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No.624 昨日・今日の祈り(1) 2013.12.29

旅する手紙 第14号(1961.3.22)
 
昨日・今日の祈り

         一
 近いうち「祈りについて」などをプリントしますといったら早速沢山のお申込みがありましたが、例により次から次へと仕事が湧いてきてなかなかプリントできません。それに大阪の中島さんがタイプ・オフセットしてくれるというので、もう少し原稿をまとめて読みごたえのあるものにしようなどと欲ができましてネ。
 そこで今日は少々プリントがおくれるおわびに、何かかにか気づく事を書いておとどけしようと思います。
         二
 昨夜、おじいちゃんが
「明日、釣りに行くかな」
 おじいちゃんは竿一本かついで全国の川をめぐりあるいた事もある釣りのカミサマ、ロマン・ロラン爺さんです。
「そりゃいいですね」
「あしたの天気どうかな、新聞の天気予報みてくれませんか」
「ホイきた………、ダメやな、じいちゃん、明日は雨や」
「そうかい、そうやろうな、このようすじゃなァ」
 と御老人は窓ごしに空を見る。そばから妻が
「そンなら、天気にして貰いましょうヨ。でないと都合が悪いもン」
 という。御老人に川魚を釣って来てもらって明後日の、私達夫婦が旅に出る際のおみやげにするという話があったからである。おみやげを昔「お土産」と書いたが、実際こういう土地の香りたかいおみやげが一番だと思うから、私もさんせいしていたのです。
「そやかて、アンタ天気の事じゃもン」
 と御老人。おっかぶせるように
「大丈夫よ、じいちゃん。私、かみさまにお祈りするわ。あしたきっと晴れよ。ね、きっと」
 と家内はなかなか強引です。
 いつもこんなふうではないのですが、この時は不思議に家内、気が強い。私は笑ってみていましたがね。
「いくら神様でも、天気はねェ」
 と御老人は苦笑して昨夜のオコタ談話はチョン。
         三
 今朝おきてみると、空は晴れています。ロマン・ロラン爺さんは勇んで釣りに出かけて行きました。妻は買物に出、子供は庭であそび、私は居間で勉強。ひるからは、益々上天気で雲ひとつなし。どこかでウグイスが鳴いています。誰も昨夜の会話を思いだす人もない、まことに自然法爾の世界。
 いつでもそうです、力んで意気ごんでやる祈りには、どことなくムリがある。ゆったりと甘えきって祈る祈りにはムリがない。応答がすこぶる自然です。(つづく)


(「旅する手紙」・・・1961年2月から3月にかけて、回覧誌のような形で書いたもの。肉筆の複写版。原文縦書き)
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by hioka-wahaha | 2013-12-31 23:22 | 日岡だより

No.623 神との会話 2013.12.22

旅する手紙 第13号(1961.3.22)
 
神との会話
                                 くぎみや・よしと

 ある朝、私は合掌して祈りました。
「天のおとうさま、主さま!」
 何度もみ名を呼びますと、そのうちに静かなる細き声で答えてくれます。
「なんだい、我が子よ、なんだい、我が子よ」
 と、何度も私の呼びかけに対してやまびこのように答えてくれるのです。
「おとうさま、私の凡てをあなたに捧げます、私の凡てはあなたのものです」
「おう、そうかい、たしかにそうだよ」
「おとうさま、一刻一刻私の為すこと言う事あなたのものです」
「おう、そうかい、たしかにそうだよ」
「私のこれからの生涯はすっかりあなたに委ねます、心配いりませんね」
「おう、そうかい、心配しちゃいけないよ」
 私はいつまでも語りかけました。ここにはそういつまでもダラダラとは書けないようなくだらぬ事を、いつまでもムダ話するように神様と話し合っていました。たのしい一時です。愛人と土堤で坐りこんでムダな話をいつまでもたのしんでいるように、いや幼児が何やかやとしゃべりかけるのを
「おう、よしよし、よい坊や」
 とおとうさんが機嫌よくお相手してくれるように、神様はなんでも気軽にお相手をして下さいました。
 あとでよく考えると、神様のお答えはいつも肯定の言葉でした。神様はノーと仰言らぬ方でしょうか。私が子供みたいだから、いまだに「おうよしよし」と甘やかされるのでしょうか。どうでもよい、私はいつまでも、この天のおとうさまに甘えていたい、と思うのです。
 
 私が神様に問いかける、神様は私が心の底でこう答えてほしいと望んでいるような答えをしてくれます。私は満足で小バナをふくらませます。そのくせそのトタン、私の心には変化がおこっていて、さき程問うたときとは又ちがった立場や思いになって、新しい問いが私の口をついてでます。再び神の答えは「おう、そうだよ」です。しかしその時またもや私の心は回転しはじめるのです。神の言葉は表では(といっても耳に聞こえる世界ではないが)私の心に逆らわずいたわり甘やかしてくれながら、もっと深い裏の世界で、私の心を背後からつついて転換させるのです。
 神の声にも表と裏がある。このことに気づかされて、その朝は大いなる収穫でした。
 
