祈る、これが良いでしょうね」と。「そうですね」と先生も賛成して下さった。
 私は記念すべき先週の神癒の夕べが終わって2日目の朝、K君が言う。このK君、言っては悪いが信仰は至って弱いほうである。信仰は、あるか無きかの薄い信仰で、教会にやっと来ている人であるが、このK君が「不思議だなあ。一昨日、永藤先生に祈ってもらったら確かに足の付け根や、腰の痛みがすっかり直ってしまった。びっくりしました。……でも、今日はまた、そこが痛いんですよ」と言う。
 こういう人は案外多かろうと思う。今日の礼拝の中で、みなさんの証しを聞きたいと思っているが、そういう痛みの再発例も聞きたいと思う。そうして、そういう人たちのために再発脱出策を講じたいと思っているのです。
 こうした場合、永藤先生の神癒会は非常に良いのです。たとえばベニー・ヒン式に、パッと手のひらを返して、癒しを求める人を転倒させたり、意識を失わせたり、こういうあっという間に癒しを行う奇蹟的技は、鈍感な能力の私たちには、真似のしようがない。ほとんど何も出来ないに等しい。
 ところが、永藤先生が念を入れて綿密に繰り返し祈って下さった癒しの言葉は、私たちがそれを模範として覚えることができる、易しい祈りの言葉でした。ですから、
 先生に祈って頂いた皆さん、あなたがたが癒された時の先生の祈りの声は耳に覚えているでしょう。皆さんが今後、自分の病気や痛みのために祈りの必要を覚えたとき、その言葉で自分に祈ってみてください。自分が永藤先生になったつもりで、自分自身に向かって祈ってください。
 そうしているうち、しだいに祈りのコツを掴むことができるはずです。そうすれば皆さんはきっと他の人のためにも祈って、主のご用にあたるクリスチャンになれるでしょう。あなたの主にある活躍を期待して、祈ります。《く》

【福音春秋】
昨日(7月23日)直木賞作家志茂田景樹氏と夫人の光子姉が見えられた。大分市での、氏の「読み聞かせ」活動のためにやって来られた、その尊い時間を縫って私に会うために来てくださったのである。今日はトキハ本店地下2F特設会場で、午後1時からその会が持たれる。時間のある方は参加してください。くわしくは昨日の大分合同新聞に一頁全面使っての紹介記事が出ているので、参考にしてください。▼また光子夫人のインタビュー記事が「恵みの雨」の本年1月号に出ています。ご主人が直木賞を取って以降、不良亭主になってしまって苦労絶えなかった奥さんがイエス様に触れて変えられてゆく一連の物語は感動的です。人間の努力や忍耐などの美談ではなくて、ただただ神様の不思議なお取扱いによって変化してゆく奇蹟に驚嘆させられます。会堂の図書台に置いておきます。《く》

〔あとがき〕
釘宮よりの私的通信。妻トミのことですが、ずっと湯布院厚生年金病院に入院中です。遅々としていますが、順調に回復しています。最近は私や家族の語りかけに何とか応答できますし、笑顔も見せます、時には声をあげて笑います。リハビリで有名な病院ですが、それでも私どもの祈りとみ言葉による語りかけ、特に「精神強化法」による言葉の応酬は、更に良い結果を妻にもたらすと信じています。お見舞い頂いても良い時期も近いかと思います。《く》
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# by hioka-wahaha | 2005-07-24 00:00 | 日岡だより

No.185 大事なことは……? 2005.7.17

大事なことは……?

 大事なことは主イエス様と親しくなること、主イエス様を信じること、主イエス様に従うこと、これである。そしてますます、主イエス様と親しくなること、つまりウェストミンスター信仰告白に従えば神様をエンジョイすること(これは永井信義先生に教わった)である。

 電話で随分聞きづらい思いをした。補聴器の掃除をしたら、よく聞こえ出した。神様の声を聞くためにも、もっと霊の耳の掃除をしなくてはならない。

 マタイ12:36の「無益な言葉の言い開き」というところを勉強した。「言い開き」という言葉がギリシャ語ではロゴス(ことば)である。第一ペテロ3:15では「説明する」と訳されている。

