<   2006年 03月 ( 4 )   > この月の画像一覧

No.221 奇蹟の生還 2006.3.26

奇蹟の生還

 先週の主日礼拝には、かねてからご推薦してきたトラクト冊子「突然の死に遭遇して、天国を見、生かされた」の著者、須佐二三子先生と、夫君の須佐光男兄が見えられました。
 早速、すばらしい証詞とメッセージをしていただきました。もちろん、その録音テープも取ってあるので、お聞き願いたいのです。これまたユニークなテープであります。
 A面で一応、信徒である光男兄弟が見事な体験記を語ります。有名な1.35トンの鉄材が落下して脚部に7か所の傷を受ける証しです。
 骨がむき出しになって折れていて、しかも複雑骨折や粉砕骨折という、聞くだけでも震えが起こるような大負傷、そこからピンピンと元気なからだに回復している兄弟の証しを聞くことはすばらしい体験です。
 一方、奥様であり、かつ牧師である二三子先生のメッセージが、これまた天国を語る時の恵みの素晴らしさ。実はまだ、冊子「突然の死に遭遇して、天国を見、生かされた」にも書いていない絶頂的幸福感なのでした。
 いやあ、実際、書こうとしても書けないご体験でしょうねえ、凄い実感的報告です。
 テープに収めてありますから、お聞きください。実は、牧師である二三子先生をメインスピーカーとして後にまわして、ご主人の光男兄弟が前座を勤めるのですが、なかなかの謙虚な姿で感激させられます。
 しかし、壇上に上ると、びっくりさせられますね。光男兄弟、立派な牧師スタイルで堂々と話します、確信に満ちた説教調です。
          *
 まず例の「鉄材が落下、複雑骨折や粉砕骨折」の証しですが、事故は1997年6月1日午後4時42分のことでした。
 クレーンから厚さ11ミリの鉄板11枚が落下、直撃です。急いで、救急病院に運ばれますけれど、こんな大負傷を手当する医師がそばに居ない。治療を受けるまで3時間もかかったそうです。
 幸か、不幸か、兄弟の意識はしっかりしていました。痛いことも痛いが、治療が無為に待たされることの辛さ。辛いというより人生や、周囲や、神様に対してさえ、不平不満が起こる。なぜ俺にだけ、こんな不公平なことが起こるのか。その憤懣です。
 しかし、兄弟はあとから知ります。この3時間の間に日本各地に、いやカナダのトロントに行っていた某先生一行にすら、情報が届いていたのです。「須佐兄弟が大事故デース」と。
 この情報に答えて、皆さんが祈ってくれた。カナダの一行は断食までして祈ってくれた。
 ベッドの上に放り出されていると不平不満で一杯だった最中、神様は最善のことをなさっていて下さっていたのだと、気づくのです。
 光男兄弟のその他の証しにも驚かされます。治療が順調に行ったわけでもない。9回も手術をくり返し、ある個所の手術では30時間もかかった上、手術が終わってみれば失敗だったとか、そういう話題が山ほどです。
 全身、あちこちに金属製のくさびが打ち込まれていて、冬など特にひどい痛みを感じるようですが、「そういう時にも、人間は何も知らないが、神様はすべてを知っておられる。神様にお任せしておけば大丈夫です」と、私の教会のメンバーを励ましてくださった。
 特に、経済面でどれほど、神様は奇蹟的に助けてくださったか。時には期限ぎりぎり一杯に700万円の必要額をキチンと備えてくださった話など、金に困っている人にはよだれが出るような本当の話、すばらしい信仰体験談を聞いて私たちは大いに信仰を与えられました。
          *
 ところで、このあと、兄弟は上手に講壇を二三子先生に譲ってくださり、「次はメインの二三子先生にメッセージしてもらいます」と言って、まず聖書朗読をします。
 二三子先生の説教テキストである第二コリント12章1節から10節まで。ここでは、抜粋して9節だけをあげます。
 「ところが、主は言われた。『わたしの恵み
 はあなたに対して十分である。わたしの力は
 弱いところに完全にあらわれる。』それだか
 ら、キリストの力がわたしに宿るように、む
 しろ、喜んで自分の弱さを誇ろう。」
 この辺の講師移行の個所はテープでお聞きください。ちょうどテープのA面からB面へ移るところで、偶然のテープ編集が、面白いです。
 二三子先生のメッセージの主な内容はトラクト冊子「突然の死に遭遇して、天国を見、生かされた」に書かれているので、ここでは書きませんが、凄い体験です。
 「私は天国を見てきた」という証言記事は、アメリカなどで時々出る。どれもすばらしいですが、しかし二三子先生のメッセージをじかに聞くのは格段の差です。そこに情感が溢れているからです。
 これは二三子先生の受けた天国体験の劇的体験からくるのでしょうが、また先生の表現力のたくましさによると思います。
 天界の空を彩る無数の宝石や光彩のほとばしり、それらを語る時の先生の熱情に、会衆一同は酔うのです。
 手を振り、声を上げ、ご自身が見た天界の美しさを語る時、そこに私たちが居なかったことが残念でたまらないというような表情と身振りに、私たちは興奮させられます。そして、
 私たちクリスチャンは死んだら必ず天国に行くのだ。その確実性、歓喜、素晴らしさがそくそくと身に迫ってきます。
 イエス様を信じる者の喜びが心の底から湧き踊ります。そして、この喜びを伝える喜びこそ伝道の喜びだと思いました。
          *
 振り返って、私たちの現状を見て、今日、聞かせて頂いた喜びを、私たちも経験したいと思う。私たちの教会が主のものとして、その喜びに満ち溢れますように。その喜びがこの地域に、この町に、また市や県に、そして日本に。
 トランスフォーメイションがアフリカやフィジーのことでない。この日本のことになりますように。
 日本には日本の固有な伝道困難な事情はありますが、それはどこでも同様です。悪魔は勤勉に世界中を飛び回って働いているのです。私たちはもっと主を見上げて働きましょう。私の言葉で言えば、主を見上げて「ワッハッハハ」と呵々大笑して、信じて、祈りましょう。「聖霊様の雨よ、豊かに降ってください。南方のスコールのように。日本の台風のように。いや梅雨のように長期的にいつまでも、いつまでも、降り続けてください。日本の霊的土壌をうるおして下さい」と。《く》

