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No.186 意志すれば、笑えるよ! 2005.7.24

意志すれば、笑えるよ!

 トロントやアルゼンチンで聖霊による笑いの賜物が始まったのは、もう20年も前のことだったか。
 当時、その噂を聞くだけの私たちは、どんなことかなのかと不思議にも思い、羨ましくも思った。後に私は永野先生に連れだって頂いてトロントに行き、実際に体験したのだったが、それにしてもいつも笑っておれる訳ではない。
 そうした頃、松岡欣也先生を教会に招いたことがある。松岡先生は大胆で愉快な方だから、説教でも途方もないことを言う。その時、こんなことを言われた。
「みなさーん、聖霊様によって笑う。それは善いことです。しかし、いくら待っても聖霊様が来ない時、特に笑いの聖霊が来ない、そんな時、みなさーん、どうします。簡単です。自分で笑いましょう。ワッハッハハ」
 この松岡先生の言葉に私は開明した。そうか、聖霊様によらなくても、自分で笑ってみよう。そうだ、自分で腹をきめて笑おう。そして「ワッハッハッハ」と始めたのです。
 私のワッハッハハ運動はここから始まったのです。そして分かった。大事なことは意志である。「笑おう」と心で意志すれば、人は笑える。
 落語や漫才や喜劇、あるいは愉快な人物の言動や、無邪気な子どもの可愛い仕草にも思わず笑う、そういう受動的な笑いも、他の動物にはない人間だけの高度な精神機能だと思うが、それ以上に「自分で笑おうと思えば笑える」、これは人間の著しい脳の機能であると私は気がついた。
 これは意志の力であり、人間特有の能力である。そして意志の道具は言葉であると認識しよう。《く》

  
永藤裕幸先生に見ならえ

 先の主日の夜は、当教会で永藤裕幸先生を招いての神癒聖会だったが、その直前になって、私は「あっ、しまった」と思った。事前の宣伝を殆どしていなかったのである。週報に予定行事として挙げてはあるが、それ以上、熱心に信徒諸君に奨めもしなかったし、まして他教会の先生がたに何一つ案内していなかった。
 その上、信徒諸君の中には、これという病気の人がいない。私の妻は重病だが、病院に入ってしまっていて、教会には来れそうもない。(妻は湯布院の厚生年金病院に入院しているので、大分までの外泊許可をとって連れ帰り、会衆の前で奇蹟的癒しを現わしてほしかったのだが、病院の医療プログラムの中では妻を外泊させて教会の神癒聖会に出席させるのは無理だった)。
 当夜、先生に講壇に立って頂いて説教を終わり、いよいよ「お癒しの時間です。皆さん、お癒しを求める方、前に出てください」と言った時、ひとりも前に出なかったらどうしよう。これが私の心配であった。
 ところで、後から分かったことであるが、先生のご説教の最中に、すでにN君などは腰の痛いのが癒されていた。午前の礼拝の時から、私は上記のような心配があるにも関わらず、気を取り直して大胆に「今晩の聖会に奇蹟を期待しましょう」と叫んでいたのが良かったのか。
 先生の説教はどちらかと言うと、地味である。少なくとも、アナコンディアやベニー・ヒンのような華やかさはない。にもかかわらず、癒しの希望者を募ると、なんと皆さんが前に出てきて待っている。
 実は、私もそうだが、多くの先生がたも神癒会では一人一人に大して時間をかけない。和歌山の山本先生のごときは、サァーッと駆けるように手で会衆の頭を撫でるようにして按手してゆく、すると会衆はバタバタと倒れる。
 しかし、永藤先生はそうではない。一人一人にじっくりと祈る。当夜は、たった28人の会衆だった。前述のとおり、宣伝が足りなかったからである。しかし、その28人が恵みの座にひしめきあって座って待っている。ついに先生の癒しの祈りが終わるのに11時半までかかってしまった。
 28人の少数でこそ、良かった。これ以上会衆が多かったら翌日の朝までかかったであろう。実際、先生を宿泊のホテルまでお連れしたとき、夜半の12時になっていた。
 ところで、その恵みの座だが、一人一人確実に癒されてゆく。私の知って居るはずの信徒の皆さんだが、私が気づいていない病気が多々あるらしい、その病気が次々癒されて行く。みなさんは跳びあがるようにして「癒されました」と叫び、手を振り、足を踏みならし、体をゆすって証しをする。後ろの人たちが喜んで拍手したものです。私の心配はどこかへ吹き飛んでしまった。
            *
 翌日の朝、私はホテルで先生と落ち合い、湯布院まで車でご一緒に行くことにする。先生は佐世保が次の奉仕地なので、湯布院からJRの久大線でお送りすれば良いわけである。湯布院で私の妻のため祈って頂きたかったのである。
 車の運転席で運転のせつこ(二女)が説教テープを入れた。どなたの説教か私には分からない、ところが永藤先生にはすぐ分かったらしい。「あっ、モーリス・セルロ先生ですね」と言われる。私にも記憶がよみがえった。「あぁ、そうです。川口のリリアでの聖会のテープです」。私は川口駅から妻と一緒に通路を通ってリリアのホールに入った記憶をなつかしんだ。
 ここから、永藤先生のすばらしい車中講義が始まったのである。昨夜の神癒聖会の恵みにまさる牧師冥利につきる時間であった。永藤先生はこのモーリス・セルロ先生のミニストリー聖書学校に在学したのだという。その前にも、CFN聖書学校を卒業しているという。先生、実は英語はベラベラらしい。
 そこから始まって、私の神癒伝道の隠れた恩人であるT・L・オズボーンが20代にインド伝道で挫折して一度、アメリカに帰り、ウイリアム・ブラハムという人だったか、その人の指導を受けて再献身、再びインドに渡って、数万人の神癒伝道に成功した話。そういう「血湧き肉踊る」といえば下品だが、そういう秘話をいくつも聞いた。
 前世紀初頭のイギリスのウイグルワースから始まって、オーラル・ロバートや、マックス・ホワイト、カルロス・アナコンディやベニー・ヒン等、前記のウイリアム・ブラハムやT・L・オズボーンを含めて知らない人や、聞きかじっている神癒関係の諸先輩の先生がたの秘話が続出する。
 「先生はそんな知識はどこで得たのですか」と問うと、永藤先生言わく、「いやあ、聖書学校の図書館に行って随分勉強しました」とおっしゃる。私はこの神癒伝道者列伝は大変感動した。それぞれの神癒ご奉仕の特異技が目に見えるような感じで、前世紀からの聖霊様のお働きの歴史が見渡せる感じだったのである。
 つまり、神癒のタイプの分別ができるのである。そして後続する私たちのために、良い参考になる個人向け講義録を開いているような気がしたのである。
            *
 あらためて、私は先生にお聞きした。「先生の癒しを受けた人たちは、今後、また病気や痛みを受けたとき、今回先生から祈っていただいた祈りの言葉、語調、雰囲気(霊調と言うべきか)を思い出して、先生の真似をして、自分自身に祈ってみる。あたかも自分を他人のごとく思って自分に対して祈る、これが良いでしょうね」と。「そうですね」と先生も賛成して下さった。
 私は記念すべき先週の神癒の夕べが終わって2日目の朝、K君が言う。このK君、言っては悪いが信仰は至って弱いほうである。信仰は、あるか無きかの薄い信仰で、教会にやっと来ている人であるが、このK君が「不思議だなあ。一昨日、永藤先生に祈ってもらったら確かに足の付け根や、腰の痛みがすっかり直ってしまった。びっくりしました。……でも、今日はまた、そこが痛いんですよ」と言う。
 こういう人は案外多かろうと思う。今日の礼拝の中で、みなさんの証しを聞きたいと思っているが、そういう痛みの再発例も聞きたいと思う。そうして、そういう人たちのために再発脱出策を講じたいと思っているのです。
 こうした場合、永藤先生の神癒会は非常に良いのです。たとえばベニー・ヒン式に、パッと手のひらを返して、癒しを求める人を転倒させたり、意識を失わせたり、こういうあっという間に癒しを行う奇蹟的技は、鈍感な能力の私たちには、真似のしようがない。ほとんど何も出来ないに等しい。
 ところが、永藤先生が念を入れて綿密に繰り返し祈って下さった癒しの言葉は、私たちがそれを模範として覚えることができる、易しい祈りの言葉でした。ですから、
 先生に祈って頂いた皆さん、あなたがたが癒された時の先生の祈りの声は耳に覚えているでしょう。皆さんが今後、自分の病気や痛みのために祈りの必要を覚えたとき、その言葉で自分に祈ってみてください。自分が永藤先生になったつもりで、自分自身に向かって祈ってください。
 そうしているうち、しだいに祈りのコツを掴むことができるはずです。そうすれば皆さんはきっと他の人のためにも祈って、主のご用にあたるクリスチャンになれるでしょう。あなたの主にある活躍を期待して、祈ります。《く》

【福音春秋】
昨日(7月23日)直木賞作家志茂田景樹氏と夫人の光子姉が見えられた。大分市での、氏の「読み聞かせ」活動のためにやって来られた、その尊い時間を縫って私に会うために来てくださったのである。今日はトキハ本店地下2F特設会場で、午後1時からその会が持たれる。時間のある方は参加してください。くわしくは昨日の大分合同新聞に一頁全面使っての紹介記事が出ているので、参考にしてください。▼また光子夫人のインタビュー記事が「恵みの雨」の本年1月号に出ています。ご主人が直木賞を取って以降、不良亭主になってしまって苦労絶えなかった奥さんがイエス様に触れて変えられてゆく一連の物語は感動的です。人間の努力や忍耐などの美談ではなくて、ただただ神様の不思議なお取扱いによって変化してゆく奇蹟に驚嘆させられます。会堂の図書台に置いておきます。《く》

〔あとがき〕
釘宮よりの私的通信。妻トミのことですが、ずっと湯布院厚生年金病院に入院中です。遅々としていますが、順調に回復しています。最近は私や家族の語りかけに何とか応答できますし、笑顔も見せます、時には声をあげて笑います。リハビリで有名な病院ですが、それでも私どもの祈りとみ言葉による語りかけ、特に「精神強化法」による言葉の応酬は、更に良い結果を妻にもたらすと信じています。お見舞い頂いても良い時期も近いかと思います。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-07-24 00:00 | 日岡だより

No.185 大事なことは……? 2005.7.17

大事なことは……?

 大事なことは主イエス様と親しくなること、主イエス様を信じること、主イエス様に従うこと、これである。そしてますます、主イエス様と親しくなること、つまりウェストミンスター信仰告白に従えば神様をエンジョイすること(これは永井信義先生に教わった)である。

 電話で随分聞きづらい思いをした。補聴器の掃除をしたら、よく聞こえ出した。神様の声を聞くためにも、もっと霊の耳の掃除をしなくてはならない。

 マタイ12:36の「無益な言葉の言い開き」というところを勉強した。「言い開き」という言葉がギリシャ語ではロゴス(ことば)である。第一ペテロ3:15では「説明する」と訳されている。

 最近、「親しい仲間同志の特徴はムダな会話が多いことなのだそうだ。そうならば、イエス様ともムダな会話を多くしよう」などと言っているが、真面目な先生がたから叱られそうで心配だった。上記の勉強でやや愁眉を開いた。無益な言葉が全部いけないのではない。説明できれば良い訳だ。

 聖書の語句の勉強は耳の掃除に似ている。これらの勉強については、教文館の「聖書語句大辞典」と黒崎先生の「新約聖書語句索引」がなんと役立つことであろうか。
 特にこの「新約聖書語句索引」を私の若い時に買って贈ってくれた妻に感謝する。まだ結婚前であった。妻は当時の貧乏のさなかで大枚をはたいて買ってくれたのである。

 私たちの教会の礼拝室には日本のクリスチャンの大先輩の書が2枚掲げられている。一人は内村鑑三先生、書は「禁酒非戦」と先生らしい武骨な言葉、武骨で下手な(失礼!)字である。
 もう一人は賀川先生、書は「博愛」。これは又、通俗的な言葉だな、と不審に思っていたが、出典はテトス3:4、原語はフィラントローピアである。人類愛と訳すべきか。これも賀川先生らしい。

 このフィラントローピアという言葉を上記の黒崎先生の「新約聖書語句索引」で調べると、使徒行伝27:2、同28:2にも出てくる。ローマの軍人ユリアスやマルタ島の人々がパウロやパウロ一行の人たちに「親切」であったという時の言葉に使われている。
 「この人々は、もしかしたら神の国に招かれるかなあ」、などと考えるのは行き過ぎかなあ。ともあれ、親切はよいことなのだ。(某日、日記より)。


