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No.343 救いの確かさ(四) 2008.7.27

救いの確かさ(四)

 小説家の五木寛之さんの「他力」という本を読みました。なかなか面白い。日本人の宗教意識がよく出ています。「他力」とは、法然や親鸞が発見した浄土信仰の極致です。この信仰はつまり阿弥陀仏信仰です。
 阿弥陀仏とはもともと法蔵菩薩と言う方、この方が衆生を救済しようとの願をたてる。その四十八願の中の第十八番目、「世の人々が南無阿弥陀仏と私の名を心から信じて口に唱えるなら必ず救われて浄土に生まれるように」(意訳)との願をたて、長い長い修業をされ その願を成就します。そしてついに阿弥陀仏という仏さんになられたというのです。
 この名前を説明しますと阿弥陀は原語で無量寿もしくは無量光、つまり、キリスト教式に読むならば、「永遠の命、無限の光」と読めますね、これはヨハネの福音書特愛の熟語です。仏という言葉は原語でブッダでして「悟った者」という意味です。ちなみに釈尊は特に尊ばれて、その悟った者の代表者のようにほとけ様と呼ばれるのです。
 南無阿弥陀仏の「南無」とは、帰依する、委ねる、命をかけて従うという意味。「そのとおりです」と言って全托する言葉です。キリスト教のアーメンと同じと言ってもよい。だから、クリスチャンなら「南無キリスト」と称名しても可笑しくはない。称名の信仰は「主の御名を呼ぶ者はみな救われる」という私たちの信仰と実によく似ています。真宗の信仰を神学者カール・バルトが東洋における宗教改革者の福音に並行的に最もよく似た宗教と称賛したそうですが、さもありなんと思います。
 しかし、イエス様は修業して救いを成就されたのではない。イエス様はもともと天におられ、天地の創造以前からキリストであられたのである。そのキリストが人類を罪より救うため地上にくだり、人の形を取って身代わりの死を遂げてくださったのである。イエス様はご自分で堂々と「私は道であり、真理であり、命である」と言われる。また「私は世の光である」とも言われた。イエス様は「永遠の命、無限の光」を悟った方ではなくて、「永遠の命、無限の光」そのものであったのです。
 この真理(永遠の命、無限の光)なるイエス・キリストというお方が私たちに人格として現われ、迫ってき、そして私たちの中に入って来、更に居続けてくださる、これがキリスト教です。キリスト教は単なる宇宙の意識や宇宙の法則を悟って、それで良しとする宗教ではないのです。
 日本における仏教は真宗、禅宗、日蓮宗、真言宗など、東洋において集大成されたすぐれた宗教です。そして究極的には自然のなかに隠れた法の世界、つまり「自然法爾」を尊び、「自然髄順」に生きることを目標とするように思えます。冒頭に紹介した五木寛之さんの「他力」という本にもそのように書いてあります。するどい視点だと思います。
 しかし、これは神を時間の支配者、歴史の支配者と信じるキリスト教の信仰とは随分と違います。とは言うものの仏教的悟りというものはやはり大変に凄いものなのです。
           *
 代表的仏教者の悟りについて、二、三、紹介してみたい。
 白隠という人は今の静岡県を歩いて旅行した時、富士山は一度も目にはいらなかったというほど熱意をもって悟りを求めた人です。彼が越後高田の路上で夕暮れの鐘の音を聞いて遂に卒然として悟りを得た時、欣喜雀躍して路上で旅の荷物を放り出して踊ったという。
 また中国の香厳和尚は旧師から「お前の生まれる以前、お前はどこに居たのか」と意地悪な質問をつきつけられて答えられずに泣く泣く師の前を去って山寺に逃れて修業していた。ある日、瓦のかけらが落ちて手水鉢に当たり、その音を聞いた瞬間、長い間苦しみ求めていた悟りを得た。彼はガバと地上に打ち伏して遠くにいる先師を礼拝したという。
 親鸞は「ただ念仏して弥陀にたすけまいらすべし」との法然上人の一句を聞いて、アッと信じただけなのである。「ほかになんの子細もありません」と親鸞は言う。禅語にいう、「一句通ずれば千句万句通ず」と。ただの一句が分かったとき、経典全部が分かるのである。
 無教会の雄、塚本虎二先生が言った「聖書は数学の教科書とは違う。数学の教科書だったら、第一頁から勉強を始めて最後の頁まで進めば、それでよい。完全にマスターしてしまえば二度とその教科書をひらく必要もない。しかし聖書は違う。何回読んでも分からなければ、みな分からない。ところが一つの言葉が分かる時がくる。すると聖書の全部がみな分かる。そこで、もう二度読む必要がないかと言うと、そうではない。何度も何度も読めば読むほど、新しい光が差し込んできて、読むのを止められないようになる」と。
 日蓮が法華経の神髄にふれたのは、きっとそういう触れかたをしたはずだ。そうでなければあんな熱烈な宗教を生み出すはずはない。法華経の中心命題は久遠の成就者、久遠の存在者ということであろうか。日蓮は限り無く永遠者に近づいた人だということができる。内村鑑三が「代表的日本人」の一人に日蓮を選び、矢内原忠雄が「余の尊敬する人物」の一人に選んだ訳は分かるように思う。
           *
 「自己実現」という言葉を精神訓練の本などでよく見かけます。この言葉の創唱者はマズローだと思いますが、よく使われる言葉です。たしかに自己を励まし、自己を訓練するには良いガイドワードです。仏教は、この言葉でカバーできるかもしれません。しかしキリスト教は違います。キリスト教は「キリスト実現」を目標とするのです。
 キリスト教は、永遠の生命であり無限の光である救済者ご自身が、私たちの霊の中に乗り込んでくるという教えです。
 16世紀の宗教改革者マルティン・ルターという人を見ましょう。彼は、友人が落雷によって死んだ、そのそばに彼は居たそうです。その経験から彼は信仰を求めるようになったという伝説があります。
 それはともかく、彼が修道院にはいって深い罪意識に苦しみ、ついには気を失って床のうえに倒れるまでに苦行に励んだと言われます。しかしそういう肉体の修業を如何に努力しても、心に真の平安を得ません。こういうところは法然や親鸞によく似ています。
 ある時、ルターはシュタウビッツというすぐれた上長の神父に会います。シュタウビッツはルターを一見して彼の深刻な苦悩と彼の誠実な霊性を見ぬきます。そこで忠告するのです。「キリストは威嚇する方ではない。慰めてくださる方です」。この一句は強い矢のようにルターの胸を貫いたと言います。そして更にシュタウビッツ師は言うのです。
 「イエスの傷を見るが良い。君のために流されたイエスの血を見るがよい。そこに神の憐れみが見えるであろう。贖い主の腕に君自身を投げかけ、彼の義の生涯と犠牲の死により頼むがよい。彼が先に君を愛したのだ。それ故、君も彼を愛するがよい。そして君の難行苦行はすっかり棄ててしまいなさい」と。これを聞いてルターは自分のへそばかり見ていた自分から解放され、ただキリストだけを見上げる人になりました。
 ルターはあらためて聖書を開きました。そして、あの一句が彼の霊を捉えるのです。「義人は信仰によりて生くべし」(ローマ1:17)、この一句によって宗教改革は始まるのです。(自著「信仰の確かさ」より抜粋)《く》
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by hioka-wahaha | 2008-07-29 18:54 | 日岡だより

