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No.481 地震は地新? 2011.3.27

このたびの東北地方太平洋沖地震により被害にあわれた方々へ、お見舞い申し上げます。同時に、神様の深い憐れみと慰めがありますようにと切に祈ります。
なお、当教会に託された義援金を、日本国際飢餓対策機構(郵便振替 00170-9-68590)に送らせていただきました。個人で送られる場合は「東北地震」とご明記ください。
活動状況http://www.jifh.org/hungerzero/news/cat-11/


地震は地新? 

 日本の古い本を読むと、「地震は地新」と書いてあるものがある。
 地震で世が変わるのだ、ということらしい。革命を期待している不平分子の欝屈気分を地震が代弁しているのだと言うのである。
 それほど強烈な意志ではないにしても、「ああ、もう飽き飽きした。なんでもいい。少しは、この世、変わらんかいな」というような庶民のつぶやきに答えて、大地の神様が身をゆすぶって見せるのだという。
         *
 聖書では、イザヤがエルサレムに対して預言する。「万軍の主は雷、地震、……火をもって臨まれる」。(イザヤ29:6)
 神様が都市や人に対して、警告し、責める時に、用いられる御道具をここに書いてある。日本の古いことわざに似ているですね。
 言わく。「怖いものは何か、地震、雷、火事、親父」
 今、日本国家と日本人民に対する神様の戒め、警告として、私は今回の東日本の地震を受けとめたいのである。《く》


瀆神的信仰ですが 

 「語りしことを封じて、書き残すな」(黙示録一〇の四)
 という聖書の言葉は、若い時より私の心をひく言葉であった。それはパウロの言う「言い得ざる言葉、人の語り得べからざる言葉」(コリントⅡ一二の四)というのでもあろう。それとは遠い「時」が来るまでは秘密にされるべき内容の言葉のことなのだろうか。
 山上の変容のあと、「山をくだる時、イエスは彼らに人の子の、死人の中より復活するまでは、見しことを誰にも語るなといましめ給う」(マルコ九の九)とある。
 目の手術をしたあと、良くなってホータイを外してもしばらく明るいものを見ず、うす暗い部屋で目を慣らさねばならぬ時期がある。神の真実をしばしば人の目、人の耳よりかくさねばならぬのは、神の愛である。
 目が太陽の光を直視できないように、直視できかねる神の言葉がある。「時」が来るまで待つしかないのであろうか。
 歎異抄の最後に、蓮如が「この書みだりに他見を禁ず」と奥付したのも意味がある。「善人なおもて往生を遂ぐ、いわんや悪人おや」などという言葉は、蓮如の時代には封じられるべき言葉と思えたのかもしれない。
 プロテスタント的絶対信仰論が、道徳破棄論につながるとして当時のカトリックのまじめな人々に批難されたのも幾分の意味はある。「律法」の時代において「福音」は封じられたる言葉であったのである。
 近世より現代にかけて、科学が宗教のベールをはいできた。宗教が神話と伝承の中にとじこめていた真理―――語るべからざる事を科学が処女の衣をはぐように取り去って見せたと言える。地動説然り、進化論然り、唯物論然り、素粒子論然り、生化学然り、―――今は科学者の方が宗教家よりもずっと預言者らしく見える。
 さて、キリスト教の世界にペンをもどすと、二十才頃の私は、万人救済説など語るべからざることの最たるものだろうと思っていた。今になっても、当時の私の想像は凡そ当っていると思う。そういう、汎神論的、東洋的思想が、聖書に於ては、今にも出て来そうで出て来ない、言うに言われぬ真理の一言ではないかと思うのだが、どうであろうか。
 聖書やキリストの名称などクソくらえといった乱暴な議論が、キリスト教界でまかり通る筈もないが、それは然し、もうぼつぼつ明かしてもいい真理、すでにその時は来ていると思うのだが、どうだろう。
 こういう、バチ当りで破壊的な意見は、聖書の強いバックが無ければ、恐ろしくて決して言えない。ルターやシンラン以上に勇気を要することかもしれぬ。
 「これは神を瀆す言葉だ」
 と言って批難されたのは、まずイエス御自身であった。故に「瀆神家」と呼ばれて恐れることはない。私は、いわゆるキリスト教はパウロが最高だと思う。ヨハネはキリスト教を少しぬけていると思う。イエスがエホバ神を脱けて「父なる神」と呼んだように、ヨハネはイエス・キリストを脱して「生命のパン」を見ぬいていたと思う。私どもはヨハネの進んだ道を更に進んで、神と共なるロゴスにふれる、その世界はキリスト教も仏教もイスラム教も無い。万有は帰一する事を信じたい。このような信仰はしばしば、非道徳、あいまいモコ、怠けものの信者をつくる。そうであってはならない。キリスト教のもつ人格神との交わり、高い倫理感、歴史観、果敢な人類愛が、益々発揮されねばならない。
 聖霊、それを成し果たし給わんことを。
 キリスト霊の臨在・盈満はもっともっと求められなければならぬ。そうでなければこんなキワドイ、剣が峯をわたるような信仰が保てるわけがない。(1972.6.24「大分通信」より)
 (「こうすれば信仰がわかる」に収録)
 

