No.333 中国・四川大地震被災者に救援を 2008.5.18

中国・四川大地震被災者に救援を

 この度の中国の大地震の規模の大きさには肝を潰しますね。
 私はしろうとだから、よくは分かりませんが、中国の大地の広さ、人口の多さが、その被害を積算させて、目を覆うばかりの惨憺さです。
 食料や建設物資も大量に必要でしょうが、それらの分配搬送管理等、人員を含めての緻密な計画が事前の用意の何も無い震災の特有な事情下ですから、予想もできない混乱が生じるでしょう。
 そうしたことをテキパキと処理出来るのは日本人の得意の分野だと思います。できればそういう面でも良い応援ができると良いだろうなあ、と思っています。
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 それはともかく、日本のクリスチャンたちからの特別な救援体制を立てられると良いなあと思います。
 私たち小さな一教会では具体的には何一つ計画すら立てられませんが、中央の教会諸団体の中から良いプログラムを出してくれるだろうかと期待している所です。
 もし、そうした提案が出ない場合は私ども小さな一教会でも出来ることを模索したいと考えています、皆さんも、良い機会ですから、考えてみませんか。
 まず物というより、お金でしょうね。早速でも救援基金をまとめましょうか。しかもこういう資金は少しでも早く現地に届くようにしなければ価値がありません。
 今日、送られてくるでしょう、キリスト新聞等に、そうした救援呼びかけが具体的に出ているかもしれません。期待しています。諸兄姉もよろしく、そうした情報を見つけてならば、報告下さい。また何をなすべきか、ご提案ください。《く》


キリストは癒し主である(上)

 私が「イエス様によって病気は癒されるはずだ」との信仰を持ったのは、まだ34歳のころであっただろうか。
 単純に「神様に出来ないことがあろうか、特に病気の癒しについては聖書に幾らでもその奇蹟の記事が出ている。また、信じる者にはこれらのしるしがあらわれるとちゃんと生々しく書いてあるではないか」(マルコ16:18)と思ったのである。
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 1956年の夏、大阪でイムマヌエル教団の聖会があり、私は初めての教団であったが、興味があったので参加してみた。
 その旅に出かける時、中島という老信徒が、ちょうど二女のせつこがまだ満3歳になっていない頃であったが、猩紅熱風の症状が出ていた。
 それを気にして「せつこさんを置いて先生大丈夫ですか」と心配そうにしていたのを覚えている。
 当時、私は神癒の信仰によって、家族が病気におかされても。病院にも行かず、医者にも見せず、薬も与えていなかった。
 だから中島老人の心配も無理はなかった。先生がおればこそ、お嬢さんの病気に医者にも見せず、薬も与えないでも、まあまあ先生の信仰姿勢に敬意を表して黙って見ているが、先生の留守中にお嬢さんの病気がひどくなったら、どうしようと案じたのであろう。
 しかし私は「大丈夫ですよ」と言って、関西汽船に乗ったものである。
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 イムマヌエル教団は蔦田先生という牧師先生の率いる教団で、信仰的に私に近かった。特に神癒を信じる教団だったので、私は親近感を抱いていた。(今はその別府教会が別府市亀川にある)。
 だから、そうしたタイプの聖会だから、その大阪聖会に行っている間、祈祷の時間には私は心置きなく大きな声をあげて、せつこのための癒しを祈ることが出来た。
 そして聖会を終わり、大分に帰ってみたら、せつこの猩紅熱は立派に治っていた。
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 その当時の私の神癒信仰は熱烈、絶対、微塵の妥協も無かった。医者にも見せず、薬も飲ませず、だから風邪をひいても風邪薬を飲むわけでなく、怪我をしてもメンソレータムをつけてやるわけではなかった。徹底していた(今はそれほどでない)。
 そして、今のように声も高く「神様、この病気を癒してください」とか「この病気よ、出てゆけ」と、どなりつけるような信仰的処置も知らず、ただ黙って神様の癒しを待っているだけの時であったから、不安を覆い隠すのに苦労した。正直言って怖かった。
 しかし、妻や信徒の手前、必死にその恐怖を押し隠して、信仰を守った。これが、私の神癒信仰のごく初期のころの実態である。
 私には格別の指導者はいなかった。神癒でも何でも来いの手島郁郎先生に出会うのは、その翌年のことである。
 ともあれ、こうして聖書だけが頼り、人間的にはどこにも頼るものが無い。
 こうした神癒信仰をたった一人で守り、推進したことは、今になっても感謝、多少とも誇りを感じるのを主は許してくださると思う。
 また、妻がその私の信仰姿勢に従ってくれたことを、今も感謝している。
 というのは、ちょうど妻が婦人科の疾患を覚えて、医者に行ったらしい。そして「手術を受けねば危ない」と診断を受けたという。
 妻は私に黙って隠れて医者に行ったことを詫びた。そして「手術を受けなさい」と言われたことを告げた。
 私は深刻な思いだった。そして言った。「あんた、私と結婚したことを御旨と思って我慢してくれ。死なねばならぬのなら、申し訳ないが、死んでくれ」と頼んだ。
 妻は納得したが、ただ残る子どものことを思い泣いたという。
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 その頃、私はあるビルの一室を借りて集会をしていた。10人ほど集まっていたか。その集会で私は神癒説教もしばしばしていた。それを聞いて、「私にも癒しの祈りをしてくれ」という人が出てくる。
 これも怖かったことの一つである。たとえば、今もよく覚えているのが、K姉である。
 K姉がやってきて、「私、盲腸炎なんです」と言う。
「2人の医師に3べん診て貰ったが、盲腸炎に間違いないと言います。ぜひ手術しなさい、と言うんです。先生、この盲腸炎の癒しのため祈ってください」(次号に続く)

〔あとがき〕
最近、よく癒しや、その他の問い合わせが携帯メールで入る。当教会のメンバーからではなく、国内各地から一般の方々からである。たぶん、みなさんクリスチャンであろう。癒しや霊的な疑問の問い合わせである。私も出来るだけ、答えられることはお答えしているが、最近、心配になってきた。携帯電話でのメールは非常に単純、明快、トントン拍子で会話が終わるが、その問答会話が手軽過ぎるのである。これは携帯メールの特徴であろう。それだけに「癒し」や「霊追い出し」が安易に行われる関係上、あたかも路上の夜店の金魚すくいみたいに聖霊様の働きが不敬虔に扱われる思いがする。神様に申し訳ないと思う。最近、癒しや、その他、祈りについてご希望は手紙にしてください、などと申し上げているのは、その理由である(緊急の場合は別)。ご了解下さい。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-05-20 16:00 | 日岡だより
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