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No.198 第一次産業者に福音を 2005.10.16

第一次産業者に福音を

 リバイバル新聞の10月9日号5面に「第一次産業とトランスフォーメーション」という論文が出ていました。石松正美さんとおっしゃる方の所見です。多分、牧師先生と思いますが、私の知らない方です。
 それはともかく、あまりこれまで聞かなかったご意見ですので驚きました。第一次産業とは農業や漁業です。特に私たちには、田圃や畑で働くお百姓さんの姿を脳裏に浮べます。それから林業もあります。こうした第一次産業は、神の「祝福と呪い」の原則に密着する産業である、と言って申命記第二八章を指摘されています。詳しくはリバイバル新聞10月9日号をご覧ください。
 最近、時おり、JRで旅をしますが、田舎の淋しい場所に小さな古びた社(やしろ)を見ることがあります。貧乏な神社で、やっと持ちこたえている感じですが、しかし倒れないで昔から続いている様子、部落の人々の心の寄り所なのでしょうか。土に息づいている庶民の土俗信仰が伺えます。
 いや、土俗信仰などと嗤っておれない、太古の昔から続く日本民族の精神構造にある地下水のような根深い庶民信仰を感じます。いわば日本人の根底にある古来神道の流れでしょうか。息の長い地縛霊の支配を感じます。大地に滲みついて、先祖代々の村人に影響を与えてきた悪霊どもに違いないです。
 こいつらに戦いをいどんで勝利する農村伝道をしたいものです。西洋からはいってきた明治以降の文化的伝道は、これに対して甘かったのだと思います。そんなことを考えていた時、この石松先生の「農村の祝福がトランスフォーメーションの基礎である」とのご意見に接して、膝を叩いたことです。《く》


信仰の第一歩

 今回、10月19日と20日にかけて信徒セミナーを開きました。セミナー(勉強会)とは言っても聖会のような感じです。しかしやはり、信仰の成長過程を、私なりの経験を加えて、相当教室風に綿密に語ったつもりです。その結果は、私の自己評価ではまだまだ不満でして、参加者の皆さんには申し訳ないと思いました。
 でも、皆さんはそれぞれ喜んでくれ、「今回のセミナーは恵まれました。今後は春、秋と年に2回してください」というような嬉しい報告も聞きました。
 さて、この信徒セミナーで私のお話した内容の概略を、かなり自由に編集しなおして以下に書かせて頂きました。テープも作りましたが、テープとはだいぶ違ったものになろうかと思いますが、お許しください。テープはテープでそれなりの味があろうかと思いますので、お聞き下さい。
              *
 第1セッション19日の主日礼拝の説教で代用です。初期の信仰がどのようにして始まるかということと、初期の信仰でも時に強力な表現を呈することがある、その秘密と言ったことを話したつもりです。初期の信仰とは私の経験としては明確な回心です。よく、書いたり話したりしますが、私の回心は昭和19年11月23日、太平洋戦争のまっ只中、福岡の刑務所の厳正独居の中での回心でした。
 厳正独居というのは、昔は禁固という刑がありました。その禁固の人が受ける厳密な独居刑です。一日中、3畳敷くらいの部屋で座ったきりですから、たいていの人は重労働の服役よりも辛いでしょう。しかし、私には快適でした。
 食べ物も上げ膳、下げ膳。お風呂は粗末といえども一人専用、熱湯と水が自分の思うままにハンドル一つで出てくるのですから、当時の日本の世相のなかでは恵まれた(?)環境です。第一刑務所は清潔でしてね、ノミもシラミも出ません。警察の留置場は、それと全く反対です。ですから、留置場に居る人は虚偽の自白をしてでも早く刑務所に行きたかったほどです。起訴されて刑務所に行く同室の奴らには「良かったなあ」と祝ったものです。
 私は初めは普通の雑居房(囚人が7、8名一緒に居る)に入れられました。労役は一般工場のなかでも、ごく新人むきの軽い仕事、麻布を袋の形に縫い上げる作業でした。行嚢(こうのう)と言って、軍用飛行機で運んで行って、前線の友軍に必要物資をパラシュートで落す時に使う、その入れ物なのです。
 私は戦争に絶対反対でした。それから起る徴兵忌避事件を中心に起訴されて(くわしいことは又いつか書きます)、最終の落ち着いた場所が戦争用の軍事物資を作る作業ですから、その矛盾に苦しみました。
 さて、私のような者は一般工場で一般囚人と一緒に就役するのは良くないと戒護課長さんが判断したらしい、私は福岡の刑務所に入ってから3か月目に独居房に移されたのでした。
              *
 独居房の生活は、決して楽ではありません。先に「快適だ」と書きましたが、多少強がりですよ、淋しいのは当然です。私は家に残してきたただ一人の母を想って泣きました。とは言え、これはかねてから望んでいた隠遁生活の一つではないか、プロテスタントには修道院が無いから、刑務所でも入ってみたいなあと思っていましたから、その願いがかなったわけです。
 ただ困るのは、聖書が手もとにないことでした。刑務所で月に2冊の図書借入れが出来ます。囚人たちは図書カードをめくって2冊選び出し、囚人図書係に頼んでおきさえすれば、各監房に入れてくれるのです。
 ところが私が聖書を申込みますと、戒護課長の許可が下りない。キリスト教の教えで反戦主義者になった奴に、どうして聖書なんか貸出しできるかということでしょう。しかし、私は懲りずに何べんも聖書を申込みました。すると、ただ一度だけ囚人の図書係がウインクして聖書を回してくれました。私はその聖書をむさぼり読んだです。
 独居房というところでは、囚人を退屈させて困らせる所ですから、仕事は無いことはないけれども、仕事の量は少ないのです。私の仕事は海軍専用の封筒貼りでしたが、片目で聖書を拾い読みしつつ、その仕事をこなす余裕がありました。この時ほど、聖書を読んだことはないでしょうね。聖書をうんと読みたい人は刑務所の独居房に入れて貰うとよいですよと、冗談を言うくらいです。
              *
 ちょっと触れましたが、戦争に反対して、ついに刑務所に行くのですから、戦時下のことです、評判の軍隊以上の過酷な重労働やリンチめいた制裁や暴行を受けるだろうということは覚悟していました。ところが、案外刑務所という所は平穏なんです。私はホッとしましたが、困ったのは軍事物資を作らせられたことです。
 軍事物資など大仰なことを言うようですが、あの行嚢と言い、独居房での封筒貼りと言い、みな軍用のもの。私はうつむいて考えましたね。「ここまで来て、なんで軍用なのか」と。
 それどころか、一人独居房に居ると、もやもやと心に湧き起る雑念に悩まされ始めました。雑念というより妄想です。こんなにまで、つまらない思いや、悪念や、狂わしい思いが宿っているものかと、自分の潜在意識の汚いこと、みじめなこと、恥ずかしいことに、びっくりしました。
 そして自分は如何に汚れた人間か、神様に遠く離れた罪人か、学んでいた聖書の罪指摘の言葉に圧倒されはじめたのです。こんな自分は死ぬほかはないと、仏教風や精神修養の書にある「自分に死ね」という言葉に私は付きまとわれました。
 ところがその時、私はふと聖書の言葉を思い出しました。「キリストを信じる信仰によって義とされる」(ガラテヤ2:16節参照)。実は、この聖書の言葉で私は塗炭の苦しみに会うのです。この言葉は多くの人にとっては救いの一句ですが、私にとっては裁きの一句になりました。この聖書の意味は理屈としては分かるのですが、私の罪を無条件に赦してくださるという都合の良い言葉にうなずけない、実感として承知できないのです。ついに「私はイエス様を信じていない。信じられません」と心の中で叫んでしまったのです。
 その瞬間、私の魂は地獄の炎のなかに転び落ちてゆく、その姿をまざまざと見ました。これは深刻な地獄体験でして、この闇の体験を3日間するのです。3日目、昭和19年11月23日です。
 当時は新嘗祭(にいなめさい)という祭日です。朝から祭日にふさわしい刑務所なりの御馳走が出てきますが、私は食べません。無理に断食するのではないのですが、食べる気力がないのです。そして夕刻の一瞬、私は心に声ならぬ声を聞いたのです。
 「一人すべての人に代わりて死にたれば、凡ての人すでに死に
  たるなり」(コリント人への第二の手紙、文語訳)
 このみ言葉が声無き落雷のように私の心に響きました。私は一挙に悟りました。
 「私は救われた! 私は神の子になった。バンザイ!」
 福岡の刑務所の中庭の桑の木にすずめが鳴き声をあげて帰ってくる夕刻でした。もしそばに時計があったならば、この時刻も私ははっきり覚えることができたのに、と悔やまれます。
 石原兵永先生の「回心記」(新教出版社版)の101頁に、私のこの経験と全く同じ経験が書かれています。これは案外、珍しい経験らしいのです。自分の救いの一瞬、それを知っている人は少ないと聞いて、後に私はびっくりしました。
 聖書のお言葉を2つ3つ、そして「イエス様を信じましょう」と勧められて、簡単にイエス様を信じてクリスチャンになってしまった恵まれた人が、案外多いことも知って私は驚いたものです。
 標題にした「信仰の第一歩」ですが、実はいろいろあると言ってよいのです。まとめて言えばイエス様との出会いです。最初の12弟子たちは、イエス様に出会って「私に従って来なさい」というお言葉に単純に従い、短時日の間に「福音を宣べ、悪霊を追い出し、病気を癒す」ことさえ出来る使徒たちに変わりました。
 そこには私たちとは又、タイプの違う回心があったように思えます。この問題についても又、次回から述べたいと考えています。《く》

〔付記〕
今回のセミナーの各回のテープを作りました。(但し第4回の分は録音出来ませんでしたが)。ご希望の方にお頒けします。第1回「神の命を体現せよ」(エペソ5:1)、第2回「絶望より奇しき平和へ」(ローマ7:14~25)、第3回「神と出会え」(士師記6:1~14)、第5回a「聖潔は神の動的義化の結果」(ローマ20:28)」、第5回b「実技的祈祷法etc.」(第一コリント12:1~11)《く》
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by hioka-wahaha | 2005-10-16 00:00 | 日岡だより