〔あとがき〕
WBCの王ジャパン優勝のニュースは日本列島を興奮の渦に巻き込みました。久し振りに愛国心の昂揚を味わったと言っても良いでしょうか。愛国心と言えば内村鑑三先生の「2つのJ」を思い出します。内村先生は「私は2つのJを愛する。一つはジーザズのJ、一つはジャパンのJ」と言いました。「どちらを多く愛するか、選ぶことが出来ない。どちらも負けないほど、深く愛する」とも言いました。しかし、また内村先生はイエス様を愛するように日本を愛したからこそ、日本と日本人に厳しい言葉を投げかけたのでもありました。そこに内村先生の預言者らしい真骨頂がありました。にもかかわらず私は、今日の日本と日本人に対しては、責めるよりも赦しと励ましと喜びの福音、キリストの福音を語りかけたいと思っています。《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2006-03-26 00:00 | 日岡だより

No.220 幸福に生きる秘訣 2006.3.19

幸福に生きる秘訣

 「幸福に生きる秘訣」は簡単である。自分で「私は幸福である」と思い切ればよいのである。「そんなことは私にはできません」と言う人は多かろうと思う。しかし、戦前「幸福論」を書いて有名だったアランは、確か、こう言った。
「幸福とは感情の問題ではなく、意志の問題である」。しかり、繰り返すが、「私は幸福である」と思い切ればよいのである。
 幸福は追い求めているだけでは、やって来ない。これも戦前、女学生諸君が愛誦した詩であるが、カール・ブッセの作。
  山のあなたの空遠く
  「幸い」住むと人の言う
  ああ、われ人と尋(と)めゆきて
  涙さしぐみ、かえり来ぬ
  山のあなたになお遠く
  「幸い」住むと人の言う
 せっかくの上田敏の名訳だが、用語を少しく戦後風に変えた。ああ、如何に多くの人々が、この詩のように「幸い」を求めて、これを自分のものに出来ず、涙さしぐみ帰ってきたことであろうか。
 私も青年時代、人生は悲哀であると思っていた。真実に生きる人は、この不誠実な世界に生きて、悲哀ならざるを得ない、と思っていた。その頃、デンマークの哲学者キェルケゴールの本を読んだ。扉に彼の写真があった。うつむいて、手を外套のふところに入れて歩いている、そこに悲哀の人を私は見た。笑止なことであるが、その頃の私はキェルケゴールを真似て、うつむいて歩いたものだ。
         *
 多くの人はイエス・キリストも悲哀の人であると思っている。しばしばキリストを描いた絵は十字架上で、うらめしげに天を見上げている、と言うのは言い過ぎかもしれないが。とにかく優しい憐れみに満ちたお顔の絵は多いが、「ワッハッハ」と哄笑している絵はない。しかし本当のイエス様は筋肉たくましく、行動は敏捷で活発、声は朗々として、幸福そのものであったに相違ないと思う。
 聖書の中でイエス様が笑ったという記事は一か所もない。これには高砂教会の手束先生も不審に思ったことがあるという。そして「ハッ」と気がついた。イエス様はいつも笑っておられたからこそ、それが日常的で当たり前のことであった。聖書記者はそれを書くことを忘れてしまったのであると。
 聖書にこんな記事がある。72人の弟子たちが伝道旅行を終わって、その成功した伝道の結果を報告をした。その時、イエス様は聖霊によって喜びあふれて、父なる神様を賛美している(ルカ10:21)。
 その「喜びあふれる」という言葉が、原語では「アガリオー」「狂喜する、喜び踊る」という意味である。ここでイエス様が狂喜乱舞するお姿を想像するのは、決して不謹慎ではあるまいと私は思う。
