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No.564 肉体をとり給うイエス様(二) 2012.10.28

肉体をとり給うイエス様(二)  

 イエス様はここで御自分が来たるべきメシヤ(キリスト)であることの証拠にイザヤ書を引き合いにして病気のいやしを中心にして仰せられた。イザヤ書の同様の箇所をイエス様は故郷のナザレの会堂でも御自身の預言として語られたことも想起したい。(ルカ4:16~21)
 イエス様がこの地上に来られた最も重要で重大な第一の目的は「失われた者を見つけ出して救うためである」が、その手段は肉体を賭しての購いのわざの完成である。(もっとも私はその霊的戦いを重視するのであるが、それは又、別のところで述べたい)。
 この事はヘブル人への手紙第2章10~18節を読んでいただくとよく分る。特に次の言葉を挙げておきたい。
「(神がイエスに賜わった人の)子たちは血と肉とに共にあずかっているので、イエスもまた同様に、それらをそなえておられる。それは、死の力を持つ者、すなわち悪魔を、ご自分の死によって滅ぼし死の恐怖のために一生涯、奴隷となっていた者たちを、解き放つためである。(中略)そこで、イエスは、神のみまえにあわれみ深い忠実な大祭司となって、民の罪をあがなうために、あらゆる点において兄弟たちと同じようにならねばならなかった。主ご自身、試錬を受けて苦しまれたからこそ、試錬の中にある者たちを助けることができるのである。」
 (ヘブル2:13~18)
 ここにも表れているようにイエスのお仕事の第一は、民の罪のあがないである。しかし次に記されるところは悪魔よりくる死の恐怖、その力による奴隷の状態、さまざまの試練をイエス御自身の民の子らと同様の血と肉を持ち、同様の苦しみを受け、その苦難をとおして多くの子らを栄光に導くのは父なる神(の智恵)にふさわしいことである(ヘブル2:11)というのであるが、つまり約言すればイエスのお仕事の第一は人の子らの罪のあがない、第二は肉体のいやし、サタンからの解放ということでなかろうか。次はつい教義として上げないことが多いが第三としてあげたいことである。これも大切である。
 イエス様の地上での御生活をとおして次代の人々の模範とする。旧約聖書の律法や教えの中の廃するもの、新しい解説、又、イエス様の新しい戒めと教え、聖霊様について、又御自身の再臨についての約束、こういったことである。
 ともあれ、今回書いたことはイエス様は肉体をとっておられる神であること、その故に罪のゆるし、いやし、解放、地上の生活の模範、そういうことが可能であったということである。
 以上、私の試論である。
 
 〔終りに〕これは1995年4月5日より4月20日まで、約半か月入院していたとき、ベッドで書きつづったものの清書もせず、ワープロにもせず、むさくるしいままの私のごく内輪むきのエッセーである。
 文字がへたで、且つ見苦しいのは、私の最もつらい点であるが、それにしてはこの拙稿はよく書いてある方である。笑ってください。(95年5月4日拙宅にて記)
 
 
 〔先週と今週は、珍しく直筆で書かれた文章がコピーによる小冊子として残っておりましたものを、日岡だよりといたしました。終りに書いていますが、父は本当に字を書くことに苦手意識がありました。それこそいつもの信仰はどこに行ったの?と言いたいくらい、文字に関しては自信がなかったです。いっしょうけんめいの手書き文章をそれこそワープロ化してしまうのは多少残念なことでした(笑)。せめてタイトルだけでもスキャンして載せておきます。
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 さて、週刊の、印刷された日岡だよりはこれで最終号となります。今後は、過去に書かれた釘宮牧師の文章(タイプ印刷の時代のものなど)をワープロ化していくつもりですが、多少まとまってから印刷することにします。途中経過として、メルマガとインターネットでは今までと同様に週刊で公表していきたいと思いますのでお読みになってください。(釘宮せつこ)〕

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by hioka-wahaha | 2012-10-30 21:38 | 日岡だより

No.563 肉体をとり給うイエス様(一) 2012.10.21

肉体をとり給うイエス様(一)  

