No.370 「愛」という言葉について(二) 2009.2.1

「愛」という言葉について(二)

 前号に書きました「愛」という言葉について、藤野敬一郎さんとおっしゃる方から、こんな御来信を頂きました。
 「釘宮先生、昨日の愛という言葉や文字は、何時頃から使用されていたか、とありましたが、山上憶良という7世紀の人が『父母を見れば貴し、妻子見ればめぐし愛し……』と歌っています。相当な昔から使っていたと思われます。」
 と、とても詳しくご教示頂きました。全文、載せたいですが、割愛しました。ご勘弁ください。
 私はいわゆる「もの書き」のほうでしょうが、そして牧師の癖に、「愛」という言葉について、こんなに無知であったことに我ながら驚いています。
 よく謙遜を表す言葉に「浅学非才」などと言いますが、小生まさに浅学非才の徒であったと、恥ずかしかったです。

 使徒ヨハネは1世紀を越えて2世紀に至るまで、生きて居られたそうですが、そのようなお年になっても講壇に立たれたそうです。そしてメッセージの度ごとに、「皆さん、互いに愛し合いなさいよ」と語られるものですから、信徒のみなさん飽いてしまって、「ヨハネ先生、もっと外のお言葉ありませんか」と申し出たそうですが、
 その時、ヨハネは「いいや、これしか無いんだ。皆さん、互いに愛し合うんだよ、これが一番大事だよ」と言ったそうですが、クリスチャンの私たち、よく心にしっかり抱いておくべき使徒ヨハネの言葉として記憶しておきたいと思います。《く》


世界の失業者2億3千万人

 先日の新聞で、国際労働機関(ILO)では、世界経済の急速な悪化で、本年の失業者の数は2億3千万人となるだろうと、発表したそうです。
 多くの人は、殆どすべての人が失業を恐れていると思いますが、なぜでしょうか。こんなことを問うのは野暮なことでしょうが。
 この事についてイエス様はなんとおっしゃっているか、考えたこと、ありますか。
 職業ということは世間一般の通念では、「メシを食うための止むを得ぬ仕事」です。ですから、職を失うと、メシを食えなくなると思うのですね。これは本当でしょうか。
 「ただ衣食あれば足れりとせよ」とパウロは言いますが、これは弟子の伝道者テモテに言った言葉です。私に言わせれば、少々甘い言葉だと思います。私の尊敬した手島先生は言ったものです。
 「伝道者として生きるには、餓死覚悟せよ」。
 ちょっと、乱暴な言葉だと思うでしょうが、私自身の経験では、母と妻と子ども4人、家族扶養の義務感は捨てて伝道生活に入ったものです。何処からも生活援助してくれる当てはありませんでした。神様だけを当てにして伝道生活に飛び込んだのです。
 神様が私の家族を養ってくれると、信じました。一人合点です。実際、金が無くなると、お米も、味噌も醤油も買えなくなりました。妻が泣きました。
 いつもは信仰的で元気のよい妻がこのていたらくでは、困ります。男がいくら大きなことを言っても。実際に衣食のことにかかわるのは妻です。
 私は早速、近くの小学校の運動場に行って、お休み日だったのでしょうねえ、誰ひとりいない広い運動場の真中で神様に祈ったものです。そうしたら、可笑しいことに、主は言われます。
 「仕事をしなさい」。
 「えっ?」
 折角、神様にのみ従って生きるのだ、とがんばっている私に「仕事をしなさい」とおっしゃる神様のお言葉に、私はけげんに思いながらも、直ぐに自転車の乗って首をふりふり、町に出ました。

 2人の人に会いました。私が何も言わない先に、この方々は邦文タイプライターで版下を作って簡易印刷で官公庁や会社などに業務用の資料などを作って納品している仕事があると、言うのでした。私は、「へえ…、面白い仕事もあるもんだな。」と思いながら、自転車に乗って帰っている時、突然心に声がしました。
 「すべて正しきことは2人(または3人)の証人
 によって確かめられる」。
 聖書の言葉です。あとで調べましたが、マタイ18:16です。確かに2人の友人が、このタイピング仕事に私の目を開かせたのです。
 そしてうまい事に、私の親しい友人が大阪でタイプで業務用の印刷をして、かなり大きな会社を作っていました。私は早速、その人に相談しました、彼は「待ってました」とばかりに、
 「いやあ、こちらでは仕事の量が多くて困っていたんだ。タイピストがいないんだ。お宅に相談しようと思っていた。あんたの家は、空港が近かったよねえ、原稿を飛行機で送るよ。そして出来たタイピング・ペーパーを飛行機で送り返せばよい。すぐ金を送るから、それで新聞広告をして、タイピストを集めてくれないか。それから、ちょうど整備済のタイプライターが5台倉庫に眠っているから、それを直ぐ送るよ」。
 数日して、邦文タイプライターが着荷。我が家の6畳の間にタイプライターが、5台並んだ。まだ、職業難の頃で、タイピスト経験者はすぐ集まった。私は大阪の印刷会社の下請け工場の経営者になったわけだ。トントン拍子だった。中小企業どころか、零細企業だったが、ともかく私も小さいながらも企業主になったのである。
 それは昭和39年のことである。ぼつぼつ日本の経済界が調子を上向きになりつつある頃である。後に企業合併して、九州一の印刷会社をつくり、そこの常務取締役に納まるのであるが、そういう段取りが既にその時、神様のほうではついていたのであろう。

 私は別に失業していたわけではない、自分で仕事を棄てたのである。
 職業というが、それは職の腕を持ち、それを活かして世に奉仕出来ることを差すのである。職業とは、メシを食うために嫌な仕事をイヤイヤながら、やっている、それは多くの人の言わゆる職業であるが。
 しかし、本当は世に奉仕するため、自分の特技、持ち味を活かして人々に喜ばれるための職業であるが、それを仕事という。
 仕事とは、「事に仕える」ことである。人に仕えるというより、「事に」である。事とは、世のお役に立つことである。
 だから、最も佳い仕事は無償の奉仕である。それは、聖フランチェスコや、日本の良寛さんなどの生涯に見られる。そのような奉仕の実際を最も良く学ばせてくれるところがある。例えば、京都の西田天香師創立の一燈園に行ってみられると、この境地がわかる。私は何回か、この一燈園に行って実際に学んだ。
 
 だからイエス様は言われる。「何を食い、何を着ようか、と思いわずろうな」と。私は更にイエス様のお言葉につけ加えたい。「どこに住まおうか」と。
 皆さん、理知的に分かるのではなくて、体験的に体に染みて良くわかる。私は30歳台に何度か一燈園に行ってみたし、又自分自身のやり方で無銭旅行などして体験して来た。
 「カネが無ければメシは食えない」というのは迷信であることが分かる。カネは世間を生きるのに便利な道具ではあるけど、しかし本当の使い道は難しい。理想的なカネの使い方も、この一燈園に行くとよく分かる。《く》
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by hioka-wahaha | 2009-02-03 12:13 | 日岡だより
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