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No.390 主の御名を呼ぼう 4 2009.6.28

主の御名を呼ぼう 4

(1968年執筆の「主の御名を呼ぼう」を連載しています。)
 アダムがエデンの園を出て以後、農耕生活に入った、という点を書き変えることなくヘブル民族がおのが宗教の教典に編入したことは、アブラハムの故郷チグリス・ユーフラテスの地域、放浪して草を求め羊を追う生活に比べ、一地点に定着して農耕する生活にいささかの郷愁を持っていたことを示していると思う。
 エデンの園が泉の湧きいずる森林地帯の様相をもっているのはチグリス・ユーフラテス河流域の熱砂的な住みにくい土地に住んでいた古代バビロン地方の人々の大オアシスを想う夢か、或いは彼らが大移動してやってきたに違いないペルシャ北部の山岳地方への郷愁であろう。
 実際、古代バビロン地方の文化の発達、産業の繁栄は驚くべきものがあるが、それ以上に驚くことは、その地方が決して住むに住みよい処でなく、外敵を守るに安全でもなく、土地もエジプトのナイル河畔などに比べそれ程肥沃と言えず、かてて加えて洪水は多い処であった。そういう中で彼らは、あびる程ビールを飲める程に小麦を収穫し、石もないのに城を作り、運河をつくり、町をつくり、家畜をふやしていったのである。
 文明は決してエデンで生まれず、エデンの外の住みにくい処で生まれたという事は覚えておいていいことである。人間の文明はさきにもふれたように、人間の罪、またクロマニヨン系の混血の中で生まれてきたにおいがする、これは私の素朴な文明批判でもあるが。
 さて、そういうカイン文化の噂がアダム一族の耳にも入ってくる、その頃であろう。アダムが祖父になり、セツが父になった、セツの妻にエノスが生まれたからであるという、あの童話風な書き出しをした冒頭の頃に、読者は帰ってほしい。いや、実際、私はこの文章を中学生にでも読んでもらおうと思い、やさしく、やさしく書くことを心がけていたのだが、ヘンに文章が混み入ってきて残念に思っている。
 アダムは、片耳に入ってくるカイン文化の槌音に、ああ人は神をはなれ、おのれを神として、ああいうふうに進歩(?)していくのかと、もし先見の明あれば二十世紀の今日の風潮でもまのあたりに見るような事を言って顔をしかめてみせたであろう。
「ああ、私があんな馬鹿なまねをしさえせねば……」とエバはなげく。
「エデンの園の話をもっときかせて頂戴」と孫のエノスがアダムのひざに上る。
「おとうさん、それよりも神さまはそれからどうしていらっしゃるんです?」とセツはきく。
「本当に。もっと神さまのことを知りとうございますわ。」とセツの妻も言う。
 その時、アダムとエバは何と答えたろう。神はエデンの園だけにしかいらっしゃらないのだろうか。そんな事はない。神はエデンの園を造りたもうた方であって、その中に住まう方ではない。現にカインがアベルを殺した時、エデンの園で神がアダムを探したときと全く同じように、畑の中にいるカインを神は求め、声をかけられたではないか。エデンの園では、「彼らは、日の涼しい頃、園の中に主なる神の歩まれる音をきいた」というふうに、神の声を聞き、神の臨在を知ることは日常的なことであった。
 しかし、エデンの外では違う。神の出現は異常の時のみであった。それも人間に悪い事のある時であった。だから、今は神は恐怖の神である。しかし、アダムがエデンの園の想い出として語るとき、神は恵みの神、祝福の神、恩寵の神であった。セツ夫婦にとり、それは理解できない事であり、またねたましい事でもあったろう。
 神を知りたい、神と共なる聖なる文化を知りたい、あの喧騒なるカイン文化とは全く次元の違うあるものがある、真理を柱とする人生があるはずである。貧しい農耕と土かべの生活でよろしい、あのエデンの園の泉わき果実たわわなる外形文化はなくても、内なるエデンがほしい、とセツは想ったことであろう。