 復活されたイエス様のお顔や体のお姿には主をよく知っているはずの弟子たちを戸惑わせるほど、ずいぶん地上におられたときとは異っていたらしい。しかし又、小学校を卒業して後、久しく会わなかった級友もしばらく話していると「ああ、やっぱり君だなあ」と感嘆し、しかも会話がつづくうちに彼らしい人格の特徴もあらわれてきて、ひざをたたいて「ほんとうに昔の君と少しも変らない」というようになる。その頃に整形手術したのではないかと思うほどに変った彼の表情にも、また体のしぐさにも、まさしく彼だというようなその人の特徴を見出すのであるが、それと同じようにイエス様のご様子もあったようである。
 その復活後のお体は戸を閉ざされた家の中にも何の障碍もなく入って来られたり、また急に消えて行ったり、遠距離の移動も自由であられるようで神出鬼没、その辺はなんとも不思議であるが、しかし単なる霊ではない。
 イエス様は弟子たちにこう言っている。
「わたしの手や足を見なさい。まさしくわたしなのだ。さわって見なさい。霊には肉や骨はないが、あなたがたが見るとおり、わたしにはあるのだ」。(ルカ24:39)
 こうおっしゃってから、何よりの証拠という風に焼いた魚の一きれをとって弟子たちの前で食べられたとある。
 
 このイエス様は40日の後、オリブ山より天にのぼられた。その帰って行かれた天において、イエス様は今もその不思議なお体でいられるのだろうか。私は「そうだ」と信じている。
 インドの聖者(と呼びたい)サンダー・シングは彼の最初の劇的回心の時、地下室でパウロと同じようなイエス様との出会いをするのであるが、その時のことを彼は次のように証言している。
「私はこれまで何度も幻を見た(彼は毎日霊界に入った稀有な人である)、しかし最初あの地下室でお目にかかれたイエス様はけっして幻ではない。そのとき、主はまさしく主御自身、その肉体をもって来られたのである」
 ダマスコ途上でパウロに会われたイエス様もあるいは同じように肉体をもって現われなさったのかもしれない。それはともかく、
 私は三位一体の神の中で父なる神には体は無いと信じる(その点、私はベニー・ヒン先生と意見が違うのではないかと思う。どうも西洋の方は三位一体の神をバラバラに分けすぎる、三体一位的に説明しやすい。われわれ東洋人は逆に一つにまとめやすいであろう。言えば一体三現論になる)。
 父なる神にお体があるとすれば、この万物そのものが神の体と言えようか。この私たちの宇宙、もしありとすれば、その他の宇宙、そして「天の諸天」というようなあらゆる霊界と天界、それらを含めて全く何物もない無の世界、そこも神の「有りて有る」御存在の原質が満ち満つる世界が、神の体であろう。しかし人間の体と本人の霊との関係に似て、神の体は神の表現の一面であるが、その体が神なのではない、この最後の一句は大切である。(この神の体の論議は私の知的仮説であって、その正否に自信はない。今のところ、御言の保証も見当たらない)。
 体が無いということについて、聖霊様は更にまさしく霊的在り方をもって存在し、体は全く無いのだと信じる。
 しかしキリストは違う。初め、キリストは御言として神の前におられた(ヨハネ1:1、ここで多くの各国語聖書が「神と共にあった」と訳してあるのは重大なあやまり。神学的にも大事な切点であるが、この辺のことは又、別の機会を期待したい)。そして万物を今われわれが見る物質世界を創造された。そのとき、ご自身をも肉体的存在として造られたのではなかろうか。
 旧約聖書に見るエホバ(学問的にはヤハウェと申し上げるのが正しいのだろうが)の神はしばしば姿形を見せ、人の供えたものを食べておられる。この方こそ先在のキリスト様でなかろうか。(創世記18:1~8等)
 私はこのエホバの神様こそ「我は汝らを癒すものなり」と仰せられたことに感激を覚える。モーセは主の言葉を書き写すにあたって、決して神とは書かなかった、エホバと記したのである。
 「我はエホバにして汝らを医すものなり」
    (出エジプト記15:26下、文語)
 この辺から私の書く文章は強引で、決して定説ではないし、はっきり聖書に示されていることではない。それかと言って私の恣意な憶説でもない。私としては聖霊様の御啓導を感じている。
 イエス様のところにヨハネの弟子たちが来て、「待つべきメシヤはあなたですか、それとも他に待つべきですか」と師の問を伝えたことがある。その時の聖書の記事は次のとおりである。
「そのとき、イエスはさまざまの病苦と悪霊とに悩む人々をいやし、また多くの盲人を見えるようにしておられたが、答えて言われた、「行って、あなたがたが見聞きしたことを、ヨハネに報告しなさい。盲人は見え、足なえは歩き、重い皮膚病にかかった人はきよまり、耳しいは聞え、死人は生きかえり、貧しい人々は福音を聞かされている。わたしにつまずかない者は、さいわいである」。(ルカ7:21~23)《く》
(1995年4月記)
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by hioka-wahaha | 2012-10-23 16:47 | 日岡だより

