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No.217 ホリエモン物議 2006.2.26

ホリエモン物議

 本紙214号で「私はホリエモンが好きです」と書いたら、あちらこちらに物議をかもした。
 しかし、同時期にハーザーに笹井さんが、ホリエモンの法的追及は国家政策の陰謀みたいに見えると書いた。私はホッとし、また溜飲をさげたものだ。そして笹井さんの立論にシャッポを脱いだのであった。
 今回、大分の地元紙に、「ライブドア事件を分析する」と題した囲み記事に、知る人ぞ知る元外務省の曲者、佐藤優氏の小論が出た。
 笹井さんの所論に箔が付いた? と言えば品がないが、ともあれ、その新聞記事の要旨を載せます。《く》
 
 「長者を狙った国策捜査」?
 元外務事務省分析官佐藤優氏(02年に背任罪で執行猶予付き有罪で控訴中)は言う。ライブドアの堀江貴文氏は歯に衣着せずに「金で心も買える」等、ストレートに言った。非常に首尾一貫した論理である。▼さて、現代の日本社会の流れは、弱肉強食、格差が進んで、下流社会にいる人たちはやる気を失ってしまう。そうなれば国家は弱くなってしまう、という恐れをエリートは抱いたに違いない。その気運を今回のホリエモン逮捕は体言していると見る。▼そこで新興のIT長者の誰かを標的にする必要があった。堀江さんになったのは偶然の要素が相当強い。かつて鈴木宗男さんの場合も自民党経世会の政治家なら誰でもよかった、鈴木型の政治力運用を嫌った、ある力が働いていると私は見る。▼もう一つの理由は、衆議院選挙中に堀江さんが大統領制を主張するなど、日本国家の触れてはならない潜在部門に踏み込んだこと、これも理由だろうという印象を拭えない。▼国策捜査だという声もあるが、私自身も国策捜査で被告になった。司法省官僚が国策をいじろうとするのは危険である。日本は1930年代、官僚による国策転換で大変な失敗をした。5・15事件と2・26事件だ。青年将校らは国家のことを一生懸命考え、命をかけて問題を解決しようとした。(……そして彼らは絞首刑に倒れた。)▼以上、私なりに少し文章をいじりました。特に余分のことだが、最後の括弧内のフレーズは私の付け足しである。《く》


