No.267 常に喜び続けよ 2007.2.11

常に喜び続けよ

 ピリピ人への手紙4:4や、第二テサロニケ5:16のお言葉の「いつも喜んでいなさい」や「いつも喜びなさい」を、標題のように「常に喜び続けよ」と、私は訳し直したいのです。このほうが原文の気勢にかなっていると私は思うのです。
 気勢と言うのは、パウロの言葉には多くの場合、彼特有の勢いがあるからです。パウロはいつも意気ごんでいる人のように私には見えます。そのような馬力のある勢いで「喜びを続けよ」と命じていると、私は読むのです。
 この言葉の原語のギリシャ語は、2人称命令現在形でして、「あなたがたは喜びを絶え間なく繰り返し、継続し、習慣となるまで、そして人格に染み込んで性格となりきるまで、喜び抜け」というように読むことができます。
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 イエス様は、70人の弟子たちが伝道旅行から帰ってきて、その成功の報告を申し上げたとき、「聖霊によって歓喜された」とルカ10:21にはあります。この「歓喜された」という言葉の原語は「狂喜乱舞する」とまで訳してよい言葉です。
 しばしば見受けるイエス様の嘆き苦しまれているようなお姿の絵は、人類の罪のすべてを背負う宇宙的悲劇のど真中にあるイエス様のお姿を描いた絵であって、平素の主イエス様の本来のお姿ではありません。
 イエス様は弟子たちの小さな成功に対してでも過激反応して喜ばれるお方だと、私は理解するのです。
 ですから、私たちは少しでも御心にかなう小さな言葉や行為ができた時に、それに対し大いに喜んで下さるイエス様を信じ、かつ仰いで、いささかの事ができた私たち自身の幸いを感謝したいのです。 《く》