No.562 無言の祝福、健康、豊かさの挨拶の祈りを送ろう! 2012.10.14

無言の祝福、健康、豊かさの挨拶の祈りを送ろう!   

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 これまで執り成しの祈りと思っていたけれど、そうではない。無言の祝福、健康、豊かさの挨拶を送るのだ。この無言の祝福、健康、豊かさの挨拶の交流が、互いの祝福、健康、豊かさの倍増を生むのである。挨拶の度に相手の手を握って祝福を祈り、具体的に健康や豊かさや、交わりの喜びの無言の挨拶を送るのです。この挨拶を送ると、その心はこちらに帰って来て、喜びや健康が当方に跳ね返って来ます。挨拶して送れば送るほど跳ね返ってきますから、当方はますます豊かになるばかりです。この無言の挨拶の握手を持って繰り返しましょう、これが幸福の生涯の秘訣です。《く》(2012.9.23.)



父は天国へ凱旋した  

10月5日、父は笑いながら天へと帰っていきました。まさに天国への凱旋でしょう!
90年のこの世の時を経てふるさとへ帰っていきました。

棺の中には贈られた花々と2枚の写真、・・・それだけを入れました。
一枚は四国の方が「先生が来てくださる時のために」と建ててくださっていた、ほぼ完成の家の写真。
もう一枚は家族で毎年旅行していたハウステンボスで母と二人並んで歩いている写真。
(これがまた何ともいえないほどほほえましい・・・)
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母の待っている天国へいそいそと出かけてしまった父。

この世には何の未練もない、走りぬく行程を走り抜いて
輝くイエス様の待っておられる天の住まいへと駆け上って行った父。

一気に・・・!

私にとっては、父は本当に信仰の父、また共に主の兵士として戦う信仰の同志でした。
父との関係がこうなるまでには、主のご計画が様々な形で
どれほど私を導き訓練してくださったことでしょうか。
ありがとう!

心よりイエス様に感謝!
大好きな父に感謝!      (あべたかえ)



釘宮義人の
《戦時信仰日誌》  (昭和二十年二月十六日起)
 
 七月九日 快晴
 母は勤労奉仕にゆく。私は一人家に残って黙想する。躰の弱い母が労働に行くのを黙って見送ってゐなければならぬ程に私の心はあわれにも傷いてゐるのだ。
 世習に對する我が弱さと、戀愛と信仰の動揺と、感情の浮沈と、
 凡てを捨てよ! 此の言葉が又もや私の心を打つのであった。
 あゝあまりにも基督者の自由に甘えすぎてゐたやうに思ふ
 私の生活はあまりに虚偽にみち、カモフラージュされすぎてゐる。もっともっと※○○でなくてはならぬ
 主に対し、肉親に対し、愛するものに対し、凡ての人に対し、もっともっと眞実で謙虚で犠牲的でなくてはならぬ。
 
