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No.424 キリスト教とは何か? 2010.2.21

キリスト教とは何か?

         (ある兄弟に送った手紙です)。
 拝復、今、天理教を勉強しているとありましたが今更、天理教ではないでしょう。あなたにはまだ、キリストの救が分かっていないのですから、仕方ありませんが。天理教は人間は如何に生きるべきかという教えです。そういう意味で人間としての生き方を軽快に教えてくれるのは、生長の家なども同様ですが、「人間本来、罪なし。明るく積極的に生きよう」というのです。人間に根源的にひそむ悪と罪に目を止めないで、楽天思考で生きようというのです。
 キリスト教では、人間が神の子として生きるためには、イエス・キリストを信じて罪を赦され、悪を清められ、聖霊の力を受けて生きなさいと言うのです。クリスチャンが往々にして堅苦しくて暗いのは、罪の救をよく掴めないままに洗礼を受けて力の無いクリスチャンになってしまっているからです。
 イエス・キリストを信じるなら、本当は私のように「ワッハッハハ」と笑って生きられるはずなのですが、多くのクリスチャンはそういう信仰に目を開かれていないのです。
 私は青年時代、私自身、人間の罪の性質、罪の思い、罪の行為を止めることが出来ない、この人間存在の悲劇に触れて、その解決を求め、その驚嘆すべき救いの確信を得たのは、1944年(昭和19年)11月23日の夕刻、午後5時頃のことです。
 その時、イエス様が私の魂に突入してきて私はキリストのものになったのです。そして私は精神の自由を得ました。その時から私の「私はイエス様に救われている。私はキリストのものである」という自覚は一瞬たりとも欠けたことはないのです。これは私個人の自己的決心や思い込みや解決ではなく、確実に聖霊によって与えられた私の信仰です。
 最近の私の「ワッハッハハ、笑って幸福になりましょう」方式で、しばしの仮の幸福感は掴めますが、実は本物の幸福はこれでは掴めません。本物の幸福ではないからです。本物の幸福はイエス・キリストの霊を自分の魂の中心に受けとめて、私は全くイエス・キリストの者になったという確信を掴むまでは、それは不可能なことです。
 これを「回心」と言います。確実な信仰に入るには、この「回心」という魂の峠を越えねばなりません。詳しくは、今のところ新教出版社発行・石原兵永著「回心記」が体験的で分かりやすい、比類の無い本です。お読み下さい。(実は今、残念ながら絶版の由です。キリスト教古書店、東京都千代田区神田神保町・友愛書房に在庫をお問い合わせ下さい。)《く》


(以下は1969年10月発行「我ら兄弟」創刊号より)
われを仰ぎのぞめ、さらば救われん6
                              (1969年8月24日礼拝説教)

