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No.356 グルーバー先生提唱の歩行祈祷の恵み 2008.10.26

グルーバー先生提唱の歩行祈祷の恵み

 先週日曜日の夜は、ヘンリー・グルーバー先生を講師として迎え、特別聖会。永野先生や橋本先生の教会の信徒諸兄姉の応援もあって、礼拝室は満員でした、感謝!
 歩行祈祷の提唱者として世界を巡っておられる先生のメッセージには、懦夫(だふ・意味は辞典で調べて下さい)をして立たしむる力がある。
 録音テープがありますので、お聞きになりたい方、また当日出席された方でも、もう一度お聞きになりたい方、お申込みください。
 歩行祈祷には、祈祷者の行く道々の周辺に福音の霊的種を下ろす第一の使命があります。
 第二には、歩行祈祷者自身に恵みを与えます。これまで一片の思いも祈りもなくボンヤリ歩いてきた町々に対して神様からの愛を覚えます。
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 そして、歩くという単純な人間の行動が聖霊によって神様の手足となったという感銘を覚えます。こうして私たちが無自覚にやってきた様々の肉体的行為の中に聖霊様の充満を頂いて、霊と愛の意図をもって、いかなる小さい行為でも、これを主に献げ、主に用いられて聖化される幸福を悟ります。
 これは日常の様々な小間切れの動作や行為、思いを聖化するコツを覚えます。
 ブラザー・ローレンスが言う、日々生きる人生のさなかに神様の臨在を覚え、如何なる時にも神様から離れられない、いや神様に捉えられているという、恵みの生活です。
 これは決して、飛び抜けた聖人級の信仰ではありません。誰にも与えられる恩寵であります、秘訣はただ一つ、無邪気に求めることです。平凡なクリスチャンにも必ず与えられる神様の恵みです。《く》

 
九六位山より大分市の救いを祈る

 ヨハネの黙示録の解釈ともなると、小生は牧師と称してはいるけれども、まったくのしろうとに等しく、無力です。
 その17章にあげられる「大いなるバビロン」というのは、多分、当時のローマ帝国の首都ローマを差すのでしょうか。
 ローマの繁栄はローマの堕落の影です。首都ローマを囲んで、7つの山があったらしくあります。ヨハネの黙示録では、この7つの山を7人の王に例えて預言を語っています。
 都市の背後にあり、また都市を囲む山々には霊的な圧力が感じられます。
 エルサレムではシオンの山は神様の権威、保護の象徴です。「大いなる主、誉め称えるべき主」の賛美の最後、「北にそびゆるシオンの山は大王の都」とあって、シオンの山を誉め称えています。
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 先週の月曜日、橋本先生から提案があり、ヘンリー・グルーバー先生と一緒に九六位山に登ろうと仰有るのです。早速OKして、3人で落ち合いました。
 目指すは九六位山です。大分市の中心より、やや離れ、大野川の東、大在、坂の市の南、451メートルの低い山ですが、近くの人たちは何やら意味あり気に、この山の名を呼びます。
 グルーバー先生と一緒に登って(と言いましても実は頂上まで車で行けます。呵々)頂上に着きましたら、早速そこで見たのが、小さい掲示板があり、「この山の主は摩利支天である」と書いてありました。ショックを受けました。摩利支天とはインドの神様ですが、日本では昔、武士たちの摩利支天信仰が強かったと言われています。
 ともあれ、頂上に立つと大分市の中心が丸見えです。私は瞬間、思いました。ここ、九六位山は大分市を支配しようとする、悪魔軍団の一拠点だなということです、ここが九六位山が東の拠点であるなら、南の霊山(当地では「りょうぜん」と呼ぶ)もその一拠点、西の高崎山の裾にある柞原(いすはら)神社の森もその一拠点、この三方から悪魔軍団が大分を見張っているという感じです。
 先に書いたローマの7つの山の意味は、私にもよくは分かっていないのですが、以上に紹介した大分の3つの山々を思い出して、この3つの場所こそ私たちが悪魔軍団から取り返して、大分市を守る祈りの拠点とすべきだ、また悪魔追放の基地として、特に重視すべき所だと、感じたことです。諸兄姉よ、祈りの重要視点として記憶してください。《く》

〔祈って下さい〕恥ずかしくって、残念で、書きたくないのですが、今年はこのまま推移すると、受洗者が一人も無かった年になりそうです。
 先だって、私が「将来のことですが」と断わりを入れはしましたが、一種の引退宣言をやってしまってから(これは大失敗でした)、当教会に疲労感が湧いているような気がします。
 あの引退予告めいた私の言葉を忘れて下さい。私は死ぬまで、引退しません。伝道と牧会に専念します。もうすぐ、クリスマスです。クリスマス礼拝の時、バプテスマ式を執行したいです。皆さん、祈ってください。受洗希望者を牧師に紹介して下さい。この秋を正に収穫の秋としましょう。《く》

