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No.282 いつも礼拝していなさい 2007.5.27

いつも礼拝していなさい

 ノーベル・ヘイズという先生の「いつも礼拝していなさい」という本と、もう一つ同じ著者の「こうして強くなりなさい」という本を読んだ。
 早くから来ていた本だが、今回はじめて開いたのである。読んで、本当に恵まれた、そこで次の日の朝の祈祷会で早速「いつも礼拝していなさい」というメッセージをしてしまった。
 実は祈祷会で長いメッセージをして、信徒の皆さんの祈る時間も無くしてしまうのは、本来おしゃべりの私の悪い癖である。これは私の少年時代から青年期まで通ったそれぞれの教会の祈祷会がそんな風だったので、祈祷会とはこんなものだと思いこんでいたのである。
           *
 「先生、祈祷会というけれど、私たちの祈る時間はありゃせんに……」と、大分弁で抗議されて、今更のように、「ほう、そうかいな」と私は気がついて、祈りの時間をメッセージのあとにホンの少し時間をあけるようになったのだが、まだまだ十分の時間を空けていないので、信徒諸君に不満が滞積しているかもしれない。
 ところで、そこへ「いつも礼拝していなさい」というメッセージである。席にすわる信徒諸君は呆気にとられたかもしれないが、私は祈祷会に改革の時がきたという気がしていたのである。
 祈るという姿勢には、「求める」という意欲が強いと思う。ところが「礼拝する」という姿勢には、ひたすら主を仰ぎ望む姿勢が伺える。これは素晴らしいと私は思ったのである。「求める」という姿勢はやや控えても、主を仰ぎ望む礼拝をしたい。これが今回の私の教えられたことであった。《く》

