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No.750 今週の聖句4題/義人は信仰によりて生きる 2016.5.29

《今週の聖句》  
クリスチャンの自己建築

 愛する人々よ。あなたがたは、
(1)自分の持っている最も聖い信仰の上に自分自身を築き上げ、
(2)聖霊によって祈り、
(3)神の愛のうちに自分自身を保ち、
(4)永遠のいのちに至らせる私たちの主イエス・キリストのあわれみを待ち望みなさい。
(ユダ書20、21節 新改訳)

 (1)がクリスチャンの完成の基礎である。(2)がその為の徒労ならざる努力の秘訣。(3)がその工事の設計監督者、(4)が目標と激励である。
 バベルの塔は失敗した。しかし、この建築工事(クリスチャン自身の築き上げ)は右のルールを守れば決して失敗しない。
 (1978.6.4週報「キリストの福音」より)



《今週の聖句》  
イエスのキリスト意識

 「そして見よ、天からの声があり、『これは私の子、私の愛する者、私の喜ぶ者である』と言った」(マタイ福音書第三章17節・詳訳聖書による)
 人間としてのイエス様が、はっきり神のひとり子キリストとしての自覚をお持ちになったのは、この時ではないかと思われる。洗礼者ヨハネよりバプテスマを受けられた直後、右のような神の声を聞いたのである。
 もし私たちが「キリスト・イエスの心を心とせよ」とのお言葉を受け入れるなら、それこそ右にのべた、神に喜ばれる者であるという「キリスト意識」を、私たちの心とすべきだ。これこそ、福音である。
 (1978.6.18週報「キリストの福音」より)


《今週の聖句》  
キリストの生命

「最早や我生くるにあらず、キリストわが内にありて生くるなり」(ガラテヤ二・20)
 自分で死のうとすると、自分が生きる。死のうとせぬことにすれば、全然、自分は死なぬ。どっちにしても、自分は死なぬ。したたかなヤツ。これが自分である。
 死ねば生きる、この宗教的真理、理くつでは分る。しかし、人間の心で、なかなかつかめぬ。
 自分で計らい、自分の力でりきんで、死のう死のうと努力するのではない。キリストにあってすでに死んでいる自分を発見するのだ。そして、自分の中に生きているキリストの、その全生命・全品性・全能力を信じるがよい。信じるとは、その真実性を理解し、めい想し、主張し、宣言し、その如く歩むことだ。
 (1978.6.25週報「キリストの福音」より)


《今週の聖句》  
決然たる意志と命令 

「われ意志す、清くなれ」(マタイ福音書八・三直訳)

 生硬な直訳で申しわけない。原文は非常に簡単明瞭。英訳すると〝I will, be clean〟と実に訳しやすいし、又よく語気がつたわって来る。これは「主よ、思召(おぼしめし)ならば、私も潔(きよ)くする事がお出来になります」(バルバロ訳)と訴えるらい病人に対するイエス様の応答である。
 「私はのぞむ」(同訳)というあきらかな断乎たる意志表明と、これにつづく「潔(きよ)くなれ」(同訳)という明確な断言命令。この二つがイエスの口より発せられる。
 何事であれ、信仰を適用し、霊的に生きるには、この意志表明と断言命令が必要である。
 (1978.7.9週報「キリストの福音」より)



義人は信仰によりて生きる

 みなさん、義人とは人のことではありません。あなたご自身のことです。イエス様の十字架のあがないを信じる人は皆義とされる。義人です。
 義人の食べ物は何でしょう、お金ですか、地位ですか、自分の能力ですか、奥さんですか、御主人ですか、子供ですか、いいえちがいます。
 神様の御言葉です(聖書)。神様のみことばに信頼することです。あなたが主に信頼すればする程、主もあなたを信頼されて、いろいろな持場(お金、地位、能力、奥さん、御主人、子供)を与えて下さいます。
 (1978.7.16週報「キリストの福音」より)



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by hioka-wahaha | 2016-05-31 23:00 | 日岡だより

No.749 あなたがたは地の塩です/時事雑感2題 2016.5.22

あなたがたは地の塩です

「良い塩も、塩けをなくしたら、だいなしです。味つけの役に立たなくなってしまいます。だからあなたがたも、塩けをなくさないように、よく注意しなさい。そして、互に仲むつまじく暮しなさい。」

