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No.230 日本よ、神に帰れ 2006.5.28

日本よ、神に帰れ

 かつて書いたことがあるが、藤原正彦さんの言う国家の品格とは何ぞや。私に言わせれば、国家の品格とは国民の品格である。
 そこで、最近の日本国民の品格はどうであろうか。多くの人が、「今の日本じゃ駄目だねえ」と吐き捨てるように言う。「昔はこんなじゃなかった」。
 たしかに、それは言える。最近、毎日の新聞に上ってくる治安の悪さ、特に幼少年の被害が多いが、殺人事件、ひき逃げ事件、不審な転落事故、昔だったら、年に1回か2回しか起こらないような珍しい事件で、そうした事件は長い間、世間の話題になったものである。
 大分県は温泉県で、あちこちの温泉から濁った温泉や、透明な温泉や、地獄では赤い熱湯が出たりする。地面の底に、そういう温泉を出す地層があるわけだ。温泉源は地層にある。
 同じように日本の社会に湧出するもろもろの犯罪は、その地層に源泉があるはずだ。各々の犯罪は、それぞれの犯罪を湧き出させる原因が、その社会の下層に隠れている。それが、言わば品(?)格である。
 一般民衆の世間意識、お互いの交流感覚、職業意識、情緒や道徳感覚、そんなものの中で仲良くなったり、反発したりで、上流、中流、下流と行き違う思惑の中から、大小の事件が起こる。
 このような日本人の我々、他人事みたいに「昔はこんなじゃなかった」と言っているが、それで良いのか。今こそ、日本人は恥を知って神様の前に立ち帰るべき時がきている。そのことを、日本人クリスチャンは、特に知らねばならない。日本の悔い改めを自覚すべき時なのである。《く》


これからの日本

 実は、リバイバル新聞の最近号(5月28日号)を見た。特に気がついたのは、シンディー・ジェイコブス師が去る5月4、5日埼玉県越谷市の会場で語った日本に対する主の預言であった。もう一つは草加神召キリスト教会の天野弘昌師の大阪でしたメッセージの内容であった。
 今回は第一頁に続いて書くべき原稿を私は中止して、破格なことであるが、このリバイバル新聞の記事を流用することにした。これからの日本の動向、日本の教会は如何にあるべきか、そうしたことに強力なサジェッションを与えてくれるように思うからだ。リバイバル新聞には断わりもなくするので、出版道義上問題もあるが敢えて転載する。お許し乞う。
            *
 預言者として、また国際的祈りの働き「とりなしの将軍」の創設者シンディー・ジェイコブス師が去る5月4、5日埼玉県越谷市の会場で開かれたカンファレンスで日本に対する主の預言を携えて来られた。以下にその預言の一部をリバイバル新聞より転載する。これらの言葉が語られた時、その中から歓喜の声と拍手が起こったそうだ。では以下に……

 「日本はペンテコステを経験します。超自然的な神の力が、神の訪れを体験する鍵になります。これは神の教えを必要としないということではありません。『何が日本を変えるのか』というと、神の力が顕されることなのです」。
 「主は言われます。私の霊はこの国(日本)の上を覆っている。何世代も前からこの日を待ち望んできた。彼ら(日本人)は私の顔を慕い求めた。確かにそれを見出した。私はすべてのものを揺り動かす。私は私の霊を注ぎ込む。畑はすでに色づいている。そして日本は大きな魂の収穫を迎える。あなた方が想像する以上のものを携えていく。なぜなら私は超自然的な訪れをもって訪れるからだ。私は風、水、火をもって訪れる(一部抜粋)」
 また日本に関する幻について「火の玉のようなものが日本の上空にいくつも起こされているのが見えます。それは神の霊である大きな火の玉。まるで太陽のよう。そしてそれは爆発し、そこから神の力が雨のようにこの国に降り注ぐ」とも語ったという。
 「多くのパチンコ店が教会になります。教会は不動産を獲得できるよう祈ってきましたが、今こそ手に入れていく時です。
 油田を開くと主は言われます。海に油田が発見されます。また新しい資源も与えられ増す。
 主は言われます。私は日本の牛肉を祝福します。
 また私は和解と影響の扉を開きます。私にはこの国をシフトする準備ができています。政府で、はかりにかけらいる人々がいます。そして私は彼らを引きおろします。私には公義をもたらす準備ができています。
 皇族を見なさい。私は今、義なる油注ぎをもたらす道備えをしています。秘密の世代がいます。私は、新しい皇族の子供、新しい世代、主の言葉をサムエルのように聞く世代をもたらします。誰かが皇族に主イエスのことを語っています。皆さんは、この国がいつかクリスチャンの国になることを心から信じていますか?
 この国の拠り所の錨(いかり)を私は揺り動かそうとしています。
 これから収穫の10年間がやってきます。なぜなら私がこの国に臨むからです。
 私は自衛隊にリバイバルが来ると預言します。神は自衛隊に信者を起こそうとしています。特に海上自衛隊においてこれが起こります。ですから日本の海上自衛隊のために祈りなさい。神は真珠湾攻撃のそしりを取り除こうとしています。新しいことが始まっています。神が夢と幻を自衛隊の高官たちに見せてくださるよう祈りましょう。天使が自衛隊に訪れると信じましょう。しるしと不思議の業を求めましょう。」  リバイバル新聞06.5.28号より転載)


今後の日本宣教のために
 しるしと不思議を

 この4月29日、大阪府泉佐野市で開かれた日本福音教会春期聖会において、日本アッセンブリー教団草加神召キリスト教会の天野弘昌師が「宣教の緊急性」と題して情熱的に語られた。
 