 
大風呂敷を拡げよ

 世界に日本の風呂敷を紹介してくれているモッタイナイ運動のワンガリ・マータイさんに、日本人の一人として感謝したい。
 そう言えば、昔、日本から故国に里帰りする宣教師がたは、日本からのお土産には風呂敷が一番です、と言っていた。
 金はかからないし、重くもない、かさばらない。船に乗って太平洋を越えて帰る先生がたにとり、もっとも手軽で、値段も安いし、何よりも日本趣味があって母国に待っている友人たちに喜ばれる、こんな便利なものはないと言うのである。
 風呂敷は昔、ひらづつみと言ったらしい。大小を兼ねて包みこんで、運んだり、ちょいとの始末に使える。便利である。江戸の中期、銭湯が繁昌し出すと、このひらづつみが役立った。
 さしてきれいでもない銭湯の着替えの床の上に衣類を脱いだり、着替えたりする。その際の衣類を拡げる下受けにこのひらづつみがホンに都合が良い。遂に風呂屋での下敷だから、風呂敷と呼ぶようになった。
 昔の子沢山の時代、おかみさんが2、3人の子どもを引き連れて銭湯に行く様子を想像すると、想像するだけでもその大変さが分かる。口やかましくわめいたり叱ったり、お尻を叩いたり。子どもは子どもでキャッキャッと騒ぎまわる。
 その中で脱いだり、着たりの衣類の一時の置場として足もとに敷いたひらづつみ、それが風呂敷である。連れてきた子どもが多ければ、それだけ風呂敷も広くなる。大風呂敷である。
           *
 その大風呂敷が意味を変えて、出来もしないようなことを言ったり計画したりの「大言壮語する」「ほらをふく」というような意味に使われ始めたのはいつの頃からか知らぬが、新聞記事で大見出しを飾った第一人者は後藤新平である。
 先日の産経新聞によると、台湾の李登輝前総裁がこの5月30日から6月9日まで来日するそうである。その目的は「学術・文化交流と『奥の細道』探訪の旅」と銘打っているそうである。日本を愛し、日本をよく知っている李登輝さんらしいご希望である。
 ところで、今回は一つは後藤新平賞第一回受賞者に李登輝さんが選ばれ、そこで李さんの来日となり、そして、李さんが「後藤新平と私」という記念講演を行うのだそうである。されば後藤新平とは、そも何者?ということになる。
 後藤の年譜を見ると1898年に当時日本の植民地であった台湾総督府の民政局長になっている。上司の総督は児玉源太郎だった。よい上司を得た訳でもある。
 新平氏は、台湾銀行設立、砂糖や樟脳などの産業開発に力を尽くす。そのあたりが台湾の李登輝前総裁が「後藤新平と私」という因縁であろうが、詳しいことは私にもよく分からない。
 しかし後藤新平という人は「大風呂敷」だというので有名だった。たぶん、台湾でもそういうニックネームが全島に広がるような仕事振りだったのかと思うが、そのニックネームが日本中に知れ渡ったのは関東大震災である。
 彼はすでに内地に帰って(台湾や朝鮮などにくらべて本州は内地と呼ばれた)東京市長になっていた。そこへ関東大震災だ、彼は乞われて政府の内務大臣、兼帝都復興院総裁となった。
 この時の関東大震災の被害から東京を復興させるべく彼らしい手腕をふるったわけだが、その時の計画があまりに野放図すぎて、人々から「後藤新平の大風呂敷」と言われたのである。
 少し後藤新平のことを書き過ぎたが、わが大分のことを題材にしたい。
              *
 終戦後、大分市の市長は後に大分県知事になった木下郁さんである。私は誰の紹介状も、私の名刺すらもない、秘書課を通さず、いきなり市長室に乗り込んだものである。
 そして「戦災孤児が寝る家、屋根さえあれば良い、陸軍が残したボロ兵舎の残骸でよい。世話してください。それだけでよいです。金も食料もいりません。自分で調達します」と頼んだ。
 木下さんは、この無鉄砲な私を非常に喜んでくれた。「あんたに会えて、戦後の大分市の福祉事業をやる自信が出来た」、とさえ言って喜んでくれたことを覚えている。
 そして、「さっそく厚生課長の立木勝君にあって会ってくれ。この人は東京市で福祉の方をやったし。なかなかの人物だ。あんたの相談に乗れるよ」と言ってくれた。
 事実、それ以後、私を強力にバックアップし、何くれと無く世話してくれたのが、この立木さんで、後の大分県知事。私の生涯の知友というべきか、良き先輩となってくれた。
 ところで、先にあげた木下郁さん、この方は戦後の地域行政として無理解の鬼のように言われながら、戦後の戦災の空き地になかなか建築の許可を与えなかった。
 大分駅前をはじめ、そこかしこに空き地が残っていた。そして、道路だけはデカイものをつくった。今の昭和通りなど、40メートルの広い道路だったから、批判が起こった。
 「今から農業立国せねばならぬ日本の、しかも田舎県の大分市になんであんな大きな道をつくるのか、飛行機の滑走路にでもする気か、ばかばかしい」と、当時の地元の新聞が社説で堂々と叩いたことであった。市民の多くはうなずいた、「そうだ、そうだ」。
 あの時の大分市の復興基本計画は今見てもすばらしいものだったと思うが、人々には遠い夢のように思えた。家も立てさせず。空き地ばかり残して、何が復興だ。木下市長の大風呂敷に見えた。
 戦後の混乱期にむやみやたらに家を建てさせたら、どんなにゴチャゴチャしたまとまりのない都市になったかも知れない。しばらくの辛抱、その後に戦後最初の市長選挙で上田保さんが出て来た。
 この上田さん。今度は「家を建てろ、家を建てろ」で、景気がいい。高崎山のサルを呼び出し、水族館を造り、大成功。ただし、竹のロザリオを作って世界相手に売ろうとしたが、これは失敗。しかし、ともかく大風呂敷。こうして戦後の大分市は出来上がった。
 ともあれ、私心無き、強き、良き志のあるところ、そこに立てられた大風呂敷ははなはだ良かったと、今、私たちは大きくうなずいて感謝するのである。
              *
 さて、最後に私の大風呂敷。私は願っている。この日本国の国民のすべての人がクリスチャンになるのを。
 そんなことは夢のまた夢。出来る筈はない、と人は言うだろうし、私自身も心の底でそう思っている。しかし、私は自分を励まして「日本はクリスチャン国家になるんだ」と心で言うのである。
 そうなれば、もちろん私の「日本絶対非武装、非戦平和国家論」も実現する。そうなると、日本は世界のカントリーになる。
 日本は、神様のため、福音のため、世界の幸福、平和のための祈りをもって立国する。世界中の人たちをこの日本に招きたい。そして、キリストの福音を語り合いたいし、その現実化を見たい。
 製鉄工場も自動車工場もコンピューター工場も何もない日本。ただあるのは緑の森と、田園と畑、牧場。そこに温かな信仰の交わりがある。人々を招き入れ、団欒の時をもてなす。どこの家でも見知らぬ外国の人を喜んで迎え、温かく食事の交わりに招き入れる。
 どの家庭でも、そこには隠れた招待主イエス様が居られる。多くの外国からの客人たちは喜んで、又、友人を連れてこの国に来たいと言う。こんな国には戦争など起こりようもない。
 これが私の大風呂敷です。誰も笑って信じてくれませんが、でも、あなたは信じて下さい。
              *
 阿呆なことを書き過ぎたと思って閉口しているのだが、今更引っ込みがつかない。書き直す時間の余裕もない。このまま恥をかいてもよいわなと、決心してこの稿を閉じる。《く》

〔あとがき〕
先月、4月29日の由布院一泊セミナーでは、私は元気が良かった。今、考えると、我力を出し過ぎた。100倍の集中力で祈ろう。100倍の集中力で語ろう、と頑張ったのである。
 それだけの成果はあったと見るべきだろう。しかし、その直後からの私の疲労はひどかった。人間、こんなに疲れるものかと思った。約1か月、この疲労と無力感は続いた。
 ああ、我力は出すものではないな。「頑張りは信仰ではない」と言った某先輩の言葉は本当だったな、と心に染みたものです。今、やっと疲労が抜けてくれています。第一頁に紹介した「いつも礼拝していなさい」のすすめに従ったからです。
 自力でがんばらないで、いつも神様を見上げていよう。そして、神様を賛美する。イエス様を仰ぐ。イエス様の御血潮を頂く。聖霊さま、私に満ち満ちてください、と叫ぶ。
 今回は、いわゆる「破れ、かぶれ」で書きましたが、これが85歳の老体、今後の生き方かも知れませんね。もう、人並みに生きることはむつかしいらしい。95歳で現役で活躍している日野原先生を見ると、うらやましいです。残念だが、仕方ない。私は私だ。
 この「日岡だより」もぼつぼつ姿を変えるのかな。いやいや、姿を消し、クギ先生もどうなるか分からん……、ということになるかな。
 でも、そうなっても神様は変わらない。イエス様は変わらない。福音は変わらない。私たちの信仰も希望も変わらない。主にあって頂いている私たちの愛も変わらないのです。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-05-29 16:03 | 日岡だより

