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No.567 イエス様は癒し主  三、思考を変える方法 2012.11.25

イエス様は癒し主   
 
   三、思考を変える方法
 
 前記で、「思考の方向をきめ、心構えを変える」などと書きましたが、これが多くの人にとってたいへん難しい、と誤解されています。固い決心や、きびしい修業や、神秘的回心経験を経なければ駄目なんだと思いこんでいます。
 キリスト教でも徹夜の祈りとか、断食祈祷とかがよく奨励されています。たしかに徹夜の祈りや断食祈祷にはすばらしい効果があります。すばらしいです。良いことです。
 しかし、これが病気の癒しのためのマニュアルに化することについては私はやや懸念しています。
 「心の方向転換」の方法自体にはもっと容易な道があります。病気の癒しだけに限りません。他のことの為にも、たとえば、子どもの登校拒否をなおす、夫婦関係の危機を癒す、憎らしい人を赦す、性格を変える、経営を繁栄させる、落選議員さんも元気回復。かつてのカーターさんではないが、大統領再選を失敗しても、平和構築運動に国際的手腕を発揮した人もいる。こういうくじけない心構えをどうしたら獲得できるか。
 やはり信仰の力です。主の十字架のあがないによるキリスト教の基礎的信仰を与えられたら、次には自己啓発の力の信仰を発揮できるのです。この点が、一種のあきらめ信仰に腰を落ち着けて、不撓不屈の信仰を持ちにくいのが、これまでのクリスチャンです。優しくて、ただ忍耐するだけの消極的クリスチャンになりやすいのです。たとえ二十年の病床になじんでいても見舞いに来られた方を逆に慰め励まし力づけてお帰しするような病人さんもいるのです。私の父はそんな人でした。
 「ああ、今日はお見舞いに来ながら、すっかり元気づけられた」といそいそ帰ってゆくお客さんを子どもの私はよく見送ったものです。
 こうした力を得るには、強い信仰を持つことが大事ですが、特に「告白」の維持継続が一番よい方法です。私の経験では最も多くの人が体験できる普遍的方法です。
 「私は健康である。この病気は必ず癒される。『私は主である。私は癒し主である』と言われた主が私を癒される。病気をもたらすものはサタンである。サタンよ、私はイエス様の御血潮によってあがなわれた。イエス様のお名前によって命じる。病気の霊よ、今出て行け」。
 こう大胆に命じてください。時にはしつこい病気の霊もいますが、恐れず、諦めず、(カラ元気でもよいから、元気を出して)「オイ、病気の霊よ、サタンの子分よ、サタンはイエス・キリスト様に負けた。俺はイエス様の子だ。さあ、イエス・キリストの御名によって命じる。今、出て行けっ」と声を励まして命じてください。一度に病気が出て行かなくても、更に心を励まして「出て行けっ」と雄叫びの声を上げてください。イエス様だって、一度では出て行かず、繰り返し追い出しをかけたことがありますよ。
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by hioka-wahaha | 2012-11-27 20:04 | 日岡だより

No.566 イエス様は癒し主  二、自己治癒力 2012.11.18

イエス様は癒し主  

  二、自 己 治 癒 力

前述した、人間だけに起る治癒力の較差の問題。それは人間の意識の持ち方しだいで病気は早く治りもするし、その逆もあるようだと言ってよいように思います。ここに目を留めたのが、一時有名になった「脳内革命」や「快癒力」等の本です。
かつてノーマン・カズンズというアメリカの著名な編集者が頑固な膠原病になったとき、寄席や喜劇のビデオを買い込んでベッドに持ちこみました。そして、それを朝から晩まで見続けて、腹を抱えて笑ったというのです。すると、難病の膠原病が医師の見通しの三分の一の期間で治ってしまったと言います。二十年ほど前の話ですが。
かつて、生長の家の信者さんに、癌にかかった人がいました。その人が生長の家の教えにしたがって、すべてのことに「感謝します。感謝します」、と生活しているうちに、その癌がいっぺんに治ってしまったという事実がありました。この事例を当時、心療内科創始者の池見酉次郎先生がしばしば取り上げたものです。最近、私が「笑いましょう、笑いましょう」というのも、生長の家の谷口雅春先生の真似です。昔、生長の家の信者さんには本当に笑いの上手な人がいましたよ。
ここで分かるのは、自分で、自分の心を働かせて、自然治癒力を倍増させることが出来るということです。「脳内革命」の春山さんに従えば、エンドルフィンをたくさん放出させればよいのです。つまり私たちの意識を明るく楽しい方向に変えて行こう、ということに尽きます。
それは、自然治癒力を人間が自らの意識によって以前にまして倍増させようということです。
私は一昨年、東京の東急百貨店の書籍売場で、キャロル・ハーシュバという人と、マーク・イーアン・バリシュという人の共著の「癌が消えた」という本を見つけて買いました。いい本です。
この本のサブ・タイトルに「驚くべき自己治癒力」とありました。実は私はこの時はじめて、自己治癒力(自然治癒力ではない)という言葉にお目にかかりました。いい言葉だと思いました。
人間の自己の力で思考の方向をきめ、心構えを変えて、何事かを為す事によって、病気が治癒に効果的に向かうと言うのです。
これは実は、理屈はともかく、宗教的な、また修養的指導者たちが様々に、これまでもずっと奨励してきた方法ではありませんか。
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by hioka-wahaha | 2012-11-20 21:00 | 日岡だより