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by hioka-wahaha | 2011-03-29 12:54 | 日岡だより

No.480 被造物はうめいている! 2011.3.20

(震災に寄せて)
被造物はうめいている! 
                                 阿部たかえ

 私たちは神様の創ってくださったものをどれくらい愛してきただろうか。
 聖書は「自分を愛するようにあなたの隣り人を愛せよ」というけれど、私は、この地球を空を大気をそしてこのすばらしい宇宙を、小さくは鉛筆ひとつ、蟻だって・・・・愛してきたのだろうか。愛しているだろうか。
       
 神様は創造の冠として被造物を治めさせるために人をつくった。しかし人は罪をおかしてしまった。もう神様は人を捨ててしまったか。そうではない。
 神様は私たち人間に生きる道をつくってくださった。
    
 多くの犠牲者、行方不明者、多くのひとの心をも痛めてしまった今回の東北関東大震災は、この地球や人間すべての生き物の叫びにも思えてくる。
 私たちには、なすべきことがある。心を合わせて祈ろう!
 いつだって、どんな苦しい時だってイエス・キリストはとこしえに変わらない。
       
 今苦しんでいる被災地の方々のために、命をかけて働いている人々のために、原発のために、
私たちの地球のために、愛をこめて、思いをこめて皆で祈りましょう。
 人知ではとうていはかり知ることの出来ない神の平安が被造物すべての心と思いを守ってくださることを確信して!  
 
 
 
  宮城県大衡村のゴスペルタウン(拡大宣教学院および東北中央教会)、いわき市のいわきホームチャペルの皆さんはご無事だそうです。
 ゴスペルタウンは倒壊は免れたものの建物がかなりの被害を受け、まだ水道・ガスが復旧していません。それでも、井戸があり近所の皆さんのお役に立つと喜んでおられます。いわきホームチャペルは、信徒の皆さん、金本牧師御家族も避難されたとのことです。それぞれ多くの祈りと支援を必要としています。ご協力ください。
お問合せ先 クロスロード・ゴスペル・チャーチ
TEL 0942-84-1741 FAX 0942-48-0203
郵便振替 01730-1-64390
 
 
 
