No.287 主よ、立ち上がって下さい 2007.7.1

主よ、立ち上がって下さい

 今から15年前のことですが、野球で有名な甲子園球場で3日間、延べ13万人の会衆を集めて大伝道集会が開かれたことがあります。大成功でした。
 私たち、このキリストの福音大分教会からも牧師の私をふくめて10人のメンバーが参加しました。
 第一日、今にも雨の降りそうな気配でしたが、みんな等しく「雨よ、降るな」と祈ったものです。
 雨は降りませんでした。有賀喜一先生の開会宣言で大会は始まりました。開会祈祷は、この甲子園ミッションのきっかけを作った下条末紀子先生でした。
 そして力強い宣教メッセージを語られたのは、この大会の主唱者である滝元明先生でした。
 滝元先生の招きに応じて、続々と前に出てきた信仰決心者は前後を合わせて2千人を越えました。
 日本の伝道史上、前代未聞、空前絶後の大イベントでした。滝元先生の信仰と勇気には脱帽でした。
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 その前年、すでにこの甲子園ミッションの準備は始められていました。そのための聖会も開かれました。今回、当教会にお出でになってセミナーを担当してくださった滝元順先生も、そのスタッフでした。
 準備聖会のスタッフたちは愛知県県民の森に登って徹夜祈祷を持ちました。何日目か。ゴーッという風のような音と共に、何十メートルの高さの津波が襲ってくるような感じがしたと言います。
 滝元順先生以下、思わず平伏しました。聖霊の殺到です。皆さんがバタバタ倒れ始めました。怖くなって逃げ出すと、その音は後を追って来るのでした。
 主は立ち上がって、甲子園ミッションを祝福し激励したのでありました。そうです、主よ、今も、
 この私たちのために立ち上がってください。《く》