魂のフォームをきめよ

 ある所で、「勉強の秘訣は予習をすることにある」と語ったことがあります。
 大抵の子に「勉強で何が大切と思うか」と聞くと、きまって「復習が大切」と答えるのです。そのように先生から言われているからです。「それなら、あなたは復習は好きですか」と聞くと、大抵「いや、復習は面白くない」と答えます。
 大体、復習の好きな人は勉強が出来る子です。勉強のできない子、つまり一向教室で勉強が分からなかった子に、「復習せよ」と言っても、どだい無理な話です。
 勉強は予習を形だけでもして置くと、小学校程度の勉強でしたら、それだけで興味がわいて授業が面白いものです。さて大人の世界にも予習が必要です。
           *
 ゴルフというのは、なかなか精神的要素が大きいスポーツのようですね。私はゴルフはしませんが、新聞に載っているゴルフ教室といったコラム記事を読むのは好きなのです。信仰上、参考になる記事が多いからです。最近の、そうした記事の中から3つほど選んで見ます。
 第一の記事は、「距離なのか、方向なのか、はっきり目的をきめて練習せよ」、というのでした。あれこれ、気移りせず、目標を一つにきめて練習せよ、というのです。「あの人、飛ぶのは飛ぶんだが、どこへ飛ぶのか分からん」と笑われていた人が数か月、方向をきめる練習ばかりしていると、どうにか物になってきます。
 しかし、そうすると距離が落ちて来るんですね。そこで今度は距離をのばすことを目標にして練習を続けます。そういう事を繰り返しているうちに、不思議に全体的にバランスよく上手になって行く。何より嬉しいのは、それまで義務的な感じで練習していたのが、たいへん面白くなってくる事だそうです。
 第二の記事。前項の「数か月練習」ということですが、これは非常に意味があります。ゴルフを始めて間もない人が、ある指導上手で評判のプロゴルファーにレッスンを受けようとしたとき、まっさきにこう言われたそうです。何度も念をおされました。
「黙って3カ月、私の言うとおりに練習してくれますか」。なるほど、練習を始めると3カ月間はコースをやめて練習場通いです。そのプロゴルファー言わく、「すれば、しただけの結果が出ます」。
 この一言に励まされて基礎ばかりの練習を3カ月続けたそうです。やっと解禁されて久しぶりにコースに出たところ、仲間たちが目を丸くして驚きました。凄い上達ぶりだったからです。
 3カ月というのは大脳生理学的にも理由のある数字なのです。3カ月ほどの日数で人間はクセがきまるのです。上例のゴルファー氏は3カ月の基礎練習で正しいフォームがきまってしまったのです。
 第三の記事。あるベテランのゴルファー。アマチュアですが、なかなか腕は達者です。しかし、この人のすばらしい点は、けっして落ち込まないということです。ミスショットを重ねても平気、平気。
 「なんのなんの。ニクラウスだってミスはやるんだ」と、とんでもない大きな声で叫ぶのです。ゴルフの帝王ニクラウスだって、時にはミスもやるさ、と言うのです。それはそうでしょう。しかし、それをあんなに辺り構わず声を張りあげるとは……。
 でも、それが彼の秘訣です。事実、このコラム記事を書いた御仁も、この人について廻ったとき、この人の声帯あけっぴろげの声を聞いているだけで、だいぶ気分が変ったそうです。
           *
 以上のような体や発声の習慣づけは、そのまま、私たちの信仰生活の実際面にあてはまります。よく覚えておいて欲しいのですが、脳の中のプログラム記憶装置は、体の運動であろうと、言葉や思いの働きであろうと同じメカニズムで作動するのです。
 友人からイヤーな仕打ちを受けた時、あなたはどういう反応をしますか。
 お金を落としたと分ったとき、あなたはどんな言葉をつぶやきますか。
 ご主人がおそく会社の若い人を連れてきて「おい、ビール」といったら、どんな顔をしますか。
 奥さんに昨夜頼んでおいた磯釣りの弁当を造っていなかったら、あなたはどんな言葉をはきますか。
 その一瞬あなたはどんな気分を抱きますか、およそ見当つくでしょう。きまっているのです。すでに、あなたの脳中にはそういう時の反応がプログラムされ、ちゃんとセットされているのです。
 子供の時より、親や先輩、友人たちが見せ、かつ聞かせてくれた数々の記憶。あるいは又、最近は特にテレビなどのアイドル歌手や人気俳優の姿や、また悪役の冷酷なしぐさ。
 これが、あなたや、あなたの奥さん、子供達の脳裏にブラウン管から叩きこまれ、記憶層にしまいこまれています。そして、それがイザというときに、ドサッと噴出してくるのです。
 それぞれの場面に適応するあなたの姿や思いを目標にきめ、その一場面ごとのあなたの理想イメージを3カ月ずつ練習するのです。
 必ず効果があります。効果が遅れて実際の場面で失敗したら「なんのなんの、ペテロ先生だって失敗したさ」と叫んでケロリとしておくのです。(1989・4・22、釘宮義人「聖書と人生」講座にて)

〔あとがき〕
「突然の死に遭遇し、天国を見、生かされた」の著者、須佐二三子先生が来月19日(日)の主日礼拝にご来講くださることになりました。すばらしいお証しをじかにお聞きできることは感謝です。どなたも期待して、祈ってお待ちください。▼釘宮より。妻トミについては、かねてより熱いご加祷を頂き、感謝いたしています。お陰様にて、このたび主のお恵みのもとに去る2月24日、大分市の岡病院を退院しました。今後も自宅療養を要しますが、肺炎の懸念は去りました。今後ともご援祷をお願いいたします。▼ところで、残念なことに、妻の退院のその同日、国井キノ姉が脳梗塞を起こし、大分市内・河野脳神経外科に入院しました。たった一人で生活する残る夫君の国井兄のことも気にかかります。国井兄の生活援助を含めて、ご援祷ください。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-02-26 00:00 | 日岡だより

No.216 日本の国旗、「日の丸」 2006.2.19

日本の国旗、「日の丸」

 ある情報閲覧本を始末しようと思って、ちょっと開いて見たら、世界各国の国旗の一覧表があった。フランスの三色旗に似た色とりどりの国旗がずらりの並んでいるなかで、日本の日の丸は異色である。
 思い出すのは、小学校の時の記憶で、当時から親友だったA君が言いだした。「どこの国旗もきれいじゃのう。それにくらべて日本のはどうも貧相じゃあ」、私が言った。「じゃあ、ひとつ、俺たちで作ってみるか」。
 私たちはあれこれ頭をひねって、新日本国旗を案出しようと努力した。結局なにも出来なかった。
 A君、言わく「おい、やっぱし日の丸が一番じゃのう」、当時の大分弁で書いてみたが、ともあれ面白い経験だった。日本人には日の丸がぴったり、小学生の発見の記録である。
 見渡すと、あんな独特な国旗はない。シンプルでだれも真似できない大胆なデザインである。よく考えてみると、市民の会話でも国際上の交渉でも、はっきりものを言えない日本人の遠慮深い短所が、日の丸の国旗には出ていない。
 日の丸の歴史をみると、どこか庶民の共通意識がこれを生みだした観がある。自然発生的である。これが本来の日本人の気質であるし、また芸術的創出力であると私に思える。
 日本人クリスチャンの信仰や神学や教会形成や、伝道活動、リバイバル運動等、すべてそこに日本人独特で大胆なアイデア、方法論があってよいと思う。
 手束先生が提唱される日本民族総福音化運動に、それを期待する。日の丸を見て、それを思ったのである。日本列島に霊的変革を……! 《く》