No.342 救いの確かさ(三) 2008.7.20

救いの確かさ(三)

 「救いの確かさ」というのは、しばしば「入信の確かさ」であることが多い。次に三つの尊い証しを紹介します。第一は、イスラエル生れのユダヤ人ルベン・ドロンという人のことです。
 彼はゴラン高原の戦場で、近くにいた戦友が弾丸で倒れる死の現場を見た。兵役を終わった彼は改めて死と生の真理を求めた。しかし、人の心は可笑しなもので、かえって彼の心は堕落し崩壊する。でも、不思議!その時、一人のすばらしいクリスチャンに会う。彼は訴える。「私も生ける神に会いたい。どうしたら生ける神に会えるだろうか」。その友は答えた、「ひざまずいて、神の御顔を求めるんだよ」
 ドロンは裏庭の茂った草むらにひざまずいた。そして見えない神に語りかけた。いろんな難問を神に浴びせた。彼の唇からは沢山の質問が出た。しかし神からはなんの応答もなかった。かえって明確に聞こえるのは「祈るのは止めよ、止めよ。お前の馬鹿げた質問に答えてくれる者なんか、いるものか」という悪魔の声であった。
 やがて彼の質問の種も切れかけた。最後に言った。「神よ、あなたに近づくためには、あのナザレのイエスを信じる必要があるのですか」。なんと、その時神はお答えになったのだ。天からの声があきらかに聞こえた。「しかり、お前にはあのナザレ人イエスが必要である」と。
 この言葉が彼を変えた。神様からの命が尚も続いて注いでくるように思えた。彼は神様からの命を飲みつづけた。彼は生ける神に会ったのである。彼は今、日毎、ユダヤ人たちにイエスの命を証言している。(「ハーベスト・タイム」1998・10月号より適宜抜粋して転載しました)。
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 次はジョン・ラジャーというインドの人のことである。彼は子どもの頃から口に障害があり、声を出して話すことができなかった。
 だれも彼を相手にしない、孤独です。14歳の時、彼は苦しみのあまり自殺しようと思った。夜の12時ごろ鉄道の線路にたたずんだ。彼は神様が存在することや、奇蹟を行ってくれることは知っていた。しかし、まさか自分の為に奇蹟をしてくれるとは夢にも思わなかったのです。
 彼は短く祈りました。「もし、あなたが居られるなら、私に語り、私の口をなおしてください。そうすれば、私は残る生涯、あなたに仕え、あなたが行けという所にはどこへでも行き、あなたが為せということはなんでもします。しかし今、私の口をなおして下さらなければ、私は列車にひかれて死んでしまいます」。彼は線路に立った。
 列車が近づく、体が震える。もう駄目だ、と思った時、声が聞こえた。「子よ、私はあなたを選んだ。あなたは家に帰って聖書を学びなさい」。彼は驚いて線路を跳びのいた。その彼の横を列車が猛烈なスピードで通り過ぎた。彼は夢中で家に帰った。
 帰ってみると、家族が寝ているので電気をつけられない。祈ろうとするが涙が出て祈れない。しかし気がつくと部屋が明るいのです。神の栄光が部屋に満ちている。その不思議な光の中で彼は聖書を読み始めた。
 翌朝になった時、彼はすっかり自分が新しい自分に変わっているのに気がついたというのです。(この人の、列車にひかれて死にますなどと神様を脅迫?するところや、光で周辺が満ちるところ、実にサンダー・シングや私の父の体験に似ています。アジアキリスト聖書学院の機関紙「CFAニュース」1998・10月号より適宜抜粋して転載しました)。
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 これは日本での例です。木村後人先生の出しておられる「原福音」第20号(1999年2月)に載っていた先生のあかしです。以下に 失礼ながら適宜抜粋して転載させて頂きます。文中私というのは木村先生のことです。
 かつて沖縄の小さな病院に一人の婦人を訪問した。病室の片隅に3人の子ども(長女が中学生くらい)がいて、おじけたような顔で私を見ていた。母親はもう末期症状で衰弱しきっていたが、言葉は意外にしっかりしていた。それはほとんど、自分や子どもたちを捨てて行った夫や、非情な世間に対する恨み言であった。そして終わりに言った。
 「先生、神様や永遠のいのちなんて本当にあるんでしょうか。生きていてこんな目にあうなんて……、私には神さまなんて信じられません」。
 私には返す言葉がなかった。なんとか神の愛を説こうとしたが、そんなきまり文句を語れるような雰囲気でなかった。しかたなく沈黙していた。そして必死で神様に助けを求めていると、突然、ある光景が心に浮かんだ。私は静かに彼女に語りかけた。
 「私はいつか丘の上に真っ黒に焼けたままのソテツが、その根元から可愛らしい新芽がふいているのを見たことがあります。あなたは沖縄の方だから、こういう光景はよくご存じでしょう」。
 彼女はハイと返事しました。「それと同じですよ、あなたの生命は滅びたりはしません。ソテツの根が土にかくれているように、あなたの命は神様の懐の中に隠れているのです。神様にお願いすれば、きっとまた幸せな人として甦らせてくださいます。それにあなたの命はあの子どもたちの中で一緒に居るんですから大丈夫、何も心配する事はありませんよ」。
 彼女はそれを聞いて、少し安心したのか、顔が明るくなり、落ちついて「どうも、ありがとうございました」と礼を言った。
 その直後、私は沖縄を去り、上京した。それから2年ほどして、私を一人の少女が訪ねてきた。彼女は明るい笑みをたたえながら、「先生、私はあの時、病室にいた長女です。先生が帰ったあと、母は別人のようになり、少しも愚痴や悪口を言わなくなりました、私たちにもやさしくなりました。あんな母を見たのは初めてでした。そして亡くなる時もとても穏やかでした」。
 少女の話を聴きながら私の心は感動に打ち震えた。あの宿命に泣く彼女たちを、その鎖から彼女たちを解き放ち、全く新しい人生へと導かれたのは生けるイエスである。私ではない。私は不肖の弟子、ただ呆然自失していただけなのである。
           *
 こうして、生けるイエス様に触れる、あるいは神のみ言葉に触れる、神の聖霊にふれるというようなことが起る。こういう経験によって、とっさの間に信仰に入る人々がいるものである。こういう人たちにとっては「救い」とはまさしく「確かな」ことである。文句のない経験です。
 光や、耳に聞こえるような声は聞かなかったにしても、声ならぬ声を心にしかと聞きとめて信仰の事実を掴むのは前号に書いたアウグスチヌスがそうであった。メソジスト教会の創立者ジョン・ウェスレーもそうであった。内村鑑三もそうであった。私もそうであった。
 しかし私は、長い間、多くのクリスチャンの方々と交わっているうちに、別のタイプの方々のことが分ってきた。以上のような霊的体験、鋭角的回心と呼ぼうか、それが無くても大丈夫なのだ。大きく円弧を描くようにして、ゆっくりと信仰の門に入る人たちもいる。いや、その方々のほうが随分と多いのだということを書き添えておきたい。
 実は、ビリー・グラハムもその事に触れている。彼自身は鋭角的回心だった。しかし彼の奥さんは大きく円を巡る型だったと言っている、感謝!
 もっと極端な例は、私たちの親しい古林三樹也先生です。先生は信徒訓練として自身の入信の証しを作らせるような奨めをよくします。しかしご自身が自分の入信の証しを書いてみせようとして、はたと困った。ご自分がいつ信仰に入ったのやら、記憶がなかったという、ウソみたいな話。《く》