 人間には表面意識を深層意識があります。
 これを「心(精神)」と「魂」と言いかえてもよい。「表」と「裏」ですね。私が表の心(表面意識)できいたことは神様も表の心がナットクするように裏の心のチャンネルで答えてくれます。しかし同時に、裏の心(魂=深層意識)ではもっと深い真実の答えが別のチャンネルを使って伝ってくるわけです。これが霊の世界です。この神様の本当の(といっても表の答も本当なのですが)答は誰でもきいているのですが、ただそれを表面意識というスピーカーに回路が通じていないのですね。
「汝らしずまりておるべし、されば我が神たるを知らん」
 と旧約聖書の詩人はうたいました。これは心のセットの各回路を整備せよという事です。心が静まらなくては神は見えません。
 
 では友よ、再び合掌して諸君の御祝福をいのります。
 神のめぐみ、平和、ゆたかならん事を。アーメン
 
(「旅する手紙」・・・1961年2月から3月にかけて、回覧誌のような形で書いたもの。肉筆の複写版。原文縦書き)
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by hioka-wahaha | 2013-12-28 22:03 | 日岡だより

No.622 『人間改造ただ一つの道』(2) 2013.12.15

旅する手紙 第12号(1961.3.20)
 
『人間改造ただ一つの道』(2)
                                 くぎみや・よしと

 昨日、ニュースが入って、その老婦人が、数日前『もう悟りたいなどという事も忘れている時に、フイに悟りました。ある人が電車に一歩乗ろうとした時、フイにヌけたという事を聞いて、そんなものかいなと思っていましたが、ホントにそんなものだと今分りましたヨ。あの頃、私にいいたくていいたくてたまらんでハガイがっていた事は分っていたが、本当に今分る。口で言える事じゃありませんからね。この心の中の事は、誰にいうても判らん。ただ判った人だけが判ってくれる。どうしてこうなったかと先生がきいたら、ただ御慈悲によってじゃと、こういうておくれ』とある人にことづてしてくれました。これは私の手許に来た最近の最大のニュース。
 いわゆる世間から見れば、又たいていの宗教者から見れば『より分った人』といわれるような人、体当たりしてできるような修行なら、大凡(おおよそ)してしまったような人、そんな人でも、このように『ぬける』までは本当の安心(あんじん)はできません。
 私もこのニュースには嬉しくて、その夜祈っていて嬉しくて泣きましたね。伝道なんて、足と口でするんじゃなくて、矢張り神様がする事でした。(祈りの世界で。)
 思いもかけぬとき、ある日トツゼンに、ある人の心にぐるりッと大変化がおこる、安心と確信と喜びと希望がわいてくる、神の世界がソラごとでない、全く身近に実感できる、そういう事がおこる。これはまことに神様の恩寵によってのみおこる事です。
 道徳は風船に息を入れずにシワをのばそうとするような事です。宗教とはシワをのばせとはいわずに息を吹き込むことをすすめることです。息を吹き込むとは、前述の婦人のように、魂のドン底に何か人間界と異質なあるものがドカーンと入り込む事、神性がやどる事、人間的性情にひびが入る事、人間が生れかわる事です。
 池田首相が待合政治をやめかけてややノイローゼらしいなどと一カ月ほど前新聞のゴシップになりましたが、さもありなん。内に何も無くて、強情がまんだけで格調高い政治をやろうとしても、どこかムリが来て、おしまいは胃ガンか何かで躰いためねばいいが心配です。
 大事な事は、道徳教育ではない、大臣以下諸先生方の人間改造です。修行ではない、神性がドカンと天下って一瞬にして人間がかわるような奇蹟的な人間改造です。
 病気なおしたり不可思議なワザをする奇蹟では人間は改造できません。この奇蹟のみが人間をシン底から改造します。(終わり)
 
(「旅する手紙」・・・1961年2月から3月にかけて、回覧誌のような形で書いたもの。肉筆の複写版。原文縦書き)
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by hioka-wahaha | 2013-12-22 02:59 | 日岡だより

No.621 『人間改造ただ一つの道』(1) 2013.12.8

旅する手紙 第12号(1961.3.20)
 