 この「アガリオー」という言葉が、マタイ5:12では、イエス様の言葉として、イエス様のゆえに人々からののしられ、迫害される時に、あなたがたは「喜び、よろこべ」と仰せられている時に使われているお言葉である。
         *
 私は最近、「アシュレー」というヘブル語を覚えました。これは埼玉の瀬木久子先生から学んだのです。先生とは一昨年の高砂アシュラム以来仲良くなって以来のメール交換です。先生からの受信で、いつも冒頭の挨拶に「ハレルヤ、アシュレー」と書いて来られる。この「アシュレー」とはどういう意味ですか、と私は恥ずかしげもなく先生に質問したものです。すぐに先生からご返事が返ってきた。こうです。
 「アシュレーという言葉は、たとえば詩篇第1篇1節の冒頭に出てきます。そのヘブライ語は『幸せだ、その人は』という感嘆の叫び声です。『幸せ(アシュレー)』というヘブライ語は、複数になっているそうで、ですからこの幸せは、『もろもろの幸せ』という意味になります。最初の一言で『さいわいだぁ』と溢れるばかりの感動を述べているのだというのです。
 主イエス・キリストが『山上の垂訓』の冒頭で『さいわいなるかな、こころの貧しき者』とおっしゃいます。実に『さいわいなるかな(マカリオイ)』と9回も叫ばれたのです。それと同様に『アシュレー(さいわいだぁ)』も、声をあげて信仰の友と喜び合える素晴らしいキリスト者の挨拶言葉だと思うのです。
 聖書の新共同訳も新改訳も『心の貧しい人は幸いである』式に『幸い』が説明の言葉で後にくっついていますが、何か間が抜けているような感じです。『しあわせだぁ、さいわいだぁ』とアシュレーの叫びを最初に持って来ますと、自然に天の主に向かって欣喜雀躍する心が如実に表わされているようではありませんか。
 新改訳の詩篇1:1では『いかにさいわいなことか……』と訳されていますから、このアシュレーの喜びがあふれていて、私はうれしくなって主を褒め称えるのです。」
 以上、瀬木先生の説明ですが、なるほど詩篇1:1にしても、山上の説教のイエス様の第一声(マタイ5:5)にしても、「幸いなるかな」は原文では、その冒頭にきます。現代文に直せば、「幸いだよう!」という呼び声、あるいはシュプレヒコール、また宣言であるのです。
 この言葉をあなたの声で、あなたの耳に言い聞かせてごらんなさい。その言葉が「種」となって、あなたの心の畑に降ります。その時、イエス様のマタイ13章の喩えで言うなら、あなたの心を道ばたや石地やいばら地ではなく、良い地にしましょう。そうすると、その「幸いだよう!」という言葉が多くの実を結ぶに違いありません。ですから、
 もっと多くの種を撒きましょう。もっと多くの実を結びます。「幸いだよう!」と、なんべんも、それこそ斎藤一人さんではないが、千回も言ってみたらどうです。あなたは本当に「幸いな人」になるのです。
          *
 そこで、言います。もう一度、最初の文章にもどって下さい。アランは言いましたね。「幸福とは感情の問題ではなく、意志の問題である」と。そこで、お奨めする。
 まず聖書を手にしてください。聖書は幸福を約束する本です。イエス様の教えは「福音」です。福音とは「幸福の音ずれ」です。「幸福の訪れ」です。「幸いだよう」という言葉を聞くだけで、ゾクゾクするような幸福がやってくるのです。
 さあ、この音ずれに耳を傾けましょう。そして私は幸福になるんだ、と意志を決めてください。幸福になってやるんだと腹をきめるんです。そして幸福そうな顔をしてください。幸福人らしくはりきって歩いてください。何時もワッハッハハと笑ってください。神様の偉大な約束、「あなたは幸福人間なのです。」《く》