 そのように求められる時、アダムのせつなさは一層である。責任はおのれにある。しかし、責任の事はもはや言うまい。「主よ、いずこにいますか」と心に叫んでみる。エデンの園における神との交わりがなつかしい。エデンの外では、もう仕方ない……そう言い切ろうとすると、いやそうではないという、もう一つの声がしたのであろう。その声を四千年後にパウロはこう代弁する。
「神は、ひとりの人から、あらゆる民族を造りだして、地の全面に住ましめ、それぞれ時代と国土を定めてくださった。こうして、人々が熱心に追い求めてさがしさえすれば、神を見出だせるようにしてくださったのである。事実、神は我々ひとりびとりから遠く離れているのではない。われわれは、神のうちに生き、動き、存在しているからである(使徒行伝第一七章二六~二八)。」
 この時、アダムはこれまで神を求めたことはなかったことに気付かなかったろうか。神のほうからいつもアダムに語りかけてくるのであった。カイン事件の時にも、神の方からカインを求めてくるのであった。彼らは益々おそれて神の前に祭壇をきずいて供えものをするのみである。
 そのようにして、時は流れ、アダムの家には孫エノスの声もきかれる頃になった。家の中には、エデンの園の想い出をもつアダム夫妻と、カインの事件を生々しく伝え聞くセツ夫妻と、そして無邪気に神を問うエノスがいる。郷愁の如く神を求めつつ、体験も異なり、思いの型も異なってバラバラでいるとき、―――そのとき誰が言い出したのであろう、誰が率先して始めたのであろう、彼らの心は一つとなり、あのなつかしい神の名を呼んだのである。
 創世記第四章二六節に、その事を書いてある。
「セツにもまた男の子が生まれた。彼はその名をエノスと名づけた。この時、人々は主の名を呼び始めた。」
 これこそ、世界の宗教の始めであると私は思う。「二、三人我が名によりて集う所には我も又あるなり」かく仰せたまいし主のお約束と祝福は、その時アダムの家に成就したのである。モーセもまた同じ経験を語る。
「われわれの神、主は、われわれが呼び求める時、つねにわれわれの近くにいられる。(申命記第四章七)」
 故にまた、預言者や詩人は言う。
「すべて主の名を呼ぶものは救われる。(ヨエル書第二章三二)」
「わたしに呼び求めよ。そうすれば私は答える。(エレミヤ書第三三章三)」
「悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助ける。(詩篇第五〇篇一五)」
「彼がわたしを呼ぶとき、わたしは彼に答える。わたしは彼の悩みのときに共にいて彼を救い、彼に光栄を与えよう。(詩篇九〇篇一五)」
「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。その時、あなたがたはわたしに呼ばわり、来て、わたしに祈る。わたしはあなたがたの祈を聞く。あなたがたはわたしを尋ね求めて、わたしに会う。もしあなたがたが一心にわたしを尋ね求めるならば、わたしはあなたがたに会うと主は言われる。わたしはあなたがたの繁栄を回復し、あなたがたを万国から、すべてわたしがあなたがたを追いやった所から集め、かつ、わたしがあなたがたを捕われ離れさせたそのもとの所に、あなたがたを導き帰ろうと主は言われる。(エレミヤ書第二九章一一~一四)」
 さきに書いたヨエルの言葉は、のちにペテロも引用して説教し、パウロも引用している。
 「すべて主の御名を呼び求むる者は救わるべし。」
 宗教の本質は、別稿に書いたが「神は愛なり」である。そうすれば、それに対する我らの態度は「彼の愛におる!」ことであろう。しかし、その「彼の愛におる」という事の最も卑近・真実な方法は何か、「主の御名を呼ぶ」ということにつきると思う。
 (「アダム一家主の御名を呼ぶ日まで」の項終り)
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by hioka-wahaha | 2009-06-30 12:50 | 日岡だより

