No.334 神は一切の物事の創造者である 2008.5.25

神は一切の物事の創造者である

 「神は一切の物事の創造者である」
 この事を今回は強調したい。注意してほしい。
 決して「万物の創造者」だけ、ではない。「一切の物事」の創造者である。
 例えば、この宇宙だが、神はこの宇宙すべてを創造された。「はい、そのとおりです」と多くの人が、いや殆どの人が「はい、そのとおりです」と言うと思うが、そこで、こう聞いてみたい。
 あなたは、この宇宙というもの、果てしなく広く、大きいものと言えば、「その通りだと思います」と答えると思うが、次の事を重ねて問うてみたい。
 宇宙はどこまでも広がっても果てしないものと思いますが、それではどこまで続くのでしょう。
 そんなこと聞くのは野暮です。どこまでも、無限につづくんです。と答えるだろう。
 しかし、考えて見よう。この太陽系、この太陽系を含む銀河系、この銀河系を含む、それ以上を包み込む大銀河系。そいつを含めてもっと大きな星の集団。しまいには、さすがに星は無くなるとすると、あとはもう果てしない宇宙空間。光も宇宙塵もない真っ暗闇の大空間。この闇の空間はどこまで広がりますか。
 それは実は、今の天文学者も何も言えないと思うけれど、それでも闇の空間が広がり続けるんだと言えば、これまでの言葉の延長から、そのとおりと言わざるを得ないでしょう。
 これを無限に繰り返し続けても、言葉の上での論理では、そのまま永遠に続けられる。この強大無限の闇の宇宙空間というものは、こうなると、単なる物ではない。これはモノゴトの中のコトなのですよ、と私は言うのです。《く》


キリストは癒し主である(下)

 K姉は訴えます。
「2人の医師に3べん診て貰いましたが、盲腸炎に間違いないと言います。ぜひ手術しなさい、と言うんです。先生、この盲腸炎の癒しのため祈ってください」
 まだ、戦後の国民健康保険が始まっていない頃です。今だったら、手術が怖いから、「祈ってください」と言う方が多いのですが、その当時は全く事情が違います。
 医者に行って手術を受ければ、多額の金がかかる。だから、まず「釘宮先生、祈って病気を治して下さい」、というわけです。
 貧乏な病人は牧師に行くしかない。牧師も必死です。祈って治らなかったなら、まごまごしているうちに死ぬ恐れがある。盲腸炎ですからね。
 K姉ご一家は、或る旅館の一室を間借りしていました。行ってみると、K姉はもちろん寝ている。枕元に薬の紙袋があり、頭と患部に氷嚢がかぶさっている。
 私はいきなり、その氷嚢を取り上げ、薬は紙袋ごといっしょに火鉢に捨てた。そして
 「神様、よろしくお願いします」
 と祈って家を出た。
(当時の神癒祈祷はその程度である、迫力はなかった。それでも祈りは聞かれた。祈りの声が大きければ聞かれるというものではない)
 その家を出ると、道が坂道だったが、その時の道の様子を今でも思い出すことができる。その道を歩きながら、
「もし、K姉が死んだらどうしよう。自分は警察行きだな」
 と思ったものだ。K姉のことより、自分のことのほうを心配している、この私の心の忌まわしさに私はがっかりした。「私は本当に汚れはてた人間だなあ」、と情けなく思ったものである。
 ところで、心配しつつも3日たった。そして私はいつものビルの一室の集会を開いているとき、突然、扉が開いた。
 「センセーイ、盲腸炎が治ったア」
 と声がする。見れば、あのK姉である。彼女は絶叫する。
 「センセーイ、盲腸炎が治ったア」。
 K姉が両手をあげて叫んでいる。私を含めて信者さん一同、総立ちである。
 詳しくは、分からなかったが、とにかく、痛くなくなった。熱もないみたい。驚いて医者に行った。医者は診察して
 「不思議だな、不思議だな。治っているよ」
 と言いながら、レントゲン透視もして不思議がっていたという。
 私は彼女の言うのを半分聞いて、そこで、叫んだものだ。
「皆さん、まさに主は癒し主だ。皆さん、病人を連れてきなさーい。どんどん、神癒集会をやろう」
 血眼になって叫んでいた。
 数日して、乳癌の女性が来た。私は又、怖くなった。
「なんで、乳癌なんか持って来るのか。風邪か、腹痛ぐらいなら良いのに。乳癌とはイヤだなあ」。
 ともあれ、祈ってあげた。
 「1週間したら、来なさい」
 と言ったものだ。1週間と言ったのは、すぐは治らないだろうと用心して、1週間と日を伸ばしてみたのだ、ところが嬉しいことに、その乳癌が本当に1週間で消えたのだ。
 その日から1週間して、その女性が来て、言う。
 「先生、お乳の癌が消えました」
 私も呆然とした。
 そして、私は気がついた。「言葉だ、私がこの私の口で、『この病気は癒される』と言いさえすれば、病気は必ず治るのだ」。
 この発見に私は身震いした。そして、この神癒の事実を信じ、外に向かっては言わなかったが、集会の中では大胆に「信仰による病気の癒し」を高調した。信徒諸兄姉も興奮した。
 この引き続き起こる癒しの経験は私に非常な自信を与えた。
 私は本来、気の小さい人間であったが、しかし、神癒に関してだけは、気強く「『癒される』と断言せよ、そうすれば目の前で患者の病気は治る。必ず治る」、と自分自身に語り続けたものです。《く》(2008.4.12.)
 

楽しかったチャリティコンサート
 昨夜(5月24日)大分駅南口そば近くあるグレイスチャペルで楽しいチャリティコンサートがありました。来演してくださったのは東京交響楽団のチェロのボーマン・ベアンテさんとピアノの奥様のルリ子さんとの協演で心ほぐれました。バッハの豊かな和音、シューベルトのメロディックな特徴も分かりやすく説明して頂いて、ぼんやり聞いていたそれぞれの名曲を改めて理解でき、かつ深く味わうことができて感謝でした。このチャペルは広田先生のチャペルノアの分教会と言いましょうか、出先教会と言いましょうか、場所もよく、瀟洒な建築です。今後の伝道に益々用いられるでしょうね。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-05-27 18:25 | 日岡だより
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