<   2009年 12月 ( 5 )   > この月の画像一覧

No.416 信仰と愛 2009.12.27

信仰と愛
 
 「愛」という心は、他から愛されて、特に神様から、そして親や、配偶者や、恋人から愛されて、初めて反射的に湧いてくるもののようです。つまり、「愛」という心は、自力で湧かせることが出来ないように思えるのですが、あなたはどう思いますか。
 これに反して、自力で起こせるものは信仰です。尤も、信仰という心も神様から与えられて起こるものだと、長い間、私は言い続けてきました。これは勿論、本当です。
 しかし、「信仰は自力で起こせるよ」と言いたいほどに、少なくも「ごく小さい信仰を自ら励まして、これを大きく育て強くして行くことが出来るのです、また、それが信仰そのものにとって必要なのです。これは信仰を求める者にとって大事な提案です。
 パウロの提言に「信仰、希望、愛」という三つの中心語をあげた聖句がありますが、よく考えてみると、これら三つのものの基本にあるのが信仰です。信仰があればこそ、希望が湧くし、愛も萌え出ずるのです。
 信仰が希望を見出だし、希望を育て、愛を紡ぎ出すのです。信仰が愛を生み出し、これを励まし、育てるのです。
 信仰は、希望や愛と異なり、自らを励まし、強化し、拡大する特殊な力があります。希望が更に希望を生み、愛が更に愛を広げるということは、あり得ないとは言えませんが、しかし信仰こそ希望や愛を生み出し、強化し、拡大する力です。
 信仰の不思議な力は信仰そのものを自己強化する力です。信仰は自らを自己強化してやまないエネルギーを秘めているのです。
 希望や愛の心は、残念ながら、それ自身では、どうかすると、尻すぼみし、衰弱し、消えて無くなる傾向を持っています。
 しかし、信仰には信仰自らを励まし、自らを強め拡大するのみか、希望を強め拡大し、愛を強め拡大し強化する特徴があるようです。
 だから、信仰生活の活力の基本は信仰そのものにあります。信仰を自ら励まし、強め、広げる時、同時に信仰は更に加えて、希望も愛もそれを強化し、拡大するのです。
 信仰生活を豊かにする秘訣は信仰です。もちろん、そのために欠くべからざるものは、聖霊様の注ぎと助力です。そして信仰者の側から言えば、聖書の学びと、祈りと冥想です。
 (私の言う冥想とは東洋流の冥想、座禅やヨガとは違います。深い祈り、聖霊様にある交わりです。誤解を恐れますが、私はいわゆる「冥想」については初心者です。どなたかのご指導を得たいと願っています。また、冥想についてはカトリックの方々が優れているようです。良い冥想の訓練の場もあるようです。東京都五日市の神瞑窟など。)(釘宮)
 
 
癒しの信仰について(4)

          *
 また、たとえ賜物が与えられていると言いましても、賜物は信仰の量りにしたがって各人に分与されるという、それぞれの限度があります(ローマ12:3~6参照)。腰痛はすぐ直せるのにガンはなかなか直らない、というようなことです。その場合、信仰の量を拡大すれば癒しの能力も拡大するのです。
 なお、賜物は与えられていなくても、その場その場において熱心に祈って信仰が強くなる場合、一回限りだけれど、そこに奇蹟的癒しが起こることはよくあることです。
 イエス様の弟子たちが、それまで既に地方伝道旅行で悪霊追い出しや病気の癒しで成功していた、言わばぼつぼつベテランになりかけていたのにテンカンの子供を癒せなかったことがあります。「先生、なぜ私たちは癒せなかったのですか」と不思議がったとき、イエス様は「あなたがたの信仰が不足していたからだ」とお答えになっています(マタイ17:19、20参照)。
 この例で分かりますとおり、信仰が不足すれば強力な病気は癒せません。信仰を「拡大、増殖、強化」する必要がある理由です。病気のほうの霊的力が強ければ、こちらが負ける、単純な力関係です。
 もし私たちの信仰がカラシ種一つぶほどに小さいとすれば、これを霊的に肥沃な土に蒔くとよいのです。そうすれば30倍、60倍、100倍と信仰が殖えるということが起こるのです。
 その肥沃な土とは強い信仰を生み出せる心の土壌です。このことは今回の原稿の主題ではありませんが、以下に簡単に述べてみましょう。
          *
 ここで取りあげる信仰という言葉は、最初イエス様を受け入れて永遠の命をいただく基本的な信仰のことではありません。もう一つの信念とか確信とか言われる希望達成、目標貫徹といった種類の信仰のことです。
 マルコによる福音書第11章22~24節を読みましょう。ここにはイエス様がじかに教えてくださる信仰の秘訣があります。
 ①まず総括的に「神の信仰を持て」とタイトルをつけたい。普通の訳では「神を信じなさい」ですが、直訳で「神の信仰を持て」となります。凄い言葉だと思いませんか。神様が持っておられる信仰の形や性質を学び取れということです。
 ②次は「この山に動きだして海にはいれ」という信仰。これは出来そうもないような大胆な目標を持てというのです。大胆積極! ノーマン・ヴィンセント・ピールの信仰です。
 ③三番目は「山よ、動き出して海にはいれ」と言いつづける告白の信仰です。言いつづけることにより、必ず成るという可能性の信仰が沸いてきます。ロバート・シューラーの信仰です。
 ④次は「すでにかなえられた」という信仰です。この信仰を把握するには目標を心のスクリーンに絵を描く必要があります。ありありと目標の対象が心に描けるようになるのです。その時、既に獲得したかのような信仰が湧きます。趙ヨンギ先生の言われる夢と幻の信仰が起こってきます。 (終り)
       【旧稿(1992年10月)より】
 