 八月十五日正午 連合國共同宣言受諾の御詔勅、陛下御自ら玉音もて御放送あり。国民ひとしく痛憤と自責の暗涙にむせんだ大御心誠に忝けなし 
 
 神國であっても何であっても敗ける事はある・・・・・・これは傲慢な民族には大きい戒めでならう。
 
 あゝ然し我が民族に對する愁ひは今後益々大きい。自蔑と落胆と自棄と憤怒と憎悪と、あゝ、我々に負はせられる精神にして一つも良いものはない。
 忍耐とは何ぞ! 其れは宗教者のみが知る力だ。そして此の場合にのみ、力が正義であると云ふ言葉は正しい。          (終わり)
 ※・・・読み取れなかった文字
 
巻頭の一文は、日記のフォルダの中にわざわざファイルを改めて、このタイトルで父がワープロに残してあったものです。また、日岡だよりのフォルダには、9月14日付けで「人生最後に言い残したい言葉」というタイトルのファイルがありました。これは開けてみましたが中身がありませんでした。ここ一ヶ月の父の日記にはいつになく、思索の文章が多かったことを合わせると、天に帰る日の近いことをどこかで感じていたのかと思います。(せつこ)

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by hioka-wahaha | 2012-10-16 15:02 | 日岡だより

No.561 釘宮義人牧師の最近の日記 2012.10.7

釘宮義人牧師の最近の日記   

 ☆亡き父の信仰を頂こう
 ☆亡き母の愛に育まれよう
 ☆亡き妻の知恵に教えられよう
 ☆我が家系に確実なる信仰のリバイバルを起こしたまえ
 ☆説教だけは、一生懸命やろう。あとはいい加減でよい。
 ☆流されないこと、自分の道を行く、人生、すべてその覚悟!
 ☆時間が空いた時はすぐ、祈る、聖書、読書、手紙。
 ☆私の人生、信念のある人生を生きる。曖昧な生き方をしない。


2012年9月4日~(抜粋)

 フト気がつけば10時45分、何をぼんやりしていたのか、4時間も無為に時間を過ごしていたのか、悪い癖だ。
 いやいや、今の僕、何も考えないで、ただボンヤリしているなんて考えられない。僕はいつも何か考えている。しかし、いつも何か考えている、無駄な事ばかり考えている。それが僕じゃないか。
 僕に取って、緊急即時只今必要なことは、神に密着して祈ることだ。神より知恵を力を頂き、直ちに示されるまま実践することだ。時間の猶予は無い。お前の寿命はあと僅か、10年だよ。命を大切にせよ。
 主よ、何を為すべきですか。教えて下さい。今、何を為すべきか、それが分かりません。
 「主よ、今、私は何を為すべきですか。教えて下さい」。この祈りが目下の最大の私の務めだな、「今、私は何を為すべきか?」、この祈りを主に真剣に捧ぐべきなのだ。

 分かった。戦うべきなのだ。戦闘準備の掛け声だけは挙げているが、一向にたち上がろうとしない腑抜け者はお前だ。卑怯というよりは元々戦う意志が無いのだ、間抜けな平和主義者である。立ち上がれ、武器をもって立ち上がれ。武器とは御言と祈りと聖霊である。まず戦線に向かえ。御言を探せ、御言を得て従え。そして戦線に立て。
 「義人よ、今だ。立ち上がれ。遅れを取るな。主の時だ、戦いの時だ。主に福音ののろしを上げるのだ。」

 11時35分、入浴。
 ベッドに上がって寝転がっていたら、1時になっていた。起きてメモに書きつけた、「戦いののろしを上げよ。福音の叫びを上げよ。世に向かって戦闘ラッパを吹き鳴らせ。金と世の栄誉を求めることを止めさせよ。神の戒めとキリストの祝福の言葉を告げよ。神に従う時、世の栄誉と幸福を失うかもしれないが、それに倍する祝福と喜びと、力を得るであろう。何よりも内なる力と平安とである。何物にも負けない意志力と知恵である。」 1時20分になっていた、感謝して寝る。神様、休ませて下さい。世界と宇宙に平和と祝福を与え給え。
 同40分、思わず祈っていた、「主様、回心以来、さして失敗もなく、大それた罪を犯すことも無く、平安と歓喜の中に生きて来ました。感謝一杯です。これからも、これまで以上に祝福され、栄えある人生を送らせて頂けることを感謝し信じて祈ります。


