No.279 黄金週間 2007.5.6

黄金週間

 世間で言う「ゴールデン・ウイーク」です。日本語(漢字)に直すと、黄金週間。このほうがはるかにインパクトがあるように思うのですが。
 なぜ、黄金週間と言わないのでしょう。日本人のカタカナ好みなのでしょうか。黄金週間と書くのは、ちょっと大仰。新聞や週刊誌の記者さんにしてみれば、ゴールデン・ウイークのほうが語呂もいいし、軽くて流行語として扱いやすいわけでしょうか。
 こうやって遊んでばかりおれるから、ゴールデン・ウイークでしょうか。しかし、こういう時こそ。いそがしく働いている人たちもいますね。交通機関の人たち、また観光事業の現場の人たち。
 そして、もっと忙しい方がいます。聖書を開いてみましょう。神様とイエス様です。イエス様は言われます。
 「わたしの父は今に至るまで働いておられる。わ
 たしも働くのである」(ヨハネ5:17)と。
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 私(釘宮)は牧師です。牧師というのは日曜日だけ働けばよい仕事のようにも思われましょうか。気楽な商売だ。それに「先生、先生」と尊敬される。益々いい、ワアー、ぼくも牧師になりたい、とは思う人もないでしょうが。やはりしんどい仕事ですよ。
 しかし「仕事」というのは、本来「仕える事」と書いてあります。牧師は神様に仕え、人に仕える仕事です。皆さんも、どんな仕事でもイエス様と同じく、「わたしも働くのである」と、言ってください。
 仕える日々こそ、本来「黄金週間」なのであると、私は言いたいです。まさに私たちの日々はゴールデン・ウイークなのです。神様が見てくださっています。身に過ぎた光栄です。誰が、この光栄に耐え得ましょうか。感謝一杯に身をかざして生きたい。生き続けたい。主にあって、黄金の日々を。《く》


由布院、一泊セミナーの祝福

 去る、4月29日、主日礼拝の後、天下の温泉地・由布院にて一泊セミナーが出来ました。参加者18名、会場は相良姉のお世話の望岳荘というピッタリの保養別荘でした。
 私(釘宮)も、自分で言うのは可笑しいですが、大変に元気で、2日目の早天祈祷会を含めて4回のメッセージですが、その司会役をも引き受けて、全部完投できた感じです。よくやれたと思います。
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 初日の午後3時からの第一回セミナーは、主題「求めよ、さらば与えられん」です。
 求めるのは人間の側。与えるのは神様のお仕事。信仰のことは多くはこの型になっています。イエス様のところに行くのは人間のすること、そうするとイエス様は平安を与えられます。戸を叩くのはイエス様ですが、戸を開けるのは人間がしなければならないこと。そうするとイエス様は戸の中にお入りになって下さいます。
 初日夜の第二回の集会の主題は、「百倍の熱心で求めよ」。先日の永井先生のすばらしい説教は「イサクは百倍の収穫を得た」でした。確かに神様の恵みは大きい。さればこそ、イサクも百倍の熱心さで神様に収穫を求めたのに違いないのです。時には神様は求めがなくても、ただ一方的の恩恵で豊かに与えられるということもあります。しかし、「求めなさい、さらば与えられん」が本筋です。
 2日目の早天祈祷会の奨励では、なんと「岡田式静座」の呼吸法や、新宿の中村屋の相馬黒光さん、インドの独立の闘士チャンドラ・ボース、名物のカレー・ライスのことまで、なんででしょうねえ。
 2日目の朝食後、第三回セミナーでは、信念的信仰のコツ。マルコ11:22~24により、神に信じ込む。信仰の告白の継続。そしてイメージ化するまでの信仰。つまり「既に得たり」との信仰に至る一種の方法論。結論すれば「イメージと大胆宣言」です。これが信仰の秘訣であるとのこと。
 さて、一応義認信仰、つまり「新生」を体験している人は多い筈だから、午後の集会で言いましたね。
 「はい。イエス様を、この胸にドカンと受けたことのある人、手を挙げて……」
 ところが、2人しか挙げない。ちょっと遠慮したのかな、そんな筈はない。「ドカン」と言うのが強烈すぎましたかね。ところで、この問いかけで信仰をさぐられた人もかなりいたかもしれません。
 現に、ある方が後で私に言いました。「私はまだイエス様にお会いしてなかった事がわかりました」と。謙遜な感想でした。某教会で長年の信徒であられた方です。
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 ともあれ、今回は非常に明るい、楽しい、交わりのできた集会でした。こんなに親しく、腹蔵なく話し合えたことは、わが教会の信徒さん諸君も初めてだったかもしれません。
 実は最近、私はF先生から、「キリストの教会は交わりの教会であるべきだ」と、懇々と教えられつづけてきたのですが、その味わいが少しは理解できたという感じでした。
 信仰と聖霊による愛と喜びの交わり……、時間のたつのをすっかり忘れ果てて過ごしたのでした。
 総勢17名でしたが、会場の望岳荘は正にピッタシの広さ。広すぎず、狭くもなく、気候も良く、もちろん温泉は最高、お肉たっぷりのカレーライスも上々でした。感謝、感謝で散会したことです。《く》


