<   2005年 10月 ( 5 )   > この月の画像一覧

No.200 米原子力空母配置と自民党憲法改革案 2005.10.30

米原子力空母配置と自民党憲法改革案

 去る10月26日のマスコミで米原子力空母が横須賀に配置されることについて、日本政府はすでに水面下で了承していたことがわかった。こんな重要案件を国内向けに頬かむりしていたのは良くない。
 とは言うものの、多くの国民は「どうせアメリカのすることではないか、仕方がないよ」という受取り方であろう。政府にとっては気にするほどのことではないのである。
 そこへ、きびすを接してのテレビ報道だが、自民党の新憲法制定案の発表。例の第九条、第一項は平和条項を残し、第二項では自衛軍保持を明記すると言う。あたかも本紙前号で日本憲法は詐欺憲法だと書いたが、詐欺も詐欺、これは詭弁である。
 こうした詭弁を曖昧な態度で了解するのは日本民族の通弊だが、国家の基本法を、このような詭弁でもてあそぶ自民党の姿勢は厚顔にも程がある。
 率直に言えば、日本が独立国であると思うのが仮想現実なのである。また、憲法前文で「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して」日本は軍備を持たないと言う宣言も全く小児的空想である。
 この「平和を愛する諸国民」とは、どこの国のことか。アメリカ一国にすぎない。核の傘を信頼しての一時しのぎの平和主義なのである。太平洋戦争の際、日本軍に追われてフィリピンから逃げ出したマッカーサーを思い出せ。日本だってフィリピンと同じ目にあうかも知れぬ。どこかの国から攻撃されたら、在日米軍はさっさと一時撤退、残る日本列島は火だるま、日本国民は全滅だぞ! 日本は実質、アメリカの準属国であることを忘れてはならない。《く》


神癒の信仰についてQ&A(その2)

Q.この前は先生ご自身の神癒体験を半分伺っただけで残念でした。聖会の先生が「みなさんの中で腰の痛い人が癒されました」と宣言したけれど、釘宮先生は腰がひどく痛かったのに、これまでもこうした機会に癒されたためしが無い、「今回もだれか他の人が癒されたのだろうなあ」と、うらやましく思っておられたと言ってました。
A.そうです。それから私はホテルに戻ってベッドに寝転がってウトウトしていました。すると「釘宮さん」と私を呼ぶ声を聞いたのです。「はーい」と答えてドアの前に行きました。しかし、誰もいません。「なーんだ、そら耳か」とぼやきながらベッドに帰ろうとした時、気がつきました。腰が一向に痛くない。おや、何の痛みもなくサッと起き上がったではないか。そして難なくドアの前まで行ったではないか。「あっ」と思いました。
Q.ははあ?
A.私はびっくりして、ベッドの上ではねたり、転んだりしてみました。なんとも痛くありません。妻が早速、このことを講師のカニストレイシー先生に報告しました。先生は喜んで私を講壇に呼んで、更に私の為、癒しの賜物の付与を祈ってくれたのです。
Q.賜物の付与って何ですか。
A.聖霊の賜物を分けて貰えることです。傲慢な言い方かもしれませんが、私は既に癒しの賜物は頂いていました。しかし、こうした一流の神癒伝道者から、更にその上に神癒の賜物を分けて頂けることは嬉しいことです。その後、また他の2人の霊的指導者からも癒しの賜物を分けて頂きましたがね。私は尚更、癒しの信仰を固くしたことです。本当に感謝でした。
              *
A.その後も、私は私自身の肉体の癒しについては恥ずかしいですけれど、あまり自信は無いのですよ。でも私はあなたのためには祈りますよ。あなたが完全に癒されることを私は信じています。
Q.心強いことです。よろしくお願いします。
A.いえいえ、すべて神様のお力です。私にはなんの力もありません。もっとも私の手から電気が走るように相手の方に力が伝わって行くことがあります。
Q.あっ、先ほど足を伸ばして頂いた時に、何だか筋肉がズイーッと伸びる感じがしましたよ。
A.ああ、それはよかったですね。時々、そのように感じる方がいますね。私がみなさんの両足のかがとをささえてみると、たいてい、どなたの足も右か左か必ず短いのです。その短い足のほうに向かって私が、「キリストのお名前によって命じる。伸びよ」と命じると必ず伸びます。これは百発百中です。これは癒しとしては何の意味もなさそうですが、どなたの病気も癒されますよという証しにはなります。
Q.「神癒をなさる牧師さんがたは、神様のご意志を人間の祈りと熱心で動かそうとする、これは傲慢じゃないのか。癒されるも癒されないも神様のご意志なんだから、病気も神様が下さったものとして謙虚に受け入れるのが本当の信仰じゃないのか」、という人があります。三浦綾子さんなどもそんな感じですね。先生はどう思われますか。
A.残念ですけれど、三浦綾子さんが、そのようにおっしゃって居られることは知っています。三浦さんはキリスト教の信仰の本筋はしっかりして居られるし、しかも謙遜な方です。私もかねてから尊敬しています。でも、三浦さんは病気は神様から貰ったもののように言われますが、聖書的に見て私はやはり病気は神様からではない、悪魔からくるのだと信じています。
 人間に病気をもたらすのは悪魔であるが、それを神様が見逃しているというか、悪魔にそれを許している面があります。くわしくは旧約聖書のヨブ記を読んでみてくださるとお分かりになると思います。善人だからこそ、悪魔のねらう標的になりやすい、それをまた神様が黙って見ておられるという、この矛盾、これが実はカーライルが最高の文学と評したヨブ記の最大のテーマです。
Q.「使徒パウロも病気をしているじゃないか」という人もありますが。
A.おやおや、聖書をよく勉強していますね、驚いた。パウロのみならずテモテは胃が弱い。もう一人の弟子トロピモも病気だったと聖書にあります。それどころか、旧約の大預言者エリシャは「死ぬ病にかかって死んだ」と聖書に書いてありましてね。
Q.ほほう、そんなことですか。
A.パウロやエリシャの場合、彼らは自分が病気であり、また病気をしなければならない意義を神様から直接教えられていたように見えます。つまり、こう言えます。聖書に従えば、病気は悪魔から来たものです。ですから、これらはすべて神様の権威によって癒されるのです。これが主要路線です。しかし、時には神様が病気をそのままに見逃されることがあります。特別路線です。その時、神様はその病気をせざるを得ない理由を本人に教えられるようです。ですから、神様からその理由や意味を教えられるまでは、何度、癒されるよう祈っても差し支えないのですし、そのほうが信仰的ですらある、と言うことができましょう。(第二コリント12:7~9参照)
              *
Q.それにしても、自分でも自分の病気の癒しのために祈る信仰が欲しいです。信仰を強くする秘訣はありませんか。
A.割合に簡単です。多くの人が考えておられるほど難しくありません。あなたは既にイエス様を信じて居られるのでしょう?
Q.はい、もちろん。
A.それなら大丈夫です。では、第一に父なる神様の全知全能を信じることです。少なくとも、そのことをちゃんと心に刻み込んでください。そうすると、神様のほうから強力に聖霊様をくださって否応なしに信じさせられるということが起こるのです。聖霊の油注ぎなどと言われる体験の一つでしょうか。第一コリント12:9の「御霊による信仰」がこれでしょう。こうした聖霊体験を受けたときの信仰は絶対に崩れません。もう絶対です。しかしもう一つは、私たちの自己訓練によって信仰の強化と拡大をはかる道もあります。
Q.ぜひ教えてください。
A.信仰の基本というか、基礎は申すまでもなく、イエス様の十字架による罪の赦しの信仰です。しかし、それとは別にまだ見ぬものを獲得する信念的信仰や積極的大胆信仰というものがあるのですね。くわしくは別の機会に申し上げたいですが、
 第一はまず、「言葉」による信仰の強化です。「信仰は、言葉を受け入れ、言葉を口で言い表すことから始まる」という原理の延長線上です。心の中で小さい声で「私の病気は癒された」と言うだけでもよいのです。さらに第三の実行をご参考に。
 第二はイメージです。具体的、映像的、力動的イメージが脳中に確定されるとき、言葉の信仰が「既に得たり」という一種の感覚的実感的信仰に変わります。確定的希望、揺るがない信仰になるのです。神様の愛が聖霊によってそれを実現させるのです。
 第三は実行です。すでに癒されたものとして、出来るかぎり体も動かしてください。無理をする必要はありませんが、少なくとも「私は癒された!」と第一に申し上げたように声高く叫ぶことです。この時、肉体的パフォーマンス、手をつきあげ、相撲のしこを踏んだりして、元気づけるんです。(1997.4.11.の旧稿)

