No.321 一羽のすずめ 2008.2.24

一羽のすずめ

 第二次世界大戦のただ中、ロンドンのある家庭で飼われていた不思議な一羽のすずめ、いつも主人の聖書の、ある頁をくちばしで開いて、つついていたそうです。
 いつも決まった個所でした。果たしてどこだったでしょう。

  一、信仰とはイエス様とのデイトである

 時々、イエス様は群衆に背を向けることがあります。ルカによる福音書第12章1節を見ると、群衆が足を踏み合うように群がって来ているのにイエス様は群衆に構わず、弟子たちにむかって語り始めます。弟子たちとは、この際「小さい群れ」(ルカ12:32)にほかなりません。たしかにイエス様は多数よりも少数に注目されました。
いや、それ以上にイエス様は、聖書を読むと分かりますが、名もない一庶民のペテロやナタナエルやピリポやトマスなど、一人ひとりにじっと目をとめられています。実に単独者を求めておられるイエス様のお姿です。
 かつて旧約の世界で、天幕の外に出て星空を仰いだアブラハム。ヤボクの渡りのヤコブ。ホレブの山で燃える柴の木の前のモーセ。床の上の少年サムエル。ホレブの山のほら穴でエリヤ。彼らはしばしば一人の時に主に触れました。
 もちろん大聖会で、会集一同なぎ倒されるように聖霊の油注ぎの体験をすることは善いことであります。しかし、実はそうした大群衆の中に於いても単独者として主に発見される、そうしたイエス様とのただ2人のプライベイトなデイトが信仰の湧き起こる現場です。

  二、ロンドンのすずめと、私の父のこと

 冒頭に書いた第二次世界大戦の空襲の激しい頃のイギリスのロンドンで、ある人が飼っていた不思議なすずめが、しばしば主人の聖書をくちばしでめくっていたのは、ルカ福音書の第12章6節の個所だったということです。
 なんと「5羽のすずめは2アサリオンで売られているではないか。しかも、その1羽も神のみまえでは忘れられていない」とある所です。
 詩篇102:7には「わたしは眠らずに屋根にひとりいるすずめのようです」と、侘しいすずめの描写がありますが、このロンドンのすずめは、それとは違ってなかなか元気です。こう言っているのでしょうか。
 「私は小さなすずめです。しかし、神様に愛されています。けっして寂しくなんかないのですよ。人間様にも知ってほしいです」
 この驚くべき楽しいすずめの物語は40年ほど前に、あるパンフレットで読みました。そのすずめが主人の聖書の箇所をつついている写真ものっていましたが、その頃の私はそんな奇蹟話は嫌いでしたから、その冊子をよく保存しないままで、そのうちに紛失してしまいました。
 このすずめは私の父に似ているような気がします。私の父はひどい気管支の病気で、よく断食をしました。長い断食の期間、日記にしばらく空白が続きますが、そのあと、ポツンと1行、
 「私は神の愛子である」
 と書いてあるのです。私はそこを読むとき涙が出ます。青年時代の野心も希望もむしり取られて6尺の床に病んでいる痩せこけた父が、そこで叫んでいるのです。
 「私はけっして不幸ではない。寂しくもない。私
 は神様にけっして忘れられていないのだ……。私
 は神の愛子である」
 私は今も、あのロンドンのすずめと、病床の父とがオーバーラップしてまぶたに浮んで来るのです。

  三、4人の友人と中風の男

 この「5羽のすずめ……」と同じ文意を、マタイは「2羽のすずめは1アサリオンで売られているではないか」というイエス様のお言葉で紹介しています。ところが、ルカの福音書では2アサリオンだと1羽をまけて5羽にしてくれているのです。
 「オマケのお添えもの、この余りもののすずめも神様からは忘れられてはいない……」、これは救世軍の山室軍平先生のお得意な説教でありました。
 さて、私はここで、あの「4人の友人と中風の男」の聖書記事を思い出します。この4人の友人は、多分しっかり者です。さしずめ、この辺りの有力者たちでしょう。お金持ちのはずです。
 なぜなら、他人の家を勝手に壊しても大してトラブルをおこさないですむらしいし、また後日お金で弁償する力もあったわけです。それに屋根にかつぎ上げるだけの元気さもあるし、4人それぞれ気の合う仲の良さ、そして何よりもイエス様への大胆な信仰があるのです。
 この4人の人たちにくらべると中風の男はなんとも情け無い。病気で貧乏で、気弱で、ひがみっぽくて、グチばかり言っていた男ではないでしょうか。彼は4人の親切な男たちに言ったでしょう。
 「あっしなんか、どうなったっていいんです。放
 っといてくんさい」
 そうは言うけれど本当は構ってほしいのです。この男は「自分は、必要のない人間、だれの仲間には入れてもらえない人間」と思いこんでいます。しかしこの4人の仲間は、この中風の男を愛しているのです。
 無益で不用の者、集団を離れて「屋根の上にひとり居るすずめのような」中風の男に向かって、神様は同じように「わたしはあなたを決して忘れてはいない」と仰せられているはずです。

  四、ただ一人の私を

 さてさて、もう過ぎ去りましたが、12月8日、この日は日本が太平洋戦争を始めた日です、最近は、この12月8日が来ても、この日のことを新聞もあまり書きませんね。ジャーナリズムは意識的にあの日のことを忘れようとしているのかも知れません。
 しかし、12月8日が来ると、私はあらためて深い感慨をもって、あの日本の戦時下における私の孤独感を思い出すのです。当時、私は日本国民一億人の中で、ただ一人の非国民だという思いがしていました。全日本人から憎悪され疎外されているという、凍りつくような孤独感を味わっていました。
 こっそり書いていた「日本を衝く」という私的小論文が証拠品に取られていましたが、それを読んで若い検事が怒鳴りました。「お前のような非国民は刑務所に送って使い殺してやる」と。
 しかし、送られたその刑務所の独房で、私はただ一人、イエス様に触れたのです。思えば、それまでは単なるキリスト教思想による非戦主義者だったに過ぎませんでした。しかし、その時よりイエス様の十字架と復活によって生まれ変わったクリスチャンになったのです。その時、私は
 「憂い多き獄にしあれど主によりて活かさるる身
 の幸にわが酔う」
 と歌いました。また、
 「イェス君の熱き血潮の今もなお、溢るる思い、
 わが身にぞすれ」とも歌いました。
 それは、「神様は日本人一億をさしおいて、ただ一人の私を救いたもうた」という実感でした。私は空襲警報下の刑務所の中で、喜びと平安と感謝とで一杯になっていました。
 刑務所の独房の窓から、よくすずめが見えました。独房の囚人にとって窓際のすずめは、まことに親しき友人であります。主の救を受けた日、その日、私は如何なる感慨をもって、そのすずめたちを見たことでしょうか。《く》

    *   *   *

〔宮崎福音キリスト教会新会堂成る〕
 既報のとおり、かねて建築中の宮崎福音キリスト教会(高森博介牧師先生)が竣工なり、去る2月18日、献堂式を上げられました。すばらしい新会堂を見て、当教会より参賀列席した釘宮牧師と甲斐兄も、大いに喜び、また大分教会もあのような会堂がほしいなと思いました、ハハハハハ、《く》
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by hioka-wahaha | 2008-02-26 15:45 | 日岡だより
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