《お願い》
人はどのような経路で信仰に入るものでしょうか。あなたはいかがでしたか。人生の確かさを求めて信仰にはいりましたという真面目な標準型もいましょうし、いえいえ、僕は兄貴に暴力的に無理矢理、教会に連れてこられて、ところが魅力的な女性がいましてね、ついつい教会にはいりこんでしまいましたとか。おやおや、今の奥様がその方ですか、えへへ、その辺、ご推察に任せますとか……。あなたの教会に来られるようになった越し方を教えてくださいませんか。ご寄稿をお願いします。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-07-22 18:52 | 日岡だより

No.341 救いの確かさ(二) 2008.7.13

救いの確かさ(二)

 「あなたはクリスチャンですか」と聞かれて、「はい、そうです。私はクリスチャンです」と答えられる人は幸いです。日本人は遠慮深いというか、恥ずかしがり屋というか、こういう時、はっきり「はい、私はクリスチャンです」と答えられる人が少ないのです。
 「ええ、まあ、クリスチャンのような者です。教会には行っていますがね、エヘヘヘヘ」と笑う。こういう笑いはいけない。
 「はい、僕はクリスチャンです。3年前に救われました。救い主イエス様を私の心に受け入れました。しかも、それからしばらくして聖霊様、神様の聖霊を受けました。それまで泣き虫だった僕が、こんなにすっかり変わりました、ワハハハハハ。僕の行っている教会はすぐそこです。さあ、ご一緒にいらっしゃいませんか」、こういう風にありたい。
 しかし、信仰の確信が無ければこうは行きません。自分に確信が無いのに、無理して右に書いたような愉快なクリスチャンぶりを発揮しなさいと言っているのではありません。まず必要なのは確信、つまり「救いの確かさ」を握っているかどうかということです。
 「あなたはクリスチャンですか」、こう問われて「ええ、だいぶ前、若いときに洗礼は受けましたしね、今も教会に時々行っています。クリスマスやイースターには献金も持ってゆきますよ。別に盗みもせず、姦淫もせず、時おり酒ぐらいは飲みますけれど、イエス様は愛の神様ですから赦して下さるんではないでしょうか。死んで、天国と地獄があるにしても、どうにか天国の門に入れてもらえるのではないでしょうか」。
 これほどではないにしても、こういう程度の人は案外多いかもしれませんね。いわゆるキリスト教国にはこういうクリスチャンが多いかもしれません。日本人の多くが信仰が無くても仏教信者のような顔をするのと同様でしょうか。
           *
 私の母も長い間、まったくその通りだったのです。私がまだ、小学校4、5年生のころです。その頃、母は急におかしくなりました。一日中「神様、神様」とつぶやきながら、家の中を家事をしながら歩いているのです。もちろん座って居るときも同様です。そして朝は早くからどこかへ行って居なくなります。
 「変だなあ」と子供心に思っているうちに、半年もしたでしょうか、ある朝、顔を輝かして帰ってきました。私をつかまえて言います。
 「義人、分かったよ。イエス様が私を救ってくださった。イエス様の十字架を信じるだけで私たちの罪は赦されるんだよ、イエス様は私たちの身代わりに死んで下さったんだよ」
 涙を流している母を見て私はびっくりしました。そして「信仰」とはこのように確実なもの、現実的なものである。本当に人を変える。あの愚痴の多い、おろおろしやすい母をすっかり変えてしまった「信仰」というものに私はびっくりしたのでした。
 母はそれまで洗礼を受けて20年近く教会に通っていました。クリスチャンの父と結婚してから尚更、教会生活に励みました。教会の婦人会の会長もしていました。悪いことは何もしません。時々、愚痴は言うし、人の批判もする、心に嫉妬をいだきました。しかし、そのくらいは誰もしていること。神様は赦してくれると思っていました。