No.197 キリストは道である 2005.10.9

キリストは道である

    一、人生という旅の「道」で

 今も尚、時おりテレビで再映される「道」という往年のイタリアの名画がある。「道」という言葉は、私たちに人生を考えさせる。
 イエス様の有名な例話に「良きサマリヤ人」というのがある。一人のユダヤ人が旅の途中、強盗にあった。半死半生の目にあって道のかたわらに捨てられた。そこを祭司も宮仕えの者たちも彼を見て見ぬふりをして通り過ぎた。しかるに、一人のサマリヤ人が通りかかり、(彼らは平素ユダヤ人たちから蔑視され交際も避けられていた種族であったが)、傷を受けたユダヤ人を気の毒に思い、傷の手当をして近くの旅篭屋まで連れていってやった、という話である。そこで、欧米ではこうした親切なふるまいをする人をグッドサマリタン(良きサマリヤ人)と言う。
 先日、こんな新聞記事を見た。調(しらべ)洋介君という22歳の青年だが、豪州でオートバイで夜の道をとばしていて牡牛にぶっつかって横転、即死した。豪州内陸部での夜のドライブは、路上をわたる動物などで危険この上もない、人々はそういう無謀なドライブは避けるのが常識だという。そして洋介君も、その事を知らなかったはずはないという。どうしてそんな無謀な運転をしたのか。意外なことが分かった。
 洋介君はホテルのロビーで、一人の旅行者が「途中でアボリジニの家族がガソリンを切らして立ち往生していた」と話しているのを聞いた。しかし誰ひとり、そのアボリジニを助けに行こうという人がいない。そこで、洋介君はガソリン缶を持ってオートバイで飛び出していったというのである。ちなみにアボリジニとは豪州大陸の先住民族の人たちである。前述のサマリヤ人と同じように差別され軽視されたのだと推測しても、あながち間違いではあるまい。現地の新聞には、この洋介君をサマリタンと呼んで、我々は彼の名前をけっして忘れないだろうとあったという。洋介君は人生という旅の夜の「道」を尊く駆け抜いたのです。

    二、日本人の好きな「道」

 日本人はもともと「道」という言葉が好きである。茶道、華道、剣道、柔道、弓道。私の敬愛するA女史はハガキ道を唱導する。キリスト教でも、キリスト教と言わないでキリスト道という人がある。聖書にもキリスト教のことを「この道」と書いているところがあるくらいだから、それも悪くあるまい。日本人が「道」と言うとき、それが何ものであれ、それを徹底して継続修錬することによって宇宙に内在する普遍の真理を把握しようとする哲学を感じているのである。
 さて、PL教団という宗教団体があるが、昔は「人の道」と言った。たしかに、人の道を教え、人の道を守ることは大切である。なるほどキリスト教でも人の道を教える。「親を敬いなさい」、「盗みをしてはいけない」、「嘘を言ってはいけない」、「勤勉でありなさい」等々。それは人類の諸集団の中での、凡そ共通の倫理規定であり、各人の良心もそれを承認する。
 しかし、聖書が教える福音の骨格はそれとは異なる。聖書は他のところでこう言う、「人は心に自分の道を考え計る、しかし、その歩みを導く者は主である」(箴言16:9)。
 聖書の中心をなす神の啓示は、人間の理性や良心では「考え計る」ことが出来ない意図と力を持っている。人間の死と無力に挑戦する神の御心である。

    三、「道」 以 上 の 方

 イエスは言われた、「わたしは道であり、真理であり、命である」(ヨハネの福音書14:6上)と。しかし、言葉を逆に配置して、「道はキリストである、真理もキリストである、命もキリストである」とは言えないのだ。ここが問題である。
 イエスはこうも言われた、「だれでもわたしによらないでは、父(神)のみもとに行くことはできない」(ヨハネの福音書14:6下)と。この「わたしによらないでは」という言葉に注意しよう。つまり、肝心な原理は、イエスご自身だと言うことです。このイエス様のご人格を抜きにして、単に「道だ、真理だ、命だ」と言っても、それはキリストの福音の能力や性質を説明したということに留まります。(たとえば電気とかエネルギーとかいう、そのものをズバリを説明することはむつかしい。しかし、その能力や性質を説明することは簡単にできます。それに似ています)。
 世にある高品位の宗教や道徳、哲学、それはそれですばらしいものです。しかし、そこには人格として神の明確な啓示がないのです。そして、諸宗教は熱心に人格的神(唯一の創造主)を求めていると私は思うのです。たとえば仏教ですと、真言宗が大日如来を、浄土宗系が阿弥陀如来という名を択一的に選び、その本体を霧中に摸索しているように見えます。
 この人類を生み出したものが、自然や法則の程度のものであるはずはない。噴水が水源よりも高くあがるはずはない。実に人間を越えて、更に人間以上に人間的な、唯一者たる創造主が居られなければ、私たち人間がここに存在するはずは無い。
 キリストはこの創造主が万物創造の命令をされた、そのコトバの具現者です。もうちょっと言い替えれば、神の内部にあるコトバが神の指として、人の形をとって現れた方、地上の死と罪と悪を癒されるために下って来られたお方なのです。
(1994・4・21、祈祷会にて)


すべては神の栄光のために

 アメリカに生まれた「成功哲学」の通信講座にSMIという名門があります。その創立者ポール・J・マイヤーさんの講演、「人生成功の鍵は目標設定にある」というのは有名です。
           *
 先日、テレビで黒柳徹子さんの時間だったか、40歳代の俳優さんが出ていて、最近豪邸を建てたという。地下室に映画を映写出来るシアタールームを造ったなどという。それがあまり自慢ったらしく嫌らしくない。聞いていると、私は一生に家を3回建てようと思っていた。これが2軒目の家です。老人になったら、もっと簡素な侘び住まいできる家を建てたいなどと言う。面白いことを言うなあと思っていると、その理由が分かった。
 この人のお父さんはしがない流しの歌い手さんであったが、ある時「さあ、俺は10年したら家を建てるぞー」と叫んだそうだ。1曲歌って幾ら貰えれるのか知らないが、町々を流して歩くこのお父さんが10年目に、かつて宣言したとおり家を建てたそうだ。
 その父親の姿を見て、今、俳優をしているその息子さんは側で身震いしたと言う。
 その感激と、その目標宣言のすばらしさに心を打たれた息子さんは、自分一代で家を3軒建てようなどと奇抜な発想を立てたのですね。まさに「目標設定は人生成功の鍵」です。
              *
 イエス様は聖書のお約束どおり、ユダヤのベツレヘムに生まれました。そしてナザレという田舎の村で成長されました。父親のヨセフに従って大工の仕事を覚えられ、又その仕事に励んで一家を支えられたことと思います。ところが突然、30歳のころ、伝道に乗り出されるのです。何故でしょう。もちろん、父なる神様の思し召しに従ったのです。そこにイエス様の人生の目標があります。
 イエス様はご自分の人生の目標をちゃんとおっしゃっておられます。マタイ20:28、マルコ10:45にこうあります。
 「人の子がきたのも、仕えられるためではなく、仕えるためであり、また多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである」。
 まさに、イエス様はご自分の命を捨てるために地上に来られた。それがイエス様の人生の目標でした。だからこそ、十字架の上で今や息を引き取ろうとされる時「テテレスタイ」(「成就せり」の言、ヨハネ19:30参照)と、大声を発せられたのです。
 イエス様は、そのほかにも自分は何の為にこの世に来たのか、福音書に少なくとも18回ほどおっしゃっておられると思いますが、その究極はこの「多くの人のあがないとして、自分の命を与えるためである」にこめられています。そしてもう一つ大事な言葉はヨハネ17章に繰り返される「父なる神の栄光をあらわすため」、これこそ又、更にイエス様の生涯の目標、十字架の目標だったと言い切って差し支えないでしょう。しかり、すべては、神の栄光のためなのであります。《く》

〔あとがき〕
最近、10年ほど前の週報を読み返す事がある。今週も1994年の私の小篇を再掲したが、多少ズルを決め込んだ点もあるが、それだけではない。今の私にとって捨てがたい魅力があるので、つい取り上げてみた。読者のみなさん、お許しあれ。▼今月から来月にかけて、当教会をはじめ各教会に特別集会が多い。できるだけ丹念に参加し、多くの恵みを頂戴したいものである。小生も2、3の講壇のご奉仕がある。ご加祷ください。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-10-09 00:00 | 日岡だより

No.196 オズボーン師の教えの新面目 2005.10.2

オズボーン師の教えの新面目

 何度か申し上げたが、私のオズボーン先生による神癒の開眼は、多分先生の初著だったであろう「キリストによる癒し」という本によってなのであった。この本の新訳が今回リリアの会場に出ていたので、買って帰った。開いてみると訳は違うけれども、内容はいささかも違わない。先生の癒しにたいする姿勢は少しも変わっていないなと、あらためて先生の信仰の息の長さに感心したのである。
 他の、新しい先生の本もよいが、癒しに関する限り、簡約なテキストとしてはこの「キリストによる癒し」が一番良いと思う。特に病気の方で自分に当てはめて癒しを求める方には、この本が一番良いと思う。推薦します。
 ところで今回、先生に接してたった一つ、先生変わったな。新しい境地を開いたな。と思えた重大な教えがありました。それはイエス様こそ、私たちの模範である。私たちのモデルである、ということです。
 今回、会場で配布した先生の「私の信仰の宣言」というパンフレットに、こういう文章が載っています。
「神は私を神に似るものとして造られました。私は神の子どもです。あなたは私のモデルです。私はあなたを熱心に真似ることを選びます。
 あなたが生きた命に私も今、生きます。あなたが油注いだ聖霊が、私を通して働かれます。あなたの奇蹟の命が私の中に解き放たれることを理解します。神はあなたをとおしてみ業をなされました。今それが、私を通して続けられています」。
 そうです。確かにパウロもエペソ5:1で言っていました。「あなたがたは、神に愛される子供として、神にならう者になりなさい」と。《く》
 