 ですから、イエスを死罪に陥れる罪名が、いくら一生懸命になっても見つからない。これは非常に神様のご計画のすばらしいところですね。そしてイエスはこれらの取り調べ中、一言も語られなかった。ピラトの前でもイエスは不思議なほどに何も語られなかったと書いてありますが、この時もたぶんそうでしたでしょう。こういう事は皆さんも人生の秘訣として覚えておくとよい。どれほど不利な証言、誤解を受けてもイエスと同じように黙っているべきです。弁解してもろくな事はない。無駄なことです。イエスはここで何も語られませんでした。
 内村鑑三先生がかつて第一高等学校で天皇陛下の御真影を拝むことを拒否しました。そして非国民といって首になって毎日毎日、ガラスを暴徒の石で破られ、奥さんはそのために神経衰弱になって死んでしまうほどの大迫害を受けた。
 内村先生はあとで矢内原先生に言ったそうですが、あの時、御真影を尊敬はする、しかし神様と思うて崇拝するのではないと断ったんだ、もしあれはただ日本国元首の天皇に尊敬を表する為のみという事がはっきりわかれば私は礼をつくしても良かったのだと。今もそういう心に少しも変わりはないと。
 それを当時言えば、首もつながっただろうし、それほど迫害も無かったと思う。しかし多くの日本中の人が内村はヤソ教の信者であるからして日本の天皇の御真影を礼拝しなかった、彼はけしからん、非国民である、と非難して言う時に、私はとうてい弁解する気になれなかった。この事によって私が地の果てまで行き、日本から国外追放され、親子共々飢え死にしても、私はこの誇りを捨てる事はできないと言ったそうです。これが内村先生です。
 だから弁解しようとすれば、する理由はあったのです。しかし、それをしないで先生は石をもて追われるようにしてとうとう熊本の果てまで逃げてきて、食うや食わずで奥さんを死なしてしまう。その時に内村先生はイエスのこの、ピラトの前で黙して語らなかったところを引用して矢内原先生に説明したと言います。
 そこで大祭司が汝は神の子キリストなるかと問うた時にイエスは待ってましたとばかりに「われはそれなり」私はそうだ! と百雷の声を出して汝らは人の子の全能者の右に座し天の雲に乗って来るのを見るであろうと言って己の性格を喝破した。
 今はこのように捕えられ血もしたたり気息も奄々、今にも死にたえそうな男ではあるけれども、我こそは神の子キリストである、私が天から神の子の栄光をもって雲に乗って来るのを見て驚く時があるぞ、と言ったのです。例えば、私達が病気をして気息奄々、今にも息が絶えそう、誰が見ても駄目な駄目なみじめな状況にあっても、お前はだれであるか、あなたは神の子であるか、あなたはイエスの弟子であるか、と問われたら、「我はそれなり」と我々は言いたいのであります。
 私達がずいぶん弱っている時にも、そういう時にかぎって人からそう言われることがあります。いろんな誤解も受けます。黙っておりましょう。しかし、あなたはそれでもイエスの弟子ですか、と言ったら、そうです! 私はイエスの弟子です、そうしてイエスが再びここに来たりたもう時に私もイエスと同じように見事なる栄光の形に化し、そして私は神の子として雲の上に天界に立つことが出来るでしょう、と言って、胸を張り、胸を叩いて言うことができるような者でありたいのであります。
 私達はそういう人間、そういう新しい人類であります。そういうように恵まれているのであります。いちいち何も好んでこの地上の者に我は神の子と説明し弁解してまわる必要はありません。しかし、イエスが死に値すると断定されたのは、彼が神の子であると言ったからであります。最後にローマの官吏らがイエスをユダヤ人の王と「罪状札」を書いた。ピラトは祭司長の申し入れを聞かずに、ユダヤ人の王と書いた。
 ピラトという男は非常におもしろい男であります。彼はイエスを殺す割りの悪い役目を引き受けましたけれども、ローマ人らしい気概をもって「イエスはユダヤ人の王である」(それはユダヤ人にとってはイエスこそキリストである、イエスこそ本当の神の子であるという公式文書になってしまいます)との罪名状を書いて残した。(つづく)
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by hioka-wahaha | 2010-02-22 03:01 | 日岡だより

No.423 神癒の信仰について 2010.2.14

神癒の信仰について

 私の神癒についての信仰は30歳頃からだったと思う。私の父は15年間、喘息で苦しんだ人だが、それでも彼の遺稿を読むと、「私は神癒を信じる」と書いてある。本音は「信じたかった」のであろうし、また些かでも病状が健康化して行くと、「あ、これは神様の御手だ」と信じたのかもしれない。
 しかし、自分に向かって「この喘息、癒されよ」と叫んだり、言い聞かせたりはしなかったと思う。父の時代、キリスト教世界で「神癒」など公言する人は一人もいなかった。そんな低俗(?)なことを言うのは、天理教か大本教などのその頃の新興宗教であった。生長の家は大本教からの分派だと言えないことはないのです。
 神癒などと言うのは、迷信で、程度の低い拝み屋宗教と一緒だよ。キリスト教はもっと高尚な文明的な、近代的な宗教である。天理教や大本教などと一緒にしてくれては困る、と言っていたものです。
           *
 今でも、多くのキリスト教会では、「え、神癒?釘宮先生ではあるまいし、エヘヘヘヘ」とお笑いになる先生がたもおられるかもしれない。
 しかし、イエス様は語られます。「全世界に出て行って、すべての造られた者に福音を宣べ伝えよ。信じてバプテスマを受ける者は救われる。(中略)信じる者には、このようなしるしが伴う。すなわち、彼らはわたしの名で悪霊を追い出し、病人に手をおけば、いやされる」と。
 然り、アーメン! 《く》


(以下は1969年10月発行「我ら兄弟」創刊号より)

われを仰ぎのぞめ、さらば救われん5
                           (1969年8月24日礼拝説教)