 そういう信仰を牧師も先輩も誰も注意してくれませんでした。いや、ただ一人、夫である私の父だけが「あんたは私にとって良い奥さんだけれど、たった一つ困るのはイエス様の十字架が、よく分かっていないことだよ」とこぼすことがあったそうです。
 母は、「夫は理想主義過ぎるのよ」と思ってさして気にとめず、また父を責めもしませんでした。しかし母は父の信仰を理解していませんでした。父には深い信仰体験がありました。それは劇的な光の体験です。この事はよく、あちこちで書きますから省略します。
 ところで、母は幸いにもあるアマチュアの信仰団体からのパンフレットを受け取ったのです。今も私の机の引出にあります。
 「あなたは本当に救われていますか。あなたの救われているという保証はどこにありますか。あなたは教会の信者を30年続けていますか。しかし、信仰がなければ、その教会生活はあなたの救いの保証にはなりません。あなたは献金をずっと続けていますか。それどころか忠実に什一献金さえ怠らずに続けていますか。すばらしいことです。しかし残念ながら、それでも信仰がなければその献金の継続もあなたの救いの保証にはなりません。あなたは確かに30年前、ちゃんと洗礼をうけて居られますね。そして毎月聖餐式に預かりました。それでも、あなたに信仰がなければ、その洗礼も聖餐式もあなたの救いを保証はしません。あなたはイエス・キリスト様の十字架を信じていますか。十字架の上のイエス・キリスト様があなたをまったく救い、その血潮があなたを全く清めてくださることを自覚していますか」
 これらの言葉は、実は毎週、教会の講壇から聞いてきた言葉です。私の父である夫もしょっちゅう祈りの中で言っている言葉でした。しかし、そうした言葉はどこか遠い世界の言葉だったのでしょう。いわば聞き飽きている言葉でした。天国に行ったら、よくわかるように教えてくださるだろう、とぼんやり考えていました。
 しかし、今や、この言葉が剣のように彼女の心を刺したのです。この確信がなければ、私の死んで行く先は地獄であると分かったのです。それから、彼女の祈りの日々が始まったのです。そして半年もしたころでしたろうか。はじめに書いた母の喜びの体験が訪れたのです。
           *
 アウグスチヌス(AD354~430)は 古代キリスト教会の代表的教父、最大の神学者です。彼がキリスト様を信じた時のあかしが彼の有名な「告白録」に載っています。彼は当時の新興宗教マニ教にも、真摯な哲学新プラトニズムにも傾倒できず、最後に聖書に来ますが、頭で分かるが信じられません。その時、隣家の子どもが歌う「取って読め、取って読め」の言葉に思わずうながされて、聖書を開いてある個所を読みます。その瞬間、「たちまち平安の光とも言うべきものが私の心の中に満ち溢れて、疑惑の暗黒は全く消えうせました」ということが彼に起ったのです。
 これが「救いの確かさ」です。平凡な日本の女にも、古代の知識人アウグスチヌスにとっても、信仰とは体験すべきものです。こう言うと、「えっ?」といぶかる方もおられるかもしれません。
 それは「四つの法則」などで、最後に必ず「信仰とは感情ではありません。信仰とは聖書の言葉に堅く立ち、イエス様の救いの事実に信頼することです。ですから、まず事実、そして信仰、そして感情が最後についてきます」と教えられるからです。
 そのとおりです。信仰を感情体験と取り違えてはなりません。とは言え、しかし、その心に起こる心情的確信はやはり体験すべきだと言わねばならない。このこと、説明が難しいが、言わねばならない。こうした体験のない信仰など考えられません。
 私は言う。でも、感情ではないのだ。光を見たり神秘な声を聞くことでもない。体が倒れたり異言のような霊言現象も、無くてもよい。ただイエス様を信じたという魂の事実。あるいはイエス様が私のうちに入ってくださったという魂の体験が大切なのです。現象的体験は何一つ無くても、「しかし私は信じている」という魂の現実、この「救いの確かさ」を、強調したいのです。《く》(自著「信仰の確かさ」より抜粋)