 
狂気せる者のごとく
 
 使徒行伝第25章、26章を一緒にして学びます。前章に引きつづきパウロの裁判に関する記事です。総督ペリクスはユダヤ人の人気を得たいものですから、罪があるとも思えないのに、パウロを監禁して2年すごしました。そして新しくフェストという総督が新任でやってきてペリクスと交替します。
 ユダヤ人の要求もあり、フェストはパウロを法廷に引出して調べてみますと、案に相違してパウロには何の悪事も見出されません。それはただユダヤ人たちの宗教に関する論争であると分りました。
 しかしユダヤ人たちの激昂ぶりを見て、民心を買いたいフェストにしてみれば、前任者のペリクスと同様、その訴訟を無下に却下できないのです。「どうしようか」、そういうペリクスの苦境をパウロの次の一言が救いました。
 「私はカイザル(皇帝)に上訴します」
 そこでフェストはパウロを皇帝のもとに送るために、上書する訴訟内容の書類が必要になりました。しかし、彼はこうした宗教問題について不案内であります。「困ったな」と悩んでいたところへ折よく隣国(と言ってもローマの保護国なのですが)の王、アグリッパ夫妻が来たのです。
 彼はかのヘロデ大王の孫であり、その他キリスト教に悪縁ながら、とにかく詳しい人です。しかも、彼がパウロに興味を示したので、渡りに舟とフェストはパウロの審問をアグリッパ王に頼んだのです。
 そこで、その翌日アグリッパ夫妻は威儀を調えて法廷にはいって来たと聖書にあります。ローマ風の文化様式を身につけて、それを誇りにしている当時の上流階級のしぐさが目に見えるようです。さて審問がはじまりますが、パウロは再びダマスコ途上の彼の回心の証を語り始めます。
              *
 パウロは法廷の審問に答えるというよりは、アグリッパ王をはじめ並いる総督や役人たちを相手に伝道説教をしているのでした。
 中国の非公認教会の信者たちが官憲に捉えられて弁明を始めると、それは即「信仰の証」つまり伝道説教になってしまう、そしてしばしば役人たちがクリスチャンになってしまう、という実話をよく聞きます。それと同じことです。さて、
 最後にパウロの弁明が「イエス様の復活」に及びました時、アグリッパは叫びました。
 「パウロよ、お前さんは気が狂っている。博学があんたを狂わ
 せたんだ」
 アグリッパは、もしかしたらタルソの大学でパウロと同窓の人であったかもしれない。とにかくパウロの博学ぶりは世間周知のことであったらしいことが、このアグリッパの言葉で分かります。
 最近、ゴッホが弟にあてた最後の手紙の言葉をよみました。「ぼくはぼくの絵に対して命をかけ、ぼくの理性はそのために半ば崩壊してしまった」とありました。彼は2年間に400枚もの絵を書きました。そして狂気となって死んだと伝えられています。ああ、絵に命をかけて、絵に狂って死ぬ。なんてすばらしい、と思います。
 けれど、パウロは更にすごい。彼は福音に狂った人でした。
 かつては、「疫病のような人間」とののしられ、今度は「お前は気が狂っている」と言われる、伝道者として実に名誉な悪名ではありませんか。こういう悪評は伝道者にとって勲章のようなものです。《く》(1990・9・9、主日礼拝メッセージ)