【お知らせ】TLオズボーン先生の「キリストの癒し」の再版が出来ました。神癒の実践的手引書としては最高です。私の神癒伝道もこの冊子から始まったのです。
 また私の著作「信仰の確かさ」も再版が出来ました、初心の方への指導書としてお勧めします。
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by hioka-wahaha | 2008-10-28 15:54 | 日岡だより

No.355 ワッハッハハ秋の一泊聖会 2008.10.19

ワッハッハハ秋の一泊聖会

 先週主日10月12日から翌日13日にかけて、予定のとおり、一泊聖会を営みました。場所は別府市の海岸にある九州電力別府保養所・照波園です。立派なものです。今後、春秋の聖会も可能な限り、この場所を使わせて貰いたいと思いました。(昨年まで、よく使わせて頂いた湯布院の望岳荘も同じく九州電力の施設です。すべて相良姉の九州電力在職のゆかりに頼ってお願いできています)。さて、
 12日の夕刻でした。皆さん集まって、なんと言うことも無く、突然「ワッハハハ」と笑い始め、如何にも祝福された聖会を象徴してくれました。《く》


秋の信徒一泊セミナー感想
                                  上木則男

 10月12日(日)、恵まれた主日礼拝後、好天にも恵まれ秋晴れの中で先生を含め20名の兄弟姉妹が目指す別府の照波園へ向かう。主の豊かな導きで、全員、元気に照波園保養所へ到着、保養所の恵まれた環境と東側に望む別府湾の潮の香りとで心身ともに癒された感じでした。
 兄弟姉妹がそれぞれ保養所内の散策を堪能の後、第一聖会が開会された。牧師のメッセージ、使徒行伝14章1~10の御言葉の解き明かしによる。ルステラに足なえの人で、歩いた経験が全くなかった人がいた。この人がパウロの語るのを聞いていた。パウロは彼をじっと見て、いやされる程の信仰があるのを認め、大声でまっすぐに立ちなさいと言った。するとその人は踊り上がって歩き出した、という記事からのメッセージである。現代のクリスチャン一人一人が強い信仰を持って神の御言葉(みことばには魂を癒す力がある)と牧師のとりなしによる祈りによって、心から疑わず、必ず癒されるという強意を持って神に委ねることの重要さをあらためて、恵みとして頂けたことに感謝です!
 そして、夕食の時ですが、佐藤姉、江良姉、原田姉のご主人が共に我々兄弟姉妹と共に食事をしながら、交わりの時を持てたことがたいへん嬉しく思います。3人のご主人共、それぞれの人柄が出ており、良い印象を持てたことが何よりの恵みです。この交わりをキッカケに、福音に根ざす事ができ、夫婦そろって礼拝に臨むことが出来るようにと、私は心の中で主に委ねました。ハレルヤ!
 夕食後の第二聖会。牧師のメッセージはテモテ第二の手紙2章8~13の御言葉によるものでした。8節の「イエス・キリストをいつも思っていなさい、これが私の福音である」という御言葉をいただき、日々の生活の中で心の中でいつも絶えずイエス・キリストを思うことの大切さを学ぶことが出来た。
 この牧師先生のメッセージの後に祈りの時間となり、兄弟姉妹が一つとなり、聖霊のうねりのようなものを感じた。そうしているうちに姉妹同士が聖霊に酔ったような激しい祈りで悲鳴とも言える、まさに使徒行伝2章のペンテコステの「激しい風が吹いてきたような音が天から起こってきて、一同が座っていた家いっぱいに響きわたった」とあるように、私は驚きを感じるとともに、自然に姉妹の中に身を投じて、激しい祈りを受け、主の臨在に浸っていた。このような体験は初めてであり、何とも表現しがたい感動を覚える。
 10月13日(月)、聖霊様に酔ったような余韻で第三聖会の早天祈祷会を迎える。牧師先生のメッセージは詩篇第42篇1~11節の御言葉をいただく。そして、聖フランシスコの話の中で祈りの方法を導いていただき感謝!
 朝食後、いよいよ最後の第四聖会。牧師先生のメッセージはローマ人への手紙から。第7章では心の法則と罪の法則、第8章では御霊の法則の解き明かしをいただく。そして37節の「私たちを愛してくださった方によって私たちはこれらすべての事において勝ち得て余りがある」という御言葉をいただき、信仰の確信を新たにする。
 以上、2日間にわたる信徒一泊セミナーは、主の豊かな恵みの中で大収穫となり、来年もこの場所で恵みをいただくことを願う。ハレルヤ!アーメン

