No.306 平和憲法と再軍備問題 2007.11.11

平和憲法と再軍備問題

 今週のキリスト新聞で国際基督教大学の森本あんり教授が、キリスト新聞の題字の両側にあげている2つの標語「平和憲法を護れ・再軍備絶対反対」を褒めあげている。私も大いに賛成である。
 とは言え、私はもっと言葉を変えて、大きな声で言いたい。こういう風にだ。「平和憲法をホンモノにせよ。自衛隊を廃絶せよ」と。
 今の平和憲法は「偽装平和憲法」である。また、現に自衛隊が実在し、またイラク辺りに出動している現実に目をつぶって、「再軍備絶対反対」とは余りに白々しいではないか。
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 今の平和憲法は「偽装平和憲法」であるというのは、私は、その前文を問題にしているのだ、多くのかたが、この前文を真面目に読んでいないのか、意識的に読み飛ばしているのか、知らないが、こうある。問題箇所だけ抽出するが、
「日本国民は……、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、……恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」
 この傍線の箇所を注意したい。日本国民が再び戦争の惨禍が起ることのないように決意するのは、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼しての上なのである。この憲法草案を作った人たちに聞いてみたい。私たちがイザという時、どこの諸国民に信頼するのか。いや、どこの諸国民に信頼できるのか。
 多分、この草案を作ったおエライさんがたの脳裏にあったのはアメリカだけであっただろう。これは平和思想ではない。力ある強大国の軍事的援助を期待しているだけのことだ。これでは平和憲法ではない。偽装憲法と呼ぶ所以である。《く》


