No.261 2006年を送る! 2006.12.31

2006年を送る!

 2006年を送る。この年はいかがでしたか。
 よく、新聞や雑誌に出て来る言葉、「泣いても笑っても、今日で、この年は終わり」なーんて。
 でも、来年がすぐ、次の日にやってくるから、嬉しい。子どもの時は、胸を躍らせて待っていましたね。ところで、
 どの子ども雑誌にも、クリスマスやお正月の景色が全面、「雪やコンコ」式に、雪だるまや竹馬に乗っている子の絵が載って、まことに楽しい。
 ところが、そんな朝を期待して目が覚めて外に出て見ると、ご当地は九州・大分、雪はめったにあるものでない。がっかりしたものです。
           *            
 さて、主のご再臨の朝は、どんなでしょう。旧版の賛美歌21番が好きです。

 「あさ日のごとくに 主よ、来たりませ、
  世界にひかりを  そそがせたまえ。

  うしおのごとくに 主よ、来たりませ、
  入り江に、浅瀬に みなぎりたまえ。

  ながれのごとくに 主よ、来たりませ、
  谷間も、枯れ野も 生き返らせよ」。

 これこそ、本当の新年です。私は小学校2、3年の頃、叔父の無教会の集会によく出ましたが、いつもいつもご再臨の話が出るので、胸がワクワクしました。
 あの頃、内村鑑三先生と中田重次先生が手を組んでの「再臨運動」が盛んだったのです。
 無教会の内村先生と聖潔派の中田先生が連携するのですから、不思議な感じもしますが、時代に敏感なお2人の先生だったなあ、とも思うのです。《く》