No.389 今、中国では伝道は違法行為です 2009.6.21

今、中国では伝道は違法行為です

 中国では、まず政府筋から伝道や礼拝の教会活動を行っても良いと認められている教会と、それを認められていない教会とがあります。認められている教会を公認教会と言い、認められていない教会を非公認教会と呼びます。
 多分、私どもの教会のように福音を大胆に聖書的水準で語り、伝道を熱心にする教会では、中国では認められません。非公認教会です。
 そして、少しでもその制限を越えて教会活動をするなら、国法違反ですから、すぐ捕らえられ、今後の伝道や礼拝、牧会の活動を禁じられるでしょう。
 戦争中の日本では、伝道は非常に窮屈でしたが、それでも、そんなことはありませんでした。私が教会で非戦論を語って、私は捕らえられましても、教会に対して何の咎めることはありませんでした。(勿論、教会で非戦論を語ったのは釘宮個人であって、当教会の意見でも、牧師の意見ではありませんと教会では説明したようではあります。)
 今の中国は世界でも珍しいキリスト教否認国家です。こうした国の中でキリスト教を守り、伝道さえしようとすることは容易なことではありません。当然、捕縛され、強制労働所などに収容されるのでしょうが、中国がいくら民主国家と言い張ってみても、世界中から承認されません。
 中国がいくら自分たちは民主国家であると言ってみても、それは根っからの偽証であることは、見え見えであります。
 
 こうした中国において、キリスト教の伝道はなかなか盛んであるということを聞きますから、これは驚異ですね。最近、中国から帰ったばかりの報告では、公認教会はともかく、非公認教会の中でも、伝道も礼拝や聖会も活発だそうです。
 周りは高い壁で遮断され、納屋のような建物の中で信仰活動が行われていますが、周囲の人々はそれを知っていても良心的でそれを当局に通報しません。ですから非公認の教会だけれども、自由に活動できていると、話してくれたという報告も寄せられています。
 そして、今も礼拝を続けています。それだけではなく、伝道もしっかりやっている。だから聖書が足りません。これは今の中国教会の訴えです。
 戦争中の日本の厳しかった出版状況を知っている人はもう少ないでしょうが、紙も少ない、活字も足らない、出版は人民の思想統制の要(かな)めです。
 当時は紙も配給の時代でしたから、まず印刷しようとする者は、用紙の配給を待たねばならない、そしてその配給を受ける。その紙を印刷会社に廻して印刷して貰う。それが戦時中の日本でした。今の中国もそれとまず似た状況ではないかと思います。
 そうした中国の政治体制のなかでキリスト教の聖書の印刷は、これは非常に困難です。そうした状況を調査に行った日本の人たちのこと知って、中国の一教会のリーダーが、丸一日かかって、この人たちを捜して追ってきました。
 幸いに持っていた一抱えの中国語の聖書を差し上げると、彼らは泣かんばかりの感激と、そして喜びの笑みを浮かべて、受け取って帰ったと聞きましたと言う、日本聖書協会の職員の方から報告を読みました。
 先日、私は孫のために、彼が一生、宝もののように持ち続けたいと思えるような皮表紙の立派な聖書をキリスト教書店に行って捜したことです。日本では、そんな贅沢なことさえ言っておれます。
 中国での困難な聖書需給の事情を、お聞きすると、本当にもったいないような話ですね。今後も、感謝して聖書を拝読したいと思います。
          *
 今、中国では未曾有の聖書渇望の時代が来ているそうです。新生宣教団では、以下のように私たちに訴えています。
 一、多くの方々からご支援をいただいて感謝しています。更に多くの聖書を印刷できますように、緊急なご支援をお願いします。日本では、一冊わずか二五〇円で聖書を製作して中国に送ることができ来ます。
 二、聖書配布のため、神様が更に扉を開いてくださるよう、お祈りください。今もよいルートを与えられていますが、更に大きな必要に応えるため、新しいルートが必要なのです。
 (以上、新生宣教団のニュース・レターに基づいて小生が作文しました。釘宮)

 〔あとがき〕六月一八日、永井明先生が見えられ、小生は終日、くっついてお話しを伺ったことです。今回は特に牧師として小生に有益なことばかり、世界一の神学校に内地留学したような気持ちになりました。◆先生は又、特に小生の妻のため豊寿苑にお見舞くださり、厚い按手祈祷を賜って、そばの小生も体が震えました。妻も先日、肺はすっかりきれいになりましたね、と主治医が言ってくれたほどでしたが、皆様のご加祷の故だと覚えて感謝しています。永井先生初め、諸先生、多くの皆様がたのご加祷に感謝しつつ。《く》
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by hioka-wahaha | 2009-06-25 08:50 | 日岡だより

