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No.308 信仰成長の5本の指 2007.11.25

信仰成長の5本の指

 「信仰の成長」。言い替えれば、信仰を拡大、増殖、強化、深化すること。これを達成する5つの階段を5本の指にたとえてみましょう。
 第一の指は親指。これは「キリストにある絶対の赦し」です。神様はキリストにあって私を徹底的に赦される、ということです。他にも多くの大切な教理がありますが、まず、この「絶対の赦し」を私のものにしなければなりません。そのためには、第一にこの教理を理解し、認めることです。「知る」とか「認める」とかいう言葉は、パウロの書簡では非常に重要であります(第一コリント2:2、ガラテヤ2:16参照)。
 「赦される」ということは、「義と認められる」ということです。罪人であるのに、義人と見做(みな)してくださり、到底、天国市民となり得るはずもない人物を、イエス様の十字架の死の故に「天に国籍がある者」(ピリピ3:20参照)として認めてくださるということです。
 このことを、あなたがハッキリ、またシッカリ、あなたのものとして掴むならば、あなたは魂(心)の上に驚くべき自由を得るでしょう。この自由感覚を持っていないクリスチャンが案外多いのです。
 この信仰を、まず前述したように知的に認めることが大切です。次の秘訣は「告白」です。大胆に「私は救われている、イエス様は私の主です」とノートに書き、声を出して、告白しなさい。かならず、いつか、この信仰があなたの確信となり、あなたの罪が一切ゆるされ、あらゆる心の困難から解放されてしまっていることを自覚するに至るでしょう。
 この信仰が聖霊経験、即ち「回心(コンバーション)」として、一気に与えられることがあります。内村鑑三先生のいわゆるコンボルションということで、くわしくは石原兵永著「回心記」(新教出版社発行・絶版)を読んでください。アウグスチヌスやジョン・ウェスレーなどの体験に見られるもので、ブルンスという人に言わせれば、例の少ない体験だそうです(「回心の前後」新教出版社発行・これも絶版)。
 この回心という体験は、心理学的に言えば禅宗の悟りなどにも似ています。ウイリアム・ジェームスの「宗教経験の種々相」という名著を読んでください、幾多の実例が出ていたように思います。
 この経験が1回限りと思っている方もいるし、2回だけと思っている人もいるし、いや何回でもあるべきだと思っている向きもあります。このことは又、別の機会に述べます。
 さて、「どんな罪を犯しても赦される」と申しましたが、ただ一つだけ許されない罪があります。「いかに尊いイエス様のあがないの力であっても、この私の罪だけは赦されないだろう」と思う罪です。
 なぜなら、せっかくのイエス様の十字架の御業の賜物を、その人にあてはめようとする聖霊様の働きを拒否することになるからです。いわば、救いの血汐のパイプを自分のほうから栓をして流れを止めてしまうからです。人殺しよりも、神様やイエス様の御名を悪しざまに呪ってけがすよりも、この罪のほうが重いのです(マタイ12:31、32)。
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 第二の指は人差し指です。これは「聖霊による感動」、ひいてはその力を体験することです。前記の回心経験は、自動車で言うなら発進前のエンジン駆動に似ています。ニュートラルにおけるエンジン駆動にギヤがかかると、第一コリント12、14章にある「御霊の賜物」と言う諸能力の発動が始まるわけです。預言、癒し、異言、異言を解く力、等々です。又、使徒、預言者、牧師、教師等の奉仕の役目の賜物です。