 さてここで捕吏どもが捕えに来た時に、イエスは逃げるわけにはいかない。彼は私達とは違う。怖くて逃げられないわけではない。我は十二万の天の軍勢をもって汝らを蹴散らすことも出来るけれども、それは神の御旨でないと言って、ゲッセマネで充分に祈っていましたから、神様から無理矢理ひきとめられなくても、自分で逃げはしませんでした。
 私などでしたら日頃祈っていないから、こら逃げてはいかんぞと無理矢理胸をギュッと締めつけ倒してくれたのでしょうが、その倒れているどん底で、「然り、主よ、聖書の言は成就されなければなりません」と言ってやっと御言に従うことを教わるわけであります。
 「ときに、ある若者が身に亜麻布をまとって、イエスのあとについて行ったが、人々が彼をつかまえようとしたので、その亜麻布を捨てて、裸で逃げて行った。」(マルコ14:51~52)
 この箇所はマルコ伝だけで、これはマルコ自身の思い出話であろうとある学者は言っております。その若者は多分、イエスの弟子を二階座敷に招いた水瓶を持った若者だったかもしれません。あるいは二階座敷のあの家の息子であったかもしれません。多分そうだろうと思われます。イエスにつき従っていったこのマルコはビックリして逃げ出した。そこで亜麻布は兵士の手に残り、彼は裸で逃げ出したのであります。
 この亜麻布は質素な布ですが、また神聖な布でもあります。イエスを墓に収める時にイエスを巻いた布も亜麻布です。この亜麻布が今も残っているそうです。イエスのきずあとの汗と血がしみついていてイエスのかんばせも当時のまま見ることが出来るそうです。(体つきもそのまま化学変化して写真の乾板のように姿を写しているのです。その布が今もイタリアのトリノにあるそうです。)
 ところで、神はその御一人子を遣わして全人類を贖いたまう、全人類の全身全霊を贖いたまうことこそ、神の御旨である、神様の意志である、そのご意志にイエスは思い迫られて、身動きが出来ないほどである。そのようにイエスを包んだ義の御言こそ亜麻布の真意であります。亜麻布はイエスを包んだ御言の型であります。
 ところがせっかくイエスに形だけつき従ったこのマルコは、捕吏どもに引き留められれば恐れおののいて、この亜麻布(御言)を打ち捨てて裸で逃げてしまうから、イエスの御救いがわからないのです。
 私達はどうかこの御言をいくら取り去られようとされても―――今も多くの聖書の迫害者がいます。共産主義者がいます。色々な教会の批判者がいます。それに僕らが義の衣を引っ張られてすっかり真裸にされて逃げてしまいやすい―――しかし、いかに彼らが引きずり込もうとも、私ども自身がこの神の御言を鎧うて、そして、主の御足跡に従い、主と共にあの十字架につく気概があるならば、最後の十字架の場まで行って、あの一人の強盗のように「主よ我をかえりみたまえ」と願います時、主は、「我汝につぐ、我汝と共にパラダイスにあるべし」と言われた。
 ところが、もう一人の強盗は「何を言うか。人を救うて己を救わず。己を救うて見せよ」と、悪態をついて死んでいった。なぜ、あの時、イエスにつき従う弟子の誰か一人が、あの悪態をついた強盗の身代わりになってでも、イエスのお傍で十字架につくものがおらんかったのか、なぜおれなかったのか、それは自らがその神の御言を纏うことが出来なかったからであります。
 私達はこの世の人に亜麻布を取られて逃げ惑う者ではありませんで、イエスのかんばせが今も残るところの布を纏うて、イエスと共々にもう一つの十字架に私をつけてください、私の血潮とイエスの血潮とを一つにしてください、と言ってキリストと共に十字架につきたい。そこまで私達はイエスの足跡につき従いたいと思います。
 「それから、イエスを大祭司のところに連れて行くと、祭司長、長老、律法学者たちがみな集まってきた。ペテロは遠くからイエスについて行って、大祭司の中庭まではいり込み、その下役どもにまじってすわり、火にあたっていた。
 さて、祭司長たちと全議会とは、イエスを死刑にするために、イエスに不利な証拠を見つけようとしたが、得られなかった。多くの者がイエスに対して偽証を立てたが、その証言が合わなかったからである。ついに、ある人々が立ちあがり、イエスに対して偽証を立てて言った、」(マルコ14:53~57)
 さて、当時のヘブルの法律は死刑に対しては非常に用心深く、二人の証人の証言が完全に一致しなければ死刑にすることは出来なかったのです。それは当時、世界では珍しい良い法律でした。この時、群衆を集め、イエスを陥れる工作に躍起の祭司長等にとり二人の証人を作り、その口裏を合わせるくらいは何でもなかったはずですのに、それが少しもうまくいかぬ、そこが不思議ですね。(つづく)
(※文章中の内容はすべて1969年の時点のことです。)
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by hioka-wahaha | 2010-02-16 12:44 | 日岡だより