内村先生の非戦論

 雑誌「ハーザー」3月号の「内村鑑三の『非戦論』特集」を読ませて頂いた。特に、編集長の笹井さんの「内村鑑三の『非戦論』をめぐって」の中に、こういう個所がありました。
 「鑑三は最初に『私どもは戦争が始まりたればとて、私どもの非戦主義を止めません』と書きながらも、『戦争中のやるべき事は、声高に戦争反対を唱えるのではない。一つには、出征兵士の家族を慰問することだ』というのだ」云々。
 私はこういう事をいう内村先生は卑怯だと思うのです。内村フアンの私としては申し訳ないが、このお言葉の気持ちは分かるにしても、私は先生に反対したくなる。例の花巻事件の時は、まあまあ斎藤宗次郎の家族に対する世間からの風当たりを想像して、「家族に迷惑をかけるな」という程度の思いやりと考えてよい。
 しかし、一応この花巻問題が収まって東京に帰ってからの事として、もし戦争がいよいよ始まった場合、その時には内村先生は先生の主宰誌である「聖書の研究」紙上では、もう非戦主義のことは書くまいと言うのでしょう。「声高に戦争反対を唱えるのではない」とは、そういうことのはずです。
 万朝報を引いたあとの内村先生には、他に先生の非戦主義を載せてくれる新聞、雑誌などがあるはずもない。もし、あったとしたら、その新聞社や雑誌社に押し寄せてきて投石騒ぎにでもなるでしょう。二・二六事件の時には朝日新聞が活字台を押し倒されました。
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 さて、時代を30年ほど繰り下げて、上海事変や満州事変の頃のこととして考えてみたい。その頃、私の伯父の釘宮徳太郎は彼の個人伝道雑誌に戦争批判の記事をしばしば書いた。その時、内務省の検閲にあってズタズタに削られたものである。削った場所には〇〇〇〇〇〇と検閲削除の跡がずらりと並んでいる。
(こういう時、日本の政府のやり方はお手柔らかだった。戦後の日本でのアメリカ占領軍の検閲は手厳しい。事前検閲で削り取ったところは読者の目に分からないように文章を書き直せというのである。検閲したことさえ読者に悟らせないという事だ。これに比べ、かつての日本当局の検閲の幼稚さには驚く)。
 ところで、もっと時代が下って昭和16年、大東亜戦争の頃になれば、もう検閲ぐらいでは納まらない。発行禁止、さらに没収ということになる。なおかつ、徳太郎の個人雑誌のような性格のものの場合、累はその各読者にも及ぶと考えねばならない。こういう性格の雑誌の読者たちは、その雑誌と同類の連中だろうと見なされるからである。つまり、官検の取調べや嫌がらせが、そういう読者たちにさえ及ぶ怖れが十分にあるのである。
 私が徴兵忌避で警察に引っ張られた時、ある日、取調べ室の前を連れられて通った。ふと扉が開いて部屋の中を見た私は「あっ」と声を上げた。私がしばしば会って、聖書の話を聞いてもらっていた女性が一人いたからである。私の事件の参考人として呼ばれていたことは明らかである。ほかにもそういう人たちは居たはずである。
 あの真珠湾攻撃が始まった時だった。その直後、私は教会の牧師を訪ねた。私がかねてから青年会などで非戦論をぶっていることは先生も知っているはずだった。私は先生に申し上げた。「いよいよ、時局(「時局」などという言葉は当時よく使われた)が厳しくなりました。私がいることで、教会に迷惑をかけるといけませんから、正式に私を退会、もしく除名にしてください」と。牧師はホッとしたように見えた。
 それでも、私の事件が起こってから、やはり参考人として教会関係の人々は多数取調べにあったことを後で聞いた。しかし一応、穏便に収まったらしい。私のおもんばかりは効いたのである。(後日、私は決してこの穏便策を良かったとは思えなかった。そのことは又、別の機会に書きたい)。
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 内村先生のような方が、戦時下に非戦主義の論陣を張ることを躊躇するのは、たぶん以下のようなそれぞれの心配があるからであろうかと思う。
 第一は、自分たちの祖国の国策にダメージを与えたくないという気持ちである。自分の国を滅ぼしたくはない。自分の非戦論が功を奏して戦争熱が収まり、無事に平和がやってくれば、一番良いのだが、逆にいよいよ戦争が始まったとすれば、やはり負けてほしくはないのです。
 「いや、良いではないか、天国に行ったら、非戦主義により戦争に負けてしまった国の、天皇様、総理大臣、その他の偉い人々、国民諸君、皆を神様は大いに誉めてくださると思うよ」とまで言っていた平和原理主義の私だったが、それでも私は自分の国に勝ってほしい。だから、あの真珠湾攻撃大成功のニュースなどを聞いた時には、胸をワクワクさせてラジオを一日中聞いていたという始末。当時、テレビなどはありませんよ。
 これは、矛盾です。しかし、内村先生にしろ、小物の私にしろ、その時の日本の軍隊の大勝利を聞けば、双手を挙げてバンザイを叫びたくなる尋常の愛国心がウズウズしている生身の日本人なのだ。その彼が理想論として一種の信仰的理屈として、非戦論を言っているのですからね。自分の国を滅ぼしたくはない。
 これは矛盾した心配だが、「実際に戦争に負けたら大変である。少しでも祖国の戦力に損害を与えたくない」という、そういう心配を抱きながらの矛盾した非戦主義?! 非戦主義者自身の内に温存されている前述の「生身の日本人」としての次元の低い愛国心なのである。もともと武士の子である内村先生には、この心は十分有ったと私は思う。この辺の心理は、現代の方々は分かりにくい心理状態だと思うが。偽りない告白です。
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 もう一つは私の小人的な、うがった見方であるが、先生はご自分の伝道組織が受けるダメージを怖れていたと思う。当時、先生の「聖書の研究」という雑誌は五千部発行されていたという。もし、戦時になってからも、先生が大非戦主義の大風呂敷を広げれば、国内世論は大騒動である。新聞は上を下への大論評、一般国民の反応は目に見えている。「聖書の研究」誌の読者諸君の受ける非難、攻撃は目に見えている。
 大東亜戦争中の時代世相に繰り下げて想像すれば、読者名簿は全部警察に押収され、一人一人が警察の取調べを受ける。内村聖書研究会は壊滅です。内村先生が、そういう不安をちょっとでも感じたとしたら、「非戦主義を声高に語らない」ということは、常識として止むを得ない姿勢である。しかしそこが、私が「先生、それは卑怯ですよ」と言う論点でもある。
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 実際に国が戦争態勢になる時、現代戦は総力戦なのです。戦時下に非戦主義を声高に語るということは実際問題として不可能なのです。たとえば、「声高」と言っても街角やホールで声を上げて語ることではないでしょう。実際は印刷物を作ってアッピールすることに外なりません。
 ところが現代の戦争下では、すべてことが政府の統制下にはいります。お米も衣類も、旅の切符も、何もかもと言ってよい。そして、出版報道、また用紙の配給、等々。
 ですから、政府の意向に反する出版物は許可されず、また用紙の手当が出来ません。だから、戦時下に非戦主義を唱えるということは、実際は秘密裡に小人数でボソボソ語っているという程度のことになります。
 しかも折角集まってくれた人々も、政府組織の厳戒におびえて私などの非戦論の話を一語聞くだけでも、特高警察がどこかに居やしいかと辺りを見まわすようになります。出版どころか集会すら開けなくなるのです。戦時、私の受けた「出版言論集会結社等に関する臨時取締り令」という罪名の一つを見ても分かります。
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 最後に、もう一つ。ローマ人への手紙第13章1節、2節の「すべての人は、上に立つ権威に従え。神によらない権威はなく、すべて世に存在している(国家の)権威は、神によって立てられている。だからこの権威に逆らうことは神に対しても罪である」(私訳)という聖書の言葉である。
 だから、国権に逆らって、戦争は罪だ、戦争反対、兵役拒否せよ、そんなことを言うのは国戝であるだけでなく、神様への反逆である、ということになります。
 国家体制や、国家の憲法、法律が神の戒めに背いている時、クリスチャンはどうしたらいか。この問題を解いた人は歴史上残念ながら、教会にはいなかったように思います。
 この重い命題を最初に解いた人はノン・クリスチャンだったガンジーだったと私は思います。或は、古い歴史のソクラテスをあげてもよいかも知れませんが。後にやっとマルティン・ルーサー・キングが追従するわけです。
 本日は建国記念日(昔の紀元節)です。偶然、今回の本文は適切なテーマでした。現今、憲法改正論が盛んですね。私は今の憲法は偽装憲法だと呼んでいます。そこで「真の平和憲法を造れ」と呼かけているのです。《く》
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by hioka-wahaha | 2007-02-13 19:24 | 日岡だより
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