No.388 主の御名を呼ぼう 3 2009.6.7

主の御名を呼ぼう 3

(一九六八年執筆の「主の御名を呼ぼう」を連載しています。)
 そこで、カインは意外にも安定する。町をさえ建てた。当時で言えば一国の王である。妻をめとった。それは旧人類への勝利のしるし、また旧人類よりの人質、そして実はカインのさらに激しい、けもの族への傾斜と、混血を示すのである。何故、彼は妻をめとるべくその父の国に帰らなかったのであろうか。アブラハムがその子イサクの嫁さがしに示した執念(創世記第二四章)を思うとき、カインの意地っ張りと、その淡泊さが惜しまれる。やむを得ぬなりゆきではあろうが。
 神はアダムを自分のかたちに創造された。アダムの妻に旧人類の女を連れてくることはできない。神は創造を二度くりかえさないようである。創造されたものの中より新生命の生れることを望まれる。そんなわけで、アダムの妻はアダムのあばら骨で造られたという。そこでアダムはこの妻をよろこび、
「これこそ我が骨の骨
我が肉の肉」
 と歌ったという。
(キリストを第二のアダムと呼べば、我らは第二のエバであろうか。キリストの花嫁なる我らは、キリストのあばら骨で造られたのである。彼のあばら骨はゴルゴタの十字架上で一兵士の鎗にくだかれ、彼は三日の間、陰府にふかく眠り、その間に我らは再創造されたのである。これこそ我が骨の骨、我が肉の肉と、キリストもまた我らを喜ばれるであろう。)
 そのあと、有名なアダム夫妻の堕罪と楽園追放がある。そして、カイン、アベル、セツと次々に子供が生まれる。それらの子供は、神のかたちも残っていようが、厳密にはアダムのかたちにかたどられていた(創世記第五章一~三)。けもの族に非ず、神の子に非ず、アダムの子なのである。それが神のイスラエル(選民)である。他はけもの族との混血種族である。これを異邦人という。この異邦人の救いがキリストの新契約の一眼目でもある。私は何もここで民俗学的な血の種別を言っているのではない。あくまでも霊的比喩であるのだが。
 さて、有名なアダムとエバの堕罪物語であるが、エデンの園には重要な木が二つある。一つは生命の木、一つは善悪を知る木である。「この善悪を知る木からは何も食ってはならぬ、それを取って食えば必ず死ぬ」こう言われれば、食べてみたくなるのが人の常で、ここを読むとどう考えても、アダムとエバが可哀そう―――というのは私たちにもアダムとエバの気持ちが充分共感できるので―――神の方が人間心理を無視した無理な戒めを出しているとしか思えない。この私たちの不思議なアダムへの親近感こそ、私たちがアダムの子である事の証拠である。
 この天地創造神話は古代バビロニヤより捕囚中のヘブル民族の聖典にくり入れられるまで、脈々として各民族の伝承の中を濾過して来たった、すぐれた一大民話である。これは人類の頭脳の古い皮質にこびりついているアダム族の潜在意識を表現する「夢」なのである。
 何千年も語りつたえられるこの失楽園の物語を聞きながら、各時代の人々のすべてはため息をついたであろう。神にとめられればとめられる程、それを覗いてみたくなる人間の気質。芸術であろうと科学であろうと、はたまた酒、女、バクチであろうと、そういうものを止めなさいと、もし神に言われれば素直にハイとやめられる気質が我らにはないのだ。そういう天の邪鬼の気質が身内にうずくのだ。
 失楽園の物語を聞いたって、我らの本心はアダム・エバを悪いとは思えやしない。彼らは可哀そうある。サタンは利口だなと思う。神は何という分からず屋の爺かと思う。それに第一、何故「善悪を知る」ことが悪いのであろうかと思う。「善悪を知る」はいいことではないのか。
 旧約神話の主眼は、人間を愚者たらしめんとするにあるのかと毒づきたくもなる。これは多分素朴にして当たり前の人間が失楽園物語を読んだときの偽らざる感想ではなかろうか。