 天野弘昌師は、韓国、ペンサコーラ、フィリピンなどを回った経験から、「リバイバルには神の圧倒的な臨在と油注ぎに鍵がある」と述べ、その地域の教会に、<1>非常に単純な信仰がある。<2>大胆な宣教が行われている。<3>しるしと不思議が起こっている―の3つの特徴があるとした。
 さらに、自身が牧会する教会でアフリカ人とフィリピン人が2人、一度死んで蘇ったことを証しし、使徒行伝4章29、30節を引用しつつ「大胆な伝道にはしるしと不思議が伴うのです」と強調した。
 最後は、池袋のサンシャインビルでトラクト配布をしているときに見た幻を語り、伝道の緊急性をアピール。それに応えて会衆の100人以上が献身の表明を行った。
 その幻とは、大瀑布に人々が落ち込んでいくというもので、その後、滝の底から巨大な十字架がせり上がり、何人もの人がその十字架にしがみついていたという。 (リバイバル新聞06.5.28号より転載)


〔あとがき〕
先に「魔法の日記《なりたい自分日記》」を、皆さんにお送りしたら。意外に好評で驚いています。しかも、共感された福岡の河村賢吾兄から、同様の発想によりご自分で作られた「自己変革のための言葉」という膨大な言葉集を贈って頂いた。これが又、すばらしいものです。今回同兄のご了解を得てコピー印刷、皆さんにお送りします。▼この月は大阪の西本誠一郎兄と、この河村兄のお陰で、私たちクリスチャンの自己啓発のための有効な手段を教えをご示唆頂いて感謝しています。「救は信仰により、行いによらない」という常套句にだまされて自己努力を怠るクリスチャンが多い。しかし、「主にあっては私たちの労苦はむだになることはない」のです(第一コリント15:58)。▼西本さんと言えば、同兄の第二の事業たるシェルター輸入販売のお仕事に敬意を表したいと思います。いつか詳しく書きたいのですが、日本憲法九条を守ろうという程度の平和運動では、世界情勢には間に会いません。今の日本憲法は何度も書いたように偽装憲法です。本当に日本の人民を一人一人、原爆等からの生命危機を守ろうと思ったら、日本政府もアメリカ軍も役に立ちません。このことを政府もマスコミも頬かぶりしています。シェルターは一人一人の命を守る最後の砦です。▼でも魂の最後のとりではイエス様です。信仰の基礎は十字架の信仰、信仰の成長は聖霊様の援助と各自の実践です。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-05-30 12:25 | 日岡だより

No.229 天国の宴をここに… 2006.5.21

天国の宴をここに…

 この4月から5月にかけて、高齢の姉妹がたを天国にお送りすることが多かったのです。まず永井明先生のご母堂永井ミツメ姉、4月22日だった。なんと101歳のお年、眠るように主の身元に帰られた。次は別府の永野先生の奥様、友子先生のご母堂、成田昌子姉、5月9日にハレルヤ、ハレルヤと叫んで召されたという。お年は82歳でした。そして5月14日、私たちの親しい福田吉子先生のご母堂山口ミツ姉、90歳と199日のご生涯を静かに終えて天に向かわれたのです。
 山口ミツ姉は1995年に私の司式でバプテスマをお受けになっています。その関係もあって、ご葬儀には私が告別説教の大役を頂き、鳥栖古賀町集会の会堂でご奉仕できました。これも最後のお勤めとして感謝でした。
 お聞きしてみますと、どの方々の場合も遺族の方々が「お淋しくなりましたね」などと挨拶を受けると応待に窮するそうです。「どうもね、淋しくないんですよ、却って嬉しいくらい」。クリスチャンではない山口ミツ姉妹の三男、四男の方が来ておられたが、この方々もそう仰有る。成田昌子姉の場合もそうだったに違いないと思います。永野先生ご夫妻と話している時の、そのお喜びの雰囲気で分かるのです。
 クリスチャンの葬儀とは、天国への凱旋門であります。歓呼してお送りできます。さらに、私たちは天国の喜びを先取りして、ここに先に行かれた姉妹たちを、目には見えませんが、ここにお迎えして天国の宴を張る、そのような葬儀を営みたいとも私は語ったことでした。感謝一杯です。《く》