〔補遺〕
1頁の巻頭文に加えて書きたいことを以下に。私の「平和論」です。これは多くの人々に青くさい夢想論に見えると思う。世間を知らぬたわごとだと思うだろう。しかし私は本気で真剣である。▼ある国が元首から末端の国民一人一人まで絶対的非戦論者で、ある国から侵略された。武器も無ければ、また誰ひとり抵抗もしない。そうすると、トルストイの「イワンの馬鹿」のようには、問屋はおろさない。国民の多くは虐殺され、天皇様も総理大臣も殺され、国は全滅した。しかし、そのすべてを神様は見ておられた。▼天国で神様は待って居られた。そして帰ってくる一人一人に神様は言われる。「良かった。なんじらの国は地上では滅んだ。しかし、天においては汝らの国の名は永遠に記念として刻まれる。個人はともかく、国として斯くも真理のために殉じた国は無かったからである」。このように神様に称賛される国に、自分の国をささげることは実は非常に辛いことである。▼ちょっとやそっとで覚悟できることではないが、幕末の偉大なる教師、吉田松蔭なら、こういう事を言いそうな気がした。それが戦前、私がひとり思いつめていた思いであった。《く》

〔お知らせ〕
今週のリバイバル新聞、新城教会での奇蹟、対談「非戦論」、「ワーシップの神髄」「トランスフォーメイション」の原則等、必読!

〔あとがき〕
フルゴスペル別府教会で持たれた李相烈先生の聖会は凄い聖会でした。私は素晴らしい預言をいただき、更に信仰を拡大強化する希望と確信を与えられました。感謝!《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2005-10-30 00:00 | 日岡だより

No.199 笑いの力 2005.10.23

笑いの力

 最近は「笑いの力」を称賛する本や新聞雑誌の記事は多くなって、ほとんど理屈としては皆さんに理解されてきました。「笑えば病気が治る」ということは私の専売特許ではなく、昔から言われてきたことです。特に生長の家の谷口先生はよくこれを説かれたと覚えています。医学的にこのことを言い始めたのはアメリカのノーマン・カズンズでした。
 ところで私が「笑いの力」を説く際の特徴は「自分の意志で、何の刺激も無くてよい、そのまま笑いなさい」という点だろうと思います。その笑いを始めるのに、少々指導する人がいるのです。
 そこで、私は自分で大仰に笑って見せ、そして「さあ、笑いの練習をしましょう。いや、訓練ですよ」と言うのはそのことです。
 前橋市で医院を開いておられる富沢隆医師からファックスが入ったばかりなのですが、「最近は笑いの小冊子の説明をするので、診察時間がいそがしくなりましたが、実行される方は素晴らしい効果をあげています。特に糖尿病の方はヘモグロビンA1Cという指標を使うので効果が覿面に分かります。正常値になった方が既に六人出ました。」とありました。この方が時間をかけて一人一人私の小冊子を使って説明なさっている姿は尊いです。また、その誠実と熱心さにはほとほと敬服しています。
 なお「ワッハッハハ元気が出る電話」は実際に一緒に笑えるように、ワッハッハハと私が笑ってみせている電話の番組です(097-551-4154)。どうぞ電話で一度聞いて下さい。昨日もある方からこの電話を聞いて、大きな声で笑えるようになりましたと、嬉しい手紙が来たばかりです。《く》
 