 
 ※連載中の「『我ら兄弟』より再掲」は今週も休みます。次週以降つづきを掲載する予定です。
[PR]
by hioka-wahaha | 2009-12-30 12:44 | 日岡だより

No.415 私のクリスマス体験 2009.12.20

私のクリスマス体験
 
 クリスマスおめでとうございます。さて、考えてみると、イエス様の御降誕は何時なのか、その日は分かっていません。
 羊飼たちが野に羊を放牧していた時とすれば12月ではないよ、5月頃ではないかと、言う人もいます。
 ともあれ、イエス様の実在を否定し、その降誕節を笑う人さえいるのですから、世の中にはいろんな人もいます。
 最近では意味も無く人を殺し、いいえ何の縁もない人をも、やみくもに殺して痛快がっている人もいる始末、それどころか自分自身を殺す自殺行為に意味や価値を見いだす人も出てきました。
 こうした時代をイエス様は既に見通されていたと私は信じますが、それだからこそ、「我に来たれ」と仰せたもうイエス様のお言葉は、今の時代のそうした人たちにも語りかけて居られるのだと思うのです。
 クリスマスとは、あらゆる時代の凡ての人に会いというイエス様の、この世界への突入事件なのです。
           *
 クリスマスとは2千年前のあの日のことだけではないのです。今日もイエス様は、世界に来たりて、そこに棲む万人に語りかけられているのです。
 「我に来たれ」とは、今、あなたの面前におられるイエス様の言葉です。そうして、第二の言葉を語られます。「我が命を受けよ」と、
 クリスマスとは、イエス・キリストが私たちの命の中に突入されることです。心臓の血液が日々刻々全身に巡るように、イエス様の命は日々刻々、いいえ、毎瞬毎瞬、この全世界に注がれるのです。そうして私たちに毎瞬毎瞬、イエス様の復活の命によって活きる者になるのです。
 キリスト教の信仰を単純に申せば、あなたがイエス・キリストを受け入れるということです。「受け入れる」と言っても、あなたがあなたの力で、イエス様を受け込むのではありません。
 よく「イエス・キリストを信じる」と言いますが、本当をいうと、人間はイエス・キリストを信じることは出来ません。「信じる」ということが、どういうことが人間に分かっていないからです。
 しかし、あなたは「イエス様を信じたい」と思うことはできます。その「私はイエス様を信じたいのです」と心で思ってください。その思いをイエス様は受け取られます。イエス様があなたの願いに答えて下さるのです。即ち、
 ある日、突然、イエス様があなたの心に突入してくることが起こります。そして今日もクリスマス、毎日がクリスマスということが起こるのです。
 それはとにかく、今日は12月20日、暦の上での25日のクリスマスはもうすぐ来ますが、慣例により教会では今日がクリスマス礼拝。そして24日にクリスマス・イヴ、つまり夜のクリスマス礼拝をしようと思っています。
 しかし、本当に一番大事なクリスマスは、あなたの心にイエス・キリスト様がお生まれになることです。
           *
 この私の心にイエス様が来て下さったのは、常々申し上げますが、1944年(昭和19年)11月23日です。当時は戦前ですから、秋季皇霊祭という祭日(休日)でした。
 私が出版言論集会結社等取締令違反や兵役法違反で福岡の刑務所に収監されていた時です。午後、夕暮れになって、私の坐っている独房の外に植わっている桐の木に、雀たちが帰ってきてチュンチュン鳴いている時でした。
 なんと、イエス様がご自分の「義」をたずさえて私の魂に入って来てくださったのです。その瞬間、神様は私を「義しき人」として受け入れてくださったという奇蹟が起こりました。私は私の名前どおりの義人であるという信仰が生まれたのです。
