No.389 今、中国では伝道は違法行為です 2009.6.21

今、中国では伝道は違法行為です

 中国では、まず政府筋から伝道や礼拝の教会活動を行っても良いと認められている教会と、それを認められていない教会とがあります。認められている教会を公認教会と言い、認められていない教会を非公認教会と呼びます。
 多分、私どもの教会のように福音を大胆に聖書的水準で語り、伝道を熱心にする教会では、中国では認められません。非公認教会です。
 そして、少しでもその制限を越えて教会活動をするなら、国法違反ですから、すぐ捕らえられ、今後の伝道や礼拝、牧会の活動を禁じられるでしょう。
 戦争中の日本では、伝道は非常に窮屈でしたが、それでも、そんなことはありませんでした。私が教会で非戦論を語って、私は捕らえられましても、教会に対して何の咎めることはありませんでした。(勿論、教会で非戦論を語ったのは釘宮個人であって、当教会の意見でも、牧師の意見ではありませんと教会では説明したようではあります。)
 今の中国は世界でも珍しいキリスト教否認国家です。こうした国の中でキリスト教を守り、伝道さえしようとすることは容易なことではありません。当然、捕縛され、強制労働所などに収容されるのでしょうが、中国がいくら民主国家と言い張ってみても、世界中から承認されません。
 中国がいくら自分たちは民主国家であると言ってみても、それは根っからの偽証であることは、見え見えであります。
 
 こうした中国において、キリスト教の伝道はなかなか盛んであるということを聞きますから、これは驚異ですね。最近、中国から帰ったばかりの報告では、公認教会はともかく、非公認教会の中でも、伝道も礼拝や聖会も活発だそうです。
 周りは高い壁で遮断され、納屋のような建物の中で信仰活動が行われていますが、周囲の人々はそれを知っていても良心的でそれを当局に通報しません。ですから非公認の教会だけれども、自由に活動できていると、話してくれたという報告も寄せられています。
 そして、今も礼拝を続けています。それだけではなく、伝道もしっかりやっている。だから聖書が足りません。これは今の中国教会の訴えです。
 戦争中の日本の厳しかった出版状況を知っている人はもう少ないでしょうが、紙も少ない、活字も足らない、出版は人民の思想統制の要(かな)めです。
 当時は紙も配給の時代でしたから、まず印刷しようとする者は、用紙の配給を待たねばならない、そしてその配給を受ける。その紙を印刷会社に廻して印刷して貰う。それが戦時中の日本でした。今の中国もそれとまず似た状況ではないかと思います。
 そうした中国の政治体制のなかでキリスト教の聖書の印刷は、これは非常に困難です。そうした状況を調査に行った日本の人たちのこと知って、中国の一教会のリーダーが、丸一日かかって、この人たちを捜して追ってきました。
 幸いに持っていた一抱えの中国語の聖書を差し上げると、彼らは泣かんばかりの感激と、そして喜びの笑みを浮かべて、受け取って帰ったと聞きましたと言う、日本聖書協会の職員の方から報告を読みました。
 先日、私は孫のために、彼が一生、宝もののように持ち続けたいと思えるような皮表紙の立派な聖書をキリスト教書店に行って捜したことです。日本では、そんな贅沢なことさえ言っておれます。
 中国での困難な聖書需給の事情を、お聞きすると、本当にもったいないような話ですね。今後も、感謝して聖書を拝読したいと思います。
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 今、中国では未曾有の聖書渇望の時代が来ているそうです。新生宣教団では、以下のように私たちに訴えています。
 一、多くの方々からご支援をいただいて感謝しています。更に多くの聖書を印刷できますように、緊急なご支援をお願いします。日本では、一冊わずか二五〇円で聖書を製作して中国に送ることができ来ます。
 二、聖書配布のため、神様が更に扉を開いてくださるよう、お祈りください。今もよいルートを与えられていますが、更に大きな必要に応えるため、新しいルートが必要なのです。
 (以上、新生宣教団のニュース・レターに基づいて小生が作文しました。釘宮)

 〔あとがき〕六月一八日、永井明先生が見えられ、小生は終日、くっついてお話しを伺ったことです。今回は特に牧師として小生に有益なことばかり、世界一の神学校に内地留学したような気持ちになりました。◆先生は又、特に小生の妻のため豊寿苑にお見舞くださり、厚い按手祈祷を賜って、そばの小生も体が震えました。妻も先日、肺はすっかりきれいになりましたね、と主治医が言ってくれたほどでしたが、皆様のご加祷の故だと覚えて感謝しています。永井先生初め、諸先生、多くの皆様がたのご加祷に感謝しつつ。《く》
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by hioka-wahaha | 2009-06-25 08:50 | 日岡だより
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