主にあって強くなりなさい 

 去る9月29日の夜、橋本先生のカルバリ・チャーチで在原繁先生の宣教報告集会があった。私は妻の入院している湯布院の厚生年金病院に行っていたので、少々開会に遅れたけれど、先生のメッセージはすべて聞くことが出来たので、感謝であった。
 私は多分、先生とは1993年8月の宮崎の青島聖会で初めてお会いしたのではないかと思う。当時、先生は44歳であったから、今年56歳か、世間ならば、ぼつぼつ定年引退を考える年配だが、先生はまだまだ元気一杯、再び宣教地アルゼンチンに帰られるのであろう。羨望に堪えない。
 先生のメッセージは正に先生の熱い信仰生涯の証しに他ならない。先生はご自分を「弱い者」と言われた。「何度も絶望の極限から救われた」者として表現された。そこに「主にあって、その偉大な力によって強く」(エペソ6:10)された者の勝利の宣言があった。
 私はこのみ言葉に始まる例の悪魔の策略に対抗して立ちうるため」の「神の武具」についてのパウロの教えを想起した。
            *
 先生はいう。「私は弱い者です。自分の心をさぐると、汚れた醜い思い、不安や不信仰が一杯でたまりません。そのドン底から主に救い上げられて、やっと立ち上がるのです」というように言われる。
 そこには景気のよい「勝利や成功、幸福の神学」はない。現今流行の「繁栄神学」ではない。言わば「絶望の神学」である。私の心は激しく打たれた。
 私のもともとの信仰の原点こそ、それであった。私は絶望のドン底に陥り、地獄に落ちて行く炎の中の自分を見て、「我、生まれざりし方、良かりしものを」(マタイ26:24参照)」と嘆いたあの日を思い出したのである。
 人間の肉体を想像するとき、その肉体を死に至らしめられる至近の個所は、心臓か、肺か、そして脳であろう。この心臓や肺の胸部や、また脳を護るものは何か。エペソ人への手紙第6章14節以下に、こう言う。「正義の胸当を胸に、救いのかぶとを頭につけよ」と。 心臓は血を全身にめぐらせ、肺臓は息を司さどって血液を浄化する。この部所が侵されると、生命の危険と不安を直感させる。私は喘息と狭心症の持病があるので、この感覚がよく分かる。この不安を解くものは「正義の胸当」、それはキリストにある「神の義」である。
 私は、先生がご自分の絶望的弱さを告白する時、無力感というより、心にひそむ罪や汚れ、不純の思いをおっしゃるので驚いたのである。宣教地に有り勝ちな異民族間にある葛藤や軋轢、経済や暴力的不安などを語るかと思いきや、先生は思春期の乙女が口にするような魂の汚辱感を語られたのである。
 宣教師としては思いもかけないその純朴な魂の痛みに私は驚いたが、またその痛みを覆うものは主の十字架の御血潮しかないと言われる先生の信仰の深みに感動したのである。まして脳天をやられるような命の極部を襲う悪魔の攻撃に対しては、主の救いの兜をかぶるしかないのである。
            *
 在原先生のお証で最も感動したのは、預言のみ言葉の凄さ、そのみ言葉が先生の生涯に実現してゆく凄さである。私は先生のお話を聞く時、筆記道具を持ってなかったので、何もメモを取っていない。困っているのだが、だから私の書くことや引用は正確を欠くけれどもご容赦願いたい。
 先生が初め宣教師として決断された時、あるいはその決断をさせられた時、ある預言者をとおして主様からのみ言葉が与えられた。それは神様がアブラハムか、モーセに与えられた派遣のみ言葉に似ていた。たとえば、モーセにたいして神様はこう言われている。
 「わたしは全能の神である。
  あなたはわたしの前に歩み、全き者であれ。
  わたしはあなたと契約を結び、
  大いにあなたの子孫を増すであろう」。
             (創世記17・1、2)
 この言葉は先生を宣教師として海外に派遣する約束の言葉であった。その後も、これと全く同じ言葉が他の方をとおして語られたらしい。特に最後の3度目の預言の際、
 「これで、すべては整えられた。もう預言はこれで
 終わりである」。
 というような言葉がつけ加えられたという。前述したとおり私の曖昧な記憶であって正確ではないが、お許しください。
 そして、翌日だったか、目的国のアルゼンチンの永住権許可の通知があり、渡航旅費の全額供与が知らされたという。預言は全く成就したのである。
 在原先生にお会いすれば分かるが、先生は何も物々しい霊的人物のような雰囲気はない。やさしい暖かい物腰の方である。しかし、先生は祈りの方だ。そこに先生の秘訣があるに違いない。
 カルバリ・チャーチでの特別集会の最後、先生のお話がおわり、それから椅子を周囲に片付けて、私たち牧師も会衆一同も集められ手をつないで祈りの時間を設けられた。1時間の間、会堂を圧して激しい祈りが持たれ、私などはくたくたになった。ご奉仕の在原先生に、またすばらしい場所を与えてくださった橋本先生に感謝する。いいえ、更に大きな感謝を神様に捧げたいのです。《く》

〔あとがき〕
私は最近、難聴の傾向が深まり、しかも、この癒しはなかなかはかどらず、オズボーン先生の癒し集会に期待して行ったら、セミナーでは全く癒しの気配もなく、その点多少がっかりして帰ったというのも事実です。▼ところで先日ある姉妹から電話があり、私の難聴者としての癖で、よく聞こえてもいないのに、いい加減に元気よく返事してしまい、あとで心配して問い合わせたら、難病の心配があったので、私に電話した後、医者に行った処、心配なことは何も無かったとのこと、今これを書いている机上に速達のご返事が来た。私もお陰で大いに感謝、感謝! 今後はいい加減な返事は絶対しませんね。▼ともあれヘーゲン先生でさえ、自分の病気の癒しは難しい、痛みが自分の現実ですからね、と言っています。ヘーゲン先生の率直なお言葉で私も安心したことですが、やはり恥ずかしいですね。しかし、だからこそ、互いに祈り合うことが大切なのです。大先生でも「祈って下さいよ」と言っていますからね。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-10-02 00:00 | 日岡だより

No.195 オズボーン師のセミナーに参加して 2005.9.25

オズボーン師のセミナーに参加して

 この9月19日から22日まで、埼玉県川口市で持たれたオズボーン師のセミナーに参加してきました。オズボーン師は私の神癒伝道者としての恩人でありますから心を踊らせて行ってまいりました。そのステージ上の先生を私の眼をもって初めて見ることができたのですから、本当に感激でありました。今回の先生のセミナーで学んだ私のノートを簡略にお伝えします。
 第一、先生は本当に聖書を広く、深く読んでおられる。そして、その聖書をまったく信じきっておられる。そのことを私は先生のお話を聞きながらひしひしと感じました。「主のおきては完全であって、魂を生きかえらせ、主のあかしは確かであって、無学なものを賢くする」という詩篇19篇、7節のお言葉を思い出したことです。
 第二に、先生は「キリスト教は宗教以上のもの、宗教を越えるものです」と何度となくおっしゃった。世間ではキリスト教も宗教の一つと思っていましょうが、先生は違うのです。世にある宗教はおまじない宗教から、祖先崇拝、道徳宗教、そして仏教のような哲学的宗教まであります。仏教はたしかに宗教としては最高の宗教でしょうが、しかしキリスト教は神様の力を頂き、キリスト様ご自身が人の内に宿ってくださる福音であると、先生はおっしゃったのです。
 第三は、聖書の言葉、信仰の言葉を何度も会衆一同の口で唱えさせました、告白です。これこそ私たちが信仰を確実に握り、信仰を生きる秘訣であります。
 先生は最初の夜などはステージに立って、3時間か4時間立ちつくして説教されました。先生はまさしくすぐれた説教家だと感じました。又、その83歳の元気さにも驚かされたことです。《く》

 
無邪気な信仰

 アメリカにはアーミッシュという超保守的キリスト教集団があります。本当か、どうか知りませんが、今でも自動車を使わないで馬車に乗って移動する、そんな生き様を頑固に守っているそうです。
 その頑固さの故に、時にはアメリカの法律に従い得ないことが起こります。その結果、ある時、集団の長老が法律に問われました。この時、アメリカの最高裁判所は、宗教者の信仰を選択的信仰と信念的信仰に区別して審査し、長老の信仰は信念的信仰であると認めて、彼を無罪と判決したというのです。
 さすがアメリカです。こういう司法判断が過去の日本にあったなら、さしずめ兵役を拒否した私なども、たとえ、それが戦争中だったとしても、罪に問われ、刑務所に入れられることはなかったかもしれません。
          *
 選択的信仰とは神様を信じていながらも、社会生活の現場では妥協的姿勢をとることです。国家の政策や法律を恐れ、世間の評判や視線を気にするからです。
 信念的信仰とは、正しい信仰に立って、世間や、国家や、政府の権力を恐れないで、神様の御心に沿った正しい行動をとる、そういう信仰です。
 私の母が、戦争中、部落の区長さんが伊勢神宮のお札を配ってくると、はっきり断りました。
 私が非戦主義の結果、捕えられた時、参考人として警察に呼ばれましたが、「私の息子は聖書の教えに従ってやったことですから、悪いことをしたと思っていません」と言って、警察は唖然としたと言います。
 日ごろ、気の弱い母でしたが、こういう時、信念的信仰から外れることは無かったのです。母には夫の釘宮太重や、義兄の釘宮徳太郎の聖書信仰に従って、自然体のままに的を外さないところがありました。
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 前述の私の母の信仰の秘密はその無邪気さにある。つまり、愚かなのです。戦時中のような逼迫した時代には意識的にせよ、無意識にせよ、愚かにならなければ、権力や世間の趨勢に巻き込まれてしまう。私の母は、つまり愚かであった。時代の流れを知らず、聖書の教えのまま、戦争はしてはいけないと思いこんでいた。警察の刑事さんも怖くなかったのである。
 まったく愚かになりきって幼子のように神様に信頼する時、人は強い確乎たる信念的信仰を持ち得ます。こう言えば簡単ですが、これは並の知恵のある人には難しい。人類はエバ、アダムの時に知恵の実を食べてから、無用の知恵がありすぎて、愚かな人になり得ない。愚かに徹することは至難なことです。
 この愚かな道とは別として、信念的信仰を持つためには、2つの道があります。
 この強い信仰を持つ第一の道は神様の声を聞くことです。神様の声には権威と力がある。神様が私たちの魂に「平安なれ」と言ってくださると、即座に私たちの心は平安になるのです。かつて神様が私に、「この事を始めなさい」と言われたら、それを聞いた私はとたんに一切の障碍を打ち破ってその業を始めたものです。
 神様の声を聞いて人生の道を開いて行く人は幸いです。しかし、いつも神様からの御声が聞こえるとは限らない。しかし、強い信仰や勇気、神の知恵を必要とすることは、人生にしばしば起こります。そこで、
 第二の道は言葉による信仰の育成です。神様の言葉や、聖書に沿った撰練した言葉を、自分自身に言い聞かせる方法です。私はこの方法を金田福一先生から学びました。金田先生の言うところでは、これはマルティン・ルターの本にあったのだそうです。
 これは又、永井先生に学んだ「告白」の信仰でした。この源流はケニヨンという先生にあるそうですが、へーゲン先生や、オズボーン先生、ドン・コセット先生の本にもあります。お読みになってください。(01.9.9.週報より)
            *
 前述の信念的信仰という次元は全く内面的な良心の問題です。使徒行伝第15章におけるヤコブの意見は、その点、次元が低いのでして、割礼や不品行や食べものの次元にとどまっています。今のキリスト教界で言えば、禁酒禁煙の問題が、これに似ています。論議を進めれば、アメリカのクリスチャンの保守派に言わせれば、非戦論もその中にはいるかも知れません。
 原罪論に従うと、クリスチャンが言っている罪は内面性の強い倫理感が強く、法律の罪の問題とは次元が違います。法律は外面の行為や言葉に関することですが、信仰上の罪は心の次元を含めます。心の中で人を呪っても、姦淫を犯しても、法律では罪になりません。
 しかし、神の前における罪は、神の正義と、神の愛と、神の聖性と、神の全能を信じ、それに従うか、否かに関わります。
 法律では問われないような、消印を忘れた切手を再使用をするとか、隣家のイチジクの果を一個盗んだとかも、神の正義の前では良心のとがめを受けます。
 人を憎むとか、汚れたことを思うとか、それは神の愛、また聖性に反します。神の声に従わないで世の常識に従うという誰にも有り勝ちな罪も、それは神の全能の力を信じない不信仰の罪だと言われれば、呆然としましょう。原罪論はそこまで詰めて行くのです。
 罪の責任は罰ですが、クリスチャンの罪の責任はイエス様の十字架の贖いによって除かれます。心の汚れは、罪の結果ですが、その責任は除かれたにしても、クリスチャンはその心の汚れには悩みます。少しは清められたにしても、尚も汚れた思いが残っているからです。この苦しみと悩みは、イエス様の内在の信仰に至って初めて解放されます。
 また神様の御言葉に従い得ない力の弱さ、不従順の罪、これを覆いくださるのは聖霊の賜物による能力の付与です。《く》

