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No.338 不撓不屈の信仰を学ぼう 2008.6.22

不撓不屈の信仰を学ぼう

 「致知」という雑誌がある。キリスト教の雑誌でも宗教の雑誌でもない。でも、この雑誌を皆さんに奨めたいと思う。
 キリスト教にも、凡そ宗教なんぞにも、ほとんど興味はなくても、しかし人生とこの世界に真面目に生きようとする人々には是非奨めたい雑誌である。
 この雑誌の今月号の特集は「不撓不屈」だった。私もちょうど、この「日岡だより」で、不撓不屈というテーマをあげようとしていたので、その偶然の一致に驚き、かつ喜んだのです。
 つまりクリスチャンが信仰、即日常の生活において厳しい道を歩もうとし、つまり単なる霊的精神的道程にとどまらず、この世で喰い飲み生き、家庭を支え、職業を守りつつ、人生百般、苦楽哀歓のさなかで、神様を信じ、イエス様も信じ、聖霊に満たされて、矛盾もなく、大成功ではなくても、堂々と世人に伍して生きる、そういう生き方、
 そこには、何ものにもくじけない、障碍となる山川を乗り越え、邁進しつづける不撓不屈の勇姿が見えてくるのですね。この夢を皆さんに捧げたい。
 内村先生は言った。「人生は戦いである。しかり、クリスチャンの人生こそは、戦いである」と。
 この世の王はサタンです。この世でクリスチャンとして生きることは、それ自体、サタンとの戦いです。しかし、恐れることはない。主は言われました。「あなたがたは、この世ではなやみがある。しかし、勇気を出しなさい。わたしはすでに世に勝っている」(ヨハネ16:33下)。
 人が世にあって生きるということは、日々の生活の持続、連続!です。平凡で、当たり前のことですが、これは大事なことです。
 この持続、連続が死ぬまで、一生続くわけです。
 私は青年前期、この決まりきったことに驚き、人生に恐怖しました。
 「人生40年、50年、どうやって生きるのか」。
 しかし、学校を出て社会で働き始めると、何となく生きてゆけるので、案外な思いがしました。幾分、人生を軽んじる傾向を生んだと言えましょうか。
 そこへ、私は我が親友A君の自殺にぶっつかるわけです。これは晴天の霹靂でした。
 最近、ある方の「自死」の本が出ました。自らの自殺への積極的意志を維持し、その自殺せねばならぬ理由と、その人生的意義、そうしたことをきちんと述べて、実際に静然と死んで行かれたわけです。
 凄い人だと思いましたが、それを既に1941年、今から60数年前です、我が友A君は決行したのでした。
 彼は、人は生きて行くこと自体が悪である。その悪から逃れる事が出来ない現実に、慄然としました。
 人は感覚的に快と思えることを欲し、それを選んで、そこに安住したくなる。その際には、他者の生存意志よりも、自分の生きる意欲を先行させる。そこに悪と罪が生じるのである。その結論に彼の意志はきまりました。
 「自ら死ぬことにした」と、彼は遺書を私に遺してガス自殺して行きました。「今死んでも、過去の罪悪が許される訳ではないが、致し方ない。自分で自分の命を滅ぼすことをも罪であるというキリスト教的教理も尤もだが、さりとてこれ以上生きて行けない。はなはだ無意味で、無気力だが、今ここで死ぬ外はないんだよ」、という遺書の文面でした。
 私はその遺書を胸に抱いて大分川のほとりで一夜泣き明かしたものです。
 自殺論はこの程度にします。今回は、自殺論を書くことが本旨ではない。しかし、生きてゆくことの、彼一流の辛さというものを分かって頂きたかったのです。こうした訴えには、
 現に家族を抱え、貧乏に苦しみ、必死で生きている我々にとり、何というたわけた暇人の寝言を聞くものかな、と欝憤を覚える人もあろう。