 第一の赦しの信仰は人間のがわの決断によって始まることが多いのですが、それに聖霊の感動が加わると、その信仰が磐石になります。逆に、折角いただいた筈の聖霊の感動が一時の夢みたいに消えかける時、あるいは消えてしまったと失望することも、時おり起こる現実ですが、その時には第一の赦しの信仰に立ち帰るのです。どんなに、失敗し、絶望した時にも、第一の絶対赦しの信仰に立ちもどれば、必ずイエス様にある平安を得、そこに憩うことができるのです。
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 第三の指は中指、「聖霊による品性の改変、向上」です。これは多くのクリスチャンが最大、最高に願うことです。ガラテヤ5:22、23の聖霊の実は、その徳目の良い例です。
 ホーリネス、あるいは聖潔ということを教理の大きな標榜にしている教会や群れ、ないし教団があります。おおまかに言って、中田重治先生やバックストン先生の指導を受けた群れと言えましょうか、ジョン・ウエスレーの教えの系統を引くのだと思います。彼らの「新生・聖潔・神癒・再臨」という四重の福音のスローガンは今も活きています。
 これは第二の聖霊の感動・賜物と相互作用して互いに成長します。自分の品性劣悪さに失望した時には、第一の赦しの信仰が良き助けです。
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 第四の指はくすり指、「信仰向上のノウハウ」。信仰の道を守り進もうとする時に必要とする実際的具体的なノウハウです。例えば、聖書の読み方、祈りの姿勢、祈りの声、黙祷のときの雑念の処理、神癒祈祷、神様の声を聞く、断食の方法、等々です。
 こうしたことについて聖書には精しい説明や実例が案外少ないのです。多分、先輩から弟子や後輩へと実地承伝する要素が強い分野なのでしょう。パウロが「私の真似をしなさい」というのも、その意味が強いのでしょうね(第一コリント11:1参照)。
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 第五の指は小指、「世に生きるクリスチャンとしての生活のノウハウ」です。
 旧約の「箴言」や、使徒たちの手紙の大抵終りの方にある「生活訓」がこれです。これを信仰と聖霊の助けにより適確に実行するならば、それぞれのタラントや賜物に応じて、家庭において、職業において、社会生活において、比類なき地上的成功を得ることも困難でないでしょう。
 さて、総括しますと、親指は他の4本の指に向き合っていて、その各指と物を掴んだりする「協力関係」にあります。このことは、次のことの比喩にちょうど良いのです。「すべてを赦す神様」を信じる第一指の信仰は、第二指より第五指までの、その分野に起るすべての失敗や背き、過失を赦し、元気を回復とさせ、尊い役目を果たさせます。
 もう一度、握りこぶしを作ってみましょう。親指で人差し指と中指の2本の指を上から押えると、握る力が更に強くなるのです。これは第二指、第三指の感動と品性の要素は、特に第一指の絶対的赦しの信仰と相まって、強力な信仰を造る3本の柱であるということです。
 更に、握りこぶしをギュッと握りしめてみると、小指の力が案外に大きいことが分かります。第五指の世俗的ノウハウが信仰修錬に意外に影響します。地的生活の善悪・巧拙も信仰の成長に大きく関係します。
 最後に「手のひら」を見ましょう。これは「神様の愛」です。これは、すべてのものを握りこむ5本の指の根元です。これが無ければ、どの指も有り得ないのです。神の愛こそ、すべての力の根源です。信仰の成長は神の愛にはぐくまれてこそ可能です。《く》(1987.7.26の週報掲載の旧稿、1990年末の拡大宣教学院機関誌「マグニファイ」30号にも寄稿したものです)

