No.328 信仰が深まる秘訣 2008.4.13

信仰が深まる秘訣

 信仰が伸びない、そういう嘆きを持っている方たちにお勧めしたいのは、伝道です。
 「とんでもない、今の信仰ではとうてい伝道なんかできません。もっと信仰が進んだら伝道します」。 と言う人もあろうかと思いますが、いや、それどころか、多いのではなかろうかと思いますが。
 残念ながら、そういう方たちは、下手をしていると一生伝道できないままに過ごすかもしれません。この際、お勧めします。ぜひ伝道なさい、きっと信仰が伸びますよ。信仰が伸びないのは、伝道しないからです。
 伝道と言っても難しいことではありません。「教会にいらっしゃい」と、おすすめするだけで結構です。個人的に対面して、「さあ、聖書を読みましょう。信仰とはね……」などと、ベテラン伝道師の真似は出来なくても結構です。
 ただ、出来れば、いっしょに教会にお連れしてきてください。伝道は牧師か、先輩信徒がしてくれますよ。
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 又、牧師が忙しくて、個人伝道めいたことは少しもしてくれなくても、その人が礼拝に出席して牧師の説教を聞いてくれ、教会の雰囲気にふれてくれるだけで、結構です。しだいに信仰の神髄に触れてくれるようになります。
 ヨハネの福音書第1章46節を見てください。「ナザレのイエスに会ってみないか」と言うピリポに、「あの田舎のナザレから、なんの良いものが出ようか」と反論するナタナエル。しかしピリポは反論もせず、ただ「来て見ろよ」と言うだけです。
 どうぞ、日曜の教会礼拝に誘ってください。それが伝道の第一歩です。さあ、やってみましょう。《く》


幸福であることの秘訣

 最初に可笑しな事を書きますが、目下、非常に精神状態不安定でありまして、この文章を書くのにも苦労しているんです。こう書いたら、
 「どうしてそんなに精神状態不安定なんですか」
 と、聞かれるでしょう、そこで答えざるをえない。 奇妙な答えでしょうが、
 「ハイ、答えましょう、実は非常に幸福だからで
  す。心が大変ウキウキしていて、落ち着いて書
  けないんですよ」
 「ヒヤー、そんなに幸福なんですか。どうして、
  そんなに幸福なんですか」
 と、ご質問が来そうですね。そこで、お答えします。だれでも、幸福でありたいことは、すべての人の望みでしょうが、その秘訣があるのです。それを次に簡単に書きます。
 「私は、自分で幸福で居ようと、決心したからで
 すよ」。
 こんな簡単なことはありません。人は、自分で決心したとおりになるものです。私は幸福である、と決心したら、間違って絞首台の上にあがっても、幸福でおれますよ。人間は自分で決心したとおりになるものです。
 「そ、そんなこと、私にはできません」。
 と、あなたは言われますか。
 そうでしょう。あなたは、そんなことは決心できない、と心に決めているからです。だれでも自分で、心に決めているようになります。
 決心と言っても、わざわざ足を踏んばって、意気込んで心を決めている、そんなんじゃないんです。
 心がいつも、そのように思っている状態です。つまり人の「心」の成りきっている状態を、私は決心と言い直しているんです。
 多くの人はいつも不安なんです。いつ、何が起こるかもしれない。表面意識では気がつかないけれども、内心ビクビクしているんです。
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 そこで考えてほしいのです。
 人は一体に物事を変えるのは難しい。職業を変えることも、家を建て変えることも、奥さんを替えることも(?)、難しい。
 まあ、出来ることは、シャツを着替える。机の位置を変える。朝の通勤道を変えて見る。そのくらいのことは出来るのですが。
 なかなか、物事を変えるのは難しい。しかし、案外、自分の心を変えることはやさしいのです。
 「えっ?」と反問も出そうですね。徳川時代の小話しの中の会話の一つにありましたよ。「ちと、無理な相談。魂入れ替えろ」って。
 長屋のご隠居やお店の主人が、店子や小僧に「魂入れ替えろ」と説教してみても、「ちと、それは無理だよ」というせりふですね。
 しかし、人に言って聞かせるのは無理でしょうが、しかし、自分で自分の魂に言って聞かせる分には出来ないことではない。それが私の言いたいことです。 とは言っても、「それこそ難しいです」という人も多いことでしょう。
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 この自分で自分に言い聞かせるコツは、私は愛媛県伊予三島で伝道しておられた金田福一先生から教わりました。
 金田先生のお話では、これはルターから学んだのだそうですが、私がいくらルターの本で捜してもこの事は出てきません。もっとも私はルターの本をさして沢山持っているわけではありませんが。
 この金田福一先生は稀代の純粋福音の語り手(!)でしたね。愛媛県の田舎で生まれた人です。学校もろくに出ていなかったと思います。
 川の中州の掘っ建て小屋に住んで、そこで「感謝します、感謝します」と賛美していた人です。
 私と一番、信仰の交歓ができた人でした。この方の文章にしょっちゅう出ていたのが、「信仰の言葉を自分に言い聞かせる」ということでした。
 岡山医大に入院中、お見舞にあがった私が病棟を捜して歩く時、サッと私を目ざとく敏く認めて「釘宮先生」と言いざま、ベッドにひざまづいて祈り始めました。そのような祈りの人でした。
 ともあれ、この自分に言い聞かせるコツは、自分の心を自分で開拓する一番の秘訣ですね。
 人が、自分の力で変えることの出来る一番の対象は、びっくりされるでしょうが、自分の心です。この秘訣を知っておくと、皆さんの信仰の成長、拡大、深化に非常に役立ちます。
 もう一度、書きます。人が自分で変えることのできる一番の対象は自分の心です。
 「エッ、それが一番難しいんじゃないの」
 と多くの方は、そう言うでしょうね。しかし、本当はやさしいのです。
 心を変えようと思えば、すぐ変わります。そう思ったとたんに変わりますよ。
 変わらないのは、自分が自分を変えようと思わないから変わらないのです。いや、そう思ったとしても、自分自身に「おい。変われよ」と言い聞かせていないからです。
 私の言葉を使えば、自分で自分に命令しないからです。私の人格変換の秘訣、「自己命令」です。
 しかし勿論、その前にあなたの人格の奥深くに潜んでいるサタンに捕らわれた魂が、イエス様の福音によって根底からの回心していなければなりませんが。
 イエス様に向かって、ひとたび窓を開いた魂には、「悪しき習慣、出て行け」等の自己命令が見事に功を奏します。こうして、弱々しいクリスチャンが、雄々しいクリスチャンに一変するのです。ハレルヤ! こういう方々が全国の教会に生まれると、日本の教会も一変しますね。日本の全教会よ、斯くあれ! と祈ろうではありませんか、聖霊様よ、働いて下さい。《く》

〔あとがき〕
今年の桜は、全国的に見事だったようです。私の住む大分でも、どこもかしこも、桜だらけで、驚きました。また、日本人は本当に桜好きだなと、呆れました。あの染井吉野という品種が出来てからだと思いますが、昔はこれほどではなかった。大分では別府湾に突き出た仏崎という小さな山に登って、淋しい花見でした、それでも男連中は酒を飲んで踊っていましたがね。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-04-15 14:01 | 日岡だより
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