 しかし、真実に生きようとして、自ら死んで行く人の悲壮さというか、そこに人生美を感じる私は異常な人間であろうか。いいえ、分かってくれる人も多いと思う。
           *
 以上は思わせぶりに深刻な衣装を着せた人生論議に見えたかも知れない。しかし時には、そこまで考え込んで、本当に死んでしまう人もいることを指摘したかった。そして、そこまで厳しく考えながらも、なお且つ生きて行こうとする人生があろう、それこそ不撓不屈の人生というべきであろう。
 ある意味で、レベルを降ろして言えば、みんなそうなんだよと言うこともできよう。明るい話を持って来よう。ちょっと前述したように今月号の「致知」だが、特集「不撓不屈」と掲げた編集記事の中に美内すずえさんの対談があった。そもそも美内すずえさんとは何者?
 今月第一週の本紙に書いた「クリスチャン・マンガ作家待望論」に書いた「ガラスの仮面」の作者である。私はあんなことを書きながら、この「ガラスの仮面」が今も尚、継続、連載中であることを知って、本当に驚いた。しかも尚、
 この対談の相手はなんと、「サムシング・グレート」の村上和雄教授である(私は村上教授の所論を尊敬しながらも、やや不満。いつも「いや、僕の信じるのはグレート・ワンです」と言っているが)。
 実は、ここで「ガラスの仮面」の作者、美内すずえさんを出したのが、私の狙いなんです。不撓不屈です。不撓不屈と言えば、何だか苦難艱難、乗り越えて悪戦苦闘する人物を連想する。もちろん悪戦苦闘かも知れないが、あの少女マンガ「ガラスの仮面」を生涯の大作として書き続けている、さぞや楽しいことだろうなあと、しろうとの私は想像する。
 楽しいだろうなあなどと言うのは、全く創作家の苦労を知らないミーハー族か(こんな言葉、今あるのかなあ)、オッチャン、オバチャンたちだろうが、しかし美内すずえさんは楽しく、あの「ガラスの仮面を書いているだろう」と想像するのは、甘い認識かも知れない。
 エジソンの白熱電灯発明の経過にしてもそうで、あのブランブランしている発光体、今はタングステン線だが、最初の材料は、やっと捜しあてた京都の竹を使ったのだそうだが、そういう苦労を重ねるのも、苦労とは言えば苦労、しかしやり甲斐のある苦労であろう。そこに楽しみもある。実は、
 結論として言いたいのは、不撓不屈の精神、それは信仰と祈祷の世界にこそ必要である、ということです。
 信仰とは祈りであります。もちろん、神への賛美、従順、伝道、等々いろいろ挙げることはできようが、まず祈りです。祈りが無ければ、何も始まりません。
 神様は何でもできる神様ですが、地上における神の国建設にあたっては、神様もクリスチャンの祈りを助け手として必要としています。
 祈りの最も大切な点は、祈りが神様に祝福され、その祈りが聞かれ、遂に成就する。その時まで祈りを怠らない。休まない。止めない。継続する。具体的な物や行事的な計画の成就であっても、霊的信仰面の達成であっても、神様から与えられるまで、諦めないで継続しましょう。そこに不撓不屈の祈祷があります。
 不撓不屈という言葉の最もふさわしい使用の場所は祈りです。祈りましょう。有名な事例はジョージ・ミューラーです。彼は「祈りは応(こた)えが来るまで諦めないことです」と言っています。彼はつけ加えて証言します。
 「私はある人の救われるため63年間も祈り続けたが、まだ救われていない。それでもまだ祈り続けます」と語ったことがあります。最後に、遂にミューラーは天に召されました。その亡骸の葬られる日、その墓の前で、その友人が心を神様に捧げるのです。ハレルヤ! ミューラーの祈りは正に聞かれたのです。《く》