《私の日記》
7月12日、この日が近づくと、数日前から思い出して、いろいろと感懷が湧く。わが友、荒巻保行の自死の日である。彼の死は私に深刻な人生の目覚めを与えた。それまでは、少女小説みたいな甘っちょろい小説を書いて、数人の友人たちとチッポケな同人雑誌を出して悦に入っていたに過ぎない。その同人誌だが、当時としては大分市で一番大きな書店の店頭に出したところ、(荒巻君の父親と、その書店の主人とが同じ商店街の仲間同士で無理がきいたのである)、4、5冊でも売れたと聞いて喜んだことを覚えている。ともあれ、彼の文章はみずみずしく、しかも歯切れがよい。彼のヴァイオリンの音と全く同じだった。「かなわん」と思ったものである。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-07-15 12:41 | 日岡だより

No.340 救いの確かさ(一) 2008.7.6

救いの確かさ(一)

 世には自己催眠的な「信仰」というものがあります。日本人は昔からそれを知っているようです。
 「いわしの頭も信心から」などと言うのがそれです。こうして世間一般からも、ホンモノでない「信仰」というものが見抜かれ揶揄されているのだと思います。それかと言って、彼らが本当の信仰というものを知っているわけではない。
 たとえば、精神統一したり、空中浮揚したりして、霊能力を誇示する、かつてのオウム真理教のような宗教の危険さを世人は初めて知りました。
 「なんでもよい、何を拝んでもよい。信仰しさえすればよいのだ」などと言うのは、ずいぶん無責任な言葉なのです。
 ご利益を追及するばかりの宗教があります。石の地蔵さんや蛇を祭って祖先の呪いを払うなどという原始宗教、あるいは衒学的高度な言辞を弄して地球がすぐにも滅びるなどと言って恐怖心をあおる宗教、このように間違った宗教も様々です。
 しかし、質のよい宗教もあります。たとえば道徳的に高い目標を掲げます。自制して高品位の人生を歩めと言います。そうした経典や、創始者のおっしゃる言葉は尤もなことです。
 しかし、その指導要領に従おうとすると如何に努力しても理想どおりには行きません。人間の心はきたないものです。人の前に自分を偽り、義人らしく生きる事は出来ます。
 しかし、心の深いところで平安がありません。すき間風がはいるように心の中を冷たい自己否認か自己懐疑の風が吹き抜けます。
 私は戦前にダイヤモンド社の出版だったか、ナポレオン・ヒルの成功哲学の本を読んでたいへん感銘を受けたことがあります。あの頃はまだそういった本はまったく無かったのです。こうした傾向の本は戦後も人気があり、今日も盛んです。潜在意識を用いて「考え方を変えよ」というタイプです。「信念の魔術」「積極的考え方の力」「眠りながら成功する」「セルフイメージを変える」「意識は現実を変える」等々です。
 軽快な宗教があります。それは社会、人生を上手に渡って行ける方法、そのコツを教えてくれます。家庭や近所付き合い、会社等での人間関係に成功する方法、自分自身の心がけを変えるテクニック、その実践マニュアル。これはけっして悪くはありません。案外古い新興宗教でも、たとえば天理教、PLや倫理研究などに見受けられます。
 このタイプの指導手法は注意して用いれば教会でも有効です。夫のパチンコ癖が直るようにとか、登校拒否の中学生が学校へ喜んで行けるようにとか、家庭学習の下手な高校生に時間管理の仕方を教えたら早速その日から勉強が楽しくなりました。そして志望校に合格しましたとか、こういう実例はたくさんあります。日々の生活の心構えの転換です。しかしこれは宗教とは言えません。「生き方の講習会」に過ぎません。
 それらは生活に関する一種の「救い」かは知れませんが、本当の人生苦の深渕からは救い出してくれません。「人間はどこから来て、どこへ行くのか」、そういう人生最深の悩みを救ってくれません。
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 私の青年時代、親友が厭世自殺をしました。それは彼の哲学から来る結論でした。ある古代ペルシャの詩人が、「人の最大の幸福は生まれなかったことである。次に幸福なことは一刻もはやく死ぬことである」と歌っていた、そのような哲学です。
