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No.225 民衆の品格 2006.4.23

民衆の品格

 一昨年の12月、新聞で藤原正彦さんの「国家の品格」という本の広告を見た。早速、書店に行ってみたが、まだ来ていない。私は東京に行く日だったので、すぐネット注文して、そのまま空路東京に向かった。羽田で飛行機を降りてモノレールで浜松町に行くと、すぐ書店「談」に寄るのが習慣になってしまっているが、はいってみると店頭に「国家の品格」が山積みにされているではないか。
 「ワァ…」と心の中で小さく叫びながら、すぐに買った。そして、東京駅から立川に向かう中央線の中で読んでしまった。期待したとおりの共感を呼ぶ本だった。読後感はジャンルは違うが、少年時代、斎藤茂吉の「万葉秀歌」を読んだ時の目のさめるような日本語再発見の感動に似ている。
 ところで、今回書きたいのは、私の願望する「日本の品格」である。私はまず「国家」という言葉に問題を感じる。なぜ「国家」なのか。藤原さんは「国家」なるものに何かを期待しているらしいが、それは「国家」にたいする理想があるからである。私は藤原さんは純情な人だな、と思う。
 ヒトは集団化して組織を造ると必ずと言ってよいほど、それなりの利益追及の利己主義集団になる。だから、ある人は言った。「要するに愛国心とはエゴイズムを国家大にしたものに過ぎない」と。
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 私は国家という言葉にひそむ、自己防衛の規律による硬化した政治意志を感じる。人情とか愛とか麗しさとか、そういう柔らかい語彙が出てこないのである。
 そういう国家を造り支えるものは政治家であり、官僚であり、また軍人である。日本が、たとえ「平和憲法」を持っているとしても、やむを得ず自衛隊を持ち、やむを得ずイラク出兵をする。そこにはヒトの素朴な感覚はないのである。
 私はかつて「日本よ、世界のカントリーになれ」と言ったことがある。それは、民衆が居て、「国家」という形が無い「くに」のことである。だれでも時には「くにに帰りたいなあ」などと思う、あの「くに」である。しかし一般の民衆が、今のままの骨のない民衆では困る。品格という骨のある民衆で出来ている「くに」、そういう「くに」でありたい。それが私の夢である。品格ある一人ひとりの民衆が品格ある「くに」を造る。そういう日本を夢見ている。《く》