「幸いなるかな、心の貧しき者」

 伊東直士兄は私の旧い信仰の友である。同兄の発行する家庭雑誌「牧草」第四四号をお送りくださった。家庭新聞というのは時々あるが、家庭雑誌というのは珍しい。この雑誌発行の謂れについては書き添えたいことが山ほどあるが、今回は割愛する。
 この「牧草」第44号に同兄の御父上のキリスト教入信記が載せられていた。この方、伊東栄兄は明治10年(1877年)に生まれ、昭和35年(1960年)に召天された。
 御父上が東京に遊学され、青山学院で院長・本多庸一先生の聖書講義を聞かれた時、マタイ5:3の「幸いなるかな、心の貧しき者、その人は天国のものなり」という聖書の言葉に触れた。
 この言葉が伊東栄兄に深い霊的感銘を与え、その後の人生の歩むべき方向を決定づけられたようであると、ご子息の直士兄が書いている。
 この「幸いなるかな、心の貧しき者、天国はその人のものなり」という聖句は大抵の人は知っている。また「心の貧しい」とは当時のイエス様の時代では「謙遜な」という意味に使われていたという説明も、よく講壇から牧師が語る所である。そして、謙遜に神を求め、神に従う人は天国に行けるのですよ、これに勝る幸福はありませんねえ」と結ぶのが通例かもしれない。
 しかし、その時、本多庸一先生はこう語った。「この冒頭に書かれている『幸いなるかな』という言葉は、事実、原文のギリシャ語の聖書でも、文頭に書かれているし、英語の聖書でも最初に Blessed とある。この『幸いなるかな』という言葉は、心して意を強めて読まねばならない」と。
 そして、御父上の栄さんは、このお言葉を神様の招きの言葉として受けとめ、「ここにお出でなさい。ここにあなたの幸いを知る世界がありますよ、と呼びかけ、また招き寄せて下さっているのだ」と思ったのです、とご子息の直士兄は書いている。直士兄は更に言葉を続ける。
 父は、この言葉を「幸いを約束する言葉」だと考え、誰も保証なんかしてくれない我々の幸福を、キリストは約束して下さっているのだと思ったのです。
 そしてこの言葉には聴く者の生活を全く新しく造りかえてします創造的な力がこもっているとも考えました。
 ここには単に聖書の言葉を耳で聞き、目で読んだというだけにとどまらず、イエス様の言葉が学者のような言葉でなく権威があって、聞くものが驚いた(マタイ7:29参照)というような権威があったということです。
 この権威とは偉い人の上からおっかぶせるような威厳ある風格というのではなく、聞く者の内心(霊)に浸透し、内側から人を変革させる力を持っていた、そして今も尚、聖書を読むものに、聖句の背後にあるキリストの力を感じさせるのである、と直士兄は敷衍されるのです。
            *
 釘宮言う。私も最初は、このマタイ5:3のお言葉の素晴らしさには気がつきませんでした。このみ言葉について、御父上様にとり本多庸一先生が果たしてくださった役目を、私には手島郁郎先生がなさってくださった。
 手島先生は「幸いなるかな」を英語でなくてギリシャ語のマカリオイという言葉を使って教えてくれました。又、同じようにギリシャ語で解説すれば、「貧しい者」という言葉はプトコマイという言葉で、その意味は「乞食」だということも教えてくれました。「乞食のような心で主様にすがりつくように求めるんだよ」とも言いましたが。
 大事なことは、文語訳聖書の以後、口語訳など「心の貧しい人は幸いです」と言うように、平板に訳しているけれど、これは惜しい。本多庸一先生が青山学院で教えられたように、この「幸いなるかな」という言葉を真っ先に持ってきて、勢いをつけて訳すべきです。
 私はこの聖書の箇所を「イエス様の幸福宣言」と呼びます。イエス様はその権威において、「お前たちは、どんな境遇や、どんな精神状況に居ろうと、私は宣言する、お前たちは幸福なんだ。また私はお前たちを必ず幸福者にする。すべて重荷を負うて苦労している者たちよ、私のもとに来なさい、私のふところに飛び込みなさい、あなたがたに真実の平安を与え、幸福にしてあげる」とおっしゃるのだと私は言いたいのです。
 イエス様の宣言は生半可なものではない。私たちの生来の罪、生涯に為し来たりし全ての罪を一切赦し、更に清め、力を与え、愛と善の人生を送らしめ、クリスチャンとして完成させ、天国に迎えてくださる凄い約束なのです。
 イエス様のお言葉には神の力があります。逆に悪魔の言葉には悪魔の力があります。同様にクリスチャンの言葉にはクリスチャンとしての力があるべきです。クリスチャンはすべて、この尊い力を頂いているのですから。
 これこそ「告白の力」です。大胆な言葉の力を日本人は昔から言霊(ことだま)と言って、この力を知っていました。しかし、残念ながらイエス・キリスト様の力を知らなかったのです。
 私はまた、イエス様との「会話の力」とも言っています。足立姉の詩集にあります。
   いつも喜びなさい、ハイ。
   絶えず祈りなさい、ハイ。
   すべてのことに感謝しなさい、ハイ。
 この会話を繰り返してください。そして、次は永井明先生のお勧めです。
 「毎日3度は、鏡の前に立って、自分の顔に向かって言いなさい。『いつも喜びます。絶えず祈ります。すべてのことについて感謝します』とね」。ある、いつも顔の暗い人がいました。この永井先生の奨めに従って毎日「いつも喜びます、絶えず祈ります。すべてのことについて感謝します」とやっていました。そうすると、最近ではすっかり明るい朗らかな人に変わった、ということを聞きました。私はこうしたイエス様流の明るい約束の言葉を「天国語」と呼んでいます。
 日常座臥、常に「天国語」を語りましょう。特に3か月以上続けたら、奇蹟的変化があなたの人生に起こることを私は信じます。キリストの福音が単に来世的なことにとどまらず、今日只今、私たちの人生に実現する尊い偉大な力であることを、すべてのクリスチャンに実証してほしいものです。《く》

〔福音春秋〕
 1、2頁に書いた短文スタイルは、かつての亀谷凌雲先生の真似です。先生の一枚雑誌「十字架」に載せられた短文形式の信仰語は天下一品でした。
先生は蓮如上人の14世(?)だったので代々の寺の僧職を継ぐべきでしたが、東大の哲学科に在籍中、イエス様の福音に触れられ、そして牧師になってしまった。その経緯は先生の名著「仏教から基督へ」に詳しい。仏教を棄てるのではなく、まして仏教に背くのでもない。仏教を完成させるキリスト教の神髄を先生は語る。先生が召されて、もう幾年たったのか。なつかしい先生を憶う。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-07-17 00:00 | 日岡だより

No.184 主との親しい交わり、その一つの例 2005.7.10

主との親しい交わり、その一つの例

 「常に主と交わっているという境地は、好ましいけれど、むつかしいです」と言って、あきらめる人が多いと思います。
 いつか「日岡だより」に書いた記憶がありますが、親しい交わりの仲にはムダな言葉が多いものです。つまり雑談が多いと言うのです。
 このことから気づいた一つのアイデアですが、神様との会話にムダな言葉を入れる、つまり雑談を多くすると神様との間が親しくなる! これはラッキーな思い付きでした。
 目にいるもの、気がつくこと、人のこと、物のこと、一切を神様との会話に挟みこむのです。
「神様、あの坊や、かわいいですね。あの子を神様、愛してください」
「わあ、向こうの山、きれいです。こんなきれいな山を造ってくださってありがとうございます」
「あのお店に、はいってみたいです。買物してはいけませんか」
「この小川、むかしはメダカがいたでしょうね」
「この道、よく掘り返していますよ。市の予算のむだ使いですね」
 こんなおしゃべりを神様に申しあげるのです。その時、ぜひ神様からのご返事を貰えることを期待してください。もし聞こえたら、うれしいですね。
 なんとなく、お言葉が聞こえたような気がしたら、その聞こえるように思える言葉を自分で言ってみてください。神様から直接お言葉を聞いたような気分になります。
 ひとり芝居みたいですけれど、こうして仮に神様との会話らしきものを楽しんでみるのです。
          *
 これは、なんだか冒涜のように思える人も居るでしょう。しかし、安心して神様との会話の練習と思って何度も心の中で試みてみて下さい。
 そのうちに素直に、順調に、少しずつ神様との会話が始まるようになります。
 これを普段の生活のさなかで、実習してみてください。
 たとえば、笑いの練習で、作り笑いをするのは偽善に思えて困る方もあるでしょうが、そういう方に、これは神様の前にいつもニコニコしているための真面目な練習ですよ。決して偽善ではありませんよ、と私は説明しています。
 それと同じ理屈で、この神様との会話の練習を、「偽善、いや神様の名を悪用した冒涜だわ」などと気にしないで、「これはまじめな練習です」、と神様にお許しを願って、この練習をつづけるとよいのです。
 そうすると昔、壊れたポンプに呼び水を送って水を吸いあげたように、私たちの深層意識の底のほうから神様の言葉として相応しいと思える言葉を自己流におしゃべりして吸いあげてみるようになる。
 これを繰り返しているうちに、少しでも本当の神様の言葉が上がってくるようになるかもしれない。これは神層意識からの神様のお言葉を聞き分ける練習なんだと自分に言い聞かせてください。
 こうした練習を繰り返しているうちに、常に絶えることなく、神様と交わっている幸いな人に変って行けるでしょう。《く》

  
信仰の心理学(三)

 クリスチャンで「自分の心をもっと清くしたい」と願わない人は無いでしょう。前号から引き続き書いていますが、この「信仰の心理学」は、その願いにたいする実践的な試論の一つです。
 お断りしたいことは、前頁に書きました「主との親しい交わり、その一例」も同様の目的を持っています。読者にとってはまぎらわしい小論でしょうが、逆に言えば相補的な意味合いを持っています。ご熟読ください。
 また小生がこうした実践的聖化論について、その達成者のように誤解をうける恐れもありますが、私は至って歩みののろい、こうした主題について口ほどにもなく不適格な者であることをお詫びします。
 しかし、こうではないかと道筋の見当をつけ、青年のような熱情をもって心路突破を求めている者でもあることを告白します。
 これまでのプロテスタントの聖潔派の主論や、ペンテコステ派の聖霊のバプテスマに異を立てるのではなく、もう一つの手近な方法論を模索しているのに過ぎません。ひょっとしたら、カトリックのイグナチウス・ロヨラの「霊操」の跡を追っているのかもしれません。《く》
 
 これは、あなたの心を清くする方法でもあります。聖化論の戦闘的具体策と思ってください。あなたの心に悪しき思いが浮遊しています。これまで長いこと、これを追い払い、これを消しさることに失敗してきた方が多いことでしょう。
 この私たちの心から暗い気分、悪しき思いを拭いだすための第一作戦は、これら悪しき思いの源泉であるサタンを追い払うことでした。本紙183号掲載「信仰の心理学」(二)を参照してください。イエス様のお名前を使って確信をもって「サタンよ、立ち去れ」と命じるのです。
 第二には、あなた自身の心に命じるのです。「悪霊どもの残した悪しき言葉の数々よ、消えて行け」「暗い心よ、明るくなれ」「憎しみよ、消えよ」「汚れた思い、清くなれ」、等々。
 この命令を発したら、しばらく放って置きます。神様の御手にゆだねるのです。そうすると、いつの間にか悪しき思いの残存も消えてゆくものです。
 もう一つ、処理しておきたいのは弱さの自認感情です。「自分は弱い、失敗している。私の罪は消えていない」。これらの弱い感情や罪責感をイエス様の血潮によって消し去り、強い強固な感情に建て上げる必要があります。
 もちろん、まだイエス様を信じていなくて罪の赦しを得ていない人はだめです、しかし既にイエス様を信じて罪を許され、死んだら天国に行ける信仰を持って居る人は、今更、罪意識に苦しみ、失敗や過ちを苦に病んで、自己不憫症に陥る必要はないのです。
 「私はイエス様の血潮により許され、救われている。私を責めるものは悪魔の虚偽の訴えである。私は主によって救われている。サタンよ、お前に騙されないぞ。私はイエス様の血潮であがなわれている。サタンよ、下がれ、私は神の子だ。私はイエス様の十字架の下に立っている」と叫びなさい。
 こうして、私たちはサタンの影響下から逃れ、救われ、勝利し、悪しき思い、汚れた思い、弱さの感情。無用な罪責感から救われます。ダイナミックな聖化への変革を得るのです。
 主が清くあられるように、私たちは清くなるべきです。私たちの意志をもって心に命じると、命じる言葉は必ず心に成就します。私たちの心は清くなります。もちろん、完全にそうなれるとは言いませんが。
 しかし、知性は聖書を学び、聖書に従って意志に善い方向性を与えます。善い意志は、善い言葉を発し、善い言葉は善い行動を起こします。善い行動は自信を伴い、善い感情を引き起こします。そして自らの自我を確立させます。こうして、一種の人格的自信を生むのです。
             *
 ここで、ぜひ必要なコツを紹介します。それは祈りの主題を具体的にすることです。個々の問題について祈り、次第にそれを一つのグループにまとめあげて、一括して悪しき思いの一グループを一掃するのです。例をあげます。
 たとえば「ねたみ」の心が湧いて苦しんでいるとします。これは対人的悪意でありますから、対象の人がいるはずです。その人の名を挙げて、「Aさんに対する嫉みの思いよ、去れ」と命じます。たいてい一度や二度では消えて行きません。しかし、五度か十度で一応止めるのが賢いのです。
 あまり繰り返すと、却って「私ごとき者は何べん祈っても聞かれない」という思いに捉われて祈りの自信を無くすからです。そして五度くらいが丁度よいと思うのは私の経験ですが、私は五度でやめて後は主に任せて放っておくのです。
 そうすると早い時は5分か10分で、遅い時でも半日もすると、その嫉みの思いが無くなっていることに気づきます。この「主に任せて放っておく」、これは「主にお委ねする」ということのコツでもあります。
 こうして、Aさんに対するねたみの思いが消えたにしても、別にBさんに対する嫉みの思いがあったことに気づきます。今度は「Bさんに対する嫉みの思いよ、去れ」と命じます。そして、Bさんに対する嫉みの思いが消えますと、今度はCさんに対する嫉みの思いが残っていることに気づきます。今度はCさんに対する嫉みの思いについて、去ることを命じます。
 このようにして数人の人にたいする具体的自己命令をやっているうちに、一種の汎化作用が起こります。
 その命令力が個々の対象を離れて同一傾向の問題に対して総括効果をもたらすということです。つまり「友人たちに対する嫉み」の心が全般的に無くなってしまうということです。
 この汎化作用が起こり始めると、聖化についての強力な影響がもたらされます。
 もっとも、悪魔によって荒らされた人間の悪しき心の傷の領域は、更に更に深くて微妙で混然としていますから、完全に私どもの人格が清められることは困難です。
 しかし、ここでジョン・ウェスレーの高唱する「聖潔」の信仰の賜物を求めましょう。その時ジョン・ウェスレーの言う「常に神と共にいる」人生を始めることは随分容易になります。この角度を更に研鑽したいものです。《く》