良識と肉欲と、神の救い

 使徒行伝第27章を学びます。ここは 「愛する医者」ルカの筆による「私たちの章」第2部ですが、パウロが囚人として運ばれる地中海の運航記事です。古代の航海を記述するものとして貴重な古典であると言われます。
 皇帝に上訴した囚人パウロの身がらは近衛隊の百卒長ユリアスに預けられます。この将校はパウロになかなか親切でした。途中、船を乗り替えていますが、この船は1200トン程度の立派な船だったろうと思われます。エジプトからの大量の麦を積み、人は乗員と客とで276人だったとルカは記録します。ルカは医者でしたからカルテを書くように「詳しく調べて順序正しく書きつづ」(ルカ1:3参照)っているのです。
 さて冬も近づき航海は危険な季節になります。そのせいか、風の具合も悪く、船は遅々として進みません。やっとクレテ島の貧しい港、それでも名前だけは「良き港」というところに船を着けることができました。冬を越すため、ゆっくり停泊する必要があるのですが、それにしては、
 この「良き港」は娯楽が無さすぎます。この港の近くに当時は繁栄していたピニクスという港がありました。みんなが言う、「ピニクスへ行こうじゃないか」、「賛成、賛成!」。船長も船主も百卒長のユリアスも、賛成でした。でもパウロは言うのです。「いいえ、行っちゃあ、いけません。危険ですよ。私の見ますのに、今、出て行きますと積み荷や船体はおろか、私たちの生命すら失う恐れがあります」。
 しかし、宗教家のパウロより専門の船長や船主の意見のほうが勝ちました。本当は、要するにピニクスの歓楽街に早く行きたいという肉欲に勝てなかったのでしょう。それに比してパウロが冷静なのは彼の心が聖霊により清められているからにほかなりません。
 この時のパウロの予言めいた言葉は、神様の啓示とか霊感とかいうのではありませんでした。ごく通常な常識であったらしく私には思えます。<1>「私の見ますのに」というパウロの言葉の「見る」という言葉は、「よく注意して見る」と言う意味が強いのです。<2>また、当時「仮庵の祭の頃には船は岸に縛りつけておけ」というような言い伝えがあったのです。<3>その上、パウロは彼の伝道生涯で何度も海上の難(第二コリント11:26参照)の経験に会っていました。こうして「古くからの言い伝え」、「本人の注意深い観察」、そして「経験」、そういうものを基礎にして、曇らない心で判断する時、あながち霊的啓示というような特殊なことはなくても正しい見通しは可能であるのです。
 所で、ついにパウロの忠告を聞かず、船は出航します。折も折、穏やかな南風が吹き始めたからなのです。悪魔の誘惑はかくの如しです。この時とばかり勇躍して悪魔のワナに落ちこむのです。
 かくてパウロの怖れていたことが起こります。船は突如おこった暴風雨に巻きこまれ、地中海を2週間も漂流することになります。そして、遭難寸前の事態に至りますが、それらの事は聖書をお読みください。
 危機至る、その極度の時、救いは来ます。天使が舟中に眠るパウロのそばに立って全員を救う神様の言葉を告げるのです。その言葉を伝える囚人パウロはまるでこの船の王様です。彼をとおしてクリスチャンでない異邦人たちすべての者が救われる、これは意味深いことです。
 ともあれ、肉欲は人生に滅亡の恐怖をまねき、正しい良識はそれを指摘出来ますが、しかし究極の救いを告げるものは神の言葉です。《く》(1990・9・16、主日礼拝メッセージ)

〔「笑い学会」〕
以前からあったと思うのだが、また新しい「日本笑い学会」が出来た模様である。私は小冊子「笑えば必ず幸福になる」に書いたことだが、「笑えば病気が早く治る」と公けに言い出したのはアメリカのノーマン・カズンズである。しかし、寄席に行ったり、面白い仕草を見たりで、受動的に笑おうとするのではなく、意志的に自分で能動的に笑んだと言い出したのは私である、時おり威張っていうが、これは実は日本で昔から各所の地方の神社で行われた「笑い講」があり、それを真似て「笑い」の会を開いた生長の家の谷口雅春先生などの先駆者もいたのである。それでもこれを日常生活応用の実践論で大げさに吹聴したのは、私が初めてであったかもしれない。これを手束先生が大いに推奨して下さったのは本当に心強く、感謝であった。▼さて、最近もっとも傑出した笑いの唱導者はプロレスのアニマル浜口だろうと思う。世間における影響力に至っては到底私の比ではない。彼が顔一杯に口を広げて「ワッハッハハ」と笑うところは、大いに真似したいものである。そして私なら「神様、感謝しまーす」と絶叫するであろう、この絶叫も又、「気合を入れろ」というアニマルの真似とも言えるが、聖書はこう言います。「あなたがたの口を広くあけよ。わたしはそれを満たそう」(詩篇81:10)。先生がたが「大きい求めをすれば、神様もその求めに応じて豊かに与えて下さいますよ」と説明なさる聖句であるが、私はこう言い替える。「アニマル式にワッハッハハと顔一杯に口を広げると、神様が豪快な笑いをあなたを満たしてくれますよ」。豪快な笑いがあなたを満せば、あなたの人格と生活も見事に変わって来る筈です。《く》(06.2.18のテレホン聖書)
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by hioka-wahaha | 2006-02-19 00:00 | 日岡だより