これはリビングバイブルによるマルコ福音書九・50の御言葉です。
塩はものの腐敗をとどめ保存の為の良き化学成分であるのみでなく、料理の味つけになくてはならぬ調味料です。しかしからすぎて、人との平和をこわさぬよう、また人との友和を考えすぎて塩けのぬけた人間にならぬよう、とのイエス様の尊いご注意です。
 (1978.5.21週報「キリストの福音」より)


時事雑感

五月九日、仙台高裁で七年前の全日空機と自衛隊機の衝突事故の判決があったのですが、「自衛隊の教官であった隅一尉は有罪、訓練生市川二曹は無罪、全日空機に過失の証拠なし」と。この判決に全日空機長の未亡人は「無罪なんて絶対許せません。百六十二人もの人命をうばっているのですから」と言ったと新聞の記事。こういう記事は新聞記者も月並な文章をかきがちなものとはいえ、二社の新聞に同様な報道があるので本当かもしれぬ▲無罪の判決に被害者の「許せません云々」という言い分は無実再審の時などよく聞かれる言葉だが、口惜しさのほこのむけ先をあやまっていると思われます。冒頭の全日空機事故の判決は一応妥当な判決に思われます。軍隊組織の中での訓練生が教官の指導通り行動していて、その結果を罪に問われてはたまったものではありません▲百六十二人の犠牲の責任は航空行政や自衛隊の訓練計画にあるのですから、公憤はそちらの方にもっていくべきです。ともあれ、日本の判決報道の中で被害者の方が加害者(あるいはその被疑者)を許し、かついたわるような記事にお目にかかった事がない。そういう事実がたしかに一件もないのかもしれないし、あるいは又、取材する記者の側の既成概念にそういうものがあって、怨念いっぱいの表現しか聞き出せないのではないかとも思えるのです。どうでしょうか。
(1978.5.14週報「キリストの福音」より)


時事雑感

時の権威の為したこと、為していること、為そうとしていることが、誤っている、罪であると確信するとき、それを直言し反省を求め、それを中止するよう運動することは正しい事であります。法理論や社会的常識はともかくとして、クリスチャン道徳として、それは正しいと思います▲しかし、その考え方が激化して、権力そのものを無視したり倒そうとして運動が暴力化してくるとき、つまる処、行政的秩序も司法的拘束もすべてを悪とみなして抵抗しますから、一般民家・市民・公共施設に危害を加えてもテンとして恥じなくなります。これが赤軍派やイタリアの赤い旅団のやり口です。そして最近の成田空港反対派のやることも、これに似てきました▲「石も投げれないようなものは来るな」等、成田反対闘争の委員長・戸村一作氏は同志集めのアッピールで言っています。同氏はクリスチャンであり、まじめな人であるだけに、残念な事です。これは、革命は正義であり、革命は鉄砲で実現する、と信じている毛沢東の信念であり、クリスチャンの考え方ではありません▲剣で勝つものは剣で負けます。本当の革命はキリストによる霊的革命が第一に必要です。世と世の様は過ぎ行きます。専制君主に屈せず、おもねず、逆わず、二つの王朝に仕えたダニエルに学びなさい。悪い権力でも無きにまさる。それに従うのが聖書の教えです。
(1978.5.21週報「キリストの福音」より)



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by hioka-wahaha | 2016-05-25 15:16 | 日岡だより

No.748 母の愛、神の愛/聖書は預言者を生む 2016.5.15

母の愛、神の愛

家出娘を探そうとして、ある母親はポスターを作りました。娘のかわりに自分の写真を刷り込み、「お母さんは待っているよ」と書いて、バーやキャバレーや駅やお風呂屋さんなど、あらゆる処に貼って歩きました。恥ずかしいことでしたが、娘のためには恥も外聞もかまいませんでした。母親は子供を愛したからです。

母親の愛にまさる愛はこの世にないかもしれません。しかし、それは自分の子供にのみ限定される愛です。神の愛は、母親の愛にまさります。神の愛はすべての人に、そして罪人にさえ向けられる愛なのですから。
 (1978.5.14週報「キリストの福音」より)