 
 わが信仰の射程 

 本当の信仰とは、ある特定の神様を拝んだり、ある特定の教義を信じたり、そんなことではない。
 ホンモノの信仰を持った人が、ある特定の神様を拝みある特定の教義を信じているというとき、それがホンモノの信仰ではなく、その信者さんの心の中に起っている或る「事実」がホンモノの信仰なのである。
 その「事実」とは何か。
 イエスが「神の国」と呼んだ、使徒たちが「イエスの復活」と呼んだ、又教会が代々「聖霊」と呼んだ、その事実である。
 教会はそれを神話的教義で粉飾した。しかし、又、その粉飾された華美な教義より代々の聖徒たちが、ホンモノの「事実」を掴んだ事も事実である。
 私はキリストの十字架を信じる。しかし、私はキリストのあの木の十字架が、オマジナイのように私を救うとは信じない。ある人にとり、あの十字架像が、オマジナイのように効いたことは事実であるが、その事実の源泉は実は十字架にはなく、「神の真実」にある。私が信じるキリストの十字架とは、神の捨身の愛である。捨て身の愛、身代わりの愛は生命界をささえる法則である。その法則は、法律のような冷たい公理のようなものでなく、血も涙もある人格的法(カルマ)である。
 自然界における最高の進化の姿は「人格」である。故に宇宙の終局像は少なくとも「人格」以上のものである。人間もしくは人間以上のものでなくてはならぬ。故に、もしありとせば人間を救う最高の法(カルマ)は人格的なものである。その人格的法(カルマ)が百%化身する時、イエスという方になるのである。
 これが私のキリスト教である。私のキリスト教は、キリスト教という名前も、イエス・キリストも聖書も教会も必要としないキリスト教だ。
 さよう、必要としないけれど、私は神を呼ぶ時やはり「イエス・キリスト様」と呼ぶ。彼を通して拝する神が私にとり最もぴったりする本当の神の姿なのである。
 同時に、私は聖書も教会も破棄しようとは思わない。そんな事を言うだけで「バチ当り」のような気がすると言うのも偽りのない処だ。
 キリスト教も聖書も教会も、教会の信者さんが言うほど百%完全なものと私は思っていないけれど、しかし、いかに欠陥が目についても子にとり親は尊敬と愛の対象であるように、私にとりキリスト教も聖書も教会も神聖である。
 キリスト教は、天才民族のユダヤ人が造り出した宗教だから尊いのではない。キリスト教は優秀なヨーロッパ民族が伝えてくれた宗教だから立派なのでもない。キリスト教の神聖さはキリストの人格にある。それは人格というよりも神格的実存と云うべきもので、それを聖書は永遠の生命という。神のイノチである。その神のイノチが、イエスという方に純粋に、まじり気なく、大らかに堂々と表わされている。
 人間は水を必要とする。水は人を生かす、砂漠で渇いた人にとって泥水も、彼にとりありがたい水であろう。泥がありがたいのではない。泥に混じった水がありがたいのである。その水が人のかわきをいやす。水は純粋に水である。泥の中にあっても水は誤りなく水である時、人をいやす。キリストの魂は生命の水である。イエス・キリストにはその生命の水が、よごれる事なく、にごる事なく、つきる事なく、豊かに溢れていた。
 「我に来たれ」
 と仰せ給うイエスの中には、そのような豊かな生命が溢れていたのである。
 キリスト教をしらず、歴史のかなた、或いは辺境に、或は共産主義国家に生れて他の宗教、或は他の思想に生きる人であっても、キリストという名前は別にして、その生命にふれる人は永遠の生命を持つ。
 ロケットを駆って、他宇宙に行き、人間の形とは全く違った知的生命に会うかもしれない時、私達がそこで伝えうる真理は、そういう人間(ひいては物質、存在のすべて)の背後にいます人格的永遠の生命(これぞキリスト)についての事しかないのではあるまいか。
 宗教のエキュメニカル運動(ゆくゆくは汎宇宙的に)は、ここに目をとめなければ、所詮一宗派一セクトの城がため作業になってしまうであろう。
 (1972.6.24「大分通信」より)
 (「こうすれば信仰がわかる」に収録)


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by hioka-wahaha | 2011-03-22 10:59 | 日岡だより

No.479 地震は国や、国民に対する警告である 2011.3.13


【このたびの東北地方太平洋沖地震により被害にあわれた方々へ、お見舞い申し上げます。同時に、神様の深い憐れみと慰めがありますようにと切に祈ります。
なお、当教会に託された義援金を、日本国際飢餓対策機構(郵便振替 00170-9-68590) に送らせていただきます。】