主の幸福宣言は絶対である

 イエス様の山上の説教(マタイ第5章~第7章)は、一見して誰でも偉大な教えだと思います。これまで誰も説いたことのない、お釈迦さんも、ソクラテスさんも、語られなかったような高度な、深い、お言葉です。
 ガンジーも、トルストイも、「これは世界第一の教えだ。これこそ我が聖書です」と、言っている。そして、「このイエス様のお言葉どおり行えば、幸福な人生を送れるよ」とも言っているようであります。
 もちろん、そうであろう。これらのイエス様のお言葉をそのまま行えば、誰でも一人残らず、必ず天国に行けるであろう。
 しかし、これは誰一人、行えない教えである。このお言葉どおり、一寸一ミリもはみ出さず。一瞬一秒も漏らさず行えたのは、歴史上ただ一人、イエス様だけであったであろう。
 地球上の人間、すべての者は失格者であるはずであるのに、なぜ、こんなことをイエス様は言われたのであろう。出来もしないことは分かりきっているのに、イエス様はなぜ、こんなことを命じられたのであろう。
             *
 イエス様はある時、言われた。「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」(ヨハネ8:12)と。なるほど、今ここで学んでいる山上の説教の中で、主は言われているのであった、「あなたがたは、世の光である」(マタイ5:14)と。
 よく読んでみると、この山上の説教は群衆を山の麓に残して、弟子たちだけを連れ、山に登られて、そこで座に着かれ、口を開いて教えられたのだとある。やや、重々しい状況である。
 私はイエス様が弟子たちを連れられてと書いたが、実は弟子たちが自分から進んでイエス様のもとに近寄ったのである。
 すでにイエス様に招かれて弟子になっていたペテロやアンデレ、ヤコブ、ヨハネたちは、当然その中にいたであろうが、私の思うのに、群衆の中からまだ弟子ではなかった何人かの者たちが、イエス様のあとを追って山を登って行ったのではなかったか。
 彼らはまだ弟子でなかったが、その時、彼らは確かにイエス様の弟子になったのだと、私は信じるのである。
 もう五十年も前のことだが、私は手島先生を慕って熊本に滞在していた頃だった。すでに手島先生の筆頭弟子みたいだった桜井信市さんの家に行ったことがある。行ってみると、その門柱に「キリストの弟子 桜井信市」と表札があって、いささか驚かされたのであった。たしかに、桜井先生はイエス様の弟子と言っても当然のような人であった。
 使徒行伝を読むと、初期の信徒はすべて「弟子」と書かれている。終わりのほうになると、「兄弟たち」という表現になる。
 もう一度、イエス様のお言葉を書く。「わたしは世の光である。わたしに従って来る者は、やみのうちを歩くことがなく、命の光をもつであろう」(ヨハネ8:12)。これがイエス様の弟子に与えられる特権である。
 「イエス様を信じる」とは言っても、遠く離れてイエス様を望見しつつ、弱々しく「イエス様を信じます、信じます」とつぶやいている程度では「弟子」とは言えまい。そういう人たちのうちに、イエス様の光が宿るとは言えまい。
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 とは言え、私は確言したい。前述した「弱々しく『イエス様を信じます、信じます』と言っている」ような弱いクリスチャンでも、私はその人をクリスチャンだと認めます。これは真実です。
 私も長いあいだ、そういう信徒だった。覚えているが、まだ20歳代だった頃。私はしばらく今の日本キリスト教団大分教会に出席していた。牧師は飯泉先生だったが、その教会の青年会で私は会長になっていた。そのころ飯泉先生から勧められて青年会の会誌を作ったことがある。その中に私の信仰エッセーを載せた。題して「罪人われ」というのであった。
 私は「罪から抜け出せない自分の悲しさ、辛さ、厳しさ」をあからさまに書いた。「それでも私はクリスチャンです」という信仰を貫く姿勢をも書いたつもりであったが、多くの若い青年諸君につまずきを与えたことも事実であった。
 この矛盾に富んだ信仰告白を、当時の私は、まだうまく語りえなかったのである。また、私はまだ弟子にはなっていなかったのである。もちろん、イエス様の弟子になりたかった。
 しかし、障碍があった。すでに一切を捨てて戦災孤児との共同生活をしていた時代もある。そうした時代、新聞紙上に称賛の記事を書かれたりもしていた私である。しかし、これでも弟子とは言えなかったのだ。
 障碍とは何だったか、私にはまだキリスト様内在の信仰がなかったのである。私はすでに一九四四年(昭和十九年)にコンバーションを体験していた、だから私は「義認」の信仰はちゃんと握っていた。しかし、私のうちに生きていてくださるイエス様が、まだ分かっていなかった。
 その恵みは1948年3月30日から4月3日のあいだの5日間のあいだに来るのだが、その正確な日時は忘れている。ともあれ、それは私の「我なんじを去らず」体験と称する聖霊体験である。
 そのしばらく後に、私は「ツルサキに行け」という神様の声を聞く。そして当時はまだ大分市郊外であった鶴崎町に伝道を開始するのである。
 誰ひとり知った人のいない鶴崎町に行って、街の電柱に「キリスト伝道開始」の宣言文を貼りつけて、そして名前だけは知っていた鶴崎高等学校の泰平校長を訪ねて挨拶をした。ところが数日して私に急いで学校に来てくれと伝言がある。
 行ってみると、「この学校に事務職員の予算がきた。あんた、この高校の事務職員をしないか」、という。いや、すでにそのように決めてしまったように言う。こうして私はその学校の職員になった。
 恥ずかしく、可笑しいことだが、そうなってみると、私は教員でなくて事務職員であることが不満に感じられたのが正直な感想。まだまだ潔められてはいなかったのである。
 その後、林兄が学校に私を個人的に訪ねてきて「信仰を学びたい」という。そして兄弟の家がこの町の中心街にあることを知り、そのお宅を借りて毎週の日曜日集会が始まる。この林兄はすでに召されて、今は別府背後地の教会墓地にその名が刻まれているのである。
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 もともとの標題に戻りたい。「主の幸福宣言は絶対である」ということである。これは山上の説教の冒頭の3節、「幸いなるかな、心の貧しき者、天国はその人のものなり」(文語訳に倣って)を文字のまま、日本流に「心が貧しい者」と読んで、そう言う情けない卑しい心根の人でもイエス様は祝福されると読みたいというのである。
 この「心が貧しい」というのは、当時のユダヤ語圈では「心が謙遜」という意味であったと聖書参考書にはある。私も普段はその解釈に従って、聖書講義をしてきた。
 しかし今回は、このまま読みたい。日本流にみじめな心の貧しい人に対しても、イエス様は「幸福だよ」と言ってくださる。今、悲しんでいる人にも、「幸福だよ」と言ってくださる。これは「イエス様の幸福宣言」なのだ、というのが私の趣意である。
 聖書の原語のユダヤ的本意が分からなくて、「へえ、『心の貧しい奴でもイエス様は幸いだよ』と言うのかい」と、不思議がる人にも、「そうなんです。どんな人にもイエス様は『あなたは幸福な人になるよ』と言ってくれるのです。これは天下のイエス・キリスト様のおっしゃることです。この言葉は絶対です。あなたに対するこの『幸福宣言』は必ず成就するのです」。と、私は言いたいのです。
 イエス様の幸福宣言は絶対である。これが今回の主題です。《く》

〔今年の残したい記事〕
本年9月17日の「日岡だより」246号に載せた「人生の評価」と題した先師手島先生の文章を再掲します。
 人間を評価するのに、現在何かをしでかした、大仕事をやったというようなことは小さい問題です。自分が願うことをまだ十分に成し遂げないまま、とうとう終わってしまう人生があります。
 しかし、神様はそういう人生の歩みをも全て、次の世界においてお用いになる予定のはずです。ですから、現在の、この世だけの成功とか失敗だけを見て、人を評価してはいけないし、自分をさげすんでもなりません。人間の評価と神の評価は違うということです。
 自分の中にある大きな理想、夢、願望、それらが大きければ大きいほど言葉では説明できないし、世の人々には分かりません。人々が無視したところの全て、成し得なかったところの全て、これこそが神の前における価値であるのです。(「生命の光」2006年9月645号より抜粋)
 私はこの手島先生の文章に異常なほどの感銘を覚えました。斯くの如き文章を先生に書かしめたブラウニング(ブラウニングの詩に寄せて手島先生が書かれたのです)は別として、世界にこんなことを言った人は、過去にも、現在にも一人もいないのではないか、と私は思うのです。しばらくして私は気づきました。臆面もなく言えば、私の「降服論的絶対非戦主義」や「日本列島を世界のカントリーに」等の論もほぼ、ここに手島先生がおっしゃる「世の人々に分かって貰えない理想だったんだな」と、思ったことです。多言失礼!《く》
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by hioka-wahaha | 2007-01-02 22:32 | 日岡だより
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