 
イエス様のご命令
 
 たとえば、「悪人に手向かうな。右のほおを打たれたなら左のほおを向けよ」、有名なイエス様のお言葉です。ちょっと、凡人には出来そうもないお言葉です。よくよく考えれば、こうした一連の言葉が並んでいる、言わゆる「山上の説教」のイエス様のお言葉は、動機論的に、その行為を発する人間の心根を問うています。これは根源的な問い詰めですから、万事は不可能、絶対不可能な言葉に見えるのです。
 これを厳密に実行しようとすると、大トルストイが道徳的無力な自分に絶望した末、家出して一寒村の小さな駅でわびしく死んで行ったのですが、ああした結末にならざるを得ません。
 イエス様は預言者として、しばしば命令や審判の言葉を語りました。また一方ではイエス様は救済者として、赦しと解放の言葉を語りました。この両者をつなぐ橋がない、とある学者は言っています。尤もなことであります。この矛盾を埋める言葉は使徒の書簡まで下らないと出てきません。イエスとパウロという対比で神学論争が起こるのは、ここに原因があります。
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 さてイエス様の倫理的、道徳的命令の言葉についてですが、これを私は若い時から、よく「……べし」、すなわち「……可シ」という漢語の3つの使用法を使って説明したものです。つまり、この「……可シ」はたいてい命令形ですが、また可能性を示し、あるいは必然性を示します。つまり命令形として聞けば「……しなさい」です。たとえば朝起きたら「顔ヲ洗ウベシ」→「顔を洗いなさい」ということです。可能性として聞けば「……ができる」です。たとえば君はこの研究を「成シ遂グベシ」→「成しとげることができる」ということです。必然性でしたら、「必ず、そうなる」。たとえば水を百度に熱すれば「沸騰スベシ」→「必ず沸騰するはずだ」ということになります。
 イエス様の命令形の言葉を聞く時、これを以上のように解説して、可能性あるいは必然性で聞くと良いよ、というのが私の年来の主張でした。
 簡単に言えば「約束」として聞く、ということです。これは決して理屈を言っているのではありません。キリストの十字架の福音に接したとき、この理解が魂の底から湧き上がるように起こってくるものです。
 イエス様が「天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となりなさい」と仰せられました。これを本気で命令のお言葉として聞いたら、正直な人は気絶します。しかし、以上のような「可能性、約束」として聞けば、イエス様は「天の父が完全であられるように、あなたがたも完全な者となることができる。その日が必ずやってくる。私を信じ、私に従って来るならば、必ず天の父のような完全な人になれるよ」と仰せられたのだと信じられるのです。
 その日は何時の日でしょうか。イエス様がゴルゴタの十字架の上で「テテレスタイ」(すべては完成した)と叫ばれた日からです。つまり、イエス様の十字架のあがないの御わざが成就する日です。その日が来るまでは、あのようなイエス様の命令語は誰にも理解できない、単なる行き過ぎた人間離れのした厳格な道徳訓戒に聞こえるだけです。
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 ですから、これらのお言葉を福音言語として理解し、かつ語るには、異邦人伝道の担い手として主に選ばれたパウロが最も適任者であったのです。「信仰によって義とされる」、この誤解されやすい真理を語るには、まさに使徒パウロが適任でありました。
 イエス様のお言葉が、あなたの魂の中で独自に立ち上がる時がきます。聖霊様の働きです。そして困難至極、絶対不可能と思われていたお言葉を素直に受け入れている自分に気がつくのです。
 八木誠一氏はこういうお言葉の働きを「自覚喚起機能」と呼んでいましたが、イエス様が真摯な思いで弟子たちに語られた、これらのお言葉を、どうぞ、もう一度噛みしめてください、これらの福音言語を。
 そこで、実技派の私としての、ぜひ申し上げたい、とっておきのお言葉、ヨハネ14:21をお読みください。
「わたしのいましめを心にいだいてこれを守る者は、わたしを愛する者である。わたしを愛する者は、わたしの父に愛されるであろう。わたしもその人を愛し、その人にわたし自身をあらわすであろう。」
 この最後の傍線の言葉は、主を真実を求める者にとっては身震いするほど驚嘆すべき言葉です。イエス様ご自身が私たちの心の中に現れて下さるというお約束です。そしてその約束を受けているのは、イエス様のいましめ(命令)を心に抱いてこれを守る(Keep)者なのです。ここは日本聖書協会の口語訳は少々意訳すぎる感じなのですが、今回は「いただき」です。
 たとえ実行出来そうにもない厳格なイエス様の命令の言葉であっても、いつも心に覚えて貯めておきなさい。(参照・昼も夜も思っていなさい。詩篇1:2)。そうすれば、イエス様はご自身をあなたに現わして下さると、おっしゃって下さっているのです。《く》

〔あとがき〕
来週はオープン・チャーチ(市民公開礼拝)です。信徒の皆さんが一般の来会者に向けて良い証しのお話をして下さると良いですね。やってみたいと思われる方は、準備しておいてください。できるだけ「原稿」を書いて何度も練習しておくとよいですよ。目の前に人々が居る場面を心にイメージして、本気で大きな声を出して、やってみるのがコツです。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-04-25 12:44 | 日岡だより

No.224 「復活祭」の喜び 2006.4.16

「復活祭」の喜び

 先週の主日は、教会暦では「棕梠の日曜日」でした。イエス様がエルサレムに入城された日です。群衆が棕梠の葉を道に敷いたり、またそれを手にかざして、「ホサナ、ホサナ」と叫びつつ主を迎えたのです。その群衆が数日後には「十字架につけよ、十字架につけよ」と主を罵って連呼したというのですから、たとい祭司たちにそそのかされたにしても、又、すべての者がそれほど簡単に心変わりしたとも思えませんが、それにしても大衆の頼り無さには驚きます。民主政治を衆愚政治とけなす人もいる所以です。
 先週一週間が受難週、私の母などの時代は教会は「克己週間」と称してイエス様のご苦難を偲び、せめてもの真似ごとですが、一日一食の断食ぐらいしたものです。
 さて、今日は復活祭、一般にはイースターと言いますね。イースターとは、ローマ時代の春の女神の名前だという説もあるので、私はできるだけ復活祭と称しています。
 欧米では皆で朝早く外に出て、小山などに登り東に向かって「ワッハッハハ」と呵々大笑するのだと聞いたことがあります。「ワッハッハハ」は何も私の専売特許ではありません。
 失敗した時、病気の時、気落ちした時、金を無くした時、人の評判を無くした時、とにかく失地回復、復活の原理であるキリストの力をお招きしましょう。「復活の主よ、あなたを信じます。私の中に来てください。ハレルヤ! お出でください。ワッハッハハ」と、歓呼して迎えましょう。復活の主を! 《く》


