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No.310 クリスマスが近づきました 2007.12.9

クリスマスが近づきました

 当教会では、この月の22日にクリスマス子ども大会、23日にクリスマス日曜礼拝、24日にクリスマス・イブ礼拝をする予定です。
 信徒の皆さんも出来るだけ連日、ご出席ください。クリスマスはイエス様のお誕生日です。そのお祝いの日です。
 いつも教会にお出でにならないお家の方々も、お近くの親しい方々も、どうぞご遠慮無くお出でください。
 本当のクリスマスは、2千年前のユダヤのベツレヘムの馬小屋の中でした。イエス様は馬の食べる飼葉桶の中に寝かされていました。
 イエス様は元々、神様の独り子、折角のお誕生なのに、なぜそんな粗末なお迎えしかできなかったのでしょう。
 それは将来、イエス様は私たちの心の中に生まれなければならなかったからです。
 つまり、卑しい、汚れた、私たち人間の心にイエス様はお住みになる筈でした。
 「イエス様、私の心の中に来て下さい」と、お願いする私たちの心に喜んでお入り下さり、私たちを神の子どもにしてくださる、その尊いお仕事をイエス様は目指しておられたからです。
 ですからクリスマスは、単に2千年前のことであるだけでなく、現在の私たちの心に起ることなのです。ですから、あなたも神の子になれます。
 あなたの心が、たとえ馬小屋の飼葉桶のように汚臭に満ちていても、あなたが「どうぞイエス様、私の心にお出でください」と申し上げさえすれば、すぐにイエス様はあなたの心の中にお出でになります。
 イエス様をお迎えしましょう! 《く》


「回心」について

 「ハーザー」1月号に、私の「平和論を超える」の(二)を載せて貰っています。同じ自分の文章なのに、こうして雑誌に堂々(?)と活字になって載ると立派に見えるから不思議です。社主の笹井さん、有り難うございます。
 「ハーザー」には毎号、手束先生や奥山先生の文章も載っています。みなさん、読んでください。このお2人の先生、お2人とも知識該博、文章達意、意見独特、感動無比ですね。
 また、田中菊太郎先生の各地のキリシタン殉教事情探訪記事も毎月載っています。絶対、欠かせない読み物です。
 さて今月号には特に、尾形守先生の「リニューアル組織神学」と題した連載32回目の、重みのある論文があります。
 是非、みなさんに読んでほしい好ページです。尾形先生の今回のタイトル、「回心」です。私の最も好きなテーマです。
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 この「回心」については、私は一度、本年7月15日の289号に書きました。私は非常に狭い角度で書いています。それに比べ、尾形先生は広範囲にわたって穏当な書き方です。私は神経質なほど究極的に押し詰めて書いていますので、ひょっとしたら不安や反感さえ抱く方もおられるかも知れませんが、辛抱してお読み下さい、呵々。
 私は前述の本紙289号でも書きましたが、内村鑑三先生は石原兵永先生との対話の中で、この回心をコンポルジョンと呼んでいます。当時のアメリカ英語でしょうが、ともかくその中で、「この回心が無ければ信仰とは言えない」などと言うような事をも言っているのです。本当でしょうか。
 この言葉、日本ではコンバージョンと言い習わしていますが、一般の意識や思想の転換と違って信仰上の意志転換に関してはコンバーションとジョンではなく、ションと末尾が濁らないのが本当だということを聞きました。
 最近、福音歌手の上原令子さんが見えられて、話題がたまたまこの事に及び、「そうです、そうです。コンバーションです」と英語に慣れた上原さんがおっしゃるので、びっくりしたことでした。
 営業マンから、ある契約を勧められる。渋っていたが、とうとう考え直して契約を決心した。そういう場合の意志転換はコンバージョン、つまり人間の意志による意志転換だが、聖霊による霊の深みにおける意志転換、それがここで言うところのコンバーション、私の言いたい回心なのです。
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 こうしたコンバーションの中でも特に際だったコンバーションは、聖書ではパウロのダマスコ途上の回心です。使徒行伝第9章1~9節に見られる「天からの光」体験です。インドの聖者サンダー・シングもこれに似ています。私の父・釘宮太重という人もそうでした。
 私がしばらくお教え頂いた手島郁郎先生の手元では、よく転倒したり、電気に打たれたようにビリビリしたりで、信仰に入りました。
 これらすべてを、手島先生の集団(幕屋と言った)ではコンバージョンと呼びました。
 しかし、私の体験したコンバージョンはいとも静かでした。それは前述の内村鑑三先生や石原兵永先生式のコンポルジョン同様でした。
 それは、かつて書きましたように、戦時中の福岡の刑務所の独房の中で、外見的にはヒッソリとした回心でした。1944年11月23日午後5時頃のことです。そばに時計があったら、ジョン・ウェスレーのように、その時刻を覚えられたと思います。
 光も見えず、声も聞えず、倒れもせず、心の内面だけで、確実な霊的転換の事実を体験するのです。だれも、これを否定できません。いや、自分自身でも、如何に否定しようとしても、否定できません。
 内面深く、金剛石に更に固い鑿でもって印刻されたように、霊の深みに刻み込まれるのです(第二コリント3・3参照)。
 さて、こういう信仰の霊的(また意識的)な大転機を私の父は何の予備知識もなく、経験したのですから凄い恵みです。だって、失礼ながら、多くの先生がたや信仰の先輩がたも知らない、信仰の秘義とも言うべき経験を、いきなり受けたのですから。
 彼は家に帰り、暗い納屋の中で、「キリストの神さん、私は何もあなたのことを知りませんが、今日、教会の牧師さんに聞いてあなたのことを知りました。天道是か、非か。神も仏もあるものか、と人からいじめられて腹も立つし苦しんでいます。『祈ったら分かるよ』と牧師さんに言われましたが、どう祈ったいいか分かりませんが、お願いします、神様、あなたのお顔を見せてください」。
 そう叫んだ時、突然。光がさした、と彼には思えた、そして、何か偉い方がそこに来ておられるような。近寄りがたい荘厳な空気が辺りを支配した。父は「ヒェーッ」と平伏した。
 「神様、わかりました」、これが父の見神体験である。確実な「回心」であった。
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 父は私の7歳の時、天に召されたので、この父の回心のことは母から聞いたのですが、そうした信仰には初心(うぶ)な母でしたが、父の信仰を求めて、毎朝大分川のほとりに祈りに行ったそうです。そして。この同じ体験をしたのでした。
 私は思春期の頃、いわゆる宗教年齢期であった。親友の厭世哲学からくる自殺願望が日々忍び寄ってくる。私は人生の確かな解決を求めた。それには、信仰しかなかった。私の求道が始まるのである。
 時代はちょうど、大東亜戦争の不安な時代、青年たちは国家の軍事的愛国心に騙され踊らされた時代であったが、私は伯父たちの影響もあって、そうした興奮時代にたいし冷静であり、醒めて時代を見ていた。それのみか、反戦思想がふくれあがって行く。
 私の苦悩は深まる。正比例して、私の信仰渇望度は急角度で上向いて行くのだ。あの軍国時代、そのまっ只中で反戦思想を心にいだき、それを口にするということは、当時の国民にとっては到底、考えられない非国民的思向だったのです。《く》
by hioka-wahaha | 2007-12-11 12:47 | 日岡だより
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