神癒の信仰についてQ&A
 
Q.病気を癒していただくのに、キリスト教の信仰を持っていないと駄目でしょうか。
A.ハハハハハ、お答えしにくい問題です。でも、実際には信仰を持っていないのに癒された例が沢山あります。しかし、信仰が無くても癒されますとは、私の立場としては申し上げにくいのですね。でも信仰が無くても、どうぞ私どものお祈りを、ご遠慮なく受けてください。
Q.私は先生にお祈りをして頂きながら、お医者にも行き、お薬も飲んでいます。こんなことで良いのでしょうか。
A.これも又、お答えしにくいですねぇ、ハハハハハ。お医者やお薬に頼らず、信仰一本で神様のお癒しを期待することは、本当に良い信仰です。神様は必ず、その方の熱心さ、誠実さを喜んでくださるでしょう。ですけれど、私はそのような強い信仰の態度を皆さんに強要するのは少々酷だと思って、全般的にはお勧めしないでいます。
Q.は、はぁ……?

A.私自身、30歳代には徹底して神様によるお癒しを信じ、医師の治療も薬の助けも拒絶しました。風邪をひいてもアスピリン一服のまず、指に小さな怪我をしてもメンソレータム一つ塗りませんでした。妻や子どもの病気(時には猩紅熱や、病名不明の奇病にもかかりました)や負傷や火傷などにも同じように対処しました。それこそ、軽い風邪といえども肺炎になる恐れはありますし、小さな怪我でもバイ菌がはいるとどんなことになるかわかりません。決死の覚悟だったのです。
 神癒を標榜なさる牧師先生など日本にはまだ、ほとんど居られない時代でしたから、私自身の意志を強めるためにも、それほど頑固な覚悟が必要だったのだとも言えましょうね。神癒伝道開拓時代の私には必要な道程だったでしょう。
 しかし今の皆さんに、そのような重荷を負わせたくはないのです。死を覚悟のラジカルな神癒信仰は私ひとりで終わりにしてくださいと、ある時、神様にお願いしたのです。
 もともと神様は、弱い信仰の私たちのために医師やお薬を造って下さったのです。ですから、神様に感謝しつつ、医師やお薬によって癒しを期待することは神様もお許し下さると信じています。
 しかし、神様を信じて絶対に医師にも薬にも頼らないという人が居られるなら、そういう人を神様は更に喜ばれるであろうことは論を待ちません。

Q.神癒のお祈りで、100%癒されますか。
A.「はい、みんな癒されますよ」、と申し上げたいところですが、そうは申せません。残念ですが、癒されない方もいます。目の前で即座に癒されるかたが3、40%くらいでしょうか。帰ってから翌日、あるいは、もっと時間をかけて除々に癒される方が、20%くらいでしょう。(なぜ、ある人が癒され、ある人が癒されないのか、私にもわかりません。天国に帰ったら、私もイエス様にお聞きしたいです)。
Q.その癒された人たちは、さぞ信仰が厚いからなのでしょうね。
A.いや、それが不思議で、案外信仰の浅い、疑い深い人が癒されたりします。すぐに癒されるか、癒されないかは、これは神様のご自由な権限の下にあるのでしょうね。
 ただ一つ申し上げたいことは、癒しを求める方は、あきらめないで最後まで忍耐して癒しの完成を待ってほしいのです。実際、完全に癒されなくても、少しずつ病状が快方に向かう方が多いのですから。私は「忍待」と言っていますが、忍耐して、あきらめないで、待ちつづけてください。
 その過程で信仰ということも分かって来るものです。そのために神様は完全な癒しを先に延ばされるのかもしれません。いや、そうに違いないと私は信じているのです。
 つまり、どんなに「癒しの達成」が遅れようと最後まで忍耐して待ち望む人は、最後には必ず完全に癒されますよ。

Q.もっと、強い信仰を持てればよいのにと思いますが、どうも信仰をしっかり持てません。
A.いやあ、みな、そうですよ。私だって、自分の事になるとなかなか信仰を持てません。
Q.先生でもそうですか。
A.はい、そうです。僕は特にだめです。人様に祈って差し上げて、その方の病気が癒されることについては、あつかましいほど自信を持っています。たとえば、祈って差し上げて、目の前で、一向に治らないときでも、私は平気です。いつか必ず治ると思っています。私は元来、気の小さい男です。ちょっとの失敗も恥ずかしくて人の前に立っておれません。しかし、癒しの祈りに就いてだけは別です。私は神様から特別に癒しの賜物をいただいていると信じているのです。
 私たちはだれでも御飯を食べたら、それは当然胃や腸に行って、そこで消化されるものと思っているでしょ。そのくらい、当然のこととして人様のために祈る時、その方の病気が癒されることを信じているのです。しかし、自分の病気が治るとは、どうも自信が持てません。
Q.驚きました。
A.あの天下の神癒伝道者だったM先生だって、ひどい痔で困っていたそうです。人を救って自分を救えない、皮肉じゃなくて、そういう事はあるのです。
Q.先生がたは、みんなそのような経験をお持ちなんですね。
A.そうでしょうねぇ。自分が経験して皆さんのご苦労も分かるのですよ。ともあれ、M先生はその痔も最後には完全に癒されます、ハハハハハ。さて、私の経験をお話ししましょう。
 実は私は長い間、ギックリ腰で苦しみました。朝、起きるとき、ベッドから蟹が這い出るように横這いで降りてきて、腰に手をあてて、ギャッと悲鳴をあげて腰を伸ばしたものです。それから一日中、腰を曲げることができません。いつも腰を伸ばしたまま一日を過ごしていました。ところが、
 10年ほど前のことでした、ハワイで聖会があって、私も参加しました。その時、講師のカニストレイシーという牧師さんが、説教の中で宣言したのです。「皆さんの中で腰の痛い人が癒されました」。そういう癒しの宣言で会集席の中の人が癒されるというようなことが、世界で始まったころでしたね。
 その時、私は思ったものです。「ああ、例によって癒しの宣言か。よくこれで人々は癒されたものだが、今日は誰がいやされるのかな。うらやましいなあ。僕はこの宣言で癒されたことは一度もないんだ」と心の中でつぶやいていたのです。
 やがて、集会が終わって、私は妻と共にホテルの部屋に帰り、痛い腰をいたわりながらベッドに横になりました。ところがそこで、その腰の痛みが突然に飛び去ってしまうということが起ったのです。このお話は又の機会に譲りましょう。            (旧号再掲載1997.2.14.記 《く》)