 
成功・幸福哲学と信仰
            ―母の日聖会後報―
 
 今回の「母の日聖会」はやや変則的だった。5月13日の夜は第1回のセッションだが、開会聖会という雰囲気ではなく、少々固めの知的セミナーにしたのである。題して「積極・幸福神学」の由来。
 こういう由来というテーマを私は誰からも学んだことはない。私のひとり合点である。私の個人的経験をとおして説明した。それをもう一返ここで書いてみたい。
 つまり世間に流布される「成功哲学」というもの、古くは生長の家の谷口雅春氏を大転換させたホームズという人の「人は思ったとおりの人になる」という提唱が雅春先生の自叙伝に出る。これはエマーソン以来のアメリカ人らしい楽観主義だと思う。
 私が初めてふれたのはナポレン・ヒルであるが、戦後になると、ブリストルの「信念の魔術」や、デール・カーネギーの「道は開ける」等、おいおいこういう本が殖えてくる。
 そのうちに、衝撃的な本がでます。ノーマン・ヴィンセント・ピールの「積極的考え方の力」です。ノーマン・ヴィンセント・ピールは牧師ですから、聖書の言葉を駆使して「積極的考え方」の神学を説くわけです。日本のキリスト教世界には隠然たる衝撃を与えるかと思えましたが、そう簡単にはまいりませんでした。
 しかし、遂に日本のキリスト教界に革命的な時が来る。それは韓国のチョー・ヨンギ先生の来日です。まだ1980年の以前だったと思いますが、はっきり思い出せません、チョー先生が伊豆の天城山荘に来られた。この聖会で、「積極、大胆、すでに得たりと信ぜよ。イメージするんですよ。信仰の言葉を舌に乗せるんですよ」等々。
 こうした説教を日本の牧師の頭上に叩きつけた。私にしてみればよく知っている実践理論ではあるが、先生は実際に奇蹟的効果をあげているのですから、私も興奮させられます。並いる全国から集まった先生がたも顔を紅潮させて聞いていた。(チョー・ヨンギ牧師の説教は、例の「三拍子の祝福」ですが、この信仰哲学が韓国に「繁栄の神学」を湧きあがらせるきっかけになったのかもしれません)。
 上記の中でちょっとふれましたがイメージ祈祷をはっきり打ちだしたのは、やはりチョー先生だったのでしょうか。その後、アメリカではサイモントンという人の「癌のイメージ療法」というのが始まります。
 また「セルフ・イメージ」(自画像)という言葉も市民権を得てきました。これは確か、シカゴの整形外科医のマックスウェル・マルツの言い出したことだったと思います。
 ポール・J・マイヤーのSMI、成功動機付けの通信教育でしたが、万代恒雄先生が協賛しました。「目標設定は人生成功の秘訣」というキャッチフレーズ、あるいは「あなたの中の巨人を目覚めさせよ」等、日本の実業家筋に大きな影響をあたえたと思います。
 田中信生先生の「積極前向き肯定的の信仰」のカウンセリング説教も効果抜群で、こうした傾向にはすっかり教界での抵抗が無くなり、常識化してしまいました。こうした新しい唱導で百花撩乱とまで言いませんが、キリスト教世界にも様々な実技が花咲くのです。
 最近は「あなたの口で言うとおりになる」等の出版が滔々とキリスト教界にあふれている現状であります。小さいことですが、私の「笑えば必ず幸福になる」もその一つです。
           *
 以上は母の日聖会の第1回の集会で講義した内容でした。要するに、一般の世間に通用する成功哲学などといったものがキリスト教のなかに取り入れられて、信徒の皆さんの信仰向上のために非常に役立ってきたということを話して、今後も積極的に吟味採用しよう。かつ、最近起こってきた斎藤一人さんの「良い言葉を使おう」や、五日市剛さんの「ツキを呼ぶ言葉」や、ごく最近の「なりたい自分日記」という手法も紹介したのでした。
 ところで翌日の第2回聖会は主日礼拝でもある。当然、説教は牧師たる私の責任だが、たまたま大阪の囲碁将棋盤のめぐみ堂の社長、西本誠一郎兄が当教会に来ておられた。急遽、同兄に講壇に立ってもらった。私のいわゆる「事業を活かす信仰」の実際を語ってほしかったのである。これが良かった。
 西本兄が事業を大成功的にやって行きながら、伝道も更に熱心に、爆発的にやってきた、その火の吹くような証しをしてくれました。延々90分!
 上述した「成功哲学」の神髄というべきか、そうした、積極、大胆、前向きの生き方。自分の人生の目標を設定し、紙に黒々と書く。それを壁に貼って毎日声をあげて大声で読む。私がいつも言っている方法論を確実に馬鹿正直に実践をして、しかも効果がこの方の人生に大きく実現している。並なものではない。私は本当に感動しました。
 私は当然、昔から知っていたし、多少とも実践してきたことです。しかし、これほどの体現者を実際に眼の前で見ることは嬉しいことでした。
 私が前夜に述べた「積極・幸福哲学のキリスト教への受容」といった講義のすべてを、そのまま実証した人物のお出ましですから、驚嘆します。皆さんも興奮しました。そして、この日の午後の聖会第3セッションは私の短い奨励のあと、会衆のみなさんの反省や今後への希望、というよりも牧師たる私への期待、私の欠点も遠慮せずに言ってください、と円陣を作っての座談会を営みました。ここで牧師の私にたいする率直な意見、どんなものが出たでしょうか。それは、これからのお楽しみです。《く》

〔あとがき〕
本文にも書きましたが、西本誠一郎兄にお出で頂いたことは最大の喜び、また収穫でした。福音の喜びと力を体いっぱいに表現する人として、もっと多くの人に紹介したいです。▼「なりたい自分日記」を早速実行されている方のご報告あり、感謝でした。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-05-23 11:47 | 日岡だより

No.228 母を称えよ 2006.5.14

母を称えよ

 毎年、5月第2日曜日が「母の日」である。格別に法律で決められた国民の祝日ではないから、カレンダーには載っていない。
 これはアメリカから輸入されたものである。起源はアメリカの教会からであるが、だからと言って、聖バレンタインデーのように、聖人偉人伝に関係するものでもないし、また聖書にも教会歴史にも関係はない。
 もともとは、平凡な一女性の小さな行為から、いつの間にか教会全般に伝播して、ついに1914年に大統領ウイルソンによって正式にアメリカの祝日と制定されたものである。
 1905年5月9日、フィラデルフィアの若い女性、アンナ・ジャービスという人だが、その人が母の死に遭遇し、教会で召天記念会を行われた時、亡き母が愛した赤いカーネーションを会衆の皆さんに手渡した。
 それが非常に感動を呼んで、この5月第2日曜を「母の日」と呼んで、母が健在であれば赤いカーネーションを、亡くなっておれば白いカーネーションを胸に飾るようになったという次第だ。これが、クリスマスと同じで日本にはいると、デパートなどで、商戦の宣伝キャッチフレーズに使われることになる。
 当教会では、多分どこの教会でもそうだろうと思うが、別にカーネーションをどうのこうのという習慣はない。しかし、この日は家庭で非クリスチャンの家族にも「今日は母の日」と言って教会に出席しやすいこともあって、この日に「母の日聖会」を行う習慣がしばらく続いた。よい習慣であったと思う。また今回再開したしだいである。《く》