(第184号付録)
2005年7月10日(荒巻保行君の命日を前に)発行


父の死、荒巻保行、そして芥川龍之介のこと

 1930年(昭和5年)3月12日、私の父が死んだ。父の名は太重という妙な名で「たじゅう」と読む。死亡通知を出しているが、そのはがきが残っている。文章を多少現代風になおし、抜粋してみる。
「拝啓父太重儀永らく病気の処神の御旨により昨12日午後11時天に召され候 故人が生前受けし信仰の導きと交わりとを思いここに深く感謝をこめ此の段御通知申上候 釘宮義人」
 多分、この文章は父の長兄・釘宮徳太郎のものである。私は当時7歳の少年、こんな文章を書けるはずはないし、母も書くことは遠慮する、釘宮徳太郎に違いない。ともかく、短い死亡通知一片にも信仰的気迫をこめている。弟たる私の父への愛情もある。
 この同じ年、同じ月、つまり1930年(昭和5年)3月だが、その28日に内村鑑三先生が召される。70歳、ちなみに私の父は44歳、若かった。母は38歳で未亡人になったわけである。
 翌年の9月18日、満州事変と日本は称したが、対中国戦争が始まり(本当は「起した」と書くべきか)、後の対英米戦争、いわゆる太平洋戦争へ拡大の端緒となった。
 脱線するが、太平洋戦争の戦争責任を日本だけに負わせるのは酷だと私は思っている。しかし対中国戦争については日本に同情する余地はほとんど無いと思う。
 思い出してみると、この昭和六年ごろから東北の冷害はあるものの、日本の国内事情はやや明るくなっていたのではないか。日本中「東京音頭」で踊っていた感もある。
 年賀はがきの特別取り扱いが始まり、鉄道の機関車が形だけでも流線型になった。大分市ではデパートができ、エレベーターなるものに驚きの目を見はった。
 政府や軍部が「戦争するも良し」と判断するだけの経済的余裕が日本にできかけていたのかも知れない。
            *
 1932年(昭和7年)5月15日、海軍青年将校らによる首相襲撃事件、いわゆる5・15事件が起こる。4年たって、1936年(昭和11年)2月26日、青年将校らによる大臣諸公襲撃、相当規模の反乱事件が起こる。2・26事件だ。
 その翌日、2月27日、伯父の釘宮徳太郎が永眠、東京の友人たちは一瞬、釘宮さんは大分の軍人たちに殺されたのかと思ったそうだ。その通夜や葬儀の席上で加藤虎之丞氏から当時の国際、国内の政治事情を聞いて、世界や東洋、そして日本に対する平和主義的関心と熱情が私の胸に高まったのである。
 後々の非戦主義はこの時から私の内に醸成されていったのである。もちろん、叔父釘宮徳太郎の残した信仰日記に大きい影響を受けたのは当然である。
 その頃、私は14歳、大分商業学校2年生、小学校時代のブクブク肥えていた肥満体が消えて痩せ型の美少年に変わりつつあった時である。当時、友人たちとガリ版ずりの同人誌のひよこみたいなものを作って、学校の成績はどんどん落ちていった。
 この商業学校の3年生のとき、荒巻保行君と親しくなった。彼が病気で休んでいるとき、私は彼に一篇の詩を送った。それが彼を喜ばせた。そして生涯(!)を通じての心の友となったのである。商業学校を卒業するとき、彼は文学好みで特にフランス文学をやりたくって、外国語大学に行くと言う。
 私は、初め大分市内にある大分高商(後の大分大学経済学部)に進学するのが母の希望だったが、実は文学部に行きたかった。ところが当時の学制では商業学校から文学部へは行けない。私は進学を断念した。これは私の短慮というか、失敗だったと思うが、とにかく叔父徳太郎の残した肥料問屋の店に勤めることにしたのである。私の家がその支店として肥料小売商をしていたので、まあ商売の見習いということであった。
 ところで、荒巻保行のことだが、彼は東京外大の受験寸前に倒れた。胸を病んでいたのが分かった。当時の多くの青年をむしばんだ結核である。彼の父親は最初、別府の下町に別荘を持っていたので、彼を一時そこに住まわせたが、すぐ山手のほうにこじんまりとした別荘を建てて、そこに彼を保養させた。食事や身の回りの世話に年寄りのおばあちゃんを同居させた。
 彼は最初は結構この生活を楽しんだ趣きもある。玄関には柔らかい字だったが書道の先生に書いてもらって額を掲げた、「蒼瞑荘」。彼の好きそうな名である。
 周辺は落葉樹の林が多くて、彼はその環境が気に入っていたようである。私はよくそこに彼を訪ねた。
 今でも、その付近をとおると、胸がツーンとする。地に伏して泣きたいような気持ちになる。
            *
 ある日、訪ねると、彼は言う。
「このごろ、哲学を勉強している。ショーペンハウエルって奴だがね、知ってるだろ、厭世哲学の。この人は厭世哲学というけれど、70歳も越えて若い娘に恋愛しているんだよね。バカにしているねえ(彼は私をのぞきこんで言った。つづけて)、僕は死の哲学を作ろうと思ってるんだ。多くの哲学や人生論が、すべて生きている事は善い事だ、ということを前提に始める。例えばさ、ロマン・ローランだ。これはインチキだと思うんだ。生きていることが良いことか、悪いことか、そのことに何の疑いも抱かず、それを肯定して、その前提のもとに生の哲学を立てる。もし生きていることが無意味なのだときまったら、その哲学は全部崩れてしまうだろ? 僕は死の哲学を作りたいのだ」
 「おい、おい。それ可笑しいんじゃないか。君が死の哲学を立てるのはよい。そうしたら、生の哲学ならいざ知らず、死の哲学を本当に立てたのなら、その哲学のノートや原稿を書く余裕はない、その場で死んでしまうんじゃないかな、ハハハハハ」
 彼とは、そんな会話を交わし、そして私は彼の住まいを辞した。それが最後であった。
 1941年(昭和16年)7月12日、彼の父から電話があった。「保行の行方が分からない」。私はびっくりして別府に飛んで行った。しばらくして、彼が以前、住んでいた下町の別荘でガス自殺をしている姿が発見された。呆然として私は彼の死体のそばに座りこんでしまったが、ついに耐えきれなくて大分の自宅に帰った。すると、彼から小さなノートが届いていた。彼の最後の日までの日記であり、また私への遺書でもあった。
 私はそれを読んで泣いた。一夜泣き明かした。大分川のほとりに行って、川辺で泣いた。水辺に遊ぶかもめの姿が今も目に焼きついている。現在、元・西鉄グランドホテルが建っているところである。
 彼はその小さな手帳に「紫荊」という名をつけていた。読み方は「はなずおう」というのだそうだ。弱々しい花びらが彼の心を引きつけたらしい。辞典を引けば「花蘇芳」という正字が別にあるのだけれど、彼は「紫荊」という字にこだわっている。
 私のひそかな憶測だが、その字を「しけい」と読んで「死刑」を連想していたのではないか、とさえ思う。彼は彼自身を死刑にしようとしたのである。
 彼の遺書をかいつまんで紹介すればこうなる。「人間の生というものは感覚的なものである。そして感覚は快なるものを良しとする。そして快なる感覚は人を罪に誘い込む。
 感覚も快も罪ではない。しかし、それを肉に持つ私自身は、それを契機として罪を犯してしまう。
 友よ、私は死ぬことによって、私の罪を消そう、赦して貰おう、というのではない。ただ、一刻もはやく、罪の生にピリオドを打ちたいのである。
 友よ、今、死に臨んで、君が冗談のように言ったあの言葉が、私の心に、あいくちのように刺さる。まさしく君の言うとおり、死の哲学が完成したならば、『その場ですぐさま死なねばなるまいね』。でも、私は今、不思議に幸福感に満たされている」。
 私はそれまで軟弱な文学青年であった。しかし、その時から死と生の問題に思いをひそめ、死からの呼び声におびえながら、それからの解決を求めた。
 私は父が信じ伯父が信じたイエス・キリストに救いを求めた。しかし、そのイエス・キリスト体験をするまで3年かかった。それは福岡刑務所の独房の中に於いてであった。1944年11月23日のことである。
 実は、私は最近、奥山実先生の「芥川龍之介」の評論を読んだ。そこで奥山先生が指摘する芥川の深刻な内面史に、私が前述した荒巻保行の魂の面影を二重写しに見たのである。
 私は深い溜息をつかざるを得なかった。奥山先生の芥川観は凄まじいものである。
 先生自身が深淵を覗きこんだ過去があるからであろう。あの磊落な開けっ広げな奥山先生を見ると不思議な感じもするが、いや、だからこそと言うべきか、神様に感謝する! 《く》

〔あとがき〕
 3年前のある日、突然、ある人から部厚い郵便が届いた。それは前記の旧友荒巻君が、その弟の俊彦君にあてた手紙類の書簡集でありました。時期は昭和16年の4月から7月までの正味40日に足らぬ文集です。
 荒巻君の自死と、それについての私の受けた影響はすでに書きました。私は、その夜大分川のほとりで泣き明かしたことも書きました。その後、私は死んだ荒巻君の真似をしてしばらく哲学を勉強しましたが、私の頭脳ではカント、ヘーゲル、ニーチェは歯が立ちませんでした。
 西洋伝来のキリスト教は、もちろん自死を罪と断じ、その魂は地獄に行くと言います。それが本当なら荒巻は地獄行きです。そんなことがあろうか。しかし、それが本当なら、自分も荒巻を追っ掛けて地獄に行きたい、そんな風に思う私でした。
 さて、弟さんの送ってくれた荒巻君の書簡集には驚きました。これが、当時の旧制大分商業学校というマイナーな学校を出たばかりの19歳の青年の書いた手紙だろうか。私は彼の「遺簡集」を読んで、彼の思索がこんなに深かったのかと驚嘆しました。
 こんな事を書いてあります。ある哲学者を評したあげく「彼の烈々たる愛国の情熱に大いに感動している。哲学が決して学者の閑事業でないことが分かる。いたずらな文学者みたいな、やくざ的なところがない。実際、今日の文学者の書くものには「時局便乗的」な臭いを感じる。彼らはいつも思想をペン先から作りあげる。だから戦争が始まれば、すぐ戦争文学を書く。平和になれば、その同じペンから平和文学をすぐ書くだろう。馬鹿々々しいよりも彼らの精神の悲惨さに目をそむけたくなる、それにくらべれば、日本の哲学者は感心だ。彼らを大いにほめておこうと思う」。
 これがあの思想統制の激しかった戦時中に、19歳の若者が言ったことだろうか。また、「日本の哲学者は感心だ」などという彼の大人ぶりにも一驚する。その頃から、2年もすると、同じようなことを私が自分のノートに書き始める。そして、その後の私の人生に《非戦主義と自殺と刑務所行き》というコースが待っていたわけだが、彼の見通していたコースの上を私は走っていたことになる。
 何よりも、彼は生来の詩人だった。気質も繊細、字もきれいで、小詩篇を書いて寄越した。私はその詩心の深さにため息をついたものだ。しかし、それどころではない、こんな頑丈な哲学者としての資質を持っていたのかと、私は呆れるのである。私は全く見誤っていた。私はかの「死の哲学」問答の時、「その時には、その場でさっさと死んでしまえよ」と一家言を呈して彼に一発食らわせたつもりでいたが、どっこい彼は先刻承知、彼は「僕も釘宮の言うことに大賛成だ」だと弟さんに書いている。私はお釈迦さんの手のひらの上で踊っている孫悟空のような者だったわけだ。
 彼は言う、「宗教は人が自己の自己たる所に絶望し、その絶望に直面して絶望に泣く所から始まる。神は決して罪悪なき天上の調和的世界に居られるのではなくて、罪悪に汚され、矛盾に満ちた地下の底におられるのである。神は愛であるというのも、ただ憎悪のない非現実的世界に神の愛が見られるのではない。金貸婆を殺したラスコーリニコフの悪の魂にも、フョードルの汚れた血を受けて人倫から背き去ったカラマーゾフの兄弟ドミートリーの魂の底にも、燦として輝く愛なのである」と。私は脱帽した。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-07-10 00:00 | 日岡だより