〔あとがき〕
去る9月30日に大阪高裁で「総理大臣の靖国神社参拝は違憲である」という傍論(判決に付記する判事の意見)が出ました。政教分離の憲法論理から言えば正論でしょうから、良い意見かもしれないが、私は日本人の原意識から言えば問題があるみたいなことを言って顰蹙(ひんしゅく)を買いました。▼たしかにクリスチャンであり牧師である私の言葉として可笑しかったでしょうが、この違憲指摘は日本人の潜在的総意識には合わないな、という私の懸念でした。▼問題は日本の現憲法があまりに理想主義的で、空想的であることにあります。政教分離の原則に従って、総理大臣はともかく、天皇が靖国神社や伊勢神宮に参拝し、また全国の護国神社に幣帛料をおくるなど、これを違憲と言えば国民感情としては受入れにくいことでしょう。▼現憲法を杓子定規に適用するところに無理があるのです。一番の欠陥は平和前文です。「我らは世界の諸国の良識と善意に信頼して如何なる戦争の用意も持たない」というようなことを書いてあるけれども、これは噴飯物です。▼本当は占領国アメリカを信頼しての無責任な言葉です。だから一旦朝鮮戦争が始まるとマッカーサーにせつかれて自衛隊を作った。これは大きな詐欺です。日本の憲法は以後、詐欺憲法になってしまった。▼人間諸国の善意や良識など、どうして信頼できましょうか。本当は「神の御心と全能の力を信じて日本国は絶対無軍備を持たない」と憲法前文を改正したいと私は言いたいのです。《く》

〔御礼〕
この19、20日の両日、宮崎福音教会の伝道会に招かれ、ご奉仕して参りました。高森先生はじめ信徒の皆さんから大いに歓待され、またご祷援いただき感謝でした。でも、講師の務めはやっと果たせた感じで、ふつつかな点を心からお詫びしたい思いで一杯です。《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2005-10-23 00:00 | 日岡だより

No.198 第一次産業者に福音を 2005.10.16

第一次産業者に福音を

 リバイバル新聞の10月9日号5面に「第一次産業とトランスフォーメーション」という論文が出ていました。石松正美さんとおっしゃる方の所見です。多分、牧師先生と思いますが、私の知らない方です。
 それはともかく、あまりこれまで聞かなかったご意見ですので驚きました。第一次産業とは農業や漁業です。特に私たちには、田圃や畑で働くお百姓さんの姿を脳裏に浮べます。それから林業もあります。こうした第一次産業は、神の「祝福と呪い」の原則に密着する産業である、と言って申命記第二八章を指摘されています。詳しくはリバイバル新聞10月9日号をご覧ください。
 最近、時おり、JRで旅をしますが、田舎の淋しい場所に小さな古びた社(やしろ)を見ることがあります。貧乏な神社で、やっと持ちこたえている感じですが、しかし倒れないで昔から続いている様子、部落の人々の心の寄り所なのでしょうか。土に息づいている庶民の土俗信仰が伺えます。
 いや、土俗信仰などと嗤っておれない、太古の昔から続く日本民族の精神構造にある地下水のような根深い庶民信仰を感じます。いわば日本人の根底にある古来神道の流れでしょうか。息の長い地縛霊の支配を感じます。大地に滲みついて、先祖代々の村人に影響を与えてきた悪霊どもに違いないです。
 こいつらに戦いをいどんで勝利する農村伝道をしたいものです。西洋からはいってきた明治以降の文化的伝道は、これに対して甘かったのだと思います。そんなことを考えていた時、この石松先生の「農村の祝福がトランスフォーメーションの基礎である」とのご意見に接して、膝を叩いたことです。《く》