『人間改造ただ一つの道』(1)
                                         くぎみや・よしと

 この手紙の前に、第十一号『自分を見くびるな』というのをかきましたが、あれは途中でくたびれちゃってあとは次号のおタノシミというふうで、テロ少年問題などを書きたいなどというて、とうとうそれきりです。サキのことは約束せんもんだと思いましたね。第十二号のあとを追うてこの手紙が旅するかどうか分りませんが、余り前後必然性のないものができるでしょうから、まァ余り第十一号にこだわらずおまわしねがいます。
 さて、第十一号に、大分の駅前で防火用水で溺れかけた子供をある人が救った時の事をかきました。私は今でも覚えていますが、この時、Kという老婦人と御一緒に大分駅におり立ったのでした。そしてあの第十一号で書きましたような『ヘンな話だが時計とか服とかが気になって、急にとびこめんだろうなァ、僕だったら』というような感想をその方に言ったように思います。その時、その老婦人がどう答えて下さったか、又その老婦人が今もそのようなことを覚えているかどうか、私は知りません。その後、その方にお会いした事があるかどうかもハッキリしません。
 ところで、その御婦人は若い時には精神統一か何かの行をして日本刀の刃わたりなどの修行もしたという、デキた人です。宗教的な知識や洞察がふかい人で、私がいろいろしゃべっても、何もかも『分っている、分っている』というタイプの人ですし、私も又その頃は口からアワをとばしてしゃべりまくり説明をするという巻き込み伝道の頃ですから、カチッとどこかかち合ってしまうわけです。
 でも、信仰とは知識的信念の事ではない、心情の世界における一事実なのですから、それだけでは困るわけです。何か一本りきんでいるタガがはずれるような魂の経験がなければいけません。
 あの頃からもう十年程たちますかしら、きけばもうあの老婦人も六十六才ぐらいとかいう(オヤそういうと十年前のあの方を老婦人とは気の毒でした。私も若かったからそう見えたんだな。そういう私も今は数え年で四十。テレビで今日、四十才以上の保健薬などというコマーシャルをみてオドロイたしまつ)。
 (つづく)
 
(「旅する手紙」・・・1961年2月から3月にかけて、回覧誌のような形で書いたもの。肉筆の複写版。原文縦書き)
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by hioka-wahaha | 2013-12-17 13:33 | 日岡だより

No.620 自分を見くびるな(3) 2013.12.1

旅する手紙 第11号(1961.3.2)
 
自分を見くびるな(3)起筆 61年2月28日

 (前々回、前回からのつづき)
 最近、U市の教会の伝道集会の看板を出していたら、一人の男がナントカ組という暴力団に属していてそこを出たくて仕方ないのだが力になってくれといわれて、かかわりあいになる事を恐れて何とかかんとか言い逃れしたという、そういうナイショ話をきいて私は充分同情するのだが、然も尚、その教会の人々が、人間の内にひそむ神の力の偉大さに信用していない事を悲しく思った。
 人間は、案外イザとなると心勇ましい清らかな存在である。いい例が「死」である。たくさんの人が死を恐れているけれど、案外実際に死ぬ時にはみなショウヨウと平和に死んでいくようである。
          ☆
 これまで書いた事の要約はこうである。私はよく、自分の犠牲になることを恐れて、その恐れるという事を恐れて身のすくむ思いがするが、実際はしばしば衝動的に突発的に又即事的には、何の恐怖心もなく行動して来た(こともある!)ということである。
 そして今から私の言いたいことはこうである。最近、嶋中事件以来、ある評論家は「こんな事をかくのでさえ体がふるえる」というようなことを言っている。これでは益々テロリズムを助長させるばかりだ。テロリズムを消メツさせる最良の方法は国民がテロを恐れないことである。誰でもテロの話をきくのはこわい。想像すると身ぶるいもしよう。しかし決してその恐怖を再恐怖する事によって神経衰弱になってはならない。
 最近、あるトビ職の話をきいた、「五十メートルの鉄塔の上に登ると、私達だって下を見ればこわいですヨ。足もすくみますワ。しかし私達はいつも目のまっすぐの線より上を見ているのです。ハシゴを下りる時だって足もとを見やしませんヨ。手もとばかり見ていて足の方はカンでさぐっているんです」という。
 ところが、今言論界は暴力的右翼団体より、その足もとを見すかされている感がある。昔、ローマ帝政下でカヨワイ基督教徒たちがどうして目茶苦茶な迫害にたえることができたか、彼らは自分の足もとを見ず天国を仰ぎみていたからである。
          ☆
 ………以上を二月二十八日の夜に書いたのです。その後、雑用が生じて、今は三月二日夜、二日間スッカリこの原稿用紙より遠ざかっていましたら、さっぱり調子がくるって気が抜けてしまいました。又つづけて書きたくなるまで、ちょっと失礼!さようなら。
          ☆
 この第十一号は、まだ完結していません。続編は、最近の青少年の特長やテロ少年の問題、それに対する心がまえ等いろいろかきたいです。およそ、人の考えと反対の事をいうかもしれませんが、私としては決して冗談半分の事ではなく、深い現代批判になる事と思っています。(終り)
 
(「旅する手紙」・・・1961年2月から3月にかけて、回覧誌のような形で書いたもの。肉筆の複写版。原文縦書き)
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by hioka-wahaha | 2013-12-06 09:46 | 日岡だより