 最近、「親しい仲間同志の特徴はムダな会話が多いことなのだそうだ。そうならば、イエス様ともムダな会話を多くしよう」などと言っているが、真面目な先生がたから叱られそうで心配だった。上記の勉強でやや愁眉を開いた。無益な言葉が全部いけないのではない。説明できれば良い訳だ。

 聖書の語句の勉強は耳の掃除に似ている。これらの勉強については、教文館の「聖書語句大辞典」と黒崎先生の「新約聖書語句索引」がなんと役立つことであろうか。
 特にこの「新約聖書語句索引」を私の若い時に買って贈ってくれた妻に感謝する。まだ結婚前であった。妻は当時の貧乏のさなかで大枚をはたいて買ってくれたのである。

 私たちの教会の礼拝室には日本のクリスチャンの大先輩の書が2枚掲げられている。一人は内村鑑三先生、書は「禁酒非戦」と先生らしい武骨な言葉、武骨で下手な(失礼!)字である。
 もう一人は賀川先生、書は「博愛」。これは又、通俗的な言葉だな、と不審に思っていたが、出典はテトス3:4、原語はフィラントローピアである。人類愛と訳すべきか。これも賀川先生らしい。

 このフィラントローピアという言葉を上記の黒崎先生の「新約聖書語句索引」で調べると、使徒行伝27:2、同28:2にも出てくる。ローマの軍人ユリアスやマルタ島の人々がパウロやパウロ一行の人たちに「親切」であったという時の言葉に使われている。
 「この人々は、もしかしたら神の国に招かれるかなあ」、などと考えるのは行き過ぎかなあ。ともあれ、親切はよいことなのだ。(某日、日記より)。