No.215 『ねたみの神』とはどういうことか 2006.2.12

『ねたみの神』とはどういうことか

 この2月10、11日に橋本先生の大分カルバリ・チャーチで手束正昭先生を迎えてのセミナーが持たれた。その第3回目のセッションの時、「『ねたみの神』と言う言葉が聖書にあるけれども、それはどういうことか」という説明を手束先生がされた。
 私はびっくりして聞いた。私はこういう説明をこれまで聞いたことがなかったし、また私には「妬みの神」ということが、よく分かっていなかった。まあ「妬むほどに、それほどに、神の子を愛するんだな」、というくらいにしか考えていなかった(ヤコブ4:5参照)のである。
 神様は、神の子である私たちが神様以外のものに目を寄せることさえ我慢できないのだ。なぜなら神様は人にだけ棲み給う方だから、人が神以外の者に目を向けることに承知出来ないのだ。
 クリスチャンであっても、長い習慣で道端のお地蔵さんにひょいと頭をさげ、お葬式に行って、つい仏像に合掌する。そういう態度や心に神様は嫉妬するという言い方を聖書はしているのだと先生は言われる。
 だから、たとえば教会の主日礼拝に、朝ちょっとテレビの番組を見ておって、出席時刻に遅れてしまった。これはテレビを提供している世の霊に心を向けて神様を忘れていることだ。これはいけません、と先生は言われるわけだ。
 今、高砂教会では礼拝30分前には信徒さんがたの半数は出席して賛美と祈りをささげ、礼拝の心の準備をして、主の臨在をお待ちしているそうだ。私どもの教会もこれを模範としたいです。《く》