 午前3時40分、「挨拶の度に相手の手を握って祝福を祈り、具体的に健康や豊かさや、交わりの喜びの無言の挨拶を送るのです。この挨拶を送ると、その心はこちらに帰って来て喜びや健康が当方に跳ね返って来ます。挨拶して送れば送るほど跳ね返ってきますから、当方はますます豊かになるばかりです。この無言の挨拶の握手を持って繰り返しましょう、これが幸福の生涯の秘結です。」
 これまで執り成しの祈りと思っていたけれど、そうではない。無言の祝福、健康、豊かさの祈りを送るのだ。この無言の祝福、健康、豊かさの祈り交流が互いの祝福、健康、豊かさの倍増を生むのである。



 それから、食卓前でボンヤリしていたでけだと思うのに、時計を見れば6時半、エッ、そんなに時間を喰ったのかと呆れてしまった。
 イヤ、何もしていなくて時間を空費してしまったというのではなくて、何も考えないで時間を空費してしまったことを口惜しく思ったのである。
 こんな事をあれこれ考えている内に、7時半になってしまった。あれこれ考えるのではなくて、「真に大事な事を」考えるべきなのだ。私の一番
「大事な事」は何か。「今、私は何を為すべきか」では無くて、「今、私は何を思うべきか」なのである。これが「一番大事な事」だと分かった。
 


 10時10分、入浴。
 風呂から上がって、11時少し前、食卓前にて、これを書く。「今、私は何を思っているか?」 即答、「ハイ、私の人生は私の目の前にあります。更に、これからの私の人生が始まります。凡ては私の責任です。然し、私の背後には主イエス様はが居られます。私は主様に委ねてお答えできます。主は今も、生きて居られる。凡ては主の御手にあり。今日も生きよう、主が居られる、と。この主様にあって、私の人生は万全です。アーメン!」 
 12時から1時20分頃まで、夢ではないが、夢のように、いろいろ思う意識の流れがあって、意識が高まった。文章に書けないが、気分が高まった。こういう意識の昂揚は何ものにも替えがたい価値がある。人間の値打ちが換わってくる。
 聖霊の働きだろうか。意識の昂揚が甚だしく、居ても立っても居られないという感じで、昂奮している。何かやりたい。思いのやりったけ、働きたい。活動したい。世に訴えたい。
 今、夜半を越えて1時55分だが、大きな変化が私の魂に起こりつつあるな、と思う。私の人格に強固な高まりが起っている。神様の押し迫りだ。感謝、感謝、言い表せない喜びがある。
 神様、有り難う御座います。今後、素晴らしいことが起こるでしょね。
祈りつつ寝ます、いやいや、寝て居れませんねえ。神様、感謝します。一切が変わります、神様が後押しです。私はただ、イエス様を信じて前進するだけ、全力を尽くすだけ。
 今、2012年9月25日午前2時過ぎ、この記録は生涯忘れ得ないであろう。私に取っては掛け替えのない経験である。大感謝! 大感謝! 
 午前2時20分、寝る。


 昼食後、何をしていたか、忘れたが、今は午後3時半。食卓前に居る。何も為す事はない。しかし何かを為すと言うよりも、何かを思い、何かを考え、何かを祈り、常に主と交っていたいのが、私の願いだから、私には、何の不足も、案じることもない、平安である。90歳の老人として、こんな幸福なことは無い。神様と、信徒の皆さんに愛され、護られて、生きている此の私は、世界最大の幸福者であることに間違いは無い。

 
 6時15分、再び教会に行く。携帯電話が見つからず、家に帰っても見つからないので、マゴマゴする。食卓前に坐って新聞を読む。
 7時、また教会に行く。一時、家に帰り、応接室でトミさんの写真を見て、感慨にふける。彼女の信仰とその愛情を忘れることは出来ない。私の生涯の想い出である。そして苦労をかけた先妻・寿美子のことを思い出さずにはおれない。トミさんを無理矢理に私の後妻に連れて来たのは正に彼女であったから。私たちの最高の幸福な結婚の恩人は正に先妻・寿美子である。こんな不思議な話しが又とあろうか。