 
大説教者ウェスレーを生んだ母
 
 ジョン・ウェスレー(1703年~91年)はイギリスの生んだ、大説教者です。彼はマルティン・ルターの宗教改革以降のプロテスタント教会の歴史に、「聖化」の信仰を吹き込んだ大指導者でありました。彼が創立したメソジスト教会は世界最大の教派となり、この大分県でも各地にある最も古い教会は、たいていメソジストの宣教師が立てたものです。
 さて、この18世紀の同じ時期にフランスではフランス革命が起こっています。フランスと同じような社会矛盾はイギリスにもなかったわけではありません。いいえ、フランスにもまさる重症だったのです。ある歴史家は「この時代の英国は最大の病める時代だ」と言ったそうです。
 この時代、人々の間では合理主義が謳歌され、「社会は知恵と金で動くもの」とされました。経済学者のアダム・スミスがまさしく「経済は人々の利己心によって動き、放っておけば自然にうまくゆく(神の知恵が働く)ものだ」と言った時代です。
 1724年に英国教会のリッチモンドの主教(牧師)が説教の中で当時の世相を次のように語っています。
 「日曜日も今や、悪魔の祭日である。多くのみだらな行為や、泥酔、喧嘩、殺人が行われている。社会はまったく腐敗してしまった」。今の日本よりはましかも知れませんが。
 こういう時にジョン・ウェスレーが現れ、そのメソジスト教会の信仰復興のお陰で、イギリスにはフランス式革命は起こらなかった。そしてこの国は救われたのです。国民の信仰革進により、国が救われるという、最近のフィジーのトランスフォーメイションを想起させる奇蹟が起こったのでした。
              *
 ところで、このジョン・ウェスレーを生んだのがスザンナ・ウェスレーという女性です。ジョン・ウェスレーの弟がチャールズ・ウェスレー。ジョンが世界一の宗教家とすれば、弟のチャールズは名だたる賛美歌作者です。「わが魂を愛するイエスよ」を初め、全部で14曲、今使っている讃美歌に載っています。
 こういう偉い人物を生み、育てた母、スザンナ・ウェスレーの生涯とその子育てを見ましょう。
 スザンナは1669年に生まれ、1742年に世を去りました。彼女はピューリタン的の信仰を持った非国教派の牧師の家庭で育ちました。伝記を読むと、彼女は幼い時から意志の強い学問好きの子であったそうです。普段はもの静かだが、聖書の言葉を語る時は実に積極的だったと言います。
 1688年に7歳年上のサムエル・ウェスレーと結婚します。このウェスレーは国教会の牧師でしたが、しかし信仰はピューリタン的で、スザンナの信仰上の育ちと矛盾はなかったのです。
 ピューリタンとは16世紀から17世紀にイギリスに起こった宗教改革の群れをさすと言えましょうか、ピューリタンという言葉はピュア(純粋)を求める人という言葉から来ています。1620年、メイフラワー号に乗って北アメリカに移住した人々も、このピューリタンの群れでありました。
              *
 スザンナの子育ては、あまりに有名ですが、重要な点を参考にあげて、今回の学びとしましょう。
【家庭における教育】
(一)自制心を養う。当時の英国では義務教育制度はありませんでした。教育は家庭教師か母親に任されます。スザンナはもちろん自分で子どもを教育しました。時間割など細部にいたるまでキチンと決められていたそうです。
 子どもたちはまず、自我を克服し、従順を学ばされます。そのために内規が決められていました。第一、過ちを犯した時、告白すれば許されます。第二、喧嘩や不従順な行為が教会で行われたならば、罰を受ける。第三、同じ過ちを2回犯したとしても2回叩かれるということはない。第四、どんな小さな従順の行為でも自分から進んでしたことは称賛され、ご褒美を与えられる。第五、子どもなりに良い考えで従順の行為をしたつもりでも結果が良くない場合がある、その行為は愛をもって受容される。その他、人を喜ばせることをした場合、称賛される。約束を守ろう。小さな仕事でも子どもにできる仕事を覚えよう。読むこと、書くこと、計算することを学ぼう、といった具合です。
(二)子どものレベルで遊ぼう。以上を読むと、スザンナは非常に理知的で冷たい人に見えますが、実は非常に女性的で人間味にあふれる人でありました。スザンナは人間には適当な娯楽や遊びが必要であることを知っていました。子どもたちと一緒にトランプやゲーム遊びも、ニコニコして子どもたち一人一人と親しく愛をもって交わっていました。
【家庭における信仰教育】 
 スザンナが母として子どもの信仰教育に気をくばったのは次の3点でした。
(一)祈りの訓練。子どもたちが話が出来るようになった時、まず「主の祈り」を教えました。成長するにつれ、両親のため、友人たちのための祈りや、暗唱聖句を教えました。家族全員と祈る場合の祈り方も指導しました。また、一人一人と個別に交わって、各自の疑問に答えて、祈りを助けたようです。
(二)聖書教育。スザンナはどんな時にも聖書を持ち出して対話しました。聖書の朗読と解き明かしは家庭での交わりの中心でした。ジョン自身、後に牧師として立った時にも、神学や哲学的問題について母に相談したことが再々あったといいますから、スザンナがどんなに深く学び、また研究していたか分かります。
 ジョンは、1738年5月27日の日記に「私の歓喜が欠乏している理由の一つは、祈りの時間が欠乏しているからだと信じた。そこで、朝教会に行くまで執務をしないで私の心を主の御前にささげよう」と記し、また6月4日の日記には「起床時から午後1時まで、祈り、聖書を拝読した」とあります。幼児からの母スザンナから受けた訓育が大ジョン・ウェスレーになってからも、生きていたことが分かります。
(三)先に述べたように、この時代は目に余るような不品行が横行している時代でした(まさに現代の日本に似ています)。ウェスレー家の周辺にも世紀の風潮に犯された人々や、極貧の人々が一杯でした。そうした中で、スザンナは決して子どもたちを彼らから隔離せず、却ってそれらの人々と接し、交わり、親切と愛の手を伸べて、その環境に主イエス様と共に触れることをじかに教えたのでした。このことはジョンに強力な影響を与えたことを彼自身語っているそうですが、スザンナはみ言葉を教えることに熱心であった以上に、主の教えを実社会に実践することを子どもたちに身をもって示したのでした。
【終わりに、私より一言(釘宮生)】
 大変、残念なことに私どもの教会では、教会学校が壊滅状態です。私は牧師として恥ずかしくてたまりません。若いご夫婦の信徒の皆さんが少なくなっている事も原因です。私は年をとっても元気であることを自慢してきましたが、こんな事なら早くくたばって次の牧師を早く捜したほうが良かったのです。重大な反省です。
 早め、早めに、先を見越して手を打って行かれる永井先生を失礼ながら改めて見直したことです。でも、私は決して「これではもう手遅れだ」と言いません。必ず、主は道を開き導いて下さるでしょう。諸兄姉よ、皆さんも、どうぞ、祈ってください。《く》

