No.339 禅の祖師たちと私たちの信仰 2008.06.29

禅の祖師たちと私たちの信仰

   一、瓦は磨いても鏡になれない

 私が若い時、もちろん経験も少ない。信仰の妙理を説こうと思っても、説明に窮する。よく「キリスト教例話集」などを用いたが、どうも切れ味がよくない。そこで、しばしば禅宗の語録を借用した。
 この教会の旧い時代の信者さんたちがよく覚えてくれているであろう例話に、馬祖という禅師の修業僧時代の逸話がある。
 彼が長い間、熱心に座禅していた。そこに旅の僧、南岳禅師がやってくる。
 「そなたは、座禅をして、どうしようというのかな」
 (言うまでもないという顔で)「仏になろうと思います」
 そこで旅僧は、どこからか一片の瓦を拾ってきて、石の上でごしごしと磨き始めた。若き日の馬祖はびっくりして、
 「そんなことをして、どうするのです」
 「うん、これを磨いて鏡を作ろうと思う」
 「いくら磨いても瓦は鏡にはなりはしません」
 「ふん、そんなら凡夫がいくら座禅をしても仏にはなれんぞ」
 若き修業僧は「あっ」と思った。私は若い時、無教会主義のコチコチでしたから、ただ無闇に聖書研究すればよいと思って、英語やギリシャ語の聖書を重箱の隅をつつくようにして勉強しました。そして、ますます信仰がわからなくなりました。
 そういう経験があったので、以上の南岳禅師の指摘は身に痛いほど分かりました。いわゆる律法的行為では救いは与えられない、ということです。南岳はつけ加えて言います。
 「そなた、牛に車を引かせる場合、車が進まなかったら、車を打つか、牛を打つか」
 馬祖はこの言葉によって悟ったといいます。禅宗にはこういう含蓄のある言葉が多いのです。

   二、師匠は何も教えてくれない

 この馬祖から、禅宗の系譜に従うなら四代目の祖師に香巌という人がいます。この方の師匠は「イ山」という人です。このイという字は為という字にサンズイがついていますが、そんな変な字は私のワープロにもありません。やむをえず「イ山」です。このお師匠さんが問うたそうです。
 「やあ、香巌。お前さんは大変秀才だそうだね。ついては答えてほしい。お前さんが父や母から生れる以前のあんたはどんな風だったか、一句で言ってくれんか」
 香巌は呆然として答えることができません。これまで、習ってきた知識も経験もなんの役にもたちません。そして何度、教えを乞うても、師匠は顔を振って何も教えてくれない。
 憤懣やるかたなく、そして泣く泣く、山を降りて田舎の寺に退きます。一生、墓守ですごそうと思ったのです。
 ところが、ある日、香巌は庭を掃除していました。庭に落ちていた瓦礫を箒がはね、その瓦礫が竹にあたり、跳ね返って手水鉢に当たって、音をたてました。その音を聞いたとたん、ハッと悟ったのです。彼は即座に地面に平伏して旧師のかなたを礼拝、
 「あの時、もし師匠が言葉をもって教えて下さったならば、今日のこの歓喜はなかったでしょう。ようこそ教えてくださいませんでした」
 と感涙したという。
 ここで、私のことを書きたいです。ある日、イエス様のお言葉が私の霊域に差し込んで来た。私の魂は暗夜から解放され、私の心は燃えた。
 その時、私のからだは刑務所の独房にいたのですけれど、その喜びは鉄格子をはじき飛ばして天地を呑みこんだような気分でした。
 座禅も修業もしなかった。ただ、神様の一方的なお取り扱いです。イエス様の十字架のあがないの故に、苦心惨憺修業した禅宗の大先達者たちでも近寄れもしなかったような福音の祝福に、私はあずかることができたのです。どんなに感謝しても感謝しつくせない神様の恵みでした。