地震は国や、国民に対する警告である 

 「地震は国や国民に対する警告である」と言うと、そんな言い掛りをつけるなと、反問されそうである。しかし今、この日本に日蓮さんが、もう一度生まれて来たら、それどころか、もっと厳しいことを言うと思う。
 聖書を開いて見ても、地震は預言者たちの警告や、世紀末というような厳しい時代や、堕落した世相への神の批判として受け取られていることが多い。
 今回の東北地方太平洋沖地震は旧約聖書の預言者をまねて、その観点で受けとめてみよう。現時点の日本を見据えると、正に「そうです、そのとおりです」と謹んで答えたくなるではないか。
 大事なことは、現在の政治家や官僚諸君を批判するのではなくて、私たち国民自身が自ら反省して、この愛する自分の国を如何に愛し、如何に支えていくか、である。《く》
 

賜物なる「回心」を求めよ 

 私の父は旧制の中学校も中途退学らしく、ある意味で我が侭な人だったらしい。家に財力もあったし、祖父の理解もあった筈だ。しかし、学校が嫌になったのであろう。その辺の機微は私は知らない。
 父に最も恩義を感じるのは、父が本当の信仰を教えてくれたことだ。尤もそれは直接にではない。母を仲介してである。それはこういう経緯である。
 母がよく語ってくれた。「私は一生懸命お父さんに仕えた。聖書にあるとおり、妻は夫に仕えよとあるでしょ、そのお言葉に従って私はお父さんに、お仕えしたのよ」
 私は母の言うことは本当だろうと思った。母は嘘をつく人ではない。
 「そうしたら?」と私は母に尋ねた。
 「そうしたらね。お父さんは私にこう言ったの。お前が私によく尽くしてくれることはよく分かる。お前のような嫁さんは世間にいないだろう。有り難いよ。しかし、たった一つ足らんことがある」。
 母はびっくりして尋ねたそうだ。
 「何よ、たった一つ足らんものって」
 母が勢い込んで尋ねると、父が言う。
 「あんたは細君としては最高だよ、よくしてくれるね。しかしね。たった一つ足らないのは、イエス様が分かっていないということだ」
 父としては、思い切って口にしたことであろう。母はビックリしたし、腹も立ったし、そして不可解であった。
 「私がイエス様が分かっていないって?
 そんなことあるものですか、私は宇佐郡の田舎だったけれど、中津(それ、福沢諭吉の出身地)から毎週教会の牧師さんが来てくれて、聖書の勉強をしてきたのですよ。もちろん牧師さんのように詳しい訳じゃないけれど、イエス様のこと、知らないなどということありませんよ」
 と食い下がったらしい。
 父は笑ってお茶を濁したという。このことは、後に私は直接母から聞いたのである。
          *
 私の父は早く天に召された。昭和五年三月十二日、私が七歳の時だった。
 私の親族の者たちが私に言った。「お父さんはね、隣の部屋にふすまを開けて入って行くように、天国に行ったよ」
 その時の、父が肉親の者たちとのお別れの集会をして、数日して天国に召されて行った当時の様子を私は子供ごころに覚えている。
 「僕もあんな風に死んでゆけるかなあ」
 と思ったものである。
 父の私に対する愛情は私には心に染みるように分かっていた。この父が私たちを地上に残して死んで行こうとしていることも分かっていた。
 しかし、私は悲しくも淋しくもなかった。父は死んでも、ずっと私たちと一緒に居てくれると思いこんでいたからである。
          *
 父が死んで、母は未亡人として賢く生きてくれたと思う。その理由というか、母が立派に生きてくれた訳は、実にその信仰にある。
 私が、もう十五、六歳の少年の頃だった。ある頃から、母が毎朝、散歩に出るようになった。そして半年もした頃、母は顔を輝かして帰って来た。
 「義人、義人、神様が分かったよ、いつも私たちと一緒に居られるイエス様だよ」
 と私を抱きしめるようにして言うのだ。私は興味をもって母を見つめた。母は言う。
 「今朝、大分川の岸べで祈っていたのよそうしたら神様が私に『お前を愛しているよ』と言うのよ。神様のお言葉よ、私はびっくりしちゃって、川辺の草むらのなかに座りこんじゃった。有り難い。嬉しい。こんな素晴らしい、嬉しいことはない」と叫ぶように言う。
 後で考えると母は、その頃、ある伝道団の講義を読んでいた。その中に信仰の確信を頂く秘訣を書いた記事があった。その記事が幸いしたらしい。信仰が一挙に与えられたのである。「回心」であった。
 回心とは単なる「悔い改め」ではない。私が言う回心は一つの聖霊経験としての賜物である。真実に内なる魂がイエス様を受け入れ、神様に向かって魂の方向を変える一瞬、そういうことが起こる。回心である。この回心は人の努力ではない。神様の恩寵、聖霊様の働きである。信仰が本当に人の魂に生まれる、奇しき賜物である。《く》 
 