 それまでは学校や刑務所で、「釘宮義人」と私の名前を呼ばれると、「申し訳ない、私は罪人です。義人じゃない。罪人です」と、心の底で叫ばざるを得なかった私です。場所が刑務所だからではありません。私の魂の底に聖書が示す「罪」の意識が貼り付けられていて、私は呻き声を発せざるを得ない苦悩に悶えていたのです。
 その私が一遍に解放されたのです。「私はもう罪人ではない。イエス様の『義』を着せられて私は真の義人になった。もう、どこに行っても裁かれないぞ、私は神の前ではっきりと義人と呼ばれる。悪魔も私を捕らえられない。私は神様の法廷に立っても義人と認められる」という確信が出来たのです。
 私は、それまでに持ち得なかった絶対の安心、悪魔からからどれほど訴えられても絶対大丈夫、決して悪魔の論告に負けない。天使たちが絶対守ってくれる。その大安心で私はビクともしませんでした。
 キリスト様が覆ってくださる「義」の保証は私を厚かましいほど毅然として立たせ、私は絶対に挫けることはありませんでした。
           *
 その後、私の信仰は何段階か、段階を踏みますが、これが第一段階です。信仰用語を使えば「新生」、あるいは「回心」です。
 この体験は、一度獲得すると、決して無くなることはありません。永遠の獲得です。永遠に保証されます。信仰は永遠です。
 自分の能力で、がんばって獲得(?)した信仰は、いつか必ず潰える時が来ます。神様から聖霊によって与えられた信仰は二度と無くなる時はありません。たとえ、迫害や脅迫によって「信仰を捨てます」とやむ無く言ったとしても、私の信仰は心の底では無くなりません。卑怯には見えるけれども無くなりません。
 尤も、「もう信仰を止めます」と言ったとたん、信仰が無くなったという人があるかもしれません。そういう人はもともと信仰なんぞ無かった人で、信仰の真似をしていた人、信仰の型だけ表に貼り付けていたので、本来信仰なんてなかった人なのです。
 逆に先に書いたように、たとえ一度、「はい、もう信仰を捨てます」と言ったとしても、一旦神様から頂いた信仰は決して失せません。
 しかし、その一旦「信仰を捨てます」と言った恥からは彼は逃れられません。その恥は天国の門までついて行きます。しかし天国の門の前で悔い改めて、赦されて天国の門に入るでしょう。その恥は忘れ去られます。彼はその恥を天国まで持ちこむ必要は無いのです。だからそこで悔いる改める必要も全然ないのです。その記憶が無くなっているからです。
 一旦神様から頂いた信仰は永遠の祝福です。永遠の保証がついています。故に、彼は絶対に自分の信仰に疑いを持つことは無いのです。諸兄姉、あなたの信仰はこうした確実な信仰です。神様を、イエス様を誉め称えましょう。賛美しましょう。ハレルヤ! 《く》

 
 ※連載中の「『我ら兄弟』より再掲」と「癒しの信仰について」は今週はお休みします。次週以降つづきを掲載する予定です。
[PR]
by hioka-wahaha | 2009-12-22 13:05 | 日岡だより

No.414 上京にあたってご挨拶 2009.12.13

上京にあたってご挨拶

                釘 宮 義 人
 
 ハレルヤ!
 上よりの豊かなご祝福をお祈り申し上げます。歳末も近づき、何かと慌ただしいこの頃ですが、お変わりもありませんか。
 小生もお陰様にて年に比しては元気に過ごさせて頂いています。他事ながらご放念ください。年と言えば来年一月早々誕生日が来まして、いわゆる米寿の八十八歳になります。年月の足の速さに驚くばかりです。
 