No.422 人は猿の子孫ではない 2010.2.7

人は猿の子孫ではない

 今の学校教育では、進化論が基礎になっています。宇宙すべてのものは、原子や分子が組み合わされて、偶然出来上がってきた最初の生命が段々進化してきて、最後には猿から人間へと出来上がったのだ、という考え方です。子供たちを教える学校の教科書や教師たちはみなこの考えに沿っていると思います。
 クリスチャンである皆さんの家庭ではどうでしょうか。お子さんがたに創世記の最初、神様が人間の祖先、アダムをどういう風に造られたか、キチンと教えていますか。
 あの聖書の物語は神話の一種だよ、本当は矢張り原子や分子から次第に進化して猿や人間になって来たんだと、近代科学のとりこになっていませんか。
           *
 太陽系、銀河系宇宙、その外にある一切の総宇宙や他宇宙を含めて、凡ては唯一の父なる全能の神様によって創造されたと、あなたは信じていますか。
 この神様により私たちも造られ、その神様の化身と言ってもよいイエス様により私たちは悪魔の手から救われて神の子とされている。これが私の信仰です。もっとはっきり言うと、イエス様は人間の体を持っておられたけれど、もともと神様なんだ、これが私の信仰です。
 イエス様は40日断食し、修養して、あのような神様のような方になられた? そうじゃないんです。イエス様は本当に神様です。この方が人間の罪の凡てを背負って十字架にかかられた。これがキリスト教です。このイエス様こそ、私たちの主です。《く》


(以下は1969年10月発行「我ら兄弟」創刊号より)
われを仰ぎのぞめ、さらば救われん4
                             (1969年8月24日礼拝説教)