〔あとがき〕
本号は2003年6月29日に発行「日岡だより」第78号の再掲載です。古いものを載せるのは気がひけますが、私自身、今、妻が病床にいるので多少とも心配が無いと言えば嘘になります。しかし、そうした今だからこそ、かつての自分の文章を見つけだして、自ら励まし、また幸福人らしくワッハッハハと笑っているというわけです。ご祝福を祈ります。《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2006-03-19 00:00 | 日岡だより

No.219 「断食」の悔い改め 2006.3.12

「断食」の悔い改め

 毎月第一月曜から3日間、断食をすることになっている。雑誌「ハーザー」の挟み込みにある「世界的花婿の断食」という運動に参加して、もう2年以上にもなっているかと思う。
 私は大体断食は苦にならないほうなので、いささか軽く考えて漫然とこの運動に加わった感がある。今回3月の断食も、そうして始まった。
 案外だったのは、今回の断食はきつかったのである。3日目は特にひどかった。一体に断食は3日目が辛いのが常識である。その後はだんだん楽になるし、楽しくなるとも言える。私は30歳代には40日断食をやったこともあるくらいで、いろいろ楽しいエピソードもある。しかし今回はどうも違う。
 3日目の夜、午後8時から12時まで今回の最後の断食に仕上げをしようと会堂にはいった。ところが苦しさが込み上げるようにやって来た。私はうーんとうめいた。旧約聖書ではしばしば断食を「身を苦しめる」ことと書いてあったのを思い出した。
 さらに主は「花婿が共におる時、断食はしない。花婿が奪い去られる日、断食をするだろう」とおっしゃった。他の個所で主は言われる。「しかし、このたぐいは祈りと断食によらなければ、追い出すことはできない」と。
 遂に、私は断末魔のような悲鳴をあげて叫んだ。これまでの漫然とした断食を悔い改めた。断食は祈りである。サタンを追い出す祈りである。この肉体的苦しみはサタン的だったと悟った。私は叫んだ、「サタンよ、さがれ」。そして笑った、「ワッハッハハ」。気分も肉体も一瞬に爽快に変わったのを自覚したものだ。《く》