信仰の第一歩

 今回、10月19日と20日にかけて信徒セミナーを開きました。セミナー(勉強会)とは言っても聖会のような感じです。しかしやはり、信仰の成長過程を、私なりの経験を加えて、相当教室風に綿密に語ったつもりです。その結果は、私の自己評価ではまだまだ不満でして、参加者の皆さんには申し訳ないと思いました。
 でも、皆さんはそれぞれ喜んでくれ、「今回のセミナーは恵まれました。今後は春、秋と年に2回してください」というような嬉しい報告も聞きました。
 さて、この信徒セミナーで私のお話した内容の概略を、かなり自由に編集しなおして以下に書かせて頂きました。テープも作りましたが、テープとはだいぶ違ったものになろうかと思いますが、お許しください。テープはテープでそれなりの味があろうかと思いますので、お聞き下さい。
              *
 第1セッション19日の主日礼拝の説教で代用です。初期の信仰がどのようにして始まるかということと、初期の信仰でも時に強力な表現を呈することがある、その秘密と言ったことを話したつもりです。初期の信仰とは私の経験としては明確な回心です。よく、書いたり話したりしますが、私の回心は昭和19年11月23日、太平洋戦争のまっ只中、福岡の刑務所の厳正独居の中での回心でした。
 厳正独居というのは、昔は禁固という刑がありました。その禁固の人が受ける厳密な独居刑です。一日中、3畳敷くらいの部屋で座ったきりですから、たいていの人は重労働の服役よりも辛いでしょう。しかし、私には快適でした。
 食べ物も上げ膳、下げ膳。お風呂は粗末といえども一人専用、熱湯と水が自分の思うままにハンドル一つで出てくるのですから、当時の日本の世相のなかでは恵まれた(?)環境です。第一刑務所は清潔でしてね、ノミもシラミも出ません。警察の留置場は、それと全く反対です。ですから、留置場に居る人は虚偽の自白をしてでも早く刑務所に行きたかったほどです。起訴されて刑務所に行く同室の奴らには「良かったなあ」と祝ったものです。
 私は初めは普通の雑居房(囚人が7、8名一緒に居る)に入れられました。労役は一般工場のなかでも、ごく新人むきの軽い仕事、麻布を袋の形に縫い上げる作業でした。行嚢(こうのう)と言って、軍用飛行機で運んで行って、前線の友軍に必要物資をパラシュートで落す時に使う、その入れ物なのです。
 私は戦争に絶対反対でした。それから起る徴兵忌避事件を中心に起訴されて(くわしいことは又いつか書きます)、最終の落ち着いた場所が戦争用の軍事物資を作る作業ですから、その矛盾に苦しみました。
 さて、私のような者は一般工場で一般囚人と一緒に就役するのは良くないと戒護課長さんが判断したらしい、私は福岡の刑務所に入ってから3か月目に独居房に移されたのでした。
              *
 独居房の生活は、決して楽ではありません。先に「快適だ」と書きましたが、多少強がりですよ、淋しいのは当然です。私は家に残してきたただ一人の母を想って泣きました。とは言え、これはかねてから望んでいた隠遁生活の一つではないか、プロテスタントには修道院が無いから、刑務所でも入ってみたいなあと思っていましたから、その願いがかなったわけです。
 ただ困るのは、聖書が手もとにないことでした。刑務所で月に2冊の図書借入れが出来ます。囚人たちは図書カードをめくって2冊選び出し、囚人図書係に頼んでおきさえすれば、各監房に入れてくれるのです。
 ところが私が聖書を申込みますと、戒護課長の許可が下りない。キリスト教の教えで反戦主義者になった奴に、どうして聖書なんか貸出しできるかということでしょう。しかし、私は懲りずに何べんも聖書を申込みました。すると、ただ一度だけ囚人の図書係がウインクして聖書を回してくれました。私はその聖書をむさぼり読んだです。
 独居房というところでは、囚人を退屈させて困らせる所ですから、仕事は無いことはないけれども、仕事の量は少ないのです。私の仕事は海軍専用の封筒貼りでしたが、片目で聖書を拾い読みしつつ、その仕事をこなす余裕がありました。この時ほど、聖書を読んだことはないでしょうね。聖書をうんと読みたい人は刑務所の独居房に入れて貰うとよいですよと、冗談を言うくらいです。
              *
 ちょっと触れましたが、戦争に反対して、ついに刑務所に行くのですから、戦時下のことです、評判の軍隊以上の過酷な重労働やリンチめいた制裁や暴行を受けるだろうということは覚悟していました。ところが、案外刑務所という所は平穏なんです。私はホッとしましたが、困ったのは軍事物資を作らせられたことです。
 軍事物資など大仰なことを言うようですが、あの行嚢と言い、独居房での封筒貼りと言い、みな軍用のもの。私はうつむいて考えましたね。「ここまで来て、なんで軍用なのか」と。
 それどころか、一人独居房に居ると、もやもやと心に湧き起る雑念に悩まされ始めました。雑念というより妄想です。こんなにまで、つまらない思いや、悪念や、狂わしい思いが宿っているものかと、自分の潜在意識の汚いこと、みじめなこと、恥ずかしいことに、びっくりしました。
 そして自分は如何に汚れた人間か、神様に遠く離れた罪人か、学んでいた聖書の罪指摘の言葉に圧倒されはじめたのです。こんな自分は死ぬほかはないと、仏教風や精神修養の書にある「自分に死ね」という言葉に私は付きまとわれました。
 ところがその時、私はふと聖書の言葉を思い出しました。「キリストを信じる信仰によって義とされる」(ガラテヤ2:16節参照)。実は、この聖書の言葉で私は塗炭の苦しみに会うのです。この言葉は多くの人にとっては救いの一句ですが、私にとっては裁きの一句になりました。この聖書の意味は理屈としては分かるのですが、私の罪を無条件に赦してくださるという都合の良い言葉にうなずけない、実感として承知できないのです。ついに「私はイエス様を信じていない。信じられません」と心の中で叫んでしまったのです。
 その瞬間、私の魂は地獄の炎のなかに転び落ちてゆく、その姿をまざまざと見ました。これは深刻な地獄体験でして、この闇の体験を3日間するのです。3日目、昭和19年11月23日です。
 当時は新嘗祭(にいなめさい)という祭日です。朝から祭日にふさわしい刑務所なりの御馳走が出てきますが、私は食べません。無理に断食するのではないのですが、食べる気力がないのです。そして夕刻の一瞬、私は心に声ならぬ声を聞いたのです。
 「一人すべての人に代わりて死にたれば、凡ての人すでに死に
  たるなり」(コリント人への第二の手紙、文語訳)
 このみ言葉が声無き落雷のように私の心に響きました。私は一挙に悟りました。
 「私は救われた! 私は神の子になった。バンザイ!」
 福岡の刑務所の中庭の桑の木にすずめが鳴き声をあげて帰ってくる夕刻でした。もしそばに時計があったならば、この時刻も私ははっきり覚えることができたのに、と悔やまれます。
 石原兵永先生の「回心記」(新教出版社版)の101頁に、私のこの経験と全く同じ経験が書かれています。これは案外、珍しい経験らしいのです。自分の救いの一瞬、それを知っている人は少ないと聞いて、後に私はびっくりしました。
 聖書のお言葉を2つ3つ、そして「イエス様を信じましょう」と勧められて、簡単にイエス様を信じてクリスチャンになってしまった恵まれた人が、案外多いことも知って私は驚いたものです。
 標題にした「信仰の第一歩」ですが、実はいろいろあると言ってよいのです。まとめて言えばイエス様との出会いです。最初の12弟子たちは、イエス様に出会って「私に従って来なさい」というお言葉に単純に従い、短時日の間に「福音を宣べ、悪霊を追い出し、病気を癒す」ことさえ出来る使徒たちに変わりました。
 そこには私たちとは又、タイプの違う回心があったように思えます。この問題についても又、次回から述べたいと考えています。《く》