No.565 イエス様は癒し主 一、自然治癒力 2012.11.11

イエス様は癒し主  

   一、自 然 治 癒 力

聖書を開きますと、こうあります。
初め、神様が天と地を造られました。第一日から第六日までに、光や空や植物や太陽や月や、そして海や地上の多くの生物を造られました。最後に人をも造られました。そこで神様は、
すべてのものを見られて、「それは、はなはだ良かった」と仰せになったとあります。更に聖書の記事はこう続きます。「神様は第七日目には創造のわざをやめ、休まれた」というのです。どういうことでしょうか。
それは、つまり造られたもののすべてが完全であると認められたということです。そこで、造られたものの凡ては彼ら自身、自律的に自分で存在し、存在し続けることが出来ることになったという訳です。
生きているものたちは、彼らはすべて自分で活動し、種の範囲においては進化もする、そのような自動発展装置を神様がおつけになったということです。
ですから、生物すべては傷や病気を受けたとき、自分の内にある自律システムで治癒を行います、これを自然治癒力と呼びましょうか。
この力は地球上の生物全部に備わっています。もちろん人間にも十分に備わっています。ですから、昔から賢い医者は言ったものです。
「怪我や病気を治すのは皆さんの体の中にある自然治癒力ですよ。私 たち医者はその加勢をするにすぎません。傷に薬を塗り、包帯を巻き ます。しかしその傷を癒すのは自然治癒力です。信仰をお持ちの人は それを神様の力というでしょうがね」
などと。この力は生物すべてに平等です。ですから人間も生物の一つですから、すべての人に平等に働きます。善人にも悪人にも平等に治癒力は働きます。ちょうど、太陽の光と熱が、また雨や風が、善人にも悪人にも平等に与えられるのと同じです(マタイ5:45参照)。
しかし、ちょっと注意を要する点があります。一般の動物と違って、人間にはどうもその自然治癒力の働きに差があるようです。その人間たちの互いの品性や行為の善悪の差にはあまり関係が無いようです。しかし、人によって自然治癒力の働きに差があるのは、よく観察すると確かです。なぜでしょうか。要因はどこにあるのでしょうか。
そうです。その人の思考の傾向、態度、心構え、そういったものによって差が出るようです。気分の明るい人、積極思考の人は病気が早く治ります。逆に、神経質な人、消極的な人、愚痴の多い人は治りは、どうも遅くなることが多い。こういう傾向はありますね。<つづく>
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by hioka-wahaha | 2012-11-20 20:58 | 日岡だより

「満ちる」 その時(釘宮孝枝) 2012.11.11

その時 釘宮孝枝

忘れそうなので・・・書いておく
10月4日の深夜、救急車で運ばれた父は、ERのベッドの上で宣告された
「0時55分です」・・・

わたしは手を額においてすぐ祈った
この場に居ること、それ自体が主の憐れみと感じた

『イエス様、父の魂をあなたの御手にゆだねます』

父の魂が天国に行くことはまったく疑う余地もない
感謝と突然のことへの戸惑いが一気に涙になった

目をあけて、父の顔を見た
笑ってる・・・
口をおおきくあけて、笑ってる・・・
嬉しくて楽しくてたまらない、そんな顔をして、笑ってる・・・

「父ちゃん、なんでそんなに上機嫌なの?」
「イエス様と母ちゃんが手を引いてくれて、それでそんなに嬉しいの?」
「えらく上機嫌やねえ!」

納棺師の方が、顔に化粧をし、整えて下さったので
大きく開いた口は閉じられた
しかし、それでも、笑ってる・・・
パソコンで画像処理したかのように、目が、笑ってる・・・

わたしたちはいつも笑っていると、いつの間にか黙っていても
笑顔のときの筋肉がそのままで、力が抜けると顔は笑顔になるのか?
そんなことを思わされるほどの笑顔だった

前夜式、告別式は、葬祭場始まって以来の明るい式だったと係りの人が言う
他教会の牧師先生が吹いてくださった角笛に送り出されて
いざ、肉の凱旋!
造り出されたものに帰る!―――

――――――
今からの、新しい前進のために、このことを覚えておこう

私たちは生まれる前も、今も、これから先 天に帰ったときも
いつも変わらない主のものだと・・・
私はクリスチャン、キリストのもの!
イエス様と父にありがとう!
             2012.11.6記

キリストの福音大分教会は、今後、釘宮義人牧師の長女である釘宮孝枝が代表者となり、釘宮牧師の遺志を継ぎつつ新たな前進をめざしていきます。どうぞ祈り支えてください。なお、釘宮孝枝は11月4日、イエス・キリスト福音の群牧会長の永井明牧師より、当教会の牧会執事として按手礼を受けました。

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by hioka-wahaha | 2012-11-14 07:42 | 日岡だより