絶対非武装平和主義は可能であるか

 絶対非武装で平和主義国家を保てると思うのは笑止の沙汰であると思う人は多かろうと思う。そんなことは現実的でないと殆どの人が思うであろう。いや、机を叩いて断定するであろう。
 私は絶対非武装平和主義者であるが、決して空想的夢物語を信じているわけではない。トルストイの書いた「イワンの馬鹿」の筋書きのようなことを考えているわけではない。
 戦国時代のような群雄割拠の時代にも平和論が実現できると思っているわけではない。特に以下のような場合には絶対無理な理想論であると、私も思っている。
 たとえば、古代において、各部落国家があって、5千人か、1万、2万程度の国民を有する小種族国家群が、椰子の葉影や、砂漠や山影に、点在しているとする。そういう時代に強力な隣国を控えて、その国が野心満々当方をねらっているのは明らかな時、いかな成人君子がいても、絶対非武装平和論を王様や国民に説くことはできまい。孔子でもソクラテスでも軍備の保全と国民の戦意高揚の必要を説くであろう。
 しかし現代は違う。1901年にマルコーニが無線通信の大西洋横断を実現してから百年たった。今や世界は電波通信に覆われている。情報が世界をめぐり、文化が一様に世界を覆う。
各国家の規模形態が大小あっても、民主国家であっても、独裁者国家であっても、社会の模様は似て来る。圧倒的軍備をもって隣国に踊り込むというような乱暴は既に出来なくなっているのです。
 ここで、ちょっと勇気をだして、「わが国は絶対非武装平和主義でやって行きます」と宣言しても、それを「良し、チャンスだ、今、攻め込め」と攻め来んで来る外国は、今や無いのです。世界の常識がそれを承知しません。
 そうです、白光真宏会を上回って、「世界人類は今や平和であります」と言い切ってしまっても可笑しくはない時代になりつつあります。
 もちろん、北朝鮮や、ミャンマーや、紛争が無い訳ではないが、世界全体から見れば。小さい事だと言ってよいでしょう。
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 面白いことに目を止めてみましょう。誰も気はついて居ることでしょうが、意識して口外することはない。よく、世界の美男美女とか、可愛いい子どもたちというようなコラムを設けて、その写真を載せる新聞がある。さて、たとえば、ミャンマーの少年の顔、日本の小学校に通っている少年たちと少しも変わりません。
 文化とは言わず、文明度が国民の人相を変えることは、わが日本人を観察するだけで分かります。幕末から明治維新にかけての日本人を外国人が撮った写真を時おり見ることがあります。いずれもキツネのような顔をした連中です。
 対米戦争の時、アメリカで日本の天皇を戯画化した絵がよく新聞に載りました。これも目の吊りあがった彼らの標準的日本人の顔でした。
 昨日の夕刊で、大分のアマチュアカメラマン、石川郁子さんが、生野区あたりの朝鮮半島出身者の写真をこの6年ほど撮り続けて、その成果を現地で写真展を開いた記事が出ていた。
 ここで面白いのは「朝鮮半島出身者」という言葉です。戦争中の人は覚えているかもしれない。あのころ、彼らを「朝鮮人」と呼ぶことに心の痛みを覚える日本人たちは、「半島の人たち」と言い替えることを覚えた。だれが発明したか知らないが、日本人らしい込み入った心遣いである。こういうことは今の人に分かるだろうか。上記の「朝鮮半島出身者」にしても、「半島の人たち」にしても、「朝鮮人」という呼び方を避けようとしているのである。
 あの頃の日本人が(特に内地人が)「朝鮮人」と呼ぶ時、独特の印象があった。如何にも軽蔑的印象があった。今、かつての在日韓国人が日本人に差別された、と告発しようとしても、特に給料の差別を受けてわけでもなく、昇進に差別があったわけでもなく、ただあの「チョウセン」という差別語が嫌だったと言っても、今の日本人には何の事だか分かるまい。
 ところで、今は朝鮮と言えば北鮮。南の朝鮮は韓国と呼ぶ。だから、統一した国名を呼びにくい。そこで新聞記者の名案は、「朝鮮半島出身者」である。私はこの新聞のタイトルを見て、かつての「半島の人たち」と呼んだ名案(迷案!)を思いだして、膝をたたいたのである。
 ともあれ、戦前、私たちは「半島の人たち」を一目見て、そうだと分かった。現在は、分からないだろう。反対の立場で考えてみよう。昔、ソウルで日本人がいたら、向こうの人たちには、彼は日本人だと分かっただろう、しかし、今はどうだろう。私たちを見て、自分たちと同じ韓国人と思うのではなかろうか。もし、日本人と知ったなら、「わあ、日本人も私たちと同じ顔に見える」と言うのではなかろうかと、私は考えちゃうのです。
 先に書いたが、ミャンマーあたりの少年の写真をみたら、日本の小学生と変わらない。そういう現代に来ているのだと私は言いたいのである。
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 人類学的に言って、現在は世界の各民族が等質化しつつあるのではないか。顔が似て来ている以上に、ものの感じかた、発想の仕方、しぐさ、言葉も次第に変化する。何語とも言えない混合語が地球に発生するだろうか。
 それはまあ、どうでもよいのでして、世界の文化の潮流に任せましょう。要するに世界は一つになる。ここから、私は文意の流れとして、ここから世界の平和が始まる。人類は黄金期を迎える、と書きたくなりました。どうでしょう。こののんびりした楽天主義に栄光あれ、と自画自賛しましょうか。
 ここで、人類の幸福をねたむサタンの働きを考慮しますと、安閑としてはおれない。しかし、私たちは、神の世界計画を思い出す。世界の最後には、ゴキブリが無比の健康DNAを発揮して、世界を支配するという生物学者もいるにはいるが、真実はイエス様により新生した人類の孫たちが、本当に世界を支配する、たとえ大艱難期を迎え、サタンとの大闘争を見ざるを得ないにしても、神のご計画のなる時がくる。この究極の栄光を賛美しましょう。《く》

〔本日の墓前礼拝について〕
 今日の礼拝は「在天者祈念礼拝」です。礼拝後はお弁当を一緒にいただいて、それから感覚的には別府背後地、APU大学の上を過ぎて、日出の奥地にはいり、アフリカン・サファリの入り口のすぐそばにある別府霊園に行きます。そこに当教会の縁故者、また信徒のかたの在天者の教会墓地があります。そこへ赴き、墓前礼拝をします。景色のよい場所です。この礼拝をまた。神様が特に祝福なされて、感銘深い一日として頂きたいのです。皆さんのご参加をお願いいたします。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-11-13 12:07 | 日岡だより
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