〔付記〕
今回のセミナーの各回のテープを作りました。(但し第4回の分は録音出来ませんでしたが)。ご希望の方にお頒けします。第1回「神の命を体現せよ」(エペソ5:1)、第2回「絶望より奇しき平和へ」(ローマ7:14~25)、第3回「神と出会え」(士師記6:1~14)、第5回a「聖潔は神の動的義化の結果」(ローマ20:28)」、第5回b「実技的祈祷法etc.」(第一コリント12:1~11)《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2005-10-16 00:00 | 日岡だより

No.197 キリストは道である 2005.10.9

キリストは道である

    一、人生という旅の「道」で

 今も尚、時おりテレビで再映される「道」という往年のイタリアの名画がある。「道」という言葉は、私たちに人生を考えさせる。
 イエス様の有名な例話に「良きサマリヤ人」というのがある。一人のユダヤ人が旅の途中、強盗にあった。半死半生の目にあって道のかたわらに捨てられた。そこを祭司も宮仕えの者たちも彼を見て見ぬふりをして通り過ぎた。しかるに、一人のサマリヤ人が通りかかり、(彼らは平素ユダヤ人たちから蔑視され交際も避けられていた種族であったが)、傷を受けたユダヤ人を気の毒に思い、傷の手当をして近くの旅篭屋まで連れていってやった、という話である。そこで、欧米ではこうした親切なふるまいをする人をグッドサマリタン(良きサマリヤ人)と言う。
 先日、こんな新聞記事を見た。調(しらべ)洋介君という22歳の青年だが、豪州でオートバイで夜の道をとばしていて牡牛にぶっつかって横転、即死した。豪州内陸部での夜のドライブは、路上をわたる動物などで危険この上もない、人々はそういう無謀なドライブは避けるのが常識だという。そして洋介君も、その事を知らなかったはずはないという。どうしてそんな無謀な運転をしたのか。意外なことが分かった。
 洋介君はホテルのロビーで、一人の旅行者が「途中でアボリジニの家族がガソリンを切らして立ち往生していた」と話しているのを聞いた。しかし誰ひとり、そのアボリジニを助けに行こうという人がいない。そこで、洋介君はガソリン缶を持ってオートバイで飛び出していったというのである。ちなみにアボリジニとは豪州大陸の先住民族の人たちである。前述のサマリヤ人と同じように差別され軽視されたのだと推測しても、あながち間違いではあるまい。現地の新聞には、この洋介君をサマリタンと呼んで、我々は彼の名前をけっして忘れないだろうとあったという。洋介君は人生という旅の夜の「道」を尊く駆け抜いたのです。

    二、日本人の好きな「道」

 日本人はもともと「道」という言葉が好きである。茶道、華道、剣道、柔道、弓道。私の敬愛するA女史はハガキ道を唱導する。キリスト教でも、キリスト教と言わないでキリスト道という人がある。聖書にもキリスト教のことを「この道」と書いているところがあるくらいだから、それも悪くあるまい。日本人が「道」と言うとき、それが何ものであれ、それを徹底して継続修錬することによって宇宙に内在する普遍の真理を把握しようとする哲学を感じているのである。
 さて、PL教団という宗教団体があるが、昔は「人の道」と言った。たしかに、人の道を教え、人の道を守ることは大切である。なるほどキリスト教でも人の道を教える。「親を敬いなさい」、「盗みをしてはいけない」、「嘘を言ってはいけない」、「勤勉でありなさい」等々。それは人類の諸集団の中での、凡そ共通の倫理規定であり、各人の良心もそれを承認する。
 しかし、聖書が教える福音の骨格はそれとは異なる。聖書は他のところでこう言う、「人は心に自分の道を考え計る、しかし、その歩みを導く者は主である」(箴言16:9)。
 聖書の中心をなす神の啓示は、人間の理性や良心では「考え計る」ことが出来ない意図と力を持っている。人間の死と無力に挑戦する神の御心である。

    三、「道」 以 上 の 方

 イエスは言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネの福音書14:6上)と。しかし、言葉を逆に配置して、「道はキリストである、真理もキリストである、命もキリストである」とは言えないのだ。ここが問題である。
 イエスはこうも言われた、「だれでもわたしによらないでは、父(神)のみもとに行くことはできない」(ヨハネの福音書14:6下)と。この「わたしによらないでは」という言葉に注意しよう。つまり、肝心な原理は、イエスご自身だと言うことです。このイエス様のご人格を抜きにして、単に「道だ、真理だ、命だ」と言っても、それはキリストの福音の能力や性質を説明したということに留まります。(たとえば電気とかエネルギーとかいう、そのものをズバリを説明することはむつかしい。しかし、その能力や性質を説明することは簡単にできます。それに似ています)。
 世にある高品位の宗教や道徳、哲学、それはそれですばらしいものです。しかし、そこには人格として神の明確な啓示がないのです。そして、諸宗教は熱心に人格的神(唯一の創造主)を求めていると私は思うのです。たとえば仏教ですと、真言宗が大日如来を、浄土宗系が阿弥陀如来という名を択一的に選び、その本体を霧中に摸索しているように見えます。
 この人類を生み出したものが、自然や法則の程度のものであるはずはない。噴水が水源よりも高くあがるはずはない。実に人間を越えて、更に人間以上に人間的な、唯一者たる創造主が居られなければ、私たち人間がここに存在するはずは無い。
 キリストはこの創造主が万物創造の命令をされた、そのコトバの具現者です。もうちょっと言い替えれば、神の内部にあるコトバが神の指として、人の形をとって現れた方、地上の死と罪と悪を癒されるために下って来られたお方なのです。
(1994・4・21、祈祷会にて)