 ともあれ、本日は東京秋川集会のクリスマス礼拝の奉仕を仕ろうと昨日、空路上京して来ています。
 こちらの秋川集会の外、二、三の各御家庭にも立ち寄ってクリスマスの小家庭礼拝をさせて頂いてから、大分に帰らして頂き、大分教会でのクリスマス礼拝の準備に入る予定です。
 例年のことですが、本年も主の御恩恵に満たされて何一つ欠けることなく祝福され、一年を過ごしました。ただただ私どもの神様とイエス様に対する御恩に報いる努力の欠けたことを、申し訳ないと思うばかりで残念ですが、でも神様の御赦しの大きさに感銘して今年もクリスマスと越年を迎えることになるのかと、お詫びしつつ感謝しているところです。
 来年こそは、些かでも本年に倍する伝道と牧会の成果を上げて、感謝の年を送りたいと念じています。信徒一同と共にこの祈りを神様に捧げます。《く》
 
 
癒しの信仰について(3)

           *
 非常に理解しがたいのは、正しい、かつ信仰の厚い人が病気、しかも難病にかかるという場合です。それは多くの場合、その人を更に鍛練するため(ヘブル12:5~12参照)に、あるいは他の目的があるのでしょうか、その人に悪霊が病気を送りこむのを神様が見逃されることがあります。ヨブやエリシャやヒゼキヤやパウロなど、その例でないでしょうか。
 そういう時、神様のほうから「この病気のためには祈るなかれ」等の啓示があれば、人間のがわとしては納得しやすいのですが、多くの場合、そこまでは分かりません。そこで、ただひたすら神様の善意を信じ、また御手に委ねて健康の回復を待ち、あるいは死を覚悟するということが多いのです。
 この点でヨブのように神様に不平不満を訴え、反抗的にすらなる人もあるのは、人情的には尤もな感じがします。ヨブを忍耐の模範のように言うことが多いのですが、実は理解のにぶい頑固者のヨブをとことん忍耐したのは神様のほうでなかったでしょうか。
 しかし、「神様が悪霊の病気を来たらせるのを見逃しておられる」等のことは特別な路線であります。主要路線としては、病気はサタンのがわから来たもの、これを癒すのは神様の御わざと単純明解に認識しておくほうがよいのです。
 広い意味で言えば、病気の原因はすべてアダム伝来の人間の罪にあります。その病気を来たらせる経路は悪魔の手中にあるのです。
 しかし、狭い見方をすれば、次のように言えます。
①病気の原因はその本人の罪から来ている場合が多い。
②また、悪霊の害意から一方的に病気が侵入することもある。
③また、単純に肉体の機能の欠陥や不調和、また心理的誘因からくることが多い(一般の常識や医学的診断のとおり。これとて人間の罪の性質から来ると言えばそれまでだが)。
 外典のベン・シラの書によれば、「医者は尊敬されるべき職業」であります。聖書の他の箇所では医者を軽んじ、疎んじているような記事もないわけではありませんが、でも「病あるものは医者を要す」という社会通念をイエス様も一応支持なさっているように思えます。
 しかし、病気には普通の医薬では直りにくい難病は多いのです。また、その現場に医薬を求める利便がない場合(絶海の孤島とか、刑務所中などで)もあります。そういうとき、だれでも奇蹟的癒しを求めるのは当然でありましょう。それは又、あきらかに聖書的だと思います。
           *
 神様による癒しにおいて「祈る」という行為は、聖書では案外少ないのです、特に新約聖書では。もっともどなたもよく知っているヤコブの手紙の第五章一四節では、「祈る」ことが求められていますが、しかし大抵の場合は、特にイエス様の実例では命令して癒す、というタイプが多いのです。
 明らかに悪霊からきている病気の場合は「悪霊を追い出す」ことのようです。ですから私たちも、キリストの権威と、キリストの弟子としての信仰によって、大胆に言葉を用いて追い出すことをします。
 単なる病気の場合は「熱を責め」、また「手を延ばさせる」等、具体的に対応します。
 一見して当の病人に、すでに癒されるべき信仰があることが分る場合があります。使徒行伝一四・九のルステラにおいてパウロが、足の悪い男について経験しているとおりです。
 即座に癒される場合と、時日が延引される場合があります。また、いつ癒されるか、それが分る場合もあり、分からない場合もあります。「三日したら全く癒されます」などと言ってしまうこともあるのですが、そうした時は「預言」の霊も働いているわけです。
 癒しの賜物を頂いている人にとっては、「癒し」は、いつでも起こることでありますし、又その自信を与えられています。ただし、たとえ賜物を与えられていなくても、信仰をもって大胆に命じるなら、相手が信者であろうと、未信者であろうと、癒されることが多いのはよく経験するところです。(つづく)《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2009-12-15 12:02 | 日岡だより

