No.366 2009年のご祝福を祈ります 2009.1.4

2009年のご祝福を祈ります

 新年おめでとうございます。昨年末は、私は忙しくて、というより段々老いこんできたせいか、仕事がはかどらなくて、主観的に「忙しい。忙しい」と言っているだけでしょうね。よそ目には多分、何もせずに食卓にくっついていて、ボンヤリとしているだけのことだったかも知れません。
 年賀状を沢山頂きましたが、私は年賀状を一通も書かなかった。改めて、お詫びして、「新年おめでとうございます」を紙上で申しあげる次第です。
   2009年1月1日
                釘 宮 義 人


主が希望を与えて下さる

 昨年の暮れ、越年祈祷会の席で、ひざまずいて祈って居る時、神様は私に「希望を持て、私はあなたに希望を与える」とお言葉を下さいました。
 なるほど、その時、私は憂欝の霊に捉われていて、希望など論外でした。平素の私でしたら「ワッハッハハハ」と笑い飛ばしてやるところ、それが私の秘訣のはずでした。そうすれば良かったのに……。
 ですから、その越年祈祷会で皆さんが祈っている時、その祈りの声が「ワァーッ」と熱する一歩手前、まだ少し静かな前哨戦の時、私もちょっと遠慮して、ひたすら静かな声で祈っていたんです。
 それはそれで良いのですが、どうも明るくなりません。その時、神様が私に「希望を持て、私はあなたに希望を与える」と語られたように思えたのです。
 それは、ちょうど越年祈祷会の席でしたから、私にはまず「来たるべき来年に対して希望を持て」、というように聞こえたのです。そして、
 「今夜の越年祈祷会の席では、お前さんは希望を語れよ。私は今夜の祈祷会のさなかで、あなたに希望を与える。来年のことじゃない。この祈祷会において、私はあなたに希望を与える」
 私は頭を床にくっつけて、神様の下さる希望を待ち望んだことです。
           *
 この時、私はヘンリー・グルーバー師を思い出しました。昨年の10月19日の夜の礼拝です。ヘンリー・グルーバー師を迎えての聖会でした。
 グルーバー師は歩行祈祷の提唱者として、また個人預言の賜物をお持ちの方として承知していましたから、その両方に期待がありました。
 事実、歩行祈祷については、翌日、私は先生にご一緒して頂き、またコースは同行の橋本先生に従って、九六位山に向かったのでした。
 九六位山という山については私は名前は知っていましたが、この山のことを語る人たちが何か思わせぶりに話すような感じを以前から持っていましたが、行ってみてその理由が分かりました。
 この山には、大分市一帯を支配しようとする意図を持っている霊的存在者が「鎮座」しているということでした。私がそのことを感じたというよりも、あの山の頂上にはっきりそのような掲示文もあったのです。鎮座しているというよりは、「俺はこの山を所有しているんだ、この山は俺のものだ」というような文面でした。そこで私は、これは悪霊の山だぞ、という印象を受けたのです。
 その時、私は即座に、この山の支配霊に対して退去を命じる祈りをしたことですが、こうした霊は、一度は出て行っても性懲り無く帰ってくるのが普通ですから、今後、真剣に、繰り返し、追い出しのミニストリーを重ねるべきだと思ったことです。このことはイエス様も教えて下さっています(マタイ12:43、44参照)
 日本伝道の難しさはこの悪霊充満の日本列島の特異さにあります。怖がる必要はありませんが、この知識をしっかり持って、霊的確信をもって対処する必要があります。問題は日本の多くのキリスト教会が、悪霊の存在について鈍感であることにあります。日本キリスト教界を啓蒙しなくてはなりません。
 私はあの九六位山の頂上から大分市を見渡し、また別府湾を見下ろして別府や日出、杵築の辺りを望みつつ祈った痛切な思いを忘れることはできません。環別府湾の都市と町や村々を救いたまえと主に祈った時、確かに主は小さな私の存在を顧み、祈りを聞いて下さったという確信、そこに大きな期待、希望が湧いたのでした。
 この1月12日に、市内一、二の教会が、当教会に集まって下さって合同聖会を持とうという話が急に持ち上がり、早速実現することになりました。
 実は、手束先生の高砂教会でのアシュラム聖会が、その12日に持たれるという日程が直前に分かったので、私も困ったのですが、橋本先生、永野先生と私の3人で小型の高砂アシュラムが大分でも出来るのだということで、これは喜ぶべき事じゃないかとやや無理な確信ながら、その確信に立って、この日程を了承したのでした。実はこの案がもたらされた時は、私は大きな声で、「賛成、賛成、やりましょう」と答えましたが、その後で高砂アシュラムの日程と重なることに気がついて、少々あわてました。
 高砂教会には事務室のスタッフにこの事を伝えて、手束先生によろしく伝えてください、と頼みました。手束先生に直接電話で申しあげるのは気が引けて、懇切(?)な手紙を書いたことです、呵々。手束先生、ご勘弁と、祈るばかりです。
           *
 さて、前述のヘンリー・グルーバー師による聖会において、私は大きな恩恵を受けました。グルーバー師より個人預言を受けましたが、その中で特に「この教会には、今後若い人たちが増える」という大事な預言がありました。
 元々、私が先生の預言に期待していたのは、私の牧師職について後継者の導きを聞きたかったのです。そして、私の意図としては、すぐにも今、私が引退したとしても、直ちに「待ってました」とばかり、あとを引き継いでくれるような人物を示してくれることでした。今、私の目に届く信徒諸君の中から、私の後継者が現れるんじゃないかという、私の期待に対して答えてくれる預言を待っていたのです。
 ところが先生の口から出てきた預言は、「この教会には、今後若い人たちが増える。その若者の中に汝の後継者がいるよ」という言葉でした。
 「若者が……?」
 私は一時、キョトンとする感じでしたが、次第に分かって来ました。私の後継者期待感は近視眼的でした。主のお考えは、天が地よりも高いように、将来を語っていました。私には何も分からなくてよい、一切、主に委ねなさい。すべては主がご存じである。ということです。私がまだ見ることも出来ない若者が将来出てきて、私の後継者となる可能性すらあります。ともあれ、私は主のなさることを期待するのみです。

〔消息〕
去る12月29日、永井明先生が、韓国からの黄錫千(ファンソクチョン)牧師先生をお連れして来訪、別府温泉などご案内し、また砂湯などを楽しまれて、翌日宮崎方面に立って行かれました。私も又、特に黄(ファン)先生の今回の旅のご平安をお祈りしたことです。先生は今は福岡市に定住されて宣教のミニストリーにしたがって居られます。《く》

〔図書紹介〕
「わたしが示す地へ」、レオ&フィリス・ケイラー夫妻の著作です。
 先生ご夫妻がアメリカから日本にお出でになって、大牟田の教会の応援をなさってから50年、現在はご子息のロバート・ケイラー先生が牧会なさる有明バイブル・チャーチで福音のお務めをされています。
 長身で、口を大きく開けて、魅力ある堪能な日本語で証しなさる。日本人牧師仲間でも人気一杯の先生の日本宣教の裏表、面白いと言えば、語弊がありますが、日本人の魂を愛して、今日までうまずたゆまず、ご苦労なさって来て下さった先生ご夫妻のいつわらざる物語です。興味深々、涙と笑いの50年、お読みになって下さい。《く》
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by hioka-wahaha | 2009-01-06 16:05 | 日岡だより
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