すべては神の栄光のために

 アメリカに生まれた「成功哲学」の通信講座にSMIという名門があります。その創立者ポール・J・マイヤーさんの講演、「人生成功の鍵は目標設定にある」というのは有名です。
           *
 先日、テレビで黒柳徹子さんの時間だったか、40歳代の俳優さんが出ていて、最近豪邸を建てたという。地下室に映画を映写出来るシアタールームを造ったなどという。それがあまり自慢ったらしく嫌らしくない。聞いていると、私は一生に家を3回建てようと思っていた。これが2軒目の家です。老人になったら、もっと簡素な侘び住まいできる家を建てたいなどと言う。面白いことを言うなあと思っていると、その理由が分かった。
 この人のお父さんはしがない流しの歌い手さんであったが、ある時「さあ、俺は10年したら家を建てるぞー」と叫んだそうだ。1曲歌って幾ら貰えれるのか知らないが、町々を流して歩くこのお父さんが10年目に、かつて宣言したとおり家を建てたそうだ。
 その父親の姿を見て、今、俳優をしているその息子さんは側で身震いしたと言う。
 その感激と、その目標宣言のすばらしさに心を打たれた息子さんは、自分一代で家を3軒建てようなどと奇抜な発想を立てたのですね。まさに「目標設定は人生成功の鍵」です。
              *
 イエス様は聖書のお約束どおり、ユダヤのベツレヘムに生まれました。そしてナザレという田舎の村で成長されました。父親のヨセフに従って大工の仕事を覚えられ、又その仕事に励んで一家を支えられたことと思います。ところが突然、30歳のころ、伝道に乗り出されるのです。何故でしょう。もちろん、父なる神様の思し召しに従ったのです。そこにイエス様の人生の目標があります。
 イエス様はご自分の人生の目標をちゃんとおっしゃっておられます。マタイ20:28、マルコ10:45にこうあります。
 「人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである」。
 まさに、イエス様はご自分の命を捨てるために地上に来られた。それがイエス様の人生の目標でした。だからこそ、十字架の上で今や息を引き取ろうとされる時「テテレスタイ」(「成就せり」の言、ヨハネ19:30参照)と、大声を発せられたのです。
 イエス様は、そのほかにも自分は何の為にこの世に来たのか、福音書に少なくとも18回ほどおっしゃっておられると思いますが、その究極はこの「多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである」にこめられています。そしてもう一つ大事な言葉はヨハネ17章に繰り返される「父なる神の栄光をあらわすため」、これこそ又、更にイエス様の生涯の目標、十字架の目標だったと言い切って差し支えないでしょう。しかり、すべては、神の栄光のためなのであります。《く》

〔あとがき〕
最近、10年ほど前の週報を読み返す事がある。今週も1994年の私の小篇を再掲したが、多少ズルを決め込んだ点もあるが、それだけではない。今の私にとって捨てがたい魅力があるので、つい取り上げてみた。読者のみなさん、お許しあれ。▼今月から来月にかけて、当教会をはじめ各教会に特別集会が多い。できるだけ丹念に参加し、多くの恵みを頂戴したいものである。小生も2、3の講壇のご奉仕がある。ご加祷ください。《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2005-10-09 00:00 | 日岡だより

No.196 オズボーン師の教えの新面目 2005.10.2

オズボーン師の教えの新面目

 何度か申し上げたが、私のオズボーン先生による神癒の開眼は、多分先生の初著だったであろう「キリストによる癒し」という本によってなのであった。この本の新訳が今回リリアの会場に出ていたので、買って帰った。開いてみると訳は違うけれども、内容はいささかも違わない。先生の癒しにたいする姿勢は少しも変わっていないなと、あらためて先生の信仰の息の長さに感心したのである。
 他の、新しい先生の本もよいが、癒しに関する限り、簡約なテキストとしてはこの「キリストによる癒し」が一番良いと思う。特に病気の方で自分に当てはめて癒しを求める方には、この本が一番良いと思う。推薦します。
 ところで今回、先生に接してたった一つ、先生変わったな。新しい境地を開いたな。と思えた重大な教えがありました。それはイエス様こそ、私たちの模範である。私たちのモデルである、ということです。
 今回、会場で配布した先生の「私の信仰の宣言」というパンフレットに、こういう文章が載っています。
「神は私を神に似るものとして造られました。私は神の子どもです。あなたは私のモデルです。私はあなたを熱心に真似ることを選びます。
 あなたが生きた命に私も今、生きます。あなたが油注いだ聖霊が、私を通して働かれます。あなたの奇蹟の命が私の中に解き放たれることを理解します。神はあなたをとおしてみ業をなされました。今それが、私を通して続けられています」。
 そうです。確かにパウロもエペソ5:1で言っていました。「あなたがたは、神に愛される子供として、神にならう者になりなさい」と。《く》
 