 そうしてイエス御自身が私たちの兄貴として、長兄として、主として、聖書の前に従順であったということ。成就さるべき言からイエスは一歩も離れることがない。その時にイエスは何とも情けないユダの反逆裏切りを神の御言の成就として受け止めているということ。それをこの記事に拝読できます。
 私どもはよく最善が起こり、私たちの肉体に都合の良い事が起こる時に、ああ神様感謝でありますと手を打ち喜ぶけれども、しかし、私たちに最悪の事が起こった時にも、そこに神の御言を拝し、真に今こそ神の御言が成就せんが為であるということを(意地で言うんじゃ駄目ですよ。思い直すんじゃいかんですよ!)悟らされる人、そういうように導かれる人は幸いだと思います。
 私はこのたび新しい集会を開きます。今度は新しく生まれ変わってやりますと、今日の私ほどではない、もっとレベルの低い次元の低い思想で思ったんです、決心したのです。ところが、次の日の朝、息がおかしくなってちょっとも動けない程に悪くなり、去年そっくりになりました。
 そこで心電図をとってみると、去年とはガラッと変わっていて、心臓がすっかり参っている。医者は、これではいけません、最悪の条件です、と言う。これ以上、指標が上がっても下がっても心臓マヒでコロッと行くところですよと言ったんです。
 とにかく入院しなさいと言うので、三日間入院しました。しかし、二日目にはけろっとしていましたが、とにかく心臓が参っているんですね。
 心臓と言えば、イエスは十字架上でブロークンハート(心臓破裂)して死んだんだとある医学者は言いましたが、イエスは人類に片思いして失恋(ブロークンハート)して死んだのですね。
 私も小さな伝道者として片思いしてブロークンハートして死んでも悔ゆることはない、たとえ二十年の命が十年になろうとも悔ゆることがない、どうかこの命、体を使ってください、と神に祈ったのですが、それがその時の偽らざる私の気持でしたね。
 その時より私の生涯が晩年に入ったという気持が非常にしだした。今四十七才ですから、まだ中年ですよね。でも、もう晩年だなーと思う、この晩年が三年続くのか五十年続くのか知りませんよ。それが五年であろうと五十年であろうと、僕の生涯が晩年に達したと、そうしてその晩年をどうか主のために用い尽くしたいというのが先日の手紙に書いた「最後の血汁をここに注ぎ尽くしたい」という意味であります。そうして皆さんと一緒に主の御栄光を表したいというのが、私の心でございます。
 とにかく去年もそうでしたね、去年前半は良かった。大勢集まって、七月からは本年後半期です、さアやるぞ、と呼ばわったら、次の日には死にかけた。何か私が人間的決意か知らんが、「主よ、やります」と言うと主は私を叩く。今年も「新しくやります、主よ、命を取ってくださってもよろしい」と言うと「ああそうか、では命を取るぞ」とこう来るわけですね。あたりまえな話なんです。
 皆さんはなかなか良く祈るようだけれども、私は怠け者ですから、あまり祈らない、すると集会の日など、みんなが来始める、神様が私にみなさんの「魂」を要求なさる。私はその接点に立って何を言うべきか。
 ちょうど、私はスイッチのようなものです。ここまで電気が来ている。みんなは電灯を持っているが、スイッチを入れなけりゃ、灯はつかんね。電気があまりに大きければスイッチはショートして吹っ飛ぶ。そこで「さあ神様、ここで私が接点になります」と言って、自分をスイッチにパッと入れると、いつも祈っている強いスイッチなら良いけれども、弱りきり、錆びつかれたスイッチですから、高圧電流でも来ると、パカンと爆発する。それを毎週毎週くりかえす。そんなふうで集会するたびに祈っていると、胸がキューッと痛んでくる。どうにもならなくなる時が集会前にしばしばあるのです。ああいうことを繰り返したら命も縮まるだろうと私は思う。
 とまれ、こういう病気になって痛めつけられて神様と呼ぶ力もないほどに苦しめられて、まったくの無力になってベッドに放りこまれる。「主よ、汝は我をもたげて投げ捨てたまえり」と旧約聖書にありますが、まことにその通りであります。
 またイエスは多くの人から「彼は人を救うて己を救うことあたわず」と言われましたのに似て、今まで病気ぐらい何か、神様が癒してくださると言って来たが、この私が、今こうして苦しんでいるのかと思うと情けない気分のどん底におちいる。――でも、その時、主の御言がそこで成就する。
 汝の人生がここから始まる、お前はその弱さのどん底から私を見上げなさい。そう言って私に眼をかけてくださるキリストの姿がありありと見えるのです。(つづく)
(※文章中の内容はすべて1969年の時点のことです。)
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by hioka-wahaha | 2010-02-09 11:27 | 日岡だより

No.421 死人がよみがえる! 2010.1.31

死人がよみがえる!

 強烈なメッセージが届きました。今度出た新刊書ですが、その標題が「死人がよみがえる」というのです。私はさっそく追加注文しましたので、来週には数冊は当教会に着荷するでしょう。
 尚、その概略を簡単に記事にしたマルコーシュの通信紙が手元に来ていますので、以下にご紹介します。
           *
 場所はアフリカのタンザニアです。ダルエスサラームという都市にある「キリストの栄光教会」という教会です。ジョセファット・ガジマという牧師先生がおられ、礼拝のあとで祈りを求めている人々のために祈ってあげるのが、いつもの例のようです。
 特に家族によって運ばれて来た死人のために祈られる。そうすると、死んだ人々が生き返るという奇蹟が見られるというのである。
 最近、日本からも吉田という長老さんがその教会を訪問したそうです。そこに息を引き取っている10歳の少女が運ばれてきた。その少女をガジマ先生が講壇にあげた。そして、日本から来ている吉田長老さんや同行の日本人の牧師チームに講壇に上がって、少女のために祈るように勧めたというのです。
 すると、先生がたも不思議に平安に満たされて、講壇に上がってその少女のために祈ってあげた。
 すると、5分もたたないうちに少女は目を開けて立ち上がった。そして先生がたに握手を求めたというのです。今、奇蹟の時代が地球に訪れている。そう思えてなりませんね。《く》


(以下は1969年10月発行「我ら兄弟」創刊号より)
われを仰ぎのぞめ、さらば救われん3
                             (1969年8月24日礼拝説教)

