No.390 主の御名を呼ぼう 4 2009.6.28

主の御名を呼ぼう 4

(1968年執筆の「主の御名を呼ぼう」を連載しています。)
 アダムがエデンの園を出て以後、農耕生活に入った、という点を書き変えることなくヘブル民族がおのが宗教の教典に編入したことは、アブラハムの故郷チグリス・ユーフラテスの地域、放浪して草を求め羊を追う生活に比べ、一地点に定着して農耕する生活にいささかの郷愁を持っていたことを示していると思う。
 エデンの園が泉の湧きいずる森林地帯の様相をもっているのはチグリス・ユーフラテス河流域の熱砂的な住みにくい土地に住んでいた古代バビロン地方の人々の大オアシスを想う夢か、或いは彼らが大移動してやってきたに違いないペルシャ北部の山岳地方への郷愁であろう。
 実際、古代バビロン地方の文化の発達、産業の繁栄は驚くべきものがあるが、それ以上に驚くことは、その地方が決して住むに住みよい処でなく、外敵を守るに安全でもなく、土地もエジプトのナイル河畔などに比べそれ程肥沃と言えず、かてて加えて洪水は多い処であった。そういう中で彼らは、あびる程ビールを飲める程に小麦を収穫し、石もないのに城を作り、運河をつくり、町をつくり、家畜をふやしていったのである。
 文明は決してエデンで生まれず、エデンの外の住みにくい処で生まれたという事は覚えておいていいことである。人間の文明はさきにもふれたように、人間の罪、またクロマニヨン系の混血の中で生まれてきたにおいがする、これは私の素朴な文明批判でもあるが。
 さて、そういうカイン文化の噂がアダム一族の耳にも入ってくる、その頃であろう。アダムが祖父になり、セツが父になった、セツの妻にエノスが生まれたからであるという、あの童話風な書き出しをした冒頭の頃に、読者は帰ってほしい。いや、実際、私はこの文章を中学生にでも読んでもらおうと思い、やさしく、やさしく書くことを心がけていたのだが、ヘンに文章が混み入ってきて残念に思っている。
 アダムは、片耳に入ってくるカイン文化の槌音に、ああ人は神をはなれ、おのれを神として、ああいうふうに進歩(?)していくのかと、もし先見の明あれば二十世紀の今日の風潮でもまのあたりに見るような事を言って顔をしかめてみせたであろう。
「ああ、私があんな馬鹿なまねをしさえせねば……」とエバはなげく。
「エデンの園の話をもっときかせて頂戴」と孫のエノスがアダムのひざに上る。
「おとうさん、それよりも神さまはそれからどうしていらっしゃるんです?」とセツはきく。
「本当に。もっと神さまのことを知りとうございますわ。」とセツの妻も言う。
 その時、アダムとエバは何と答えたろう。神はエデンの園だけにしかいらっしゃらないのだろうか。そんな事はない。神はエデンの園を造りたもうた方であって、その中に住まう方ではない。現にカインがアベルを殺した時、エデンの園で神がアダムを探したときと全く同じように、畑の中にいるカインを神は求め、声をかけられたではないか。エデンの園では、「彼らは、日の涼しい頃、園の中に主なる神の歩まれる音をきいた」というふうに、神の声を聞き、神の臨在を知ることは日常的なことであった。
 しかし、エデンの外では違う。神の出現は異常の時のみであった。それも人間に悪い事のある時であった。だから、今は神は恐怖の神である。しかし、アダムがエデンの園の想い出として語るとき、神は恵みの神、祝福の神、恩寵の神であった。セツ夫婦にとり、それは理解できない事であり、またねたましい事でもあったろう。
 神を知りたい、神と共なる聖なる文化を知りたい、あの喧騒なるカイン文化とは全く次元の違うあるものがある、真理を柱とする人生があるはずである。貧しい農耕と土かべの生活でよろしい、あのエデンの園の泉わき果実たわわなる外形文化はなくても、内なるエデンがほしい、とセツは想ったことであろう。