主にあって強くなりなさい 

 去る9月29日の夜、橋本先生のカルバリ・チャーチで在原繁先生の宣教報告集会があった。私は妻の入院している湯布院の厚生年金病院に行っていたので、少々開会に遅れたけれど、先生のメッセージはすべて聞くことが出来たので、感謝であった。
 私は多分、先生とは1993年8月の宮崎の青島聖会で初めてお会いしたのではないかと思う。当時、先生は44歳であったから、今年56歳か、世間ならば、ぼつぼつ定年引退を考える年配だが、先生はまだまだ元気一杯、再び宣教地アルゼンチンに帰られるのであろう。羨望に堪えない。
 先生のメッセージは正に先生の熱い信仰生涯の証しに他ならない。先生はご自分を「弱い者」と言われた。「何度も絶望の極限から救われた」者として表現された。そこに「主にあって、その偉大な力によって強く」(エペソ6:10)された者の勝利の宣言があった。
 私はこのみ言葉に始まる例の悪魔の策略に対抗して立ちうるため」の「神の武具」についてのパウロの教えを想起した。
            *
 先生はいう。「私は弱い者です。自分の心をさぐると、汚れた醜い思い、不安や不信仰が一杯でたまりません。そのドン底から主に救い上げられて、やっと立ち上がるのです」というように言われる。
 そこには景気のよい「勝利や成功、幸福の神学」はない。現今流行の「繁栄神学」ではない。言わば「絶望の神学」である。私の心は激しく打たれた。
 私のもともとの信仰の原点こそ、それであった。私は絶望のドン底に陥り、地獄に落ちて行く炎の中の自分を見て、「我、生まれざりし方、良かりしものを」(マタイ26:24参照)」と嘆いたあの日を思い出したのである。
 人間の肉体を想像するとき、その肉体を死に至らしめられる至近の個所は、心臓か、肺か、そして脳であろう。この心臓や肺の胸部や、また脳を護るものは何か。エペソ人への手紙第6章14節以下に、こう言う。「正義の胸当を胸に、救いのかぶとを頭につけよ」と。 心臓は血を全身にめぐらせ、肺臓は息を司さどって血液を浄化する。この部所が侵されると、生命の危険と不安を直感させる。私は喘息と狭心症の持病があるので、この感覚がよく分かる。この不安を解くものは「正義の胸当」、それはキリストにある「神の義」である。
 私は、先生がご自分の絶望的弱さを告白する時、無力感というより、心にひそむ罪や汚れ、不純の思いをおっしゃるので驚いたのである。宣教地に有り勝ちな異民族間にある葛藤や軋轢、経済や暴力的不安などを語るかと思いきや、先生は思春期の乙女が口にするような魂の汚辱感を語られたのである。
 宣教師としては思いもかけないその純朴な魂の痛みに私は驚いたが、またその痛みを覆うものは主の十字架の御血潮しかないと言われる先生の信仰の深みに感動したのである。まして脳天をやられるような命の極部を襲う悪魔の攻撃に対しては、主の救いの兜をかぶるしかないのである。
            *
 在原先生のお証で最も感動したのは、預言のみ言葉の凄さ、そのみ言葉が先生の生涯に実現してゆく凄さである。私は先生のお話を聞く時、筆記道具を持ってなかったので、何もメモを取っていない。困っているのだが、だから私の書くことや引用は正確を欠くけれどもご容赦願いたい。
 先生が初め宣教師として決断された時、あるいはその決断をさせられた時、ある預言者をとおして主様からのみ言葉が与えられた。それは神様がアブラハムか、モーセに与えられた派遣のみ言葉に似ていた。たとえば、モーセにたいして神様はこう言われている。
 「わたしは全能の神である。
  あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。
  わたしはあなたと契約を結び、
  大いにあなたの子孫を増すであろう」。
             (創世記17・1、2)
 この言葉は先生を宣教師として海外に派遣する約束の言葉であった。その後も、これと全く同じ言葉が他の方をとおして語られたらしい。特に最後の3度目の預言の際、
 「これで、すべては整えられた。もう預言はこれで
 終わりである」。
 というような言葉がつけ加えられたという。前述したとおり私の曖昧な記憶であって正確ではないが、お許しください。
 そして、翌日だったか、目的国のアルゼンチンの永住権許可の通知があり、渡航旅費の全額供与が知らされたという。預言は全く成就したのである。
 在原先生にお会いすれば分かるが、先生は何も物々しい霊的人物のような雰囲気はない。やさしい暖かい物腰の方である。しかし、先生は祈りの方だ。そこに先生の秘訣があるに違いない。
 カルバリ・チャーチでの特別集会の最後、先生のお話がおわり、それから椅子を周囲に片付けて、私たち牧師も会衆一同も集められ手をつないで祈りの時間を設けられた。1時間の間、会堂を圧して激しい祈りが持たれ、私などはくたくたになった。ご奉仕の在原先生に、またすばらしい場所を与えてくださった橋本先生に感謝する。いいえ、更に大きな感謝を神様に捧げたいのです。《く》

〔あとがき〕
私は最近、難聴の傾向が深まり、しかも、この癒しはなかなかはかどらず、オズボーン先生の癒し集会に期待して行ったら、セミナーでは全く癒しの気配もなく、その点多少がっかりして帰ったというのも事実です。▼ところで先日ある姉妹から電話があり、私の難聴者としての癖で、よく聞こえてもいないのに、いい加減に元気よく返事してしまい、あとで心配して問い合わせたら、難病の心配があったので、私に電話した後、医者に行った処、心配なことは何も無かったとのこと、今これを書いている机上に速達のご返事が来た。私もお陰で大いに感謝、感謝! 今後はいい加減な返事は絶対しませんね。▼ともあれヘーゲン先生でさえ、自分の病気の癒しは難しい、痛みが自分の現実ですからね、と言っています。ヘーゲン先生の率直なお言葉で私も安心したことですが、やはり恥ずかしいですね。しかし、だからこそ、互いに祈り合うことが大切なのです。大先生でも「祈って下さいよ」と言っていますからね。《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2005-10-02 00:00 | 日岡だより