 
クリスチャンから見た国家の品格ということ 

 昨年の11月だった。藤原正彦さんの「国家の品格」という本が出た。新書版だからそう厚くはない。「国家の品格」を読んでから、次に厚い本にぶっつかった。立花隆の「天皇と東大」上下2巻である。その次にまた買ったのが、これまた厚いJ・ダイアモンドの「文明崩壊」上下2巻だった。
 さて、藤原正彦さんにいわせると、国家に品格を無くさせるのは理性がつよくて情緒のない国民性が、それをもたらすのだという。情緒の面で言えば、日本人は有りすぎるほうかもしれない。
 とは言え、私の見るところ、日本人は文明病にかかっていやしないか。「ザンギリ頭をたたいてみれば文明開化の音がする」とひょうきんなはやり歌があった日本人はあの頃から文明開化はいいとだと思いこんだのである。
 文明というのは(私はこういった面にはしろうとであるが)、狩猟時代からでも矢や槍の改良という点で生産性(?)の高揚ということがあったのだろうが、特に奴隷制度が行き渡った時、バベルの塔やピラミッドの構築等、独裁政権の威令を見せつけるための大工事が始まっているが、また煉瓦の製造、潅漑水路の建設、そうしたことから一般市民の生活も向上したに違いない。
 つまり文明とはスピードがあって、カッコいい、便利なことです。材料は周辺の森から木を切ってくる。また岩石を掘り出す。そして文明の崩壊がおこるのだと、J・ダイアモンドは言っている。いい例が、ポリネシアのイースター島で、今は植物らしいものは何ひとつない荒涼たる島、ただ海に向かって何を訴えているのか、巨石像のモアイがあるだけ、かつての亜熱帯性雨林の姿はそこには無い。
 日本がそうならなかった訳は、大陸から適当に離れた島であったことと、徳川幕府の政治もよかったのだとダイアモンドは言っているが、私の思うには、国民の多くが背後に里山や材木の生産林を持っている、それを財産として子孫に残そうとする意志が下意上達で庄屋から、藩主へ、そして幕府へとつながって行ったからではなかったか。そのようにして森林をまもる政治思想が出来上がったのかと思う。
             *
 だからと言って、今の世界(そして日本)が今後の文明の崩壊から逃れることは困難だろう。奴隷制度時代から、封建制の時代、そして資本主義の時代、一時は世界を覆うに見えた共産主義も勢力をなくした。
 今の時代をなんと言うべきか、資本主義が爛熟期に達した今、ホリエモン式にITを駆使して、若い力で向こう見ずでやって行けば、なんとかなる。一掴千金の夢も夢でない。カネを儲けることはいいことだ、そういう思想が蔓延しているのです。これでは品格のある人間が生まれるはずはない。
 品格は辛抱する所から生まれる。藤原正彦さんは日本人の品格はサムライから生まれたと言っている。いわゆる「武士は食わねど高楊枝」だ。金持ちの商人たちに気押されもせず、意地をはったサムライの気質が日本人の品格である、と言うのだ。私はもっとこのあたり論議をつくしたいが、紙面もないので、文章の方向を変える。
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 国家の品格は国民の品格である。そこで、当面の我々クリスチャンの品格を考えてみよう。キリスト教が西洋からはいってきて、西洋かぶれの「文明開化」が明治の日本を牛耳ったことは誰でも分かる。「文化」には多少とも精神性の香りがあって、品格を醸しだす可能性があるが、文明にはその可能性は全然無いと言ってよいだろう。
 ところで、明治のクリスチャンたちで西洋人をも感服させ、また日本人をも傾倒させたクリスチャンとは誰たちか、名をあげれば誰でも納得する、内村鑑三、新渡戸稲造、賀川豊彦などだろうか。美質はそのサムライ性にある。特に内村鑑三や新渡戸稲造は下級武士のせがれである。武士というものが背筋を伸ばして、アメリカに渡った最初の特使たち、その姿を詩人ホイットマンは驚嘆している。
 新渡戸稲造の書いた「武士道」は当時の大統領ルーズベルトを感動させ20冊だったか、買い求めて親しい人たちにくばったという。
 ローマ人への手紙、10章13節以下に、野生のオリブから切り取られた枝が、良いオリブにつながれて良いオリブの実を結ぶ、という「つぎ木」の理論をパウロは語っているが、まさしく明治の西洋かぶれしないクリスチャンたちはサムライの木から切りとられ、福音の木につぎ木されて、ふくいくたる福音の香おりを周囲に放つ特異なクリスチャンとしての品格を持って再生したのである。
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 日本の戦時の思想界はたった一人のフロントランナーによって掻き回されたという感がつよい。近衛さんも東條さんもだ。これを書いてあるのが立花隆さんの「天皇と東大」である。じっくり紹介する余裕がないが、天皇一人を唯一神論的にかつぎあげて戦争熱を鼓吹して、朝鮮では朝鮮神社、台湾では台湾神社、シンガポールでは昭南神社という風で神道を強制した。今の靖国問題は日本精神=神道の精神に通じると見るからであろう。無理もないと思う。
 小泉さんは「心の問題」だという、日本人はそれで納得する。ところが中国や韓国では小泉さんの心とは神道精神ではないのか、この疑心を一掃しなければ靖国問題は収まらないのである。靖国問題は神道問題だということに気づかなければ、本当の中国や韓国の琴線にふれないであろう。
 ともあれ、ここで言いたいのは戦争中の日本の精神構造は神がかり的天皇中心主義で、これにだまされて、また浮かれて、日本人は品位など無くしてしまっていた。一部の特攻隊などで出撃する青年軍人たちの純情さは私も理解できるが、その背後の軍人幹部や政府要人たちの惰弱ぶり豪頑さは調べれば調べるほど、くしゃみが出てくるほどである。
             *
 「憲法改正を阻止しよう」という声がある、しかし、私は今の憲法をホンマに改正することを提唱しようと思う。今の憲法は詐欺憲法だからである。
 その理由は前文がインチキなんだということだ。それでも幾分もっともな前文であるが、それに背いて現に自衛隊をイラクに送っている現政府は、今の憲法を踏みにじっている、そういう意味でも詐欺もいいとこだが、もっと原則的に問題がある。
 大欠陥はこの平和前文です。「我らは世界の諸国の良識と善意に信頼して如何なる戦争の用意も持たない」というようなことを書いてあるけれども、これは噴飯物です。本当は占領国アメリカの核の傘を信頼しての甘えの言葉です。だから一旦朝鮮戦争が始まるとマッカーサーにせつかれて自衛隊を作った。大きな詐欺です。日本の憲法は以後、詐欺憲法というか偽装憲法になってしまった
 世界の諸国の善意や良識など、どうして信頼できましょうか。特に現時点での世界の諸国のどの国に非戦平和のサポートを期待し得る国がありますか。
 まあまあ、一旦日本の国が敵国に侵されそうになったら、その国(実はアメリカ一国)の軍備で助けてもらおうというだけのことです。これは平和憲法という立場から言ったら、まったく趣旨の取り違えもいいとこです。
 もっとも、世界でたった一国だけ、中米の小国、コスタリカ、面積は九州程度、人口は大分県よりやや多い、1948年に軍隊を解散させた。隣国のニカラグアと紛争がないわけではないが、平和を維持しています。こうした国があるということは小国なりといえども、我が国に取ってありがたい励みである。
 ところで、憲法に戻ります。その前文はこう言うべきだと思います。「創造者なる神の御心と全能の力を信じて日本国は絶対無軍備を持たない」、このように憲法前文を改正すべく、私は提唱したいのです。
 憲法こそ国家の背骨です。この骨格が強くなければ強い国家の品格を造ることはできません。真の我が日本国の品格を守る一線は、この憲法に強固な気品を与えることにあります。今のままの憲法を守ったところでどうにもなりません。まず、手っ取り早い簡単な方法は今の前文を破棄し、第9条を確守させることだと思います。《く》
(拡大宣教学院機関誌「マグニファイ」2006年2月号掲載)
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by hioka-wahaha | 2006-02-12 00:00 | 日岡だより