No.281 キリスト教は聖霊教である 2007.5.20

キリスト教は聖霊教である

 少し乱暴な言い方だろうけれど、キリスト教は聖霊教である。キリスト教の初めっから終わりまで聖霊教である
 来週が、聖霊降臨日(ペンテコステ記念日)だから、こう言うのではない。
 初心の方は、「私はまだ異言の恵みを受けていないから、聖霊様は私には関係ありません」というかもしれないが、それは誤解です。
 あなたは気がついていないから、そんなことを言われるのだが。あなたが最初イエス様を信じた時から、聖霊様はあなたに働きかけておられるのです。
 聖書にこうあります。「聖霊によらなければ、誰も『イエスは主である』と言うことができない」(第一コリント12:3)と。
           *
 実はもっと早い。早い、早い。もっと早い。天地の造られる前から、私たちは「天上で霊のもろもろの祝福をもって選ばれていた」のですから。エペソ人への手紙第1章3、4節を読んでください。ちゃんとそう書いてある。
 だって、ペンテコステの聖霊は天におられるイエス様から地上の120人の弟子たちに下ってきたのです。聖霊さまは天に満ち満ちておられます。
 だから、私たちが召されて天に帰る時、私を支えてくださるのは聖霊様、そして天に帰ってみれば、父なる神様と御子イエス様の御前で、そこで私を包まれる方はやはり聖霊様です。
 最初に述べましたとおり、初めっから終わりまで聖霊様に導かれ、包まれて、満たされて、私たちは全生涯、天の御国まで生き通すのです。
 まさにキリスト教は聖霊教です。《く》


後の雨を、永遠のリバイバルを

 イスラエルでは秋の雨が10月から11月にかけて降る。これを前の雨という。この雨が降ってから大麦や小麦の種をまく。
 春の雨は3月か4月に降り、豊かな収穫をもたらすから、これを祝福の雨と呼ぶ。預言者ヨエルはこう歌う。

  シオンの子らよ、
  あなたがたの神、主によって喜び楽しめ。
  主はあなたがたを義とするために秋の雨を賜い、
  またあなたがたのために豊かに雨を降らせ、
  前のように、秋の雨と春の雨を降らせられる。
               (ヨエル2:23)

 すごい預言である。ヨエル書は旧約聖書のなかでも僅か3章しかない小預言書であるから、ついうっかり軽視しやすい。しかし、使徒たちはしっかりとこの預言者を思い出したのです。あのペンテコステの日に……。使徒行伝2:14~21を開きましょう。ペテロの大説教の冒頭が残されている。そこにヨエルの預言が引照されている。

  神がこう仰せになる。
  終わりの時には、
  わたしの霊をすべての人に注ごう。
  そして、あなたがたのむすこ娘は預言をし、
  若者たちは幻を見、
  老人たちは夢を見るであろう。
          (使徒行伝2:17以下)

 先に引照したヨエル2:23第3行、「主はあなたがたを義とするために秋の雨を賜い」という御言葉は正に預言的で、この御言葉の真の意味を、語るヨエル自身も理解できなかったであろう。
 これこそ預言である。預言の預の字は預金の預である。これは「預ける」とか「預かる」とかいうように使う言葉だ。聖書で預言と言う時、それは予言ではない。予言を含むことはあるが、それが重要なのではない。ただ天の父なる神様の御言を神様からお預かりして、この言葉を代理人として語る。それが預言者である。つまり神様のメッセンジャーなのである。
 なお、ここで「義とするため」という原語を「義の教師」と訳し、この言葉をとおしてキリストを予測する強引で有力な解釈もあるのだが、私はそれを取らない。しかし、この「あなたがたを義とするための秋の雨」と言うとき、ここにキリストの十字架の御業を想起するのは私も同様である。
 つまりヨエルはここで、知ってか知らずにか、とにかく、イエス様の義認の御業を予言しているのである。これを私は凄いというのである。
 そして更に、「後につづく豊かな雨、春の雨」を語ることによって、あのペテロをはじめ120人の弟子たちを歓喜させたペンテコステの豊潤な聖霊の大雨を予言しているということに目を見張るのである。
           *
 さて、ここでひるがえって、聖書以後のキリスト教の歴史を紐ときたい。前述のペンテコステの恩寵は初代教会の驚嘆すべき伝道の果敢な成果をもたらし、ついに全ヨーロッパを席巻した。大ローマ教会を造りあげ、世界に並ぶものなき栄華を見せたというべきであろうか。
 しかるに、教会から福音の純粋な霊性は滔々と流れ失せ、信仰は制度と形式にからめられ、命と光は消えてしまった。この状態に対して「否!」と言い放ったのがマルティン・ルターである。かくて宗教革命が起こる。福音のリバイバルである。
 リバイバルとは「再生」である。ルターは、まず何を再生させたか、イエス様の十字架を信じる者が義とされる「義認」の信仰の回復、再生であった。
 宗教改革とは信仰の回復である。ルターの「義認」の信仰の次には、ちょっと一段階をおいて、そこに現れたのがジョン・ウェスレーの「聖化」の信仰である。
 その後、1900年台初頭にアメリカのカリフォルニアのアズサに「異言」の回復が起こる。これをペンテコステの回復と呼んでも間違いではないが、できれば1980年ころから澎湃としておこるカリスマ運動を本格的ペンテコステの回復と、私は呼びたいのだが、どうだろう。私の一私説にすぎないですが。
 韓国のソウルのチョウ・ヨンギ先生の一教会で70万人の会員を生み出した、前代未聞である。トロントやアルゼンチン・リバイバル、ボンケ先生のアフリカ宣教、奥山先生が体験したインドネシア宣教、どれもこれも驚異的である。
 これは世界の交通通信網などの発達による文化的グローバル化の激しい進展も加わって、宣教上の楽観主義も浮上して来るのだが、逆に更に深刻な近未来の世界観も出て来ます。それは、
 押し迫る世界の終末的様相である。先日もこの「日岡だより」に載せたが、世界からカエルが絶滅しようとしている? あるいはミツバチが消えつつある? 日本列島周辺の大洋の温度が上昇している。もちろん、地球温暖化の現象でしょうが。
 ひるがえって、自らの国内を見直せば、子は親を殺して、その首をかばんに入れて持って来る始末である。親も子を殺し、妻を殺し、他に方法がないと言って、あっけらかんである。
 日本政府は折角の「平和憲法」を改正したくて仕方ないらしい。これは改正ではなくて改悪である。
 私は断固言いたいのだ。世界は政治的にもグローバル化しつつある。国際間の交渉は戦争によらず、積極的対話により可能な時代に進化しつつあると私は信じる。
 私は絶対非武装非戦平和主義者であるが、これは決して空想的児戯的論議ではない。今や、現実的、実際的、実現可能な提案になっていると私は信じている。
 世界の平和、そして主の来臨は近い! それこそ最終のリバイバルなのだと私は確信する。ハレルヤ! 《く》