〔あとがき〕
雨が多いですね。ノアの時には40日40夜降りつづいて世界が水に覆われました。今の時代もノアの時代に比べて、それほど良い時代とは思えません。旧約の時代だったら、やはり40日40夜の大雨かも知れませんが、幸いイエス様の御救いの時代です。平穏に過ごせていますことを感謝しましょう。諸先生がた、信徒諸兄姉の上に更に豊かなご祝福を祈ります。また、日本と世界の上に御恵みを祈りつつ、《く》
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by hioka-wahaha | 2008-06-24 18:13 | 日岡だより

No.337 皆さんの原稿を期待 2008.6.15

皆さんの原稿を期待

 以下に西宮の前田知子さんの原稿を載せました。非常にユニークな文面で、楽しく読ませて頂きました。これを機会に信徒の皆さんの原稿を、この毎週の週報「日岡だより」に登場させて頂きたいのであります。
 皆さん、ふるってご投稿、またご寄稿ください。大胆なエッセイも良いが、また成功も失敗も包まず述べて、信仰生活の生き生きとした現場報告をお願いしたいのです。
 いつかも書きましたが、どうもキリスト教界の新聞、雑誌は面白くない。それは決して各出版当事者が無能力なのではない。信徒諸兄姉の現場から、フツフツと湧き起こってくるような信仰実験談が無いのである。
 この信仰実験という言葉に注意してほしい。普通、学校で実験というのは理科の実験室で試験管やフラスコを使っての体験学習を指すのであった。
 しかし、明治のころの内村鑑三先生の用語を見ると、実際の信仰生活で体験することをさすのであった。信仰を試すのではない。実際に体験し、感謝し、納得する信仰経験の報告であった。
 以後、日本の文章界で、この「実験」という用語は出て来ていないと思う。私たちはこの内村先生の奇抜な用語を愛用したいと思う。
 試験的「実験」ではない。少し大げさに言えば、周囲がためらったり、驚いたり、嘲笑ったり、身ををすくめるような事態の中に進んで身を処する、そういう勇気ある実験である。
 牧師の説教でも、信徒諸兄姉の伝道でも、教会のすべての営みにおいて、世間や常識を恐れぬ爆発的言葉と行動を恐れない私たちでありたい。そこに革命的前進する福音の戦闘部隊があると思う。《く》


ある「聖霊賛美集会」のこと               前田知子

 私は5歳のとき日本基督教団の幼稚園に通い始めました。そこで、霊的に異常な体験をいたしました。
 そこの幼稚園はいつも聖なる雰囲気と言いましょうか、ピンと張り詰めた汚れの一点もない美しい聖なるとしか言いようのない雰囲気に包まれていました。今、思い返してもあの雰囲気は神様の御臨在だったと思います。
 その幼稚園に行くまでは、私はのんきな性格で、アグネス・チャンのレコードを聞いたり、当時石立鉄夫さんと岡崎ゆきさんが出ていらっしゃったドラマを楽しみに観ておりました。(少しおませでしょうか?)
 ところが、その美しく張り詰めたような聖らかさの幼稚園で過ごす中で、段々心にいつも「悪い事が起こるのではないか」と思い始めたのです。(神を見たものは必ず死ぬと聖書にあるように)
 イエス様の十字架を知らずに神様と合いまみえた私は、自分の堕落した品性に気付き絶望したのだと思います。
 勿論そんな理屈は子どもにはわかりませんから、とにかく物事を悪いほうにしか考えられない心の病に罹ってしまったのだと思います。幼稚園には他にもたくさんの園児がおりましたが、私の周りではそんな子供は他にはみつけられませんでしたから、神様が私を招いておられたのだと思います。
 そして、実際起きてくる祖父母の死を自分の存在と結びつけて罪悪感を持ち、「次は私だ」と死を恐れ、矛盾しているようですが自殺願望を持つようになりました。
 と同時に19歳で洗礼を受けて以来、イエス様が「癒し主」であることを徐々に知って癒しを求めるお祈りに必死に励みました。「もうだめだよ」とささやいてくるサタンと戦いながら・・・。
 今思い出してもゾッとします。
 とうとう、私は東京で行われている「聖霊賛美集会」という集会でF牧師の按手により、聖霊様が私の全身に入られた経験をしました。光なる主がぱあっと私の頭の先からつま先までを満たし、聖めて下さったことをはっきり確信いたしました。
 F牧師は「今あなたの中に聖霊が入っていくのを私は強く体感しました」とおっしゃりました。(不思議なことに私はその集会の最中は自分の声がころころとした綺麗な声になりました)。
 イエス様はサタンに勝利されたのです。聖霊様が来てくださってからは「悪いことが起こる」という深刻な絶望が消えてなくなっていきました。
 簡単に書きますとこんな風に私は癒されましたが、長い戦いでした。五歳から数えますと、聖霊様をお会いしましたのが36歳なので、31年にも及ぶ心の病でした。
 徐々に聖霊の実である「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、忠実、柔和、自制」が心の中に芽生えてきました。本当に感謝しております。
 2002年にお会いして以来、背後で御祈りいただきました釘宮先生や、迷惑、心配をかけどうしだった夫をはじめ家族に感謝いたします。
*文中のF牧師は、東京ゆうかりすと教会の深谷美枝先生です。《く》

