No.372 ガンジーのキリスト論 2009.2.15

ガンジーのキリスト論

 キリスト新聞に某キリスト教短大の学長、久山先生によるガンジーの「キリスト教信仰」に関するエッセイが出ていた。その要点は「(1)ガンジーはイエスを神と信じていた。(2)そして、ガンジーは本当のクリスチャンはどこにもいないと思っていた」というのである。
 この事について、私には異論がある。
 その(1)について。ガンジーが「神」と信じた神は、インド流の神であろう。つまり数多いる神々の中の一人の神である。我々はそうではなくて天と地を造り給いし唯一人の神なる方と一つであられる唯一無二の神なるイエス・キリストを信じるのである。
 ガンジーは唯一無二なる天地の造り主、そして我ら罪人のため身代わりとなって十字架に死に給い、今も天の父なる神の御側に居られて我らを慈しみ御護り給う方としては、イエス・キリストを信じられなかったのだと思う。
 そして(2)の本当のクリスチャンとは、自らを「罪人のかしら」と呼び、この我を贖い、救い、天の御國に招きたもうイエス・キリストを信じている者たちのことである。
 ところが、ガンジーが言う本当のクリスチャンとはイエス様のおっしゃった「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして主なる神を愛する人、また自分を愛するように私の隣り人を愛する人」(マタイ22:37~38参照)のような聖書的理想像を達成した人のことだとして、そんな人は地球上には何処にいないのだと言うのなら、なるほどそれは当然である。それは、しかしガンジーの誤解です。
 パウロのように、「私は罪人のかしらです」と言わずに居れないということ、それは明らかに私どもにはふさわしい言葉です。そして、それこそ本当のクリスチャンです、と私は言いたいのです。ガンジーにはキリスト信仰は不可解であったらしい、と私は言わずには居れない。
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 とは言え、私はガンジーが好きであった。青年前期というか少年後期というか、17、8歳のころ、私と同じ時代、今この時に、尊敬する人物としてアフリカのランバレネで医療伝道をしていたシュバイツァーと、このインドのガンジーさんが、この地球上に生きておられるということが、私にとって驚異であった。
 だから、ひょっとして、インドからの偏西風に乗ってガンジーの吐く呼吸の一片がこの日本に来るかもしれない、そう思うことは霊的興奮をもたらした。その奇蹟的空気の一片を期待して、当時の我が家の2階にあったベランダに立って、インドの方に向かって大きく深く息を吸いこんだものである。
 ところで、本当のクリスチャンはどこにもいない、と言うのはさすがのガンジーですが、誤解です。ガンジーは何処までも自力で立とうとする人です。また自力で一生を過ごした人としてはガンジーは希有な人です。
 彼はカルカッタでしたか、その路上で、狂信的ヒンズージムの男により暗殺されます。その瞬間、ガンジーは片手を上げて額(ひたい)に置き、「赦し」の意志を示したと、当時の新聞報道にありました。
 ガンジーは徹底的無暴力、イギリスの植民地政策に対して全インド民衆を指導して抵抗しましたが、しかし、それは全世界の良心に訴える無暴力抵抗でした。当時の世界を震撼させたものです。
 確かに、このガンジーに、世界に本当のクリスチャンは一人もいないと言われれば、一言もありません。しかし、私は大胆に言います。
 世界に、この日本にも、本当のクリスチャンはたくさん居ますよ。ガンジーさんのように、立派な生き方をした人は本当に少ないかも知れません。
 しかし本当に自らの罪を知り、その罪をイエス様により赦され、清い者として天に迎えられる人は意外に多いのです、と私は断言します。ハレルヤ! 《く》


進化論とキリスト教

 進化論というとダーウインですが、進化論の発端は1859年(*)のダーウインの「種の起源」です。ダーウインが初めて南アメリカ南端の原住民たちを見た時、それは悪魔か、又は動物のように見えたと言います。
(*1859年は日本にプロテスタントの信仰が伝えられた記念すべき年でもあります。)
 それから20年たって同地を再訪した時、あの原住民たちは全くすばらしい人たちに変化していました。それはキリスト教の宣教の結果であることを知って、ダーウインはそれまで持っていたキリスト教嫌悪感を捨てました。
 そして「世界のどんな大きな奇蹟よりも、あの南アメリカ南端に起こった奇蹟は偉大である」と言ったということです。
 ダーウインが死の床についていた時、ある人が訪ねると、彼は聖書を手にしていました。特に聖書の創造物語に熱心なのを見て驚きました。ダーウインは告白しました。「進化論は若い者がやるような未熟な考えですよ」と。熱心な進化論者(特にまだ日本に多いのですが)たちから蹴っ飛ばされそうな言葉ですね。
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 使徒パウロは「人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、(万一にも)神を見いだせるようにして下さった」(使徒行伝17:27)と言っています。(万一にも)というのは私の補訳ですが、原語からいってもこの方が正しいと思います。
 ただ熱心に座禅したり瞑想したりして、たとえ空中浮揚した、解脱したなどといっても、それは神に出会ったとはいえません。神に出会う方法は一つしかありません。
 ともあれ、パウロの言葉は魅力的ですね。もう一つパウロの言葉を紹介しましょう。「神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである」(ローマ人への手紙1:20)とあります。
 さて、ダーウインの進化説は興味ある仮説です。それは真摯な研究の結果でした。その学問的努力を否定してはなりません。彼はまた、地上の様々な自然の営みを観察して、その驚くべき神秘な秩序に感動したことでしょう。
 たしかに、同じ種類の中では生物は環境や条件に従って進化し、或いは退化し、とにかく変化することは事実でしょう。それを又、人は管理することが出来るのです。それは神様のご命令でした。数千年も昔、聖書は創世記の中でそのことをちゃんと述べています。
 前記の「人々が熱心に追い求めて捜しさえすれば、云々」はパウロが当時の知的文化の中心地であったアテネのインテリの前で語った言葉です。聖書のその個所を読めば分かりますが、パウロが彼の学識を精一杯使って何とか当時のインテリゲンチャたちを説得しようと努力したのだと分かります。しかし、
 結局は数人の信者を得ただけでした。多くの神学者たちはこの時のパウロのアテネ伝道は失敗であったと判断しています。どれほど熱心に、どれほど知的に語っても、どうしても避けられない反知性的主題だったのです。
 それはキリストが死人の中から復活されたということです。多くの人たちは、昔の人間は愚かだから、キリストの復活のことを聞けば、それだけでもびっくりして信者になったのであろうと思います。決して、そんなことではないのです。当時のギリシャ人やローマ人たちは、今の日本人よりもずっと、現実的でした。不合理的な事は信じようとしなかったと思います。しかし、
 パウロはこの難関を中央突破します。「キリストがもし復活しなかったならば、まさに私たちの伝道はむなしく、信仰もむなしい」(第一コリント15:14参照)、パウロの心境です。《く》
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by hioka-wahaha | 2009-02-17 10:08 | 日岡だより
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