No.357 精神科学と全能の神 2008.11.2

精神科学と全能の神

 生長の家の谷口雅春氏が亡くなって、もう10年を越すが、その時に書いた私の感想があるので、以下に載せたい。
 谷口雅春氏の逝去を知っていささか感慨を覚えた。振り返ってみると、出版活動による伝道などということは、あの速筆達意の名文家でなくては思いつきもせねば始めることもなかったろう。同氏の初期の頃の文章を拾い読みしてみると、総じてみずみずしく張りがある。多少冗舌の気味もあるけれど、それだけに博覧強記のそのルーツまでも律儀に書いてくれてあり参考になる。
 驚くのはその心理学などを通してのいわゆる精神科学的な論証が今なお余り古びていないということで、信仰の一面を出来る限りインテリゲンチャにも知的に理解できるようにし、あるいは又オジチャン、オバチャンたちにも宗教近代化の自信を与えた功績は計り知れぬものがあるし、その後の各宗教陣営に多大の影響を与えたことと思う。
 谷口氏が時代の流れに敏感で、当時の権力筋に迎合的に見えて、私の誤解だったかもしれないが、多少遺憾に思ったものだ。それにも拘らず、充分に尊敬されていい人であった。
 畏友・今橋師が長崎医大の病院で療養中、手島先生が尋ねて来られ、枕もとのバルトやキェルケゴールの本を見て、「こんな本は捨ててしまえ。こんな本を読んでいるから病気がなおらんのだ。………うッ、これ、生長の家の雑誌か、これが良い。これを読むが良い」と言ったというのは有名な話。
 谷口氏自身、まだ開教以前あるインチキ霊媒に「あんたがたの善は、善人の悪」と言われてショックを受けたという話が、その自伝にあるが、たしかに多くのキリスト教徒にこそその弊が大きい。前記の今橋師のバルト、キェルケゴール好みがそのよい例で深刻、緊張、思弁過多症なのだ。
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 ところで、谷口氏の功罪のうち功の方はそこまでにして、罪の方というか、私たちの賛成できない面の方の一つを書いておこう。それは精神科学的心の力を力説しすぎた点だ。それもマイナスに指摘する場合だ。
 人が病気していたり、経済や家庭の問題で苦しんでいたりすると、すぐ「あなたの心の持ちかたが悪いからそうなったんだ。あなたが明るく積極的に感謝して毎日を過ごしていたら、こんな目に会うはずがない」と言う風に責め立てる。人を責めず許してやらねばならぬ教義が、つい度を越して相手を責め、そこで責められた方の信者もまた自分で自分を責めるということになる。この矛盾に多くの生長の家の信徒さんは苦しむことになる。(「世界人類が平和でありますように」の白光真宏会の五井昌弘氏が生長の家から分派したのは、教えの面から言えばこの点からであった)。
 第二は生長の家においてはどうしても天地創造、全能唯一の神がはっきりしない。決して説かないわけではないが、それは全宇宙にみなぎる普遍的神、と言ったあんばいになる。人間神の子、すべての人に神の分霊あり、と言っているうちにいつしか神の個性的人格性が没却される。これはクリスチャンが生長の家の本を読むとき絶対に注意しなくてはならないところである。そして人それぞれ、自分の心で自制、発奮して、精神科学のノーハウを使えさえすれば、うまく立ち直り成功的人生を送り得ると思い込むようになる。(この系譜は現在の積極心理学や行動変容学にあらわである)。
 唯一の人格的神が分かると、「人間に罪無し、人間は生まれながら神の子」とは言っておれない。神の聖と義の前にぬかずこうとすると、どうしても自分の罪とがの極悪さが身にしみる。そのとき初めて神の独り子なるイエス・キリストの十字架と復活・昇天の御業の意味が分かって来るのである。《く》(旧稿、1985年11月月報より)


手を握ってもらう

 又、刑務所の中での話ですが、え、「どうして刑務所なんかに行ったのですか」って。弱ったな、それをまず言わんといけませんね。とにかく、戦争中のことでしょ、戦争に行きたくなくって薬を飲んで死のうとしたが、死にそこなって「兵役法違反」、もう一つなんとかで懲役です。きょうはここへんで勘弁してください。
 さて、その刑務所のなかでも、私は厳正独居といって禁固並。鉄のドアが1日に6回開く、3回の食事、1回の便器出し。それに朝と晩の点検。点検では看守の前で裸かになって手や足を振り、口をアアーンと開けて何も身につけていないことを見て貰う。その他はだれも来ない。ドアには手が差し入れられるくらいの小さな穴がある。冬はそこから風がはいって寒いのです。刑務所は冬の火の気が無いのが一番つらい。
 ある日のこと、突然「ヨシト」と私の名前を呼ぶ声がした。刑務所はすべて囚人番号です。名前を呼ばれると、何事がおこったかとびっくりする。声の主は例の差し入れ口である。のぞいてみると、入所した最初の3か月間あやまって一般の囚人の行く工場で働いていたことがある。その後、「お前は厳正独居だ」というわけで独房に来たのである。その時の工場の雑役(兵隊の班長みたいに看守がわりに囚人の統率し、みんなから恐れられ、嫌われている)のMさんが私を呼んでいるのだ。
 「ヨシト、俺はこんど、ここに来た。さあ、手を出せ。手を握れ。頑張れや。ここは何より体が大事や。コーリャン飯は足らんじゃろうが、よく噛んで、ゆっくり食え。死んだらいかんぞ」という。私は地獄で天使に会ったような気分、驚喜した。彼の手の温みを今でも思い出す。
 詩篇16篇8節、「私はいつも、私の前に主を置いた。主が私の右に居られるので、私はゆるぐことがない」。
 いつも主の臨在を覚え、主を尊び、主を賛美し、主と交わる、そこに敬虔の日々がある。信仰生活の奥義だ。ダビデは「主を前に置いた」と言っていたのに、なぜ次に「主は私の右に居られる」というのか。ヘブル語を調べると「私の右」は「私の右手」が正しい。なるほど、そうだ、主は彼の前に居られ、「ダビデ」と手を出してダビデの右手を取られたのだ。そして「ダビデ、強くあれ。雄々しくあれ」と仰せられたのであろう。分かるなぁ。(「恵みの雨」旧号掲載)


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by hioka-wahaha | 2008-11-04 11:33 | 日岡だより
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