まだ空き地がある

 「氷がとけると何になる?」。「水になる」。これでは普通の答えです。ところが、「氷がとけると春になる」と答えた子どもがいました。重い智慧おくれのお子さんだったそうです。
 ある研修会で、この心のあたたまる話を紹介した後、田中信生先生が質問しました。「氷がとけると何になるか。この問いに対して、外に何か答はない?」。講習生はみんな頭をひねりました。いい答えが出ない。そこで田中先生、一言。「氷がとけると、ぬかるみになる」。
 最初の「氷がとけると水になる」は科学的唯物論的視点。第二番目の「氷がとけると春になる」は詩的感傷的視点。そうすれば第三の「氷がとけるとぬかるみになる」は何という視点でしょう。それは社会的配慮の視点です。人がぬかるみ道を行く苦労を思いやる兄弟愛(ヘブル13:1~3)の視点と言えましょうか。
 これこそ発想の転換です。さて、「氷がとけると……」にくらべると、味が無いですが、ビジネスマンなどの研修会でよく引用される例話にこんなのがあります。「コップに水が半分ほど入っています。ある人は水が半分しか入っていない、という。ある人は水が半分も入っている、という。どちらが前向き、肯定的、積極的なものの言いかたでしょうか」、答えは勿論、後者ですね。
 先ほどの田中先生にまねて、このどちらでもない、第三の考えかたがあるとしたら、どういう答えでしょうか。こうです。「ほら、半分、水を入れられますよ」。これは、コップに残っている空間のほうに目をとめて、そこに可能性を求めている考えかたですね。
          *
 私は先年、大阪で行われたチャールス&フランシス・ハンターの「いやしの講習会」に出席したことがあります。ご夫婦ともヤンキーらしい元気のいい人で、規格はずれの愉快な講壇の姿に好感を持ちました。もっとも、いやしの実技面があまりに具体的だったので批判が起こったかも知れませんが。しかし、私は実技的方法論は大好きです。そのことは、さて置き、フランシス夫人の証しが良いのです。言わく、
 「私が最初いやしの祈りをしてあげた人は死んでしまいました。その後、1000人のために祈りましたが10人しかいやされませんでした。しかし、私はめげなかったのです。私は、私の経験よりも神様の言葉を信じたからです」。
 1000人の中のたった10人!、運よく偶然に癒される人があったというだけでも、その程度の確率は越えるのではないでしょうか。しかし「私のいやしは失敗だった」とこの人は決して考えなかったのです。いつか必ず、残る990人もいやされる日が来る。必ず来ると、それを信じ、期待に燃え、喜びに満たされて、その日を楽しんでいるようにも見えたのです。
 これこそあのコップの空間に水が注ぎ込む事が出来ると発言するものの見方です。無の中に有を発見する信仰です。
 教会に会衆が20人しか集まりません。ベンチがずらりと80人分空いているとします。その時、「きょうも20人しか集まらなかった」とは言いますまい。また、「20人も集まったんだよ」とも言いますまい。
 断固としてこう言いましょう。「まだ、残りの席が80もある。これは必ず埋まる。『路地まで行って誰でも連れて来い』、と主は言われたではないか。私たちは刈り入れ場に出て行こう。主は必ず、この席を埋めてくださり、溢れさせてくださるであろう」と。
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 「見えないものに目をそそぎ、まだ見ぬものをまこととする」(第一コリント4:16、ヘブル11:1参照)という空を満たす信仰を、私たちの現実において、体験的に学ぼうではありませんか。
 もう10数年も前のことになりましたが、永井先生から仙台に神学校を造るヴィジョンを聞いた時、いささか信じ切れませんでした。当時そこには何も無かったのです。あるのはただ神様の約束と先生の夢だけでした。
 その後のことです。まったく夢のようないきさつで5000坪の敷地が与えられました。しかし、当初はまだそれだけでした。外には何もなかったのです。しかし、何も無いところこそ、信仰が働く場所。これが創造的信仰の鉄則です。その後、次々に奇蹟的物事が続いて見事に学院は完成しました。
 最初の年、学生は10人ほど、一にぎりです。余りにも残りの空間が広すぎます。しかし、そこにこそ、将来の夢がありました。
 当初、その一にぎりの神学生の諸君も、基礎的学問が足りない、学資が足りない等々、いろいろ足りないものを感じたかもしれません。しかし、足りないことはいいことです。そこにこそ、これから先、ずっと満たされ続けるという可能性があるのですから。
 学問で言うなら、たとえばギリシャ語。諸君の頭の中に語学的教養はてんで見つからないにしても、次のように断言しましょう。「私の頭脳の空き地に必ず聖書のギリシャ語が満ち満ちる日がくる。その日を期待して感謝します」と。
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 以上は当時の拡大宣教学院機関誌「マグニファイ」に、私が寄稿したものですが、死から生へ飛躍する「復活」の原理を語ったつもりでもありました。(釘宮)
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by hioka-wahaha | 2006-04-18 11:57 | 日岡だより