 《追記・地震のこと》
 昨日は、宮城、岩手の内陸部の地震はかなり大きな地震で、両県の方々にはお気の毒でした。さぞや恐ろしい、また心細い思いをされたことでしょうね。
 大分地方は戦前はよく地震に見舞われました。なんと私たちの立ったり座ったりしている大地というものは体験上、どっしりして不動の大地です。これがゆらゆら動き始めると、なんとも不安です。
 あの頃は、日向灘の沖合の海中の岸壁が落下してその震動から起こる地震だった。最近は落ち着いているらしく、この傾向の地震はない。愛媛県がわの海中落下や、別府湾下から由布院方面に続く直下型地震を起こしやすい岩盤のズレがあるらしい。
 昔、キリスト教の宣教師が来たころ、別府湾に瓜生島という島か、沖洲があったらしい、その瓜生島が陥没したという言い伝えもあるし、宣教師たちの報告もある。
 陥没型と言えば、先年、由布院近くの山下池のホテルのロビーが直下型陥没で落ち込んだことがある。私はちょうど、このホテルに行くことがあって、そこの支配人にことを確かめたことがある。ともかく、大分県は割に地震の多いところであるという私の少年時代からの印象が強いが、最近は地震が少なくて感謝である。
 ともあれ、聖書によると、世の終わりには地震という言葉は必ず出てくる。そして天地は過ぎ行くであろうと、文章をしめくくるのである。
「天地は過ぎゆかん、されど我が言葉は過ぎゆく事なし」(ルカ21:33文語)
 とあるとおりである。《く》

 《追記・私のこと》
 恥ずかしいことだが、どうもこの頃は記憶力が悪い。先週の礼拝説教で、親鸞の名文「歎異鈔」を語ろうとして、肝心の「歎異鈔」という言葉を思い出せなく困った。パウロと親鸞と、如何に酷似しているかを言いたかったのであるが。とうとう「歎異鈔」という言葉を最後まで思い出せなくて閉口した。信じる対象としてはイエス・キリストと阿弥陀様では全く違う(と私は断言する。しかし)このお2人を信じる「信じ方」としては、パウロと親鸞となんと似ていることだろう。叱られそうだが、私は親鸞のほうに軍配を上げたいくらいだ。私は戦時下の刑務所の中で、聖書は貸してくれない、その絶望のさ中でイエス様を信じるコツを、正にこの「歎異鈔」から習ったのである。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-06-24 18:11 | 日岡だより