 そのように求められる時、アダムのせつなさは一層である。責任はおのれにある。しかし、責任の事はもはや言うまい。「主よ、いずこにいますか」と心に叫んでみる。エデンの園における神との交わりがなつかしい。エデンの外では、もう仕方ない……そう言い切ろうとすると、いやそうではないという、もう一つの声がしたのであろう。その声を四千年後にパウロはこう代弁する。
「神は、ひとりの人から、あらゆる民族を造りだして、地の全面に住ましめ、それぞれ時代と国土を定めてくださった。こうして、人々が熱心に追い求めてさがしさえすれば、神を見出だせるようにしてくださったのである。事実、神は我々ひとりびとりから遠く離れているのではない。われわれは、神のうちに生き、動き、存在しているからである(使徒行伝第一七章二六~二八)。」
 この時、アダムはこれまで神を求めたことはなかったことに気付かなかったろうか。神のほうからいつもアダムに語りかけてくるのであった。カイン事件の時にも、神の方からカインを求めてくるのであった。彼らは益々おそれて神の前に祭壇をきずいて供えものをするのみである。
 そのようにして、時は流れ、アダムの家には孫エノスの声もきかれる頃になった。家の中には、エデンの園の想い出をもつアダム夫妻と、カインの事件を生々しく伝え聞くセツ夫妻と、そして無邪気に神を問うエノスがいる。郷愁の如く神を求めつつ、体験も異なり、思いの型も異なってバラバラでいるとき、―――そのとき誰が言い出したのであろう、誰が率先して始めたのであろう、彼らの心は一つとなり、あのなつかしい神の名を呼んだのである。
 創世記第四章二六節に、その事を書いてある。
「セツにもまた男の子が生まれた。彼はその名をエノスと名づけた。この時、人々は主の名を呼び始めた。」
 これこそ、世界の宗教の始めであると私は思う。「二、三人我が名によりて集う所には我も又あるなり」かく仰せたまいし主のお約束と祝福は、その時アダムの家に成就したのである。モーセもまた同じ経験を語る。
「われわれの神、主は、われわれが呼び求める時、つねにわれわれの近くにいられる。(申命記第四章七)」
 故にまた、預言者や詩人は言う。
「すべて主の名を呼ぶものは救われる。(ヨエル書第二章三二)」
「わたしに呼び求めよ。そうすれば私は答える。(エレミヤ書第三三章三)」
「悩みの日にわたしを呼べ、わたしはあなたを助ける。(詩篇第五〇篇一五)」
「彼がわたしを呼ぶとき、わたしは彼に答える。わたしは彼の悩みのときに共にいて彼を救い、彼に光栄を与えよう。(詩篇九〇篇一五)」
「主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである。その時、あなたがたはわたしに呼ばわり、来て、わたしに祈る。わたしはあなたがたの祈を聞く。あなたがたはわたしを尋ね求めて、わたしに会う。もしあなたがたが一心にわたしを尋ね求めるならば、わたしはあなたがたに会うと主は言われる。わたしはあなたがたの繁栄を回復し、あなたがたを万国から、すべてわたしがあなたがたを追いやった所から集め、かつ、わたしがあなたがたを捕われ離れさせたそのもとの所に、あなたがたを導き帰ろうと主は言われる。(エレミヤ書第二九章一一~一四)」
 さきに書いたヨエルの言葉は、のちにペテロも引用して説教し、パウロも引用している。
 「すべて主の御名を呼び求むる者は救わるべし。」
 宗教の本質は、別稿に書いたが「神は愛なり」である。そうすれば、それに対する我らの態度は「彼の愛におる!」ことであろう。しかし、その「彼の愛におる」という事の最も卑近・真実な方法は何か、「主の御名を呼ぶ」ということにつきると思う。
 (「アダム一家主の御名を呼ぶ日まで」の項終り)
[PR]
by hioka-wahaha | 2009-06-30 12:50 | 日岡だより
<< No.391 主の御名を呼ぼう... No.389 今、中国では伝道... >>