信仰による義認

 てらうようで悪いけれども、私は牧師職としても、聖書の研究家としても、しろうとである。聖書翻訳については、特にそうだ。だから翻訳に、いろいろ口を挟むのはおこがましいと思うのだが。(聖書翻訳と言えば今月のハーザーの奥山先生の翻訳の記事は面白い、日本語の国語の勉強に非常にいいです)。
 とは言え、邦語訳聖書について、しろうとながら時おり気になることがある。たとえば、ローマ人への手紙3:22やガラテヤ2:16の「イエス・キリストを信じる信仰」というのはどうしても我慢できない。講壇でよく、「みなさん、ここは『イエス・キリストの信仰』と書き直してください」などと言ってしまう。現行の聖書の翻訳のご威光を傷つけるようなことを言うのは良くないと思うのだが、つい言ってしまう。
 新改訳に対して申し訳ないのだが、私の教会では口語訳を使っている。それはローマ人への手紙第3章から第5章にかけて頻出するある訳語に理由がある。新改訳では「義と認める」という訳で統一されている言葉だ。聖書を開いて調べてみると、口語訳では「義と認める」という訳語と、「義とする」という訳語に区別されている。
 その個所を原典のギリシャ語を見ると、やはり歴然と分かれている。もっとも、私の見る限り2か所だけだが、口語訳でも「義と認める」と補訳している所があるが。本来は「義とする」は一語なのです。「義と認める」と言う時、「義」という言葉に「認める」という動詞がかかっているのです。
 問題はこうだろうと思う。口語訳でも2か所だけ「義とする」という一語を「義と認める」と訳したのは、文脈上それが良いと判断したからであろう。だから、考えなおせば新改訳の翻訳委員の方々は、ローマ人への手紙のこの辺りは、文脈上すべてを「義と認める」と訳すほうが正しいと決めたのかと思うのである。そうでなければこんな翻訳はしないと思う。
 さて、「私たち罪人が義と認められるのはイエス様の信仰による」ことは、教理上クリスチャンなら誰も賛成する。ところで、「私たちはイエス様の信仰によってズバリ義人にされる」、こういう教理があるだろうか、問題だろうと思う。しかし、私はそれを信じたいので、この「義とする」を翻訳上生かしのである。
 ところで、次頁はリバイバル新聞に載せた私の書評です。「あなたは神の義をいただいていることをご存知ですか」という長い題の本ですが、内容はちょっと変わっています。
 著者の徐先生の説くところは、イエス様によって「義と認められた」人は、そのまま既に「神の義」を頂いているのだから、ひるむことはない、この地上の生活のあらゆる分野において、この神の義を有効に生かして大胆に生きよ、楽しく生きよ、とおっしゃっておられるように見える。「義と認めていただく」と言うべき個所を、そのまま「義とされる」という意味に転用しているように見える。そこから「驚くべき陽気さ」を生じるのであろう。
 徐先生がうっかり罪を犯したり、失敗したりした時、愛用する聖句は第一ヨハネ1:9の「もし、わたしたちが自分の罪を告白するなら、神は真実で正しい方であるから、その罪をゆるし、すべての不義からわたしたちをきよめてくださる」という、この聖書のお約束を最大限に活用するわけである。すると、同じ第一ヨハネ3:9で使徒ヨハネが言っている大胆な言葉、「すべて神から生まれた者は、罪を犯さない。………罪を犯すことができない」というような凄い心境になるのであろうか。
 私自身の信仰はと言えば、やや徐先生より後退します。書評の途中に書いてありますように私自身の信仰はあくまで、「罪と汚れの自己認識と、神様に義人として認められているという義認意識の緊張関係に生きている」のです。良書です。推薦します。《く》

リバイバル新聞2006年3月12日号に掲載
徐起源著「あなたは神の義をいただいていることをご存知ですか?」書評

 著者の徐起源先生はこう言っておられるようである。「信仰生活を送る上で神の義を知り、それを活用することは最も大切なことの一つである。今、多くのクリスチャンには、それが隠されてしまっているのではないだろうか」と。
 また、次のような方々にこの本を読んでほしいと言って、11ほどの項目を挙げておられる。その中から4つを選び出すと<1>苦しいクリスチャン生活をしている方<2>罪責感に捕らわれている方<3>祈りが天に届いていると感じない方<4>信仰生活にアップダウンのある方―――という具合だ。こうした人たちが、この本を学んだらきっと楽しいクリスチャン・ライフを過ごせるようになると信じていると、徐先生は言われる。
 本書の基本的な主張は信仰義認である。罪人が罪あるままに義人と認めていただく。それはイエス・キリストの十字架の血によるあがないの結果である。クロスビーの聖歌(404番)ではないが、「罪と汚れのあらばあるまま」に、自分を神が義人として認めて下さるという恵みの信仰である。
 この時、多くのクリスチャンにとって、自分の罪や汚れの自己認識は依然として残って消えないが、しかし同時に自分は義人として神に認めていただいているという深い確信がある。この2つの相反する確信の緊張関係の中で生きているということになる。難しく言えば弁証法的ということができる。
 しかし、徐先生はそんなややこしいことは言わない。神が自分を義人と認めて下さったのだから、自分は本当に義人なのだ、神は自分が全き義人であることを保証して下さるのだ、と言う。驚くべき陽気さがあると思う。
 とはいえ、「徐先生、あなたは決して罪を犯すことはないのですか。時には小さくても罪や失敗の一、二はやるでしょうに」、こう聞いたら著者は何と答えるだろうか。それを知りたければ、ぜひ本書をお読みいただきたい。先生の「驚くべき陽気さ」の秘訣が分かると思う。(キリストの福音大分教会 釘宮義人)