No.336 ミニ祈祷会の提唱 2008.6.08

ミニ祈祷会の提唱

 「ミニ祈祷会」とは何でしょうか。
 実は、東京都府中市の緑の牧場教会の染本牧師夫妻が東京の桧原村に「祈りの家」を建てられた。その時、幾多の困難があったけれど、お2人で祈りに祈って、その建設を完成されたという。その時の証詞の冊子を頂いたのです。
 その祈りというのが、ご夫妻が1時間ほどでしょうか(その時間は正確には忘れましたが)、お2人で祈りを「積み上げ」て、そのあと別れて祈ることもしたらしいのです。その「積み上げ」の祈りの証しに私は心を打たれたのです。そして魅かれました。
 私は「積み上げる祈り」というものを、私なりに想像してみました。たぶん、ご夫妻で交互に何度も何度も祈りを交えて、キャンプ・ファイヤーで薪を次々にくべて火を大きく燃えたたせるように、祈りを燃え尽くせるまで祈り尽くすのではないでしょうか。
 私はこういう祈りのスタイルについては、これまで聞いたことがありません。もっとも、中国の宣教師の本で「会話の祈り」というのがありました。これは私は真似して見て、うまく行きませんでした。
 辻 潤 牧師先生の週報で「みんなで交互に短く祈る祈祷会」の様式を聞いたことがあります。これは集団的ではありますが、似ていると思われます。しかし、この染本先生夫妻の「2人で積み上げる祈り」というのは、もっと緊迫、かつ親密な祈りが想像できるのです。
           *
 染本先生の「積み上げ祈り」ですと、たぶん2人で心行くばかり交互に祈って、ついにある心の(霊のと言ったほうが良いでしょうが)一致点に到達するだろうと思います。
 こうして完全な一致に至ったとき、それを第一コリント7章6節でいう「合意」と呼ぶことができるのではないでしょうか。この第一コリント7章は夫婦の教えのところではありますが、こうあります。
 「合意の上で祈りに専心するために、しばらく相別れ、それからまた一緒になることは、さしつかえない」と。この教えは夫婦生活における祈りに関することでありまして、少々場が違いますが、しかし、この染本夫妻の「積み上げ祈り」に当てはまるところがあります。
 つまり「積み上げ祈り」において2人の魂が全ったき一致に至ったならば、そこで別れて祈っても差し支えないということです。そこに至ったならば最早、お互いに不調和はおこらないはずだから、ということです。
 それでも、人間は個的にはそれぞれ異なる環境と条件に応じますから、やはり毎日「積み上げ」の祈りを実行しなければ、いつしか2人の心が(霊的にも)離れ離れになってしまうことは当然予想できます。そこで夫婦たるものは、常に日ごろの「一致祈祷」を保つ心がけが必要であるに違いないと思ったのです。これが私の染本牧師夫妻の証詞を読んだとき、考えたことでありました。
           *
 そこで、実は私ども夫婦もこの「積み上げ祈祷」の真似を始めたのです。それは、この7月の末頃だったと覚えています。そしてそのことをさっそく、8月11日の主日礼拝のメッセージでは発表してしまいました。
 今、やっと1か月つづいているだけの体験でして、完全一致などというところに到底辿りついていると思えません。
 しかし非常に不思議な霊的次元に乗ってきた感じはします。実は私は30歳代に「常に神様に祈っている」という状態に突然入れられて驚愕したことがあります(それは2、3年して無くなりましたが)。
 その時の臨在感に比して、もっと対話的であるのが今回の特徴です。それは幾分、後記に紹介しますが「神の現存の体験」というのに似ています。
 ところで、この祈りの方式は夫婦の間だけではもったいない、クリスチャンのすべてに必要なことだと私は考えたのです。そこで、信徒のみなさんにお勧めしたわけです。
           *
 みなさんの信仰の友人の中から(当然夫婦、兄弟、親子も含めて)一、二の友を選んで互いに了解し、その上でこの「積み上げ祈祷」を試みてみませんか。しかし最初から完全なものを求めなくてもよいでしょう。出来るところから始めてみませんか。この小グループは何も固定化する必要はない、別の組合わせに変わって行って結構、これが言うところの「ミニ祈祷会」なのです。
 よく言われる「セル(細胞)組織」を造ろうとするのではないのです。もっと非統率的な自由な集団形式を予想しています。「聖霊様による一致」とも言うべき「親密な細胞」の群になれたらよいのです。
 すべての「細胞」が自由に有機的に一体化して一つの意識的生命体を造るということですが、機械的硬直的構造をつくることを忌避したいのです。そのようにしてキリストの体の枝としてふさわしい教会が出来上がると嬉しいのですが。
 始めてみても、今後どのように発展するか、わかりません。試行錯誤を重ねて、うまく行かない点や、良い点や、様々な経験を経て行くことでしょう。諸兄姉、始めてみてくれませんか。
           *
 古い友である鬼塚美幸姉から紹介された良書を紹介します。
 ラウレンシオ修士著「神の現存の体験」(ドン・ボスコ社発行750円)です。著者のラウレンシオは私たちの間では、英語読みでブラザー・ローレンス、実名でニコラス・ヘルマンとして知られている人です。
 この本の一部は「神とともなる霊的生活」などという書名で出版されています。このドン・ボスコ社発行のものは全訳ですが、翻訳がカトリック風で私たちにはなじめない点もありますが、辛抱して鰹節を噛むような気持ちで読むなら、却って、いつしかよく理解でき、また体得的に分かってくるでしょう。霊操的な本ですから、体得しなければ、意味は無いのです。《く》(再掲載/週報96・9・15より)