No.413 国井キノさんを天に送る 2009.12.6

国井キノさんを天に送る
 
 国井キノ姉を天にお送りした。先週12月2日午前9時33分、お世話になっていた緑が丘保養園からの電話である。急いで行ってみたが、平和な顔をして眠っているかの如くであった。
 旦那の一男君は同じ病院の別棟で、この知らせを聞いてもよくわからない様子であったらしい。前日には面会に連れて行ったがキノさんを認識できなかったと言う。病棟の人に聞くと、葬儀に出てもきっとすぐに忘れるだろう、と言う。
 夫婦二人ともに脳梗塞や認知症をわずらってしまった近年、近くに身内のいない二人の世話は、教会で(特に病院や施設の世話になるようになってからは相良姉が中心となり)してきた関係上、葬儀一連のことも一切を教会でした。
 葬儀には牧師館のアルバムにあった写真から彼女の影像を拡大して礼拝室前面に飾ったが、大きく両手でピースサインを出して呵々大笑している彼女の姿がある。呵々大笑とは女性には相応しくない形容だろうが、彼女を知る人には直ぐに思い出せる彼女の屈託のない姿であろうと思う。行年72歳、出身は東北の北上でなかったかと思うが、はっきり確認していない。
 一男君には、病棟に頼み、葬儀に列席してもらった。やはり葬儀中も何もわかったふうではなかった。それでも、キノさんの葬儀に夫である一男君には列席してほしい、それが私たちの思いであった。
 葬儀も終わりになった時、一男君を見ると表情が一変していた。キノさんの死を理解したのだ。お花を入れるために棺の蓋を取ると、車椅子の一男君にもキノさんの顔がよく見えた。一男君は泣いていた。
 キノさんは本当に安らかな顔をして横たわっていた。元気な時の真っ黒な顔でなく色白で、病気のせいか少しふっくらとしている。それでも、前日には認識できなかった妻を一男君はしっかりと認識し、おいおいと泣いていた。
 まわりのみなで、キノちゃんは天国に行ったの、神様のところに行ったんだよ、と声をかけると、ウンウンとうなずき、ハレルヤ!と言うと、後遺症で動かぬ手を肩まで上げて応答した。
 キノさんは一足先に天国へ帰った。残った私たちはこの地上での人生をもう一足も、もう二足も主とともに励み、天へと凱旋しよう。《く》


癒しの信仰について(2)