No.183 聖霊のバプテスマを受けよ 2005.7.3

聖霊のバプテスマを受けよ

 去る5月22日の福岡・神の愛教会の週報に中山洋子副牧師先生のお証しが載っていました。下記に転載します。

 一昨年、沖縄の実家に帰った時、泊まりがけで祈祷院に行き祈りました。1時間は異言で祈り、1時間は知性の祈りをしました。一人のうつ病の女性が癒しを求めて来られ、「聖霊のバプテスマを受けられるよう祈ってください」と言われ、手を置いて祈った時、異言の伴う聖霊のバプテスマを受け、病気は癒されたのです。主は求めに答えて下さいます。
          *
 洋子先生のお証しは簡単ですが、素晴らしいですね。来週の主日礼拝では聖書は使徒行伝第10章全章、ちょうど「聖霊のバプテスマ」の箇所です。ペテロがローマの百人隊長の家でイエス様の福音を語っている最中に、聞いている会衆の全員に聖霊が下り、一同が異言を語り出したという有名な個所です。
 使徒行伝を学び始めたのは、本年2月13日でした。それ以後、第2章以下で異言の伴う聖霊のバプテスマのことを一応学んでいるのですが、いよいよ来週はその恵みが異邦人であるローマ人たちに及ぶという画期的感激の場面に入るのです。
 実は先週の礼拝が終っての午後、講壇下の恵みの座で15人のかたがたが坐って祈っていました。玄関で礼拝から去ってゆく兄弟姉妹たちを見送っていた牧師の私も、その恵みの座に戻ってきて兄姉らと共に祈りました。
 皆さんは異言で祈り、メロディーで祈っていましたが、特に姉妹がたは手を取り合い、主を共に褒めたたえ、なかなか祈りが終りません。こうした聖霊のたゆたう様子を伺って、私は来週の礼拝に主の恵みを期待せざるを得ませんでした。《く》


信仰の心理学(二)

 本紙179号に「信仰の心理学(一)」を書きましたが、白状すれば私は心理学者でもなんでもない、心理学という権威ぶった名前を利用して自分の言いたいことを言っているだけですから、ご勘弁ください。今回も調子に乗って「信仰の心理学(二)」を書きますが、相変わらずのしろうと談義です。
 前回の標題は言い直せば「回心の心理学」だと言えます。続く今回は「信仰成長の心理学」なのです。なぜ「心理学」という言葉にこだわるかというと、この辺がどうも一般の信仰指導書では実際に各個人の心の動きについて口を閉ざしている感じがするからです。
 前回の「信仰の心理学(一)」では、「告白」の重要さについて書いたつもりです。「告白」の重要さについては、T・L・オズボーン、ケネス・E・ヘーゲンと良い指導者がいましたが、私はその重要さを永井明先生から学びました。
 その後、大胆にも10数年前、雑誌「恵みの雨」に「告白の力」を10回ほど連載しましたが、実はまだまだ勉強不足でした。しかし、あの小論を毎月載せてくれた当時の編集長辻潤さんの恩顧を忘れられません。
 ところで、今回の「信仰成長の心理学」に関して、その基礎理論ですが、実はここに「雲の間にある虹」という雑誌の7月号があります。この中にパウロ秋元先生が「あなたの御霊の賜物の発見と成長」という連載の第3回が載っていて、その第3回のタイトルが「霊、魂(知情意)、体」とあります。多分、今回私の言おうとしていることと同じだと思います。
 「霊、魂、体」の存在形式は、神様の三位一体に即して作られた人間の生存様式です。この「霊、魂、体」は互いに影響し合います。たとえば体で頑張る格好をすると、気分がシャンとします。お相撲さんがほっぺたを両手で叩くのがそれです。感情を処理する方法の一端が見えます。簡単です。
 私の十八番は「笑い」の高揚です。気分がすぐれない時、悲しい時、腹がたっている時、「ワッハッハハ」と笑うのです。悪い気分が一掃します。尚、その笑い始める時、「さあ、笑うぞ」と意気込むのが良いのです。その意気込む際の第一声が「ワッ」という発声です。つまり「ワッハッハハ」と笑い始めるのです。
            *
 信仰の第一歩、回心の時、私たちの霊の部分に聖霊様は宿って下さいます。「霊、魂、体」の中の霊です。
 魂という言葉は聖書では心と同じ領域をさします。日本人は霊魂と言って霊も魂もいっしょくたにしますが、聖書では違います。霊は人間の中心部分、自我そのものです。
 魂(心)は秋元先生のタイトルにあったとおり、「知情意」の3つの分野に分かれます。最も中心は意(意志)です。しかし、人を動かす大きな影響力は情(感情)です。意志は感情に勝てないのが普通です。しかし、聖書の言葉や、世の倫理道徳、世間の道理に従って知識を働かせ、意志を強く働かせると、昔のサムライが死の恐怖に打ち勝って武士の名誉のために切腹でもしたように、感情に大変化が起こるのです。
 知(知性)は真理を悟り、真理は神のご意志を明らかにします。この時、知性は彼が誤りなき人生を送るための有用な判別道具となります。クリスチャンは良き知性を働かせ、意志を有効に用いて人生に勝利を来たらせねばなりません。野球の打者に喩えれば、知性によって球を見分け、意志を振るって有効打を叩きます。この時、大ホームランをかっ飛ばすのは感情の大エネルギーです。
 感情は外部からの刺激により反動的に発動するのが普通です。しかし意志を有効に使い、体の部分も巧みに使うと、感情を変える事が出来ます。私が「笑い」を提唱するのは、笑いという顔の筋肉や呼吸機能を使うことにより、笑いがもたらす喜びの感情を呼び起こそうと主張しているわけです。
 しかし、もっと直接に意志を働かせ、感情を変える方法を私は自己説得法とか、自己命令法とか言って説明していますが、こうした方法論を書いた手軽な小冊子「誰でもできる『心の強化法』」をご参考にお読みください。
            *
 ところで、信仰により「霊」に聖霊様が宿り、信仰を持ったことを知的に自覚はしているのに、案外それを実生活の感情部門に何の影響をももたらさない人が多いのです。それは心の感情部分に感動が起こっていないからです。
 信仰雑誌などで、信仰を告白して喜びが爆発しているような証しを読むと、なんとなくやりきれない思いを持つ人がいます。特にこの世の煩いや、心配、怒りから解放されない方、心の中にひそむ憂欝、罪の思い、恐怖、性的圧迫、そういうものに付きまとわれて、罪責感や弱小感に苦しまれる方、そういう方々に信仰の喜びをなんとかして与えたいものです。
 この辺のことはマーリン・キャロザースの「心にひそむ罪」という本が明解にしているかと思います、また解決策も出されているはずです。加えて、私の提案を供したいと思います。
            *
 1冊の本があります。C・S・ロベット著「サタンに立ち向かえ」という本です。暁書房(マルコーシュパブリケーションの前身)発行です。残念ながら目下絶版。
 この本で教えられることは、他のキリスト教書でも滅多に見ることの出来ない内容でした。私たちが暗い気分に陥りやすいのは、私たちの古い性質の中にサタンが悪しき思い(言葉)が送り込むからである、というのです。クリスチャンたる私たちは霊においては聖霊によって聖別されています。しかし心の肉の領域ではまだまだ古い性質が残っています。そこにサタンが誘惑の悪霊どもを送りこみ、悪しき言葉を聞かせるのです。
 軍事用語に従えば橋頭堡と言いますが、よく知られている織田信長が木下藤吉郎に命じて美濃の領地である長良川のほとりの墨俣(すのまた)に造らせた一夜城が良い例です。他国の領地に出城を造り、そこを拠点として敵地を撹乱するのです。
 ローマ人への手紙第7章23節と、その前後をよくお読みになってください。そこには「内なる人(霊なる人)には善をしようという意志があるが、肉(肢体)なる私のうちに罪の子分が宿っていて、それが心の法則に戦いをいどむ」とあります。
 出城のなかにいる軍卒たちを外から指揮しているのは、墨俣の戦いで言えば織田信長です。この織田信長と援軍や軍事物資の輸送を追い払うことが子分どもを始末して、外に追い出す最も手っとり早い良い方法です。
 聖書的に言うなら、悪霊どもの親分たるサタンをまず私の周辺から追い払うのです。それがまず城内にひそむ子分どもを一掃する手初めです。
            *
 以上をまとめて書きますと、サタンは私たちの肉の心に悪しき思い(言葉)を送りこみます。その言葉と共に悪霊どもがもぐりこみ、私たちの心を占領します。昼となく夜となく、心配や不安、怒りや呪い、好色や貪欲、そうした悪いことばかりを考えるようになります。いくら考えまいとしても、この言葉の誘惑には勝てないのです。
 そういう時、まずサタンに既に勝利しておられるイエス・キリスト様のお名前によって「サタンよ、立ち去れ」と命じるのです。キリスト様は強い方です、キリスト様のお名前によってサタンは必ず遠くへ逃げ去らざるを得ません。そして悪霊どもも慌てて心の外に逃げ去って行きます。
 この時を逸せず、私たちは心の中に残っている悪い言葉を追い出すのです。つまり、サタンと悪霊どもによって荒らされた心の中に悪い言葉(思い)の傷跡が残っています。その影響が私たちの聖なる生活、愛の思いを汚し、喪失させます。そいつを追い出すのです。
 この作戦では意志が大事です。私たちの意志を働かせて、悪しき思いを打ち消すのです。思いは即ち言葉です。この言葉を打ち消す戦闘用具は同じく言葉です。私の小冊子「だれでもできる『心の強化法』」の中にある「自己命令法」(セルフコマンド法)を使って下さい。口で自分に向かってこう言って下さい。「わが魂に命じる。憎しみの心よ、消え去れ」等々。真剣な心で何度も声を出して叫ぶのです。こうすれば次々に悪しき内なる言葉を抹消できます。(未完、次回に更に具体策を書いて終ります)。《く》

〔あとがき〕
私の小冊子「笑えば必ず幸福になり」「だれでも出来る『心の強化法』」「ヨブ記説教集」は好評です。いずれも1冊100円、お申し込み下さい。▼妻トミはまだまだ意識の反応はにぶいですが、順調にリハビリできています。ご援祷ください。(釘宮生)
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by hioka-wahaha | 2005-07-03 00:00 | 日岡だより

No.182 神の声に聴き従え 2005.6.26

神の声に聴き従え

   わたしによく聞き従え
   そうすれば、良いものを食べることができ、
   最も豊かな食物で、自分を楽しませることができる。
              (イザヤ55:2)

 この度、秋田キリスト教会の中野渡先生が奥様の香代子先生をご同行で、多大の犠牲を払って九州巡講の旅にお出でくださいました。地図の上で地形を見ればよく分かりますが、この日本列島では秋田県と大分県とは正反対の位置にあって、しかもどうも日本の重要拠点の県のようには見えません。
 しかし、小さいものを選んで大きく用いたもうのは、神様の得意技です。秋田県と大分県にも見込みがあります。特にこの真理を体現なさり、私たちを励まして下さるのが、この中野渡先生です。
 私のちょっとした思い付きで「先生、九州の大分や宮崎に来てくださいよ。開拓で苦労なさっている教会や先生がたを励ましてください」と言ったとたん、先生は一言のもとに「はい、行きます、行きます」とご返事でした。
 私は大喜びで、このお約束を持って帰りましたが、実際にはこうしたプロデュースをしたことがない。私は閉口しましたが、先生も実際に直面すると私を上回って困惑するようで、「先生、7日間も日程を貰って、私は何をすれば良いのでしょう。考えただけでパニックが起こります」とはがきが来ました。
 私はあわてて日程を楽に組んで、「安心してお出でください」とご返事したことです。先生はそこで、奥さんとご一緒に日本列島縦断、自動車を駆って九州にやってきました。別府のホテルに早速本拠を構え、福永先生の佐賀関教会や、永野先生の別府教会にご自分でさっさと行ってしまって、私はお迎えも、お送りも必要ないことになってしまいました。
 私は6月18日に先生ご夫妻が大分に着かれた日、軽い食事をご一緒に食べて、あとは私と先生のマンザイのような会話の連続でしたね。特別集会にお招きする講師として、こんな気を使わないですむ楽な先生はほかにありません。
 「今後も気軽にお招きしますよ。先生、また大分にきて下さい」と、すでに宮崎を終わり、日本海の敦賀からフェリーに乗ろうとする間際、お別れの電話くださった先生に私は言ったものです。
           *
 さて、21日の夜、私どもの教会で先生を講壇にお迎えした時は、私は安心しきって野放図な司会をしましたが、それに応じて先生ものびのびと語ってくださった。その愉快で至極真面目なお話の内容はテープでお聞きください。
 その時のメッセージのテキストは冒頭にあげた聖句を含むイザヤ55:1~3でしたが、中心は「神の声に聴き従え」だったと思います。
 第一は「神の声を聴く」ことです。単に自分で考え出した聖書の言葉の引用ではありません。だからと言って、神秘的な火が降ってくるような異常体験でなくてもよい。
 通常の真面目な聖書、賛美、祈り、告白の礼拝をきちんと守りましょう。そういう信仰の生活のなかで、思いもかけず、神様は直接に私たちの魂に語りかけてくださる。その言葉に「ハイ」と従うのです。
 神の言葉をじかに聞くことと、その言葉に従順に従うこと。これが大事です。
 先生の体験でこんなことがあった。先生の開拓伝道の第一歩で大反対に遇ったことがある。それは常識で考えられないような厳しい迫害でした。迫害する側の人たちに対して、先生は憎しみと怒りが燃え上がった。非は明らかに彼らにあり、自分には神様による正義と真理の確信がある、しかし、神様は聖書の言葉を先生にお示しになった。「あなたを迫害する者のために祝福を祈りなさい」と。
 先生はこの神様の言葉に気分では反抗したけれど、しかし神様の命令にとっさに「ハイ」とお従いした。口では敵なる迫害者たちを祝福する言葉を語ったが、アタマの中は憎しみや腹立たしさや、罵りの言葉で一杯だった。しかし、自分のアタマのごちゃごちゃな思いに関係なく、口先では「赦し、祝福、愛」の言葉を語り続けたというのです。不思議ですね!
 その言葉、つまり告白を続けているうちに、次第に憎しみや怒りが先生の心から消えて行った。そして愛の心、親しみの心が湧いてきたのです。遂には、多数の彼らを心の底から愛している自分を発見したそうです。まさに奇蹟でした。
 努力して、自分の心と反対の言葉を告白するというより、最初に聴いた神の声に思わず従って忍耐できて、自然に告白を続けることができるという不思議な事が起こるのです。
 神様から出るお言葉を聴くと、どんな反対現象が外側に渦巻いても、それを無視して神様のお言葉に従うことができ、そしてそのことが完了するまで待っていることが出来るということです。
 こうして不思議なご体験を、笑わせながら聞かせてくれました。私どもの教会において感激的で楽しい集会でした。佐賀関教会でも別府教会でも、そして宮崎の教会でも多分同様だっただろうと思います。
 何もかもぶちまけて自由に福音を語ってくださった中野渡先生に感謝しつつ、もう一度先生を迎えて幸いな集会を持ちたいと、希望と祈りを主にささげているところです。《く》