〔あとがき<1>〕
さて、今年の指標聖句を年度途中ではありますが、改めたいと思います。どういう聖句かと興味を持たれるでしょうが、いや、いや、聖書には申し訳ありませんが、平凡です。「いつも喜びなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことに感謝しなさい」です。
 このみ言葉を過去、現在、未来に分けて考えますと、いつも喜べるのは過去のことです。過去は良かれ、悪しかれ、すべて主によって善とされますから、喜びなのです。
 未来に又、どんなことが起ころうとも、すべては神様によって万事を益に変えて下さるはずだから、先取りして感謝するのです。
 現在は、過去のことも未来のことも祈って喜びと感謝に変えて頂く、貴重な祈祷台です。今日一日を祈りの日として頂きましょう。
〔あとがき<2>〕
大阪の囲碁将棋盤の<めぐみ堂>社長の西本誠一郎兄が当教会に見えられました。お名前はかねてより存じ上げていましたが、また、当教会の書架にも「聖書と旅した商人」という題で兄弟を書いた本がありますが、私としては今回、初めてお会いしました。聞きしに勝る伝道の熱血漢、教会の前に待たせてあるタクシーの運転手さんに、早くも同兄の伝道用紹介新聞を渡して読ませていました。どこに行っても、どっさり用意していた伝道文書を、さっそく手渡して「読んでください」ですね。たまげました。感謝! 《く》
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by hioka-wahaha | 2006-05-16 14:12 | 日岡だより