〔あとがき〕
オズボーン先生のセミナーに続いて癒しの伝道会が持たれましたが、私には時間の制約があり心を残しつつ大分に帰ってきました。当教会から何人か伝道会に参加されましたので、その方々から癒しの伝道会の報告を聞けることと思っています。▼私個人としては、伝道会に出席して癒しを受けたい熱望もありました。セミナーとは言え、癒しのミニストリーも少しはして下さることと期待していましたが、残念なことに些かもその気ぶりもお見せでなかったです(笑)。▼今回の出張中、お世話になった方々のご恩愛に感謝します。またお訪ねすべき方々をお訪ね出来ませんでした。失礼のほど、お詫びいたします。釘宮拝。
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by hioka-wahaha | 2005-09-25 00:00 | 日岡だより

No.194 選挙は終わった 2005.9.18

選挙は終わった

 選挙は終わった。今回の選挙は九州では台風14号が突入してきて騒々しかった。落ち着いて選挙演説も聞けないという有様だった。その中で選挙は終わった。自民党大勝利である。
 このまま小泉さんが羽振りを利かせても、ヒットラーのように舞い上がりはしないだろうから安心だが、それでも勝って驕ってはいけない。自重して頂きたいと思う。人間は得てして、こうした大勝利のあとが怖い。頼まれないでも祈ってあげましょう。パウロ先生は私たちクリスチャンに勧めるのです。
「まず第一に勧める。すべての人のために、王たちと上に立っている人々のために、願いと祈りと、とりなしと、感謝をささげなさい」(第一テモテ2:1)と。
 この勧めを、全クリスチャンはぜひ覚えていてほしい。日本にとって、王たち、上に立つ人たちとは、まず天皇様ご夫妻と皇太子ご夫妻。そして今回の小泉さん。以下各閣僚、高級官僚、代議士諸君、こういう方々のために祈りなさい、とパウロ先生は言うのです。
 当時の王たちや、上に立つ役人たちは揃ってクリスチャン迫害者たちではなかったか。その残忍な迫害者たちのために「願い、祈り、とりなし、感謝しなさい」と言う。「パウロ先生、人がよいにもほどがあります」という声もあろう。
 しかし、社会の一応の安寧秩序を守るためには悪い権力でも無きに勝る」という低次元の配慮もあったと思う。「わたしたちが、安らかで静かな一生を、真に信心深くまた謹厳に過ごすため」(第一テモテ2:2)には必要な権威であると言うのだろうか。常識人のパウロの言いそうなことでもある。
 しかし又、これは「敵のために祈れ」と仰せになったイエス様の御心に沿った勧めだと私は思う。ナチス治下、ヒットラーのために祈ったクリスチャンは反ナチスの教会の中にも多かったと思うのです。
 特に「願い、祈り、とりなし、感謝」、この言葉の並びに思いを馳せると、幾多の神学的重要命題が出てきそうであるが、その事には今回は触れない。
            *
 「すべての人」という言葉に目を留めたい。この第一テモテ第2章の1節から6節までに同じように「すべての人たち」と言った言葉が4回出て来ます。
 最も重要な言葉は、「神はすべての人が救われて、真理を悟るに至ることを望んでおられる」という言葉と、「彼(キリスト・イエス)は、すべての人のあがないとしてご自身をささげられた」というお言葉です。
 神様は全人類を救おうと望んでおられる、しかもそのための神様のご計画は既にイエス様によって成就された、というのです。それがなぜ、現実的には未だにこの地上に実現されていないのか。
 パウロは一つの付帯条件を語っていました。私たちの「願い、祈り、とりなし、感謝」です。この言葉をパウロがまず語るのに、「すべての人のために」と言って一旦区切って、それから「王たちと、上に立っている人々のために」と書き添えるのです。
 ここで学べることは、すべての人を救う神様のご計画が成就されるためには、私たちクリスチャンの祈りが必要だということです。しかも、「願い、祈り、とりなし、感謝」という、重複的な祈り方をパウロは要求するのです。そうした全クリスチャンの「願い、祈りと、とりなしと感謝」がささげられる時、神の救いの御業は成就するのだよ、とパウロは言っているように見えます。
 先師T先生が言いました。「信仰とは神と人との協力作用だよ」。ちょっと理解し難い言葉でしたので、私は驚きの余り、その言葉を正確に覚えることができなかったほどです。信仰とは「私が全く無力になって、神様に完全に降参することである」と極力思いこんでいた私は、腰が抜けるほどびっくりしたのです。
 もちろん「私が全く無力になって完全に神様に委ねきる」信仰は真理です。大切です。しかも尚、「私の協力」を神様が求めておられるという不可思議さが、その後次第に分かってきました。
            *
 ところで、「すべての人のために、また王たちや上に立つ人々のために」祈るクリスチャンの責任について申し上げたい。
 日本だけにしぼって言うなら、「すべての人」は日本国全国民です。「王たちや上に立つ人々」は先に述べたように、天皇様や、その周辺。また小泉さんやその周辺、その従属する人々です。こうして人々のために、祈りましょう。今回、一応の選挙をすませたクリスチャンの私たちには、その責任があります。
 アメリカの南北戦争が終わって、ゲッティスバーグの記念式典でリンカーンが演説しました。有名な「人民の、人民による、人民のための政治」という名句。
今日に至っても、リンカーンがあれほど熱望した奴隷廃止の根本的理念がアメリカで完全には生きていないことは、今日のハリケーン被害地の住民たちの底知れぬ白人支配への怨念を見れば分かります。アフリカから無理矢理に連れて来られた貧困で無教養な黒人たちを見くびって社会資本の投入をしぶってきたアメリカのいわゆる民主主義の偽善性が今露呈しているのです。
 私はここで好んでアメリカ非難をしている訳ではない。アメリカには良きものが沢山あります。私はアメリカ人が好きです。しかし、アメリカ人が自己の矛盾を知らずして、民主主義を世界に輸出しようとしている愚かさと傲慢さには気づいてほしいのです。
 そして今、日本を振り返るならば、私たちこそ「日本人民の、日本人民による、日本人民のため」の政治を求めたいのですね。それを今回、意気軒昂たる小泉さんと、それに率いられる自民党の面々に求めて、それが可能でしょうか。不安にならざるを得ない。まず不可能でしょう。ではどうすれば良いでしょう。
 祈りです。日本の全クリスチャン、祈りましょう。
            *
 国家というものは、国土と国民と支配権の三つで構成されます。ユダヤ人は西暦71年以来、国土を失い、国民は世界に流浪し、彼らを治める王も政府もありませんでした。しかし、彼らは2千年の間、自分たちが神の民であることの自覚を失った事はありません。世界歴史の奇蹟です。(2005.9.13.夜、祈祷会にて)
 日本人は余ほど誇り高き民ですが、それでもアメリカに移民すると一世はともかく二世はもうアメリカ人です。太平洋戦争の時には日本人二世のアメリカ兵士は父祖の日本列島に軍靴で上陸して来ることを厭いませんでした。ひょっとしたら日本領土空爆の兵士のなかに日本人二世がいた可能性もありますが、それは知りません。ともあれ、ユダヤ人は国土もなく、王も無いけれど、ユダヤ人として2千年の歴史を地球上に残してきた。このすばらしい民族のアイデンティティ、こうした民族の誇りを日本人も持ってほしい。
 そのためには、まず日本にあるすべてのクリスチャンがキリスト・イエスにある栄光に満ちた自画像を抱いてほしい。そのことは別の機会に書きたい。《く》

《お知らせ》
 パワー・プレイズの松岡欣也先生から次のような携帯メールがはいりました。毎朝、ご希望の方に送り出している「聖句と先生の一言コメント」というものです。実は私もしてみたいと思っていましたが、先を越されました、呵々。《く》
【聖書の言葉】『だれも、新しい服から布切れを破り取って、古い服に継ぎ当てたりはしない。また、だれも新しいぶどう酒を古い皮袋に入れたりはしない。(ルカ5:36、37)』
【チョッと一言】これまでにない熱い選挙戦でした。改善より改革を望む人達や世代へと移行する時の流れを感じます。イエス様も改善ではなく根底から造り直すために来られたのに、古い頭の指導者層は抵抗。代わって神は新人、素人、若者、女性を抜擢。日本にイエス様のおいでを待つ人は聖書の解釈に光が当てられたら、腹を決めて自分に大切なものを見分け取捨選択し、次に備えよう!(松岡師)