 私も共感しました。そして私も深刻に悩み始めました。「人間が40年、50年苦労して生きている価値がどこにあるのか」、どう考えても私には「40年、50年苦労して生きている価値は人生のどこにも無い」ように思えました。私はその親友の死に釣りこまれて私も死んで行きそうな感じがして、恐れ、また苦しみました。
 そうした中で、問題は自分自身のエゴイズムにある、どんなに人にたいして真実と愛をもって接しようとしても結局は私はエゴイスト、人を信じ抜けず、けっして愛し通せない、却って人をだまし裏切りさえする、そうした自分の醜い不真実さ、それが罪だと分かって来ました。
 親鸞のいうように、私の心も「蛇蠍」のごとし、「地獄ぞ一定棲みかぞかし」ということです。人間がまじめになればなるほど、善い人間になるかというと、さにあらず、人間は心底まじめになればなるほど、自分の罪や醜さ、卑しさ弱さに苦しみます。
 そうした人間の内面的良心的苦悩の行く結末は永遠の死です。この結論から人は逃げることはできません。もちろん自分をごまかして、そういう問題を考えない事にする事は出来ます、多くの人が「死」を考えない事にしているように……。
 「人間は死と太陽はまともに見つめることが出来ない」とは、古来からの言葉です。同様に人は自分の罪をまともに見ることはむつかしいのです。絶対的不安が見え隠れついてきます。
 アウグスチヌスは言いました、「人は神に造られたので、神に帰るまでは平安を得ない」。人の魂は根本から罪に歪んでいるとは言え、創造者なる神の霊性は人の内奥に隠れています。
 人はこの内なる罪と神的霊性の2つの間の相剋に悩むのです。不安を生じます。そして強力な罪の力により神の霊性の影響下にある折角の良心はその働きを封じられるのです。「ああ、われ悩める者なるかな」(ローマ7:24)ということです。
           *
 聖書は、人間の力でいくらあせって、がんばっても罪と悪の勢力との戦いには、到底勝つことはできないと、私たちに告げます。
 しかし、ここに罪と死に勝利され、私たちのために身代わりとなって罪の代価を死をもって支払ってくださった方がある。この方に信頼するなら、この方が既に永遠の生命への道を私たちに備えて下さっているというのです。
 イエス様は「私は道であり、真理であり、命である」と言われました。釈尊といえども「私は生命である」とは言いませんでした。釈尊は「私は法ではない、法を悟った者である」とは言いました。それだけです。
 しかし、イエス様は「私は法(真理)である」と言うのです。イエス様を信じるとは、イエス様のお言葉を実行して善い人、清い人になるというのではありません。
 イエス様を私の心に迎え入れ、私の心の中でイエス様に生きて頂き、もはや私が自分を生きることを止める、これがキリスト信仰です。
 どうぞ、今あなたの眼前にイエス様が居られると信じて、次の言葉をイエス様に語りかけてください。
 「イエス様、私の内に入ってきてください。私の
 中に居て私を支配して下さい。私を占領して下さ
 い」。
 必ず、イエス様があなたの魂の中に入って、お住みになってくれます。
 また、聖書を読むとイエス様が「私に従って来なさい」とおっしゃっておられる個所があります。あなたもその聖書の個所を読んで、「ハイ」と返事して下さい。その時から、あなたはイエス様に従う人になります。
 安心してください。イエス様はあなたを一生離すまいと捉えて下さるのです。聖書に「聖霊によらなければ『イエスは主なり』と言えない」とありますが、そうです。
 あなたが、イエス様に呼びかけ、イエス様に答える時、その時、神の聖霊はあなたに働きかけているのです。すでに、あなたはイエス様のものです。イエス様に捉えられているのです。
 この「主イエス様に捉えられている」ということに、あなたの信仰の基礎を置きましょう。潜在意識でもなく、あなたの考え方でもなく、生き方の法則でもない。あなたの魂の真中にイエス様が居られ、あなたを捉えて離さない、このことに気づく、そこに「救いの確かさ」があります。(自著「信仰の確かさ」より抜粋)《く》
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by hioka-wahaha | 2008-07-08 14:49 | 日岡だより