No.227 錬達なる基督者たれ 2006.5.7

錬達なる基督者たれ

 やや堅苦しい標題であるが、故意にこうしたのですよ。まず、「錬達」ですが、こういう熟語は私の持っている限り、どの辞典にも出てこない。あるのは練達である。どこが違うか、その上の文字を見て下さい。糸偏の練です。金偏の錬は鉄材などの精錬に使う文字である。しかし、この金偏の錬を日本聖書協会の口語訳聖書の新約聖書では使っている。かつての文語訳も、近年の新共同訳も、糸偏の練を使っている。
 日本聖書協会の口語訳聖書は1954年(昭和29年)に出た。
まだ、戦後の日本語の表記は、模索していた時代であるが、当時の改訳委員会は、よくも大胆にこういう文字を用いたのである。私はこの大胆さを称賛したいです。なお、旧文語訳にしても、同意語として、練達という文字を使っていることに、やはり先輩たちの語感を褒めてあげたいのです。
 特に私はローマ人への手紙5:1~5の文中における使用について感動します。実は今回はこのローマ人への手紙の個所について、講義風に書きたいのです。特に目を止めているのが、この錬達という熟語であります。
 次に、こだわっているのが「基督者」という文字である。この文字も明治の先輩たちの傑作だと思う。勿論、キリスト教信徒に対して使うクリスチャンという言葉に対応する漢語スタイルの表記として使ったのであろう。苦しまぎれの訳語とも言えるが、どうしてどうして名訳である。誰がこんな訳語を作ったのであろうか。出来てみれば当然の訳語かもしれないが、頭の悪い人にも、頭の良い人にも思いつかない、しかしあって当然の「コロンブスの卵」的訳語だと思う。ひょっとしたら、誰が使い始めたか分かっているのかもしれないが、たぶん内村鑑三か植村正久というところであろう。
 今回のこの記事は錬達というやや堅苦しい熟語の下に続けるには、クリスチャンでは少々柔らかすぎてバランスがとれないという私の文学少年時代の習癖から出た遊びに過ぎないのだが、許してください。辞典を調べたら、マルティン・ルターの「基督者の自由」の題名としても出ていた。この「基督者の自由」は誰の翻訳だったかしら。
              *
 さて、ローマ人への手紙5:1~5を読んでください。まず第1節だが、ここで「信仰によって義とされた」という言葉が出てくる。ここを、新改訳では「信仰によって義と認められた」となっている。これは新改訳の癖で、ローマ人への手紙では第3章以来、こうなっている。実は日本聖書協会のほうでは、文語訳以来新共同訳にいたるまで、「義とする」という訳語と、「義と認める」という訳語とを厳密に使いわけてある、もちろん、原語はそのように異なるのである。
 このことについては、もう天に帰られたが、福音派の巨匠・森山諭先生から教えられて初めて気がついたのでした。一般に新改訳聖書は福音派の専用のように思われていたから、この森山大先生のご指摘には私も驚いたものです。また、この新改訳聖書の訳語について、それなりの神学的立場があることも教えて頂きました。
 ともあれ、私は「義とされる」という、ズバリ「義化される」という信仰の成果を、「義認」という信仰の賜物から切り離して語る立場に、目を見はる思いがしたものである。「信仰によって義と認められる」ということは、私たちキリストの福音を信じて立つものの第一の信仰の基盤である。しかし、その上の段階に「信じる者を、そのまま義と化してしまう」というみ言があったことに私は驚いたのであった。
              *
 第1節の最後、「平和」という言葉に目を止めたい。これはアウグスチヌスの有名な言葉、「私たちは神に造られたので、神に帰るまでは平和を得ない」という言葉を思い出させます。イエス様を信じて、最初に受ける賜物はこの「魂の平和」だと思います。それと同時に「喜び」も加えられると思います。
 なお、これ以後に起こってくる恵みに、さまざまな霊的賜物や霊的果実が与えられる、それが第2節の初めに出てくる「さらに」です。こうして信仰のステージがしだいに上がってくるのです。
 早く第3節に入りたいので、他は省略しますが、ただ、ここに出て来る「喜ぶ」という言葉は本来「誇る」という意味です。高らかに誇って大いに喜ぶという言葉です。第3節もそうです。
 第3節は有名ですね。「それだけではなく、患難をも喜んでいる。なぜなら、患難は忍耐を生み出し、忍耐は錬達を生み出し、錬達は希望を生み出すことを知っているからである。」
 信仰による通常の平和と喜びは、ともかく患難をも喜ぶ、この患難という言葉の原語には心理的な痛みのみならず、肉体的苦しみをも含んでいると聞いたことがあります。これが本当だとすると、先になって述べたいのですが、英語の訳語に関連して、ハッと気づくものがあるのです。
 さて「忍耐」です。聖書でいう忍耐という言葉は、私は若い時に聞かされましたが、「預言者的忍耐」であって、じっと小さくなって、忍んで忍んで、我慢している、そんな忍耐ではない、自分から困難、苦難、厳しさにぶっつかって行く忍耐である、と言うのです。まことに旧約の預言者を彷彿とさせる忍耐の理解であります。
 さて「忍耐は錬達を生む」という個所。いよいよ「錬達」です。
              *
 錬達という言葉。言葉の意味しらべではなくて、その実際の人生における吟味です。
 錬達という言葉は「実験されて実証されたもの」という感じの言葉です。患難を身をもって通り抜け、一苦労も二苦労もして、勝利してきた筋金入りの達人と言いますか、そういう信仰の人生の奥義を掴んでいるという人材タイプを差す言葉だと理解してみましょうか。
 この言葉を英訳で見ると、しばしばキャラクターとなっているのですね。新アメリカン・スタンダードでは「証明済みのキャラクター」などとなっていますが、このあたりを日本の新改訳は参考にして「練られた品性」としたのだろうかと、うなずけます。
 このキャラクターという英語の語源はラテン語だそうで、その意味は「刻印」だそうです。「ハハアー」と私は思います。先に書きました、患難という言葉は心理的なことばかりではなく、肉体的な痛みも含むと言います。
 パウロがガラテヤ人への手紙の最後のほうで書いた「イエス・キリストの焼き印を身に帯びている」という言葉、もしもパウロが各地での迫害のなかで「火あぶり」のリンチにでもあったことがあったとすると、又、他の傷でもそうですが、パウロの肉体に受けた傷に「刻印」という想像をあてはめてみると、「証しされた傷の刻印」というように解釈もしてみたくなります。
 錬達という言葉には、以上のように千軍万馬の勇士があらゆる戦場を駆けぬけて、いろんな条件、場面、相手、如何なる状況にも勝ち抜いてきた風貌を感じさせるものがあります。
 そこから「品性」という言葉により印象を受ける人格的好ましさ、品の良さ、優しさ、スッキリした正義感、道徳的完成さ、意志の強さ、そんなものを感じるでしょうが、しかし、それ以上に、大胆さ、勇気、行動力、悪魔的存在との戦いや、戦略というか、格闘技の戦士の腕の確かさ、巧みさ、何が起こっても対処できる臨機応変のたくましさ、そういう錬達ぶりを想像できるのです。
 それは人生の現場で戦い、生き抜いて奥義を握った人の姿です。「筋金入りの基督者」とでも評したらどうでしょうか。体躯の中にも、頭脳の中にも、心の中にも、あらゆる場面で勝利し、成功してきた強力な力と誰とも戦える巧みな技、長引く戦いにも粘って粘って後に引かない持続力、こうした抜群の能力を地上でひしめく悪魔の働く場面で発揮できる人です。
 こうした錬達力を持った基督者、つまりクリスチャンよ、出でよと、現代の教会は待望する。そうした人材を待っているのです。何にもへこたれない。大分の某高校の有名な校訓だったが、「しまれ、がんばれ、ねばれ、おしきれ」。
 こういう場合、心理学的に言うなら、意志の鍛錬である。イタリアの心理学者、アサ・ジョーリは言う。「意志のはたらき」が大事だ。意志のはたらきの第一は「善き意志」、第二は「強い意志」第三は「巧みな意志」、最後の注意は「未熟な意志は愛の心を欠くもの」である。愛と結びつき、宇宙的大いなる心と一体化せよ、とアサジョーリは言うのである、最後の個所は正確ではないが、教会の得意とする所、聖書的に、聖霊により訓練出来る。
 そして最後に私は言います。「ねばれ」という例の校訓ではないが、継続のことである。「継続は力なり」、これは「一村一品」の元・平松大分県知事のご尊父の名言であるが、たしかに継続は力、継続は習慣を生む、習慣は第二の天性。三島由紀夫は言いました。習慣こそ、人間の最高の力であると。
              *
 錬達せるクリスチャンよ、出でよ。その為には祈りなさい。単なる「おねだり祈り」ではない。神様に厚かましくも断固として祈る、あるいはおとなしく黙想して祈る。黙想はイグナチュース・ロヨラの霊操の技法です。御言を黙想するのです。無念無想でもなければ、もちろん雑念妄想でもない。
 大胆に、「神様に愛され、励まされ、力を頂き、喜びを頂き、知恵を頂き、勇気を頂き、神様に愛されて信頼されている者にふさわしい、あらゆる能力、聖霊の賜物、聖徳の力、美的感覚、すべての善きものを頂ける」として、それらの言葉を口で、また心の中で宣言しなさい。日本語でいうなら、言霊の力です。神の力があなたにはいってきます。
 信じなさい。祈りには、懇願の祈り、告白、宣言の祈り、父なる神様との会話の祈り、イエス様がパンを祝福されたような祝福の祈り、癒しの祈り、悪霊叱責のいのり、遠隔の人や物にたいする影響力を与える等の祈りもあります。いたずらな興味をもって、こうしたことにオカルト風な試みを絶対してはいけません。
 こうして、神様に喜んで頂ける(!)すばらしい言葉をあなたの内に充満させ、交流させ、心臓から血液が全身をめぐり、全身から汚れた血液を清めて再び心臓に持って帰るように、神様の聖霊があなたの心から出て行って心に帰る。つまり、聖書でいう心という言葉はギリシャ語で心臓(カルデア)なのです。多くの西洋人が心という時、胸に手をあてますが、それは心臓を無意識にさしています。とにかく、心は人間の内面で「霊と肉」との戦う戦場なのです(心の法則、ローマ7:23)。
 心から空しい汚れた思いを追い出し、清い神の思いを流入させて頂き(それは聖霊様のお働きです)、その新しい清い神様の思いが私たちの霊的全身を駈けめぐり、奔流となって回転する、そこに新しい私たちの改造の窓口があるのです。これこそ、一人一人のトランスフォーメイション(変革)であります。
                   (2006.4.30夜、鳥栖古賀町集会にて。《く》)
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by hioka-wahaha | 2006-05-09 11:31 | 日岡だより