聖書は預言者を生む

 ここに「醒(さ)めよ日本」という文章があります。
「醒めよ日本。
なんじは神のあたえ給うものを無視して、
〝米が出来すぎて食えぬ目にあう〟
などと不平をもらし、
しかも〝減反〟など、神に対し不尊きわまる言動をなす。
今にして悔改めずば
見よ、飢饉きたりて、
汝らは食わぬ罰にあう時が来るであろう」
 
 この文章が四十五年前の昭和八年十一月一日発行のある小雑誌に書かれたものであると知れば、たいがいの人はびっくりするでありましょう。
 これを書いたのは、大評論家でも、大政治家でも、大宗教家でも、ありません。九州の一角にすむ一商人にすぎないのであります。ただし彼は、内村鑑三を尊敬する(内村鑑三には一度も会ったことはなかったそうですが)無教会主義のクリスチャンでありまして、信仰を生活に活かし、地方の小都市において多少名の知られる実業家として、些かも世に妥協せぬその実生活ぶりを〝復活〟というミニ雑誌に発表しつつ、伝道につとめたのであります。
 冒頭の文章は、その〝復活〟の第一八〇号に出ているのであります。漢字を当用漢字に近づけ、かなづかいを現代風にあらためたほかは、原文のままであります。昭和八年当時の風潮を考えあわせてみて、この文章がいかにおどろくべき〝預言〟的風格をもっているかを指摘せざるを得ません。
 聖書は預言者を生むのであります。
 
 ひきつづき、次のように書かれています。当時は特高の検閲のきびしい時期でありまして、文中○○とあるのは、いわゆる伏字であって、「軍部」とか、「無産者の暴動」とか、適当な文字をあてはめて判読してみてください。
「醒めよ、日本。○は神をおそるることを知らず、外交をすてて○○をたのみ、○○○○○○して、そのばん勇をほこる。なんじ今にして悔改めずば、汝の○汝の上におよぼし、なんじ自らの○○に倒れ、おのれの掘りし墓穴に入れられるであろう。
        *
さめよ日本。なんじはむやみに正義の言論に対して迫害断圧をくわえ、おのれ自ら自殺せんとしつつあり。言論の圧迫は暴力の奨励である。このままにて進まんか、さらに○○○○○○おこり、○○○が蜂起するであろう。
        *
さめよ日本。○○あたりでは、ヒットラーのまねでもあるまいが、しきりに強硬外交をとなえているとか。(中略)
日本よ、なんじはまず神をおそれ、おのれ自身の罪を知り、十字架を仰ぎて、正義の上に固く立ち、外交はよわくして然も最後まで戦い、兵は強くしてしかも戦わざるようつとめよ。これ正に平和の道であり、日本魂と武士道をあたえられた汝の使命であらねばならぬ。」
 
 この著者は私の伯父釘宮徳太郎であります。彼は昭和十一年二月二十七日に急性肺炎で死亡。ただし、あたかも二・二六事件の翌日でありますので、東京の友人達は彼も二・二六事件と同様の軍人の反乱軍の手で倒れたのであろうと、トッサに思ったそうであります。
 この伯父の〝復活〟旧号の残部が、だいぶ汚損していますが、昭和六年より同九年の分まで、多少欠号はありますが、このたび発見されました。その事情は、この週報第一九号に書いたとおりであります。
 いわゆる十年戦争当時、硬骨にして牧師、先生ならざるソロバン片手のクリスチャンの手になる信仰雑誌(特に日記スタイルですので当時の小都市の政治・経済・家庭・集会の様子がありありとわかる)は希有なものかもしれません。少数の人にとっては得がたい資料かもしれません。
(1978.5.21週報「キリストの福音」より)


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by hioka-wahaha | 2016-05-20 09:46 | 日岡だより

No.747 「感謝します」/時事雑感 2016.5.8

「感謝します」

「先生はよく感謝します、感謝します、と言うですねェ。聞いていて、何を感謝しているのか、さっぱり分らん。何でもない時に、感謝します、感謝します、と言う。気になるなァ。先生の感謝します、感謝しますは」
 と、久しぶりに会ったK君が率直な表現で人に言っているのを、小耳にはさみました。それを聞いて私はうれしくもあり、又反省もさせられたのでした。
 
