No.316 改めて「謹賀新年」です 2008.1.20

改めて「謹賀新年」です

 1月6日の第314号の「日岡だより」の第一頁に「新年おめでとうございます」と入れたものの、内容は「太陽暦はどうの、我が家の商売では正月はどうだった」など、得手勝手な記事ばかりで失礼でした。改めて今年の一般にお送りした年賀状の文章を以下に載せて先生がたや、諸兄姉への新年のご挨拶とします。

 新年おめでとうございます。
 私も今年はいよいよ86歳になりますが、もうすぐです。1月14日が私の誕生日です。昨年は、ずっと「85歳、85歳」と言い暮らしてきましたが、お陰で悪い影響も出てきまして、自己暗示にかかったのか、少々老人じみて来たような感じがします。今年は自粛して「若さ」を演出したいです。
 さて、私は昨年の末頃から「今は不戦の時代だよ」と言い始めています。非戦論とか非戦主義というのは、かつての私のトレードマークですが、もう今は不戦の時代、戦争の時代は終ったという認識を深めているのです。世界の国々が戦争しようにも、戦争する気になれない。戦争をするのは子どもの喧嘩と同じで、辺境の小国家群の小競り合いだけだ、と言うことです。
 人類が格別、平和の性格を持ち始めた訳でもないけれど、世界の各民族、各国家、なべて戦争をおっぱじめる意志なんか持っていない時代が何時の間にか来ている。それが私の感じです。反論もありそうですね。お手紙ください。
 今年もよろしく。霊において、魂において、体において、豊かなご祝福を祈ります。ご平安を!
          2008・1・13
                                釘 宮 義 人 拝


不戦の時代とは何か

 私は現代の国際社会を、すでに戦争は無くなった時代と読んでいるのです。それを「不戦の時代」と呼称してみました。
 人類は古代から戦争ばかりしてきた。これは人類の原罪みたいなものだ。だから人類が地球に棲んでいるかぎり、戦争は地球から無くなることはないだろう。こう言うのが、学者や社会評論家でなくても、地上に棲む人々すべての人の通念かもしれません。
 しかし、私は言いたい。もう戦争する時代は地球から過ぎ去った。人類が戦争した時代、それは過去のことだと、学者の皆さんが言い、学校でもそのように教える時代が来つつあるのだと思うのです。
 こんなことを言うと、人は私が気が違ったかと思うだろうと思います。しかし、こんなことを言う人がぼつぼつ少数でも出てくると思います。
 私は学者ではありません。まったくのしろうとの一市井人であります。もっとも私は牧師でありますから、キリスト教の平和主義から、こういう極論を言い始めたのかと思う人もいるかはしれません。
 しかし私は、不戦論、不戦主義を説いているのではないのです。世界は不戦でなくてはならないとか、不戦であるべきだとか、論議や主義、主張を述べて居るのではないです。
 今はもう世界は不戦時代にはいっているのだと、私の見ているところを報告しているにすぎなのです。ちょうど今、世界は温暖化現象を来たしているよと言うように、今世界は不戦状態になっていますよと、私の見るところを報告しているに過ぎません。
 世界のどこかで新しい現象が発生した時、それを調査して大学の学者たちや報道機関が世界に発表するように、私は以上のことを世界に知らせたいと思わずにはおられないのですが、多くの人にはこれは突飛なニュースでしょう。そう簡単に信じてくれないと思うので、私は致しかたなく小さな教会の週報の中で、一人で喚き立てているということです。
           *
 先週も書きましたが、地球の人類のすべてが突然変異して平和主義者になったわけでもなく、各国の首長や軍人たちが、もうわが国は軍備を捨てるなどと、そんなことを言い出したわけでもありません。
 しかも、軍事予算は相変わらず残っており、軍備はちゃんと保存され、軍人も全員そのまま残っているにしても、戦争する気配はない、と言うのです。
 今後、戦争まがいのことをするのは、小国家群の国境あたりだけです。そうしたところでは小事件は起こるでしょう。しかし、アメリカ、ソ連、中国、欧州各国、南アメリカ、アフリカ、オーストラリア、そういう国々で、今後戦争が起こる可能性はあるでしょうか、私は無いと思う。
 そういう無駄な戦費を使うバカバカしいことはやっておれないのです。資源の分割争いや、国境の小競り合い、それらは話し合い、つまり会議で結構片付きます。一々戦争行為で決着せねばならぬ事態にはなりません。いま、世界はそういう穏便な時代に何時しかなって来ているということです。
 かって日本列島では戦国時代がありました。うっかり油断していると、隣国から攻め込まれました。そういうことの起こらないように、戦争意識をしっかり持っておらねばなりませんでした。隣国と不戦条約を結んだり、あるいは要塞を築いたり、あるいは同一仮想敵国に対して同盟を結んだりして。
 しかし、西洋が外交を求めてやってくる時代になる。国内では産業が発達し、需要供給が国境を越え、物資や金の為替関係が国境を越える。そうなると、もう日本列島内での互いの戦争は自然止まります。
 同じように、地球上のまとまりも拡大して、各国々の境がラフになり、そして国民たちは互いに交通、移住しあって、他国に押し込むなどという野蛮なことはやりにくい時代になっているのです。
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 今、世界の事情は自然にそのように変化してきていることを、地球人たちはまだ自分で気づいていないのです。もしかしたら、国の大事な方々、大臣諸兄や、政府の上級官僚の人々もこの事に気づいていないのではないでしょうか。
 この地方の小さな教会の老牧師がこんなことを言っても、人は呆れるばかりで、そんなことは政府か政党の偉い人たちに任せておけばよいと言うかもしれません。
 今、私は思い出しました。昭和18年、私は大分の刑務所に収監されました。看守がやってきて、「お前はなんで、捕まったのか」と言いました。私は答えました。「私は今の日本の戦争は間違っている。この戦争は止めるべきだと言っているのです」こう答えると看守はウス笑いしながら、私に向かって怒って言いました。「そんな大事なことはなあ、政府や政治家の偉い人たちが決めるんだ。お前たち小物が考えることじゃない」。私は馬鹿らしくなって黙りこんでしまいましたね。
 私は、正直に言って、こんな大問題を論理正しく系統だった文章にして、多くの人たち特にインテリの人たちを納得させる文章を書く自信はありません。この辺でペンは収めて、誰かに代わってほしいところです。私の肩には荷が重すぎます。どなたか、肩代わりして下さることを願っています。もっと専門の語り部を必要とします。《く》