〔古林三樹也先生からのご歓奨〕
先生から「世にも不思議なご案内です」と[註]つきのお手紙が来ました。「クリスマスが近づきます。このもってこいの時くらい本当の教会らしい《まじわり》の計画を持ちませんか、というお誘いです。急にこう書きましても、皆さんには何のことだか、分からないでしょうが、先生のご意見では、教会とは単に牧師が説教をし、信徒の諸兄姉が「アーメン」と答えて献金して帰るだけのことなら、本当の教会とは言いがたい。真にイエス様を愛し、イエス様がおっしゃったように信徒の皆さんが互いに愛し合い、親しく交わり、歓談(時にはケンカさえ)の中に、泣いたり笑ったりしている、そういう集会はできないのかと、(よくある教会の冷たい集会を想って歯ぎしりしながら、でしょうか)古林先生らしいお手紙をくださっています。そうした先生のこれまでの私(釘宮)宛てのお手紙を、最近南側の窓下に置いてありますが、読んで下さった方はいますか。「駄べり、笑い、少々ケンカになってもよい、ラーメンを食べて仲良しになった。そんな集会を自主的に始めませんか」、とおっしゃっているのです。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-11-27 18:18 | 日岡だより

No.307 神を求めること 神に会うこと 神と交わること 2007.11.18

神を求めること 神に会うこと 神と交わること

 最近、ある姉妹と話しているうちに、ついキルケゴールを持ち出してしまった。少々キザである。しまったと思った。お調子に乗ったのである。私のキルケゴール理解は雑なもので、今更、みなさんの目にさらすのは恥ずかしい次第なのだが。
 私は、「死に至る病」を一度読んだだけだ。それも若い時だったから、「ああ、死に至る病とは絶望のことなんだな」と最初の一行だけで、分かったような気がしただけのことだったのだ。
 しかし、その後、キルケゴールに関するものを読むと、何だか、もう少しは分かったような気がしてきた。そして、不思議にこの哲学者を私の身近に感じたものである。
 私の思うのに、彼は哲学者と言っても並な哲学者ではない、クリスチャンとして、ちゃんと正鵠を得ているし、その信仰をしっかり目途としつつ神学ではなく、哲学を叙述するのだから、こんな哲学者はほかには無いと私は思う。
 こうした感じは、内村鑑三先生がそうだったらしい。鑑三先生はキルケゴールを、さして読んだことは無かったのではなかろうか。そのくせ、先生はしきりにキルケゴールを持ち上げる。その反骨振りと憂鬱な容貌が気に入ったのかもしれない。彼を無教会主義者とまで言うのは贔屓の引き倒しだと思うが、一つは鑑三先生のデンマーク好きが、そうさせるのだろうか。
 そう、キルケゴールはデンマークの人。アンデルセンと同時代、アンデルセンより遅く生まれ、早く死んだ。
          *
 キルケゴールの哲学を語ろうとすれば、彼特有の彼の用語を羅列するだけで、その全容が伺えるような所がある。
 今、一応それを私なりにあげてみると、本の名前として前述の「死に至る病」、それから「あれか、これか」、「反復」等々。その他の用語として「単独者」、「瞬間」、「キリストとの同時代性」、「実存」などです。
 人生において「あれか、これか」の選択に悩み、いい加減に出来ない深刻人間はついに絶望する、私の親友A君もそれで自殺した。私はその余波を今も受けている感じがする。(今の私は陽気に見えるだろうが、内には深いペシミズムがある。後述のアフリカ伝道のアルバート・シュバイツアーも同じようなことを言っている。真実に生きようとする人間はその本質に悲哀を持たざるを得ないと私は思う)。悲哀の極は絶望、絶望は死に至る病だ。
 人間は永遠に生きられない。その人間が永遠にあこがれる、鮭が生まれ故郷の源流に帰ろうとするように。その永遠の生命への回帰志向、それが宗教の起源だ。それは長い求道模索から始まる。そして、やっとなつかしい河口に踊りこんだ時の喜び、それが新生体験である。
 ところで、この新生体験は永遠の神に有限の人間が出会う事だから、本来は容易な事ではない。神の前に立つ時、その人は「単独者」として立つ。孤独な罪の意識に苦しむ。その彼が、永遠の聖なる世界から、垂直に降りて来る福音を受容する時、それをキルケゴールは「瞬間」と呼ぶ。