 最近、私は私の体験するたいていの事が神様への感謝のタネであります。又、できることなら、一切のことにおいて神様をあがめ、感謝したいと願っています。そこで、つい椅子にすわっても「感謝します」、立っても「感謝します」、みそ汁をこぼしても「感謝します」というぐあいですから、K君が異様に感じるほど「感謝します」を多発していたのかもしれません。それ程のこととは自覚してなかったので、K君の批評は大変うれしかったのであります。
 
 しかし、もう一つの見方が出来ます。それは、多分私の「感謝します」が、余りにも軽々しく言われているようで、真剣味の無い口さきだけの言葉に聞こえたのかもしれません。いわゆる「口数が多ければきかれると思っている異教徒の祈り」のような事はあってはならないのでありまして、この点は大いに反省させられたのであります。
 二、三年前、ある派の教会に行ったとき、玄関でいきなり「感謝します」と挨拶されて、とまどいもし、ある種の反感さえ持ったのでしたが、今は慣れっこになってしまって、私達自身同様のマンネリ化した「感謝します」の冗舌をくり返しているのでしたら、大いに愁うべきことであります。
 
 「賛美の力」(マリーン・キャロザース著)という本に啓発されて以来、すべてのことにおいて神様をさんびし、神様の御計画を信じ、現状を神様の御心の故に肯定し受け入れ、すべての事を(善きも悪しきも)神の御手により相働いて善い方に変えて下さることを信じる、との事を知識的にも体験的にも学んできたのでありました。
 
 この三月、Y君がK花店をやめ、私の手許もはなれ、F工場に行くと言い出した時は、私をはじめ周囲のものは、みんな反対でした。常識的に考えて少しも「善い」こととは思えませんでした。Y君はみんなの反対を押しきってF工場に行きました。然し、そこで何故か分りませんが彼は元気を回復し、その上M君という又とない求道の友を得ました。先日の礼拝には、F工場の同僚二人の友人と共に出席し、その面前で証詞に立ちました。
 反省してみると、この事では当初より私達は神様の御心を問いませんでした。そして常識ばかりで反対していました。しかし、神様の御心は別の処にあったようであります。
 ともあれ、当時Y君を送り出して以後、私達は一切を神様にゆだね、万事を益に変えて下さる神様をさんびしたのであります。そして、御覧のとおり神様はそのさんびにふさわしい方でありました。
 「神様!感謝します」
 この言葉を一生つづけたいものであります。
(1978.5.14週報「キリストの福音」より)


時事雑感

植村直己氏が世界最初の単独北極点踏破をやってのけました。そんな無茶な事ができるのかしらと危ぶんでいましたら、わけなくやってしまいました。相当危険や困難もあったようですが、それにしても矢張り茶の間の我々には僅かの間にあっけなくやってしまったように思えます。戦前の人間である我々にはアムンゼンとかスコットとかいう英雄ばりの名前と一つになって知っている北極が、急に親しげにそばにやってきた感じです▲何と言っても無線、人工衛星による追跡、ヘリコプターによる食糧補給等、昔にはとうてい考えられない文明の機器の援助があります。これらのものがなくては、今回の植村氏の探検の成功は考えられません。時代の変革によって昔出来なかった事も今できる、そんな事はたくさんあります▲信仰にも、そういう処があります。イエス様がいらっして、十字架と復活を経験して下さらなければ、信仰による赦しは人間に分りませんでした。ペンテコステのすばらしい経験がなければ、無学な只人がこの世の権者智者の前に大胆にふるまう事は不可能でした。昔、預言者や一流の宗教的天才でなければ出来なかったような事が、今平凡なる我々に出来るのであります▲聖霊がのぞむ時、イエス同様の、いやイエス以上のことも出来るとイエス御自身が仰せられた。そのようなすばらしい聖霊の時代が、今である。
(1978.5.7週報「キリストの福音」より)


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by hioka-wahaha | 2016-05-13 09:23 | 日岡だより

No.746 明治・硬骨のクリスチャン 2016.5.1

明治・硬骨のクリスチャン

 大分市大道町六丁目にある〝大徳本店〟という家は、私の父の実家であります。先日、上水場の係員のミスで晴天下に時ならぬ山津波状の災害をおこし、その被害を真っ向にうけて、当主内藤利兵衛兄ら御一家に人身事故がなかったのが不思議なくらいの、おそるべき事でありました。
 それより二、三日して、利兵衛兄より「あげたいものがあるから取りにおいで」と電話なので、行ってみると、伯父徳太郎の出していた雑誌「復活」の保存版や、その他貴重な資料の数々です。小生、大喜びで挨拶もそこそこに自動車につめこんで帰ったのであります。
 