No.339 禅の祖師たちと私たちの信仰 2008.06.29

禅の祖師たちと私たちの信仰

   一、瓦は磨いても鏡になれない

 私が若い時、もちろん経験も少ない。信仰の妙理を説こうと思っても、説明に窮する。よく「キリスト教例話集」などを用いたが、どうも切れ味がよくない。そこで、しばしば禅宗の語録を借用した。
 この教会の旧い時代の信者さんたちがよく覚えてくれているであろう例話に、馬祖という禅師の修業僧時代の逸話がある。
 彼が長い間、熱心に座禅していた。そこに旅の僧、南岳禅師がやってくる。
 「そなたは、座禅をして、どうしようというのかな」
 (言うまでもないという顔で)「仏になろうと思います」
 そこで旅僧は、どこからか一片の瓦を拾ってきて、石の上でごしごしと磨き始めた。若き日の馬祖はびっくりして、
 「そんなことをして、どうするのです」
 「うん、これを磨いて鏡を作ろうと思う」
 「いくら磨いても瓦は鏡にはなりはしません」
 「ふん、そんなら凡夫がいくら座禅をしても仏にはなれんぞ」
 若き修業僧は「あっ」と思った。私は若い時、無教会主義のコチコチでしたから、ただ無闇に聖書研究すればよいと思って、英語やギリシャ語の聖書を重箱の隅をつつくようにして勉強しました。そして、ますます信仰がわからなくなりました。
 そういう経験があったので、以上の南岳禅師の指摘は身に痛いほど分かりました。いわゆる律法的行為では救いは与えられない、ということです。南岳はつけ加えて言います。
 「そなた、牛に車を引かせる場合、車が進まなかったら、車を打つか、牛を打つか」
 馬祖はこの言葉によって悟ったといいます。禅宗にはこういう含蓄のある言葉が多いのです。

   二、師匠は何も教えてくれない

 この馬祖から、禅宗の系譜に従うなら四代目の祖師に香巌という人がいます。この方の師匠は「イ山」という人です。このイという字は為という字にサンズイがついていますが、そんな変な字は私のワープロにもありません。やむをえず「イ山」です。このお師匠さんが問うたそうです。
 「やあ、香巌。お前さんは大変秀才だそうだね。ついては答えてほしい。お前さんが父や母から生れる以前のあんたはどんな風だったか、一句で言ってくれんか」
 香巌は呆然として答えることができません。これまで、習ってきた知識も経験もなんの役にもたちません。そして何度、教えを乞うても、師匠は顔を振って何も教えてくれない。
 憤懣やるかたなく、そして泣く泣く、山を降りて田舎の寺に退きます。一生、墓守ですごそうと思ったのです。
 ところが、ある日、香巌は庭を掃除していました。庭に落ちていた瓦礫を箒がはね、その瓦礫が竹にあたり、跳ね返って手水鉢に当たって、音をたてました。その音を聞いたとたん、ハッと悟ったのです。彼は即座に地面に平伏して旧師のかなたを礼拝、
 「あの時、もし師匠が言葉をもって教えて下さったならば、今日のこの歓喜はなかったでしょう。ようこそ教えてくださいませんでした」
 と感涙したという。
 ここで、私のことを書きたいです。ある日、イエス様のお言葉が私の霊域に差し込んで来た。私の魂は暗夜から解放され、私の心は燃えた。
 その時、私のからだは刑務所の独房にいたのですけれど、その喜びは鉄格子をはじき飛ばして天地を呑みこんだような気分でした。
 座禅も修業もしなかった。ただ、神様の一方的なお取り扱いです。イエス様の十字架のあがないの故に、苦心惨憺修業した禅宗の大先達者たちでも近寄れもしなかったような福音の祝福に、私はあずかることができたのです。どんなに感謝しても感謝しつくせない神様の恵みでした。