 
 
会堂の前景が映えて…

 この月の6日だったか、伊丹市在住の冨久孝雄兄が来て、以後6日間教会の和室に宿泊して、会堂の玄関の上屋の前景の壁をきれいにしてくれた。
 随分、久しく放ってあって、信徒諸君の間からは度々業者に出して塗り替えようと申し出のあった箇所であったが、私は何んとなく気が進まず、工事しないままに過ごしていたのである。
 その箇所が気になったのであろう、それを見て冨久兄が屋根に上がって修理を始めた。言わば冨久兄のお得意の工事なのだったらしい。
 冨久兄は私の従姉・三好朝子さんの息子さんである。
 私はもともと兄弟のない一人息子だったから、従兄弟や従姉妹たちにひどく親近感を覚える癖がある。特に、三好家は徳太郎伯父の「復活社」に近かったので、毎週の日曜集会のあと、三好家に寄って遊ぶことが多かった。特に上記の朝子さんや、師範学校の優秀生であった釘宮大祐さんと一緒になって、一般のランクを越えて、やや上質の遊びが出来るのが魅力だった。こうした従兄弟(従姉妹)仲間の楽しさを私は忘れることが出来ない。
          *
 さて三好家には家系を継ぐものは朝子さんしかいなかった。そこで、婿養子を迎えねばならないことになる。そして三好家の家業は薬局だった。だから薬剤師の資格を持った婿さんを捜さねばならなかった。その条件にあてはまったのが、当時、別府の九州大学別府温泉治療学研究所におられた冨久のお父さんだったのである。
 私は、この冨久のお父さんが当時の三好家のすぐそばにあった釘宮家の本家に案内されて来られた時の様子を今もはっきり覚えている。そしてその夜、私を含めて親族一同の引き合わせをすませ、結婚の準備が出来あがって行った、それを身近に見ていた若い私には全く物珍しいものの動きであった。
 この時の結婚は実態は入り婿祝言であったけれども、当の冨久さんも長男だもので、姓は変えられない、止むをえず冨久姓で籍を保ち、今の冨久兄に継がれているのである。
 こまごまとした昔の籍の話で記事も手間どったが、ともかく冨久兄がこの教会の前面の壁を塗り替え、当教会のだいぶくたびれた憾のあった玄関の上屋が一気に生き生きとした姿に変った喜びを書きたかったのである。折よき時に冨久兄も現れてくれたものである。
 最後に大事なことを書きたい。この冨久兄の祖父、つまり朝子さんのお父さん三好五百吉さんのことだ。この方こそ私の父、釘宮太重に信仰を伝え、そして釘宮家一族がひしめくように打ち揃ってクリスチャン一族になってゆく元起こしの人物だったのである。
 折よき冨久兄の出現も神様のお取り扱いであろう。万事が良し。これは教会の全ての移り変わりに当てはまることである。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-10-21 13:46 | 日岡だより