「あなたは神の義をいただいていることをご存知ですか?」~徐起源著 恵那レーマミニストリー 1365円

〔あとがき〕
◆徐先生の「あなたは神の義をいただいていることをご存知ですか」(販売用)は、礼拝室の後ろの棚に数冊置いてあります。無くなりました時は、クロスロードにてお求めください。
◆3月19日(日)、須佐二三子先生が礼拝にお見えになります。もっと詳しく聞きたい方、午後もお残りください。
◆3月28日(火)、神田英輔先生(日本国際飢餓対策機構総主事)ご来講。アジア、アフリカ、中南米など現地の飢餓の具体的状況や、その援助、教育実態等の方向、今後への展望等、拝聴。
◆国井キノ姉、脳梗塞で入院中、見舞うと多少の応答あり。リハビリのため近く転院の見通し。ご加祷ください。

〔牧師近況〕
紙面が余りましたので、牧師の私的なことを書きます。先日某姉より電話あり。やや長い電話でしたが、先方より言わく「先生、耳がよくなりましたね」には参りました。そして長い間、口に出して言わなかったけれど、私のトンチンカン返事に困っていたのだろうなと、申しわけなく思ったことです。教会でも私が勘違いして変な返事をしたり、時には機嫌を損じたり、また声をかけても気がつかなかったり、大変ご迷惑をかけていたのだろうと思います。今回、性能が衰えていた旧補聴器を捨てて新しい補聴器に替えました。なかなか調整に日数を食って困りましたが、最近どうにか正常になり、「先生、耳がよくなりましたね」と声をかけられるまでになっています。
 先日3月4日には宮崎福音キリスト教会の富高兄弟と高森牧師先生のご長女美和姉との結婚式があり、宮崎市に行って参りました。祝餐会で開会の祈りをさせて頂きました。さてその祝餐会の立食パーティ中、宮崎の救い主イエス・キリストの教会の高木和秀先生が最近、脳出血で倒れ、意識不明のさなかから奇蹟的に癒され、現在ピンピンしていますという希有なお証しに驚嘆と憧憬で胸一杯になりました。私は妻やキノ姉を抱えているだけに、二三子先生のお証しもあり、さらにと祈りの思いを熱くしました。諸兄姉のご祷援をお願いしつつ。《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2006-03-12 00:00 | 日岡だより

No.218 二・二六事件から70年 2006.3.5

二・二六事件から70年

 先週の2月26日の週報や「日岡だより」に二・二六事件の事を書かなかったのは珍しいことであった。逆に今年の商業新聞では私の見る限り2紙に二・二六事件関連の記事が出たので、なんとなく気分が落ち着いた。もう一つは先週、「ホリエモン捜査は国策的意図だ」という佐藤優さんの新聞囲み記事をコピーで出したのだが、その佐藤さんの文中にも二・二六事件のことが出てくるので、それも格別書かなくてもいいやと思った原因だった。
 この日、新聞で気がついたのは、今回のトリノの冬季オリンピックがかつてのベルリン・オリンピックから70年目だということでした。特にフィギユアで少女選手、稲田悦子さんの名が出たのは私には懐かしかった。ヒットラーが「あの子はなんだ」といぶかったという話もある。ベルリン・オリンピックはドイツの国威発揚になったということで日本政府にも影響を与えたと思う。
 あの年がまた、当二・二六事件の年であったのです。東北は飢饉で幼い娘たちの身売りなどあった頃、皇道派の陸軍青年将校たちが、貧しい農民を思い、天皇の大御心を察してということから、党派政治と財閥の結託を憤っての決起が二・二六事件だったと言える。この事件を、佐藤優さんが「彼らが国家のことを一所懸命考え、命をかけて解決しようとしたのだが」、と残念そうに書いている。戦後のマスコミはこういう風な書き方をしなかった。
              *
 この事件を昭和天皇は激怒されて、「わが股肱(ここう)の老臣を殺戮す、かくの如き兇暴の将校等、これは反乱である」と決めつけ、彼らを逆徒と呼んだ。天皇を慕って、天皇親政を願っての決起だった、これらの将校らこそ憐れである。2月26日の5か月後には軍事裁判がなされ、7月12日には死刑執行が行われる。ここにも国策的意図がみられないであろうか。
 陸軍内部にも、皇道派の将校たちは他に残っていただろうが、もうこれを声にする人は居なかった。新しい流れに巻きこまれてしまう。日本人の侘しい習性である。
 日本の多くの国民は、「死刑になった将校たちは本当は真の愛国者であった、あの人たちは正しい。しかし、今の日本の国策上仕方がない。もっと要領のよいやり方はなかったのかなあ」、と考えていたものだ。だから国民の中には、「政府筋も要領がよい、これらの反乱将校たちは適当に満州の野に放ったらしい」、とまことしやかに言う人もあったくらいである。《く》