アルファ伝道の真似をしよう

 アルファという運動がある。この度、永井信義先生が大分駅裏のグレイス・チャペルに来られて、そのアルファの説明会(セミナー)をされた。
 このアルファという運動はイギリスで始まったかと思うが、未信者さんを含めて誰でも参加できる楽しい伝道方法である。まず信者未信者を問わず普通の家庭を会場とする。
 楽しい会にするために、いいアイデアがある。最初にまず食事を出しておもてなしをする。人は口に何かを入れて食事運動をすると楽しくなるし、おしゃべりになる。
 この効果で、誰彼となく話題を増やしていくうちに、いつかはキリスト教の話題になってしまう。
 とは言え、無理はしない。キリスト教の教理の無理な押し込みはしない。質問自由。「分からないことは分からないまま、あとで調べてきます」、とお答えする塩梅で初心者に見えてもかまわない。
 このやり方だと、伝道もみんなで励ましあって出来る。やりがいがあって楽しい。しかし、楽しくなるまでには、多少の訓練もいる。しかし、その訓練も楽しくやろう。
 何よりも、基礎勉強をしているだけで信仰が楽しくなる。義務感でなく使命感も湧くので、勉強の楽しくなる。そして伝道に出かけて行く時さえ、仲間と一緒に行けば、思いもかけず、喜びも楽しみが湧いてくる。
 そして一応の伝道訪問を終わり、帰ってくる時には達成感で心が一杯になる。小学校以来、味わったことのないような達成感、これは人生において滅多に味わえない無上の満足、歓喜、充実感、満身の感激である。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-06-10 14:55 | 日岡だより

No.335 高山右近の子孫が大分に居られた 2008.6.1

高山右近の子孫が大分に居られた

 この記事の見出し、高山右近と呼び捨てでは申し訳ない。キリシタン大名高山右近先輩である。徳川家康によって国外追放されたが、フィリピンにおもむいて、現地で王様のように尊敬された押しも押されもせぬ日本男児である。
 この大先輩の直系のご子孫が2人、今も国内に居られることを、中津扇城教会の柴田先生からお知らせがあった。しかも、その中のお一人がこの大分市におられると言う。聞けば、その祖父にあたられる方は昭和初年、大分市の市長をされていた方だ、と言うのである。
 私はそのお話に飛びついた。その祖父の方は、私の叔父釘宮徳太郎の無二の親友、高山さんではないか。失礼ながらお名前は忘れたが、今も大分市で堅実な経営をしている高山活版の創業者であり、そして大分市の初代の市長さんであった筈だ。
           *
 この大分市は元々大分町だが、大正初年に市制をしいた。さらに別府に向けて路面電車を敷く(京都市に続いて国内第2番目である、東京はまだまだ)。
 今も活発な航路運営している西大分港は広大で沢山の船舶を浮かべている、大きい港湾である。こうした建設も多分、高山市長の時代ではなかったかと思われる。
 私の叔父・釘宮徳太郎は事業家としても有能な人であったが、特に私利私益に心を動かさず、ひとえに公益のため働く人である。地方自治体にも経済界にも、宗教的感化力を以って、遠慮無く大いに活躍した人である。この叔父と親友であった高山さんの人柄も又、どんな人であったか、容易に察することが出来る。この方の孫にあたられる方に先日お会い出来たのである。嬉しかった。続く話は又……。《く》