 同じような体験を持つ人は、このキルケゴールに甚だしく共感するだろう。それはイエス・キリストと共に死に、イエス・キリストと共に復活するという体験である。これをキルケゴールは「キリストとの同時代性」と言う。
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 神は永遠にして義と愛の神、この方を人間はしきりに求める。そう簡単に会える筈もない至高なお方、このお方が卑しい人間を逆に求めてくださる。この逆説的な〈人を求める神〉に出会う時、人は本当の人になるのである。
 そして、この神に目覚めた人間は、更に命の川を遡って源流に辿りつこうとする。まさしく、〈人が更に人になろう〉とする、その動的自我こそ、「実存」である。
 バルトやツールナイゼンが「山上の説教」を出したのは、キリスト教史上画期的なことではなかったかと思う。トルストイが真っ正直に「山上の説教」に挑んで頭を岩にぶっつけて死ぬような目にあったが、トルストイならずとも真面目な魂がキリストの福音を脇見しながら「山上の説教」に直撃すると自爆的悲劇に会うのである。
 「主の祈り」にあるように、神の御心を地上に生きる私の生活に活かそうとすれば、前記の自爆的矛盾に陥る。先に述べた「更に命の川を遡って、源流にたどりつこうとする」実存者が、そこで苦悩にあえぐ。血を吐く思いをする。生の不安、不条理の亀裂がそこにある。
 しかしキルケゴールは、その亀裂をふさぐキリストの十字架の福音を発見した。「あれか、これか」の矛盾を本当に解決する道は、キリストとの同時代性の道しか無いのである。
 多くのクリスチャンは実際体験として、この関所を通過して来ているはずだが、それをはっきりコトバにしたのは、キルケゴールの功績ではなかろうか。と、しろうとの私は思う。
          *
 たしかに、私はしろうとである。このように書き進んできて、どうも「自分」を語りすぎている感じがする、ご容赦願います(笑)、これは田崎先生の文章の真似です。キルケゴールの用語を拝借して、自分の幼稚な神学を語っている感じですが、このまま続けます。
 「反復」という言葉には、こんどキルケゴールの文献を読んで、初めて気づきました。今までの私が知っていたキルケゴールには「反復」という思想はなかった。これは大変な無知だったと思います。
 罪を犯さざるを得ない地上の世界で、神の恩寵によりキリストとの同時代性を把握した時、さように活かされた彼は、そのキリストとの同時代性の生き方を彼自身で反復せざるを得ない。あきらめず、怠らず、持続して維持する、その反復の精神機能こそ、活きている信仰です。
 ここで、最後に私の言葉に帰りたい。この反復機能とは、持続する信仰告白です。信仰の言葉を「自分自身に言い聞かせる」作業です。
 キルケゴールから逸脱するかもしれませんが、私流の「自分自身に言い聞かせる」方法に従い、明るい陽気な積極的前向きの信仰の言葉を告白し始めると、あのペシミズムは軽く吹っ飛ぶのです。
(アルバート・シュバイツァーは言いました。「私はこの時代に対して、認識においてはペシミスト・悲観主義者、希望においてはオプチュニスト・楽観主義者である」と)。
           *
 ここでちょっと、いわゆる「瞑想」について書いておきたい。瞑想とは文字どおり瞑目して無念無想になることだと多くの人が思っている。そうした精神制御方法を目指しているうちに、いわゆる瞑想法、つまり呼吸法や健康法、暗示法、催眠術などに堕ちてゆく。
 本当の瞑想はその程度の事ではないのだ。「真の瞑想」とは神と交わる工夫である、と言いたい。(工夫というのは、実におどけた用語ですが、これは賀川豊彦先生から習った用語です)。
 短絡的ですが、結論を言います。私を愛してくださる神様をちょっとでも思い出したら、その場ですぐ感謝し、喜んで嬉しくなって「ワッハッハ」と笑いましょう。できるだけ長い時間、何度も笑いましょう。
 ちょっとヘンでしょうが、私流の初歩的な「神との交わり」の方法です。こうして命の源流にさかのぼって行こうと思います。これは、小器の私にとって易しい、最適の道なのですよ。《く》(2000.9.11.旧稿)