No.354 平和だ、無事だと言っているうちに 2008.10.12

平和だ、無事だと言っているうちに         
           - 第一テサロニケ5:3 -

 本紙349号で「世界から戦争が無くなる時がきている」というエッセイを書きました。350号でも似たことを書きました。「今や世界は表面上平和に見える」という主張です。
 今日、日本や世界で、こんなことを言っている人が私のほかにいるでしょうか。私一人かも知れません。
 私はプロの評論家ではありません。この「日岡だより」や、最近は笹井さんの好意で「ハーザー」誌にだけ取り上げて頂いている貧しい書き手です。
 だから反面、大胆に何でも書きたいことを書いているということになります。つまり一人よがりの文章になってしまいやすいということです。
 別に、どこからも反響はありませんし、私もそれを期待していません。大正の文人で「みみずのたわごと」という随筆を書いた人がいますが、この私の拙文こそ、正に「みみずのたわごと」みたいなものです。
 地べたにひそんで、ブツブツ言っているだけですが、そのうち共鳴してくれる人が出て来るかもしれませんね。
 私はキリスト様の伝道が使命ですから、いつまでもこのヘンな世界平和論をぶつ気はないのです。とは言え、「現代、世界は平和である」という意見は今のうちにはっきり語っておきたい、と心に期しています。とは言え、その平和は聖書でいう全き平和ではない。そのこともはっきりしておきましょう。
 私の言う、「今の世界の平和である」という平和は「疑似平和」です。しかし疑似平和でも良い、それが無いよりは良い。それが私の意見です。
           *
 こう考えるのです。たとえ疑似平和でも、戦争をやってるよりは良い。かつてのソ連とアメリカではないが、冷戦という時代があった。しかし、冷戦でも熱い戦争よりは良い。この考え方は実利的で、根本論としては曖昧でしょうが、現実論として成り得る考え方です。
 繰り返しますが、冷たい戦争も、熱い戦争よりは良い。同じ論法で言うと、冷たい平和でも、平和が無いよりは良い。
 冷たい戦争の時代が、冷たい平和の時代に変化する時、人々は次に冷たい平和が暖かい平和に移行することを願わないでしょうか。
 グルジア辺りで停戦協定が模索され出すとき、そこでは、まだまだ戦争気分が暗流しているにしても、つまり冷たい平和であるにしても、そこに次の暖かい平和の気分の芽が息吹いていることは確かです。
 本紙349号で「世界から戦争が亡くなる時がきている」と題して書きましたが、本当は「今すでに、世界は平和ではないか」という認識を訴えたかったのです。
 電波も、旅行団も、ファッションも、マンガも、自動車も、地球をグルグル廻っています。かくて、全世界が平和です。こんな時代はかつて地球上になかった、と言っても言い過ぎではないでしょう。
 「人間は本来喧嘩好きで、地球上に戦争のなかった時は一日もない」という言い方をする人もありましたが、世界歴史を振り返れば、そうも言えるでしょうか。さて、
 ここで一つ、聖書的命題を出してみます。第一テサロニケ5:3を選びます。言わく、
「人々が平和だ、無事だと言っている矢先、世の終わりがやって来る。」
 というみ言葉です。私が「今は平和です。今は平和です」と、ひっきりなしに言っている、この状況が、もし私一人でなく、大勢の人々が言い始める時が来るとします。
 すると、その矢先、世の終わりが来るという聖書の預言ではないですか。私はこのお言葉に気づいた時、仰天しました。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-10-14 12:18 | 日岡だより

No.353 互いに励ましあいなさい 2008.10.5

互いに励ましあいなさい
          - 第二コリント13:11 -

 先日の、ある朝の目覚め前のことです。印象深い夢を見ました。日本列島から、ワッとクリスチャンの大衆が踊り出て来るのでした。そして、神様が彼らに呼びかけていました。
 「日本のクリスチャンたちよ、互いに励ましあいなさい」
 夢の印象としては、野球やサッカーの選手たちが、これから始まる試合に向かってダッグアウトから飛び出しかけている姿でした。
 お互いに声をかけあい、肩や背を叩きながら、興奮一杯の選手たちの姿でした。
 以下の文章をお読みください。今こそ、世界に向けて「キリストの平和」宣教の大好機であります。
           *
 先日、本紙の9月7日の349号で書きましたが、世界は今、平和です。本来的な意味で、人類の心から闘争心が無くなったとか、世界の各国から全く戦争準備機構が無くなったとかいうのではありませんし、世界の国際間に戦争への心配は全く無いとは言いません。しかし現時点、現地球上において、いわゆる戦争なるものが起こり得る可能性は殆ど無きに等しいと私は思っています。
 目下、戦争らしきものが只一つ、全く小規模で起こっていますが、西南アジアの一小共和国グルジアだけです。グルジアという国はソヴィエット連邦の一共和国ですが、面積は当大分県とどっこいどっこい、人口は大分県の四倍くらいですが、調べてゆくと、何か大分に親しみ深く感じる田舎らしい国です。
 ここだけで、戦争が行われていますが、概観すれば、今、地球には戦争はほぼ行われていません。《く》