   三、笑いを口に満たしてください

 今から30年前、私の教会の新年聖会でのことです。参加者はたった2人だった。その一人、吉田一行兄が聖霊を受けた。
 と言っても異言が出たわけでもなく、倒れたわけでもない。当時の私どもの教会には現在のような聖霊様の著しい現象はまだ現われていなかったのです。
 しかし、その時、吉田兄は、大歓喜に満たされて、私の家の玄関の狭い廊下で小踊りした。彼はけっして興奮しやすい、感情を面に現しやすいタイプではない。その彼が、いつまでも、いつまでも踊っているのです。
 昔、白隠和尚は越後高田の道で、入り合の鐘を聞いて一瞬に悟り、歓喜のあまり、道の上で旅の荷物を放り捨てて踊り狂ったという。日蓮のいう「歓喜の中の大歓喜」です。異教の人たちでもこういう風です。まして私たちクリスチャンは聖霊の大歓喜で踊り抜きたいものであります。
 私の知っている一姉妹、ずいぶん前のこと、詩篇に「我らの口は笑いで満たされた」とあるのを見て、「私の口にも笑いを満たしてください」と祈ったそうだ。
 そうしたら日ならずして、訳も無く笑いが込み上げてきて、気が変になったかと思い、笑いをこらえるのに困ったという。その後、世界的流行(?)になった「聖霊の笑い」現象が起こる、ずっと以前のことです。
 いつぞや、保土ケ谷教会で永井信義先生の書斎から「キリストの笑い」という本を借りたことがありました。その本にイエス様の呵々大笑している絵があるのです。こういう笑いの前からはサタンも逃げ出すでしょう。
 さあ、私たちは、このイエス様の哄笑を真似て、愉快な元気のいい信仰生涯を送ろうでありませんか。いや、時には山をも揺るがすように泣きわめいてもよいのです……。

   四、イエス様こそ、よきモデル

 そう、笑うだけではない。泣くということもありますよ。聖霊によって泣く、という経験をした人は多いと思います。悲しいのでも、嬉しいのでもない。聖霊による不可思議な涙が溢れ出るのです。
 私は20歳代の青年期、日本キリスト教団(!)の南九州青年部修養会でワンワン泣いて、机の上に涙の池を作ったことがある。
 眼窩にあふれる涙がこんなに熱いものとは知らなかった。まだ、聖霊だの、異言だの、まして現今の聖霊様の現象など何一つ知らなかった頃のことです。
 「聖霊の笑い」にしても、「聖霊の涙」にしても、これらはすべて聖霊様の働きです。
 ですが、それにもまして一段と大事なことは、私たちは、普段の日常生活において、常に感情豊かに泣き笑いして、見てくれのそれでなく、自在なクリスチャン・ライフを生きることであります。
 その最もよいモデルはイエス様です。感情豊かです。行いすました冷たい道学者とは違う。イエス様は笑いもし泣きもした。怒りもし、悶えもしたと思う。熱情一杯でした。
 旅では元気に歩いたでしょう。疲れたらドッコイショと腰をおろしたでしょう。そして大きな声でサマリヤの女にでも遠慮無く水を乞うたのでしょう。
 私たちもこのイエス様のようにありたいと思います。(拡大宣教学院機関誌「マグニファイ」旧号1996年2月号より再掲載 《く》)

〔あとがき〕
最近、会堂の大掃除の折に、前庭の庭木なども選定しましたが、その時、成長し過ぎた感のあった貝塚伊吹の樹を伐採しました。隣家の屋根の上に覆いかぶさりそうで、気になっていたのです。先週の諸兄姉のご奉仕に感謝します。ついでに、駐車場の道路側に植っている「いなご豆」(ルカ15:16参照)の枝を剪定しました。これは牧師が先年イスラエル旅行から、持ち帰った種子を蒔いて成長させたものです。ひょっとしたら日本の土地に育っているたった一本の聖地の植物かも知れません。大事に育てたいものです。《く》
[PR]
by hioka-wahaha | 2008-07-01 16:09 | 日岡だより
<< No.340 救いの確かさ(一... No.338 不撓不屈の信仰を... >>