〔あとがき〕
言いたいことを「そのまんま」書きました。私は牧師としても、元々しろうと。まして世界国家を論じる思想家としてはズブのしろうと、しかし素人だからこそ、言えたことでもありましょうか。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-05-22 11:53 | 日岡だより

No.280 ミツバチいずこ 2007.5.13

ミツバチいずこ

 「ミツバチいずこ」、これは先週の新聞に出た見出しであるが、アメリカでミツバチが集団失踪、果実の受粉ができず、果実生産者の間に恐慌を来たしているという。
 もう一つ、これは先週のテレビであったが、地球上の五大陸の、どこも同じ怪現象らしいが、カエルが絶滅しそうだという。
 これはたかが、蜂や蛙の問題では済むまい。油断できない。すぐにも人間世界に飛び火してくる問題ではなかろうか。
 それぞれに、何らかの感染症と見られているらしいが、それにしても余りに広域すぎると、私は疑問をいだいている。私は隠れた巨大な広範の原因があるのではないか、疑っている。
           *
 この時、ちょうど妻が世話になっている老人介護施設で、大分岡病院の広報誌「一灯」に載せられた岡宗由理事長さんの巻頭言を見た。
 そこには治療に利用できる「波動共鳴現象」について語っておられる。波動共鳴現象とは、ちょっと聞き慣れない言葉だろうが、江本勝さんの波動説を知っている人には、すぐにも理解できる言葉である。
 原子レベル以下の粒子に起こる微小な波動、特殊な波動が水に影響を与えるという驚くべき現象。悪しき思いは水に悪しき影響を与えるということ。
 世界の水は、今、人間の悪しき思いの蔓延に毒されて、その水の悪い影響がカエルや蜜蜂にもたらされているのではないか……。
 これは私の素人(しろうと)らしい憶測であるが、決して荒唐無稽とは言えまい。「人類よ、悔い改めよ」という差し迫った問題ではなかろうか。《く》


キリストは道である

    一、人生という旅の「道」で

 「道」という、往年のイタリヤの名画があります。「道」という言葉には、何か、私たちに人生を考えさせるものがあります。
 イエス様の有名な例話に「良きサマリヤ人」というのがある。一人のユダヤ人が旅の途中、強盗にあった。半死半生の目にあって道のかたわらに捨てられた。そこを祭司も宮仕えの者たちも彼を見て見ぬふりをして通り過ぎた。
 しかるに、一人のサマリヤ人が通りかかり、(彼らは平素ユダヤ人たちから蔑視され交際も避けられていた種族であったが)、傷を受けたユダヤ人を気の毒に思い、傷の手当をして近くの旅篭屋まで連れて行って介抱した、という話である。
 そこで、欧米ではこうした親切なふるまいをする人をグッドサマリタン(良きサマリヤ人)と言う。
 先日、こんな新聞記事を見た。調(しらべ)洋介君という22歳の青年だが、豪州でオートバイで夜の道をとばしていて牡牛にぶっつかって横転、即死した。豪州内陸部での夜のドライブは、路上をわたる動物などで危険この上もない、人々はそういう無謀なドライブは避けるのが常識だという。そして洋介君も、その事を知らなかったはずはないという。どうしてそんな無謀な運転をしたのか。意外なことが分かった。
 洋介君はホテルのロビーで、一人の旅行者が「途中でアボリジニの家族がガソリンを切らして立ち往生していた」と話しているのを聞いた。しかし誰ひとり、そのアボリジニを助けに行こうという人がいない。そこで、洋介君はガソリン缶を持ってオートバイで飛び出していったというのである。ちなみにアボリジニとは豪州大陸の先住民族の人たちである。前述のサマリヤ人と同じように差別され軽視されたのだと推測しても、あながち間違いではあるまい。現地の新聞には、この洋介君をサマリタンと呼んで、我々は彼の名前をけっして忘れないだろうとあったという。洋介君は人生という旅の夜の「道」を尊く駆け抜いたのです。