損失を2倍にして返してくださる神

 今回の2日間にわたる「霊の戦いセミナー」は感動的でした。恵まれました。こうした言葉が常套語として用いられやすいですが、今回は掛け値なしに本当です。
 講師は前頁に名を出させていただいた滝元順先生です。主催者は大分カルバリ・チャーチの橋本先生のように発表してきましたが、ひょっとしたら私の認識不足でして、私を含めてSPと言い慣わしている少数牧師祈祷グループの共同企画で、滝元順先生を招請したというべきであったかもしれません。
 順先生は私を見て、「あ、先生、お髭を取りましたね」とおっしゃったから、私が髭を剃ったのは80歳の正月でしたから、もう5年もお会いしていないことになります。私も先生を見ますのに、若かった先生もさすが、オッチャンになっておられた。失礼! それだけに、重厚な感じがしましたよ。
 今回のテーマは「霊の戦い」ですが、よく聞きなれた「悪霊よ、出て行け!」と怒鳴ったら、悪霊がヨタヨタと出ていったというような安易な話ではなかったのです。日本の民衆の中にひそみ、地域の共通無意識の中に生きている、日本特有のアニミズム、原始的庶民的精霊信仰に、先生がじかに接して直感し、理解整理してきた内容を、るると述べられる。説得力もあるし、実感がヒタヒタと聞くものに迫ってくるのですね。
 息をも継がせぬ面白さに、思わず拳を握って次の言葉を待っている。多分に名人の講談を聞いているみたいです。前後、5回のセミナー、飽きさせませんねえ。もっとも終わったら、疲れが出ちゃったです。身構えて聞いているもので、肩が凝っちゃうのです。
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 まず、教えられたことは、家系上の先祖たちが悪魔と結んだ契約を破棄せよ、ということです。このことは奥山先生などの祈りのなかで聞いた言葉ではあったけれど何のことかはっきり理解できていなかったのである。
 契約という言葉は、我々日本人には堅苦しく感じる。森有礼という明治時代の文部大臣、アメリカで影響を受けて結婚を男女の契約と理解して、結婚式の前、まず花嫁と結婚の契約を結んだという、なんだかヘン感じがしたものだ。
 しかし、旧約聖書を開くと、信仰とは神様との契約のことだと分かる。厳粛な誓いである。
 新約聖書を開くと、信仰ということが割合に簡単に書かれている。一旦「主よ、信じます」と告白する時、神様はしかとその人を自分のものとして受け入れてくださる。その神の一存的な確かさを信じる、ここに信仰の確かさがある。(私がしばしば語るコンバーション的確かさ、人間のがわの確かさと逆の面をさしているのであるが)。
 そこで先祖たちが、そんな大事なことと知らずして、あちこちにあるお寺やお宮に行ってお祓いを受けたり、うっかり悪魔の祠やお祓いの場でパンパンと拝んだりして、そこに住まっている悪魔の手に乗せられてしまう。悪い金融業者にだまされて高利の借金をするように、一生を悪魔の手に委ねるような契約を結んでしまう。その契約の実効が今の子孫の我々にへばりついている。この家系の契約を破棄せよという訳である。
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 代々似たような難病や、不運が親族縁者に広がっている場合、そういう疑いもあるものだと、これは滝元順先生のお話です。あるいはエバのようにうっかりサタンの言葉にだまされて智恵の実を食べ、子孫に罪の負い目を残して行く。だからカインは弟を殺し、遠くに逃げて行って、町を建て、その子孫たちは楽器を作り、青銅や鉄の刀を作る。つまり、都市文明や諸文化や軍備もカインの末裔(*有島武郎の小説の題名)の所産である。
 現代文明、そして人類の誇っている文化すらも、その汚損から逃がれられない。所詮は、人類は自分の罪の結果を背負って滅んで行かねばならない。家系上の契約からくる損失を払わねばならない。
 ところが、この損失を全く支払ってしまって、尚も天国に行ける多大のおまけがつくのがイエス様の十字架の血潮による、悪魔との契約破棄の徹底策である。これを見逃す手はない。イエス様に借金を代払いしていただくのみか、2倍にして返してもらえるという算段である。
 出エジプト記第22章7節に、盗まれた金銭財物は、その盗びとを見つけた場合、彼より2倍にして償わせよとある。だから私たちの祝福を奪った盗びとであるサタンを見つけたなら、彼より2倍の祝福を奪い返す権利が我々にはある。だからヨブを見なさい。彼は最後にはすべての財産の2倍を神様から与えられた。サタンの汚れた手からではなく神様の清い手から2倍の財産を得たのである。
 私たちも、サタンから騙され、あらゆる祝福をサタンから奪われたとしても、私たちの信じ、従い、慕う、イエス様から2倍の祝福を受ける。しかも、主の御国に入れる。永遠の生命に生きる事が出来る。
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 滝元順先生の、こうしたセミナーを受けて、みなさんの顔も紅潮したですねえ。そして、すばらしい賛美が沸き起り、会堂が揺らぐ感じもした。そして、激しい祈りが引き続き、いつまでも続いた、最後には去りがたい会衆も、やむ無く惜しみつつ会堂を去って行ったけれども、なおも残って順先生のカウンセリングを受け、またびっしり祈っていただく人々も多かった。2日間にわたり、休憩時間もおろそかにし、休む間もなく、ご奉仕くださった順先生のご苦労には感謝のほかはない。すばらしい2日間でした。《く》

〔あとがき〕
筆者(釘宮)は、順先生の講義を拝聴するのに、夢中で、ノートもとれず、うなずいて、アーメン、ハレルヤ、と言っているばかりでした。そこで、翌日の土曜日になって、主日礼拝のための週報と恒例の「日岡だより」を作ろうと思うと、順先生の講義についての記事をはずす訳にはゆかないが、書こうとしてもノートが無い。講義の内容も夢中で聞いているせいで、記憶は不確かですし、気分に乗って書いた点があります。不行き届きの点、不備の点、また謬りがありましたら、お許しの上、ご教示ください。また、今回のセミナーにつき諸兄姉のご感想等を、お寄せくださると幸いです。また会場の設営、運営についての不行届きのことも多かったでしょう。お詫びします。ご祝福を祈りつつ。特に今回は牧師先生方、ご夫妻で、また宮崎県からと、多数の先生がたがお出でくださりご祷援くださり感謝でした。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-07-03 14:14 | 日岡だより
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