〔あとがき〕
先週は、在天者祈念礼拝のあと、予定どおり別府市背後地の十文字原を抜けて、日出の別府霊苑の教会墓地に行き、墓前礼拝を開いた。悠然たる景勝地である。敬虔なる礼拝のひと時を過ごし得て、感謝でした。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-11-20 13:08 | 日岡だより

No.306 平和憲法と再軍備問題 2007.11.11

平和憲法と再軍備問題

 今週のキリスト新聞で国際基督教大学の森本あんり教授が、キリスト新聞の題字の両側にあげている2つの標語「平和憲法を護れ・再軍備絶対反対」を褒めあげている。私も大いに賛成である。
 とは言え、私はもっと言葉を変えて、大きな声で言いたい。こういう風にだ。「平和憲法をホンモノにせよ。自衛隊を廃絶せよ」と。
 今の平和憲法は「偽装平和憲法」である。また、現に自衛隊が実在し、またイラク辺りに出動している現実に目をつぶって、「再軍備絶対反対」とは余りに白々しいではないか。
           *
 今の平和憲法は「偽装平和憲法」であるというのは、私は、その前文を問題にしているのだ、多くのかたが、この前文を真面目に読んでいないのか、意識的に読み飛ばしているのか、知らないが、こうある。問題箇所だけ抽出するが、
「日本国民は……、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、……恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」
 この傍線の箇所を注意したい。日本国民が再び戦争の惨禍が起ることのないように決意するのは、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼しての上なのである。この憲法草案を作った人たちに聞いてみたい。私たちがイザという時、どこの諸国民に信頼するのか。いや、どこの諸国民に信頼できるのか。
 多分、この草案を作ったおエライさんがたの脳裏にあったのはアメリカだけであっただろう。これは平和思想ではない。力ある強大国の軍事的援助を期待しているだけのことだ。これでは平和憲法ではない。偽装憲法と呼ぶ所以である。《く》


絶対非武装平和主義は可能であるか

 絶対非武装で平和主義国家を保てると思うのは笑止の沙汰であると思う人は多かろうと思う。そんなことは現実的でないと殆どの人が思うであろう。いや、机を叩いて断定するであろう。
 私は絶対非武装平和主義者であるが、決して空想的夢物語を信じているわけではない。トルストイの書いた「イワンの馬鹿」の筋書きのようなことを考えているわけではない。
 戦国時代のような群雄割拠の時代にも平和論が実現できると思っているわけではない。特に以下のような場合には絶対無理な理想論であると、私も思っている。
 たとえば、古代において、各部落国家があって、5千人か、1万、2万程度の国民を有する小種族国家群が、椰子の葉影や、砂漠や山影に、点在しているとする。そういう時代に強力な隣国を控えて、その国が野心満々当方をねらっているのは明らかな時、いかな成人君子がいても、絶対非武装平和論を王様や国民に説くことはできまい。孔子でもソクラテスでも軍備の保全と国民の戦意高揚の必要を説くであろう。
 しかし現代は違う。1901年にマルコーニが無線通信の大西洋横断を実現してから百年たった。今や世界は電波通信に覆われている。情報が世界をめぐり、文化が一様に世界を覆う。
各国家の規模形態が大小あっても、民主国家であっても、独裁者国家であっても、社会の模様は似て来る。圧倒的軍備をもって隣国に踊り込むというような乱暴は既に出来なくなっているのです。
 ここで、ちょっと勇気をだして、「わが国は絶対非武装平和主義でやって行きます」と宣言しても、それを「良し、チャンスだ、今、攻め込め」と攻め来んで来る外国は、今や無いのです。世界の常識がそれを承知しません。