 《参加者感想》

全地全人類のいやしを求めて

 ハレルヤ! 全知全能の主の御名を心より褒め称えます。去る4月29日(日)30日(月・祝)に行われました春の一泊信徒セミナーは、聖霊様に満たされ本当に大感謝でした。
 会場の望岳荘も設備のよく整った綺麗な温泉付山荘(岩風呂あり)が抽選で与えられ、多数の参加者、夕食のカレーも絶品、信徒同士の交わり、疲れを知らない牧師先生のメッセージにも、一つ一つに神様の豊かな祝福を感じることができました。感謝感謝!
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 私自身、聖会参加経験は少ないのですが、それでも今回はベスト・1と言っても過言ではありません。
 早天も含めた4度の聖会のテーマは、「神様とクリスチャンとの一対一の関係はいかにあるべきか?」だと思いました(勝手にですが)。
 「信仰とは、神様と人間の協力作用」「求めよ、さらば与えられん」「(個人が抱える問題の解決に対し)すでに与えられたと信ずる信仰」など、いかに神様との対話を実現し、ツーカーの仲になるかの方法論を教えていただきました。
 主イエス様のふところにあって、常に主と対話し、答えを求めていくかが、これからの課題だと思います。もちろん信仰の賜物も一人ひとりの抱える問題も違いますから、個人差も出て然り、なのですが。
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 そして今回の特徴は、信徒同士の霊的雰囲気が、少々ツンケンしたものから、雪解けムードに変えられたような感じになった事です。 当たり前のことですが、みんな「重荷を負って苦労している者」でしたし、セルグループでの交わりも与えられ、その一人ひとりの重荷、課題の内面を伺い知る事もできました。
 また反面、私たちの交わりはこの世の趣味の集まりや同窓会とは違います。「罪びとの集団」ながら、主イエス様に罪を許され、執行猶予の身でもありますから、油断慢心せずに、パウロ先生の言われる如く、神様の防具で武装し、(ともあれば分裂、反目をうかがうサタンに対し)隙を見せる事無く、一人ひとりの変革、教会成長、信徒の一致を目指し、主にあってトランスフォーメーション、そして全地全人類のいやしを求めて信仰生活を一歩一歩主とともにあゆんで参りたいと決意した次第です。(甲斐博之)

〔あとがき〕
ゴールデン・ウイークともなると、避けて通れないのは憲法問題です。だから又、軍備問題です。私はウルトラ平和論者であります。よく、それは空想的だ、単なる理想論だよと批判されますが。しかし、この方が現実的なんだと私は自信を持っています。▼まず憲法ですが、今の日本の憲法は偽装憲法、ないし偽善憲法です。問題は前文です、われわれは「諸国民の公正と信義に信頼して」、われわれの生存と安全のための軍備は持つ必要はないと宣言するわけです。この前文にうたわれた理想主義の上に第九条があるわけです。▼ありていに言えば、この本音は、いざと言うときはアメリカが守ってくれるさ、アメリカの核の傘の下に保護されている日本は、このままで安全なんだよ、とノホホンとかまえているのです。▼それのみか、実はすでに自衛隊を持っている日本、アメリカから頼まれれば、イラクあたりまで進駐する、これでは全くの偽りごとです。ウソを言っても良いんだよと言っているようなもので、小学生への道徳教育もできません。▼もう一つの誤解は、軍備が無かったら他国から攻め込まれたら、ひとたまりもなく滅ぼされる、そんな悲劇には会いたくない。だから軍備だけは最低必要だという説です。▼これに対しては今回はくわしく書く、余裕がありませんが、クリスチャンとしてはこうです。私たちは「諸国民の公正と信義に信頼する」のではなく、「正義にして愛であり、かつ全能である神を信頼して」軍備を持たないのだ、と言いたいのです。今回はすこし文章のキメが荒いですが、お見逃し乞う。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-05-08 11:36 | 日岡だより
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