小冊子「笑えば必ず幸福になる」に効果あり!
        (群馬県前橋朝祷会・富澤 隆兄より)

 先月の東北の盛岡市で全国朝祷会の大会が開かれました。その席上で地元の世話役である盛岡朝祷会の代表者・鵜丹谷三千代先生(盛岡大教授)の肝入りで私の「笑えば必ず幸福になる」をご配布くださったのでした。
 小生の粗雑な小冊子ですが、意外な反響を頂き、あちこちから共感や実践のご報告を頂いています。
 特に下記にご紹介したのは前橋朝祷会の世話役の富澤兄のご報告です。多少、本紙の読者のために分かりやすいようにと加筆修正した個所もあり、原意を損なわない限りの積りでいますが、失礼の段、同兄にひとえにお赦し乞いたいと思います。(釘宮)
 「私は昭和33年より開業の、云うならばベテランの開業医です。ところが去る6月初旬、自分の風邪が治せないで困っていました。
 そこへ先月、盛岡で行われた全国朝祷会全国大会の資料が前橋朝祷会の世話役である私の所へも送られてきました。
 その資料の中に釘宮先生の『笑えば必ず幸福になる』という小冊子が入っておりました。早速読ませて頂き、さっそく実行しました所、3日目で風邪が治ってしまいました。
 そこで去る6月16日行われた前橋朝祷会で先生の本と私の体験談をご披露しました所、会員の中から『私にも欲しい』という者がおこりまして、71冊の申込みがありました。私も患者様にすすめ、希望者には分けてあげたいと思いますので、150冊お送りしていただきたくお願い申し上げます。
 序でながらと申しては失礼ですが、笑いの電話と説教の電話(*)を聞かせて頂きましたが、こんなに一生懸命で神の福音を伝えて居られることを知って大変力づけられました。」
   *多分「ワッハッハハ元気が出る電話」(097-551-4154)と
     「テレホン聖書」(097-551-0305)のことだと思います。


【福音春秋】 
古い文章を捜して、1985年の週報を見ていたら、この「福音春秋」というコラムがあった。この名前はいいなと思って再採用しました。ここには書きたいことがあった時に書き、書きたいことが無い時には書かないことにする。▼日下公人という人の「道徳という土なくして経済の花は咲かず」という本が出ている。クリスチャンは「人の救われるは律法によらず信仰による」という言葉がきき過ぎて、律法(つまり道徳)をさげすむ傾向があるが、とんでもない、道徳は大切である。特に二宮尊徳風の日本道徳を重んじたい。▼日下さんの言葉を越えて、私は「道徳という土なくして政治も文化も芸術も花咲かず」と言いたいのである。大正期、ダダイズムや低劣な主観主義文学などで不道徳が芸術を造るというようなことを唱えた人もいたが、私はやはり高度な道徳が高度な芸術を生み出すと信じる。まして道徳なくして政治や文化の真実な高揚はあり得ません。▼親が子を殺し、弟が実の兄を殺す。連日の新聞記事です。一般国民の道徳心劣化は見え見えです。JRや航空機の運転不安、こうした問題も現在の日本の政治や文化や社会機能の衰弱に原因があると私は思います。加えて日本列島は地震の続発、これら一切の真因は日本民族の霊的基盤の深い亀裂にあるのではないかと私は思うのです。靖国問題など小手先のことは止めて、今こそ日本民族総福音化の祈りが日本のクリスチャンの間に高揚される必要があります。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-06-26 00:00 | 日岡だより

No.181 北の教会の報告から―在原繁宣教師より― 2005.6.19

北の教会の報告から           ―在原繁宣教師より―

 先年、青島聖会でしたか、アルゼンチン宣教の在原先生のお話を覚えておられる方がいるでしょうか。このたび、在原先生が日本に帰って居られ、10月まで日本各地に宣教報告の旅を続けられるらしい。その北関東から福島県での日本巡回の報告を拝見したので以下に転載します。アルゼンチン宣教の報告ではなくて、北日本の地方教会活動の報告なんですよ。南日本も斯くあれ! 《く》
            *
 北関東と福島は神の川が強く流れ続け、主の約束されたリバイバルの時のために、主の群が立て上げられながら、諸教会は成熟を目指して前進中です。
 栃木県地方教会の巡回のために、拠点を提供して下さった烏山教会のM牧師は私の親友中の親友です。因習の強い村社会の町における教会は、午前4時半からの早天祈祷によって結実中です。
 那須塩原の山奥で開拓伝道に従事されるM牧師は50代前半の女性でした。
 この方も「ひざ」で戦いを進める祈りの器。交わりの中でお受けした霊的安息とキリストの香りは宣教師タイプです。アルゼンチンの女性リバイバリストに最も近いのは、このM師だと思いました。勝利確実。
 関根辰雄師は今年76歳。長年にわたり牧会されたI教会を辞職され、山奥の大沢町で開拓を始められたのが、70歳の時。美しい教会堂と質の良いクリスチャン方の姿は関根師の信仰の実です。大定年時代の言葉に縮む中年男性方よ、夢を受け取って立ちあがろう。
 茨城県の結城市の教会名はリバイバル・チャーチで、町と日本の大リバイバルを本気で信じ、老若男女の全員が輝いています。その証拠が毎日実行されている早天祈祷会で、驚くべきことに、この祈祷会に10歳の少女が参加しているのです。美しいガラス張りのこの教会の牧師も50歳代の女性で、霊的パワーは北関東ナンバーワンだと思いました。日本の男性クリスチャンはもっと燃やされて頑張りましょう、ですって、耳が痛いなあ。
 宇都宮市のM教会で開催された諸教会合同の宣教ナイトの集会。3か月に一度開かれているそうですが、宣教に燃える青年男女が多数おられました。栃木県の未来は明るい。
 福島県郡山市にある「キリスト愛の福音教会」に溢れる主の臨在とパワーは格別です。献身者15名を有するこの使徒行伝版教会は「日本」「リバイバル」「郡山」という召命ロゴスを主より受けて、超美しい。隣接する世界宣教センタービルも凄い!
 

絶えざる主との交わり

 「絶えず祈りなさい」(第一テサロニケ5:17)というみ言葉がある。これを正直に厳密に受け取ると、一日24四時間、一瞬も休まず祈りましょう、ということになる。そんなことは人間にできるだろうか。これは聖書のいわば天国的命令なんだ。人間には出来るはずもないよ、と自分で言い訳したくなります。
 ところがこの聖書の命令に完全に従えた人がいます。私が現に地上でその人の証しを聞いたことがある。それは韓国の世界最大の教会を起こされたチョウ・ヨンギ先生、さすがですね。あと、お二人おられまして、お一人は17世紀のフランスのブラザー・ローレンス。もうお一人は19世紀アメリカに生まれフィリッピンで伝道されたフランク・ラバックという宣教師の方です。
 もう一人の人物を紹介します。これは恥ずかしくて発表しにくいのですが、実はなんと、この私、釘宮です。「ヒェーッ?」という疑いの声が起こりそうですが本当です。しかし残念なことに、この経験は1、2年で終りました。その後、泣くようにして「夢よ、もう一度」と求めましたが、一向に掴めないでいます。ともあれ、まず、その私の経験を以下に書きましょう。

   それは突然やって来ました、私の経験

 私がまだ大分県立聾学校に在職中で、その末期の1955年、昭和30年の頃だったと思う。(私はその翌年退職し、独立伝道に踏み切ったのです)。前記の聾学校での午前中の授業を終わり、生徒と一緒に給食を終わって、保護者や寮の寮母さんへの毎日の連絡簿をつけていた時だった。ふと気がついた。その朝、家で起床して、今、学校で父兄連絡簿にペンを走らせている瞬間まで、ずっと私は神様を仰いで祈り続けていたという事実に。
 起床、朝食、自転車で通勤、職員会議、朝礼、午前中の授業、そして給食、こうした事の間、一瞬も絶え間なく神様を仰いで祈り続けていたという自分を顧みて私は驚嘆した。
 私はすでに聾学校教員のかたわら、六年間の無教会風の家庭集会を開いて伝道者として、多少の働きをしていた時期です。
 あのまま過ごしたら私はどんなに素晴らしい人物になっただろうと思うが、残念ながらこの経験は1年か、2年で終わった。
 その後なんとかして、この素晴らしい経験を回復しようと思って努力したけれども、こうした精神状態を自力で維持することは出来なかった。この努力をそのまま持続しようとすればするほど神経衰弱になる外はないと思って、諦めてしまったのです。
 その後、チョウ・ヨンギ先生の証しをお聞きしてビックリした。大阪での聖会だったか、先生は「いつも神様に祈りたいと思って努力した」という。そして、幾度も失敗したが、失敗するたびに、「神様、済みません。また、あなたにお祈りするのを忘れてしまいました」と、お詫びしたそうです。「これを何度も何度も繰り返している内に、やっと常に祈ることが出来はじめました」とおっしゃるのに、私は本当にびっくりしてしまいました。
 聖霊様によって与えられたとしか思えない私の恵みの経験は1、2年で消え失せ、自力の努力で獲得したとおっしゃるチョウ・ヨンギ先生の絶えざる祈りの経験のほうが永続きしているということに私は驚いた。また不審であった。神様に不足の一つも言いたかったのも正直な告白である。この問題は別の機会に研究したいです。チョウ・ヨンギ先生の話題もここまでで割愛します。

   修道士ブラザー・ローレンスのこと

 もう戦前のことですが、青木澄十郎という純福音の先生が居られた。この先生の本の中で、17世紀のフランスの修道士ブラザー・ローレンスという人のことを知ったのである。この人は教育のない、何をさせても不器用な人だったらしい。彼はある時、冬枯れの木の枝に芽が芽吹いているのを見て、そこに神様の御手を感じ、信仰を抱いたという。
 この方が修道院にはいっても修道僧にはなれない、料理方の下働きになって、日々神様をあがめる生活を始めたのである。如何なる時にも、瞬時も忘れることなく主を呼びまつる修練を自分に課した。料理を失敗すれば、「ああ、神様、あなたが居られなければもっとひどい失敗をしたでしょう。あなたが助けてくださってこの程度に終わりました。感謝します」という具合です。かまどで火を燃やす時には、「主よ、地獄の火を避けさせてくださる主よ、感謝します」と心に念じるのであった。
 次第に台所に入ると誰でも主の臨在を感じるようになった。上級の修道僧たちや修道院長さんなどが、彼のもとに来てその臨在経験を聞くようになった。また当時のルイ3世もこの修道院に行啓されて、彼に面会を求めたという。
 彼は料理方であったから、ある時、船に乗って地中海岸のぶどう酒産地にぶどう酒を購入に行ったことがある。その荷を積んで帰りの航路についたとき、海が荒れてぶどう酒の樽が甲板上を転げまわる。それを追って彼も転げまわる始末。彼はびっこであったので、なんとも滑稽な姿になる。それを水夫たちがあざけり笑っていたが、そういう時にも彼の心は非常に平安であったという。それはあたかもミサ(聖餐式)に列している時と些かも心の状態が変わらなかったと、彼は追憶している。
 この方の名は早くより私の記憶に残りました。そして、私もこのような恵みに浴したいものだと願っていました。あの聾学校時代の経験を恵まれた時、即座に私はこのブラザー・ローレンスを思い出して、「ああ、これだ」と神様に感謝したものです。
 このブラザー・ローレンスの文集がある。CLC発行の「敬虔の生涯」をお読みください。カトリックのドン・ボスコ社から出ているのは「主の現存の体験」という題です。著者名はラウレンシオとなっているはず。これはローレンスのフランス語読みでしょうか(実名はニコラス・ヘルマンです)。ドン・ボスコ社の本は削除もなく訳文も正確だと思えますが、カトリック用語が多くて私たちには読みにくいのが難点です。
 ブラザー・ローレンスは1614年に生まれ、1691年に平素と変わらぬ平安と静けさに満たされて召されたとの記録があります。「敬虔の生涯」から要所、要所を以下に抜粋します。原意を損なわない限り多少字句を変更をしました。お赦し乞う。 
             *
 私たちは何をするにも、すべてのことを主に相談する習慣を作らねばなりません。そのために、神と絶えず語り、自分の心を神に向ける努力をしなければなりません。これは、少し努力することにより、直ちに神の愛がうちに働いて、何の困難もなくその習慣が身についてきます。
 私は自分の仕事が失敗した時には、その過失を神に申し上げて、「私一人でこのことを為すならば失敗するほかはありません。私が失敗するのを防ぎ、よくない所を正して下さるのはあなたです」と申し上げて、以後はその失敗について思い煩いませんでした。
             *
  (ある人について書かれた書簡から、多分その人の夫人にあてた手紙の一部分ですが)。
 神が彼に与えた苦難が彼にとって良い薬となり、それによって彼が自分の内なる人に目を向けるようにと私は願っています。常に彼のそばにおられる方に、彼が全幅の信頼を寄せられるよう導かれる良い機会となるはずです。できるだけ彼が神を思うことができるように、そして危険な目に会った時こそ、彼が神を思う事が出来るようになって貰いたいものです。
             *
 神は私たちの魂の奥底にご自身を写し出しておられるのに、私たちはそのお姿を見ようとしないのです。私たちはくだらないことにかまけて神を忘れ、いつも私たちの内におられる王なる方との会話を続ける事を軽んじているのです。
 日頃、信仰によって神が自分の内に居られると、考えるだけでなく、目に写るもの、身の回りで起こる事柄のすべてに、神の存在を感じましょう。目に見える造られた物から目を離して、直ちにそれを造られ創造主に心を向けましょう。
          *
 神への愛のためには、一本のわらを拾いあげることでも充分です。神のみ心を愛する時、自分自身の意向に関する愛着が取って変えられるものです。心を高く上げて神を仰ぐことを妨げているのは、自己愛の名残りにしか過ぎません。
 ひどい事件を聞いた時、その非道さに呆れるよりは、罪人の犯し得る悪の限度を考えると、もっと悪いことにならなかったことに却って驚くのです。