祈りの実技

 「祈りの実技」などと書くと、まじめな先生がたを立腹させるかもしれないと心配しつつ、これを書き始めています。
 私は決して祈りの達人ではありません。祈ったら、いきなり1億円が送られてきて、教会堂が建ったとか、瀕死の癌患者のために祈ったら一夜にして完癒したとか、リバイバル集会のために祈ったら、台風の吹く中で3千人集まったとか、そういう実績は私にはありません。
 しかし、一般の信徒の中で、なんとしても実りある祈祷生活を営みたいと考えている方々のために、少しでも役立つことをお伝えしたい。それも、「御言を信じて祈れ」とか、「清い心で祈れ」とか、「熱心になって祈れ」とか、そういう心や魂の持ち方という面はさしおいて、もっとプラクティカル(実技的)に語ってみたい。誰でも効果のある祈りを求めているでしょう。もちろん、具体的な求めから、心情的な、霊的なものに至るまで、はっきりした効果ある祈りをしたい。そういう人は多いはずだ。
              *
 もう50年ほど昔のことだが、キリスト新聞社から「祈りは聞かれる」という薄い本だが出たことがある。その中に、なんと私の小さな証しが載っている。それは「父帰る」という題だったか、菊地寛の小説の題と同じだが、実際に家出をしていた父親が、私がその娘さんの願いに答えて祈ってあげたら、その祈りが答えられて父親が家に帰ってきたという実話である。
 実はその数日前にキリスト新聞が来た。その中で同新聞の武藤富男社長が、「アメリカのクリスチャンたちの信仰体験談を読んだ。実際的で信仰が生きている。祈ったら、こういうふうに生活が変えられたとか、こんな奇蹟があったなどという証し集だ。うらやましい。日本でもこんな証しはないのか、読者のみなさん、みなさんの中でそうした証し、実話があるならどんどん投稿してほしい。日本にもこういう証しがあるぞという本を出したい」という記事があったのである。
 私はそれから2、3日たったかと思うが、主日の礼拝に出て、その新聞記事を会衆の前で読んだ、そして「みなさん、このキリスト新聞の社長さんの呼びかけに答えましょう。武藤さんが求めているような奇蹟を呼び起こす祈りをしましょう」と訴えたのである。
 その日曜日の午後であったか、翌日であったか、その礼拝に出席していたIさんが、自分が下宿している家の娘さんを連れてきた。そして、「家の主人であるお父さんが何か家庭内のもめごとがあって、家出をした」というのである。そして、その娘さん言わく、「父は今、どの辺にいるでしょうか」。
 なるほど、世の拝み屋さんなど、家出している方角を占ったりするそうだ、そのことだな、と思ったが、私は言った。「さあ、お父さんがどの方角にいるか、私には分かりませんが、とにかくお父さんが家に帰ってくれば良いでしょ」。「はい」、というわけで、その娘さんの手を取って祈って上げた。
 しかし、当時はまだカリスマティックな伝道をなさる方は無かった時代。私はしかし、オズボーン先生の本のおかげで神癒伝道は行っていて、割合に大胆にやっていたと思う。だから、Iさんが私の説教に心を動かされ、その午後、下宿に帰ってみたら、親父さんが家出をしたと言って騒いでいる。これこそ奇蹟が起こっていい事件ではないかというので取るものもとりあえず、その娘さんを連れて私のところへ来たという訳だ。
 翌日だった、その娘さんが涙を流して報告にきた。「父が帰りました。ちょうど先生が祈って下さったあの時刻に、父は小倉の駅に寝ていたが、急に『家に帰ろう』と思って、そのまま家に却ってきたのです」と言う。
 私は驚嘆したが、また少々あっけなくて気が抜けた感じもした。私は、「証し」にするほどの事件だとは思わなかったが、新聞の記事を読んで、その説教を聞いたその日にIさんが動き、さっそく「父帰る」の奇蹟が起こったことのタイミングの面白さに心が動いた。この愉快な報告を武藤社長にすることが嬉しかったのである。だから原稿用紙ではなく、便箋に手紙として送ったのだった。ところが、それを武藤さんは投稿扱いにして、ついに本の中に収めてしまったというわけである。私としては、ともかく本というものに原稿が載る最初の経験になったのであった。
              *