〔もしも戦争が起こった時を予想すると……〕
 無責任な想像を書きますが、もし今、北朝鮮にクーデターが起こったとします。金総書記さんは発狂気味になって、常に用意準備してある核弾頭のボタンを次々にたたくとします。核弾頭を次々に発射されて、太平洋、日本海、西支那海のイージス艦、東京、大阪、名古屋、北九州の日本の主要都市、また沖縄、それのみか可能距離であれば、ハワイ、アメリカ本国まで、核弾頭を送りこむでしょう。この時点で、もう日本列島は全滅です。
 ところで、アメリカはじっとしておりません。ただちに北朝鮮に報復攻撃です。十分か、1時間か知りませんが、アメリカは即刻、核弾頭を北朝鮮に送りこみます。北朝鮮は火だるまで、全土壊滅です。そのことは最初から金総書記さんは覚悟して気違い処理で核弾頭のボタンを叩くだろうと私は想像するのです。つまり、地球は気違い戦争の真っただなかに放り込まれるわけです。これが地球最後の戦争です。
 この戦争は僅かの時間で終結します。あとには荒涼たる地球の表面が残ります。もっとも、アフリカとか、オーストラリアとかは、まぬがれるでしょうか。それは私にも想像つきません。
 ともあれ、こうした地球の様子こそ、サタンにつけこまれ、地球が壊滅しかける、黙示録の場面でしょうか。そして、イエス様の地球の歴史への介入が始まります。人類を壊滅から救い、神の国を地上に建設される神様のご計画が成る時が来るのです。神様は宇宙を再創造することすら、お出来になるかたですから。《く》
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by hioka-wahaha | 2008-01-23 11:11 | 日岡だより
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