〔あとがき〕
私は9月20日より22日まで埼玉県川口市のリリアで持たれるオズボーン師のセミナーに参加します。伝道会には残念ながら参加できません。なお、今回は帰路を急ぐ事情があり、ゆっくりお訪ねしてお交わりする余裕がなさそうです。東京方面の方々、近くまで行きながら失礼する方も多いと思いますが、お許しください。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-09-18 00:00 | 日岡だより

No.193 神の言葉には力がある 2005.9.11

神の言葉には力がある

 ある本屋さんがありました。ご夫婦で経営していました。ある日、そのお2人が一緒に聖書を読みました。「人間はすべて神様から造られた神様の子供である」という言葉、そして「あなたがたは互いに清い挨拶を交わしなさい」(第一コリント16:20等参照)という言葉を読みました。その言葉にふれた時、何かがハッと彼らの心にひらめいたのです。
 それから、彼らのお店にくる人にはどんな人にも、子供でも大人でも、どんな貧しい人にでも、立ち読みする人でも、「お早ようございます。よくいらっしゃいました。ありがとうございます」と心をこめて挨拶をするようになりました。
 ところが、店の構えのどこを変えたわけでもなく、販売のやり方など、何も変えた訳でもないのに、売上げが4倍にもなったのです。
 そして、家の中も楽しい優しい幸福な家庭に変わってしまったと言うのです。実は30年ほど前のこの教会の週報という刷り物の中に書いてあったのを、ふと手に取ってみて発見した文章です。(30年ほど前というのは、この教会の建物がちょうど出来たころにあたります。)
            *
 一つの言葉、良い言葉を、それも聖書の言葉、神様の言葉を、それに目を留めて、一心に行う時、その人に、その人の周辺に、何かよい変化が起こります。
 新約聖書ヤコブの手紙第1章25節に、「完全な自由の律法を一心に見つめてたゆまない人は、聞いて忘れてしまう人ではなくて実際に行う人である。こういう人は、その行いによって祝福される」とあるとおりです。
 つまり「み言葉を行う人には祝福がある」、ということです。この言葉は確かに真理ですが、多くの人にとっては、つまづきの言葉でもあります。聖書の中の言葉のどれかを拾って来て、「さあ、これを実行せよ」と言われても、実行できそうもない言葉が沢山あります。たとえば、イエス様の山上の説教の「あなたの右の頬を打たれたならば左の頬を向けなさい」です。この言葉の解釈も難しいのですが、それが分かったとしても、この言葉を実行することが難しいです。
 確かに、この言葉はガンジー流の無抵抗主義を傍証するのに良い言葉ですが、こうしたことを実行できるのは聖フランシスコ並の聖人でもなければ不可能に見えます。
 こうした実行不可能に見える聖書のお言葉を実行できる人になるためには、二つの道があります。その道を次にあげましょう。
            *
 第一は神様の側だけの力、聖霊の助けです。前掲の「あなたがたは互いに清い挨拶を交わしなさい」というお言葉ですが、このお言葉に触れて「何かがハッと彼らの心にひらめいたのです」と書きましたが、ここに聖霊さまの秘密があります。
 聖書の言葉でなくても、聖霊の働きによる言葉が私たちの心に響くとき私たちの魂は一変します。それが「神の言葉には人の魂を救う力がある」(ヤコブ1:21参照)ということです。
 ここで「人の霊」と言わないで、「人の魂」とあるところに注意してください。「神の言葉には人の霊を救う力がある」と言っても誤りではありませんが、聖書はそうは言いません。人の霊を救うのはイエス様の十字架の血潮なのです。
 そこでわざわざ「人の魂」というのは、一旦救われたクリスチャンがこの世で生きてサタンと戦わねばならない魂(精神活動)の領域で勝利するためなのだということを表明しているのです。
 多くのクリスチャンがせっかく新生の命(霊)を頂きながら、この世の実践的生活において失敗しやすいのは、この精神活動の領域においてパワーが無いからです。また神より賜って聖霊の権威を用いる信仰の働かせ方が理解できていないからです。
 さて、説明を戻しますが、聖書のお言葉、もしくは一般の言葉でも聖霊様が加護して働かれる時、私たちの魂(心・精神活動)に異常なインパクトを与え、揺るがない信仰を与えます。それほど堅苦しくない淡々たる信仰の場合が多いですが、しかし強烈な信念を伴う信仰を与えてくれます。これは聖霊の加担力です。
            *
 第二は人間のがわでなすべき事です。やや工夫が必要です。「工夫」と言う言葉は、よく賀川豊彦先生が使った言葉ですが、重要な実践用語だと思います。(例えば、賀川先生が「冥想の工夫」などと言う時、そこに賀川先生の魂の深淵が顔を覗かせています。先生のこの言葉に余り注意を払う人の少ないのは残念なことです)。
 ヤコブの手紙1:25の「完全な自由の律法を一心に見つめてたゆまない人は、聞いて忘れてしまう人ではなくて実際に行う人である」という言葉があります。「完全な自由の律法」とは「聖書の言葉」のことです。「一心に見つめてたゆまない」とは、言い変えれば「見続ける」ということです。「一心に」ということは一応難しいことに見えますが、実際に「見続け」ていると、次第に心が一つに集中してくるものです。
 しかも、その言葉をあなたの口で言い続けてください。それを「み言葉の告白」と言うのです。その告白を続けて行きますと、次第に信仰があなたに育って行きます。告白すれば告白するほど、あなたに信仰が増し加わって行くのです。
 この告白を実践的に強化する方法は、声を高くし体でも身振り手振りのパフォーマンスを添えてやることです。ビジネスマンの自己開発研修会でよくやる「アファーメイション」と形は同じです。(私の「だれでも出来る心の強化法」の11頁を参考)。
 こうした時、長く続けなくても、ただの1回か2回の告白でドカンと求めたことが実現することがあります。そこには前節の聖霊さまの助けを感じます。しかし、たいていの場合、忍耐して告白を継続することが求められます。(祈りにおいても同様です。イエス様が「失望せずに求め続けなさい」と例話(ルカ18:1~8)で語られたとおりです。
            *
 告白ということを少し広げて考えますと、「いつも喜びなさい。すべてのことに感謝しなさい」(第一テサロニケ5:16、18)というお言葉を思い出します。
 これはマーリン・キャロザース先生の「賛美の力」で教えられました。この本が初めて出版されて、もう30年はたったでしょうか。一世を風靡しました。当時、私はさっそく真似しました。何を見ても、何が起こっても「感謝します」「賛美します」と言ったものです。
 そこへ続いて「笑い」の神学的方法論が私の頭脳に湧いてきました。すぐさま実行を始めました。「ワッハッハハ、ワッハッハハ」です。これらはすべて、即「喜ぶこと」や「感謝する」ことの告白です。これを出来るかぎり絶え間無く実践する、ここに信仰を効果的に自分に当てはめて成功的信仰生活を送る秘訣があります。軽すぎる言い方でしょうが、コツと言ってもいいほどのことです。《く》

【福音春秋】
 リバイバル新聞が「バウンダリー」の紹介を始めた時、私は非常に好感を持った。それは非常に今日的な人間関係、近隣問題に触れているので、こうした事に悩む心優しきクリスチャンの方々のためすばらしい、身近な問題引受け窓口だと思ったからである。さて、同じく今回のリバイバル新聞9月11日号、ヒットだと思う。借金問題である。関係のない人は他人のことで何処吹く風かもしれないが多重負債を抱えてウンウン言ってうなっている人には飛びつきたい頁であろう。西田育生先生がやっている東京ライフケア事務局の記事です。借金に悩む人々のためのカウンセリングと支援を目指します。先生言わく、「借金はもともとは心の問題」。しかし、具体的には「目の前の問題」です。今後の記事を期待します。《く》

〔あとがき〕
先週の本紙に書いた産経新聞の件、実はその掲載した写真に産経らしいメッセージを感じて同紙を褒めたつもりであった。さて9月10日の地元大分合同新聞にはコラム囲いで、ワシントンからバス10台でニューオーリンズに被災者迎え入れに行ったが一人しか希望者が無かった、とある。それ以上何の説明もない。商業新聞のくせ、突込み足りなあと、呆れる。《く》

《御礼》
台風14号のお見舞を多数頂きました。感謝します。大分の教会や小生、信徒各位、さして被害はありませんでした。感謝。ただし、宮崎や延岡等、床上浸水や断水、お見舞申しあげます。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-09-11 00:00 | 日岡だより

No.192 民族の魂 2005.9.4

民族の魂

 この原稿は9月1日の夜に書いている。日本では1923年の関東大震災を心に銘じて「防災の日」と呼ぶ日だ。関東大震災は当時、世界の同情を買った。アメリカからも多くの援助物資が贈られた筈である。
 今回のアメリカのハリケーン被害の報道にビックリしている。今度こそ、日本からアメリカにお見舞の復興資金や物資を贈る時であろうか。どうも、こう書くとヘンな感じがするのもヘンであるが、私の正直な気持ちである。なぜか?
 世界一の金持ちで、文明国で、無いものは何も無いように見えるアメリカの国で、たかが風が吹いたくらいであんなに被害が起こるものなのか。同情してよいのか、同情などしては失礼なのか、挨拶に困る、と言った感情が起こるのだ。私のひねくれ根性だろうか。
 それにしても、あのキリスト教国家アメリカで、ああした混乱下に略奪が起こるとは何事か。日本の阪神大震災などで略奪どころか、コンビニなどで買物の客が整然として順番を待っていた、公衆電話では急ぐ人に順番を譲る人もあったという。当時、その記事を読んで、感激して涙ぐんだものだ。なんだかアメリカが憐れになってきた。
 産経新聞の紙面を見ると腰まで水に浸かって避難している集団は皆、黒人たちである。産経は何も解説していないけれど、南部アメリカの暗部をあばいているようにも見えた。
 ともあれ、この日には、もう一つひどい国際ニュースがあった。イラクのバグダットで数百人の民衆が橋から、チグリス河になだれ落ちて溺れ死んだという。宗派間の摩擦が原因だが、群衆がテロの噂におびえた結果であるという。このような騒動が起こるのもイスラムの信仰のせいか、民族の特別の問題なのか。《く》