   三、笑いを口に満たしてください

 今から30年前、私の教会の新年聖会でのことです。参加者はたった2人だった。その一人、吉田一行兄が聖霊を受けた。
 と言っても異言が出たわけでもなく、倒れたわけでもない。当時の私どもの教会には現在のような聖霊様の著しい現象はまだ現われていなかったのです。
 しかし、その時、吉田兄は、大歓喜に満たされて、私の家の玄関の狭い廊下で小踊りした。彼はけっして興奮しやすい、感情を面に現しやすいタイプではない。その彼が、いつまでも、いつまでも踊っているのです。
 昔、白隠和尚は越後高田の道で、入り合の鐘を聞いて一瞬に悟り、歓喜のあまり、道の上で旅の荷物を放り捨てて踊り狂ったという。日蓮のいう「歓喜の中の大歓喜」です。異教の人たちでもこういう風です。まして私たちクリスチャンは聖霊の大歓喜で踊り抜きたいものであります。
 私の知っている一姉妹、ずいぶん前のこと、詩篇に「我らの口は笑いで満たされた」とあるのを見て、「私の口にも笑いを満たしてください」と祈ったそうだ。
 そうしたら日ならずして、訳も無く笑いが込み上げてきて、気が変になったかと思い、笑いをこらえるのに困ったという。その後、世界的流行(?)になった「聖霊の笑い」現象が起こる、ずっと以前のことです。
 いつぞや、保土ケ谷教会で永井信義先生の書斎から「キリストの笑い」という本を借りたことがありました。その本にイエス様の呵々大笑している絵があるのです。こういう笑いの前からはサタンも逃げ出すでしょう。
 さあ、私たちは、このイエス様の哄笑を真似て、愉快な元気のいい信仰生涯を送ろうでありませんか。いや、時には山をも揺るがすように泣きわめいてもよいのです……。

   四、イエス様こそ、よきモデル

 そう、笑うだけではない。泣くということもありますよ。聖霊によって泣く、という経験をした人は多いと思います。悲しいのでも、嬉しいのでもない。聖霊による不可思議な涙が溢れ出るのです。
 私は20歳代の青年期、日本キリスト教団(!)の南九州青年部修養会でワンワン泣いて、机の上に涙の池を作ったことがある。
 眼窩にあふれる涙がこんなに熱いものとは知らなかった。まだ、聖霊だの、異言だの、まして現今の聖霊様の現象など何一つ知らなかった頃のことです。
 「聖霊の笑い」にしても、「聖霊の涙」にしても、これらはすべて聖霊様の働きです。
 ですが、それにもまして一段と大事なことは、私たちは、普段の日常生活において、常に感情豊かに泣き笑いして、見てくれのそれでなく、自在なクリスチャン・ライフを生きることであります。
 その最もよいモデルはイエス様です。感情豊かです。行いすました冷たい道学者とは違う。イエス様は笑いもし泣きもした。怒りもし、悶えもしたと思う。熱情一杯でした。
 旅では元気に歩いたでしょう。疲れたらドッコイショと腰をおろしたでしょう。そして大きな声でサマリヤの女にでも遠慮無く水を乞うたのでしょう。
 私たちもこのイエス様のようにありたいと思います。(拡大宣教学院機関誌「マグニファイ」旧号1996年2月号より再掲載 《く》)

〔あとがき〕
最近、会堂の大掃除の折に、前庭の庭木なども選定しましたが、その時、成長し過ぎた感のあった貝塚伊吹の樹を伐採しました。隣家の屋根の上に覆いかぶさりそうで、気になっていたのです。先週の諸兄姉のご奉仕に感謝します。ついでに、駐車場の道路側に植っている「いなご豆」(ルカ15:16参照)の枝を剪定しました。これは牧師が先年イスラエル旅行から、持ち帰った種子を蒔いて成長させたものです。ひょっとしたら日本の土地に育っているたった一本の聖地の植物かも知れません。大事に育てたいものです。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-07-01 16:09 | 日岡だより