〔あとがき〕
今週は中野渡先生が九州に見えています。当教会では6月21日午後7時半からの集会です。今日は午前は佐賀関教会、夜は別府のフルゴスペル教会でメッセージされます。23日は宮崎福音教会です。各教会の集会と先生の上に聖霊様の油注ぎを祈ります。▼妻トミはリハビリを受けるため湯布院厚生年金病院にて療養中、経過は順調ですが、意識はまだまだ完全に回復していませんのでお見舞頂いても反応がにぶいと思いますので、ご寛恕ください。この上ともご加祷お願いします。(釘宮生)
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by hioka-wahaha | 2005-06-19 00:00 | 日岡だより

No.180 我、日本の柱とならん 2005.6.12

我、日本の柱とならん

 創価学会が出している「大白蓮華」という雑誌がある、その雑誌の7月号の広告が新聞に出ていた。その中に池田大作さんの論文であろう、その題名があった。言わく、「我、日本の柱とならん」。
 いいなあ、と私はつぶやいた。もちろん、この言葉の出所は日蓮のはずだ。日蓮さんの言いそうな言葉である。背骨の太い人物の言葉である。こういう言葉はあまりキリスト教会では聞かれない。
 日蓮さんの有名な主張は「立正安国論」である。まず正義を立てるのだ、それが国を安んじる基本だぞ、と言うわけだ。
 私が戦争中、非戦論を唱えたのは、殺人が罪であるように、戦争で他国を侵すことは悪いことだと思ったからである。戦争は神様の前に罪である。自分の愛する国に罪を犯させたくない。これが私の非戦論だったのだ。ところが、
 今の日本には、「戦争なんか嫌だよ、戦争が始まったら国外に逃げるよ」などと、そんな事を言う無責任な愛国心欠如した若者たちが幾らもいると聞いて、私はいよいよ日本人に失望を禁じ得なかった。
 私の非戦論はそんなものではない。こうである。たとえ我が国を攻撃してきた外国に対し、非戦主義のゆえに武器を取って抵抗もせず私は戦死、むざむざ国を亡ぼしてしまったとしても、天国に帰ったら神様から「お前たちはよくやった。私の教えを守って戦争に負けてしまったが、あれは栄光の敗北である。お前たちの国を、そして天皇を、政府を誉めてやるぞ」とお褒めの言葉を頂けるのなら、これこそ最高の名誉、国家の幸福であると思ったのである。
 これはまあ、なんと夢みたいな世迷言を言う奴だと、当時の警察や世間の人や、いやキリスト教会の人まで思ったであろうと思うが、私は本気で真面目だった。自分の国をそのように敗戦に至らせたとしても、その非戦論者こそ本当の愛国者である、と私は思っていたのである。
           *
 国益のために政治を取りあつかう有能な政治家は多くいることだろう。しかし、正義のため、真理のため、神様のため、信念をもって政治に挺する人こそ、本当の政治家であると思う。
 もし真理のため、正義のため、信念をもって国際政治に手を染める時、時には国を危なくするかもしれない。しかし、そういう人が政治をし、それを賛成応援する国民や国会議員諸君を擁している国は、どれほど神様から愛されることであろうか。私は日本をそういう国にしたい。(中国に気を使って国益をあげつらう諸君よりは、個人的信念を標榜する小泉さんの方に、私は好意を感じます)。
 植村正久や内村鑑三、熊本の花岡山で血判して日本をキリストの福音で救おうと決意した明治のクリスチャンたちを、私は今憶う。《く》


神は我らの避け所 また力なり

 今、自分たちの住んでいるこの土地に地震が起こるのではないかと異常に心配している方がいます。心配しています。その心配が異常なほどなのです。その電話に私は答えました。
 「大丈夫です。地震なんか起こりませんよ」。私は自信ありげに言っても、その言葉は疑わしいらしく(無理もありません)、しばらくすると、また「地震が起こりませんかねえ」と電話がかかってきます。私は青年時代ひどい強迫観念だったので、その強迫観念風の心配の仕方も想像できるのです。
 昔、中国の杞の国の人が「天地が崩れ落ちる。天地が崩れ落ちる」と言って心配したそうです。こうした無用の心配を「杞憂」と言うと辞典には出ています。現代流に言えば、典型的心配症、強迫観念です。しかし、聖書に従うと、終末の時代が近づく時、「天地が崩れ落ちる」という心配は決して杞憂だとは言えません。
 イエス様は「世の終り」について、かなり精密な預言を残しておられます。くわしくはマタイの福音書第24章を読んで下さい。
 「偽キリストが表われます。戦争や飢饉や地震が頻発します。クリスチャンはイエス様の名のゆえに迫害に会います。多くの人の愛が冷えます。しかし、こうした中でもキリストの福音は全世界に宣べ伝えられます。きびしい艱難の後、太陽は暗くなり、月は光を落とし、星は空から落ち、天体は揺り動かされます。そうしてイエス様は天の雲に乗って来られる」と、言うのです。
 私は少年時代、このイエス様のお言葉を伯父から聞いて身震いしたものです。さて、最近の日本列島の地震があちこちに起っているのを見る時、かつての映画「日本沈没」も、あながち架空の物語ではないと思い始めた人も多いでしょう。
 先に書いた地震恐怖症の方のような心配も、一概に笑っておれないのです。無理もない心配かもしれません。いずれにせよ、一応の地震被害対策をしておくことは大切でしょう。しかしそれ以上に心配で夜も眠れないとあれば、病的と言ってもよいのです。
 しかし、こうした「恐怖症」の尤もな点は、心配していることは理屈から言うと合理的だということです。これを「取り越し苦労だ」と笑っているほうが、却って「阿呆で、間抜け」なのです。
 旧約聖書の預言者たちの王や国民の不信仰の罪に対する糾弾や日蓮聖人の鎌倉幕府に対する北禍来の予言や、私の戦時中の非戦主義など、すべて祖国を愛するあまりの宗教的過反応、小児病的過敏さと当時の世人は言ったでしょう。しかし、いずれが本当の愛国者であったかどうか、矢内原先生がその「日蓮論」の末尾で言ったとおりです。
              *
 もう一度、精神病的強迫観念の話に戻りますと、本当は心配する方が当然という病例がたくさんあります。たとえば「紙幣不潔恐怖症」です。紙幣は日銀から発行されて、また日銀に回収されるまで、どれほどの人の手に渡るのか知りませんが、昔は特にひどい、よれよれの紙幣がありましたね。
 こうした紙幣は立派な清潔な人の手にも渡ったでしょうが、またどんな汚い人の手に渡ったかもしれない、特に異常な不潔な人の手に渡って意図的に汚物に浸された紙幣が無いとも言えない。
 こういう紙幣を恐れて、自分の手に渡ってきた紙幣をすべて消毒して自分の部屋で乾かしていた人がいたそうです。誰かが偶然それを見て偽札造りかと思って警察に通報したという笑い話もあるくらいです。
 実は、この話は笑っておれません。よくよく考えれば、紙幣不潔恐怖症の人の方が理にかなっているので、紙幣の不潔さを恐れない人の方が鈍感なのですね。紙幣不潔恐怖はもともとあって然るべき恐怖心ですよ。(本当に人々に持ってほしい過敏症は自己の罪に対する過敏症です。この罪過敏症こそルターの陥った回心の前駆症状であったのでした)。
 先だっての尼崎脱線事故でも、あの事故が起こらなかった時には、JR西日本のダイヤ過密に批判があったとしても、一笑に付されたことでしょう。内部告発だったら不満分子、不穏分子として左遷されたことでありましょう。
 ですから、昨今の日本列島地震多発の状況を見て心配をするのが当たり前です。ある人は言った、「災害は忘れた頃にやってくる」。北新潟地震から最近の熊本の地震にいたるまで、これを異常な事態だと気にしない方が不思議、安閑しすぎているというべきかもしれません。
 しかも一向に、心配しない人が多い。政府も、学者も、新聞も心配していません。一体にこういう心配を「下世話」という。こういう下世話な報道は案外、週刊誌や、一部のタウン紙や、無責任ネットや、右翼の街宣車のほうが本音を吐く傾向があります。時々品のない週刊誌も拾い(電車などで?)読みすることです。
              *
 しかし、常識人はやはり言うでしょう。それは思い過し、心配する方が、神経の使い過ごし。精神衛生上よくないよ。起こった時は起こった時、その時は不運とあきらめるさ。
 しかし、クリスチャンの対応は違うのです。最近、雑誌「ハーザー」で泉パウロ先生も触れていたが、先にも書いた聖書的見地から、今後の世界に起こるべき大地震への関心は当然あってしかるべき、ますます福音の宣教に当たるべき時代に突入しているとの認識を持つべきだと思います。
 しかし、言いたい。「過敏な不安は捨てましょう」。単にノーテンキに安閑としておれ、と言うのではない。私たちは大能の神様を信じるからであります。聖書の詩篇第四六篇を開きましょう。
  「神はわれらの避け所また力である。
  ……、たとい地は変わり、
  山は海の真中に移るとも、われらは恐れない。
  たといその水は鳴りとどろき、あわだつとも、
  その騒ぎによって、山は震え動くとも、
  われらは恐れない。」
 本当に恐るべきものは、こうした自然災害よりも人間の狂気でなかろうか。みんな、心配しないことにしているけれども、北朝鮮の核武器など、いつ日本に襲ってくるかも分からない。
 あの金日正総書記さんが、国内にクーデターが起こったりしてヒステリーを起こし、一旦核ボタンを押しでもすれば、日本の五大都市くらいはいっぺんに崩壊です。政府の機能は停止し、日本全国行政は麻痺する。もちろん、北朝鮮もアメリカの核反撃で全土火だるまである。
 今、最大に要求されるのは、私たちクリスチャンの強力な信仰である。世界を聖霊の火だるまにする大リバイバルである。国民の精神も、教育も、経済も、産業や、政治も、大変革する、そういう国を上げての革命が起こるときが来るのである。それは我々クリスチャンの責任であり、使命である。《く》

〔あとがき〕
私事ですが、妻トミは一応治療を一段落し、今回リハビリのため湯布院厚生年金病院に転院しました。設備もスタッフも揃っていて安心していますが、それ以上に創造主なる神様の力と臨在を信じ、最高の癒しを信じて退院の日を期待しています。先生がた、信徒の皆さんのご加祷を切にお願いします。釘宮義人
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by hioka-wahaha | 2005-06-12 00:00 | 日岡だより