No.223 元気のいいクリスチャンに 2006.4.9

元気のいいクリスチャンに

 元気のいいクリスチャンが少ない。信仰のあることは確か。イエス・キリストのあがないによって義と認められているという信仰の基本はしっかり握っている。しかし、どうも弱い。
 「わたしの恵みは、あなたに十分である。わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである」という主のお言葉や、「ですから、私は、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。なぜなら、私が弱いときにこそ、私は、強いからです」というようなパウロ流の言葉に立てこもって、開き直り、安住しやすいのだ。
 それが悪いとは言わない。しかし、もっと雄々しい勇敢な信仰の生き方があるということを知っていただきたい。内村鑑三先生のいうような「勇ましくて高尚な生涯」である。
 もちろん、前述のイエス・キリストにある義認の信仰がすべての基礎であるが、しかし、いわゆる「信仰のみ」では進歩向上がない。第一、進歩向上なんて律法的で信仰に反するなどと思っている人もいるのではないか。でも、信仰の進歩向上、強化深化は救われたその日から聖霊さまの導きによって着々と進むべきだと思う。
 第一に「神様の力は絶大である。なんでも出来るお方である」と告白、宣言して、信仰を高めよう。第二に、祈れば必ず神様は答えて下さるという確信と、その実際体験を積みあげよう。信仰は体験を積み重ねると「それは当然出来る」という落ち着いた信仰に成長する。第三に常に感謝し喜ぶことを身に着けよう。体が燃え上がるような日々を送ることです。あなたは元気のいいクリスチャンになれますよ。《く》


聖書を黙想しよう(一)