No.214 田中正造翁のこと 2006.2.5

田中正造翁のこと

 先週の本欄で書いた田中正三は田中正造の誤りでした。田中正造は足尾銅山の鉱毒問題で遂に明治天皇に直訴の挙に出た人です。東京市街の道を行幸中の天皇の乗り物に駈けよって「陛下、お願いでございます」と声を揚げましたが、警備中の官憲の手で取り抑えられます。
 「なんで、分かりきったそんなことを。馬鹿なことをしたものだ」という人も多いでしょうが、政府の意向に反した上訴書を正式に宮内省が受け付けるはずがありません。田中正造の思い余った行動です。
 もう一つ、私の考えるには、実は田中正造は栃木県選出の衆議院議員です。彼の足尾銅山の鉱毒問題で反対運動をしていることは天下周知のことです。当時、すでに内村鑑三先生も応援演説をしています。
 そういう田中正造の顔を明治天皇が知らぬはずはありません。彼が天皇の乗り物に駈けよってくれば、「あ、彼だ」と気づかぬ筈はないのです。その場で、「彼の書面を受け取ってやれ」と側の者に命じることもできるし、後刻、警察に命じて「彼の直訴状を朕に見せよ」とも言い得るわけです。
 たとえそういう結果にならずとも、明治天皇には彼の言いたいことは分かりきっています。ただ田中が東京の真中、万人の見るなかで思いきった行動を取ったということを印象づけるだけで、効果満点なのです。まして、天下の新聞を湧かせ、国中に議論を巻き起こせば、それで結構だと思っていたかも知れません。彼が死んだ時、残したものは信玄袋とその中に新約聖書、チリ紙、小石が数個だけだったと言います。外には何の財産も残さなかった。嗚呼、これこそ明治のクリスチャン日本人です。《く》


ホリエモン語録から

 最近の新聞に、例のホリエモン氏の語録が出ていました。こんなことを書くと、みなさんはびっくりなさるかも知れませんが、私はホリエモン氏が好きです。「人の心は金で買える」などと言ったそうですが、そういう言葉の内容を私が肯定するはずもありませんが、そういう誰が聞いても眉をひそめそうなことをズケズケ言う彼の童顔は好きです。彼の個性には嫌味がありません。
 彼ほど愛敬(あいきょう)はないが、先だってのビル偽装設計の姉歯という人、警察につかまってもものに動ぜず冷静そのもの、どうした人かと思います。これに似た人は竹中平蔵総務大臣です。彼の顔には権力欲や物欲が感じられない。淡々としている。こういう顔は「平成年代の顔」と言うべきかと思っていますが、どうでしょう。
 ともあれ、ホリエモン氏の語録ですが、こんなのがあった。「今の日本人は2つの悪い教育を受けている。<1>一つは貯金の奨励しすぎ。<2>次は和を重んじる教育」というのです。
 言いますねえ。これは多分、多くの日本人をドキンとさせる悪態語と言ってよいのですが、一種の反語として聞くと、真理があります。
 まず、貯蓄のすすめ。これを悪いと言ってしまえば、強力すぎますが、しかしイエス様の「旅に出る主人から金を預かった僕たちの喩え話」を思い出してください(マタイ25:14~30)。1タラント預かった小心者の僕はこれを土を掘って隠しました。無理もないのです。1タラントは現代の日本円に換算すれば3千万円は下らない巨額ですから。
 ところで主人が帰って来ました。彼はそっくりそのままを持って行きました。褒められるかと思いきや、「なんで、せめて銀行にでも預けて利子なりと儲けなかったのか。他の僕たちはそれぞれ預けた額の倍額を儲けて来たのだぞ」と叱られています。イエス様は与えられた預かったタラントを大胆に有効に使えとおっしゃっておられるのです。
 ちなみに、後にこのタラントという言葉は「才能」という意味に使用され、現代のテレビなどのタレントという言葉に転化されている。
 第2の「和の精神」ですが、これは日本人には聖徳太子の「和をもって尊しとなす」という十七条の憲法以来、深層意識に染みついている思想です。聖徳太子の遺訓というより、これは稲作農民をもって構成された日本民族の習性から来ていると思います。
 稲作は、隣の人と違った事をしておれば、収穫はあがらないことを経験によって知っています。習い百姓という言葉もあるそうですが、しろうとのホヤホヤの百姓でも隣り近所の人のしている真似をしておれば、どうにか収穫は上がるのです。水が回って来たときにみんなと一緒に田植えをする。収穫の時もみんなと一緒に稲刈りをすれば、共同作業で何もかも終わってしまう。「和の精神」だけが取り柄なのです。
 ともあれ、私たちの社会生活で「和の精神」が要ることは体験上、日本人はみな知っています。官庁発注工事の談合問題も互いの「和」の感覚からくる面があります。だから「自ら正し」と思うことしようとすると、周囲の大反対に会います。
 私の戦時中の戦争反対などよい例です。その後も戦後になって戦災孤児収容を図った時でも、新聞はほめてくれても、親族一同猛反対でした。自分の親も顧みないで自分の好きなことをする。そんなことは市か県にまかせておけば良いのだ。無報酬で自分の金を使って何処の馬の骨ともしれぬ広島や大阪から流れてきた子どもたちを、なんでお前が世話せねばならんのだ。もし、お前が金を使いはたして行きづまった時には、お前の母親は俺たちが見なくちゃならん。そんなことはまっぴらだ、というわけ。尤もなことです。(だから、世間では「善いことをする時には、遠慮しながらしなければならない」ことがあります。このことは、後に私は一燈園の西田天香さんに学ぶことになります。)
 イエス様はおっしゃいました。うっかり読めば、誤解しかねないお言葉ですが、こうです。
「地上に平和をもたらすために、わたしがきたと思うな。平和ではなく、つるぎを投げ込むためにきたのである。わたしがきたのは、人をその父と、娘をその母と、嫁をそのしゅうとめと仲たがいさせるためである。そして家の者が、その人と敵になるであろう。わたしより父または母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりもむすこや娘を愛する者は、わたしにふさわしくない」(マタイ10:34~37)。
 神様や正義感に従って行動を起こすと、このイエス様のお言葉のように家庭に波乱を起こす事はしばしばです。のみならず、社会問題をも巻き起こします。大正や昭和初年、キリスト教の一派、救世軍の人たちが吉原の遊廓街の大門前で就業中の女性たちに「自由廃業できるんだぞ」と叫んで暴力団の襲撃を受け新聞をにぎわしました、これは後に「赤線廃止」のきっかけになりましが、この運動を行き過ぎだと言って顔をしかめた有識者もいました。
 「私には夢がある」の演説で有名なマルチン・ルーサー・キングが黒人差別問題でいどんだ問題も、アメリカの黒人差別問題の暗部にたいする戦いであった。
 日本においては部落差別が隠された問題です。私にも痛い過去がある。触るに触れない差障りが起こる。ともあれ深刻な顔をしないでホリエモンさん風に越えて行くべきなのでしょう。
 ともあれ、現代の日本ではキリスト信仰が昔ほど難しくなくなり、家庭でもうまく切り抜けられていることは嬉しいことです。この機会に、積極的に家庭改造、後継クリスチャン産出のため、もっと祈り、家庭内伝道に精を出しましょう。遠慮せず、くじけず、ホリエモン式笑顔でやってみたらどうでしょう。《く》 
〔付記〕ハーザー3月号巻頭言でのホリエモン逮捕についての笹井編集長の発言は面白い。私の「ホリエモン好き」というのと違って筋が通っている。法知識の無い私の言えない事、必読。《く》
 