No.179 私は日本人に失望した 2005.6.5

私は日本人に失望した

 先日、中国の呉儀副首相が小泉首相との会議を突然断わりもなく中止して帰国した。当時、日本政府首脳部は不快感を表明していたが、中国側に言わせれば、せっかく日本を訪問して友好的会議を開きかけている最中に、小泉首相が靖国参拝継続の意向を明らかにした。我々に対する嫌がらせであるということでしょう。
 中国の言い分が分からないではないが、何よりもこの靖国問題をいくら繰り返し取り上げても、外交問題として中国のトクにはならないことを私は中国側に忠告したいのである。これは日本人民の普遍的宗教意識に関することだからである、と私は思ったのである。
 私はクリスチャンだから私自身が靖国神社に参詣することは絶対に無い。しかしこれは日本人としてはごく少数派であろう。とは言え、私は同胞の日本人の多くが靖国神社に参拝したい気持ちはよく分かっているつもりだ。
 もし小泉さんが、中国側の牽制に従って「ハイ、承知しました」と靖国参拝をとりやめたら、日本中の総スカンを食うに違いない。日本は中国と違って独裁国家ではない。日本人民の人気を気にしながら首相の座についている小泉さんだ。簡単に靖国問題で妥協はできないことを中国は冷静に認識すべきである。
 外交とは最終的には互いの国民の同意を取り付けておかなくては、いつかは逆転の結果を生むであろう。もしこの問題を中国が執拗に言いつのるのであれば、日本人民のほとんどが中国離れする。長い将来のためには、これは中国のためにならない、と私は思っている(本当は思っていた)のである。
            *
 ところでその後(数日前のことです)、某新聞の世論調査で「小泉首相靖国参拝中止を賛成する」が53%とか出ていた。昨日あたりの別の記事では30%余ともあったようだが、私にとっては30%でも吃驚仰天である。そして本日(6月4日)の新聞では、あの右派的に見える中曽根前首相まで「小泉さんは靖国参拝を中止したほうがよい」と言っているという。私は唖然とした。
 私はここで、現代の日本人をまったく誤解していたことを悟った。私は大正人間。クリスチャンらしい顔はしていても、マインドは旧日本人。現代人を理解していなかったことに気がついた。
 靖国神社は明治の初頭に明治政府が作り上げた天皇国家造形のための装置と言えようか。戦死者を一様に祀り、そこに天皇陛下も参拝なさり、そこに祀られた人々は神武天皇でも聖徳太子でも豊臣秀吉でも東郷元帥でも乃木大将でもない、一般市民の父親や兄貴や近所のオッサンたち、明治以来のいわばご先祖さんたち、戦争に倒れた国家の恩人である。こういう靖国神社だから、日露戦争以来のニッポン・バンザイで昂揚された気分と祖先崇拝の国民感情が合成されて、私は全国民いっせいに小泉靖国参拝賛成するかと思っていたのである。たとえ10名そこそこのA級戦犯が合祀されていようと、殆どの祭神たちは身近な、この百年以降の戦争で亡くなった国民先輩たちの祀りの場所ではないか。
 中国の人たちはあの靖国神社をA級戦犯たちだけの神社と思っているのではないか。たとえ日本人たち自身にうとまれている戦犯たちだったとしても、日本人は死んだ人をすべてホトケさんだと思う民衆だ。これはクリスチャンの私としては褒めるわけにはいかないが、これが平均的日本人。日本では凶悪な殺人事件の犯人であっても彼が死体となって発見されれば、警察の刑事さんたちはホトケさんと呼んで手を合わせて拝んでいる、こうした国民感情を考慮に入れて、靖国問題は慎重に扱いなさいよ。これが中国の政治家たちに私は言いたかったことです。
 ところが以上のような世論調査の結果です。私は日本人に失望したと言ってよい。もう日本人擁護論はやめようと思った。過激に言えば、こんな腰抜け日本人、クリスチャンに改宗させて叩きなおしてやりたい。いや待て待て、いくら叩き直しても日本人は骨太なクリスチャンにはなるまいなあ。「この国には失望した」とか、たしか内村先生だったか、藤井先生だったか、言ってたなあ、「先生、私も全く同感です。」とうなずいているのです。《く》


信仰の心理学(一)

 私は旧制の商業学校の卒業生。この出身学校を懐かしく思ったことなど一度も無い。当時の戦時色一色の画一教育で、しかもソロバンはじいて利息計算ばかりさせられた教育にはなじむはずもなかった。卒業と同時に戦時国民教育におさらば、一生独学者として終わったと言えば聞こえがよいが、所詮は、しろうとです。
 私は心理学者でも神学者でもない。公式の資格で言えば、伝道者ですらない。一時は「もぐり伝道者」と自称していたが、これは万代先生に「あんまりだ」と言って止められた。今は永井先生が「名誉牧師」の名称を下さった。これはたいへんな栄誉である。こうした言い方はもう今後、一切書かないつもりです。
 さて、信仰の心理学とは何か、しろうとなりに考えてみたい。まず入信の心理、回心の心理です。私の小冊子に「信仰の確かさ」という本がある。内村先生の弟子の石原兵永先生の「回心記」が一番よい参考本ですが、私の父のように、光を見たりする。ぶっ倒れたり、ペンテコステ派でいう異言を伴う事もあるが、単に心の内側だけで起こる鋭角的転換であることが普通だ。
 ともあれ確実なことは心が明確にグルリと回転する聖霊充満の経験である。私は若い伝道者の時代、この経験がなければ洗礼を承知しなかった。
 Y兄など、年末から正月にかけての5日間、私の作っていた印刷会社の工場のインクと油の匂いのこめる真中で座りづくめの特訓のなかで回心した。彼は私の家の玄関の踊り場に踊り上がって喜びの声を上げ、笑って、笑っていたものだ。
 これが本当の「悔い改め」だ、と一部の人は言う。もともと「悔い改め」という言葉はギリシャ語の「メタノイア」で、マルコ1:15のイエス様のお言葉です。直訳すると「心の転回」です。これはヘブル語の「シューブ」(立ち帰れ)のギリシャ語訳だとも言われる。「メタノイア」を「悔い改め」と訳したのは、誤訳と言ってもよい。めそめそと懺悔し悔い改めるのではない。心の底から転回する聖霊経験なのです。
 ところが、現実の伝道の現場では言葉で「悔い改める」だけで、信仰が起こることがある。次の項をお読み下さい。
             *
 前述した「心がグルリと回転する」経験、これはまさしく聖霊による内面の奇蹟です。心理学的にいうと(私のしろうと心理学だが)、潜在意識のその底にある深層意識、ユングの共通無意識といってもよい(私は更に深い神層意識などと言っていますが)、そこで「グルリと転回する」のです。だから人間の心の真の底から変えられるという感じです。(エペソ4:24の「心の深みまで新たにされ」は正確に訳すと「心の霊において新しくされ」です。深層意識の場を言い表わしているかと思います。このエペソの手紙の場合は、既に義認信仰を得ている人の、その後の信仰の成長、一段と高い信仰への形成は如何にして行われるか、それを語っているのだと私は思っています。)
 初歩的信仰から次第に霊的に成長する信仰の経過は、前項で書いた瞬間的鋭角的奇蹟的入信と違って、徐々に信仰が固まって行くタイプです。先に書いたとおり、こうした漸進的信仰を私はかつて信用しませんでした。ですから伝道用トラクトで言葉巧みに求道者を信仰に誘い込む方法を嫌いました。しかし、実績的に、その方法で信者さんがどんどん出来てゆくのを見て、私は驚いたのです。そこで、それこそ私は悔い改めて、その伝道法を取り入れました。その優秀な小道具がトラクトの「四つの法則」ですし、また西田国雄先生の「太陽と闇」です。
 ここからが、大事な文章です。よく読んで下さい。テキストはローマ10:9、10です。
 まず9節、「すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる」という言葉を学びましょう。
 まず「自分の口」で、信仰の言葉をはっきりと「告白する」ことが肝要です。この「告白する」という動詞は原語では、一回限りというか、きっぱりと、断固として、口を開いて言うという感じの言葉の文法で書かれています。その口ではっきり言った口の言葉のお蔭で、信仰が「心」の中で決然として(一回限りの生起文法)起こると、言うのです。口で言う(告白する)と、それが信仰に変わるという原則があるというのです。
 つまり信仰の言葉を口で決然と言い表しなさい、すると、心の中に信仰もピッタシ生まれるよと言っているのです。事実、前述の「四つの法則」や「太陽と闇」の伝道トラクトで初めての方をお導きするとき、最後の信仰を決心にする場で、しっかりと口で「はい、イエス様を信じます」と言ってもらう、そこがコツなのですね。
 次の10節は口と心の順が反対になります。「人は心に信じて義とされ、口に告白して救われる」とあります。これは初めに心で信じた人のことです。この人は「イエス様を信じます、イエス様を信じます」と何度も心の中で思うけれども、どうしても信仰が湧かない。こういう人も、諦めないで何度も、繰り返し「イエス様を信じる、イエス様を信じる」と繰り返し心の中で思い、あるいは、もっとくわしく「このキリスト教の信仰こそ正しい。この信仰を得たい」と期待して、少々の躊躇逡巡が起こっても、口で何度も「イエス様を信じます、神様はイエス様を死人の中からよみがえさせられた方です。この方のおかげで私の罪は赦されます」と繰り返し言うのです。そうすると、次第に心に信仰がはっきりしてくるのです。
 この個所での「信じる」という言葉は文法的に何度も繰り返す言葉です。同じく「告白する」という言葉も何度も何度も口で言い表わすという文法です。つまり、心の内で信仰をなんども繰り返しているうち、イエス様によって「義とされた」ということがしっかり悟れる、そして「義とされたという信仰」を更に口での告白を何度も繰り返していると、本当に人生の生活ぶりも完全に救われ、永遠の救いの信仰もしっかりしてきて、遂に救いが完成するのです。
 パウロ先生の「救い」という言葉には、(1)キリストの血潮によって神の前に義人と認められるという救いと、(2)天的な完全な救い、霊の完全な体を着せられて、天国人として栄光の体に化せられることを指す場合とあるのです(ローマ8:23参照)。
 心理的に言うと、(1)最初心の底から聖霊により回心させられる場合と、(2)初めは口で告白し続け、信仰が心のうちに発酵して、全き信仰に成長する場合と2つあるのです。(信仰を成長させる心理的過程を次回に書きたいと思います)。《く》

〔あとがき〕
先週のこの欄の終わりの個所で妻の病気の事を書きました。「釘宮トミ、少々脳梗塞を生じたらしく入院中です。障碍は軽微……」などと書きましたが、その後、梗塞の影響が広がったらしいので少々心配な兆候でした。今やっと落ちつきかけています。話しかけるとニッコリしたり、そばで賛美を歌うと手で拍子をとったりするようになりました。医師の意見では、「ぼつぼつリハビリの段階です。専門のリハビリ病院に転院しましょう」とのことで、今週10日、湯布院厚生年金病院に転院することになりました。言語意識はまだ微弱ですし、体も右半身不随ですが、全能の主を信じています。先生方、諸兄姉のご加祷をお願い致します。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-06-05 23:00 | 日岡だより

No.178 国家の理想 2005.5.29

国家の理想

 「国家の理想」というタイトルは、もともと矢内原忠雄先生が昭和12年中央公論9月号に載せた論文である。この年の7月7日に蘆溝橋事件で支那事変が始まっていた。すでに先生は、前年1月に「真理と戦争」、その年の2月に「支那問題の所在」を同じ中央公論に発表している。
 このような時代、右翼の刃にかかる危険は充分の内容であった、先生も勇敢だが、中央公論社も勇敢であった。イノチがけである。この年の12月に矢内原先生は遂に東京大学を追われる。
          *
 さて、国家の理想とは、それは国民教育を普及させ、産業を繁栄させ、福祉を充実し、道徳国家としても頼もしい国となり、善良な宗教が栄え、軍備も適度に備わり、どの国からも軽んじられない、誇り高き国家になること。こう書けば百点であろうか。
 もちろん、日本が「平和憲法」を遵守しながら、こうした理想国家像を国民に語りかけることは、困難かもしれないが、言葉巧みな日本の政治家たちには出来ないことではなかろう、これは皮肉です。
 しかし、家庭で毎日喧嘩や争いの絶えないような家でも、玄関に「和」という額をかかげて、それなりの理想をかかげるのは、偽善だろうが、微笑ましくもある。皮肉そうに笑ってはいけない。
          *
 最後に私の「理想国家像」を。特に私たちの日本のために。私は日本を世界のカントリーにしたい。産業は水車小屋程度、教育は寺子屋、つまり教会学校。世界中の人が日本列島を故郷のごとく慕い、日本の家庭に宿泊して信仰を語り賛美を歌い、田畑を耕して帰ってゆく、そんな国になってほしい。《く》

 
しろうと経済論

 私はしろうとなので、ずいぶんと勇気がいるのだが、前頁の小論にしても、以下の文章も同様です。笑わないで読んでください。
 社会の構造や、経済制度を人為的に変えよう、と積極的に考えたのはマルクスが初めであったろうか、その前にもいたかもしれないが、まずしろうとの見るところです。
 マルクス主義は理論はとにかく、実地に試みてみて失敗であったことは現代史において明らかです。
 結局、マルクスの共産主義理論が倒れて、古びた資本主義が首をもたげざるを得ない。
 しかし、今、目の前に在る資本主義とは投げ出された動態であって、理想をかかげ計画を持ち達成に熱意を抱く人格ではない。それにくらぶればマルクス共産主義は一個の大きな人格であった。その当初はヨーロッパにうごめく怪物と称されたのである。
          *
 社会体制や、経済制度は自然に出来上がってゆくものである。それを人間が計画して、人間の一存で、それを作り上げて行く、あるいは作り変えて行こうとしたのは、はなはだ傲慢な向こう見ずな姿勢であったわい。それが現代の政治学者や経済学者の本音ではないでしょうか。
 アダム・スミスが言った「見えざる神の御手によって動く」経済の世界。金融の世界。賃金や価格の決定のメカニズム、インフレやデフレを生じさせる形態理論、バブルやバブルの崩壊、こうしたことは大国の政府閣僚も、蛮族のテロリズムの親玉も解決も手出しもできない。ただ時流に乗るだけです。
 この時流をうまく乗り切ったものが成功者、うまく渡れぬ不器用者が失敗者。
 「万事、金だよ。カネさえあれば何でも出来る」と言い切ったのはホリエモン氏であったが、まことに昔から世間でささやかれてきた俗流経済学の金言である。
 ところで前言をひっくり返す法則を提言したい。それは「カネのあるところに時流が集まる」ということである。最近、大手橋梁業者の談合が問題になっているが、談合のある所、大手業者がいる。小物の間では談合は起こらない。
 発注者が気づいても文句の言えないような大物がいるところ、談合が起こる。こうした状況のもとに日本の公共事業は順調に運んでいるといえば、現況肯定の度が過ぎると批判を浴びようが、これは儀悪的に言ってみただけです。
 実はこれこそ、驚くべし、イエス様の現実認識である。マタイ25:14~29のタラントの教えの個所を学んでみたい。
 ここにあるのは、多く資本を持って居るものは多く儲け、小さい資本の者は小さく儲ける。そして、持っている人は与えられていよいよ豊かになるが、持っていない者は持っているものまで取り上げられるという法則です。イエス様が資本主義の厳しい世界をズバリ見抜いています。イエス様は決して甘い評論家ではありません。
          *
 イエス様は「この世のことにかけては、光の子よりこの世の子らが賢い」(ルカ16:8参照)と断言します。しかし、「光の子らよ、おっとりしていて、この世の子らの知恵に負けてはなりませんぞ、この世の富に忠実でありなさい」、ともおっしゃるのであろうと思います。
 このルカ16:9以降は解釈の難しいところかもしれません。私はかつて、ここの個所を雑誌「ミーニング」の対話体小文で扱ったことがありますが、知恵をしぼりたいところです。
 ともあれ、マタイ25:20、21の「5タラント」は今の金で約3億円の大金です。その3億円をイエス様は「わずかなもの」と値踏みしています。そして、この僅かな世の富に忠実であれ、とも言われます。その金の出どころは「不正」であるとも見抜いておられる、このイエス様の経済観の微妙なところは、私にも難解ですが、クリスチャン経済学者の活躍してほしいところであります。
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 主は言われます。「あなたの宝を天にたくわえなさい、虫が食い、さびがつき、また盗人らが押し入って盗み出すような地上に、宝をたくわえてはならない」(マタイ6:19、20参照)」。
 また言われます。「神と富とに兼ね仕えることは出来ない」(マタイ6:24)。
 そこで、申し上げます。富に、つまりカネに仕えるのではない。言い替えれば、カネに仕えさせるのです。先に、カネのあるところに時流が集まってくると書きましたが、もう一度ひっくり返して新しい経済の法則を談じてみます。カネに仕えさせる人にカネが集まってくる。つまり時流を呼び起こす人物がいるものです。
 官庁の調達場所で、係官が他に低価格の見積書が手元にあるのに、某氏にわざわざ見積書を書き直させて、落札させた現場を見たことがあります。その業者はけっして談合ではない、ワイロをもって係官を籠絡したわけでもない、その係官は仕事の内容と、業者の作業能力と、人物の公正さを見抜いて、そのきわどい配慮をしているに過ぎません。こうしたことは、案外、実際の現場で起こっていることです。
 ともあれ、このように神様の御手の働きにより、不思議にこの世の競争社会でも勝利する道はあるものです。《く》