 インドの生んだクリスチャンに、スンダル・シングという方がいました。1889年に生まれ、15歳で復活のイエス様に出会って回心、1929年以降、消息不明のままです。というのも、この方がチベット伝道に出かけて、そのまま帰って来なかったのです。
 殉教の死を遂げられたのか、あるいは万年雪で凍死されたのか……? ひょっこり帰ってこられることを多くの友人、敬愛者たちが期待しましたが、遂に帰ってきませんでした。
 イエス様以後、今日までの2千年間、地上に生きたクリスチャンの中で、私の知る限り、この方ほどイエス様に近い生き方をした人は無かったと、信じています。
 かつては日本ではサンダー・シングという著者名で、金井為一郎先生の名訳がありました。今は絶版です。近年、徳間書店から出ている訳もありますが、ニュー・エイジ的偏向があり、お読みにならないよう警告します。
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 さて、今回はスンダル・シングのことはともかく、ただ、このスンダル・シングが言っている次の言葉を紹介したいのです。「私が信仰を学ぶ第一の書はもちろん聖書、そして自然。そして祈りである」とあります。
 もう帰天された方であるが、私が少年時代、尊敬した豪快な先生が原田美実先生。この方はもとルーテル教会の牧師だったが、何が原因か知りませんが、その教団を追い出された。そして無教会に転じた。尤も、無教会になじみ過ぎて追い出されたのかも知れませんね。
 この先生が内村先生の雑誌「聖書之研究」に触れて、聖書を読み始めた。それまでだって、教会の牧師だもの、聖書は読んでいたでしょうが。その読み方が変わってきたのですね。以下は先生の述懐です。
 「『聖書之研究』誌に出会って以来、一切の注意、関心、興味が、ただ一冊の聖書に傾注、集中するようになった。どんな本を読んでも、新聞を読んでいても、それが聖書に結びついて、聖書が理解できる。自然を見ても、人と話していても、何を考えるにしても、心では聖書を思い、御言を考えている。そんなふうになってしまった。
 ふと、気がついたら、腹の奥底に何と言ったらよいか、鶏卵大の、固い玉のようなものが出来て、手で触るとありありと感じられるような不思議な感触であった。それはしばらく続いたが、いつの間にか、夢だったのかというように、跡形もなく消えて無くなってしまった。
 しかし、それ以来、不思議な能力が、魂の深い奥のほうから自然に湧き出るようになって来た。私が何かを祈り、また聖書の話をするとき、どういう訳か、聞く人が引き付けられるようになり、また多くの若い人たちも喜んで聞くようになったのである。」
 今のカリスマの先生がたが聞けば、「ああ、聖霊様の賜物を受けたのですね」と言うだろうが当時はそんなことを言う人は一人も居なかった。まだ大正の頃のことです。
 私の伯父、釘宮徳太郎は決して簡単に人の言説に従う人ではない。剛頑で一刻な人であった。原田先生の批評によれば「へその緒を切って以来笑ったことのないような」人であった。その伯父が原田先生にたった一度会っただけで、一遍に傾倒してしまったのである。
 先のスンダル・シングに戻るが、「信仰を学ぶ第一は聖書である」と言う内容は、以上の原田先生の例を参考にして考えると、よほどに深い、力強いものであったことが想像できる。
 「はい、私は毎日聖書を愛読しています」とか、「ずっと、××先生の注解書で黙示録を研究しております」という程度のことではないらしいのですね。
          *
 スンダル・シングの例をあげると、スンダル・シングは「ヨハネ福音書」を愛しました。そして、その時々にピンと来た「ヨハネ福音書」の中の短い聖句を選んで、冥想したようです。このことは私たちも参考になります。
 ところでスンダル・シングはまさにインドの人です。彼の文章を読むと、インド風の徹底した冥想をしたようです。ベンガルの荒野のなかで冥想していた時、はっと気がついたら目の前に虎が来ていた。「やあ、お前来ていたのかい」と言うと、その虎は猫のようにスンダル・シングに擦りよってきて甘えたと言います。
 ともあれ、深い深い冥想にはいり、毎日天界に行って天使たちと会話したという人ですから、ちょっと我々の参考にはなりにくいのです。私たちに出来ることは黙想ですね。
 ケネス・E・ヘーゲンさんに言わせれば、「み言葉を心にとめて思い巡らす」ということです。黙想という言葉はカトリックでよく使います。プロテスタントでは瞑想とおっしゃる先生がたもいますが、瞑想という言葉は禅宗の座禅やインドのヨガの瞑想を連想させて、一般の信徒の方々に近づきがたい印象を与えます。やはり黙想という言葉がよいと思います。黙想については次号でも続けて書きます。《く》

〔あとがき〕
「スンダル・シング著作集」が、3巻立てで出ています。訳者は河合一充、廣岡結子、発行はミルトス、定価は2000円。大いに推薦します。▼原田美実先生は既に帰天されていますが、豪快な好男児先生でした。無教会の中でも独立伝道者として特異な活発な伝道をされました。その後、戦前のことですが、驚くべきことに、更に純粋に深い信仰を求められたのでしょう、キリスト心宗創立者の川合信水翁に非常に謙遜な態度で弟子入りされたように聞いています。▼川合信水翁という方は、これまた知る人ぞ知る、純日本人クリスチャンとして、無類な方でした。日本のキリスト教世界で、最も注目されるべき隠れた人であったと思っています。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-04-11 23:02 | 日岡だより