No.226 「悔い改め」という言葉 2006.4.30

「悔い改め」という言葉

 最もキリスト教らしい言葉は、世間一般では「神は愛なり」という聞きなれた言葉であろう。
 しかし一旦、教会の主催する伝道集会に行ったことのある人は、イヤになるほど「悔い改めよ」という言葉を聞く。
 「信仰」という事は、「イエス・キリストを信じること」らしいけれど、その事はまず置き、まず「悔い改めなければ」何事も始まらない。まず「悔い改める」こと、そうすれば「信仰」ということは、そのあとで分かる。そんな感じである。
 ところで、私の少年時代、ある宣教師が私に言った。「日本の信者さんは、『悔い改めた』『悔い改めた』と言うけれど、『悔いた』と言うだけで、『改める』ことをしないから、信仰が中途半端なんです。心から悔い改めて、生活を改めなければなりません」と。私は内心、抵抗を覚えたものである。
              *
 これが欧米流のキリスト教の欠陥かもしれない。表面では、そこまでは言わないにしても、市民一般が心の底で思っていることは、これまでの過ちの生活を止めて、教会に帰り、正しい生活を始めること、これが信仰なんだと思っているのである。
 過去の南洋伝道では、こんな様子であった。食人の習慣のある島の土人がキリスト教を信じた。彼は腰簑を捨てて洋服に帽子、ハンケチを胸に教会にやってきた。彼は正に悔い改めたように見える。熱心な宣教師にとって、キリスト教の伝道とは西洋文化を伝えることでもあった。宣教師夫人は教会の婦人会の女性たちに西洋料理を教えた。宣教師先生は中学生たちにバイブルクラスと称して英語を教えた。
 しかし、「悔い改め」とはそういうことではない。根本的に精神の方向が変わることである。そういうことを私に教えたのは石原兵永であり、内村鑑三であった。他にもそういうことを厳しく言う先生がたはかなり多く居たと思うが。
 心の底にドンデンガエシが起こる。「回心」、英語でコンバーションと言う。私はそれを22歳の秋、福岡刑務所の独房で経験した。聖書の言葉が鋭利なメスの如きレーマ(次頁参照)となって、私の魂をえぐり、私は新しく生まれ変わったことを意識する。これこそ、私の第一次の聖霊経験であった。第一次聖霊経験が曖昧であると、次の第二次聖霊経験が曖昧になる恐れがある。《く》