 「善悪を知る」これは大事なことである。エデンの園の中央に生えさせられたということは、それがエデンの園のよって立つ基本原理の一つであったことがわかる。善悪を知る木は、人間をわざと誘惑するために、見せびらかしにつくった神のいたずらなのか、そうではない。目に付きやすい園の中央に生えていれば、取ってみたくもなる。しかし、戒めれば天の邪鬼に出る人間の性質を考慮に入れつつも、その従順と意思もまた期待して、「これを取るな」と戒めざるを得ない神の側の苦衷を思おう。
 「悪を捨て善を選ぶ」(イザヤ第七章一五)は智慧の始めである。しかし、「善悪を知る」ことと「善を選び悪を捨てる」ことの間には大きな格差がある。このイザヤ書はメシヤ預言の有名なところであるが、「見よ、おとめみごもりて子をうまん。その名はインマヌエルと称えられん」第一のアダムが母なくて神の手で造られ、第二のアダムは父なくて処女マリヤより生まれる「その子が生長して善を選び悪を捨てる事を知る頃になって凝乳と蜂蜜を食べる……」
 人間は幼い頃は、善悪の区別を知らない。それでいいのである。ほかの果実と共に、生命の木の果実をも食って、どんどん生長してほしいのである。その中に家畜を飼い、バターやチーズ生産を覚え、痛い蜂の巣より甘い蜜を取ることも知り、そういう風に人類の外面的の生長が順調にのびていく頃には、内面的にも善を選び悪を捨てる力を得るであろう。前述のイザヤ書ではインマヌエル(キリスト)の生長がそのように順調にすすむことを示している。その時こそ、善悪を知るの木の実を食っていい頃である。それまで待たなくてはならない。善を選び悪を捨てる力なくて、善悪を知ることのみ知って何になる。その事の果ては死ではないか。
 パウロがローマ書前半で言う「人に生命を来たらせるべき律法が、かえって死を来たらせる」ということと全く同じである。パウロはまた言う(やはりローマ書で)、「では律法は悪いものであろうか、決してそうではない。この木は聖なるものである」と。同じように善悪を知るの木は悪いものであろうか、決してそうではない。この木は聖なるものである、と今もなお我々はこの創世記の物語の処にはっきりと脚注しておくべきである。
 神話は何でも擬人化して民話風に語りつがれる。罪をおかしたアダム夫婦は神によってエデンの園から追い出されるというふうに伝えられている。しかし、真実のところ、アダムの方から逃げ出して来たに相違ない。豚はいくら洗っても残飯のところに集まり、犬もまた砂の上にまろぶ、同様に今やアダムは楽園エデンにはいたたまれないのである。エデンの園はすばらしい処ではあるが、これからアダムらと共に成熟していくべき未完の聖地、生命とビジョンの溢るる処である。ところが、アダムらは、妙にものの区分秩序の智慧ができ、しかもその秩序を自分で破らずにはおれないようなヘンテコでコチコチの人間になってしまったのである。
 以前のアダム夫婦だったら、働かずにのうのうと果実をつまみ食いして生きておれた。しかし、今は律義もの夫婦になって、夫婦二人だけでも裸では恥ずかしいと思う、そのくせ情欲は一日中体内にうずく、その上ただ食いはできぬ、農耕に精出す、クワをつくる、スキをつくる、もみを保管する、夜が来る、性的夜が来る、カインが生まれる、アベルが生まれる、セツが生まれる、(故にアダムの子らはアダムのかたちなのである)。
 こういうふうだから、アダムたちは、神に追い出されるまでもなく、エデンの園を逃げ出さずにはおれない(神の裁きとは、すべてこの型に準じる。死後、罪人が地獄に行くというのも同様である。地獄に追いやられるのでなく、自分ですすんで地獄の穴にもぐりこんでいくのである)。
 ヘブル民族は農耕は不得手である。彼らは牧畜の民族である。アダムがエデンの園を出て以後、農耕生活に入ったということは、この物語の始めは農耕民族シュメール人たちの間に伝承されていたことを示している。(つづく)
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by hioka-wahaha | 2009-06-16 18:04 | 日岡だより