 そうです、白光真宏会を上回って、「世界人類は今や平和であります」と言い切ってしまっても可笑しくはない時代になりつつあります。
 もちろん、北朝鮮や、ミャンマーや、紛争が無い訳ではないが、世界全体から見れば。小さい事だと言ってよいでしょう。
           *
 面白いことに目を止めてみましょう。誰も気はついて居ることでしょうが、意識して口外することはない。よく、世界の美男美女とか、可愛いい子どもたちというようなコラムを設けて、その写真を載せる新聞がある。さて、たとえば、ミャンマーの少年の顔、日本の小学校に通っている少年たちと少しも変わりません。
 文化とは言わず、文明度が国民の人相を変えることは、わが日本人を観察するだけで分かります。幕末から明治維新にかけての日本人を外国人が撮った写真を時おり見ることがあります。いずれもキツネのような顔をした連中です。
 対米戦争の時、アメリカで日本の天皇を戯画化した絵がよく新聞に載りました。これも目の吊りあがった彼らの標準的日本人の顔でした。
 昨日の夕刊で、大分のアマチュアカメラマン、石川郁子さんが、生野区あたりの朝鮮半島出身者の写真をこの6年ほど撮り続けて、その成果を現地で写真展を開いた記事が出ていた。
 ここで面白いのは「朝鮮半島出身者」という言葉です。戦争中の人は覚えているかもしれない。あのころ、彼らを「朝鮮人」と呼ぶことに心の痛みを覚える日本人たちは、「半島の人たち」と言い替えることを覚えた。だれが発明したか知らないが、日本人らしい込み入った心遣いである。こういうことは今の人に分かるだろうか。上記の「朝鮮半島出身者」にしても、「半島の人たち」にしても、「朝鮮人」という呼び方を避けようとしているのである。
 あの頃の日本人が(特に内地人が)「朝鮮人」と呼ぶ時、独特の印象があった。如何にも軽蔑的印象があった。今、かつての在日韓国人が日本人に差別された、と告発しようとしても、特に給料の差別を受けてわけでもなく、昇進に差別があったわけでもなく、ただあの「チョウセン」という差別語が嫌だったと言っても、今の日本人には何の事だか分かるまい。
 ところで、今は朝鮮と言えば北鮮。南の朝鮮は韓国と呼ぶ。だから、統一した国名を呼びにくい。そこで新聞記者の名案は、「朝鮮半島出身者」である。私はこの新聞のタイトルを見て、かつての「半島の人たち」と呼んだ名案(迷案!)を思いだして、膝をたたいたのである。
 ともあれ、戦前、私たちは「半島の人たち」を一目見て、そうだと分かった。現在は、分からないだろう。反対の立場で考えてみよう。昔、ソウルで日本人がいたら、向こうの人たちには、彼は日本人だと分かっただろう、しかし、今はどうだろう。私たちを見て、自分たちと同じ韓国人と思うのではなかろうか。もし、日本人と知ったなら、「わあ、日本人も私たちと同じ顔に見える」と言うのではなかろうかと、私は考えちゃうのです。
 先に書いたが、ミャンマーあたりの少年の写真をみたら、日本の小学生と変わらない。そういう現代に来ているのだと私は言いたいのである。
           *
 人類学的に言って、現在は世界の各民族が等質化しつつあるのではないか。顔が似て来ている以上に、ものの感じかた、発想の仕方、しぐさ、言葉も次第に変化する。何語とも言えない混合語が地球に発生するだろうか。
 それはまあ、どうでもよいのでして、世界の文化の潮流に任せましょう。要するに世界は一つになる。ここから、私は文意の流れとして、ここから世界の平和が始まる。人類は黄金期を迎える、と書きたくなりました。どうでしょう。こののんびりした楽天主義に栄光あれ、と自画自賛しましょうか。
 ここで、人類の幸福をねたむサタンの働きを考慮しますと、安閑としてはおれない。しかし、私たちは、神の世界計画を思い出す。世界の最後には、ゴキブリが無比の健康DNAを発揮して、世界を支配するという生物学者もいるにはいるが、真実はイエス様により新生した人類の孫たちが、本当に世界を支配する、たとえ大艱難期を迎え、サタンとの大闘争を見ざるを得ないにしても、神のご計画のなる時がくる。この究極の栄光を賛美しましょう。《く》