    二、日本人の好きな「道」

 日本人はもともと「道」という言葉が好きである。茶道、華道、剣道、柔道、弓道。私の敬愛するA女史はハガキ道を唱導する。キリスト教でも、キリスト教と言わないでキリスト道という人がある。聖書にもキリスト教のことを「この道」と書いているところがあるくらいだから、この方が正しいと私も思う。日本人が「道」と言うとき、それが何ものであれ、それを徹底して継続修錬することによって宇宙に内在する普遍の真理を把握しようとする哲学を感じているのである。
 さて、聖書は他のところでこう言う、「人は心に自分の道を考え計る、しかし、その歩みを導く者は主である」(箴言16:9)。PL教団という宗教団体があるが、昔は「人の道」と言った。たしかに、人の道を教え、人の道を守ることは大切である。なるほどキリスト教でも人の道を教える。「親を敬いなさい」、「盗みをしてはいけない」、「嘘を言ってはいけない」、「勤勉でありなさい」等々。それは人類の諸集団の中での、凡そ共通の倫理規定であり、各人の良心もそれを承認する。
 しかし、聖書が教える福音の骨格はそれとは異なる。聖書の中心をなす神の啓示は、人間の理性や良心では「考え計る」ことが出来ない意図と力を持っている。人間の死と無力に挑戦する神の御心である。

    三、「道」 以 上 の 方

 イエスは言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネの福音書一四・六上)と。しかし、言葉を逆に配置して、「道はキリストである、真理もキリストである、命もキリストである」とは言えないのだ。ここが問題である。
 イエスはこうも言われた、「だれでもわたしによらないでは、父(神)のみもとに行くことはできない」(ヨハネの福音書14:6下)と。この「わたしによらないでは」という言葉に注意しよう。つまり、肝心な原理は、イエスご自身だと言うことです。このイエス様のご人格を抜きにして、単に「道だ、真理だ、命だ」と言っても、それはキリストの福音の能力や性質を説明したということに留まります。(たとえば電気とかエネルギーとかいうものをズバリを説明することはむつかしい。しかし、その能力や性質を説明することは簡単にできます。それに似ています)。
 世にある高品位の宗教や道徳、哲学、それはそれですばらしいものです。しかし、そこには人格として神の明確な照明がないのです。そして、諸宗教は熱心に人格的神(唯一の創造主)を求めていると私は思うのです。たとえば仏教ですと、真言宗が大日如来を、浄土宗系が阿弥陀如来という名を択一的に選び、その本体を霧中に摸索しているように見えます。
 この人類を生み出したものが、自然や法則の程度のものであるはずはない。噴水が水源よりも高くあがるはずはない。実に人間を越えて、更に人間以上に人間らしい、唯一者たる創造主が居られなければ、私たち人間がここに存在するはずは無い。
 キリストはこの創造主が万物創造の命令をされた、そのコトバの具現者です。言い替えれば、神の内部にあるコトバが神の指として、人の形をとって現れた方、地上の死と罪と悪を癒されるために下って来られたお方なのです。しかり、キリストは道以上の方、真理以上の方、神の命そのものなのです。(1994年4月24日の週報より)《く》

〔あとがき〕
このたびは申し訳ないですが、本文のほうは旧稿から選んで再掲載しました。巻頭の第一頁は、ある方々には興味深い記事かと思いますが、非常に現代的な訴えを持っています。大分岡病院の理事長、岡先生が取り上げておられることに驚きを感じますね。医学者としての常識的範疇から考えると、ケタはずれなご興味を持ってくださったわけで、嬉しくなりました。でも、時代はこのようなお方を要求しているのだと思います。▼私には知る人ぞ知る、雲を消す特技(?)があります。「念ずれば花開く」という名句を語る仏教詩人の方がいらっしゃいますが、私は「念ずれば雲消える」です。実際に私が空を見上げ、雲の一点を見て心に「この雲を消えよ」と念ずると、その雲が2、3分のうちに消えます。▼たぶん、私の心より発する「波動共鳴現象」だろうと思っています。もっとも、この言葉は岡先生から学んだのですけれど……。雲は水蒸気でありますから、水が共鳴しやすい原理からくるのだと思います。もっとも地上から空の雲までの距離を考えますと、私も不思議でなりません。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-05-15 13:35 | 日岡だより