No.222 落ち穂拾い献金箱 2006.4.2

落ち穂拾い献金箱

 今日の世界の飢餓地帯の問題と、その援助の実態はどうだろう。その問題について日本国際飢餓対策機構の神田英輔先生が先日お見えになって語ってくださった。先生が持って来てくださった「飢える世界と私たちの責任」という本にも、先生が書いておられたが、同じ話を当教会でもされた。
 「落ち穂拾い」の話であるが、この題のついたミレーの絵は有名である。これは旧約聖書のルツ記にヒントを得て描かれたものに違いない。
 物語は飢饉のユダヤからモアブという国に逃れていった「難民」の話である。
 約十年間の「難民生活」で夫と息子が先に死に、その妻が飢饉の終わった祖国に帰ろうとする。息子の嫁になっていた外国人の嫁が、その義母を慕って2人で一緒にユダヤに帰った。
 その嫁がなんと働き者。近くの人の畑に出て行って落ち穂を拾い集めて、何とか食いつなごうとする。たまたま出かけて行った畑の地主が彼女に親切だった、そして2人の間にロマンスが生まれ、結婚するという美しい話なのである。
 「落ち穂拾い」というのは、ユダヤでは昔の律法で認められていた貧民たちの権利なのであった。前記のモアブ人の嫁は他人の畑にこっそり入って、盗人のようにオズオズ落ち穂を拾ったのではなかった。
 旧約聖書レビ記19章9、10節に、こうある。「あなたがたが畑の刈り入れをする時、隅々まで刈り尽くしてはいけない。落ちた穂や果実の実を拾ってはならない。それらは貧しい人たちや、寄留の外国人たちのために残しておきなさい」、なんという憐れみに満ちた規定であろうか。旧約聖書にある神の律法である。
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 日本人は昔から、勤勉で几帳面です。畑の隅々まできれいに収穫して、取りこぼしをしない能率的な仕事ぶりでした。これは褒めてよいことです。一粒も残すまいと、最近のマータイさんの「もったいない運動」ではないが、拾い上げて行くのは日本人の良いところでしょう。
 昔は消費者の一般の家庭のほうでも、御飯を食べているとき、一粒もこぼすまいと気をつけたものです。万一こぼしでもすれば、拾い上げて食べました。今なら、「非衛生だ」と非難されるかもしれませんね。
 これは日本人のよいところでしょうが、翻って先ほどのレビ記第19章9、10節を思い出してください。ここにレビ記の精神がある。あるパリサイ人に「最も大切な律法はどれか」と問われた時、イエス様のお答えの第2番、「自分を愛するように隣人を愛せよ」という言葉の出所も、このレビ記第19章でした。
 日本人にも「相互扶助」の気持ちは有りました。二宮尊徳翁の事跡を見ますと、その精神が伺えます。また一般庶民のお互いの不安を予期し合って「無尽」や「たのもし講」を作ったのにも、それが現れていると思います。
 しかし、いつどこの誰にかも分からない、必要に備えてやろうと、物を残してゆこうとする考えは「もったいない」以上の愛の知恵です。
 そこで、ある先生の提案です。もし、私たちが物を買ったおつりに1円、5円の硬貨を貰った時、これを「落ち穂」と考えたらどうでしょうか、と言うのです。なるほど、どうかすると道に落ちていても、拾わない、そうした小さなお金を「落ち穂」として、日本国際飢餓機構の青色の献金箱に投げいれてはどうでしょうか、名案だとは思いませんか。《く》