 さて、あの〝大徳本店〟の家は、もともとは酒造業の旧家の家にて明治八年に建てたものだそうであります。それを釘宮家が明治か大正の頃に買い取って移ってきたのだと思います(釘宮家はもともと旧稙田村下宗方の産)。この家の大黒柱を見ますと、大人がひとかかえもするような大きさ、赤茶けて底光りしているこの柱の材質は何でしょうか、ともかく釘を打っても入らずに曲ってしまう。昔式に一本一本鍛冶屋がきたえあげた釘でないと、曲ってしまう、いかな上手な大工もお手上げです。そのかわり鋼鉄ばりの固い釘を一度打ち込んでしまえば、今度は絶対に抜けない、そういう昔式の柱を見て帰ったわけです。
 
 帰って、さっそく胸おどらせながら伯父徳太郎の主筆雑誌〝復活〟の旧号を見ていると、昭和三年七月三日のところに、こんな文章があります。
「我家の系図を見ると我家は元藤原家であったが我が先祖、宇佐神宮に三七日の間参籠して聖くして確(かた)き姓を賜らんことを祈願した処が〝聖きものは宮なり。しかして確きものは釘付けなり。よって汝は釘宮ととなうべし〟とのお告げを受け、それより釘宮を姓としたりと書いてある。今朝、日課の聖書をよむと〝我らをしてその聖所にうちし釘のごとくならしめ給え〟(エズラ九・八)とある。どうか自分もこの聖句のごとく、又その姓の如く、名実共に神の前にきよく、またいかなる悪魔の誘惑にも打ち勝つ確き信仰を与え給えと祈った」
 人間は誰でも、家系誇りしたい気分があり、それを自慢する本人はたいそう喜んでいるが、はたの者はそれ程うれしい事ではないと思うので、こういう文章を週報にまで紹介するのは気がひけますが、しかしこうしてすぐに聖書を引用し、自分の信仰のはげましにする処が、この伯父の良い処であります。
 
 〝復活〟という雑誌は、紙面の大半を釘宮徳太郎の日記でうめているという特異なスタイルであります。説教や聖書解釈よりも、発行者自身の日常の生活をそのまま前面に押し出している、堂々たる面構えであります。徳太郎伯父は一介の商人でありました。その間十年程の日本最初の公設市場なるものを創設、そこの理事として市の給料をはみ、遂に悪人どもより逐われるという事もありました。その後商工会議所議員として勇名を馳せ、ガンジーのニックネームは有名でありました。そういう市井の政治・経済の中に活躍しつつ、交際する重要メンバーにはみなこの〝復活〟は送付したわけであります。ですから、ウソもキレイごとも書けない、多くの人に嫌悪と衝動を与える。そういう身をもって示す警世の書でありました。
 
 読んでいておどろいたのは、日記はその日か翌日に必ず原稿用紙に書いていたらしいが、それが後日いかに都合わるくても削除したり訂正したりしなかったらしい。私などだったら印刷寸前でもいろいろ第三者に対す当たりさわりを思い校正時に文章をいじるのであるが、それは不誠実であるとして絶対しなかったらしいのです。大したものです。軍国主義時代になると、かなりの発売禁止をうけ、特高にも再々出頭している。この明治生れ硬骨のクリスチャンを伯父にもったことを私は本当に誇りにしたいのです。
 
 最後に〝復活〟誌の欄外に毎月印刷してあった彼の信仰標語を紹介する。
「神を信ずる、これ我らの唯一最大の事業なり」
「不信者のてきめんの刑罰は品性の堕落である」
「礼拝は誠実なる日々の労働なり」
「実行は有力なる祈祷なり」
「キリスト教とはキリストの復活証明なり」
「キリスト教とは十字架と血の教えなり」
「求むべきものは成功にあらずして正義なり」
「困難をへずして深き信仰は得られず」
「伝道とは我が心に実験せし神の救を世に発表することなり」
「すべて汝の手に来ることは力をつくして之をなせ」
(1978.5.7週報「キリストの福音」より)


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by hioka-wahaha | 2016-05-05 09:48 | 日岡だより