キリスト教界に大キャッチフレーズが無い

 日本のキリスト教ジャーナリズムの筆頭はキリスト新聞だろうと思うが、その巻頭にある標題そのもの「キリスト新聞」の文字の両側に、アッピールの2行の文字がある。創刊者賀川豊彦先生の撰文だったはずだが、言わく、
 (一)平和憲法を護れ。(二)再軍備絶対反対、の2句である。
 なるほど、これしか無いだろうと思うが、又これしか書けないのだと察すると、同情に耐えない。
 (一)も(二)も、あまりに当たり前すぎて、圧力がない。つまり前号あたりで書いたように、今は全世界に平和が行き渡っていて、それを現状承認しただけの言葉に終わってしまうのである。戦前の「大政翼賛」に似ている。大政翼賛(この言葉の虚しさ、腹立たしさを覚えて居る人は今何人くらい日本にいるだろうか)式の言葉で、聞いても、読んでも、あくびが出そうである。(「大政翼賛」という言葉の意味がよく分からない方は、80歳以上の老人に聞いてください)。
 もっと刺激的な言葉で、いま日本の現状を突き上げることは出来ないものだろうか。例えば、こうだ。
  一、日本国憲法の前文を書き直せ。
  二、自衛隊をぶっつぶせ。
 一、で言いたいのは、日本国憲法の絶対平和主義を、その支えとして世界の友好国の理解援助を期待しているだけでは情けないということである。世界中から反対されても、この絶対平和主義を護るとは言えない、日本政府の気弱さ。この気弱な前文に気づかない国民の無関心。「平和憲法を護れ」などとは恥ずかしくて口に出して言えない。
 二、では「再軍備反対」とは何を今更、白々しいことを言う? すでに、自衛隊を持っていて海外派遣までしている国の国民の言えることではない。キリスト新聞としては、もっと極言してほしい。再軍備反対どころか、日本の絶対平和主義を貫くためには、現状の自衛隊を放棄して、今後絶対、偽装再軍備をしませんと言い抜くべきなのである。《く》


ぼつぼつ、本紙も休刊か

 本紙休刊の時期もぼつぼつ近づいたようです。問題は、主筆としての小生(釘宮)の能力低下にあります。先月でしたが、私がふと主日説教の中で言い始めたのです。
 「どこの牧師さんも、大抵75歳くらいで、定年引退なさるのが普通です。この教会はどこの組織にも属さず、釘宮一個の独立教会、牧師の定年も引退年限も規定がないので、私個人の思うがままということになるのですが、これでは拙いと思う。
 そこで私も、そこそこで引退したいと思い始めています。目下、すでに86歳です。少なくとも、あと10年、95歳ではもう絶対引退でしょうね。
 ついては、問題は後継者です。私はどこの組織にも属していないので、当然世話してもらえる、後任牧師が居ない。
 また、いけないことに私自身無責任にも、私の後を継いでくれるべき後任牧師を考えていない。
 このまま、私が老齢化すれば、あとを継ぐ人はいないのである。さあ、皆さん、どうしましょう。
 突然、こう言われても、信徒諸君どうしようもないでしょう。先日の礼拝説教の中での、この発言をしましたが、みなさん、呆然としたかも……。
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 私の言いたいことは、皆さんお一人、お一人が、その後任牧師の候補者だと言うことです。
 また重要なことは、私自身、今の教会をそのままで残して行く熱意はないということです。些かでも、その名残りが、例えば今ある会堂、その毎週の礼拝や祈祷会や諸集会等、形式的にも存続できれば、私個人の気分としては「良い気持ち」でしょう。しかし、そういうことは全く必要ありません。
 実は「日岡だより」9月21日、351号の最後に「みなさん、さようなら」と書きましたら、何やら意味ありげに見えたらしく、一部の先生がたや読者の皆さんにご心配かけました。極端に言えば、今生の別れのご挨拶に読めたらしく、それほどでなくても「引退ご挨拶」と、見えたかもしれません。
 私の思いもよらぬご心配をおかけしたわけですが。その前後、教会の内部では「引退、引退」と言っていた私としては、この言葉が何やら、神様から誘導された「告白」であったかも知れないと気づかざるを得ない微妙な発言でありました。
 でも、はっきり申し上げると、私の私的意図としては、ここ10年、牧師としての任務を自ら降りる気持ちは決してありません。しかし、加齢に応じて事実、体力、気力、知力、その他、多方面で弱って来ていることは疑うべくもありません。先々週あたり、「引退宣言」をほのめかしたのも、そのあたりに理由はあったわけですが、最後に言いたかった私の気持ちは、みなさんそれぞれに釘宮牧師の後継者としての覚悟を持って、今後のみなさんの信仰生活、教会生活を、巻頭第一頁の文章のように、互いに励ましあって、努力、健祷(!)、発展してくださいということです
 形式的には今のキリストの福音大分教会はつぶれても良いのです。皆さんは散って別れても結構。適当に気の合う信徒諸君は自由に集会形式を作っても結構です。
 かつて内村鑑三先生は召されると同時に遺言により内村聖書研究会は解散しました。そして、それぞれの高弟たちが、それぞれの聖書研究会を立てて日本の無教会陣営の堅実旺盛さを世に示したのでした。
 キリストの福音大分教会の今後は神様と諸兄姉にお任せするばかりです。神様が最善をなしたもう。しかし、また諸君、主に任せられた使命を充分に護り、主の栄光を現わしてください。天地に満ちる我らの主様に栄光を!《く》
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by hioka-wahaha | 2008-10-07 11:35