 
「あなたの口で言うとおりになる」

 「あなたの口で言うとおりになる」という言葉、これに類する言葉は最近、本屋の棚によく散見する。この標題の言葉ズバリの題名の本は、エターナル・ライフ・ミニストリーという出版社から出ている。著者はドン・ゴセット先生である。ご講読を奨めます。
 さて、ヨシュア記を開いてください、その第1章。モーセの跡を継いで「さて、おれ大丈夫かな」と多分不安であっただろう若大将ヨシュアに神様がお語りになった言葉が載っている。ヨルダンを渡り、約束の地にはいってから、必ず勝利を得るという励ましの言葉のあとで、「強く、また雄々しくあれ」という短い言葉を3度、神様は与えておられる。
 私はこの「強く、また雄々しくあれ」という言葉に注意する。このような言葉をいかほど神様から与えられても、ヨシュア自身、黙ったままでは彼の心に勇気は湧かないだろうということだ。
 「いいえ、黙っていても勇気は出ますよ。自分は一人で頑張って、よく走ったものです」というマラソンの選手がいたとする。よく聞きただせば、彼はコースを走っている間、ずっと「がんばるぞ、がんばるぞ、監督が気合いれてくれたなあ」と心の中で言い続けていたと、照れながら言ったことでしょう。
 口に出さないけれども、心の中では絶えず、自分に向かって言い聞かせていたわけです。それは、余りに当たり前すぎて気がつかないのですが、本当はずっと心の中で言い続けている。こうしたことは、しょっちゅうあるのですが、当たり前すぎて気がつかないのです。
 ところで、こうした言葉を特に口に出して言うと、効果はもっと大きいということを、前述の本は言うのです。いや、最近は一般の本でも、そういう本が多くなりました。
 ヨシュアは「はい、分かりました、神様。私は強くなります。雄々しくします。私は強くなります。雄々しくします」と何度も自分で言ったと思います。
 たとえ口では言わなくても、心の中ではヨシュアは一生言い続けたかもしれません。モーセに負けない英雄的生涯を送るためには、このことは必要でしたというより、このことはヨシュアの一生の習慣になっていたと私は信じます。
 「治る、治る、きっと治る」と21日間言い続けたら、重い喘息がいっぺんに治ったとか、「私は仕合わせだ」と千べん言ったら、幸福気分の人間になったとか、そういう実例を書いた本もありますが、しかし、断然第一番の本は聖書です。
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 私が救われたのは、一瞬の霊的覚醒によったのでしたが、それは「ひとりの人がすべての人のため死んだ以上、すべての人が死んだのである」(第二コリント5:14下)という聖書の一句が私の魂を打ったのでした。
 私はその頃(弱冠22歳でしたが)、寝ても覚めても聖書の言葉を思い出していました。例の兵役法違反で刑務所の独房にいましたが、実は幸福でした。聖書は禁じられていましたが、たった一度だけ諦めずに申し込んでいたら、ある月に聖書を一か月だけ間違って貸してくれました、その聖書を一か月脇目もふらず読むことが出来たからです。
 そうして読んだ聖書の言葉の、そこかしこの言葉が脳裏に残っていて、終日口ずさんでいたのです。その中の前述の一句が突然、私の霊性に覚醒を与えたのです。
 ヨシュア1:8や詩篇1:2に「律法の言葉を昼も夜も思う(新改訳では「口ずさむ」とありますが)、そのような人は「あなたの道は栄え、あなたは勝利を得る」、また「そのような人は時が来ると、実を結び、葉もしぼまないように、そのなすところは皆栄える」と、約束されているのです。
 私は何よりも、聖霊の約束の実を得て、アウグスチヌスやジョン・ウエスレのような回心を与えられました。劣等感や不安や、悪心に勝利を得ました。さらに、付録もありましたね。私の楽しそうな落ち着いた生活ぶりは、他の囚人となんの変哲もないはずなのに、看守たちの関心を呼び、何かと好意を示し、便利を図ってくれたものです。
 同じ口にする言葉であるにしても、聖書の言葉には不思議な神の力があるのです。ですから、まず聖書の言葉を口で言いましょう。それを聖書では「告白」と言います。罪の懺悔も「告白」ですが、救いの言葉、励ましの言葉、神様のご約束。そうした言葉を口で言い表しなさい、あなたにその言葉が事実となってあなたに実現します。
 また、その他の「善い言葉、麗しい言葉」も集めてみて、その言葉を「告白」してみることもお勧めします。「私は幸福です。私は嬉しいです。楽しいです。希望満ちています。私は元気です」等々。皆さんも「楽しい言葉」集めをしてみませんか。《く》

〔あとがき〕
今日、4月2日の午後6時までで、残る時間が少なく残念ですが、時間のある方にお勧めします。トキハの明野センターアクロスの3Fで「希望の人権展」という催しが開かれています。創価学会系の主宰ですが、気になさらずに見てください。▼ヘレン・ケラーやガンジー、ペスタロッチやマルティン・ルーサー・キング、また「アンクル・トムの小屋」のハリエット・B・ストウ夫人などの直筆のメモや手紙なども展示されていました。未開発国の子どもたちの描いた美しい絵もありました。先だっての神田先生の世界の飢餓問題と併せ、学ぶことの多い展示会でした。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-04-04 11:55 | 日岡だより