天国は近いのだ……

 人生には酷い患難の時があるものです。そう言うときのクリスチャンの信仰の持ちかたについて述べましょう。ローマ8:28を開きましょう。
「神を愛する人々(中略)のためには、神がすべてのことを働かせて益としてくださることを、私たちは知っています。」
 聖書の引用については、私はいつもは口語訳を用いています。しかし今回は新改訳です。傍線の個所が文語訳では「凡てのこと相働きて益となる」とあり、口語訳も新共同訳も、これに似ています。この点、新改訳は良いのです。「すべてのこと相働きて益となる」という訳しかたは、どうも運命論に偏り過ぎています。
 私は強調したい。人間の人生は運命によって動くのではなく、神の摂理によって動くのであると。
           *
 ここで、私の私的神学を述べたい。
 私は、神の属性を「全知、全能、至正、至愛」の4つの言葉にまとめてみた。この四つを一語に言い代えれば「聖」である。しかし、この言葉を「全知、全能、至正、至愛」というように4つに分割すると、神様の活動力を説明するのに便利です。
 全き知恵、全き能力、至極の正義、至極の愛と憐れみに、神様の動きは表れます。宇宙の設計、創造、保管、これは神様の知恵と力の相しからしめる所。かつ天使や人間の世界における倫理的秩序と情緒面の綾、その維持、管理、そこに至極の正義、至極の愛と憐れみの御心がしたたり落ちて、宇宙の精神界の海にひろがり、うるおすのです。
 これらの神の力と御思いは言葉によって被造物の世界にもたらされる。その言葉の本源は言葉ならぬ意志の領域です。神のご意志が言葉で表現される時、それがレーマであり、預言者によって伝えられれば聖書の言葉です。
 そして霊的言語であるレーマによっても、また預言者によって伝えられる異言や預言によっても尚、神の御心が人類に対して貫徹しないようならば、人類の究極の罪を全く赦し、人類を地獄から解放するためには、神はそのご意志(つまりみ言葉)を地上に送って、肉体格化する非常手段を取らざるを得ないのです。
 それがイエス・キリストです。そして、そのイエス・キリスト様の十字架の死と復活によって、赦しと解放のご聖業が完遂されるのです。
           *
 私たちが難関に遭遇する時、まず神の「全知、全能、至正、至愛」を信じよう。この四つの御属性に委ねさえすれば、万事は好転する。今、当面している如何なる悪事は一つとして善事に変えられないことはない。なぜなら、その御業を為したもうのは全能の神であるから。全知の計画性をもって如何なる変更と変革をもなさしめることは可能なのである。
 しかも、私たち人間の側に如何なる悪辣にして忌まわしき悪心があろうとも、神の徹底した愛と憐れみにより、神の正義を貫徹すべく神様の執拗な贖いと聖化の御業を、キリストの死と血潮をもって成し遂げることができるのである。
 十字架上で叫ばれた「テテレスタイ」のイエス様のお言葉こそ、「すべては完成した」と言われる神様の勝利の叫び、イエス様の天国への凱旋のトランペットなのであった。この勝利の言葉こそ、宇宙がサタンの霊縛下から神の国開国への転進を始める一瞬である。この言葉を信じるものは皆救われる。
           *
 さらにここで重要な手順がいる。かつて自分たちが持っていたが、長い間、サタンに捕われ、収奪され、持ち去られ、サタン王国の倉庫に積み上げられていた、その一つ一つに対し、奪還する宣言の言語行為を為さねばならないのである。
 多くのクリスチャンが折角クリスチャンになっても、相変わらず弱い、貧しい、悲しい、不自由な境遇にいるのは、この奪還の権利を宣言していないからである。
 神様は既に、ご自身の御手で、福音の言葉により悪魔に打ち勝ち、私たちを解放された。同様に私たちも言葉により、私たちクリスチャンの権利を言葉によって宣言しよう。こうして私たちは現に、強力な、裕福な、快活な、香気あふれる、品格のあるクリスチャンに羽化することが出来るのです。
 最後にまとめたい。クリスチャンの出現は、まず信仰の告白に始まる。そのクリスチャンが各自のサタンから奪われたものを奪還する、行動が始まる。
 その時、元気な気分のいいクリスチャンが生まれる。そのクリスチャンがさらに伝道、奉仕、悪魔の事業に対する戦いを始める、そこに神の国が実現する。こうして、神の国は私たちの住むところに実現する。
 この神の国という船に乗って私たちはイエス様が手を振って待っておられる永遠の空へと上ってゆけるのは、それほど先の事ではない、今すぐなのだと、みなさん声をあわせて叫ぼうではありませんか。「天国は近い。もうすぐ来ます」と。《く》

〔あとがき〕
先だって当教会にいらっした神田先生が残して行かれた子ども向きの本ですが、「ゴンダールのやさしい光」を北側の回覧図書の机上に置きました。どなたもお読みください。▼今、世界の問題は「飢餓」と「戦争」です。これを止めさせる道は前号に書いた民衆の「くに」が世界に生まれることです。日本が、まずその国になってほしい、それが私の願いです。▼そのためには悪人からピストルを持って迫られても動じないで、「私はあなたを愛します」と言いつつ笑って死んでゆけるような人たちが、この日本という島に溢れる時、それが実現します。そんなことは不可能だと言う人もありましょう。理想主義者の夢でしょうか。しかし、人類がイエス様の愛を身をもって知るとき、それは可能になるでしょう。▼「ゴンダールのやさしい光」では、日本からアフリカの飢饉地帯に食料を持って行ってあげた時のこと。ある遠方から辿りついた2人の少女が、地域が違うので可哀そうに分けて貰えません。その2人に、先に僅かながら食料を貰っていた人が自分の家の分を分けてあげたという実話が載っています。▼分けてあげれば、その分だけ自分の家の餓死が早く襲ってくるという予感におびえざるをえない、差し迫った事態です。これほどのことは、かつての日本でも体験しなかったことです。こうした無私の愛を人類は持ち得るのですね。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-05-02 12:14 | 日岡だより