 つまり、小さなブタでは役に立たんけれども、あちこちの農家で飼育してブタが大きくなったらこれを大きな会社に持ち帰ってこれをハムにしよう、小さなブタは大きな会社では扱えないが、大きくなれば買収して高収益を独占資本が収める。こういうのが今の経済の動きです。
 そういうことについて大○○印刷や××の社長さん達は夢にも悪賢く考えているわけではない。しかし地球上にある資本力というか、金の力というものはそういうことをブルドーザーのように強力にやってゆく、社長は善人であっても会社というものは貧乏人を押しつぶしてやっていきます。このように金の力は恐ろしい。
 金の力は我々の社会生活を破壊していきます。そのやり口を見ていると用意周到な計画、その緻密さに驚きます。そこに人間の知恵をこえたサタンの働きを僕は見ることが出来るのです。サタンが金の力を用いると、恐ろしい計画性を発揮します。サタンは常にはかりごとをし、人間をだます者であります。このことをよく知っていてください。ですから、ここに書いてある
 「彼は来るとすぐ、イエスに近寄り、『先生』と言って接吻した。人々はイエスに手をかけてつかまえた。」(マルコ14:45~46)
 のような事が起こるのです。かつてイエスを愛する師と呼び、イエスの前に涙を流してひれ伏したユダがどうしてこういうふうに変わって行くのか、これこそ用意周到なたぶらかしの霊サタンの仕業であるということが分かります。もっとも、我々は恐れることはない、我々の霊はこのサタンの霊を押しのける霊であります。
 私が去年(注・1968年)病気をしましたね。そのことをちょうど軍師がその戦争の後で図を引いて考えるように反省してみると、たくさん私に抜かりがある、また信者さんにも抜かりがなくはない。その両方の抜かり、隙をついて入ってくるところの巧妙なサタンの働きを後で悟るのです。
 それらの多くはすべて、善意で良かれかしと願ってしたことでありました。しかし我々は人間です。弱さがあります。お祈りをしても悪いことばかり起こる。良い事をしても、かえって病気や事故でさいなまれる。そんなことで信仰が吹っ飛んでしまうような者ばかりであります。そのような弱さにつけ込んで、サタンがどれ程に我々をだまし、悩まし、荒らし回ったことでしょう。このようにどれほどに我々を悩まし荒らし回ろうとも、我々はただ主イエスの一滴の御血にすがって立つ時に、サタンの業を一瞬にして倒すことが出来るこれが我らの信仰です。
 「イエスは彼らにむかって言われた、『あなたがたは強盗にむかうように、剣や棒を持ってわたしを捕えにきたのか。わたしは毎日あなたがたと一緒に宮にいて教えていたのに、わたしをつかまえはしなかった。しかし聖書の言葉は成就されねばならない』。弟子たちは皆イエスを見捨てて逃げ去った。」(マルコ14:48~50)
 伝道というものは、わりあい無手勝流で行けるものです。ノホホーンとやれます。私の若い時の伝道は案外と簡単にできました。朝鮮戦争の頃で、昔で言えば特高の人というような人たちが調べに来たようなこともあったけれども、わりとのんきに出来ました。私等が思いきりやる時には不思議な力がありまして、何でもやれます。
 イエスの初期の伝道の時は、エルサレムの有志等は、まったく抵抗できんというほどにものすごい伝道をされたのです。民衆は皆イエスにつき従っていったのです。
 エルサレムの有名人士たちは、祭りの間はイエスに手を出さぬつもりでした。それが人間の側の計画でした。しかし、サタンは巧妙に立ち働いて、ユダを動かし、祭りの最中にイエス捕捉の計画が立案されました。そしてサタンの計画が神の意図に合流されてくるという奇妙な歴史の動きになります。
 そのようにして聖書の言は成就する。なにも聖書に書いてある言葉を杓子定規に教条主義的に信奉する必要はない。御言は神様の御旨であります、神の意志であります。私たちの生涯もまた、御言によって決定するのであります。
 「もしわたしの言葉のうちにとどまっておるなら、あなたがたは、ほんとうにわたしの弟子なのである。」(ヨハネ8:31)
 今日私たちの新しい集会を主イエス・キリストの弟子兄弟団と名付け致しました。イエスの弟子とは何か、イエス・キリストの弟子の一つの条件は「もし私の言の中にとどまっているのであれば私の弟子である」ということであります。
 これはね、何もイエスの言を一言一句暗唱しているというようなことではありません。また、イエスの言を律法的に実行して私達の生活をがんじがらめにすることでもありません。そういうことでない、もっと真実な神の御言が私の中に満たされる、また私がこの神様の御言から離れようとしても離れられないということ、それがイエスの弟子の一つの条件であります。(つづく)
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by hioka-wahaha | 2010-02-02 01:39 | 日岡だより