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by hioka-wahaha | 2011-03-15 14:29 | 日岡だより

No.478 「空腹療法」って何でしょう? 2011.3.6

「空腹療法」って何でしょう? 

 石原結実という先生が「空腹療法」という本を書いています。その副題には「一日一回おなかを空かせば病気も治る」とあります。言い直せば、「断食をしよう」ということのようですね。
 普通断食と言えば、2日か3日は食事はしないのですね。私は若いときは、断食しました。健康法でなくて、信仰のためでした。
 カトリックでは断食を信仰のための修業の一つとして、苦行を認めているようです。私は信仰のための「苦行」という考えは好ましく思ってはいないのですが、信仰を深めるための断食ということは有る筈だと思っています。
 慣れない人には、確かに断食は苦しいかと思います。しかし慣れてくると断食はすがすがしい気持ちの良いものになります。勿論、とは言え、慣れても、断食を始めて最初の2日、3日は、いささか苦しいものです。しかし、それからは随分心が軽くなり気持ちが良くなることを知っていますから、それを期待して、気分は爽快なんです。
 つまり登山などで、最初の間はちょっと辛いけれど暫くすれば、爽快な登山気分を味わえることを知って居ますから、気持ちよくサッサと歩いて行きます。断食もそういう風に楽しく迎えられるものです。
 とは言っても、断食も20日、30日と続くとやはりきついのはきついです。私は40日の断食の後、そのまま食事もしないまま、大分県の国東(くにさき)半島の山道を登り、その果ての国東港まで歩いて行って、そこで瀬戸内海の海景色を満喫したことがあります。《く》
 

さて、その断食の結果 
 
 いや、実は途中の山中で、ある信者さんの家を訪ね、そこで休憩させて頂いたのです。私の知らぬ間に、そのご家庭の奥さんがせっせとご馳走を作ってくださった。そして、「さあ、先生、お食事をどうぞ」というわけです。
 「いやいや、折角のご馳走ですが、食べることはできません。ごめんなさい」
 とお断りするのですが、分かってもらえません。
 奥さんのお考えでは、「40日もご飯を食べていなければ、さぞかし先生、おひもじいでしょう。さあさあ、田舎の料理ですけど我慢して食べてください」と、奨めてくださるのです。さあ、私は困ってしまいまいました。
 40日も食事を入れていない胃や腸に、いきなり固いご飯を入れては、胃腸は大被害、早速、胃痛と大下痢の症状が起こることは必然です。
 そのことを私は一所懸命に説明するのですが、よく理解できないみたい。私がただただ遠慮しているように思えるようです。そして、その姉妹は熱心に「先生は40日も断食してなさるんでしょう。このうえ断食を続けては死んでしまいますよ。田舎の料理でお口に合わないでしょうが、どうかご辛抱なさって食べてくださんせ」と言うわけです。
 私はこの奥さんの愛の真情を断るには忍びなくなりました。極端に言えば、ここで固いご飯を食べて胃や腸を壊し、下手をすれば死ぬような目に合わないとも限らないが、この奥さんの愛の志にはお答えしたい。そう思って差し出された御馳走を口にしたわけです。口から胃に下って行くとき、喉や食道の反応はゴツゴツとして私の心配を更に増し加えました。しかし、
 胃の中に食べたご飯が収まったと思えた時、なんとも言えない幸福感が涌きあがってきたのです。
 ただの「おいしい!」なんかじゃない。凄い満足感が口の辺りに漂うのです。私の顔がニコリとします。思わず叫びました。
 「奥さん、有り難う、おいしい!」
 私の目には涙が溢れていました。見ると、その奥さんも泣いていました。
 後に人に話すと、私が死ななかったことは奇跡だと言われたりします。本当に不思議なできごとでした。
 そのお家は何というおうちだったか、今になっては全く分かりませんし、第一、二度そのお宅に行こうたって、国東半島のど真中みたいな森の山のなかにたった一軒建っていたお宅なんです。どうして、あのような出会いができたのでしょうか。恵まれた、感謝の声が今でも私の心に涌き起こります。たぶん、もう50年程前の恵まれた体験です。《く》