 6時から7時頃まで、夢想すると言うか、自分の形を作って行く絵を描いていた。一種の人格形成の試みだろうが、興味深々、良い経験だった。
 7時過ぎから、瞑想する喜びを些か味わった。これからも試みてみたい。大切な試みだと思う。
 8時半、東の空に佳い満月の月を見た。
 9時半頃だったか、我が家の区画の一角を一周した。約20分? 心の印象としては日本を一周したつもりだ。日本を我が手に収めたい。この一周回路は今後ずっと続けよう。日本列島を我がものにするのだ。
 今後も、ずっと続けよう。10時15分、もう一度、日本列島を一周しよう。約10分だった。これは良い。今後もずっと続けよう。ひとり遊びだが、続けると、きっと良い習慣になるだろうね!
 10時50分、せつこが「お父さん、お風呂に入ろう」と言う。「そうだね」と、風呂にスイッチを入れた。20分すれば熱くなる。待って居よう。待つことは良いことだ。期待して、希望を持つ。この癖を心に着ける、常に前途に希望を持つ。目標を立て、前進し、到達を目差し、目標を達成する喜びを体験する、この体験を何事によらず擬似体験して、その達成感覚を記憶して置くのだ。20分たった、風呂に行ってみた、まだぬるい。待っている。目標を立てて、これを維持し続けることは大切である。これは習慣づける必要がある。意志の持続である。こうして一々理屈つけているのは我ながら可笑しくなるが、可愛いくもある、良し良し、しっかりやれ。良い癖をつけることだ。
 風呂には入ったのだろうが、それは忘れてれている、ともかく11時を過ぎて、一旦寝たのだが、1時50分、目を覚まし、起きてしまった。この時、せつこがまだ起きていて、声を掛けてくれた。食卓前でじっとしている。
 夜半2時すぎ、ふと窓を開けて外を見ると、我が家の街灯の教会の表示看板の輝きが嬉しい、感謝! さあ、寝ろうと思って、寝る前の祈り。「日本の祝福、世界の平和、宇宙の完成を祈る」、内村先生の晩年の祈りの真似だが、こういう祈りの出来ることは嬉しい。


2012年10月1日(月)
 何時に起きたかなあ? 多分、5時には起きて早天の祈りを済ませたはず。それから、朝の食事をし、午前、午後を過ごしてきている。今、5時35分、誰か知らないが、女性の声だ、「悪霊追い出して下さい」と電話してきた。祈って上げたが、終わった後で、どんな人か分からない。実に気になる。こういう人は電話でなく、実際に教会に来てくれると良いなあ。今度は、そう勧めよう。


2012年10月4日(木)
 5時頃から、目は覚めていたと思うが、8時になってやっと起きた。
同15分、会堂に行き、早天。

 10時半、祈祷会。

 私は信仰の集団より飛び出して、身軽なクリスチャンになりたい。そういう人を無教会主義者と言おうか。私もその一人だ。とは言うものの、私はキリストの福音大分教会の牧師だから、矛盾するが、仕方無い。



〔父は2012年10月5日午前0時55分、天に帰りました。90歳でした。その日まで祈祷会でメッセージをし、普通に食事もとり、その夜、風呂に入っておそらくすぐの時間と思いますが、湯船の中で心停止しました。生涯現役、キリストの弟子の人生だったと思います。釘宮せつこ〕
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by hioka-wahaha | 2012-10-09 20:07 | 日岡だより