 
福音魂を日本に

 戦争中の記憶であるが、無教会の矢内原忠雄先生が書いていた文章がある。「日本の台湾統治は成功である。これに比して朝鮮統治は全く悪い」。正確な文章は忘れたが、だいたいこんな意味だった。戦時であったから政府筋には睨まれて当然の文意であったがこういう時、矢内原先生には只ならぬ勇気があった。ちなみに矢内原先生は当時、東京帝国大学の教授、植民地政策の権威であった。
 最近、ある人が台湾を訪ねて、当地の台湾の知識人が「日本の政治は良かった。かつての日本人は私たちに日本魂を教えてくれた。今の日本人には日本魂が無いような気がする」と言うのを聞いたそうだ。「日本魂って何ですか」と聞くと、「それは教育勅語ですよ」と答えたそうだ。私は驚いた。
 明治天皇による「教育に関する勅語」は明治23年の発布だが、その記念式が当時の第一高等学校で行われた。時も時、そこで教授であった内村鑑三先生が正面に飾られた天皇のお写真(当時御真影と言った)に礼拝することをためらって、チョコッと頭を下げただけにした。それが天下に伝えられ、先生は「国賊」という訳で全国住む所にも窮するような事になった。
 その時、先生は「形式的に教育勅語をうやうやしく拝むとか、どうとかではない。教育勅語の精神を真心から実行出来るのか、ということではないか」と、当時の国純派の哲学者井上哲雄あたりに反論している。
 「教育勅語」は良いものである。いわば聖書でいう律法である(ローマ2:14参照)。戦前の台湾の人々が心から承服したという「教育勅語」は明治日本の遺産である。台湾の人さえ褒めてくれる。日本人たるもの、これは堂々と誇ってもよいことだと思う。
 しかし、実は日本魂だけでは物足らない。今、日本に必要なものは福音魂である。「律法のなし得なかったことを成就するのはキリストの血潮」(ローマ8:3参照)である。キリストの福音こそ「教育勅語」の律法を完成する。さあ、「キリストを日本に!」《く》
 

「国家の理想」

 折も折、伊豫土佐市の浅野忠志兄から、矢内原先生の「中央公論」昭和12年9月号に載った論文、「国家の理想」の複写が届いた。私は文献で読むだけで、実際に開いたことのなかった問題の論文を初めて拝見して感激した。その論文を紹介するだけの紙面がないのだが、武田清子氏の解説の一部を以下に載せる。
 「この論文で一番当局が忌避したのは、どの点であったか」という問いに対して先生はこう答えている。
 「国家の理想は正義と平和である。戦争という方法で、弱者をしいたげてはならないのです。国内においても、国際的にも、強者が弱者を支配するのに暴力を用いるならば、それは既に戦争政策です。
 如何なる国も『国家の理想』に従って歩むとき、立派な国となり、栄える国になるのである。そういう国家の理想に従って歩む国にならなければ、国は栄えない。一時、栄えるように見えても、理想のない国は滅びるものだと言った、これが問題になったのです」
 矢内原先生は藤井武先生の記念講演会でも語りました。「理想を失った日本の国は一度葬って、新たに出直さねばなりません、日本の理想を活かすために一先ずこの国を葬ってください」。この言葉が引き金になって、当時の東京帝国大学の教授の地位を追われたのです。戦後、先生は当東京帝国大学の総長に帰られたのはどなたも知っています。
 さて辞表を出された後、終講の辞を述べられた。
「私は身体を殺して魂を殺すことのできない者を恐れない。……身体ばかり太って魂の瘠せた人間を私は軽蔑する。諸君はそのような人間にならないように」。
 教室につめかけた満堂の学生たちは深い感動に襲われたという。先生は、別の聖書研究会の会員の前でこうも言っている。
 「どんなことがあっても、私は諸君に恥をかかせるようなことはしません」と。「私のせいで諸君が警察に捕まるようなことがあっても後悔せぬように」と言わんばかりであったそうです。《く》
 

神の道をわが道とせよ

 もう一つの「折も折」です。ちょうどこの日、キリスト聖書塾の藤岡弘之先生から「生命の光」今月号を恵送受けました。私は手島先生から叱られて、何を叱られているのか見当もつかず、打ちしおれて大分に逃げて帰ったものです。その後、先生は亡くなられてしまったし、不本意のまま本日まで過ごして来ました。
 ところで、その今日頂いた「生命の光」に懐かしい手島先生のブラウニングの「ベン・エズラ」の感想が載っていました。先生の「ベン・エズラ」は天下の圧巻です。言わく、

 「私たちは、一度すっかり自分の心に線を引くことが大事です。小さな心、目先だけの小さな理想しかもっていない小人ばら、すなわちこの世の神無き人たちとは、一線を画して歩こうと決心しないと、信仰が成長しません。私たちは、偉大な心の人々の心、グレート・マインドの持ち主でありたいものです。……人が何と言おうと、神の道をわが道として行こうとするのが、一番大事です。
 私たちは神に聴き、神の声を聴くべきです。神様に信頼し、神様に価値基準を置くのが一番良い。神様の目に尊く見えるものがよいのです。人間に基準を置いたら負けてしまいます。
 神様に信じて、自分の一生を、今からの未来に任せることが大事ですね。神は必ず導きたまいます。」《く》

〔あとがき〕
以上は、9月1日に書いたり、引用したりした拙文です。「福音魂を……」は元々私の原稿ですが、拡大の機関紙に載せた私のエッセイです。丁度その機関紙「マグニファイ」が9月1日に私の手元に着いて、この号に貰ってしまったのである。いまさら、書き直しもしたくないので、このまま印刷に廻すズルを決めたわけです。▼9月1日がこんな風なら、9月2日も又、新聞に振り回された。ミズーリ号艦上降伏文書調印の記事、関連して「山口判事、ヤミ米を食べないで餓死」、「特攻隊くずれの青年、戦災孤児と共に駅に寝る」、そういう記事が満杯である。▼「戦災孤児」!、私には想い出が山ほどある。防空壕跡に共に抱いて寝たY君。駅の切符売り窓口の棚の上に寝て転げ落ち接骨医に連れていってやったG君、その後どうしたろう。当時の事ゆえ、写真もない。時おり新聞社が写してくれた写真は捨ててしまった。▼当時、大分駅前から竹町にかけてのヤミ市の靴磨きのボスは私だった。私の許可が無いと靴磨きが出来なかった。その特権を利用してキリスト新聞を戦災孤児たちに駅構内で売らせた。売った金は彼らにやった。たしか、300部は売れたなあ。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-09-04 00:00 | 日岡だより

No.191 オズボーン師を迎えて 2005.8.28

オズボーン師を迎えて

 数年前、アメリカでのベニーヒン師の聖会のビデオを見ることがあった。そのステージにオズボーン師がゲストに招かれて上がって来たので、私はびっくりしたものだ。私はもうオズボーン師はとっくに天に召されているもの思っていたからである。なぜなら、
 オズボーン師は私より20歳は年上の方だろうと思っていたからである。私は今年83歳である。だから先生はもう生きているはずはないと思っていた。又オズボーン師の噂を聞くことが無かったのである。
 私が初めてオズボーン師を知ったのは、日本語訳の「キリストによる癒し」という本によってである。そのことは本紙の先週号で書いた。当時1955年、私は33歳であった。「キリストによる癒し」は多分その数年前には書いた本と思われた。事実、今、手もとの資料でしらべると、この本はオズボーン師の最初の著作で、その発行は1950年とある。まさに、オズボーン師がはりきって書いた最初の本である。
 南方の後進国(失礼!)諸国での奇蹟的伝道集会、そこで何万人という大人数を集めての神癒聖会の説教者である。大物だ。私にはどうしても40歳、50歳の先輩伝道者に見えた。私はこの本によって、神癒伝道者として神様に導かれたのであるし、だからオズボーン師は私の恩人である。この方の、その後の消息が私の耳や目には入らなかった。何故だろう。日本には全然来られなかったからである。
 だからもう、世界の伝道界からは消えた方だと思っていた。それは私の情報把握能力の脆弱さからも来るのだろうが、他にも理由がありそうな気がする。
            *
 あの「キリストによる癒し」を訳したのは松山福音センターの万代恒雄先生であった。また、かつての日本・京都における神癒聖会の通訳者も、この万代先生であった。当時の京都集会が如何に凄かったかは、今度、頂いたオズボーン伝道の書籍に載っている、あの時の京都集会の大群衆の写真を見ると、想像がつく。
 万代先生はその後、日本を代表すると言ってよい神癒の賜物を含めて、放送伝道や海外伝道の大型伝道者となった。当然、そこにはオズボーン師の強い影響も想像できる。この万代先生がオズボーン師を日本に招かないはずはないと思うのだが、なぜかその企てがない。やはりオズボーン師はもう地上にはおられないのかな、と私が思ったとしても、笑う人はいまい。
 昨年の暮れ近くになった頃だったかと思うが、今年の9月にオズボーン師が50年ぶりに再来日とのニュースをキリスト教関係の新聞で知った。私は驚いた、その突然の来日ニュースもさることながら、オズボーン師が83歳だと言うことが分かったからだ。
 「何だって、私と同じ年ではないか」。私は仰天した。そうすると、私を発奮させたあの本を書いた時は多分、28歳位の若さ。あの驚嘆すべきアフリカなどでの神癒伝道集会は20歳代の若さでやったのか。私は腰を抜かす思いだった。
            *
 今回、オズボーン師の新著「贖われた祝福」の書評を書いてくれというリバイバル新聞からの依頼があって、その本を送ってくれた。読んでみると、凄い。かつての「キリストによる癒し」が、キリスト教神癒をストレートに書いた基本的簡約テキストとするならば、今回の「贖われた祝福」は「癒しの教理と実際」を網羅するテキスト大全集である。
 人はなぜ罪を犯したのか。その罪から病気が生じる。悪魔とは何か。キリストは地上に何故うまれたか等々、キリスト教の教理の大略を落すこと無く掲げる。
 そして神癒の力の根本、如何にして癒しの力を頂けるか、失敗しやすい原因、そんなことをすべて丁寧に書いてくれているが、そこに神の御言葉に対する信頼や熱情、まだイエス様を知らない民族への宣教熱。そうしたオズボーン師の溢れるばかりの思いが、読む私たちに伝わってくる。
 この本を読むと、先生は20歳の時デイジー嬢と結婚し、23歳(太平洋戦争終結の年)の時インドに宣教師として行った。しかし失敗してアメリカに帰った。そんなことが分かる。こうして、イエス様を知らず、未回心の国に行って、福音を伝えることの困難さを身をもって体験した。これは先生夫妻にとって大変なショックで、大事な経験であったと思う。
 そして数年後、すばらしい先輩たちに会う。彼らの圧倒的癒しの伝道の現場にふれ、先生夫妻は覚醒する。聖書の奇蹟の真理を発見して、その後ジャマイカにおける宣教の後、本格的に世界宣教への活動を始めたのだそうです。それは1949年、先生は27歳の若さだったのです。私(釘宮)がちょうど大分市鶴崎で独立伝道を始めた年です。
 私は後に大分市中心部にもどって集会を始めていましたが、そこで初めてオズボーン師の「キリストによる癒し」にふれ、そして私の神癒伝道が始まります。それから、ちょうど50年たちました。そして昨年の終わりの頃だったか、オズボーン師再来日のニュースを知るのです。
            *
 さて、今回の「贖われた祝福」という先生の本ですが、小さい字で約500頁の大冊です。最初に「この本は真の人生のための7つの賜物、7つの祝福、7つの啓示を公表しています」と約束しています。
 このように数字を打って文章の区分をつけ、文章を分かりやすくするのも、先生の親切です。お陰でかなりむつかしそうな説明文も見やすくなります。こうして綿密に長文を書いておられるのも驚きです。
 時には驚くような提言を出します。「しばしば、貧乏でいなければ敬虔なクリスチャンになれないと心の底で思っている人も多いかも知れないが、それは間違いです。神様はご自身の子どもたちが富んでいるのを見るのは嬉しいはずです」、などと言います。
 また、「祈りについて、悲痛な声をあげて泣き叫ぶようにして祈らなければ神様は聞いてくれない、などと思うのは最大の誤解です。神様は愛の方です。祈らぬ前から私たちの必要を知って満たしてくださる方ではありませんか」、などと言ってくれます。
            *
 オズボーン師は、これまで一人としてイエス様の言葉を聞いたことの無いような未回心の国に伝道することを決めていたようです。「私は異邦人への伝道者」、また「人が行ったあとには私は行かない」などと言ったパウロに似ています。こうしたことが、これまで長い間先生が日本に来なかった理由かもしれません。
 あの頃、先生が日本の京都で伝道された時、日本の国が東南アジアや、アフリカ、南アメリカのような未伝国とは見えなかったのかも知れません。私の独り合点の判断ですが、先生の宣教上の信条の故に、既宣教国である日本へは行かなくても良い、あの国は万代先生に任せておこう、とでも思われたでしょうか。
 しかし、この度、日本に再来日されるのは何故でしょうか。私の立ち入るべき問題ではありませんが、先だってハーザー8月号で「日本にはリバイバルが起こる、リバイバルが起こると、もう耳にたこが出来るほどアメリカなどの高名な先生がたの預言を聞くが、一向に日本にリバイバルが来ない。これはどうした訳か」、という某先生のご意見が出ていた。まさに然り。
 日本は非キリスト教国でありながら、日本のクリスチャンや牧師、神学者たちの質がよい、もうすぐリバイバルが来て良さそうであるのに、それが起きない。
 これには霊的地政学と言うか、他国に例のない問題がありはしないか。この問題についてオズボーン師は何か期すものがあるのではないか。これは私の思い過ごしでしょうか。今回の川口市における先生のセミナーに期待することが大きいのも、この期待もあるからです。《く》

