No.324 自然治癒力か、自己治癒力か、神の治癒力か 2008.3.16

自然治癒力か、自己治癒力か、神の治癒力か

   一、自 然 治 癒 力

 初め、神様が天と地を造られました。第一日から第六日までに、光や空や植物や太陽や月や、そして海や地上の多くの生物を造られました。最後に人を造られました。
 そこで神様は、すべてのものを見られて、「それは、はなはだ良かった」と仰せになったと聖書にあります。更に聖書の記事はこう続きます。
 「神様は第七日目には創造のわざをやめ、休まれた」というのです。どういうことでしょうか。
 それは、つまり造られたもののすべてが完全であると認められたので、造られたもののすべては自律的に、自分で存在し、自分で活動し、その種の範囲において自ら進化もする、そういう自動装置を神様が、おつけになったということです。
 ですから、生物すべては傷や病気を受けたとき、自分の中にある自律システムで治癒を行う、これが自然治癒力です。
 この力は生物全部に備わっています。もちろん人間にも十分備わっています。昔から、賢い医者は言ったものです。「怪我や病気を治すのは皆さんの体の中にある自然治癒力ですよ。私たち医者はその加勢をするにすぎません。薬を飲ませたり、手術をしたりします。しかしその病気や傷を癒すのは自然治癒力です。信仰をお持ちの人はそれを神様の力というでしょうがね」などと。
 この力は万人に平等です。善人にも悪人にも平等に働きます。ちょうど、太陽の光と熱が、また雨や風が、善人にも悪人にも平等に与えられるようにです(マタイ5:45参照)。
 しかし、ちょっと注意を要する点があります。一般の動物と違って、人間にはどうもその自然治癒力の働きに差があるのです。人によって、その自然治癒力の働きに差があるようです。なぜでしょうか。
 人の場合、その人自身の思考の傾向、態度、心構え、そういったものによって治癒の経過に差が出るので、気分の明るい人、積極思考の人は病気が早く治り、神経質な人、消極的な人、愚痴の多い人は治りが遅い。こういう傾向がありますね。

   二、自 己 治 癒 力

 ここにある人間だけに起る治癒力の較差の問題。それは人間の意識の持ち方しだいで病気は早く治りもするし、その逆もあるということです。ここに目を留めたのが、先年から知られて来た「脳内革命」や「快癒力」等の本です。
 かつてノーマン・カズンズというアメリカの著名な編集者が頑固な膠原病になったとき、寄席や喜劇のビデオを買い込んでベッドに持ちこみました。そして、それを朝から晩まで見て腹を抱えて笑ったそうです。そうしたら難病の膠原病が医師の見通しの3分の1の期間で治癒したといいます。20年ほど前の話です。
 生長の家の信者さんで、癌にかかった人がいました。その人が生長の家の教えにしたがって、すべてのことに「感謝します。感謝します」、と生活しているうちに、その癌がいっぺんに治ってしまったという事実がありました。この事例を、心療内科創始者の池見酉次郎先生がしばしば取り上げたものです。
 ここ10年来、私が「笑いましょう、笑いましょう」というのも、正直に言って生長の家の谷口雅春先生の真似だと言えます。
 ここで分かるのは、自分の意志で、自分の心を働かせて、自然治癒力を倍増させることが出来るということです。(学問的に言えば、脳の中のエンドルフィンをたくさん放出させればよいのです)。つまり、私たちの意識を明るく楽しい方向に変えて行こう、ということに尽きます。
 私は先年、キャロル・ハーシュバという人と、マーク・イーアン・バリシュという人の共著の「癌が消えた」という本を見つけて買いました。
 この本のサブ・タイトルに「驚くべき自己治癒力」とありました。実は私はこの時はじめて、自己治癒力という言葉にお目にかかりました。自然治癒力ではなくて、人間が自己の力で思考の方向をきめ、心構えを変える事によって、病が治癒に向かうと言うのです。
 これは実は、理屈はともかく、宗教的な、また修養的指導者たちが様々に、これまでもずっと奨励してきた方法ではありませんか。

   三、心を変える方法について

 前記で、「思考の方向をきめ、心構えを変える」などと書きましたが、これが多くの人にとって大変むつかしい、と誤解されています。そういうことは、固い決心や、きびしい修業や、神秘的回心経験などを経て、やっと可能なのだと思われています。
 キリスト教でも徹夜の祈りとか、断食祈祷とかが奨励されます。たしかに徹夜の祈りや断食祈祷はすばらしいことです。良いことです。しかし、これを病気の癒しのためにマニュアル化することについては私はやや懸念します。
 「心の方向転換」の方法自体にはもっと容易な道があると思います。病気の癒しだけに限りません。他のことの為にも、たとえば、子どもの登校拒否をなおす、夫婦関係の危機を癒す、憎らしい人を赦す、性格を変える、経営を繁栄させる、落選議員さんの元気回復。かつてもカーターさんのように大統領再選を失敗したが、その後、平和構築に国際的手腕を発揮したようにです。
 こういうくじけない心構えをどうしたら獲得できるか。やはり信仰の力です。主の十字架のあがないによるキリスト教の基礎的信仰を与えられたら、次には自己啓発の力の信仰を持ってもらいたいのです。この力の信仰を得るには「口に言い表す言葉の力」による方法が一番やさしくて、確実だと、私は思っています。私の経験でも、また、最も多くの人が体験できた普遍的方法です。

   四、神 の 治 癒 力

 一応「病気の癒し」だけにしぼって述べてみましょうか。
 実は自然治癒力も、自己治癒力も、神の治癒力の中に包容されて当然なことであります。ただし、次の秩序を知ってください。神の治癒力が、まず基礎であり、その上に他の自然治癒力や、自己治癒力が成り立つのです。
 最近、人気のある中村天風さん。この方はインドの聖者のところに行って覚醒したそうですが、そのとき以来、この方は「造物主」という言葉を覚えられたようです。これはすばらしいことです。日本の八百万の神様と言うより余程良い。しかし、その後にも、「自然治癒力、自然治癒力」とおっしゃる。これが残念。
 どう見ても、中村天風さんのいう造物主は、宇宙の意志、天地の法則というのと、さして違いません。その宇宙の意志、天地の法則に従って自己革命すると、自然治癒力を豊かに自分のものにすることが出来るというのです。こうした一連の言葉使いにはやや不満ですが、しかし、この方の提唱に、私たちクリスチャンも学ぶべきことが大いにあると思います。
 私たちクリスチャンも天風さんと似た方法で、自分の努力しだいで自己の意思を変え、心構えを変え、神様の生命法則ないし神様の御心に従って、私たち自身に、私たちの周りに奇蹟を起すことができるのです。
 この事をあまりにも多くのクリスチャンが知りません。知っていても、それを私には出来ないことだと諦めています。もっと別な言い方をする人もいます。「そんな奇蹟めいたことを期待するのは、新興宗教なみの卑賎な宗教です、我々はそんな下等な信仰は軽蔑します」などと。私は決してそう思いません。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-03-18 14:27 | 日岡だより
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