〔あとがき〕
先週主日、北條府中家の教会の礼拝で用いられて、み言葉にお仕え出来たことは感謝でした。神様の恵みと、その恵みを受け取る熱意と力ある祈りの秘訣を少しでもお分かちしたかと、感謝しています。▼5月26日の辻本友子姉のサロン・コンサートは凄かったです。「曲目ではショパンが凄い。友子姉の演奏が凄い。加えて同姉のメッセージが一段と凄い。凄い、凄いの三位一体」と私は絶賛しましたが。友子姉のメッセージは「最大の奇蹟はあなたが今、ここに存在することです」と。名言です。私の説教に頂きたい、と書き送りましたよ。▼永井先生のおすすめに従い、「ヨブ記説教集」を作りました。相変わらず小冊子ですが、ご希望のかたはお申込みください。▼妻の釘宮トミ、少々脳梗塞を生じたらしく入院中です。障碍は軽微といえども、祈りこそ、癒しの力です。ご加祷下さい。《く》
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by hioka-wahaha | 2005-05-29 22:00 | 日岡だより

No.177 祈りと恵み 2005.5.22

祈りと恵み

 本日は私は愛媛県北條市の府中集会に招かれて礼拝に奉仕させていただいています。数日前、礼拝司会の秋山姉から、「『祈りと恵み』について説教してほしい」と要望がありました。私はそのご要望を心にして、聖書個所と説教題をルカ11章1~13節により「聖霊を求めよ」と説教題をきめて、ご通知したことです。それは本紙の最後に書きました手束先生の新著から受けた感動からでもあったのです。
 この先生の新著では聖霊様を受けるには、切なる求めと、単純な信仰が秘訣であるとあります。つまり「祈りと恵み」です。
 祈りは信者の側からの努力です。恵みは神様からの一方的恩寵であります。理屈から言えば、矛盾します。しかし私は「信仰とは神と人との協力作用である」と言われた旧師の言葉を思い出すのです。
 当時、「信仰とは全く自力を排して、ひたすら神様の恩寵にすがることだ」とする絶対義認信仰に生きていた私には驚天動地の神学でした。
           *
 さて、たまたまノーマン・V・ピールの50年前の名著、「積極的考え方の力」を書棚の隅から引っ張り出して拾い読みしていました。そこにこんな言葉がありました。「力の出し惜しみをするな。多くの人は力を出し切っていない」というのです。
 力を出し切らないで失敗した時の誰でも味わう後悔の念は想像できますが、たとえ成功したとしても一種言うに言えない不快感、後味の悪さが残ります。これでは颯爽とした幸福な人生は望めません。
 さあ、自分を励まそう。「うん、力を出し切るまでやるぞ」。力を出し尽くした場合、たとえ失敗しても爽快な気分を保てます。力の限り祈ろう! 《く》

   
実行的信仰の秘訣

 ブラック・ボックスという言葉があります。たとえばビデオです。一方で入力すると一方から音や映像が出てきます。器械の中身がどうなっているのか、さっぱり分かりません。しかし、ビデオという器械を通して入れたものは何度でも再演されますね。この時このビデオをブラック・ボックスといいます。
 かつてわが家のビデオが故障しました。専門の技術屋さんが来て、中を開きました。そして、一個所の部品をそっくり取りかえました。それでもう修理は終りでした。
 さて人間の心もブラック・ボックスに似ています。一つの刺戟が入ると一つの反応が出て来ます。日本人の子供は大人から頭をなでられると喜びます。しかし頭をなでられると怒ったり、しょげたりする国の子供もいるでしょう。国民によって心のブラック・ボックスが違うのです。
 いや、厳密に言えば人によって違うのです。同じ音楽を聞いて、「やかましい」と顔をしかめる人がいますし、目をほそめて心安らぐ人もいるのです。
 同じように、苦難や痛みに会うと、「なぜ俺だけこんな目に会うのか、神様は不公平だ」と神様をうらむ人は多いでしょう。しかるに、「これは試煉だ、神様が私を強い人間にしようとして私を鍛えて下さっているのだ」、あるいは「これは明らかに私のかつての不誠実の結果だ。私を更に清める為に神様が懲らしめてくださっているのだ」と思う人もいるものです。人はさまざま、それぞれの心のブラック・ボックスが違うのです。
           *
 クリスチャンを分けて第一次、第二次、第三次のクリスチャンとしてみましょう。
 第一次のクリスチャンは「救い」の確かさを握っています。しかしその救いを実生活に活かしきれないでいます。生活面では非クリスチャンと殆ど変りません。
 もし、この第一次のクリスチャンが、実にすばらしい生活態度や能力を持っていたとしたら、それは信仰に直結した霊的賜物によるというよりは、儒教、修身教科書、教育勅語、親の家庭訓、偉人英雄の伝記類に啓発され習得した徳力なのであります。もちろんそれは大いに称賛されてよいことです。しかしそのように立派な人であるにもかかわらず、なおも第一次的クリスチャンにとどまっているということがよくあります。
 この点、信仰的偉人であって、もともと人間として傑出した長所や魅力を持っている人であって、信仰的な偉人と呼ばれている人々は後世の人をある意味で誤らせることが多いのです。
 例えば内村鑑三先生。先生は青年時代、生物学者としてもすでに優秀であつたとか。字をカイ書で丁寧に書いたとか。それは先生の信仰以前の能力や性質です。信仰によってそれらの特質が倍加増幅されたという事実はもちろんです、しかし生来の先生の特質の方が、のちの信仰体験よりもこのことに関しては大きい影響力を持っていたと思えるのです。
 似た話はインド伝道のウイリアム・ケーリーにもあります。少年時代から努力家であった、語学の大家であった、などというのです。私はかつてこの実話に腹立たしい思いを抱いたものです。本来のなまけもの、語学ダメ男、それが信仰のおかげで努力家、語学の大家になったという話なら、われわれ愚者、小物にとり福音です。
 信者がその人間的能力で努力して出世する、能力が倍増する、道徳的になる、もちろん、善いことです。しかしその人は相変らず第一次的クリスチャンにとどまっているということはよくあるのです。その証拠に成功したら、つい心の中で人を見くだす。能力の無いものをバカにする。不倫な人間を心で許せない。もちろんクリスチャンだから、そのような素振りは決して見せません。しかしそれは(!)、イエス様が最もお嫌いになった偽善者の姿ではありませんか。
 もっとも、この第一次的信仰にとどまりながら、その中で生きつづけて行く信仰の在りかたで割目すべき心境が一つあります。前述で言えば、この「偽善者」なる我をそのままに主の前に持って出て、主の許しを信じて、その許しの中で憩うのです。
 この信仰には一種の崇高さが伴い、多くの人の感動を呼びます。日本人には浄土真宗の下地があるから尚更よく、この信仰の境地が分かるのです。一種の自在感さえあります。プロテスタントの人は信仰的訓練ということを認めたくないので、この信仰路線を甚だ喜ぶのです。
 さて第一次的クリスチャンの問題点は、自分が身分的に神の国の国籍を持っているとは信じていますが、その民籍の権利を使徒パウロがローマ市民の権利を遠慮なく利用したように、この世で利用しようとしない処にあります。天国においての祝福を信じ、現在の個人的内面生活における祝福を体験してはいるが、しかし地上の実行生活において矛盾と無力を覚えるという人々です。
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 第一次のクリスチャンは霊においては救われ、第二次のクリスチャンは精神(心、魂)において救われ、第三次のクリスチャンは肉体においても救われている(ローマ8:23)……肉体のあがない、これがパウロの究極の願いでした。
 実は、もともと第二次の精神(心、魂)の救いのことについて書きたいのでした。これはローマ人への手紙第七章後半から第八章前半にかけての主要テーマです。多くの人が「心」をサタンに食い荒されています。霊は主にあって救われているのですが、心はサタンにあって呪縛され自由を失っているのです。この心の自由をサタンより奪還するのが聖霊の法則です。心の中で各部品がメタメタに故障しているのです。この心というブラック・ボックスの中の小部品を丹念に聖霊の法則によって入れかえていく、その過程を聖化というのです。冒頭の例でいうならビデオの修理です。器械の外側を開いて故障の症状に対応する故障箇所の部品を入れかえるように、われわれの汚れた態度、しぐさ、言葉、習慣、の心の部位に聖霊のメスを入れるのです。聖霊のメスとは神のみ言葉(ヘブル4:12)だ、とも言えます。み言葉には人の魂を救う力(ヤコブ1:21)があるのですから。
 人格改造の秘訣はここにあります。聖霊抜きでも、ある程度やれます。教育の必要な所以です。ローマのエピクテトス等の先達者、日本の吉田松蔭等の偉人、すべて尊敬すべき模範です。しかし聖霊はそれ以上のことをします。
 教育とは梅干を作るのに似ています。梅の実を塩とシソの葉っぱの中につけこむ。すると塩とシソの色素が梅の実にしみこんで梅干ができ上がります。聖霊は教育とは違う、聖霊は活きた土壌に似ています。この中に梅の実を埋めると、すると活きた梅の木となります。そして遂には何千倍の実を結ぶことになるのです。
 キリスト教の歴史を見よ。殆どは名も無き小さき愚かな男女の群像です。その人々の気高さと清さと歓喜とを見よ。その秘訣は聖霊による心の変革であります。
 心が変ると行動が変わります。霊的信仰だけで心の法則を手中に納めないと、実行ができません。実行の無い信仰は死んだものであります(ヤコブ2:26)。死んだ信仰とは活動力の無い信仰のことです。
 実行的信仰を求めていくら努力しても肉の力によるならば必ず失敗するでしょう。ご聖霊様を勧請しよう。ご聖霊様を歓迎しよう。ご聖霊様に聞こう。ご聖霊様に従おう。(1984年旧稿 《く》)

〔図書推薦〕
「聖霊の新しい時代の到来」手束先生の新著である。ちょうど、先週のペンテコステ主日の朝、早天のため、家を出ようとして玄関脇にポストを見ると宅配のメールが届いていた。手束先生からのご恵送である。ぱらりと開いて見た。▼86頁のルーマニアの自由の革命の発端の個所、民衆の「神は生きておられる」という叫び声が澎湃として起こり、銃を持った軍隊がたじたじとなって銃を捨てる場面である。私は感動した。▼早天祈祷と、朝食を終わり、礼拝を控えているけれども、心は手束先生のこの新著に取り付かれて離れない。急いであちこち頁を開いて読む。最も心を打たれるのは、クリスチャンの最初の信仰を与えられるのは信仰によるのだが、聖霊を受けるのも信仰によるのだというくだりである。▼信仰が強くなり、清くならなければ聖霊は下らないと思うのは誤解である、ただ信仰だけで聖霊はいただける。だから、求めなさい。熱心に求めなさい。というのが、今回の先生の骨太い主張、お読み下さい。▼〔付言〕この5月15日号のリバイバル新聞の第1頁にも全面、永井信義先生の論文が出ていた。大見出しは「聖霊よ、来てください」とある。まさに、今こそ、聖霊待望の時代。▼日本列島、JR脱線からグライダー墜落等、全島運輸関係事故だらけ。それのみか、各地地震頻発。世界はキナくさい報道、小国から核軍備の欲求の声も聞こえる。ご再臨近し! 《く》
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by hioka-wahaha | 2005-05-22 22:00 | 日岡だより