〔図書推薦〕
オズボーン師と娘さんのラドンナ師との共著「新しい奇蹟のいのち」、世界各地で行った癒しの伝道集会における驚天動地の奇蹟の証し集です。273頁。1680円。発行所はイルミナイター、発売は(株)星雲社。▼「贖いの祝福」も先週号に書いたとおりです。ぜひお求め下さい。教理的にも、しっかりしていますから。いずれもキリスト教書店でどうぞ。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-08-28 00:00 | 日岡だより

No.190 私の神癒伝道事始め 2005.8.21

私の神癒伝道事始め

 それは、1955年のことだったと思う。私はどこで手に入れたか覚えていないが、T・L・オズボーン著「キリストによる癒し」という雑誌型の本を手に入れた。「癒し」という言葉に魅力があった。私は読み始めた。その内容に魅せられた。私は熱中して毎週の礼拝でこの本の宣伝と講釈を始めた。
 「皆さん、確かにイエス様は私たちの病気を癒して
 くださる方です。この本を読んでください。聖書に
 書いてあるまんまです。ぜひ読んでください。」
 その頃、私は大分市の中心にあった町村会館というビルの一室を借りて毎週日曜日の礼拝をしていた。会衆は15名、時には30名ほど集まる程度でした。
 その「キリストによる癒し」を信徒諸君に勧めているうちに、ある日、Nという老人があたふたと私のもとにやってきた。
 「先生、奇蹟です。私のおなかの痛いのが治ったん
 です。」
 様子を聞くとこうだ。聞けば可笑しい、おなかが痛くなったので、ふと毎週先生の言う「キリストによる癒し」のことを思い出した。それで、やってみようと思って、あの本をおなかの上に置いて寝た。そして寝入ってしまったが、目がさめると腹痛が治っていた。と、こう言うのです。
 なんだか、偶像宗教の「おふだ」をお腹に貼っていたら病気が引いたという感じだから、吹き出しそうになった、しかし、ご当人が真剣だから笑うに笑えず、真面目な顔をして、他の信者さんたちに神癒のあらたかさを吹聴した。すると皆さんは真面目に聞いた。
           *
 ところで、次の週、その夜が祈祷会の日だった、皆さんが集まって祈祷会の準備中だった。そこへ、例のN老人の奥さんのオバアチャンが急きこんで部屋に入ってきた。私の家の6畳の間だった。
 「先生、先生、神経痛が治った。おったまげた。わ
 し、イエス様、信じます。」
 今までご主人のお腹の痛みが治ったのをせせら笑っていたオバアチャンが言うのである。
 郊外の田圃の畦道を歩いていたそうだ。突然、全身に痛みが走って倒れそうになった。神経痛だ。彼女は必死になって叫んだ。
 「釘宮先生の信じるイエス・キリストの神様。この
 神経痛を治してください。」
 すると、左か、右か、ともかく半身がずばりと治った、しかし、残る半分が痛い。彼女はもう一度、叫んだそうだ。
 「釘宮先生の信じるイエス・キリストの神様。半分
 だけでなく、全身をポーンと治してください。」
 そうすると、いっぺんに全身からスッキリ痛みがなくなったそうだ。
 「先生、わしゃもうジイチャンを笑いません。私も
 イエス様を信じます。」
 と、おいおい泣くのです。その夜の祈祷会はいっぺんに燃え上がったのです。
            *
 その後、しばらくしてある女性、30代の奥さんが来て、「先生、盲腸炎ですが、キリスト様の力で治るでしょうか。」と言う。私はドキッとしたが、無理に落ち着いて「大丈夫、なおりますよ」と言った。
 くわしく聞くと、下腹部に痛みが始まって病院に行くと、2人のお医者が3べん見て、「手術をせねばいかん」という。しかし、お金がありません。(当時はまだ国民健康保険の無い頃です。手術が怖いから神様のお癒しというのではない。入院費が無いから神様のお癒しがほしいという時代です。)
 私がそのご家庭に行って見ると、奥さんは布団をしいて寝ている。枕もとに化膿どめの薬がおいてある。お腹のほうには氷嚢をあてている。その奥さんのそばに行って家族の見守る中で、まず薬と氷嚢を棄てさせた。そして私は下手な祈りをした。私はそういう時の霊的処置というか、祈り方というか。全く知らなかった、祈りの大家の祈りの現場を見たことが無かった。
 私は祈り終わると、冷や汗をかいて、そそくさと逃げるように、その場を辞して我が家へ急いだ。あのままで大丈夫だろうか。あの奥さんが死んだら、私は多分、「偽牧師、患者を殺す」とでも新聞記事になって叩かれるだろうなあ、と不安で一杯だった。私は今でもその時、恐れつつ帰った道の様子を覚えている。
 それから3日して、日曜日がきた。いつもの町村会館で礼拝をしていると、あの奥さんが飛び込んできた。そして、叫んだ。
 「先生、盲腸炎が治った。一向に痛くありません。
 熱も無いです。日直のお医者に見てもらったら、盲
 腸炎は無くなっている! って言うんです。」
 さあ、礼拝の場は大騒動。私は驚喜して叫ぶ。
 「みなさん、どうです。神様のお力は凄い。皆さん、
 病人をどんどん教会に連れてきなさい。」
 さっそく次の日に、ある信者さんが乳癌の女性を連れて来た。未信者です。私はまた、顔色を無くした。
 「なんで、もっと軽い風邪か、腹痛の人でも連れて来
 ないんだい?」
 信仰のない牧師の私は慌てます。しかし、その乳癌の女性もまた、一週間で癒されます。私はますます上気しました。
           *
 ところが、今度は私の家族です。様子が違う。ちょうど年が変わって新年になりました。「今年は神癒の年だ」とはばからず、公言していたが、なんとその正月から妻や子どもが次々に猩紅熱とか、幼女の唇がただれて溶けて行くとか、難病、奇病の連続です。
 そして今度は、これらの病気が一気には治らない。信じて忍耐して、待っているだけです。そうしているうちに、しかし次第に治って行く。
 実はその頃、私は医師も医薬品も一切拒否。だから小さい傷にも、メンソレータム一つ塗らない。風を引いても売薬一包も飲まない。厳酷なものです。(今はそうではありません)。じっと待っているだけです。
 多分、自然治癒力でなおるのだろう、と理屈をつける批評家もいます。ともあれ、そういう我慢のなかで、病気は一切治って行く。そのうちに、私の家庭では病気というものは放っておけば、治るものだということになってしまいました。
 その後も、ある信者の方、足に出来たコブのために祈ると、見ている間にジュジュと音を立ててコブが消え、後に皮膚が皺になって残っていた。あるいは、ある未信者さんの家庭からは、「家出をしたお父さんを捜してくれないか」などと、占いの霊媒にでも持って行きそうな依頼が舞こんだことがある。でも、祈ってあげると、お父さんがその祈った時刻にちょうど北九州の駅に行っていて、そこで心が変わって家に帰ってきた。そんな例が続々と生まれてきました。
 こうして、次第に私の内に強い信仰が固まってきました。小さかった信仰、無邪気な可愛いい信仰が、積み重ねられていって、いつの間にか、しっかりした確かな信仰に固まってくるのです。小さい信仰でも気にせずに積み重ねてゆくうちに、強い、大きい信仰に成長していく。そこに信仰確立の法則があるようだと私は気づき始めました。
 ただ恐れるのは、そうした信仰を頂くと、傲慢になりやすいことです。働かれるのは主イエス様です。私たちは主の僕に過ぎません。私は特に小さい器です。諸先生がたの末尾に伏すものです。ただ、主様だけに栄光をささげます。《く》
 
〔あとがき〕
冒頭に書いたT・L・オズボーン師は来月の9月19日から25日まで、埼玉県川口市(川口駅前)のリリアにてセミナーと伝道会を開きます。まさに50年ぶりの来日です。ご紹介した「キリストによる癒し」は万代恒雄先生の翻訳でした。その本が私の神癒伝道に乗り出す原点になりました。そういう訳でオズボーン師は私の恩人です。▼この度、オズボーン師の新著「贖いの祝福」という本が出されています。リバイバル新聞からその書評を依頼されて目下原稿作成中ですが、凄い本です。皆さんのご購読をお勧めします。発売は(株)星雲社。定価は2600円。少々値は張りますが、がんばって買ってください。私は書評のために読み始めたのですが。文句なしにすばらしいというより、実はびっくりしています。信仰の持ち方や、祈りの姿勢について、私たちの多くの誤解を指摘し、そして具体的に本当の祈りについての新しい考え方、姿勢を教えてくれます。どうぞキリスト教書店に行って注文してください。▼今週のリバイバル新聞の「非戦論」の記事は注目です。団体や国や、ともかく組織が大きくなればなるほど倫理的水準は落下してゆくのです。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-08-21 00:00 | 日岡だより

No.189 平和論者はどこへ行く? 2005.8.14

平和論者はどこへ行く?

