No.332 今日は聖霊降臨日 ペンテコステの日です 2008.5.11

今日は聖霊降臨日 ペンテコステの日です

 キリスト教において、大切な日がいくつかあります。
 まず、イエス様のご誕生日、クリスマスですね。
 次に、イエス様が十字架にかかられた日、私たち全人類の罪をご自身に背負われて死んで下さった日です。
 それから、イエス様が復活された日、イースター(復活祭)です。イエス様が陰府の力に打ち勝って地上に帰られた日です。
 まだあります。それが今日、ペンテコステの日です。あまり聞き慣れない言葉でしょうか。ペンテコステという日のことは、余り大きな声で語らない教会もありますから。
 しかし、私どもの教会では、クリスマスや復活祭にも勝るくらいに、大きな声でペンテコステの日のことを語りたいのです。
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 ペンテコステとは「第五十」という意味です。過ぎ越しの祭り、つまりイエス様の十字架の日から50日目、この日をめがけて神様は、驚くべき恵みの贈りものを私たちにくださったのです。
 それは約束の賜物。ヨハネ14章で、イエス様が語られた「助け主」なる聖霊様が、祈りに祈って待っていた120人のクリスチャンたちのうえに下ったのです。
 嵐のような風の音が天から起こり、家中に響き渡って、炎のようなものが舌の形をして各人の上に降りてきて留まった、と使徒行伝に記されています。
 その瞬間、一同は大きな声でどこの国か分からない異国の国の言葉で語り始めました。これが「異言」の最初の現象です。
 その日から、ペテロをはじめとする、それまで気の弱かった信徒一同、雄々しくなって信仰を大胆に語り、種々の奇蹟を行い、信徒が増し加わり、またたくまに初代教会の礎ができあがったのです。
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 今日の日付のキリスト教関係の新聞を読むと、どの新聞も今日のペンテコステについて大々的に記事を載せています。
 しかし、ペンテコステの説明や行事などであって、どこにも、あのエルサレムで起こったような大事件は起こっていません。日本にも世界にも。
 私はこれを残念に思います。今日という日、ペンテコステ記念日として、最初の日のペンテコステの思い出を語り、そして、それだけで終わりやすい。それではツマラナイ。
 私は、今も、この日本で、又この小さな大分の教会でも、同じように目を見はるようなことが起こっても少しも可笑しくないと思うのですが、いかがでしょうか。
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 よくリバイバルと言います。リバイバルという言葉は、分かりやすく訳せば、「再来」でしょう。あの2千年前のエルサレムで起こった大聖霊降臨事件が今も再来すれば、それは本当のリバイバルです。
 大きいものではなかったけれども、明治時代に起こった当大分市に起こったリバイバルのことに少しふれましょう。
 今、大分市舞鶴町の昭和通りにデンと建っている日本キリスト教団大分教会は大分市ではプロテスタント教会としては最も大きな教会でしょう。
 歴史も古いのです。今は日本キリスト教団に所属する教会ですが、もともとはアメリカの南部メソジスト系の教会だったと思います。
 私はしばらく、ある事情があって。この教会に寄せて頂いたことがあります。その時の牧師先生は案に相違してバルト神学のコチコチでありまして、がっかりしました。私はメソジスト系の聖潔神学を語る牧師先生を期待していたのです。
 しかし、それはそうとして信徒の皆さんには祈りの姿勢が浸透していて、よく祈っていました。たとえば、教会も県庁やその他の事務所界隈に近かったこともあって、そうした事務所関係の信徒の皆さんが昼の休憩時間に毎日集まって祈り会をしていました。当然なことかしれませんが、それまで祈りの少ない教会にいた私は一驚しましたね。
 ああ、これが伝統というものだな、と思いました。この教会の明治22年に起こった小さなリバイバルは、知る人ぞ知る。かなり有名です。
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 東九州の一角の大分市、今でもそれほど重要視されている都市とは思えませんが、特に明治20年代初期、どういうわけかアメリカの南メソジスト教会系の伝道の手が、大分にまで伸びてきた理由を私はよく知りません。
 ともあれ、希有なことですが、伝道の第二年の年末には早くも聖霊の著しい働きが現れるのです。その年の除夜祈祷会でした。感動した会衆はそれぞれ異常な行動を起こします。
 床に倒れたり、ベンチの下に頭を突っ込んだりです。それは私と同姓の釘宮辰生先生ですが、血縁関係はありません。後のメソジスト教会の監督です。
 彼は回想します。「私は感激のあまり、涙を流して神の聖座の前に、戦慄してこの罪人を憐れみ給えと祈り続けた。その時、私は栄光に輝く聖なる愛の神の御前にあることを感じた。あの感激は一生忘れ得ない。自分の罪深きこと、汚れた魂の持ち主であることを思うて、ただ恐れおののいて、この罪人を憐れみたまえと祈った。(略)、集会は涙に満ち、懺悔に満ち、熱情に燃えていた。私の心に『なんじの身を神に捧げよ』という、ささやきを聞いた。私は『全身全生涯を捧げまつる』と祈ったのである。これはまさにあの明治22年12月31日夜のリバイバルの賜物であると申し上げざるを得ないのです」と言っています。
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 そうした霊的雰囲気は当時の大分市の諸教会にもあったのかもしれません。私の父が信仰に目覚めるのは、ずっと遅れて大正に入ってからですが、その回心の様子はやはり尋常ではありません。
 深夜の納屋のなかに独り座して、今までキリスト教の集会に出たこともない、無学な一介の若者が、荒むしろに打ち伏して祈る時、彼は神秘な光に触れます。体がおののき、声も出ません、そういう状況下で彼は声を上げます。
 「キリストの神様あ、あなたは神様です。私の神様です。私を助けてください。」
 大きな大会場にでも、また小さな教会にでも、またたった一人の打ち伏す所にでも、聖霊は臨みます。
 実はこういう時、私は「聖霊」と呼び捨てに出来ません。もったいなくて……。そうです、「聖霊様」です。いいえ、時には「御聖霊様」とお呼びします。
 また2、3人で賛美し祈る小さい集会を重んじたいと思います。「ふたりまたは3人が、わたしの名によって集まっている所には、わたしもその中にいるのである」(マタイ18:20)とあるとおりです。ここで主が言われる「わたし」とは「御聖霊様」のことだと理解しましょう。
 こうした時、特に思いもかけぬ言葉が口から出ることがあります。そういう時、心配しないで、その口や下の動きを禁じないで任せてみましょう。それが「異言」です。
 聖霊様は目に見えません。手で捕まえることができません。しかし、信仰によって聖霊様の働きを知るのです。聖書には「聖霊によらなければイエスを主と呼ぶことは出来ない」とあります。また、最初イエス様による救いの経験をする時、「これは聖霊だ、これは聖霊だ、聖霊の働きだ」と叫ばずには居られません。しかも聖霊そのものを掴えることも見ることも出来ません。
 しかし、異言の現象をわが口に経験するとき、初めてこれは聖霊だ、聖霊様の働きだと証明できることを感じます。聖霊の働きを現象面で確認出来たことを感じます。このように聖霊の働きを見聞きできる形で表出できるところに異言の特徴があるように思います。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-05-13 16:13 | 日岡だより
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