No.387 主の御名を呼ぼう 2 2009.5.31

主の御名を呼ぼう 2

 この時、ペテロは、「私がいやすのではありません」と言って、一切の責任をイエス・キリストの御名におっかぶせて按手、「無為の為」を意識的に行動する不思議な業をする。そしてその按手という接触で老女のライ病はきよまるのである。その老女の主観的いやされゆく過程は、体験したものでなくては書けないものである。(この「無為の為」を意識的に行為するという意識と無意識とが止揚された無為的行為こそ教育や伝道における最も大事な点であるが、今はこれにふれない。)
 主人公ベン・ハーが若い時、刑場にひかれゆくイエスに、イエスと知らずして水を汲んでいくところがある。その時、イエスは澄んだ目でベン・ハーをごらんになる。その一瞥がベン・ハーの魂に重いいかりのように落ち込むのである。イエスの眸にみいられたもの、それこそベン・ハーである。そして私たちではないか。
 こういう接触(ふれあい)こそ、人間を作っていく。人間を情緒的に育てていく第一の接触は母親の乳房とその肌である。人間が親をはなれて、異性を求めあう時にも、その愛をたしかめるものは皮膚接触である。純情な大正時代の男女は、互いに髪の毛が頬にふれたり、小指がさわったりするくらいで、心臓がときめいたものであるが、今の人はどうであろう。それはともあれ、母親は子供を一日に何度かほっぺをさわったり、指きりゲンマンしたりしてさわりなさい。父親も一日に一度は大きくなった子供でも肩を叩くなりして接触しなさい。時にはすもうでも取るのが一番いい。夫婦の間では、まして一日一度は接触の時があっていい。これは何も性的な意味で言っているのではない。西洋流のキッスはその点では本当にいい風習である。
 内村鑑三が「あるものの胸にやどりしその日より輝きわたるあめつちの色」とうたったそのある日とは何か。
 インドのタゴールが、ある日突然目ざめる如くしてヒマラヤのふもとに立つ時、目に入ってくる万象すべて神秘な輝きにみちていたという。
 ロマン・ロランが若い日突然、太陽ならぬ太陽の如き白光にふれる。それを「ジャン・クリストフ」の終りの方に書いてあるが、あれも神秘経験したことのあるものでないと読み得ない処だ。
 そういう、霊的接触にふれて目ざめる思いのする時、それを回心といい、悟りという。
 ニコラス・ヘルマンは木の芽を見て回心したという。支那のある禅師は瓦の音を聞いて悟ったという。そういう何気ない自然のしぐさの中に、人間革命の拠点を得るという事、これこそ自然の無意図的教育であろうか、はたまた、神の無為の為であろうか。
 かくて、我らは神との接触に目ざめる。宗教生活とはつまり神との肌のふれあいなのである。
 