 ある有名な牧師先生は、こう言っているそうです。
 「『どうしても癒されたい』という信者は、
 天地万物を創造された方に対して、『自分を
 癒すべきである』と命令しているのです。
 それはこの上なく失礼なことです。」
 このようにおっしゃる気持はよく分るのですが、でも私は言いたいのです。
 信者のみならず、すべての人の病気を見て、深くあわれみ(ご存じでしょうが、聖書に出てくる「あわれむ」という言葉ははらわたがねじれるように同情するという言葉です)集まってきた人たちをすべて一人残らず癒したのはほかならぬイエス様でした。このイエス様を模範として少しでも見習いたいというのは誤った考えでしょうか。そんなことは無いとおもいます。
 あとでも触れますが、私たちはけっして神様に「癒してくれ」と強要するのではありません。命令するのでもありません。私たちは悪霊に命令するのです。
 私たちは悪霊にたいして「出て行け」と命令します。病気にたいして「出て行け」と命令します。また、熱を責め、あるいは「床をとりあげてあゆめ」と病人に命令することもあります。これらはすべて聖書に書いてあるとおりのことを素直に実行しているだけのことです。
 聖書に書いてあることを、そのままに見習って実行する。それが「神様に対して失礼なこと」になるでしょうか。私はそうは思いません。それこそ、イエス様が期待しておられる「信仰」というものではないでしょうか。
 正直に申しあげますが、私たちが幾らイエス様の真似をして、聖書にあるとおり病人にたいして癒しの行為をしてみても、イエス様のようには完全に患者を癒すことができないのです。でも、イエス様でさえ、ナザレでは少数の者しか癒すことが出来なかった、とありますし、また盲人の癒しでは一回では完全に治癒せず、二回手をあてなされたことが聖書に記録されているのを知って、自身を慰めているのも事実です。
 然り、私たちに多少の、いや大変多くの癒しの失敗があったとしても当然のことです。それを口をぬぐって否定し覆い隠す気は毛頭ありません。それはまさしく私たちの信仰や霊的知識や力の足りないところから来るのでありましょうから、申し訳なく思うのでありますし、またこの賜物について更に成長し、力を増し加えるよう祈っているのであります。
          *
 端的に言えば、病気はサタンから来ます。人が罪を犯し、神様の前から去りエデンの園から放逐されたとき、彼らの労働も、作物を出す地も、共に呪われました。その時、多分、病気になりやすい肉体の欠陥も、人間に生じたのでありましょう。その元々の原因はサタンにあり、また人間の罪にあります。しかし、
 ある一人の人が病気になったとき、直ぐ様この病気を招いたのはその人の罪の故だと言って責めるのは酷なことが多いのです。人類全体の罪が病気を人類の世界に招き入れているのですから、病気には人類の連帯責任のような面があります。ですから、イエス様の贖罪の型を私たちの身に受けるのでしょうか、他の人の罪の結果である病気を当方が背負うことになる、よくあることであります。(コロサイ1:24参照)。
 すべての病気は神の計画であるから「癒してください」と祈ることはないんだ、と言うのも一理ありますが、その理屈を極論すると、たとえばイスカリオテのユダがイエス様を裏切ったのも神様のご計画のうちにあったと言えないことはないし、そこで、だからユダには罪はない、ユダは神様のご計画どおりに動いたにすぎないのではないか、などと言う詭弁も起こるのであります。
 病気は悪魔が作ったものです。悪魔がその子分の悪霊に命じて、病気を人に侵入させ、病気をその人の肉体に現象化させるのです。
 人間の側にあきらかな罪があり、その罪の故に病気がはいりこむという戦況図は、悪魔がわから見れば病気を侵入させるに最も容易な作戦場面ではないでしょうか。そういう時、旧約聖書では「神が病気を(他の災難も同様)国や民に臨ませた」というような表現をします。また、人が異常に恐怖や憎悪等の暗い感情を持ち、あるいは不安や失望に陥っているとき、悪霊どもは病気をその人に臨ませるのは至極容易なことでありましょう。(次号につづく)《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2009-12-08 12:13 | 日岡だより

No.412 癒しの信仰について 2009.11.29

癒しの信仰について

 癒しについて教界内で反対や冷評があるのは残念ですが、一部に熱心な神癒一点ばりの方々がおられて「神癒なければ信仰無し」という鼻息でありますから、多少の反対や冷評があるのは当然だろうと思います。正直、少々慎みを欠いた熱心派は私たちの仲間にいないわけでもありませんし、私もその一人と目されているかも知れませんが、行き過ぎる点は謙遜に自戒したいものであります。
 ところで、まず誤解を解きたい点は、私たちは決して「神癒がキリスト信仰の中心題目である」と言っているわけではありません。
 キリスト信仰の中心はなんであるか。あるいは基礎はなんであるか。次の通りです。
 ①信仰の中心はイエス様の十字架と復活によって、私たちの罪が赦され救われるという信仰です。これが私たちの信仰の最深部にある基礎です。
 ②その基礎の上に結果として与えられるのが聖霊による平安です。また、そこから成長して、力ある信仰を与えられます。さらに加えて品性を聖化され、イエス様に似せられた人になるのです。これはクリスチャンの最もすばらしい恵みではないでしょうか。
 ③かつ又、私たちが天に召されて凱旋できる日を、あるいは主様の再臨の日を待ち望んで、勝利の生涯を送ることです。神癒の恵みは以上の中の②の「力」の分野に属します。
 「聖霊の賜物」とまでは言わなくても、多くの平均的クリスチャンが確信と熱心な祈りによって、しばしば神癒の恵みを拝することは、よく見聞するところです。(次号に続く)《く》


(以下は1971年3月発行の「我ら兄弟」No.2より転載)
 