 
クリスチャンマンガ作家待望論

 私が時々自慢することがある。昭和30年頃だったか。こういうことを言っていた。
「今に見ていろよ、日本のマンガが世界を席巻する時が来るんだから」
 その頃だっただろう。私は初めて白土三平の「忍者武芸帳」を読んだのだが、手塚治虫以上に衝撃を受けた。これからはマンガが文学界の中での一ジャンルを形成すると思った。
 必ずや、一流紙の書評欄にこういう劇画やマンガ本の評が登場することがあろうと思った。その後、事実そうなって行った。
 教会の真面目な先生がたには、マンガについて偏見を持っておられる方も、当時は多かったかもしれないが、そのくせ、その方も少年少女時代には多分マンガをたくさん読んだことだと思われる。
 マンガは分かりやすくておもしろい。子供の読んでいるマンガを大人も読んでみて、これは良いなと思ったら、その子どもの前で褒めもするし、また自分も同じ作者のものを捜し見るのも良い。もっと面白いものが見つかる事があるに違いない。
 悪いマンガだと思ったら率直に悪いと思う理由をその子に言ってやり、話し合ってみてもよい。必ずお子さんとの関係に良い結果を生むだろうと思う。
 ともあれ、この頃は子どもよりも大人のほうが熱心に読んでいる。もちろん悪いマンガや劇画も山ほどある。それはしかし他の出版物やビデオでも同様である。
 ともあれ、私も昔は子どもから借りてよく読んだのです。「エースをねらえ」や「ガラスの仮面」などでしたですねえ。(なるほど昔の話ですなあ)。
           *
 その頃、一番良い、いや一番凄いと思ったのは手塚治虫の「火の鳥」であった。特に、この「火の鳥」の黎明篇が良かった。ただし何故か知らぬが、その初版は絶版になっている。その後、描き変えて別のストーリーになっている。残念である。
 私に言わせれば、あの初版は絶対に良かったと思っているが、私の勘違いだろうか。ニュー・エイジ風ではあったけれど、宇宙と神とキリストという三観点が、良く分かる劇画だった。
 初心の人に霊的宇宙観を理解させるにはもってこいの作品で、私は自分の教会の信徒諸君に自費で20冊くらい買って配布したほどである。
 こうした経験から、私は是非とも、キリスト教的な霊的思想を深く秘めた長編マンガを描く人が出てくるのを待っているのだ。
 私の望んでいるのは決して、よく見る「聖書物語」のマンガ化ではない。キリスト教的お説教の劇画でもない。
 極端に言えば、キリスト教じみたお説教の片鱗も無くてよい。ただただ、大人も子どもも喜んで読める物語でよい。
 この頃は、大人も盛んにマンガを読むから、この意見は今なら当然の意見と思えようが、実はこの原稿を初めて書いたのは20年も前のことで、本気で大人に向けての伝道用、もしくは信仰啓発のマンガが出て欲しいと書いたのだが、寄稿先の編集者からボツにされた。(古林先生だったら採用してくれたと思う)。
 それは当時としては、無理も無かったのだ。こういう言い方をすれば、少々非難も浴びようが、マンガを書ける人は大抵信仰が分からず、信仰を持っている人は多分マンガなんか書くはずもない真面目な人。そんな風に思われていたのかも知れない。
 マンガなど書く人は多分、非常識なオカシな人間であろうと、一般の人は思っていたかも。そんな奴に信仰の事は分かるものか、とも思うわけだ。
 逆に言えば、信仰の人はオカタイ人たち。ユーモアなんて一カケラもない。マンガなんか描けるはずがないと思っている。これは両方とも大間違い、大いなる誤解です。
           *
 私が真剣に願っていることは、真の福音をマンガに描ける人の出る事です。
 今、本気でマンガを描きたいと思って居る人、その人が本当にキリストの福音をしっかり握っているのなら、その方に言いたい。本気でマンガで福音を世に知らせようと、さっそく描き始めてください。そうなれば、なんと素晴らしいことでしょう。
「私はまだ下手だけれど、描いて見ようかしら。キリスト教の福音雑誌だったら、少しは下手でも採用してくれるか知れない」
 そんな遠慮は絶対しないこと、世に出しても絶対評判になる「名作」を描こうと頑張って下さい。
 しかも、そこに本物の信仰が見え隠れしていて、キリスト教とは一般の人には分からないが、キリスト教の本質が底を縫って流れているマンガ。読んでしまったら、何か違う、人生を考えさせる、宇宙的感想に胸がどよめく、そういうマンガが欲しいなあ。
 そうしたマンガ観を、実は永井信義先生がクリスチャン新聞福音版五月号に書いておられた。そのようなマンガの例として、チャールズ・M・シュルツの「ピーナッツ」を上げていた。スヌーピーや、その飼い主チャーリー・ブラウンなど、みなさんの大好きなキャラクターが一杯の作品です。
 この漫画の作者シュルツの言葉として、永井先生が以下のように紹介しています。
 「……マンガの中に何も意味を込めないなら、むしろ何も描かないほうがましだ。含みのないユーモアには値打ちがない」と述べています。そうですね、聖書に示されている、そして、その漫画の中に込められている知恵やユーモアに隠されている真理をしっかりと読み取って、私たちの人生に活かすことができればと願うものです。
 そうです。マンガだからと言って、福音の本質を些かでも削りもせず、歪めもせず、本物の信仰を一級の腕で一級のマンガを描いてほしい。それが私の願い、夢です。みなさん、私と一緒に声を上げて叫んでくれませんか。
 「クリスチャン・マンガ作家、出でよ!」と。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-06-03 15:21 | 日岡だより