〔本日の墓前礼拝について〕
 今日の礼拝は「在天者祈念礼拝」です。礼拝後はお弁当を一緒にいただいて、それから感覚的には別府背後地、APU大学の上を過ぎて、日出の奥地にはいり、アフリカン・サファリの入り口のすぐそばにある別府霊園に行きます。そこに当教会の縁故者、また信徒のかたの在天者の教会墓地があります。そこへ赴き、墓前礼拝をします。景色のよい場所です。この礼拝をまた。神様が特に祝福なされて、感銘深い一日として頂きたいのです。皆さんのご参加をお願いいたします。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-11-13 12:07 | 日岡だより

No.305 ハドソン・テーラーの「雅歌講解」 2007.11.4

ハドソン・テーラーの「雅歌講解」

 これは珍しい本です。聖書の中で「雅歌」は「神」という言葉が、一字も出て来ないことで有名です。もう一つは、一種の恋愛歌だということです。それが、聖書の中にちゃんと地位を占めている。なぜか。神は私たちを愛し、私たちが神を恋い慕う心の働きはまさしく、大恋愛中の大恋愛だからです。
 さてこの本の著者が、これまた珍しいのです。ハドソン・テーラーという人は近世における中国伝道の大立者です。忙しい宣教師としての働きの中で、こうした講解書を書くということは容易ならぬことです。
 それにしても、なぜ「雅歌」なのでしょうか。マタイ福音書とかローマ人への手紙とか言うのなら分かりますが、旧約聖書中の余り人の目にはとまらない「雅歌」を選ぶとはどういう訳でしょう。
 ハドソン・テーラーは中国の海岸部というか、都市中心の伝道を後回しにして、敢えて中国内地伝道、つまり奥地の文化未開の地方に出て行って伝道した人です。そのさなかに、配下の一宣教師の聖霊経験を聞いて、自らも謙遜にその恵みを求め、そして与えられます。その聖霊の恵みを得て後、この「雅歌」の霊的深みが分かるのです。
 かくして、この隠れた名著、ハドソン・テーラーの「雅歌講解」が出来上がりました。皆さんにお勧めします。別に「ハドソン・テーラー伝」もあります。これも見逃せません。《く》
〔註〕古い本ですが、貸出し本としてあげて置きました。お読みになって下さい、正に稀覯本(非常に珍しい貴重な本)です。必ずお返しください。この本は私の母・釘宮希和が求めて買ったものです。その初版は昭和3年です。出版社は一粒社、社主は横井憲太郎さん、名古屋市の真中で印刷屋をしながら、利益の少ないこうした信仰書を出版していました。私も戦前、旅の途中お訪ねしたことがあります。ただ今、ご子息の横井久兄が佐賀に居られて、無教会主義集会をしておられます。(2007.10.29.釘宮)