  アダム一家 
    主の御名を呼ぶ日まで 

 
 アダムは祖父になった。その子セツは父になった。セツの妻にエノスが生れたからである。その時セツは百五才、アダムは二百三十五才である。アダムは九百三十才まで生きたそうなので、おじいさんになったとはいえ、まだまだ若い、今で言えば壮年期である。
 アダムは、以前二人の子供がいた。兄をカインと言い、弟をアベルと言う。カインの名は有島武郎の小説で、日本でもよく知られている。このカインは根は正直ものだが、カッとくる方である。神への捧げもののことで、アベルを恨んでこれを殺した。何故、カインはアベルを殺したか、心理小説を書くとよい中編ものでもできそうだが、そこは聖書はカンタンである。何故って? そりゃカインは悪くアベルは善人だったからさ(Ⅰヨハネ第三章一二)。「故に、アベルの血よりザカリヤの血に至るまで今の代は糺(ただ)さるべきだ(ルカ第一一章五一)」と、イエスの言葉の端にさえ上ってくる。
 そんなわけで、カインはアダムのそばから逃げていく。
 カインは急に気弱くなって「私は今追放されて地上の放浪者となろうとしています。わたしを見つける者はだれでも私を殺しはしないでしょうか」と神に祈る。そのとき人類の父祖アダムとその妻エバと、当のカインのほかには地上に人はいない筈であるのに、誰が彼を見つけて殺すというのか。誰でも気付く聖書の矛盾であるが、雄大な聖書物語の構想はそんなことでたじろぐものではない。それどころか、あつかましくもその記事のすぐあとには、カインの妻のことを書いてある。そのカインの妻というのは一体どこから出て来たのであろうか。
 私自身計算したことはないので正確には言えないが、聖書の中の系図だけをたよりにして計算すると、アダムの造られた(生れたのではない)のは、大体BC四千年である。BC四千年というと人類の歴史では銅石器時代で、シュメール人などが文字を発明しかけた頃である。だから、アダムがクロマニヨン人だのネアンデルタール人だのとさかのぼって、遂に猿の従兄弟にちかいところあたりの人であろうと想像するのは、科学的には勿論まちがっているが、聖書的にもおかしいのである。
 生物学的に言えば、人類は霊長族の一種であって、動物進化の最先端を行っている(と自分で自惚れている)。それを聖書の目で見よう。創世記の第一章に出てくる天地創造の物語の第五日目、「神は地のけものを種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うもの種類にしたがい造られた」とある。このときの第一日、第二日を今の二十四時間の一日のことであると素朴に思い込む人はそう多くはいないであろう。それは地球上の十万年とか百万年とか一億年とかいう長い時のきれめをさす言葉であろう。さて、ダーウィン流に言うならば、今の人類は、この第五日目の地のけものたちの一種族のなれの果てである。創世記第六日目に出てくる、わざわざ神の手により造られ、神のかたちに似せて造られたという人類の祖とは、第五日目の地のけもの族の人類とは全く異質のものなのである。
 キリストは第二のアダムであると言われる。同じ血肉をまとっているけれども彼はこれまでの人間とは違う異質の新人類のあけぼのなのである。同じようにアダムもそうであった。(Ⅰコリント第一五章四五)猿人以降、旧石器時代をとおして地球上にはびこって来た二足直立のこの動物、それと外観上は少しもかわらないかもしれないけれども、聖書はわざわざ第六日目をあげてアダムの創造を特記しなくてはならなかったのである。神はアダムに息を吹き入れ、アダムは活ける者となった。それまでの猿から一歩も抜け出ていない死んだ人間ではない。そして人類の歴史に文明が始まる。BC四千年の頃である。人類の文明については聖書は前述したカインの子らにその栄光と責めを負わせている。牧畜も、音楽も、鉄器の製造も。そこには、文明というものが、神の子らの知恵によることを承認しつつも、またその中に殺人者カインの血の混じっていることを、そしてカインの妻の血の混じっていることを匂わせている。
 カインの妻は、アダムの子ではないのである。カインは、さきにのべたように他の土地に追放され、放浪する身となった。彼は他国の旧人類(けもの族)をおそれたけれども、神はカインを守られた。アベルの故にあれ程怒って追放を決行しつつも、これをあらゆる仇より守ろうとされる親分肌の神の愛は、のちに似たような形でアブラハムの妾ハガイとその子イシマエルに示される(創世記第二一章八~二一)。それはともかく、カインは新人類の祖アダムの長子として、旧人類に対し一等ぬきんでるあるものがあった。神が彼に、だれも彼を打ち殺すことのできないような一つのしるしをつけられたからだという。人類が火を持つことにより他の猛獣の恐怖から救われたように、カインもまた何か一つのものを与えられたのであろう。それはたしかにのちのち牧畜、音楽、鉄器という文明開発への基礎となるあるものであったと思われる。(つづく)
(1968年執筆の「主の御名を呼ぼう」を連載しています。)
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by hioka-wahaha | 2009-06-02 11:28 | 日岡だより