No.560 信仰とは明日を神に待ち望むこと 2012.9.30

信仰とは明日を神に待ち望むこと 

 昨日は既に過ぎ去りました。最早、ありません。明日はまだ来ていません。何もありません。今在るのは、今だけ!
 とは言え、過ぎ去った凡てのことは漠然とだが心に残っています。いえいえ、何もかも忘れやすい私たちですが、それでも潜在意識の何処かには何かが残っているでしょう。それが私たちの魂というものです。
 私たちは、よく心と呼びますが、心は一般に「思い」のことですね。しかし、思いを動かしている底にある力は「魂」と呼んで良いでしょう。そして魂のもう一つ底にあるものを「霊」と呼ぶことができると思います、どうでしょう。
 人間一人一人の、それぞれの意識の奥底にある「自己」あるいは、「自我」と言いましょうか。それは、どなたでも試みて下さい、その「自己」と言うか、「自我」と言うか、その「己れ」自身を探ってみると捕まえどころが無くなります。スルスルと逃げて行ってしまう。まことに掴みにくい。確かに現にここに在る自分自身なのだから、ここに自分の肉体が在ることは間違いないのだが、その自分の意識があるだけで、自分自身の存在を把握しにくいのが実に不思議です。
 これは何だか言葉のやりくりで皆さんを迷わせているようで申し訳ないのですが、お互い自分自身の内側を探って行くと、こういうことです。昔の日本人は、「心とはココロ、つまりコロコロと申し、掴みにくいもので御座る」と言ったものです。
 この掴みにくい心の奥底にある真の自我、それが魂、もっと深く求めれば「霊」ですね。これが本当の「自我、己れ自身」です。この「掴みにくい」ということを、言い直せば、「無」ということでしょうね。人の霊は無の状態ですから、把握しようがありません。掴みどころが無い。それが、人の霊です。
 勿論、神様の霊もそうです。聖霊様は言っては失礼ですが、掴みどころが無い。しかし、力がある、宇宙全体に満ち満ちている。その神の霊が、人の霊にちょっとでも触れると、大きなことが起こる。最初は小さな接触かも知れませんが、最後には偉大な結果を来たらすのです。
 信仰の最も貴重な恩典も、最初はこの小さな「神の霊との接触」だったでしょう。しかし、最後にはこの偉大な偉大な結果をもたらすのです。
 信仰とは、何かの信念らしきものを持つことではありません。神の霊に触れることです。自分の人間的決意で信念を握るのではありません。神の霊に触れるということ、それは如何にして起こり得ますか。先ず第一番は神様ご自身が私たちに臨んで下さることです。そして、あなた自身がそれを切に望み期待して、祈ることです。《く》



《戦時信仰日誌》 (昭和二十年二月十六日起)
 
 使徒行傳第十六章に於けるピリピにてのパウロ及びシラスの迫害の記事は我らに多くのことを教へる。
1.衆俗が使徒達に害を加へるのは利を得る望のなくなった故である
2.獄にても何處にても神を讃美せし使徒達の美しさ
3.早くも、主の恩寵が示されし事
4.また、たゞ使徒達の讃美を聴いてをった囚人らにも同様の恩寵があたへられた事
5.事態の急を見て、自決せんとせる獄守の真剣さと絶望と
6.逃げたと思った者がこゝに在る、追ふより先に、却て自分に呼びかける、「我らみなこゝにあり」と
7.然して守伏す態度がなければならぬ。そして我ら何と為すべきか
8.何を為すべきかといふ問ひに対して使徒の答へは「信ぜよ、たゞ信ぜよ」である
9.然し、信ずるには先ず語られねばならぬ。決して我らの直観によって、亦思索によって、求めらるべきものではない
10.見よ、信ぜしのちの彼の行動を見よ。我ら何を為すべきかの答へを。今彼自身がはっきりと示してゐる
11.全家と偕に、然り全家とともに神を信じた
12.信じて喜びたる美しさよ
喜びなき信仰といふものはあり得ない。眞の信仰は常に喜びをもたらす

 若しも我々の感情によって我々の信仰が左右されるのであれば、誠に我々の魂は危険な位置にあると云はねばならない。
 我が感情に関係なく、主よあなたの眞実により、我らが救ひの完成さるゝことを信じ得るを感謝致します。
 神よ、常に我が弱き魂を守り給へ。あなたに従ふ事を得せしめ給へ。
 (つづく)
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by hioka-wahaha | 2012-10-09 20:01 | 日岡だより