No.279 黄金週間 2007.5.6

黄金週間

 世間で言う「ゴールデン・ウイーク」です。日本語(漢字)に直すと、黄金週間。このほうがはるかにインパクトがあるように思うのですが。
 なぜ、黄金週間と言わないのでしょう。日本人のカタカナ好みなのでしょうか。黄金週間と書くのは、ちょっと大仰。新聞や週刊誌の記者さんにしてみれば、ゴールデン・ウイークのほうが語呂もいいし、軽くて流行語として扱いやすいわけでしょうか。
 こうやって遊んでばかりおれるから、ゴールデン・ウイークでしょうか。しかし、こういう時こそ。いそがしく働いている人たちもいますね。交通機関の人たち、また観光事業の現場の人たち。
 そして、もっと忙しい方がいます。聖書を開いてみましょう。神様とイエス様です。イエス様は言われます。
 「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わ
 たしも働くのである」(ヨハネ5:17)と。
           *
 私(釘宮)は牧師です。牧師というのは日曜日だけ働けばよい仕事のようにも思われましょうか。気楽な商売だ。それに「先生、先生」と尊敬される。益々いい、ワアー、ぼくも牧師になりたい、とは思う人もないでしょうが。やはりしんどい仕事ですよ。
 しかし「仕事」というのは、本来「仕える事」と書いてあります。牧師は神様に仕え、人に仕える仕事です。皆さんも、どんな仕事でもイエス様と同じく、「わたしも働くのである」と、言ってください。
 仕える日々こそ、本来「黄金週間」なのであると、私は言いたいです。まさに私たちの日々はゴールデン・ウイークなのです。神様が見てくださっています。身に過ぎた光栄です。誰が、この光栄に耐え得ましょうか。感謝一杯に身をかざして生きたい。生き続けたい。主にあって、黄金の日々を。《く》


由布院、一泊セミナーの祝福

 去る、4月29日、主日礼拝の後、天下の温泉地・由布院にて一泊セミナーが出来ました。参加者18名、会場は相良姉のお世話の望岳荘というピッタリの保養別荘でした。
 私(釘宮)も、自分で言うのは可笑しいですが、大変に元気で、2日目の早天祈祷会を含めて4回のメッセージですが、その司会役をも引き受けて、全部完投できた感じです。よくやれたと思います。
           *
 初日の午後3時からの第一回セミナーは、主題「求めよ、さらば与えられん」です。
 求めるのは人間の側。与えるのは神様のお仕事。信仰のことは多くはこの型になっています。イエス様のところに行くのは人間のすること、そうするとイエス様は平安を与えられます。戸を叩くのはイエス様ですが、戸を開けるのは人間がしなければならないこと。そうするとイエス様は戸の中にお入りになって下さいます。
 初日夜の第二回の集会の主題は、「百倍の熱心で求めよ」。先日の永井先生のすばらしい説教は「イサクは百倍の収穫を得た」でした。確かに神様の恵みは大きい。さればこそ、イサクも百倍の熱心さで神様に収穫を求めたのに違いないのです。時には神様は求めがなくても、ただ一方的の恩恵で豊かに与えられるということもあります。しかし、「求めなさい、さらば与えられん」が本筋です。
 2日目の早天祈祷会の奨励では、なんと「岡田式静座」の呼吸法や、新宿の中村屋の相馬黒光さん、インドの独立の闘士チャンドラ・ボース、名物のカレー・ライスのことまで、なんででしょうねえ。
 2日目の朝食後、第三回セミナーでは、信念的信仰のコツ。マルコ11:22~24により、神に信じ込む。信仰の告白の継続。そしてイメージ化するまでの信仰。つまり「既に得たり」との信仰に至る一種の方法論。結論すれば「イメージと大胆宣言」です。これが信仰の秘訣であるとのこと。
 さて、一応義認信仰、つまり「新生」を体験している人は多い筈だから、午後の集会で言いましたね。
 「はい。イエス様を、この胸にドカンと受けたことのある人、手を挙げて……」
 ところが、2人しか挙げない。ちょっと遠慮したのかな、そんな筈はない。「ドカン」と言うのが強烈すぎましたかね。ところで、この問いかけで信仰をさぐられた人もかなりいたかもしれません。
 現に、ある方が後で私に言いました。「私はまだイエス様にお会いしてなかった事がわかりました」と。謙遜な感想でした。某教会で長年の信徒であられた方です。
           *
 ともあれ、今回は非常に明るい、楽しい、交わりのできた集会でした。こんなに親しく、腹蔵なく話し合えたことは、わが教会の信徒さん諸君も初めてだったかもしれません。
 実は最近、私はF先生から、「キリストの教会は交わりの教会であるべきだ」と、懇々と教えられつづけてきたのですが、その味わいが少しは理解できたという感じでした。
 信仰と聖霊による愛と喜びの交わり……、時間のたつのをすっかり忘れ果てて過ごしたのでした。
 総勢17名でしたが、会場の望岳荘は正にピッタシの広さ。広すぎず、狭くもなく、気候も良く、もちろん温泉は最高、お肉たっぷりのカレーライスも上々でした。感謝、感謝で散会したことです。《く》


