No.276 100倍の収穫を求めよ 2007.4.15

100倍の収穫を求めよ

 先週、永井先生と、同行して拡大宣教学院の谷後先生も見えられた。さっそく、12日の木曜祈祷会にご同席願って、ご奨励をいただいたが、そこでまず立たれたのが谷後先生。
 私は思ってもいなかったが、谷後先生が案外にユーモラスで長口舌。しかも、その前にハーモニカを口にあてて、なんと昔の流行歌を数曲演奏された。
 そこで、私も「ワッハッハ」と笑って、しゃしゃり出た。先生からもう一つハーモニカを借りて、私なりに先生の曲に合わせた。驚いたことに私のハーモニカがどうにか唄に合っているのだ。
 少年時代、私もよくハーモニカを吹いたが、しかしもう70年以上、口にあてていない。出来るかしらと、こわごわやってみたら、どうにか音が出るのだ、驚いた。雀百まで踊りを忘れず、というが、幼い時に覚えたことは忘れない。
 「あなたの若い日に、あなたの造り主を覚えよ」と聖書にあるとおりだ(伝道の書12:1)。子どもは幼い時から教会の礼拝に連れて来なさい。「牧師の難しい説教も、子どもは耳で聞かず、毛穴で聞いているよ」と、昔は私もよく言ったものだ。
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 さて続くは、永井先生のメッセージ。テキストは創世記26章12節、「イサクはその地に種をまいて、その年に100倍の収穫を得た」。
 私はこの聖句個所は好きなところではあるが、先生のお話を聞いているうちに、私はびっくりしてしまった。私は牧師としてよく知っている個所であり、何度か説教もしてきた。しかし、永井先生のお話には唖然としたのである。
 私はいつも、ここの記事をこういう話で始める。「皆さん、ユダヤや、近くの中近東の農業は粗放農業です。ですからイエス様の喩話では『農夫が種を撒くと、ある種は道に、ある種は茨の中に、ある種は石地に落ちた』とあるでしょう。
 ミレーの種まきの絵もそのように見えますが、随分乱暴です。種がどこに落ちるか、一向気にしていない。日本の農業はそうではない。麦などは条撒きですが、稲に至っては、まず苗しろを造り、それを糸をはったりして並んでキチンと苗を植えます。
 そこで、『米という文字を分解すれば八十八となるだろ? そこで稲には八十八粒のお米ができるのだ。つまり八十八倍の実だよ』などと私たちは昔の小学校では習って来たものです。
 だからイエス様の種まきの教えでは、「一粒の種は30十倍、60倍、100倍の実を結ぶ」、とおっしゃって、伝道の大切さをお教えくださったのです。
 ところで実は、その頃の粗放農業では30倍か、よく出来て60倍がやっとだったのでしょう。ところでイエス様はあなたがたの伝道の実は30倍などではないよ、60倍どころか100倍にもなるんだよと、お教え下さったのだと私は説明したものです。
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 私はだからイサクの100倍収穫も、この比喩の倍率で話していました。ところが永井先生は本当に普段の平均作の100倍の収穫があったよ、とおっしゃるのです。私にはそれが奇抜な説明に思えて本当にビックリしました。
 そのうちに永井先生の説話はどんどん拡大します。それこそ拡大宣教学院! 「みなさん、100倍の収穫を求めましょう。みなさんのお仕事でも、伝道でも、何事にも、100倍の収穫を求めましょう。」
 私は呆然としましたね。実は私の事務室の机上には私の告白メモが飾られています。去年、書いたものです。「10年して2016年には、キリストの福音大分教会の信徒は千名になる」と。私は少々大げさだと思って、どこか恥ずかしい思いでそのメモを見ていましたが、この永井先生のお勧めに従えば、そうです。「信徒の数は3千名」とすべきでした。
 私はさすがに、肝をつぶしたとは言いませんが、まさに驚嘆しましたね。私は永井先生が次々と開拓され、あるいは拡大宣教学院の建設や、今回の鳥栖の新会堂取得等、こうしたところに見られる先生の100倍収穫意識が分かるような気がしてきました。
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 今、私は日本宣教の夢を心に抱いています。ある先生に、私は手束先生の言われる日本民族総福音化についての破天荒なアイデアを持っています、などと気を持たせて、まだその内容は公開していませんが、決して、私がそれを出来るとは言えません。
 しかし、どなたかがやってくれたら必ず成功する破天荒なアイデアです、と言っていますが、ともかく試算して見ました。現在の日本のクリスチャン人口は100万です。これは実は恥ずかしい数字でして、戦前から日本のクリスチャン人口は100万でした。
 それが、あの戦後のキリスト教伝道最好機をとおりぬけ、今日のこのナンデモ宣伝は気楽にできる自由化時代になっても日本のクリスチャン人口は相変わらず100万人です。ああ、なんという悲惨な数字。
 しかし、嘆いて自らを幾ら罵倒しても、何も生まれません。祈りましょう。100万の信者を拡大して、100倍にしたら、幾らになりますか。一億です。日本の総人口なんですよ、思っただけで、痛快です。
 いのちのことば社の福音雑誌、なんとそのネーミングが「百万人の福音」、かつて私は気の小さい名前だなあと、けなしたこともありましたが、今は撤回。「百万人の福音」でよろしい、これを100倍にするのだ。イサクの収穫。今こそ、日本に実れ。
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(以下新聞記事抜粋)
県立歴史博物館で「大友宗麟とペトロ岐部の生涯を紹介」する企画展が始まるという内容の記事より
「・・・・・・ペトロ岐部のコーナーでは、その生涯を紹介。岐部は国見の生まれ。江戸幕府の禁教令を受け海を渡る。ローマで司祭となりイエズス会の入会が許されるが、キリスト教弾圧が強まる日本に戻る。布教活動を続けたが仙台領で捕らえられ、拷問の末に殉教した。・・・・・・」

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 前頁の新聞記事は昨日の大分合同新聞からですが、特にペテロ岐部神父の遠大なる宣教姿勢はどうです。今日の礼拝説教題は「向こう岸へ渡ろう」ですが、向こう岸も、向こう岸。当時の江戸幕府の禁教令を物ともせず、万里の波頭を乗り越えてローマに渡り、更に殉教覚悟で日本に帰ってくるなど、並の意志力ではありません。
 これこそ聖霊様に励まされ、100倍の困難をも踏破した宣教師魂です。私たちも真似しましょう。《く》

〔あとがき〕
昨日(4月14日)、コンパル・ホールで「大分・生と死を考える会」例会があり、会長の山岡憲夫先生の講演を聞かせて頂いた。山岡憲夫先生は大分ゆふみ病院の院長さんである。大分ゆふみ病院と言えば、故・原田光子姉が入院していた病院である。▼この病院に初めて伺った時の印象は忘れられない。院内の雰囲気がまったく平安、清楚。外廻りに庭園に温かい草花、嬉しい曲線を描く小道、心が静められるのに驚いたことであった。▼昨日の例会では、私もちょっとカウンセリングのご加勢を山岡先生からご指示受けたが、まったく不調和で大変申し訳なかった。私は教会内部の信者向けの圧倒的カウンセリングに慣れていて、一般の方々に対する、じっと聞いてあげる親切なカウンセリングを知らなかったことに気づかせて頂いた。▼昨日、教会の会堂内部では床貼りの工事等、あわただしく、来合わせた兄弟たちの片付け奉仕で、やっと完了。感謝です。一泊聖会も近い。ご恩寵を祈ります。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-04-17 16:19 | 日岡だより
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