 毎年、2月と、8月が来ると、キリスト教関係の新聞に私は必ず「平和憲法を守ろう」という協賛広告を出す(小さい枠だが)。2月は建国記念日の2月11日(戦前の紀元節)を意識してのことだが、8月はもちろん敗戦の日を意識してのことである。
 もう一つ、12月8日の真珠湾攻撃の日、つまり大東亜戦争が太平洋戦争に拡大した日であるが、この日を控えての「平和憲法を守ろう」という広告も出したいのであるが、新聞社側がこの企画を持って来ない。
 12月8日の真珠湾攻撃の記事は一般紙でも載らないことがある。まして2・26事件や支那事変の勃発等、滅多に新聞に載らない事が多い。一般読者に興味の無さそうなことは記事にしない癖が新聞各紙には有りそうである。
 明治時代には社会を啓蒙し、権力や社会に嫌われそうな意見もデカデカ発表する新聞があったようだが、その後、新聞経営は肥大して利益本位となり、理想主義が卑小化したのか、かつての意気込みが無い。
 せめて、キリスト教関係の新聞は積極的に平和論を大声叱呼してほしい。(大声叱呼という言葉は私の慣用語らしく、辞典には同音の言葉はあるが、この言葉は無い)。
           *
 先週の「日岡だより」の付録として一部の方々に配布した文章がある。以下のようなことを書いた。
 8月6日の新聞各紙に一頁全面広告が出ていましたね。皆さん、見られましたか。
 「『憲法を変えて戦争に行こう』という世の中に
  しないための18人の発言」
 と称して、井上ひさしや、黒柳徹子、美輪明宏、吉永小百合さんなどの名前が連なっていました。
 なんという気の弱い見出しでしょう。私は言いたい。真の平和主義というものはそんなものではない。国(国会)が憲法を修正して、国を挙げて戦争をおっぱじめた時、その戦争のさなかで、我々戦争反対者は、どうしたらよいのかという覚悟が見えない。今からでも、その用意をしておかなくては、イザという時、間に合いません。
 某国が日本列島に水爆を落して、東京、皇居、大阪、名古屋、北九州、沖縄が壊滅する。政府の機構は文書やインターネット関係、全国を網羅する産業、交通、通信、地方行政の把握が一切メチャメチャになる。
 その時、どういうわけか軍事機能だけが、つまり軍人さんだけが残って健気にも日本列島を守ってくれている。そういう光景が国民の前に現出されたとしたら、誰でも主戦論者になるだろうと思う。これは、
 私のしろうとらしい、やや誇張したシミュレーションですけれど、こうした事が起こりはしないかと思うのです。その時、平和主義者はどこへ行くのか。


世界の終末が来るか

 戦争どころか。もう一つ問題があります。地震です。関東の人からハガキが来ました。「東京地下地盤が地震必至という噂があります。日本は大丈夫でしょうか。最近の小型地震の頻発に恐れています」と。
 ファチマの預言というのを聞いたことはありませんか。1917年にポルトガルのファチマという村でルチアという少女に聖母マリヤが表れて、3つの預言をしました。
 それはまず、第一次世界大戦と、第二次世界大戦の預言でした。そして、その預言はズバリ当たりました。残る第三の預言がヴァチカンの奥深く納められて、聖母マリヤのご命令で、秘密にされていました。
 その禁が解かれる1960年?に、時の教皇さんが開いて見て、その恐怖的内容に失神したと言われています。そしてその預言文書は再び秘密にされました。
 さて、噂らしいが確かなことらしい。その第三の預言というのは、近づく第三次世界大戦と聖書のヨハネ黙示録にある世界終末の地震やその他の地上の惨劇を預言しているのだというのです。
 その時代が、今、近づいているのではないか。私たちクリスチャンは単なる平和憲法論や、戦争が起こったら、どうするか、そんなことを言っているどころではないのではないか。
 地球最後の終末が来る。単なる「戦争はキライです」というような小児病的非戦論では収まらない時代がくる。主イエス・キリスト様の到来を迎えて、教会は奮闘的対応が迫られている、そういう時が来るのです。
 悪魔の力、そう、闇の力です。その闇の力が現れます。その力に打ち勝たねばなりません。そのためには福音の力が待たれます。
 全世界に福音が宣布され、世界各地に霊的、道徳的変革が起こり、地球に新しい地殻と気象の変動が起こり、新人類が生れます。全世界が一つになります。聖書でいう千年王国です。……しかし、まず地震が来るべきなのです。《く》


新聞の不思議さ

 この8月6日の産経新聞でしたが、その日の「産経抄」というコラムに、当時としては「郵政改革案賛成」と小泉さんを驚喜させるような記事が載っていました。しかもこの日の読者投書欄では、その見やすい箇所に、「郵政改革の利点」と称して、具体的な民営化利点を挙げた投書が載っていたのです。今まで、こんな記事を産経新聞でも見たことがなかった。まして、他の各社の新聞ではそうです。なぜでしょうか。
 他に例をあげましょう。本年当初の頃だったか、自治体の合併問題の扱い方がそうでした。「今、なぜ市町村の合併が必要なのか」、政府や関係市町村の説明も、そして新聞(!)の解説も全然ない。これも不思議だった。
 こうした重要問題には、新聞はもっと解説や意見を出すべきだと思う。郵政民営化の問題など、宙に浮いていて、衆議院解散の時に至るまで、万事まったく蚊帳の中で、遂に解散だ。なぜ政界であんなにもめたのか。さっぱり分からなかった。当事者も新聞も説明不十分のまま、幕は下りたのです。
 これは政府も周知徹底不十分というべきでしょうが、新聞には尚更、その責任があると思うのです。それにしても、最近の県警の捜査費の使途不明の事件は、少なくとも大分県の地元紙はかなり執拗に追及しています。しっかりしてきたと言うのは失礼かな。《く》


主は今、生きておられる

 先週、8月4日から同6日まで、久留米ベテル・キリスト教会を会場にしてイエス・キリスト福音の群の九州リバイバル夏季聖会が持たれました。当教会からは牧師を含めて5名しか参加が出来なかったのは残念でしたが、そのすばらしい聖会の霊気にふれて、私はいっそう深く残念に思いました。当初、私がもっと熱心に信徒の皆さんにお勧めすれば良かったのにと、ひとしお後悔したことです。
 今回の聖会の主題聖句はヘブル13章8節、「イエス・キリストは昨日も今日もいつまでも、同一のお方です」です。それを、最後の聖会で永井明先生が「これはつまり『主は今生きておられる』ということです」と言い替えて熱弁を振るわれました。
 先生は、どこまでも開拓伝道者、九州の小都市・鳥栖にお出でになって、まず奥様のご肉親、ご親族の最後に残られた、奥様直接のお兄様に伝道なさって、バプテスマを施された。しかも、遠慮なさらず、あっさりと酒や煙草もお止めになられるよう、義兄にあたられるお方に対して見事なご指導です。このお証しに感銘しました。
 なお明先生に先だって、信義先生は第一回は「イエス様に従え」。第二回は「イエス様を決して離れるな」との素晴らしい説教でした。最後の名フレーズは「いつも、どうしようもなく、神様を必要としている」。私は両先生の説教を身震いしながら、お聞きしましたよ。テープが間もなく出来るでしょう。みなさん、お求めください。《く》


【福音春秋】
 私の書いた小冊子「笑えば必ず幸福になる」がだんだん有名になって来ました。盛岡の鵜丹谷先生と、大和カルバリチャーチの大川先生の宣伝が大きく効いていると思うのですが、それにしても今回の私の手元に舞いこんだ情報に私もつい嬉しくなって、それこそ「ワッハッハハ」でした。
 昨日、前橋市の富沢内科小児科医院の院長先生から電話があったのです。先月、この医院の先代院長先生から「笑えば必ず幸福になる」を150冊の注文があったのですが、今回追加注文で50冊ほしいと言われる。というのもこの小冊子を患者さんたちに勧めたところ、実践してみた患者さんたちの疾病が治ってきているというのです。
 もっとも詳しいことは電話で分かりにくかったので、あらためて文書でお知らせくださいとお願いしたのですが、とにかく例えば、「神経痛の痛みが引きました」と言っておられるのを確かに聞きましたが、他にも癒しの証しが沢山ありました。ともあれ、小冊子「笑えば必ず幸福になる」で現に痛みが治ったなどと、現業医の先生からお証しを聞くのは嬉しいです。みなさん、ますます笑ってください。シャローム!《く》

〔あとがき〕
私はどうも長文大冊が書けません。小冊子が好きです、と言うよりそれしか能力が無いのか。前記の「笑えば必ず幸福になる」や「誰でも出来る『心の強化法』」など好評ですが、最近、永井明先生のご要望で1988年に書いた「ヨブ記説教集」を復刻出版しました。これも1冊100円の小冊子です。けっして重厚な本ではありません。重量的にも軽い。それこそ軽く手に取って読めます。なるほど、難解ヨブ記が楽しく読めると皆さんも言ってくれます。評判です。製本にやや難点があり、ですが安いのが取りえです。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-08-14 00:00 | 日岡だより