 《参加者感想》

全地全人類のいやしを求めて

 ハレルヤ! 全知全能の主の御名を心より褒め称えます。去る4月29日(日)30日(月・祝)に行われました春の一泊信徒セミナーは、聖霊様に満たされ本当に大感謝でした。
 会場の望岳荘も設備のよく整った綺麗な温泉付山荘(岩風呂あり)が抽選で与えられ、多数の参加者、夕食のカレーも絶品、信徒同士の交わり、疲れを知らない牧師先生のメッセージにも、一つ一つに神様の豊かな祝福を感じることができました。感謝感謝!
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 私自身、聖会参加経験は少ないのですが、それでも今回はベスト・1と言っても過言ではありません。
 早天も含めた4度の聖会のテーマは、「神様とクリスチャンとの一対一の関係はいかにあるべきか?」だと思いました(勝手にですが)。
 「信仰とは、神様と人間の協力作用」「求めよ、さらば与えられん」「(個人が抱える問題の解決に対し)すでに与えられたと信ずる信仰」など、いかに神様との対話を実現し、ツーカーの仲になるかの方法論を教えていただきました。
 主イエス様のふところにあって、常に主と対話し、答えを求めていくかが、これからの課題だと思います。もちろん信仰の賜物も一人ひとりの抱える問題も違いますから、個人差も出て然り、なのですが。
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 そして今回の特徴は、信徒同士の霊的雰囲気が、少々ツンケンしたものから、雪解けムードに変えられたような感じになった事です。 当たり前のことですが、みんな「重荷を負って苦労している者」でしたし、セルグループでの交わりも与えられ、その一人ひとりの重荷、課題の内面を伺い知る事もできました。
 また反面、私たちの交わりはこの世の趣味の集まりや同窓会とは違います。「罪びとの集団」ながら、主イエス様に罪を許され、執行猶予の身でもありますから、油断慢心せずに、パウロ先生の言われる如く、神様の防具で武装し、(ともあれば分裂、反目をうかがうサタンに対し)隙を見せる事無く、一人ひとりの変革、教会成長、信徒の一致を目指し、主にあってトランスフォーメーション、そして全地全人類のいやしを求めて信仰生活を一歩一歩主とともにあゆんで参りたいと決意した次第です。(甲斐博之)

〔あとがき〕
ゴールデン・ウイークともなると、避けて通れないのは憲法問題です。だから又、軍備問題です。私はウルトラ平和論者であります。よく、それは空想的だ、単なる理想論だよと批判されますが。しかし、この方が現実的なんだと私は自信を持っています。▼まず憲法ですが、今の日本の憲法は偽装憲法、ないし偽善憲法です。問題は前文です、われわれは「諸国民の公正と信義に信頼して」、われわれの生存と安全のための軍備は持つ必要はないと宣言するわけです。この前文にうたわれた理想主義の上に第九条があるわけです。▼ありていに言えば、この本音は、いざと言うときはアメリカが守ってくれるさ、アメリカの核の傘の下に保護されている日本は、このままで安全なんだよ、とノホホンとかまえているのです。▼それのみか、実はすでに自衛隊を持っている日本、アメリカから頼まれれば、イラクあたりまで進駐する、これでは全くの偽りごとです。ウソを言っても良いんだよと言っているようなもので、小学生への道徳教育もできません。▼もう一つの誤解は、軍備が無かったら他国から攻め込まれたら、ひとたまりもなく滅ぼされる、そんな悲劇には会いたくない。だから軍備だけは最低必要だという説です。▼これに対しては今回はくわしく書く、余裕がありませんが、クリスチャンとしてはこうです。私たちは「諸国民の公正と信義に信頼する」のではなく、「正義にして愛であり、かつ全能である神を信頼して」軍備を持たないのだ、と言いたいのです。今回はすこし文章のキメが荒いですが、お見逃し乞う。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-05-08 11:36 | 日岡だより

No.278 今日は昔の天長節 2007.4.29

今日は昔の天長節

 天長節とは戦前の天皇誕生日である。皇后様の誕生日を地久節と呼んだ。「天地長久」という古語が中国の古典にあるらしい。そこから引いた言葉なのだと聞いた。
 今日は、かつての昭和天皇の天長節だった。戦前は国家的祝祭日が12日あった。祝日は1月1日の四方拝、2月11日の紀元節、4月29日の天長節、11月3日が明治節であった。
 祭日と言えば、かつての「春季皇霊祭」が現在の「春分の日」、かつての「新嘗祭」(にいなめさい)が、現在の勤労感謝の日である、等々。
 さて、祝日には学校では校長先生が教育勅語を読む厳かな式があって厄介だった。しかし、学校を下がるときに紅白の餅をくれるのが嬉しかった。
 式のことだが、校長先生の重々しい教育勅語の声、聞いている生徒たちは、静粛に頭をさげている。中には隣の生徒をつついて笑わせようとする悪童がいる。笑った生徒は後で非常に叱られるから、笑いをこらえるのに苦労する。
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 ところで、前節に書いた教育勅語の時のことだが、この時に天皇陛下のご写真(御真影)を礼拝するのが決まりだった。例の内村鑑三先生の不敬事件の起こる場面だ。これと同じような事件が私の卒業した大分商業学校に起こったことを聞いた。私の在学時代の少し前である。
 別府市の今のナザレン教会だったと思うが、その教会の善き信徒だった山下さんのご子息、山下君が御真影拝礼を拒否したというので、上を下への大騒ぎになった。学校では多分、謹慎一週間というようなことであったろう。しかし、それですまない。警察沙汰になるのである。そうした、一種の迫害はしょっちゅう起こる時代であった。《く》