天国を見てきた二三子先生
        -突然の死を通り抜けて-
 
 この記事は巻頭に持ってきたいところですが、ちょうど編集を終わったところでやむを得ません。致し方なくここに載せます。
 諏佐二三子(すさ・ふみこ)先生の証しです。実はその証しの小冊子が先日の木曜日の祈祷会の開会の寸前に届いたのです。私は司会者が開会の賛美を導いている合間に、その小冊子の最初をこっそり開いたのです。4頁目を何気なくパッと開きました。
 ところがそこに書いてあるのが、先生が病気で入院していた時のこと。そこはICU(集中治療室)で10日目くらいまで何も覚えていない。しかし、その時、ただ一つはっきり覚えて居るのは、イエス様に天国に連れて行っていただいたことです、という記事です。私は目をむいて先を読んだ。
 「それはまるでイエス様の体の一部分になったような感じでした」、とある。つづいて、「天国は、全世界のどんな所よりもすばらしい所でした。ああ、私は天国にいるのだ、魂がそう感じました。その時、魂の内に神様の声がしました」。
 そこまで読んだ時、司会者の声がして、「先生、メッセージお願いします」。私は驚いて目をあげました。用意したメッセージ原稿はありました。しかし、私は今読んだばかりの二三子先生の証しが心に張り付いて離れません。ところで、私がその日、選んでいた聖句はただ一節、第二コリント4:16でして、「たといわたしの外なる人は滅びても、内なる人は日ごとに新しくされていく」でした。この一句は、この二三子先生の天国に行ったという証しにぴったしの感じがしました。私は勇んで、この聖句を朗読した後、今手にしたばかりの、その証しの小冊子を読み始めたのです。
 私も初めて読む内容ですから、胸を踊らせながら読みます。感動しながら読みました。とうとういつもの説教時間たっぷりかかりましたが、私にとって至福の時でした。その感動をここではもう、うまく書けません。


〔あとがき〕
ICU(集中治療室)ではしばしば神様に出会う場所です。なんたって、I see you. という場所ですからね。この諏佐先生の証詞は「突然の死に遭遇し天国を見、生かされた」という題です。23頁の小冊子です。ご希望の方は当教会か、諏佐先生のほうにご注文ください。諏佐先生のご住所は〔〒399―8301安曇野市穂高有明8773グレイスチャペル安曇野〕です。定価を書いてありませんので送金は事後のことにして、まずお申込みなさってください。当教会へのご注文も同様。《く》
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by hioka-wahaha | 2006-02-05 00:00 | 日岡だより