「幸いなるかな、心の貧しき者」

 伊東直士兄は私の旧い信仰の友である。同兄の発行する家庭雑誌「牧草」第四四号をお送りくださった。家庭新聞というのは時々あるが、家庭雑誌というのは珍しい。この雑誌発行の謂れについては書き添えたいことが山ほどあるが、今回は割愛する。
 この「牧草」第44号に同兄の御父上のキリスト教入信記が載せられていた。この方、伊東栄兄は明治10年(1877年)に生まれ、昭和35年(1960年)に召天された。
 御父上が東京に遊学され、青山学院で院長・本多庸一先生の聖書講義を聞かれた時、マタイ5:3の「幸いなるかな、心の貧しき者、その人は天国のものなり」という聖書の言葉に触れた。
 この言葉が伊東栄兄に深い霊的感銘を与え、その後の人生の歩むべき方向を決定づけられたようであると、ご子息の直士兄が書いている。
 この「幸いなるかな、心の貧しき者、天国はその人のものなり」という聖句は大抵の人は知っている。また「心の貧しい」とは当時のイエス様の時代では「謙遜な」という意味に使われていたという説明も、よく講壇から牧師が語る所である。そして、謙遜に神を求め、神に従う人は天国に行けるのですよ、これに勝る幸福はありませんねえ」と結ぶのが通例かもしれない。
 しかし、その時、本多庸一先生はこう語った。「この冒頭に書かれている『幸いなるかな』という言葉は、事実、原文のギリシャ語の聖書でも、文頭に書かれているし、英語の聖書でも最初に Blessed とある。この『幸いなるかな』という言葉は、心して意を強めて読まねばならない」と。
 そして、御父上の栄さんは、このお言葉を神様の招きの言葉として受けとめ、「ここにお出でなさい。ここにあなたの幸いを知る世界がありますよ、と呼びかけ、また招き寄せて下さっているのだ」と思ったのです、とご子息の直士兄は書いている。直士兄は更に言葉を続ける。
 父は、この言葉を「幸いを約束する言葉」だと考え、誰も保証なんかしてくれない我々の幸福を、キリストは約束して下さっているのだと思ったのです。
 そしてこの言葉には聴く者の生活を全く新しく造りかえてします創造的な力がこもっているとも考えました。
 ここには単に聖書の言葉を耳で聞き、目で読んだというだけにとどまらず、イエス様の言葉が学者のような言葉でなく権威があって、聞くものが驚いた(マタイ7:29参照)というような権威があったということです。
 この権威とは偉い人の上からおっかぶせるような威厳ある風格というのではなく、聞く者の内心(霊)に浸透し、内側から人を変革させる力を持っていた、そして今も尚、聖書を読むものに、聖句の背後にあるキリストの力を感じさせるのである、と直士兄は敷衍されるのです。
            *
 釘宮言う。私も最初は、このマタイ5:3のお言葉の素晴らしさには気がつきませんでした。このみ言葉について、御父上様にとり本多庸一先生が果たしてくださった役目を、私には手島郁郎先生がなさってくださった。
 手島先生は「幸いなるかな」を英語でなくてギリシャ語のマカリオイという言葉を使って教えてくれました。又、同じようにギリシャ語で解説すれば、「貧しい者」という言葉はプトコマイという言葉で、その意味は「乞食」だということも教えてくれました。「乞食のような心で主様にすがりつくように求めるんだよ」とも言いましたが。
 大事なことは、文語訳聖書の以後、口語訳など「心の貧しい人は幸いです」と言うように、平板に訳しているけれど、これは惜しい。本多庸一先生が青山学院で教えられたように、この「幸いなるかな」という言葉を真っ先に持ってきて、勢いをつけて訳すべきです。
 私はこの聖書の箇所を「イエス様の幸福宣言」と呼びます。イエス様はその権威において、「お前たちは、どんな境遇や、どんな精神状況に居ろうと、私は宣言する、お前たちは幸福なんだ。また私はお前たちを必ず幸福者にする。すべて重荷を負うて苦労している者たちよ、私のもとに来なさい、私のふところに飛び込みなさい、あなたがたに真実の平安を与え、幸福にしてあげる」とおっしゃるのだと私は言いたいのです。
 イエス様の宣言は生半可なものではない。私たちの生来の罪、生涯に為し来たりし全ての罪を一切赦し、更に清め、力を与え、愛と善の人生を送らしめ、クリスチャンとして完成させ、天国に迎えてくださる凄い約束なのです。
 イエス様のお言葉には神の力があります。逆に悪魔の言葉には悪魔の力があります。同様にクリスチャンの言葉にはクリスチャンとしての力があるべきです。クリスチャンはすべて、この尊い力を頂いているのですから。
 これこそ「告白の力」です。大胆な言葉の力を日本人は昔から言霊(ことだま)と言って、この力を知っていました。しかし、残念ながらイエス・キリスト様の力を知らなかったのです。
 私はまた、イエス様との「会話の力」とも言っています。足立姉の詩集にあります。
   いつも喜びなさい、ハイ。
   絶えず祈りなさい、ハイ。
   すべてのことに感謝しなさい、ハイ。
 この会話を繰り返してください。そして、次は永井明先生のお勧めです。
 「毎日3度は、鏡の前に立って、自分の顔に向かって言いなさい。『いつも喜びます。絶えず祈ります。すべてのことについて感謝します』とね」。ある、いつも顔の暗い人がいました。この永井先生の奨めに従って毎日「いつも喜びます、絶えず祈ります。すべてのことについて感謝します」とやっていました。そうすると、最近ではすっかり明るい朗らかな人に変わった、ということを聞きました。私はこうしたイエス様流の明るい約束の言葉を「天国語」と呼んでいます。
 日常座臥、常に「天国語」を語りましょう。特に3か月以上続けたら、奇蹟的変化があなたの人生に起こることを私は信じます。キリストの福音が単に来世的なことにとどまらず、今日只今、私たちの人生に実現する尊い偉大な力であることを、すべてのクリスチャンに実証してほしいものです。《く》

〔福音春秋〕
 1、2頁に書いた短文スタイルは、かつての亀谷凌雲先生の真似です。先生の一枚雑誌「十字架」に載せられた短文形式の信仰語は天下一品でした。
先生は蓮如上人の14世(?)だったので代々の寺の僧職を継ぐべきでしたが、東大の哲学科に在籍中、イエス様の福音に触れられ、そして牧師になってしまった。その経緯は先生の名著「仏教から基督へ」に詳しい。仏教を棄てるのではなく、まして仏教に背くのでもない。仏教を完成させるキリスト教の神髄を先生は語る。先生が召されて、もう幾年たったのか。なつかしい先生を憶う。《く》
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# by hioka-wahaha | 2005-07-17 00:00 | 日岡だより