 
キリストの完全 

 キリストの完全とは、イノチの完全です。神のロゴスの完全です。規格にはまらぬ自在な創造的自発的個性的完全です。このキリストの完全を、我が心に迎え入れようではありませんか。このキリストの完全が私の内に住まわれると、私は完全なる「私」となります。それは、いわゆる聖人・君子・英雄風の完全でなく、「私」独特の完全であります。私が本当の(本来かくあるべき)私になるのであります。
 よき栄養物を取り入れると、肉体は立派な肉体になります。よき栄養物は姿をかえて肉体の新しい形成物となります。同じように、日毎の御言と祈りは、私の霊的形質を日毎に組成し、古きを捨てさり新しき生命を生みます。この内的生命を完全なる姿に成長せしめるには、目標と鍛錬がいります。
 目標は「神の全きが如く全かれ」ということです。この目標を心にとめて、心と精神と思いと意志力における鍛練を必要とします。型に流し込まれた豆乳がニガリで固まってトウフになるように、目標という型に流しこまれる日毎の霊的糧が、ニガリという日常、非日常の鍛錬によって「キリストの形の成るごとく」光栄ある人格に形成されていきます。
 右のような比喩のさい、冒頭で申しましたキリストの完全とは、豆乳の完全さを言います。材料としての原質の良さです。トウフのイノチです。私という新しい人間の、これから生長して行くべき材質はキリストのイノチであります。イノチはイノチとして、それ自体が完全であります。それがキリストの完全です。その完全を私の内に迎え入れましょう。私は第二のキリストになるのです。(一九七二・六・一八)(1972.6.24「大分通信」より)
 (「こうすれば信仰がわかる」に収録) 
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by hioka-wahaha | 2011-03-08 13:13 | 日岡だより

No.477 二・二六事件を知っていますか? 2011.2.27

二・二六事件を知っていますか? 