心をあなたの忠実な家来とせよ

 「心をあなたの忠実な家来とせよ」。これは、最近、私が信徒諸君に配った参考資料の標題でした。その冒頭に、こんな言葉を載せました。
 「クリスチャンの標準装備は『愛、感謝、喜び、平安、自由、勇気、忍耐、奉仕、伝道、礼拝』である」と。この一連の言葉は、私の古いメモ帳にあったのですが、ちょうど目に入ったので、つい使ったのです。
 後で考えると、この言葉は誰の言葉だったのだろうか。はて、私がこんな言葉を思いつくはずもないが、さてどこで拾った言葉なのかと、非常に気になったことです。ともあれ、あるいは、
 私が考え出した言葉だったかもしれませんが、そうすると、私も大変エエことを言ったものです。
 ここには10個の言葉があって、最初の言葉が「愛」です。これは聖書のパウロの手紙によく出てくるクリスチャンの徳として最高の言葉ですね。
 ここでは10個の言葉がありますが、最後の言葉が「礼拝」です。これが締めくくりの言葉です。誰が作った言葉でしょうか。なかなか良いです。最後に「礼拝」を置くのも、意味が深いと思います。
 「礼拝」とは神様に結びつく人間の側の姿勢です。しかも、これに神様が人に応答してくださる「神人交流」の姿でもあります。
 「愛、感謝、喜び……」と、クリスチャンの標準スタイルを格好よく掲げてありますが、最後に突然出てきた言葉が「礼拝」です。これは何でしょう。
 クリスチャンが、地上の様々な場面でクリスチャンとしてのふさわしい行為、言葉、表現をもって、よい証しを立てたとしても、それはしばしば人間の業への美化に終わり、得てして偽善という悪魔の投げ網にひっかかりやすいのです。
 その災いを逃れるためには、それら善き業の最後を神への「礼拝」をもって締めくくると、安全なのだと言いたいわけでしょうか。
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 さて、キリスト信仰の成長の3段階は次のとおりです。
 1、「新生」、キリストの土台が心にすえられます。人生の方向転換の契機です。クリスチャンとしての自覚が生じます。イエス様を私たちの心に受け入れ、イエス様を主と告白した時、私たちは神の子となるのです。(第一コリント3:11、第一コリント11:3)。
 2、「聖化」、聖霊様によって与えられる自在な生活の心力、心術、自己操縦力、つまり信仰の力が発揮されます。冒頭にあげた標準装備を越えて、クリスチャンとして更に上級の能力であります。
 3、「栄化」、これは、天国に入ってから、イエス様から頂ける高度な品性と能力です。
 人は天国において、ますます進歩、向上、完成へと導かれ、訓練を受けます。そして天使のごとくなって、地球をはじめ、各霊界に奉仕につかわされます。イエス様もおっしゃっておられますが、天使は人に仕える奉仕の存在なのです。
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 さて、1の新生体験から、2の聖化の体験へと導かれたとき、信仰として新しい自由感、達成感、完成感を獲得して、最初のうちは非常に喜ぶのですが、次第にその喜びが冷えてきて、どうもうまく聖化意識が機能しないということが起こりやすいのです。
 前述の2の聖化の項の中であげた自己操縦力という力が不足する感じですね。この自己操縦力ということは、ガラテヤ5:23の「霊の実」の最後にある「自制」に似ています。
 こうした連立した語彙群の最後に出てくる言葉は締めくくりの言葉として汲み取ることができます。
 このガラテヤ5:23の「霊の実」では、「愛、喜び、寛容、……」と続く徳目の中でも、最も地味で大事なのが、この「自制」です。自制がうまく機能しなければ、愛し過ぎたり、寛容であり過ぎたりで、適正を欠くのです。
 自己操縦力というのは、ほぼ自制と同じ機能です。自制よりは、積極的な行動力を持っています。
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 そこで、冒頭に戻ります。「礼拝」です。最初に「クリスチャンの標準装備は『愛、感謝、喜び、平安、自由、勇気、忍耐、奉仕、伝道、礼拝』である」と、あげましたが、その最後が「礼拝」です。私はクリスチャン生活において、他の何よりも、「礼拝」が大事なのだと言いたかったのです。
 そして、常に神様への、また特に三位一体の神への礼拝を忘れないようにしましょう、常にこの礼拝の心を忘れないようにしましょう、ということ、これが、今回の私のお勧めの最後です。
 私の一番言いたい大事なことは、その「常に礼拝の心を忘れない」という実技的勧告です。常に忘れず、神様への礼拝を営むということは、実践的要求として具体的にそれを実行できるか、どうか。まず常識としては不可能! でしょう。
 それを実行可能にする、奇蹟的な簡単な方法があります。それは御言を心に常に唱えることです。
 あなたの信仰を励まし、堅固にし、繁栄させる短い御言葉を聖書の中に捜しなさい。また、それに近い言葉を捜しなさい。説明を省いて以下に例をあげます。
 単語、熟語、ごく短いフレーズがよいのですが、その聖書的な言葉を礼拝の思いをもって、口で、また心で唱えましょう。簡単です。こんな風です。「神様。イエス様。愛します。賛美します。永遠の御国。聖霊様。信じます。天使様。憐れみたまえ。従います。伝道します。日本を救ってください。父を救ってください。リバイバル。平和です。恩寵期待。等々。」
 皆さんご自身で一語でも数語でもよい、選んでください。こうした言葉、信仰の言葉、礼拝の言葉を、皆さんの生活の場で連呼してください。私の母は、「神様、神様」と醒めていても、眠っていても呼び続け、ついにコンバージョンしました。すでに四十歳は過ぎていたと思いますが、小学生の私を抱いて涙ながらに喜んだものです。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-05-01 16:02 | 日岡だより