エレミヤを想う

 最近、早天祈祷の日課がエレミヤ書なので、毎日読んでいます。今、教会の聖書日課は毎日旧新1章ずつです。これでは余りに日課として少なすぎます。みなさん、週報に載っている聖書日課を中心に、その前後を毎日10章くらい読んでください。
 ところで、エレミヤ書のこと。昭和16年、大東亜戦争の始まった年です。そのころ、私はこのエレミヤ書にふれるのです。
 それは矢内原忠雄先生の「余の尊敬する人物」を読んだからです。矢内原先生は、この本の序文に、「私の崇拝する人物はただ一人ですが、尊敬する人物は幾人かあげることができます」と、言って何人かの人物をあげました。
 昭和16年の時局がら、その人物選びには出版者の岩波書店の岩波さんと相当意見を交わしたことであろうと、感じるものがあります。
 まず、第一にあげた人物が日蓮です。当時すでに、矢内原先生は、当局からけしからぬ人物として睨まれていたはずです。中央公論に論文を発表して「日本よ、滅びよ」と書いた。それはもちろん、本気で「日本よ、滅びてしまえ」というのではない、反語的警句としてのレトリックだが、それをまともに取り上げて、先生の反対派が攻撃した。先生はついに東大教授の職を退き、野に下った。そうしたさなかでの岩波書店の新書版です。
 岩波は既に岩波文庫で確固たる地位を築いていました。岩波文庫は世界的古典をとりあげました。これは出版社としては稀に見る壮挙であったし、また大成功でした。
 そこで今度は、現代日本社会に思い切った提言もしたい、岩波茂雄さんの視点はそこにあったでしょう。ともあれ、文庫の後に世に送ったのが、新書でした。私は最初、斎藤茂吉の「万葉秀歌」で赤版の新書に触れるのですが、それは文学少年時代のこと。
 次に私が戦争に向かう日本の危路に目が醒める頃、多分、私は19歳だった。先生の「余の尊敬する人物」に触れるのです。すでに私の尊敬する伯父、釘宮徳太郎もいない。私を信仰的に指導するクリスチャンはいなかった。みんな戦争邁進の日本国内の風潮に巻き込まれて、信仰は純粋路線に沈みこんで、それは良いことなのですが、対社会的に、また政治体制に発言することを遠慮し、また恐れての生煮え信仰になってしまうのです。
 こうした状況は、今の元気の良いクリスチャンがたは、批判するけれど、戦時下の緊張した恐怖治政の不安状況は、その皮膚感覚がないから分ってくれません。
 普通、教会に集まるクリスチャンがたは、心のやさしい、上品な、虫も殺さぬ、穏便な方々です。拳をあげて、社会に抗議するような、荒くれた人たちではない。
 牧師一人が、国家体制に反対して、英雄ぶって威張ってみても、そうした教会には早速特高警察、今で言えば公安警察がこっそり偵察にくる。いつも来ないいかめしい人物がくれば、異質な雰囲気だから、信徒諸君にはすぐ分かる。次の週からは信徒諸君はいっぺんに姿を消すのではないかと、牧師さんはそういう状況を見越して、平素から危ない説教はしないのです。
 そこで、「私は政治問題等の第二義的なテーマには触れません。福音の第一義である十字架による贖いと復活の真理、そして聖められた信徒の生活についてのみ語ります。これ以外、不要なことは語りません」、ということになります。
 教会の講壇から、緊急な社会問題、特にモラルに関することに口をつぐむのは、教会として危険です。聖書の水準において、社会に必要な警告や、平和の言葉を語るのは是非必要なことです。
 特に政治家の偽善行為や、国際外交におけるアメリカ等、キリスト教国と考えられている強大国家のキリスト教国らしからぬ恫喝的外交や軍事行動等に、口を封ぜず、はっきり発言することが教会の使命だと、私は考えます。
           *
 こうした時、当時の王や、為政者たちに対し、恐れず、言うべきことを言い、行動したエレミヤは私どもにとり、非常な励ましであり、また模範です。
 エレミヤは、最後には民衆にむりやり引きずり込まれて、エジプトまで連れてゆかれ、そこで不慮の死を遂げたらしくあります。
 預言者にとっては、王や為政者もやっかいな存在ですが、民衆も又、困った存在です。民主主義というものは、しばしば正義に対して拮抗するものです。
 ある牧師、戦時中は皇道主義キリスト教を説いていたが、戦争が終わると、すばやく民主主義キリスト教に衣替えした。時にはそんな人もいます。
 しかし、多くの牧師さんは、戦争中、遠慮しいしい、苦労したものです。「天皇とキリストをどっちが偉いか」などと愚問を発して、牧師連を困らせた警察もいた。私は「そりゃ、キリスト様のほうが偉いです」と答えた。「死んで、よみがえった天皇さんなかいないでしょう」と答えたものです。
 私は「お前は死刑だ」とまでは言われなかったけれど、「お前のような奴は、造船所に送って使い殺してやるから、そう思え」と若い検事に憎々しげに怒鳴りつけられましたが、私は「ああ、死刑にはならないんだな」と安心しましたね。《く》

〔あとがき〕
最近は、記憶力がすっかり衰えて、まだ「みなさん、愛しあいなされや」としか説教出来なかったという使徒ヨハネほどではありませんが……。もっともヨハネは100歳を越えてからです。私はまだ85歳ですから、ご安心ください、まだまだ大丈夫のようです。でも、とにかく、記憶力など思いもかけない簡単なことをスッポリ忘れていたりして、我ながら驚きます。固有名詞などきれいに忘れていて、閉口しますが、それでもみなさんから助けてもらって、無事切り抜けていますねえ。▼絶対、忘れることのないのは、イエス様の救いです。イエス様の十字架の贖いの救い、これは心魂に打ち込まれています。「心に信じて義とされ、口に告白して救われる」(ローマ10:10)と聖書にありますが、心の深みにおいて信じて義とされる恵み、そして口で告白して生活そのものが、救われて行くこの成長過程は、大切な信仰の救いの進展です。▼信仰は意識のことであり、またその記憶であります。これは単なる脳細胞の生理機能のことではない。意識を支える、神層意識の働きです。これは科学的に言えば宇宙的総合意識などと説明するかもしれませんが、全一の創造者なる神様、私たちを支え、私たちを内包する、真の意識者なる神様、この方の愛と恵み、贖いのイノチに活かされる私たちなのです。ハレルヤ! 《く》
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by hioka-wahaha | 2007-11-06 13:52 | 日岡だより