父よりの期待
 
 父よ
あなたは死ぬ前、母にこう言ったそうだ。
「ヨシトはいい子だよ。
ヨシトはいい子だから、
立派な人間に育ててくれよ」
 これは、どこの父親でも言うことだろうけど、私には特別に神様の言葉のような気がする。そうだ、これはまさしく父の父性を通して告げられる、私への神よりの信頼と激励の言葉である。
 当時、私は満八才。親にしてみれば、それまで望みをかけ期待していた自分の子供が、小学校に行ってたくさんの子供たちの中にまじってみると、案外にボンクラであったり、小心のものであったり、ひねくれものであったりして幻滅の悲哀を感じる頃なのだ。
 私は女性的雰囲気のつよい別府市の野口小学校から、校舎のつくりの骨っぽさ、校庭のポプラの太さ、運動場の荒々しい広さ、まして先生たちや生徒たちの土くさい大まかな巨象軍団のような男ぐささ、そういう男性的な大分市の金池小学校に移って来て、気弱な私はただオドオドするばかりであった。そんなわけで、成績もびっくりするほど悪くなり、父は非常に心配したらしい。そういうさなかに、父の病気は急速にひどくなり、何度か危篤状態におちいった。そのようなとき、父は私を想って言ったのであろう。
 現実を、そのまま表面だけでなでまわして見れば、この子は病身で気弱で、そのうえ、どもりの悪癖まであって、学業の成績は下降曲線をたどるばかりである。心配しようとすれば、心配する材料はいくらでもある。しかし、自分は心配すまい、パウロ流に言えば、望みにさからってでも、この子の内面の善を信じよう。今、見えないものを、この子の内に信じて、その将来を妻に託して死のう。―――それが、そのときの父の母に対する言葉の意図であろう。
 私は昨夜、モンゴメリの「丘の家のジェーン」(村岡花子訳)を読んで、(娘の本を奪って読んだのだが)その中に出てくる父親像の素晴らしさに嫉妬を感じた。これが少女小説のわるい処だと憤慨さえした。こんなありもしない虚像をつくりあげて世の娘たちの淡い期待を満足させるのだろうが、おかげでこちらの現実の父親は色あせてしまい、「ただただ、こんなつまらない父親で申し訳ありません」ということになる。
 それにしても、本当に娘たちに対し、こういうアポロとアリストテレスを兼ねあわしたようないい父親になりたいもんだと実は切に思ったのである。
 そのあと、私は床に入って思った。私の父のことを。父は幸い(?)、早く死んだ。父は私にとり、なかば歴史の人であり、理想の人物であった。母が父を夫として絶対に信頼し、尊敬していたからでもある。母が私に、父についての悪い印象を少しも与えてくれなかったことを感謝しなくてはならない。
 母が人生に対して恨みがましいグチを言う、そのグチの多いのには父も閉口したらしいが、私もこの母のねばりつくような哀れっぽいグチ話を聞いて心に波風の立たぬ工夫がまだ完成せぬが、しかし、この母が父への無限の愛と信頼を語ってくれたそれだけで、私は満腔の感謝を母に捧げたい。
 母は本当に、父を世界一の男と思っていた。これはあながち、彼女の無知のせいなのではない。母は父を心底より愛し信じていたのであり、また事実、父はそういう素晴らしい人物であったのである。まさか、世界一ではなかったにしても。(父のことはまたいつか書きたい。)
 私はモンゴメリの「丘の家のジェーン」の父親のような理想的父親ではないけれども、私にはあの小説の父親以上に素晴らしい父親がいたのだという感懐が、私を幸福にさせた。
 娘たちに対しては、出来の悪い父親としての気恥ずかしさがあったが、死んだ父に対しては、「あなたは素晴らしかった」との思い出にふけって甘えておれる子としての幸福があった。そういう幸福さがひたひたと私をひたして、その中で私は眠ってしまったのである。
 今朝、床の中で目ざめて、私は思う。
 父が私に対して信じ且つ期待していた私の人生はどんな人生であろう。「ヨシトはいい子だよ。この子を立派に育てよう」そういう父の声の奥に、私は神の声を聞く。
 私に対する期待水準は異常に高い。しかしそれが、私の自我水準ではなくて、父の愛をとおして語られる愛育者の心であると知って、私は怖れることなく、この期待に添うべく努力をしたい。それがまた、私自身理想的父親になれる途でもあろう。
 父は昭和五年三月十二日に、昇天した。      (一九七一年頃記)
[PR]
by hioka-wahaha | 2009-12-01 12:42 | 日岡だより