No.559 永井先生と野津町へ 2012.9.23

永井先生と野津町へ  

 先週の木曜日、永井先生がいらっしゃいました。翌日の金曜日、宮崎から高森先生もいらっしゃり、ご一緒して野津町に行ったのです。丁度、その週の月曜日の新聞に「野津町の幻?キリシタン墓地」という記事が出ていたからです。
 私にはこの野津町は小さくない想い出のある町です。それは秦さんという篤信の兄弟が居られた土地だったからです。私はよくその兄弟のお宅を訪問したものでした。この兄弟はその後、神様からのお示しを受けて、南米アルゼンチンの日本人移民のクリスチャンを応援したいという思いにかられて家族を連れて旅立ったのです。そういうこともあり、
 私はなぜか何時も、野津の町が気になっていたのです。そこへ、その野津の町が「幻?キリシタン墓地」と新聞の記事に出たものですから、私は矢も盾もたまらず、野津に出かけたのです。
 不思議にも神様が人に出会わせてくださり、速やかに町役場の方に応対していただけましたが、シートをかぶせた状態で、ふだんは公開していないとのことで残念でした。(公開日は大分合同新聞に載るそうです)
 あの町の国道の脇には、かつて「キリシタン記念館」があって様々な遺品を展示してあり、熱心な牧師先生がたをお連れしたこともありました。現在その建物はありませんが、そのことも尋ねるとキリシタン墓地とあわせて将来展示される予定らしく楽しみです。
 大分県にはキリシタンに関する古い情報がもっと沢山隠されているのではないかと思います。皆さんのお宅の古い家財道具、ご先祖さんからの残された物の中に何か、ありはしないでしょうか。
 私の家などは父の代で分家していますので、代々の古い家財道具など、何もないのですが、ずっと本家で続いておられるお宅などでは、一度お調べになると意外な収穫があるか知れませんね。
 それは兎も角、野津のキリシタン墓地の新聞記事などをお読みになって、皆さんの記憶に残して置いて頂きたく存じます。いつか、是非みなさんとご一緒に野津の町に行って見たいですね。《く》



《戦時信仰日誌》 (昭和二十年二月十六日起)
 
 限りなき愛よ! 聖き愛よ
 赤き血したゝる十字架の上に
 人の罪を負ひ給ひし主の愛よ
 自ら捨てられ給ひし主の悩みよ
 自ら撰び給ひし主の死よ
 死よ死よ、それは如何なる死か
 死は死によりて滅され
 罪は死によりて力を失った
 罪人よイエスよ、おゝキリスト、我が主よ
 聖者! おゝ我、此の罪人

 聖き光よ、愛の輝きよ
 宇宙の凡てをかたむけつくしても
 おほふことの出来ない此の悲劇よ
 悲惨、凄惨、痛恨の極みよ
 今死に給ふ罪人イエス
 あゝ神我と偕に在し給ふ
 その十字架よ、血汐ながるゝ十字架よ
 ゴルゴタ、ゴルゴタ、
 ゴルゴタの丘
 全宇宙の悲痛をのみほして
 あゝ聖き光よ、愛の輝きよ
 ゴルゴタの丘にみちあふる

 活き給ふ主よ
 今も活き給ふ主よ、永遠に活き給ふ主よ、
 我がいのち!

 心の中にキリストを主と崇めよ、また汝らの裏にある望の理由を問ふ人には柔和と畏懼とをもて常に辨明すべき準備をなすべし、
 
 願はくは主よ、あなたの賜はりし自由によりて人をつまづかせることなきよう、此の弱き僕を導き給へ
 
 主よ常に自ら罪人なる我を自覚せしめ給へ。
 眞の謙遜は常にあなたにのみあります。
 願はくは主よ!その自らも知らざるへりくだりをおあたへ下さい。
 
 
 主在し給ふ我らと偕にいまし給ふ
 主在し給ふ罪人と偕にいまし給ふ
 主よ罪人イエスよ、おゝキリスト
 我が主よ我が友、極悪の友イエスよ
 
 些さゝかの事に心乱れ、あまつさへ周囲の人々にその惑乱を影響させるは恂(まこと)に恥しいことである。然もこの恥辱にともすれば陥り勝ちなる我を如何としよう。
 (つづく)
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by hioka-wahaha | 2012-10-02 17:43 | 日岡だより