 こういう経験があったので、私は「効果ある祈りの秘訣」などという言葉を打ち出したとしても、それほどインチキくさいとは言われまいし、遠慮も不用だと思うのだが、それにしても正直に言うと、ジョージ・ミューラーとか、ああいう方々に伍して「祈りの達人」めいた顔をして、文章を書くような心臓は無い。
 しかし、その程度の私でも、なんとか一般の信徒のみなさんがすぐにでも実行できそうな、祈りの工夫をお伝えすることは出来ると思うのである。(この工夫という言葉は賀川先生がよく使ったように思う。信仰生活も実際面において具体的に工夫するといろいろ味のある方法が発見出来るものである)。
 たとえば、祈りについて簡単なことを書きます。胃の悪い人のために祈るとします。この場合、ただ言葉で「この方の胃の痛みを取り去ってください」と祈るのもよいことです。また「この方に胃の痛みをもたらす霊よ、主の御名によって命ず、今、出て行け」と悪魔(悪霊)を責めるのもよいことです。
 こうした祈りをささげるにあたって、「主よ、御心ならば、この病を癒したまえ」などとは決して祈らないことです。エリシャのように死ぬべき病にかかることもあり得ますが、しかし、まず如何なる病気も主は癒したもうと信ずべきです。イエス様は「病を癒すことは私の意志だ」(マタイ8:3の原文)とおっしゃっています。私たちはどんな病をも癒し給う全能の主を信じて祈るのです。
 前文に戻りますが、たとえば胃のためでしたら、あなたは自然に病気の方の胃のあたりに手を置くことでしょう。それは良いことです。「病人に手をおけば癒される」とマルコ16:18にありますもの。その際、あなたの注意が、あなた自身の手に行くと思います。もちろん病人の胃のあたりにも何か変化が起きないかと、心は動くものです。それは自然なことだと承知の上、更に次のことを聞いてください。
 あなたのその手の、その指先にあなたの注意を向けてください。もしかしたら、その指先から聖霊の力が出て行くかもしれません。イエス様が長血の女性をお癒しになった時、「私から力が出て行くのを感じた」(ルカ8:46)と言われたとあります。だからもっと、自分で心を励まして「癒しの主の力が私の手を通し、指を通して出てゆく」と意識し、また指先に注意を集中する。こうして、癒しのご奉仕の時、「精神を集中する」ことをつとめる、これが大事なのです。いや、これが「祈りのコツ」です。
              *
 かつて、私の尊敬する某先生に、「祈りの秘訣はなんでしょうか」と聞いたことがあります。すると、打って返すように「それは君、精神集中だよ」と返事されて一驚したことがあります。もっと信仰的な、敬虔な言葉を聞くと思っていたからであります。
 よく「熱心に祈った」とか「切に祈った」とかいう言葉を聞きますが、とかく、その時、髪を振り乱して半狂乱の態で祈っている様子を想像します。しかし、もっと落ち着いた瞑想タイプの祈りの場合などでは、「熱心」とか「切に」とかいう言葉も、それは「精神集中」のことだと説明したほうが、より実践的であると言えます。
 祈りの場合、しばしば洋の東西を問わず合掌の形を取るのは、精神集中の時、肉体のどこかに意識を置くと良いからですが、特に手の指先は言葉と意識の神経を集中させるのに良い個所である、と言う人は多くいます。
 又、視線をどこかに送る、または目を閉じる、そうしたことも精神集中の補助姿勢として意味があります。私はよく、「空中の一点に目を止めて」などと指導することがありますが、またやや離れた人の胸のあたりに目を止め、息を鋭く吐いて、その息を目に見えない矢のように、その人の胸に飛び込ませる瞬間、その人の心に大回転が起こすことがあります。この祈りは日本の神道系の「息吹の祈り」によく似ています。こういう風に実技的なものは他の宗教系統にも似たものを発見できます。しかし、ただ一つ、
 主イエス様だけは私たちのもの、私たちが聖霊さまを離れては、本物にぶっつからない。祈りの主目的はイエス様と聖霊様に出会うことにある。このことだけは忘れてはいけません、これをしっかり胸に収めておきましょう。《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2006-03-05 00:00 | 日岡だより