 昨日が2月26日だった。私は、この日を迎えると自然に二・二六事件を思い出す。昭和11年2月26日、一部の青年将校たちが1400人余の兵卒を引き連れて、当時の総理大臣や内大臣、大蔵大臣等を襲って、これを殺害した事件である。
 総理大臣の岡田さんは何かのいきさつがあって、命を取り止めたが、当時名物の大蔵大臣高橋是清さんを始め、内大臣、教育総監等、重要人物が殺害された。
 しかも、当時の極端な愛国主義者たちの結社はこれを称賛気味であったので、一般市民の反応もこの青年将校たちの率いるテロ集団を受容する傾向が強かった。後に大分県でもこの強行集団の一人だった人物がいて、たしか大野郡の人だったが帰郷したら、大歓迎されたという事実もあった。
 彼らは法律違反なので、後日の裁判で刑を受けて入獄することになるのだが、屡々、そういう人たちは本当は真の愛国者である、彼らは信念のための犠牲者となった人たちだということで、刑期を終わって故郷に帰ると周辺の人たちから尊敬されるということが多かった。
          *
 ともあれ、これは当時日本全土に衝動を与えた事件だった。ところで、私の伯父釘宮徳太郎が、その翌日2月27日に召天した。急性肺炎だった。
 そこで、東京に在住していた伯父の信仰上の友人たちは、身近な東京に於ける陸軍将校たちの反乱事件に不安に怯えながら、大分にもこれと同じようなテロ事件が起こって、とかく非戦論などで急先鋒の意見を挙げる釘宮さんだ、彼らに襲われて殺されたのではないかというう心配が起こったそうだ。そのことを後で聞いたことです。
 私なども翌日、伯父の葬儀に出ると、当時大分市で弁護士をしていた加藤さんという信徒の方が居られて、職業柄東京方面から入る世界情報を含めての戦争の足音を語ってくれた。その時の私などが、戦争の情報に怯えた恐怖心は今の人に語っても分かって貰えないでしょう。
 私が後に非戦主義者になって、刑務所に入れられてしまう元の起こりは、その辺りから始まるのですね。この伯父の釘宮徳太郎という人は、商売人としても、政治的な感覚においても、九州の一角に置いておくには勿体無いような人でしたから、私は非常な影響を受けました。
 また、私の父が死んでから、母と私の二人っきりの母子家庭を、愛においても財力援助においても、抜かりなく守ってくれたのも、この伯父でした。(母は父が残してくれた資産の管理を、この伯父に全面的に委ねていました)。
 この伯父が二・二六事件の翌日に天に召されたということにも、何か不思議な神様の御手を覚えます。私は、まだその当時、満14歳です。信仰のことなど、一向に分かっていません。
 ともあれ、二・二六事件は日本という国が戦争禍のまっ只中に落ち込んで行く契機になったような気がします。この時から、日本皇国主義がはびこります。一種の神秘主義と言ってもいいような独断主義で、日本を大東亜の主権国に持ち上げようと吠えまくるような意見が飛び交う時代になって行くのです。
 いわば気違いじみた時代ですが。そのことが、その渦中にいる国民たちには分かりません。それに反対は勿論、ちょっとした異見を述べるだけでも非国民扱いです。
 「もの言えば、くちびる寒し、秋の風」という川柳がありましたが、物を言うのにもよほど用心が必要、そういう時代です。
          *
 昨日、大分市のコンパルホールの図書館に行って、当日の新聞を調べました。よくあります、「今日はこうしたことのあった日」というような記事が、二・二六事件について、新聞に載っていないか。
 そこにある全部の新聞、日本の中央紙、また大分の地元紙の全部を調べましたが、「今日は昔、二・二六事件のあった日」という記事は、一つもありませんでした。
 日本のジャーナリズムは二・二六事件を忘れようとしているのだと、思いました。私の見落としではないか。たった一紙でも二・二六事件に触れた新聞はなかったのか、愁いに満ちた感覚を抱きながら、その図書館を去ったのでありました。《く》
 
 
音読のすすめ 

 聖書を毎日音読するとよい。口語訳聖書が案外よい。文語訳は名訳だし、朗誦すると荘重で気分はよいが、生活感情に密着するという点で、口語訳に劣る。口語訳(新改訳が更によい)を毎日音読していると、急速に「御ことば」が生活の中に浸透するような、親しみぶかい感動がある。(1972.6.24「大分通信」より)
 (「こうすれば信仰がわかる」に収録)

斧は早や根におかれている 

 一九七二・六・一九午後九時三十分、日豊線「ゆのか」にてこれを書いています。今となりの座席の人の新聞を借りて拾い読みしました。
 「日航機、キャセイ航空につづくイギリスの航空機事故―――一一八人死亡」
 「北半球気象異変?」
 というような記事に、心は何ものかに扉を叩かれているような思いがします。
 「これらの兆のおこるを見れば、汝ら時の近きを知れ」
 とイエスの言った、その人類終末の時がそこに来ているのではないでしょうか。
 「斧は早や根におかれている。汝らいかにしてこの裁きより逃れんとするか」
 と洗礼者ヨハネは言った。まさしく今、人類の歴史の根に、裁きの斧が置かれているかにに見えます。恐ろしい終末的時代です。(1972.6.24「大分通信」より)
 (「こうすれば信仰がわかる」に収録)
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by hioka-wahaha | 2011-03-01 14:12 | 日岡だより